8 予兆
魔物の楽園を称するエステルドバロニアは、正しく楽園であるとエイラ・クラン・アーゼルは認識する。
悪鬼悪霊や魑魅魍魎が集って、おどろおどろしい宴を繰り広げているのだと想像していたが、実際は人間と大きな差異のない……いや、人間よりも遥かに賑わった暮らしを送っていた。
それは何度も目にした鮮烈な絶望とは程遠い幸せの形。憶測と空想で作り上げた恐怖の大帝国ではなく、確かにここで息をする血の通った営み。
魔物の楽園。
その言葉の意味をようやく正しくその目で見ることが叶ったのであった。
「わあ……!」
外出の許可が降りてから初めて大通りに立ったエイラは感動に打ち震えながら、幸福そうな声の響き渡る街の様子に感嘆を漏らす。
空は曇天のままでも、雨足は一先ず落ち着いてくれた。
湿った空気と土の匂いが次に降る予感をさせるが、仮に降ってきてもエイラはこの街を満喫するだろう。
両手を胸の前で握って感動していたエイラの後ろに、ぞろぞろと人が集まってきた。
ミラ・サイファー、オルフェア、それにカロンとルシュカの姿もある。
常日頃から教皇であることを求められるエイラが、久々に歳相応の振る舞いをする姿を見てオルフェアは嬉しそうに目を細めていた。
この国では、カロンの前では、アーゼライ教の最高指導者という肩書に価値がないからこそ、逆に気を抜けるのだろう。
「ありがとうございます、カロン様。御自ら同行してくださるなんて」
振り返って頭を下げるエイラに、カロンは小さく微笑む。
「感謝するようなことはない。ただ外出の許可を出しただけだ。暫く軟禁のようになってしまったのを申し訳なく思っているくらいなんだが」
「いいえ、そのようなことは! 我々の安全を確保しようと尽力してくださったのですから、感謝に間違いはありません」
幸せに満ち溢れた笑顔は、悲嘆に暮れていた神都のエルフを勇気づけてきたと言われて納得の行く眩さである。
着飾った白も漂う無垢な雰囲気にとても似合っており、カロンはなんだか可愛い親戚の子を見るような気持ちになった。
「【キメラ】たちが陰から見ていてくれるから問題ないと思うが、あまり私から離れぬようにな」
「え、えへへ……気を付けます……」
気持ちを抑えきれないといった様子のエイラの側に寄り添うオルフェア。
外から来た者たちが、大切に育ててきた国をここまで喜んでくれるとカロンも嬉しくなる。
「なかなかの女狐だな。あれは将来女を使って仕留めにくるぞ。まず間違いなくな」
「……」
そんな穏やかな心に後ろから冷や水を浴びせてくる奴が隣りにいなければ、もっと良かったのだが。
仏頂面でとても楽しくないことを吐くミラの態度に笑顔も凍る。
「カロン様、この人間の方がよっぽど雌臭いので匂いを移される前に早々に処分した方が宜しいかと」
そして、ミラを目の敵にするルシュカが隣から耳打ちしてくる。
薬のおかげで落ち着いていたはずの胃が軋みを上げているのは気のせいだろうか。
横目でカロンを窺うオルフェアの気遣わしげな視線に、どこか仲間意識を感じてしまうことが少し情けない。
憂鬱になりかけたが、カロンは歩き出すことで気分を切り替えた。
「しかし、他の者はどうしたのか。アルア・セレスタなんてこの為に来たようなものだろう」
「なんでも体調が悪いとのことです。スコラ・アイアンベイルは五郎兵衛とお楽しみだとか」
「ああ……」
昨日訓練場で兵士を相手に大暴れしたと伝え聞いていたが、まさか翌日に一番上物をおかわりするとは思っていなかった。
戦わなければ自分を制御できなくなるらしいが、果たして今のスコラがある意味で自我を律せているのか些か疑問であった。
(まぁ、変になってたら五郎兵衛がなんとかしてくれるだろ。いや、やりすぎるとかない……よな?)
「王に媚びる女は死すべし!」と叫びながら刀を振り回す姿を幻視したが、いくらゴロベエでもそんなことするわけないなと弱々しい信頼で思い直す。
「アルアの体調不良か。監視は付いていたな?」
「勿論です。【シャドウシェードウィドー】からも同じ報告を受けていますので、恐らく事実かと」
「ふむ……これで死なれたりすると困るんだが……」
幸いにも、カロンを見るために呼び寄せた医者がいるので、後で診てもらうのに頼もうと決める。
別に一人で死なれるのはどうでもいいが、そのせいでアーレンハイトとの開戦が早まってしまう可能性が面倒なのだ。
勝手にやって来た奴が勝手に病死するせいで予定を狂わされるのは実に癪である。
「では、私の兵に医者の手配を指示しておきます。同時に害さぬよう護衛も付けましょう」
「ん、そうか。言わずとも理解するとは流石だな」
「――うへへ……っんん!! 我が愛しき国王陛下の御心の片鱗を僅かでも察することが叶い、少しづつですがお役に立てる機会が増えていると感じられて大変恐悦至極にございます」
「大袈裟な。休んでいる間に奔走してくれたことを思えば、むしろ私が感謝しなければならないくらいだぞ?」
「いいえ。我々のような存在は粗雑に扱うくらいが丁度いいのです。むしろ忙しくなっていくのは必定ですから、これまで以上に仕事を振り分けていただきたく」
「ふむ」
上機嫌なルシュカは、お任せあれとでも言うように反らせた胸に手を当てて鼻を鳴らした。
もし自分なら、どれだけ職場の環境が良くても望んで仕事を請け負ったりはしたくないものだが、それほど意気軒昂に尽くすことを望んでくれるくらい大切にされている証だろう。
そう思うと、カロンは面映くなってはにかんだ。
「……カロンは、そんな顔も出来るんだな」
二人のやり取りを見ていたミラが、意外そうな声を零した。
「もっと肩肘張らなければ生きていけないんだろうと思っていたんだが」
「まあ、色々あったからな。いや、まだありそうだしな。私も変わっていかなければ流れに置いて行かれかねん」
「色々をやらかしている国の人間としては耳が痛い話だ」
変わるというキーワードにミラの顔が曇ったが、すぐに普段の機嫌が悪そうな真顔に戻った。
「ところで、サルタンの商人やディルアーゼルの連中との話は済んだのか? あれだろ、貨幣取引の話だろ」
ミラの視線が向けられたのは、内郭近くに建てられた領事館の方角である。
三国との交流に際してカロンが用意した領事館には正式な人員はまだ派遣されていないが、どこか大正ロマンを感じさせるレンガ造りの三階建ては、エステルドバロニアの厚遇が表れている。
三軒並んだ領事館の中で何が行われているのか、わりと着の身着のままやってきたミラが言い当てたことにカロンは少し驚いた。
「お前……分かっていたならどうして人を用意していないんだ」
「ディルアーゼルも王国硬貨を使っているんだ。口喧しいリフェリスが参加するより、ディルアーゼルに決めさせた方が楽に済むだろ」
まあ、確かに。
「まったく……それでルシュカ、その辺りの話は聞いているか?」
「はい。一先ずは形になったそうです」
「一先ずか」
「まだまだ議論の余地はありますので、我々第十六団も知識を研鑽しながら人間の価値観を理解していこうかと」
そう言って、ルシュカはエステルドバロニアで流通している金貨と、獅子の彫刻が施されたヴァーミリアの金貨を取り出した。
エステルドバロニアの貨幣は様々な種族が使いやすいようにと大きめに作られているため、一見してもヴァーミリアの方が小さいことが分かる。
ルシュカ曰く、この世界では鉱石の質と量である程度貨幣の価値が決まるらしい。
大きな貨幣を作れるのは豊かさの象徴であり、ヴァーミリアが一番大きなものだったらしいが、それをエステルドバロニアは更新したそうな。
必然的に、エステルドバロニアで流通する貨幣は最も高いことになる。
加えてもう一つに、エステルドバロニア国内の物価が高すぎる。
自国で経済が循環していた上に手厚い支給が行われるため、享楽的な魔物たちにとって金銭を稼ぐことに大きな意義がない。
中には驚くほど高価な品もあるが、買う側も売る側も奇特な奴と見られるので相場など関係ないものばかりである。
その為、それなりに稼げればいいやの精神が蔓延しており、生活必需品の類がとても安く出回っていた。
その時々で価格を変動させるくらいの知能はあるのだが、国の課す税と日々の糧を得るくらいの値動きしかしないのだ。
国も今の相場で特に困っていないので価格操作も行われておらず、人間からすれば異常ともいえる価格帯で売り買いが行われている。
「その辺りを詰めていく必要がある、と人間は言っております。まあ、損をせぬよう必死なのも人間ですので、向こうが勝手に頑張ってくれそうです」
「それは、なぁ」
「カロン。教皇たちが見えなくなるぞ」
話が一段落したところで、ミラがカロンに話しかけた。
指差す方には、左右に立ち並ぶ店先に置かれた商品を見ながら歩き回るエイラとオルフェアが見える。
周りは魑魅魍魎だらけなのに、もはやそんなことは気にならないくらい夢中になっているようで、振り返ることもなくどんどん先に進んでいた。
カロンは困ったように笑うだけだが、ルシュカの顔はあからさまに不満気なものに変わる。
「カロン様、もう放っておきませんか? 私と二人で行動した方が遥かに有意義かと」
「ゲストを放っていくのは如何なものか。案内を買って出たカロンの株を下げることになるぞ?」
「主人に変わって犬猫の躾を施すのは従者の勤めであり、時には捨てるように苦言を呈するのも従者の勤めだ。ゲストだなんて思い上がりも甚だしいなぁ」
「従者? 飼い犬の間違いだろう」
「ならば犬の上下関係を教えこむだけです。生かされている分際で調子に乗るなよ人間」
よし、こいつらを置いていこう。
カロンは睨み合いながら啀み合う二人に気付かれないよう、そっと離れてエイラたちの側へと移動した。
「ねえ、これって何かしら」
「見たことありませんね……果物、でしょうか」
二人は工業通りの中に数件ある八百屋の前で止まり、店先に並んだ野菜を神妙な面持ちで見つめていた。
「どうした?」
「あ、カロン様。これなんですけど……」
指の先にあるのは見慣れた野菜。
「トマトだろ」
「え?」
鮮やかな赤に熟したみずみずしい野菜を物珍しそうに見ているエイラ。
「……エステルドバロニアの果物なんですか?」
「野菜だが」
「野菜!? これが!?」
「えぇ……」
反応を見るに、何も知らないようだ。
しかし、彼女たちはエステルドバロニア城内で出される食事で何度も口にしているはずである。
特に疑問を口にすることもなく食べていたはずだが。
誰かに聞かれた覚えもないし、むしろ神都の酒場で食べたものの方が謎であった。
カロンはそう考えるが、実は魔物たちは彼女たちに聞かれても一切答えないのだ。
異世界の知らない文化がエステルドバロニアにあると認識して、情報を開示していいかどうかの判断が彼らにはつかない。
たかが食材、されど食材。もしかするとありふれた野菜一つが他国に対する一種の切り札になる可能性だってある。
外から人を招くとあって、城内はそういった点も徹底しているのであった。
「これは、果物……ですか?」
「バナナはそうだな。食べた覚えは?」
「えっと、食事の席で飾ってあるのは見てましたが、食べたことはまだ……」
「カロン。こう言ってはなんだが、我々は客だが旅行客とは違う。エステルドバロニアの礼儀作法を知らないのに迂闊なことは出来ないものだよ。手にしていいのかどうか恐る恐るだったりする。まして食事の席であれやこれやと問いながら行うのはマナーが悪く見えるだろうし」
「テーブルに置かれてる果物くらい好きに食べていいんだが……」
「差し出がましいのですが、エイラ様も、私も含めて果物かどうか半信半疑なものが多いかと」
「えぇぇ……」
こんなことでカルチャーショックを受けるとは思ってもみなかったカロン。
つまりは、皆提供される料理を全て未知の物体だと思いながら食べていたことになる。
それはある意味で、ゲテモノを進めているよなものだったのだろうかと不安になったが、その表情を見てオルフェアが慌てて付け加えた。
「ですが! どれも素晴らしく美味でしたのでこれから知っていけばいくほど止められなくなるかもしれません! ええ!」
「そうか。そうだといいんだが……」
同じ人間でもこれほど認識に相違があるようでは、共存や協調など遠い話だとカロンは自身に嘆息した。
「カロン様」
そこに、ルシュカが耳打ちする。
「これを機に、我らの国の特産品として扱うのは如何でしょうか」
「なるほど。それはいい手だな」
実に名案だとカロンは賛同した。
「では、品種改良に取り掛かるよう植物系の魔物たちに指示しておきます」
続いた言葉には少し首を傾げたが、すぐに頷く。
「任せよう」
「は。必ずやご希望に沿うものとなるよう迅速に尽力させます」
張り切った様子のルシュカに、カロンは微笑みを向ける。
ちぐはぐな二人だが、実際会話の内容もちぐはぐだった。
カロンは地域の名産品のような、他の場所でも作られているる上でのブランド品を想像している。
だが、ルシュカの考えはそれだけでは留まらなかった。
エステルドバロニア産の野菜や果物などを、全て
人間とは違う種族だからこそ、品種改良などお手の物だ。植物由来の魔物たちが全力を出せば二か月もあればルシュカの要望に応えうる物を作り出せるだろう。
他国の一次産業に影響を及ぼさず、最高品質の商品を流通させてエステルドバロニアに依存させる。
見たことがなくて、美味で、希少性を保った品々を唯一提供できる国。
他国にとってエステルドバロニアは計り知れない価値のある国になるだろう。
笑顔を交わす二人のすれ違いはお互い全く気付いていない。
この件が後に大きな問題を引き起こすなど、カロンは夢にも思わないのである。
「では、そういった部分の理解も深めていけるような食事のプランを考えることにしよう。ルシュカ、料理長たちにその辺りは任せられるか?」
「はい。念のため私が監督に付いて助言も致します」
「では頼む」
自信たっぷりに鼻を鳴らして敬礼するルシュカに頷いて、カロンは一先ず仕事のことを忘れてエイラたちに付き合うことにした。
そこからは、見たことのない物に興奮するエイラとオルフェアに連れ回されながら、高価な武具を見せろとねだるミラと、それを阻止するルシュカを連れて街の中を歩き回った。
大道芸を見たり、ちょっと買い食いしてみたり、子供に手を振ったり、なんだか初めて観光しているような気分に楽しくなっていく。
子供に合わせているという免罪符のような言い訳が、子供っぽく振る舞う自制心を僅かに溶かしたのだろう。
「カロン様、もっと色々と聞かせていただいてもよろしいですか?」
「こんなに魔術を付与しているのに十把一絡げ扱い……? いくら材質が安いからって、雑に扱っていい代物じゃ……」
「カロンが無関心に流通させたりしないことを祈るばかりだな」
「カロン様、昼食のご予定はいかがいたしましょうか。宜しければ、この工業通りの店をご用意しますが」
「そうしようか。雨も降りそうだから、少し早めに移動して……ん?」
ふと、工業通りの外郭側から走ってくる鷹頭の【ガルーダヴァンピール】が見えた。
日の光を遮るように大きな傘を持った雌のガルーダは息を切らして真っ直ぐカロンたちの方へと向かってくる。
何か騒ぎでもあったのかと思ったが、ガルーダは警戒するルシュカの前で急停止すると、カロンに向かって最敬礼してからルシュカに耳打ちを始める。
何度か頷いてからガルーダを帰してから、今度はルシュカがカロンの耳に顔を近づけた。
「カランドラから使者が、正門通り前の外門に来たと報告が」
穏やかだったカロンの表情がきゅっと引き締まる。
「大陸沿岸の全域にも、海中にも兵を配備していたはずだ。何故どこからも報告が上がっていない。現体制に穴があったということか?」
「あのガルーダが言うには、突然魔術を解いて姿を見せたそうです。探知にも反応はなく……」
「我々の目から逃れる技術が、この世界にはあるというわけだな」
ヒリつくほどの怒気にミラは凍りつき、すぐに気を取り直して跪こうとした。
「っ! 申し訳――」
「謝るな。お前たちだけの責任じゃない。私にも責任はある」
それを冷たい声でカロンは止める。
これまでの戦いでこの世界を甘く見ていた自分と、真っ向から挑発してきたカランドラに対してだ。
ポツリと、カロンの肩に雨粒が落ちた。
一つ、二つと数を増やして、滑り落ちながら染み込んで重くなる黒いコートは、カロンの心と共に暗く色を変えていく。
次第に強まる雨足から守るように、前髪から雫を滴らせたルシュカがそっとカロンの上に亜空間から取り出した傘を差し出した。
声をかけていいか分からず、じっと前を見たまま動きを止めたカロンを、ルシュカは見つめることしかできない。
(この大陸のレベルが低かったのか、それとも我々を欺ける特殊な技術を持っているのか、強力なアイテムか……)
コンソールを開いてマップを確認し、外郭正門前にいた三十六人のカランドラから来たという使者を確認する。
レベルはどれもが40代。この世界の人間としては恐らくはそこそこ強い部類だが、それで魑魅魍魎の蔓延るレスティア大陸を探知にかからず横断できるとは思えない。
高位の魔術やスキルを覚えるには相応のレベルが必要となるのが絶対の法則なはずだ。それを度外視できるから勇者は特別。
徐々に強まる雨足の音も聞こえず、カロンはマップの情報を注視し続ける。
(イルム・マキシル、種族は人間で、元素魔術師。レベル42……勇者特性の記載はないし、今特殊なスキルが発動している形跡もない。となると疑わしいのは……待て。カランドラの使者と言ったか?)
カロンがコンソールウィンドウで表示する情報は、ゲームを攻略するうえで必要なものが一通り揃えられている。
縦に並んだ情報を何度も読み返してから、カロンは得心したように口の端を持ち上げた。
「カロン様?」
「ああ、すまなかった。ミラたちを連れて城に戻ろうか。それと、あの連中は城に招き入れて構わん」
「宜しいので?」
「ただ、奴らの歓待はそれなりにしておけ。もし仮に、正式な使者かどうかの確認が取れたとしても雑でいい」
「承知しました」
「我々はこのまま外で食事をするとしよう。城には戻らん」
カロンの様子から急を要すると思っていたルシュカが、目を丸くして不思議そうな顔をした。
そこに付け加えて、カロンは妙なことを口にする。
「あと、それとなくアルア・セレスタと引き合わせろ。しっかりと盗聴の用意をしてな」
「何かお考えがあるのですね。仰せの通りに」
「……嵐が来そうだな」
「っ……」
冗談めかして笑ったカロンの中で入り交じる敵意と哀愁に、ルシュカはやはり何も言葉をかけることが出来ず、深く頭を下げるしかなかった。
◆
降りだした雨から身を守るように灰色のフードを深く被った集団が、正門通りの外で佇立している。
門番の兵士や、雨浴びをしにきた住民から奇異の視線を向けられるも、微動だにせず白い塔を見つめていた。
自らをカランドラからの使者と名乗った彼らは、身を寄せ合うようにしてひそひそと言葉を交わしている。
「正常に機能しているな」
「ここまで発見された様子はなかった。効果はあったと断定してよいだろう」
「本国への連絡は」
「既に」
「そうか」
「理論上、探知魔術にも反応しない。魔物の能力でも看破できないということだ。さすが神の雫よ」
機械で読み上げしているのかと思うほど抑揚のない声の応酬は、強まる雨音に紛れて消える。
「なら、あれが見つかることもないか」
「勿体無い。貴重な一つを死体になど……」
「おい」
先頭に立つ男の一言で、空気がピリッと引き締まった。
「魔王軍相手に勝利を収めた相手だ。油断はするな」
「も、申し訳ありません。イルム様」
「まだ分かってないようだな」
ただの謝罪に対して、男は殺気を漂わせる。
後ろに並ぶ者たちは見て分かるほど震え上がり、カチカチと歯を鳴らす。
ゆっくりと振り向いた男の顔が、ノイズのように揺らいで曖昧に変化する。
「何度言ったら分かる。今の私は――イークラール・ツェルノア魔道兵長だ」
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