コロナ対策とは言うけれど…鉄道業界が「分散通勤」をゴリ押しする本当の理由 客への「コスト転嫁」にはならないのか
本当の「狙い」はなんなのか
鉄道は、コロナ禍の影響で利用者数が大幅に減り、大きな打撃を受けた。本来ならば帰省客でにぎわう年末年始も、JR各社の新幹線予約率は61%減となり、目立った混雑はなかった。まさに異例の年始めだ。
大晦日の東京駅は在来線ともにガラガラ/photo by gettyimages
このような苦境のなか、JR東日本やJR西日本は、ラッシュ時の利用者数をさらに減らそうとしている。両社の社長は、昨年7月には時間帯別運賃制度の導入を検討していることを表明し、昨年12月にはIC乗車券を使ったポイント還元を検討することを明らかにした。ラッシュ時を避けた利用者が経済的に得をする制度を導入して、通勤通学客を分散させるのが狙いだ。
なぜJR2社は利用の分散を図ろうとしているのか。これについては、「3密」回避が目的との報道がある。ところが複数の鉄道会社の社員に聞き、その理由を探ったところ、むしろ重要なのは、鉄道事業のコスト削減であるようだ。
はっきり言って、ソーシャルディスタンスを意識したコロナ対策や、乗客の快適性向上というのは、あくまでも利用者視点に沿った建前にすぎない。
その背景には、鉄道事業の特殊性がある。鉄道は、安定した輸送需要があってこそ成り立つものなので、輸送需要が少しでも低下すれば、たちまち経営が難しくなる。コストダウンを図りたくても削るのが難しい固定費が大きいからだ。
ある鉄道社員は「鉄道は固定費の塊だ」と言う。鉄道は、それ全体が巨大なシステムだ。車両や線路、駅、車庫などの多くの設備の集合体であり、それらを動かす多くの労働者がいるからこそ、道路交通では難しい大量輸送を実現している。だからこそ設備の維持や社員の雇用などにかかる固定費がきわめて大きく、維持が難しい。
この固定費は、ラッシュ時に求められる輸送力が増えると増加する傾向がある。短時間に大量の旅客をさばくには、多くの設備と人員が必要だからだ。
苦肉の末導入された「中休勤務」
輸送力の増強に必要な設備は、旅客を直接運ぶ車両だけではない。線路や駅、車庫の設備、電車に送電する電気設備、輸送の安全を守る信号設備など、輸送を支える設備は決して少なくない。
たとえば、列車の運転密度が高まれば、それに対応した線路設備や信号設備などが必要になる。走る電車の数が増えれば、消費電力が増えるので、変電所を増やし、架線の構造を変えなくてはならない。
これらの設備は、大勢の労働者がいるからこそ機能する。列車の運転本数を増やすには、運転士をはじめとする乗務員だけでなく、車両の整備などを行う社員も増やさなければならない。安定した輸送を確保するには、異常時に対応する待機要員も必要だ。
このような設備や労働者の数は、輸送力がピークを迎えるラッシュ時を基準にして決められるので、ラッシュ以外の時間帯では余剰となる。つまり、ピークとオフピークに求められる輸送力の差が大きくなるほど、オフピークに余剰となる設備や労働者が増えるのだ。
たとえば車両の多くは、昼間に輸送から外れて車庫で待機して時間をつぶしている。車両には製造だけでなく、維持・管理にもコストがかかるので、昼間に余剰となる車両を多く抱えることは経営上好ましくない。また、地価が高い大都市圏では、車庫を設ける広い敷地が確保しにくいので、そこに収容する車両の数をむやみに増やすことができない。
乗務員も同じだ。利用者が少ない昼間は列車本数が減少し、必要な乗務員が減る。とはいえ、車両のように余った乗務員が会社で長時間待機するのは、労働条件として好ましくなく、勤務形態としても効率が悪い。
ある鉄道会社の運転士によると、限られた乗務員で効率よくシフトを回すため、「中休勤務」を導入している鉄道会社もあるそうだ。「中休勤務」とは、朝夕のラッシュ時のみ出勤して昼間は拘束外になるという特殊な勤務形態だ。
会社で宿泊する泊まり勤務がない代わりに、毎日続くと心休まる時間がないので、乗務員の間では不評で、労働組合に反対されてやめた鉄道会社もあるという。
増収のカギは「有料特急」?
つまり、鉄道会社にとっては、ラッシュ時だけ利用者が急激に増えることは、それ以外の時間帯で鉄道のキャパシティが余剰になるので、鉄道経営全体で見ると好ましくないのだ。
それでも大都市圏の鉄道会社は、これまで毎年多額の投資をして輸送力を増強し、ラッシュの混雑緩和を図ってきた。大都市圏では、戦後の人口急増にともなってラッシュの混雑が激化し、それを緩和することが大きな課題になっていたからだ。
たとえば東京メトロは、もっとも混雑率が高い東西線の輸送力を増やすため、難易度が高い地下工事を実施し、複数の駅を改造している。
コロナ禍は、その状況を一変させた。政府などによる外出自粛や出張抑制の要請、テレワークや在宅勤務の広がり、そして渡航制限によるインバウンドの消滅によって鉄道利用者数が減少し、JRグループをはじめとする多くの鉄道事業者が赤字に陥った。今後急激な人口減少が進むことを考えれば、これまでの投資計画を大きく見直さなければならなくなる。
そこで急務になったのが、先述の固定費の削減だ。運賃による収入が減ったのに、多額の固定費が出ていく状況が続けば、鉄道経営が立ち行かなくなるからだ。
ラッシュの混雑を緩和できると、設備費や人件費を削減できるだけでなく、増収のチャンスも広がるようだ。
別の鉄道会社の社員は「列車の運転本数の平準化でダイヤに余裕ができると、着席サービスを提供できる有料特急の運転本数を増やすことができ、増収につながる」と語る。
朝・夕・終電間際の混雑は、どれだけ施策を打ってもある程度は避けられない。ぎゅうぎゅう詰めで電車に乗ってもらうよりは、少しでも有料特急を利用してもらった方が、当然のことながら鉄道各社にとっては得だ。
近年首都圏の民鉄で増えつつある通勤ライナーを通勤時間帯に増発することができれば、旅客サービスを向上させながら、収入を増やすことができる。先ほどのJR2社も、同じことを考えている可能性は高い。
結局、コストは利用者に転嫁されるのか
以上のことをふまえると、JR東・西日本2社が混雑の平準化を目指す狙いが見えてくる。今後増収が見込みにくい状況で鉄道を維持するには、鉄道輸送に必要な設備や労働力を縮小して、固定費を圧縮しなければならない。JR西日本の長谷川一明社長は、昨年12月に朝日新聞の取材に対して、乗客の分散が「コスト削減にもつながる」と明言している。
だからJR2社は、混雑の平準化を図るための検討を進めたと考えられる。ポイント還元と時間帯別運賃制度というように2段階で進めたのは、おそらく社会の反応を慎重に見極めるためであろう。
最初に、IC乗車券を用いたポイント還元を表明したのは、東京メトロでの導入実績が先にあったからであろう。JR東日本は今春から導入を予定しており、JR西日本は早ければ今春から試行を始める。
東京メトロは、コロナ前から利用の分散に取り組んでいる。2007年からは「東西線早起きキャンペーン」を展開。2019年4月からは、ピーク前後に自動改札機にタッチするとPASMOにチャージできるポイント「メトポ」を獲得できるキャンペーンを始めた。
このことを、「ピークを知る男。」というキャッチコピーを入れたお笑い芸人のポスターで知ったという方も多いはずだ。オフピークの認知度が高まった今、JR2社が導入を検討するのはなんら不思議なことではない。
次に、JR2社がさらに踏み込んで時間帯別運賃制度の検討を表明したのは、ポイント還元だけでは得られる効果が少ないと考えたからだろう。運賃制度の変更は、消費税導入時を除き、JRグループ発足以来初の試みであり、国の許可が必要となる。
ただ、こうした試みは、鉄道会社の都合だけでなく、社会全体に与える影響も十分に考慮して進めるべきである。鉄道の変化で人々の移動状況が変われば、働く場所や住む場所を選ぶ条件も大きく変わるからだ。
最も大事なのは、分散通勤の奨励および時間帯別運賃制度が乗客、つまり私たちに取ってどれだけ得になるかどうかだ。まだ検討段階だというが、私たちにとって少しでも使いやすく、コストの転嫁にならないような制度設計を願うばかりである。