平山瑞穂@hirayama_mizuho·2時間返信先: @yukihonovelさんキャラの魅力にフォーカスすれば気にならなくなるということは、結局、「だわ・のよ」調であるか否かは本質的な問題ではないということなのだと思います。あ、そういえば、アニメにありがちな水色・緑色の髪の毛などに対するアレルギーも、ある程度はそうやって克服したのでした。1
平山瑞穂@hirayama_mizuho·4時間返信先: @yukihonovelさんごめんなさい、それはちょっと控えさせてください。比較的よく読んでいたのはちょっと前のことで、最近の潮流にも疎くなっていますし……。1
平山瑞穂@hirayama_mizuho·4時間返信先: @yukihonovelさん「だわ・のよ」調使用の背景について事前に入れ知恵しておいていただけていてよかったです。そこに反射的に「これもかよ」と噛みつかずに済んだおかげで、キャラの魅力それ自体に対峙することができたようです。1
平山瑞穂@hirayama_mizuho·6時間返信先: @yukihonovelさん字数が少ないとどうしても決めつけるような言い方になってしまうんですよね。実はラノベもそこそこ読んでいて、全部が全部嫌いというわけでもないんですが、そういうニュアンスを140字内で表現することはできず、そういうもどかしさもあって、日頃はなんとなくtwitterを避けているのです。1
平山瑞穂@hirayama_mizuho·6時間返信先: @yukihonovelさん感想は言わせていただくつもりでいました。カクヨムのシステムがまだよくわかっていないし、少しお時間はいただくと思いますが、読んだらなんらかの感想をお送りします。IDはmaggogです。とりあえず第5回くらいまで読みましたが、小町のキャラにはすでにかなり惹かれております。1
平山瑞穂@hirayama_mizuho·9時間返信先: @yukihonovelさん僕の場合は居直りと歩み寄りを交互に繰り返している感じです(笑)。では、謹んで読ませていただきます。 それにしても、「ラノベ嫌い」とか言った途端に、普段は過疎な僕のtwitterが猛然とリツイされていたりして、一夜明けて少々ビビりました。2
平山瑞穂@hirayama_mizuho·17時間返信先: @yukihonovelさんいえいえ、リンク送ってください。 ちなみにニッチな層を狙っていたのはアマチュア時代からのことで、今も結局本質的には変わらないので、商業作家であるかどうかはこの際関係ないと思いますよ。1
平山瑞穂@hirayama_mizuho·17時間返信先: @yukihonovelさんがんばってください。そしていつか、読ませてください。読める状態になった暁には、有希穂さんの作品だということがわかるように教えてください。1
平山瑞穂@hirayama_mizuho·17時間返信先: @yukihonovelさんいや正直、有希穂さんのその作品を読んでみたい気持ちになってきています。どの層にもいまいちヒットしない、というあたりは、僕自身が悩まされてきた問題の核心でもあるし(笑)。どこかにはいるはずだと思ってるんですけどね、「まさにそこ」を求めている層が。12
平山瑞穂@hirayama_mizuho·17時間返信先: @yukihonovelさんおお、そういう対比があるならむしろカッコいいじゃないですか! それは結果として、「だわ・のよ」調に対する批判的視点も担保する形になっていて、そのポリフォニックなスタイル自体がひとつの「批判」たりえていると思います。しかし20万字って普通に長編1本のボリュームですね。1
平山瑞穂@hirayama_mizuho·17時間返信先: @hirayama_mizuhoさん, @yukihonovelさんたとえばラノベなどはまさに「作られた世界」なので、「だわ・のよ」言葉などを通じて作為性を強調することで、その分より自由に描写の幅を広げることができる。その自由を得るためのエクスキューズとしてそうした作為があるのだと思っています。それが好きか嫌いかは別にして。132
平山瑞穂@hirayama_mizuho·17時間返信先: @yukihonovelさんそういうのはわからなくもありません。フィクション臭によってなにかが濾過されてかえって描きやすくなるということもあると思います。ただ僕自身は、リアリティにこだわってしまう性質なので、そこにアレルギーを感じてしまう。まあフィクションに向き合う姿勢の違いなんでしょうね。233
平山瑞穂@hirayama_mizuho·18時間ずっと前に、京都出身の女性編集者が、「京都にいる頃は、東京では今でも女性は普通に“だわ・のよ”でしゃべっているのかと思っていました」と言っているのを聞いて、あーなるほど、全国レベルではそういう誤解もあるのかと納得したことはあるが。2
平山瑞穂@hirayama_mizuho·18時間それにしても、「だわ・のよ」言葉、いったいいつになったら根絶されるのか。僕は10年くらい前からそれを訴えつづけてるけど、みんなおかしいと思わないの? なんで誰もツッコまないの? あれがアクチュアルに使われてるのは、今や「オネェ言葉」としてだけでしょ?157
平山瑞穂@hirayama_mizuho·18時間あと、謎解きのための謎解きみたいな話も正直大嫌いです。大嫌い(繰り返すなよ)。謎解きのために人工的に作られた物語。そのために人物造型が人工的になってるような話。「謎解き」が始まると、「あ、その“謎”、興味ねーっす」と言いたくなる。そういうの本当に大嫌い。127
平山瑞穂@hirayama_mizuho·18時間現代の女子高生(でなくてもとにかく若い女性)ということになっているキャラが「だわ・のよ」調でしゃべりはじめた時点で、感情移入にブレーキがかけられ、続きを観たい(読みたい)気持ちが絶望的に損なわれてしまう。そんな僕は狭量ですか? リョーケンガセマーイデスカ?2712
平山瑞穂@hirayama_mizuho·19時間僕はどうやら、ラノベというものが死ぬほど嫌いらしい。ラノベにはラノベのお約束がいろいろあり、「だわ・のよ」言葉もそのひとつなのだろうが、美学的にどうにも許しがたいものもあるのだ。「だわ・のよ」なんて今の女子高生が使うか? 誰ひとりそんな言葉使いはしてないでしょう。26538
平山瑞穂@hirayama_mizuho·19時間あえてタイトルは言わないが、Amazon Primeで、予備知識もなくなんとなく観はじめた映画がめちゃくちゃラノベテイスト(例:女の子キャラの一人の語り口が「だわ・のよ」言葉)で、途中からはそのテイストに耐えがたさを感じていたのだが、エンドロールで原作がまさにラノベだったとわかった。21
平山瑞穂@hirayama_mizuho·22時間昨夜詠める歌、かくあらばなほ優れたりと思ひて手直ししたるをあらためて挙げむ。 猫画像は新しきものに替へたり。 叫ばれし緊急事態宣言に我あくびして猫と戯る4
平山瑞穂@hirayama_mizuho·1月3日返信先: @hagascienceさんたしかに、コロナは人類の誤った部分を正すクスリになっているとするような見方があるようですね。まあ僕のはそんなたいそうなものではなく、ただのひねくれ者の讒訴にすぎないのですが(笑)。1
平山瑞穂@hirayama_mizuho·1月2日返信先: @hagascienceさんありがとうございます。なんだか新年早々毒を吐いているツイートにこんなやさしいひとことをいただけて恐縮しております……。11
平山瑞穂@hirayama_mizuho·2020年12月31日What matters is social distance! But the distance has been essential for me from the start. Being too close to other persons is disgusting.3
平山瑞穂@hirayama_mizuho·2020年12月31日新年が明けたとか、本当にどうでもいいな。単に決まったとおりに時間が過ぎただけでしょう。とか言ってる僕はきっと誰とも心を通じあわせられないんだろうな。キズナとか知ったことか。「離れていてもつながっている」? あー、はいはい。もともと人と離れていたい僕にはなんの意味もないたわごとだ。26
平山瑞穂@hirayama_mizuho·2020年12月29日ブログ更新。連投5本目、最終回。すっかり元気になったクー。その回復力には本当に驚かされる。 クーをめぐるさらなる顛末(5)クーをめぐるさらなる顛末(5) - 平山瑞穂の白いシミ通信 その頃には、クーが自分からは食べようとしない状態が続いていることも考慮して、主治医はクーに投与する抗がん剤を消化器毒性の比較的弱いタイプのものに切り替えてくれていた。しかもその薬剤は、毎週ではなく、3週間に一度打てば薬効が持続するような効き方をするものだった。しかしクーは、主治医にいわせれば「薬が効きすぎるほど効く」体質であり、3週間おいても骨髄毒性の影響が抜けず、貧血ぎみだったり白血球が...hirayama-mizuho.cocolog-nifty.com25
平山瑞穂@hirayama_mizuho·2020年12月28日ブログ更新。連投4本目。だいぶ希望の光が差してきた段階。 クーをめぐるさらなる顛末(4)クーをめぐるさらなる顛末(4) - 平山瑞穂の白いシミ通信 こうして注入給餌の「適切な方法」を見出したことは、僕の辛抱づよい試行錯誤の勝利だったと思う。しまいにはクーは、この注入に対して、驚くほど協力的にさえなっていった。注入するには、まずクーの体を覆っているボディスーツの背中側の合わせ目からマジックテープを剥がし、丸めて収めてあるチューブを取り出す必要があるのだが、僕がそれをしようとしただけで、自らペタリとおなかを床にくっつけて這いつくばる姿勢を...hirayama-mizuho.cocolog-nifty.com14
平山瑞穂@hirayama_mizuho·2020年12月27日ブログ更新。連投3本目。誰も読んでいないかもしれないが粛々と続ける。 クーをめぐるさらなる顛末(3)クーをめぐるさらなる顛末(3) - 平山瑞穂の白いシミ通信 入院2日目、手術が終わったら連絡をもらえることになっていたが、東大の主治医から電話がかかってきたのは、見込んでいたよりだいぶ早い時間だった。しかも、声が暗い。その時点でいやな予感がしたのだが、主治医は案の定、「ちょっと問題が発生しまして……」と言う。 おなかにチューブを取りつける処置は、内視鏡手術によって行なうことになっていた。内視鏡で胃の内部から体の外側に向けて穴を穿ち、そこにチューブ...hirayama-mizuho.cocolog-nifty.com15
平山瑞穂@hirayama_mizuho·2020年12月26日ブログ更新。連投2本目。 クーをめぐるさらなる顛末(2)クーをめぐるさらなる顛末(2) - 平山瑞穂の白いシミ通信 ある晩、クーの様子が見るからにおかしくなった。呼吸が浅くなり、口からよだれを垂らしている。よだれを垂らすのは、通常、なにか受けつけられない味のするものを口に含んでしまった場合だが、このときのクーは、単に気持ちが悪くてそうなっているように見えた。 しばらくすると落ち着いたのだが、次の日も、そのまた次の日も、クーは同じ状態になった。チューブから注入したあとは必ずそうなったし、注入からだいぶ時間...hirayama-mizuho.cocolog-nifty.com4
平山瑞穂@hirayama_mizuho·2020年12月25日ブログを7ヶ月ぶりに更新。クーに抗がん剤治療を施した際の一部始終の連投1本目。もはや読んでいる人がいるのかどうかもわからないが……。 クーをめぐるさらなる顛末(1)クーをめぐるさらなる顛末(1) - 平山瑞穂の白いシミ通信 去年、クーが肥満細胞腫に冒されたときの一部始終はかつてこのブログで詳細に語ったが、実は今年も、クーは大病を患っている。実のところ、今年の特に後半は、コロナどころかクーの治療および介護に明け暮れていたと言っても過言ではない。例によって、話に一段落がつくまでは報告も憚られ、気がついたらこんな年の瀬も押しつまる頃合いになってしまっていた。少々長いが、今回から5回に分けてその顛末を報告したい。 ...hirayama-mizuho.cocolog-nifty.com15
平山瑞穂@hirayama_mizuho·2020年11月30日くりかえすが、僕がエンタメ文芸の世界に作家として産み落とされてしまったことは皮肉としか思えない。デビュー後、勝手のわからないエンタメ文芸のことを勉強しようと思って「売れている本」を片っ端から読みまくったことなどを思い出して、今でも涙ぐましくなる。そこは僕の戦場ではなかったのだ。5
平山瑞穂@hirayama_mizuho·2020年11月30日次はエリアス・カネッティの『眩暈』でも再読しようかなと手に取ってみて、版元が(哲学書などで有名な)法政大学出版局、価格が3,605円であると気づいて軽く吹いた。かつての僕はそうした本ばかりなんの躊躇もなく買い漁り、読み漁っていたのだ。小説とはそういうものだと思っていた。2
平山瑞穂@hirayama_mizuho·2020年11月30日ともあれ、クンデラ再読キャンペーンはこれでひと区切りついた。結局、いちばん好きなのは『冗談』なのではないか、というのが暫定的な結論。あの作品に横溢する皮肉や残酷さがたまらなく好きだ。そうした酷薄さの狭間からしか見えてこないものがある。1
平山瑞穂@hirayama_mizuho·2020年11月30日クンデラの『存在の耐えられない軽さ』を再読。ほぼ記憶にはなかったが、犬のカレーニンががんに冒され、次第に衰弱していくさまは涙なしには読めなかった。初読は90年代の後半と思われ、その頃にはまだ、自分で飼ったペットの死に立ち会った経験がなかったので、実感としてわからなかったのだろう。2
平山瑞穂@hirayama_mizuho·2020年11月28日何より、何十年ぶりというブランクを隔ててもなお、「たそがれマイ・ラブ」のメロディーラインを聴けば全部覚えているという点がすごい。特に好きではなかった曲であるにもかかわらず覚えている。そういう形で人の記憶に刻印を残す曲を書けるというのは得がたい才能なのだ。5
平山瑞穂@hirayama_mizuho·2020年11月28日故・筒美京平の作曲能力の高さに今さらながら驚嘆している。大橋純子の「たそがれマイ・ラブ」とか、リアルタイム(当時小4)では今ひとつピンときていなかったのだが、今聴くと楽曲的にまるで隙がない。大橋純子の声も艶っぽく美しくて、エンドレスリピート状態で聴けてしまう。4
平山瑞穂@hirayama_mizuho·2020年11月24日返信先: @hagascienceさん洋の東西や時代の違いを隔てても本質は変わらないと思いますよ。先日、クンデラの『生は彼方に』を読んでいた際も、「女の子といい感じになったときに限って、母親に買い与えられたダサい股引を履いていて、それを見せたくなかったばかりにことに及べず悶絶する」という場面に「あるある」感を……。1
平山瑞穂@hirayama_mizuho·2020年11月22日返信先: @rockzeitさんですよね。フィクションじゃないですか。同じことをエッセイとして上から目線で書いているのならともかく。視点の置き方ひとつで見せ方をどうとでもコントロールできるという点が小説のおもしろさだと思うのですが、そういう受け取り方をしてくれない人が多くて難儀しております。1
平山瑞穂@hirayama_mizuho·2020年11月22日返信先: @hagascienceさんありがとうございます。そう言っていただけて僕も少し気が楽になりました。あれは真意と違った受け止め方をされることが非常に多い作品でしたので……。 あ、年賀状については、実は今回の再読時に同じことを思いました。そうした風俗描写の耐用年数の思いがけない短さを最近とみに痛感しています。11
平山瑞穂@hirayama_mizuho·2020年11月21日『僕の心の埋まらない空洞』もさー、あれをもって僕が不倫を肯定してるって? なに言ってんの? バカじゃないの? そういう設問の先にあるものを描こうとしてるのに、なんでそれがわからないの? バカなの? ……とか言ってるからダメなんだな、僕は。はいはいすみません猛省しますよ。2
平山瑞穂@hirayama_mizuho·2020年11月21日でもまあそれはしょうがないや。僕はロジックだけで動く人間で、ロジカルに考えればそういうことになるけど、世の中のみんなが同じ流儀でものごとを捉えているわけではないのだから。論理の正しさをめぐる問題といえば、『僕の心の埋まらない空洞』もあるけどそれを言い出すと以下略。1