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2021年1月6日(水)
ある自衛隊員の自殺

ある自衛隊員の自殺

今、札幌で1つの裁判が行われている。9年前に自殺で亡くなった自衛官・川島拓巳さん(当時19歳)の遺族が国に損害賠償を求めたものだ。自衛隊員の自殺は毎年60~100人。詳しい経緯を遺族が知ることができないケースも多く、川島さんの母・五月さんは「裁判しか、真相を知る方法がない」と話す。一方、自衛隊を取材すると、自殺対策に力を入れているものの、思うように効果が上がらない実態も見えてきた。自衛官の自殺は何を問いかけているのかを追う。

※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから ⇒https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/WV5PLY8R43/

出演者

  • 柳澤協二さん (元防衛省人事教育局長)
  • 武田真一 (キャスター)

ある自衛隊員の自殺

去年(2020年)4月、札幌で1つの裁判が始まりました。自殺した隊員の遺族が、損害賠償を求めて国を訴えたのです。

裁判を起こした川島五月さんは、9年前に息子を自殺で亡くしました。

拓巳さん、当時19歳。陸上自衛隊白老駐屯地の陸士長でした。

川島五月さん
「息子の死について、そこですね。死について、はっきりしたことをわかりたい。その思いだけです。」

幼いときに父親を亡くした、拓巳さん。早く働いて家計を支えたいと、高校卒業と同時に自衛隊に入りました。

拓巳さんに異変が見えるようになったのは、入隊から9か月がたったころ。眠れないなど、体調不良を訴えるようになりました。24時間即応態勢で、先輩と同じ部屋で暮らす寮生活が続いていた拓巳さん。母・五月さんによれば、拓巳さんは先輩から繰り返し『死ね』と言われたり、不要な掃除や腕立て伏せをさせられたりして、『死にたい』と漏らしていたといいます。五月さんは自衛隊に出向き“息子をやめさせて欲しい”と申し入れましたが自衛隊との話し合いの結果、翌年3月まで務めることに。

しかし、それを待たず拓巳さんは自衛隊の寮内で、みずから命を絶ちました。亡くなった当日、五月さんが上官と話したときの音声が残っています。

五月さん
「私は6月にお願いしましたよね。今すぐにでも息子を連れて帰りたいって言いましたよね。見てくれるって約束しましたよね。それがなぜ目を離されたんでしょうか。」

自衛隊
「こちらでは就職のあっせんをしていた最中でありました。」

五月さん
「3月まで責任もって見てくれるっておっしゃったじゃないですか。」

自衛隊
「われわれもお母さんの意図に対してそうさせたかったんですが、あくまでも組織として川島くんの事を思えばこのまま帰すわけにはいかなかったと判断して、最終的には就職も探して見つけてあげてというところ。」

五月さん
「どうして外出も何もさせてくれないんですか。」

当時、拓巳さんと同じ部隊にいた男性は、仲のよかった拓巳さんが亡くなる前日に漏らしたことばを今も忘れることができません。

「『パワハラしてくる先輩と同じ部屋にいるのがつらい』と。『もし僕が自殺をするとしたら、遺書に先輩のパワハラが原因だと書く』と言われたので、先輩のパワハラだと(自衛隊の聞き取りでも)全部話したわけですけど。」

しかし自衛隊から遺族への説明では、厳しい指導はあったものの、通常の指導の範ちゅうだったと結論。内部調査の詳細は明かされませんでした。

では、何が拓巳さんを追い詰めたのか。
自衛隊が3年後に出した説明には、こう記されています。

“家族への仕送りがきついと悩んでいるようだった。”

“自衛隊を退職したいが母親が許してくれない。”

遺族と自衛隊の言い分は、大きく食い違っています。

実は近年、自衛隊員を巡る相談は全国で相次いでいます。
川島さんの弁護人を務める、佐藤博文弁護士です。

弁護士 佐藤博文さん
「これが陸上自衛隊。海上自衛隊。航空自衛隊。日本中から来ます。」

10年ほど前から、自殺やパワハラセクハラなどの相談が毎年30件以上寄せられるようになったことから『自衛官の人権弁護団』を設立しています。
しかし、自衛隊内の自殺について防衛省に情報開示請求を行っても、ほとんどが非開示。

佐藤博文さん
「自衛隊の自殺情報の一覧表です。まったく真っ黒なんですよね。闇。ブラックボックス。」

防衛省はその理由を、事故者が特定されれば近親者に心理的負担がかかるため、と説明しています。

佐藤博文さん
「自衛隊というのは軍事組織ですから、秘密性というのが一番なんですよね。われわれ弁護士から見ると、客観証拠を得るのが非常に難しいです。」

情報が得られないために、真相に迫るための裁判すら起こせないケースも多いことが分かってきました。

4年前、上川あかりさん(仮名)は自衛隊員だった夫を自殺で亡くしました。

休日まで呼び出され、買い物の送り迎えをさせられるなど理不尽な命令に悩んでいたといいます。

上川あかりさん
「帰りたくないとか、同じ部屋の先輩はいやですって、はっきり言ってました。やっぱり人間関係はすごく悩んでましたね。」

自殺に至った理由は何か。あかりさんは自分で調べようとしました。夫の同僚に、SNSで連絡。

しかし、該当する先輩はどんな人なのかと尋ねたあと連絡が取れなくなりました。上官の指示でした。

上川あかりさん
「証拠とか遺書もないので、裁判は難しいと思うんですけど、なんで死ななければならなかったんですか。それは一番知りたいです。」


去年9月、裁判を起こした五月さんの元に、国側の主張が書かれた書類が届きました。

川島五月さん
「中身は全部否認ですね。認めはしないんだなというのがわかりました。いじめについても認めないということですよね。」

国は、指導は至極当然のもので“いじめと評価し得るものではない”と反論。

請求は“速やかに棄却されるべき”だとしています。

自衛隊員の自殺 組織で何が?

武田:相次ぐ災害復旧の現場。新型コロナウイルスへの対応。私たちは、過酷な環境で黙々と働く自衛隊員の姿を見てきました。しかし、その中に苦しい胸のうちを抱えた人々がいるということに目を向けてこなかったのではないかと思います。
防衛省の官僚として、自衛隊内の自殺対策にも携わった経験がある柳澤さん。自衛隊の自殺率を見てみますと、一般公務員と比較して2002年以降およそ2倍で推移しているんですね。この多さにも驚くのですが、これはどう受けとめて来られたんでしょうか。

ゲスト柳澤協二さん (元防衛省人事教育局長)

柳澤さん:私が人事教育局長だった2000年、2001年のころなんですが80人とか90人の大台で自殺者がいましてね。これは1つの見方をすれば陸上自衛隊の普通科1個小隊って40人弱なんですけど、戦争もないのに毎年2個小隊がいなくなっているという計算になるんですね。これは大変な問題なんじゃないかと。それからもう一つの捉え方をすれば、幸いまだ自衛隊は海外で1人も殉職者を出していないのですが、イラクとかスーダンもそうでしたけど1人殉職が出たらそれはもう大変な問題になっていたはずなんですね。しかし命の重さという意味ではそこは平時に国内で1人亡くなるのだって同じことなんじゃないかと、そういう意味でもこれは重大な問題だろうと。当時、幕僚監部の人たちも問題意識を共有していただいて、何とかこの自殺対策の取り組みを始めなければいけないなと言っていたのが私の最初の経験であったと記憶してます。

武田:遺族側と自衛隊側で見方が異なっているというケースもあるわけですが、自殺した詳しい経緯や理由を遺族ですらほとんど知ることができないという実情もあります。これはなぜなんだという思いを禁じ得ないんですけど、柳澤さんはどう捉えていらっしゃいますか。

柳澤さん:さきほど出てきた報告書とか、裁判の主張を見ますと結局、中で聞き取り調査をやるしか手段がないわけですが、それですとやってる当人はそんなに深刻な認識なしにやっている。しかし、相手の方はそれだけ追い詰められてるという現状があるわけなんでね。だからあの報告書を見てご家族が納得しないのはもちろん当然なんだけど、自衛隊側がじゃあこの人はどうして自殺をするようになっちゃったの、というところを自衛隊自身が本当に納得できているんだろうかということですね。この自殺については事後介入が極めて重要なんですが、その場合に関係者に本当にいろいろ聞き取らなければいけない。その関係者の中にはご家族も含まれるはずなので、そのご家族と部隊側が情報を共有しながら本当にこの子はなぜそこまで追い込まれたのかということを、お互いが納得いくまで追求するという手順が何とか取れないのかなと思ってしまいますね。

武田:川島さんのケースでは、自衛隊側はいじめやパワハラの存在も自殺との関係も否定しています。ただ、去年1月には内部向けにこんな通達も出されています。

パワハラや暴行などの重大事案が、10年前と比較するとここ数年およそ2~3倍に増えていることから罰則を重くすると通知しているんです。自衛隊の組織の中では助けを求めづらい空気があると、指摘する元幹部もいます。

元航空自衛隊 幹部候補生学校長 林吉永さん
「自衛隊に入りますと、個人が殺されるわけですね。個が抑制される社会ですから。組織の言いなりにならなきゃいけないというのが宿命なんですね。軍事の面において。仕事も個ではなくて、団体で仕事しますから、マスで。その中で起きているいじめというのは逃げようがない。同じ建物に四六時中一緒にいるわけですから。24時間ですよ、自衛隊の中で生活している隊員にとっては。」

武田:柳澤さんは自殺対策に携わった経験もお持ちだそうですが、追い込まれていく要因についてはどう感じてこられたのでしょうか。

柳澤さん:いま一つ出たように、やはり仕事もそうだしプライベートもそうだし同じ生活空間の中で同じ固定した人間関係の中にずっといなければならないというのは、うまくいけばいいけれどそうでないとものすごい苦痛なんですね、人間にとってね。そこの逃げ場がないというのは、1つ大きなハンデとしてあるんだろうと思うんですね。そこは1つの自衛隊の特殊性といえるのかな、と思います。

武田:実はこの自衛隊の側も、この自殺の問題を深刻に捉えていることが分かってきました。隊員の自殺を何とか食い止めようと取り組んでいる、対策の現場を取材しました。

“自殺を防げ” 自衛隊の取り組み

この日、北海道の各駐屯地から集められた31人が研修を行っていました。
悩みを持つ隊員の相談に乗るための、『傾聴訓練』。

自殺につながりかねない兆候を事前につかんで対応する、『部内相談員』を育てるため3週間にわたる研修が続きます。力を入れる理由は強烈な危機感です。

「残念ながら、われわれの網からもれてしまうこともなくはない。きのうの話なんですけど、もれてしまって幸い命は助かったんですけど。カウンセラーだからではなく、日ごろの仲間だから話を聞くというところからはじめないといけない。」

訓練生
「先輩後輩が心の傷を負って亡くなってきたのを見てますので、そういう方を少しでも助けたいという気持ちで臨んできました。」

訓練生
「ふだんは自分が現場で体を動かす立場にいるので、ここでやっている話し方、接し方は少し違うと思います。」

日常的に命令への服従が徹底される組織の中で、どうすれば隊員から抱えている悩みを聞き出せるのか。教官を相手に、カウンセリングのスキルを学びます。

相談役の教官
「苦しくて苦しくて、たまりません。」

訓練生
「不安で苦しいという思いをずっとされてきたんですね。
…すみません。ちょっとまってください。1回整理させてください。」

相談役の教官
「ここで問題なのは『苦しい』というワードに対して選択肢は2つある。掘り下げるか。共感するか。どちらでもいい。クライアントさん(相談者)の気持ちに共感できる、『あっ、それは苦しいよね』って心の底から思えるんだったら、ここで共感していい。」

こうした相談員を各地に配置することで、追い込まれた隊員に悩みを打ち明けてもよいのだというメッセージを伝えたいと考えています。

自衛隊員のメンタルヘルスが研究テーマ 防衛医科大学校教授 長峯正典さん
「“マッチョ文化”とわれわれ言ったりもするんですけれども、精強でなくてはならない、タフでなくてはいけないという、そういう文化があるわけですよね。そこに共通してあるのはメンタルヘルスを崩すことに対する偏見ですよね。調子を崩してても、治療を求める、援助希求することができなかったりする。とにかく隊員を孤立させない。そこは非常に大事なところだと思っています。」

自衛隊はこれ以外にも、部外カウンセラーや電話による相談窓口を設置。自殺への対策を講じてきました。

しかし、今なお解決への道は見えていません。防衛省は、昨年度自殺した隊員がいずれかの窓口に悩みを相談していたかを調査。結果はほとんど相談していないという厳しいものでした。

防衛省幹部はこの数字を真摯(しんし)に受け止め、“対策を見直す必要がある”と語っています。

組織の課題 隊員たちの“心の声”をつかめるか

武田:対策は講じていても、なかなか助けを求める声が上げられない。背景には、強くなくてはならないという文化があるということでした。強じんな組織を作るという一方で、悩みを抱えた人も守らなければならない。これはどう両立させていけばいいんでしょうか。

柳澤さん:まず、仲間として接していくという姿勢がすごく大事だと思うんですね。組織の人間として強じんでなければいけないということと、精神的に強じんであるというのは別問題で、むしろほとんどの人が精神的な弱さというのはどこかに持っているわけですね。白老駐屯地の川島君の例にしても、あの子はすごく真面目で家庭に対しても責任感の強い人だったと思うんですね。そういう人が自分を責めることになってしまって、どんどん孤立していく。なかなか外に向かって心配をかけたくないという思いもあるでしょうし、真面目な人ほど追い込まれていくという。だから痛ましいんですけれども一方で“仲間として接することが大事”ということばが大事なのは、彼らに接する上官にしてもいざというときには自分の命令1つで部下の命を預かるんだという責任感があれば、真面目な指揮官・上官はやはり同じように人間としての悩みを持つはずなんですね。お互いに精神的な弱さを持ったものどうしの集まりとして、それがいざというときに力を発揮する。そのためには同じ仲間として、弱みを持った人間であることを前提にした信頼感、そういうふうに発想を転換することが極めて必要なんじゃないかなというのを見ていて感じましたね。

武田:特殊な文化を持つ組織の中で、一人一人をどう守っていくのか。ドイツでの取り組みを見ていきます。

“風通しの良い組織へ” ドイツ軍の取り組み

毎年、中東やアフリカなどに1万以上の兵士を派遣しているドイツ連邦軍。ここには、兵士の人権を守るためのある役職が置かれています。『軍事オンブズパーソン』です。

議会が、法律の専門家など第三者の中から指名し、強力な権限が与えられます。最前線から基地の中枢まで立ち入り、兵士から直接自由に聞き取りを行うことができるのです。

棚いっぱいのファイル。ドイツ中の兵士から毎年4,000から6,000件の相談が寄せられています。第三者を入れることで、閉鎖的になりがちな軍の内部をオープンにする取り組み。兵士の自殺率はドイツ全体の自殺率とほとんど変わりません。

軍事オンブズパーソン エヴァ・ホーゲルさん
「兵士にとっての問題は、指令体系や階級と関係ない人間が取り組むべきです。兵士の基本的人権は一定の条件下で制限されることはありますが、兵士一人一人の尊厳は不可侵であることに変わりはありません。」

自衛隊員の自殺を防ぐために

武田:ドイツでは兵士は制服を着た市民。兵士である前にまず市民である、という理念が掲げられているそうなんですけれども、柳澤さんはこのオンブズパーソンの取り組み、どうご覧になりましたか。

柳澤さん:ドイツの場合は第二次大戦の反省もあって、とにかくまず市民としての常識を生かさなければいけないということで、再軍備のときに徴兵制をして、市民であるがゆえの徴兵制なんですね。そうやって義務を課するがゆえに、人権を守るためのシステムを取り入れたという両輪をきっちりそろえたということだと思うんですね。日本でもぜひ、こういうなんらかの第三者の視線で介入できる権威を与えるということは何とか工夫してしてやっていく必要があるんじゃないかなと思うんですね。

武田:何かそういった組織のようなものを作っていくということですか。

柳澤さん:これは仮に部内の人がやるとすれば、本当にそれでこの自殺の原因について納得できるのかどうかというところを第三者の目で見るようなパネルを作るとか、あるいは第三者の専門家を事後介入の中で活用していくとか、そういう工夫はできるんだろうと思うんですけれどもね。

武田:今回改めて感じたのは災害時など、私たちは自衛隊に期待もし、頼りながらも隊員一人一人の苦しみ、存在、そこにあまりにも無関心でどこか遠い存在だと思ってきたのではないかということなんですね。そのこともこの問題が解決されない1つの要因になってきたんじゃないかなと思うんですが、柳澤さんはいかがですか。

柳澤さん:私も実は人事教育局長の後、2004年から官邸の内閣官房で自衛隊をイラクに派遣する仕事をしてて、そのときに1人も亡くならなかったからよかったんですが、そのとき仮に何かあって冒頭にあったようにその子のお母さんからうちの息子はどうして死ななければいけなかったんですかって言われたら本当になんと答えたんだろうと。いまだに私は答えを見いだせないんですね。そうやって決してひと事ではなくて、自衛隊の服務宣誓には身をもって責務の完遂に務めもって国民の負託にこたえることを誓います、とある。では主権者である国民は自衛隊に一体何を負託するのかというね、それを1人の国民としての自衛隊に対してどういう受けとめをするのかということを主権者としてぜひお考えいただくという私の理想論ですけれど、ぜひそうあってほしいなと思います。

武田:同じ市民として、私たちもまた自衛隊員一人一人に対して向き合っていく必要があると。

柳澤さん:同じ日本国民としてですね。

2021年1月5日(火)
コロナ重症者病棟 パンデミック下の年末年始

コロナ重症者病棟
パンデミック下の年末年始

“第3波”の感染拡大が続く中で迎えた年末年始。最前線の重症者病棟がある医療現場では、異例の事態が続いていた。そもそも冬は急病患者も多く、例年医療態勢はひっ迫する傾向にある。年末年始は多くの人員を配置して対応するものの、綱渡りの状態が続いていた。そして連日のように行われる“看取り”。さらに、医療スタッフたちは、1年近くプライベートを制限しながら闘い続けている。先の見えない状況に心身共に極限状態となっている。コロナ2年目をどう乗り越えるのか、現場から探る。

※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから ⇒https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/WV5PLY8R43/

出演者

  • 藤谷茂樹 医師 (聖マリアンナ医科大学病院  救命救急センター長)
  • 武田真一 (キャスター)

相次ぐ看取り コロナ禍の家族の別れ

カメラが入ったのは、主に重症者の治療に当たる聖マリアンナ医科大学病院です。12月17日、1人の高齢の患者が危篤となっていました。看護師は、テレビ電話で家族とつなぎました。

家族
「聞こえますか、聞こえるかな。この間、お誕生日で〇歳だよ。〇歳になりましたからね。元気に育ちました。」

家族が最期の別れを告げます。

家族
「家族は何とかここまで来ました。たいしたもんだよ、父さんも。」

感染を防ぐため、直接会えない最期。この2時間後、息を引き取りました。

この病院で、去年(2020年)からことし(2021年)にかけ、亡くなったのは26人。受け入れた患者のおよそ1割です。

看護副師長の長屋さんは、ビニールに包んで納棺するなど、これまで立ち会ってきた死とは全く違う状況に悩み続けてきました。

看護副師長 長屋さん
「いまは全く慣れもしないですし、続くと心が追いついていかないですね。人間の命の尊さとか、どこに行っちゃってるんだろうなって。」

最期の別れを、家族に直接みとってもらうことはできないのか。長屋さんはこの日、重症者病棟を率いる藤谷茂樹医師に、ある提案をしました。

長屋さん
「(テレビ電話で)お顔を見ることができるのは、うちの病院のできる限りの家族ケアの1つと思っていたんですが、実際に触れたりとか、同じ空間での死亡宣告は行えていない。家族がPPE(防護具)を着て、実際の肌に手袋ごしでも触れられるようにするっていう方法での改定案なんですね。」

救命救急センター長 藤谷茂樹医師
「面会希望が強い家族には、こういったようなことが提供できないかと思っている。問題点も当然、出てくると。」

医師
「そうですね。一番は家族の安全をどのくらい担保するか。」

最大の懸念は、面会した家族が感染することです。
一方、医療スタッフと同じように防護服を身につけ、対策を徹底すれば面会可能ではないかという意見も出ました。

医師
「僕ら医療者がこれだけ長期間やって、かなり感染者が少ない中で、希望する患者さんには面会を実際にしてもらうという、オプションを考えた方が自然かな。」

藤谷茂樹医師
「触ったりすることができるのは、家族にとってもありがたいと思う。いろんな知恵を絞ってもらって、できる方法を探ろう。」

医療従事者の葛藤 異例のクリスマスイブ

12月24日。看護師が患者の回復を願って、一人一人にクリスマスカードを書いていきます。

看護師
「特別なクリスマスとかイベントで、家族と過ごせないのは寂しい。患者さんにとってはつらい。寂しいと思います。」

カトリックのこの病院では、例年なら聖歌隊が院内を回りキャンドルサービスを行いますが、ことしはすべて中止になりました。

この1年、看護師たちは、友人や離れて暮らす家族と会うことを自粛してきました。せめてみんなでクリスマス気分を味わおうとケーキを用意しましたが、マスクを外しての会話は禁止。いつもと違うクリスマスイブです。

この日の午後、夜勤を終えた看護副師長の長屋さんは、離れて暮らす姉に電話をしていました。

看護副師長 長屋さん
「もしもし、夜勤終わった。入院したの、どうですか?」

実は翌日姉が手術を受ける予定でした。前々から調整して休みを取り、付き添うつもりでしたが、感染者が急増したため諦めました。

長屋さん
「お姉ちゃんが落ち着いたら、実家でみんなで1回集まって、帰って退院祝いができたらいいね。」

長屋さんは病院を出るときにシャワーを浴びていますが、帰宅後もすぐにお風呂場に直行するといいます。病院からの移動中にも、感染することを恐れているからです。

長屋さん
「病院の機能が1回止まってしまう。絶対そうなってはいけないというプレッシャーは、ずっと続いていて。」

家で1人で過ごす日々。募るストレスに、一時看護師を辞めることも頭をよぎりましたが、何度も自分を奮い立たせ、この1年を乗り切ってきたといいます。

長屋さん
「我慢したし、よくなる患者さんを見て、喜んでは笑ったし、若くしてコロナで亡くなった方を見て、助けられなかった悔しさとか、最期一緒に家族が付き添えなかったことの、コロナへの憎さとか、自分が好きなことができなかったりすることへの苦しさとかも入り混じった、必死に闘った1年だなって思います。」

コロナ禍のこの1年。人生の大きな転機を迎えた看護師もいます。
第2波のさなかの8月に息子が生まれ父親となった男性。しかし、今その大切な家族に感染させないか、毎日不安を抱えながら過ごしています。

看護師
「ちょうどコロナが最初、はやり始めた時期だったんで、特にその時期、不安な気持ちになってましたね。家族にうつさないっていうのは、すごく心がけています。」

職場では誰にも言えない弱音を、妻には話していました。


「満身創痍で帰ってきて、また朝出勤で。帰ってきたらもう、ばーっと、こんなことがあったってすごく言うから、メンタルもギリギリで。こっちもこっちで、赤ちゃんのこともそうだし、心配することが多くて。」

コロナ禍のため、家族で自由に外に行くこともままなりません。さらに追い打ちをかけたのは、心ないことばだといいます。

看護師
「『汚い』と言われたりとか、『汚い、菌が来た』みたいな雰囲気で。」


「(医療用の服を)外に干してたら、ここに看護師いるんだって目立ったら周りの方が不安がるかもしれないから、外には干さない。」

看護師
「やっぱり普段の生活も、肩身せまいというか。自分の体力がうんぬんとか、疲労がうんぬんとか、思うことは多々あるんですけど、正直それは二の次で、患者さんの安全を守りたいっていう気持ち一心だけ。」

後遺症に悩む人も 異例のクリスマスイブ

不安を抱えながら、年越しを迎える人もいました。
クリスマスイブのこの日、病院を訪ねたのは、コロナ後遺症に苦しむ50代の石井さん(仮名)。4月に感染し重症化、8月に退院しました。

医師
「この周りが黒い。空気が漏れて肺が縮んで圧縮して、これで苦しかったよね。」

11月、肺に穴が開く気胸が見つかったのです。

医師
「肺としては、ダメージを受けている部分もある。どこまでよくなるのか、前と同じレベルになるかは、ちょっと。」

石井さん(仮名・50代)
「そうですか。」

大学生の娘がいる石井さん。一日でも早く回復し家族を支えたいと、リハビリに励んできました。しかし、少し動くだけで血中の酸素濃度が低下。呼吸不全に陥るレベルです。この1年で一変した石井さんの生活。いつ仕事に復帰できるか、見通しも立たないまま年を越そうとしていました。

石井さん
「1年以上かかってしまう、非常に大変な病気なんだというのを、思いました。これだけ長く離れてしまうと、復帰するモチベーションを維持するのも大変。気持ち的にも弱る。」


「コロナって、こういうことなんだなって。元気になったようにみえて実は、みたいなことがあるんだと。うまくいくって思ってしまっただけに、残念だったなと。」

恐れていたことがひたひたと…

12月28日。日を追うごとに状況は厳しさを増していました。重症者の病床17床は残りあと6つ。藤谷医師は、満床になることだけは何とか避けたいと考えていました。

救命救急センター長 藤谷茂樹医師
「フェーズが上がると、将来的に(満床に)なるかもしれない。」

重症患者を受け入れているこの病院が満床になると、ICUなどの高度な医療を受けられなくなり、行き場も失ってしまうのです。

藤谷茂樹医師
「かなり僕たちも、戦々恐々として毎日を過ごしている状況。」

また、この日は重症患者が相次いで亡くなるという、異例の事態も起きていました。高齢の男性患者の家族が、最期の別れを惜しんでいました。

家族
「苦しかったろうね。帰りたい、帰りたいって言ってたのに。お父さん。」

懸命な治療が続けられていた、若い女性も息を引き取りました。

「ご家族、なかなか受け止めきれなくて。10年後、20年後も元気に生きているだろうと、想像していたと思うので。」

さらに、救命救急センターとしての機能が、まひしかねない局面を迎えることになりました。年末、ほかの病院が人員を縮小する中、この病院には心筋梗塞など、コロナ以外の患者も多く搬送されてきました。態勢を拡充して臨んでいたものの、予想を超える救急搬送に対応できる医師が不足し始めてきたのです。

「先生、入ってくれるの?ありがとうございます。」

藤谷茂樹医師
「人手足りないんでしょ?」

「助かる。」

藤谷医師も、急きょコロナ対応から離れ、手術を行うことになりました。
命に直結する救命救急の現場では、ぎりぎりの状態が続いていました。

大みそか 恐れていた“医療崩壊”寸前に

大みそか。恐れていた事態が起きました。各地で過去最多の感染が確認されたのです。

藤谷茂樹医師
「本当に災害。災害規模に。」

「コロナ陽性でいいんですよね?陽性ですよね。」

重症者病棟は瞬く間に埋まり、病床は残りあと2つ。すべての診療科の医師たちが招集されました。

藤谷茂樹医師
「あと2名しか重症患者が取れないという状況に、今なっています。」

「5東(小児科)が、レッド(コロナ病棟)専用になる?」

藤谷茂樹医師
「混在することになる。」

藤谷医師は一般病棟のほかの科に、コロナ患者の受け入れを要請しました。ベッドが空いていた小児科の一角に、急ごしらえでコロナ病棟を設けることにしたのです。

藤谷茂樹医師
「一応、ここにダクトもつけて。」

「小児科の先生とのすりあわせが必要になるので。」

院内感染を防ぐため、密閉された個室で万全の対策を施します。

何とか病床を捻出できた藤谷医師。しかし、このあと重症患者の治療を巡って、難しい判断を迫られることになりました。
前日に搬送されてきた40代の男性。最悪の状態は抜け出しつつあるものの、予断を許さない状況です。通常なら、人工心肺装置「ECMO(エクモ)」を装着して治療を行うケースです。

「きのう、きょうで(容体が)よくなっているのはわかるんですけども、ECMOを入れてフォローすべきと、自分は考えます。」

しかし、これに対し人手が10人規模で必要となる、ECMOの装着には慎重な意見が出されました。

「夜は当直が手薄になっているので、今は急いで入れる必要はない、というのが僕の考えですね。」

藤谷茂樹医師
「今もう、リソース(人手)が枯渇している。これからどんどん人(新しい患者)が入ってくる。」

「それはわかります。」

藤谷茂樹医師
「厳しい。非常に厳しい選択。」

「厳しいですよね、これは。」

悩んだ末、藤谷医師はECMOに頼らない、別の治療方法にかけようと決断しました。

藤谷茂樹医師
「より多くの患者を受け入れることをしないといけない。正解はない。現状を理解した上で、最終的には決めないといけない。」

そして、年が明けた深夜。ついに17の病床すべてが埋まりました。コロナ患者を受け入れ始めた2月以降、初めての事態でした。

藤谷茂樹医師
「今、重症患者をもう、受けるベッドがなくなってしまった。僕たちが断ったら、この人たちは行くところがなくなる。各病院もベッド数を拡大すると、その分、人手、あと院内感染が起こるリスクがあって、なかなか病床の確保が思いのほか、進んでいない。」

「どうされるんですか、これから。」

藤谷茂樹医師
「どうしようもないな。どうしようもない。」

危機感かつてなく高く…医療従事者の訴え

かつてない医療ひっ迫の中で迎えた新しい年。大みそかに満床となった病床は、その後も空けては埋まる綱渡りの状態が続いています。

「よくなってきた。」

「最初に比べて、赤みがひいてきて。」

ECMOを装着せず別の治療法を試みた40代の重症患者。容体が回復していました。緊張を強いられたままの医療現場。最前線で医療崩壊を食い止めている医師や看護師たちは、どんな思いでいるのでしょうか。

武田
「今の危機感は、どれほどのものなのでしょうか?」

藤谷茂樹医師
「年末年始が明けて、他の病院にも依頼をして、今までコロナの患者を診ていない病院にも、応援要請をしないといけない。今までコロナ患者を診ていない病院で、コロナ患者を診始めるということは、病院がクラスターを発生させる危険性が非常に高くなってくる。これが医療崩壊の本当の始まりになるのではと、非常に危機感を抱いている。」

看護副師長 長屋さん
「明らかに年末に入る前と、状況は変わったかなと思う。」

武田
「まさにギリギリ?」

長屋さん
「ギリギリを超えるのではないかと思う。」

武田
「医療現場と社会の状況には、ギャップがあるようにも感じますが。」

看護師
「ギャップはあると思う。分かってほしいのは、自分が感染している可能性があること。自分の行動で大切な家族が感染してしまった場合、その人の人生は一変することを、よく知ってほしいと思う。」

医療崩壊を防ぐためには?

武田:スタジオには、先ほどまでICUで治療に当たっていた藤谷医師にお越しいただきました。今の医療現場の危機的な実情を直接訴えたいと、忙しい合間を縫ってお越しくださいました。きょうも救急車が、ひっきりなしにやってきているという状況だったそうですね。

ゲスト藤谷茂樹さん(聖マリアンナ医科大学病院 医師)

藤谷さん:本日も、病院を出る前までに15台の救急車が、朝からひっきりなしに来ている状況でした。その中で、1台は受け入れ先がなかなか見つからないということで、2時間3時間もかかってやっと当院にたどり着きました。コロナの疑似症と疑いがある患者さんで、なかなか受け入れ先が見つかりにくくなっている状況で。(その後)その方はコロナ感染症の診断がつきましたが、今後このようなことが起こってくるんじゃないかと思っています。

武田:きょうは国内の新規感染者、重症者、死亡、いずれもこれまでで最も多くなりました。

「医療崩壊ギリギリの状態」とおっしゃっていましたけれども、今、何が起きているのか。藤谷さんの病院で主に診ていらっしゃるのは、こちらの重症の患者さんで、今はほぼ満床。近くの中等症の患者さんを受け入れている病院も満床になりつつあるということですが、このあと状況はどうなる見込みなのでしょうか?

藤谷さん:現在までに神奈川県内の50の病院、施設がクラスターを起こしています。中等症をみる病床がひっ迫している状況で、重症をみる私たちの施設にも中等症の患者を受け入れ要請をされて、とらざるを得ない状況になってきています。重症病床が埋まってくると本来、救急の医療を私たち提供しているんですが、その医療も、一般の市民の方々に提供できなくなってくるというような事態が起こってきます。

武田:重症の患者さんも受け入れられない。それから当然コロナ以外の、ほかの患者さんの救急もやっていらっしゃるわけですよね。

藤谷さん:私たちの施設は、コロナの患者さんもですが、一般の心筋梗塞の患者さんや、頭蓋内出血、外傷の患者さん、脳内出血、そのような重症患者さんを受け入れないといけない施設なので、コロナ患者さんだけではなく、一般の重症患者さんも受け入れないといけないという使命があります。

武田:「医療崩壊ギリギリ」ということでしたけれども、もうそれは始まっているんでしょうか?

藤谷さん:もう、目前まで来ているんじゃないかと思っています。というのは、中等症の病床がもうすでにない状況で、患者さんがたらい回しになる状況になってきています。そうすると、医療の需要と供給のバランスが崩れて、本来治療ができる人たちが治療を受けられなくなる。これが医療崩壊の始まりだと思っています。
12月31日の大みそかに、8名のコロナ患者さんが一気に押し寄せてきて、僕たちの病床もいっぱいになって、「その日、これ以上重症患者さんが来たら、もう診られない」という事態にまでなってきているので、これが今後も爆発的に患者増が続くと、もう医療崩壊になるのではないかと、非常に危機感を抱いています。

武田:それを防ぐために今一番必要なこと、そして一般の人たちに訴えたいことは何でしょうか?

藤谷さん:医療崩壊を防ぐためには、2つのことが必要ではないかと思っています。1つは、「これ以上のコロナ患者さんを発生させない」ということと、「ベッドを確保して、医療の需要と供給のバランスを崩さないようにする」ということが必要じゃないかと思っています。

武田:ベッドを確保する。そのためには何が必要ですか?

藤谷さん:今までベッドを増やすお願いを行政がしてきたんですが、なかなかベッドを増やすことができていない状況にありました。その中で法制度などの見直しをして、何とかベッドを確保できるようにしていかないといけないのではないかと思っています。

武田:そして、一般の人たちに今一番訴えたいことは?

藤谷さん:「3密」ということがよく言われていると思うんですが、もうそれ以上に「飲食に伴う感染のリスクが高い」ということが言われています。私たち医療従事者はマスクを外すのに、ものすごく注意を払っています。マスクをした状態でも感染する人たちが出てきている状況で、皆さんには身近な人であっても、会食をするときは細心の注意を払っていただきたいと思っています。

武田:一人一人の力で乗り切るということですね。