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会話

他宗から改宗した寺院が増えたのは折伏をしたからです。法論によって相手側の宗派が帰依し、寺院が増えることは何ら悪いことではありません。むしろ賞賛されるべきです。刑法に触れるような犯罪行為で奪い取ったものではありません。
引用ツイート
水谷進良(日進)
@EWbJSNzjPlQdQ1u
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返信先: @EWbJSNzjPlQdQ1uさん, @kiyosumi_kさん
他門侵略という言葉で折伏儀が汚されるとお思いでしょうが、実際そうです。日蓮正宗には他宗から改宗したお寺があるでしょう。 大石寺は実際弱小教団でした。それが創価学会の登場により繁栄します。六巻抄によるものではありません。あくまで学会のやり方で、その成長と比例して大きくなったんです。
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他門侵略という言葉に執着しておられますが、他門折伏と同義でしょう。仰るとおり賞賛される事柄です。ただそれは大石寺の力というよりも、ほとんどが創価学会出現以降で、彼らが矛として用いたからではないんですか。
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創価学会は日蓮正宗信徒でした。 その創価学会初代二代を折伏したのは、生粋の日蓮正宗信徒でした。 この方々がいなければ創価学会は存在しない。 つまり創価の出現も日蓮正宗が起こしたものです。
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仰る通りです。 中道様はじめまして。水谷と申します。本筋と変わり大変恐縮ですが、この機にお尋ねしたいことがあります。まず戒壇本尊壊劫の話です。 私は大石寺教学を学ぶ途上ですが、かかる主張は寡聞ゆえ聞いたことがありません。このような法門は一部の位高い直檀家様にのみ伝わるのでしょうか。
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そういうわけではありません。 戦前までは普通に話されていた内容です。 戸田さんが物質の同一性を強調されるまでは、常識でした。 いや、仏法であるからには、成住壊空つまり四劫が繰り返すのは当たり前。 いや、日蓮正宗教学以前の話です。 また!当宗歴代堀日亨上人は明確に【戒壇本尊が燃えたら
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わしが書く】と言われたり、創価の石田次男さんは、【広宣流布の暁には猊下の許可のもと、戒壇本尊をチタンで作る】などと話された事もあり事もあります。 石田さんの発言はチタンの部分は荒唐無稽ですが、戒壇本尊は作り替えるのが可能だとの認識が前提になってるわけです。
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次に当宗では、法主代替わりの砌に読まれる【奥宝蔵説法】というものがあり、こちらには明確に【たとえ、楠板の戒壇本尊壊劫により滅するといえども、その内証は法主に相伝されているからには、時の法主がその姿を顕すなり】とあるのです。
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なお、大石寺は基本的に密教です。 密教とは伝法された者にしか真実は明らかにしません。 つまり、表面の法門はまだまだ薄皮一枚なのです。
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なお、旦那ではありませんが、Twitterでは菊水護国と名乗られる方は、特に入道相伝を能化直伝されている方でありますから、私よりはるかに法門には長けております。
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有難うございます。 恐らくご存知かと思いますが、与太話として有名寺さんが関わったお焚き上げの話を聞いたことがあり、しかもそのカケラを持っているという人もいるとのことで、それと関わる話かなと思いお尋ねした次第です。
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また表面の法門というのは寛師の六巻抄も表面のみということでしょうか? 六巻抄は再治未再治本がありますが、寛師は相伝を受けた形で再治本を編み直しました。 それは血脈相承を受けた形で大石寺教学を体系化する試みであると認識してますが、再治本六巻抄は表面法門に位置付けられるでしょうか?
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六巻抄を再評価されたのは、最近では堀日亨上人です。 石山中興を古来、日有上人・日精上人だったのを、日有上人・日寛上人に引き上げたのも、それからです。 さて六巻抄ですが、こちらも実はそれほど重要書籍ではなかったのが歴史的な事実。 堀上人の日記に宝蔵を調べている時に埃を被った
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六巻抄の原本を発見したとあります。 重要書籍は長持に入れておく慣例からすれば、言うまでもないこと。 大体が六巻抄自体が相伝の外の法門を書かれたにすぎません。 だから、かなりオブラートに包んでかかれています。 あれは旧幕時代に幕府の目に触れるように書かれてますからね
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つまり、対他用書籍で能化以下の僧侶向きになっています。 だから、平僧に読みやすい平易な書かれ方になってますから、他門であられます貴僧にも読みやすいと思います。
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実は寛師は、地元の【日寛さん】と呼ばれていたお祭りでもわかるように、石山を開いたお方です。 石山は古来『武家の身延に公家の富士、石山禁裏御用達』と読まれたように、身分低き方は出入りしてませんでした。 それを相撲大会とか花火大会などで民まで開いたのが、寛師であります。
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その時に石山門前に【順縁逆縁共に来たれい】との文字が書かれ、誰でも、何宗でも気軽に入れる形が作られた訳です。 寛師が出られた最大の背景は経済的な石山の安定。 先代の宥師が後水尾帝の皇子でもあり、天英院殿が最大の大旦那になられた関係で経済的な安定がはかられたから、
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寛師が著作をたくさん残された。 寛師は、密教であり一部にしか公開できない法門を、一般に公開できる範囲で換骨奪胎して文段なり六巻なりで、作られた訳です。 だから、かなり平易化されてるのです。 しかし、『六巻抄は方便法門』との別名を作られたのが日東上人でもありました。
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さて、お尋ねは表面法門か否かでしたね。 それは当然です。 正確に言うなら化儀之法門とも申しまして、相伝であります化法之法門とは別義であります。
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懇切丁寧なご説明有難うございます。 私の疑点としてはご存じの通り未治本六巻抄は登座以前の完成です。堀日亨上人は大体正徳3年(49歳)以降と推察されます。登座後に再治しますが、寛師といえ果たして相伝を受ける前の学僧の著に相伝教学を骨子とする大石寺宗義の淵底があるのか?ということです。
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ここで問題となるのが、登座後の六巻抄は相伝法門が付されているかということです。登座前の未治本は寛師の「未治本を留むる勿れ」という戒めにより残っていないようですが、堀日亨上人は雪山文庫所蔵の未再治本写本(純澄日定)と対照した結果「大差を見ぬ」(富要3巻2頁)と結論づけられます。
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つまり、相伝教学が骨子であるにも関わらず、経る前と経た後では思想的異なりは無いという立場です。この点は中道さんが仰る「相伝の外の法門」という主張と合致致します。一方で寛師の弟子である日因師は未治本について「師資相承の法門を得ず是の故に当家秘伝の法門尚闕くる所有り」(富要8巻256頁)
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としており、再治理由は血脈相承を踏まえた相伝法門を付すためとしています。これは寛師自身の「未治本を留むる勿れ」という誡めとも思想的に合致するよう思います。 そうであるなならば中道さんが仰る「化儀(のみ)の法門」という訳でなく、存分に相伝法門が発揮される書と見ることも可能と思います。
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この辺りが私が大石寺内における寛師教学位置づけに苦しむところです。中道さんが仰るような「表面上の法門」「方便法門」であるならば、建前上は六巻抄を教学指南書位置づけつつも、実は大石寺内ではあまり権威が無い著作なのでしょうか。
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六巻抄は宗門内外でも大石寺教の教義指南書であると高く認識されています。「対他用書籍で能化以下の僧侶向き」や「化儀(のみ)の法門」というのは大石寺御僧侶からも聞いたことがありませんので、正直眉唾です。 また六巻抄は古来より能化以上の書物とも聞いていますが、この辺りはいかがでしょうか?
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水谷さま 初めまして。菊水と申します。 気になりましたから、一つ。 大石寺僧侶は山法山規により、他門の僧侶に本当の事は申しません。 方便のみです。 実は室町期と江戸末期に、他門に簡単に真実を語り、罰なのかは判然としませんが、非業の死を遂げられた記録があります。 そのような事例がある
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