178.竜の恩返し
「……」
「おはよう」
朝、目を覚ましたら、何者かに馬乗りにされていた。
目を覚ましても頭が働かないで、しばらくぼんやりしていた。
「まだおねむさんなのぉ?」
「……」
「じゃあわたしもいっしょに」
そう言って、俺に馬乗りしてた人が、俺の胸いたの上に顔を載せてきた。
まるで犬か猫のような仕草。
丁度いい重さに、丁度いい暖かさ。
それがほどよく眠気を誘い、俺は再び眠りに落ち――。
「――って! 違う!」
「ひゃぅ」
俺はぱっと目覚めた。
俺の上に乗っかってる子が小さな、可愛らしい悲鳴を上げた。
一瞬で覚醒した。
俺に乗っかってる子の正体を確認した。
「ピュトーン!?」
「おはよぅ。もう起きる?」
「いや起きるというか……なんで?」
「なんでって?」
「なんで俺の上に乗っかってるの?」
「えっとねぇ、ありがとお、って言おうと思って」
「ありがとう?」
俺は馬乗りにされたまま、ベッドの上に横たわったまま首をかしげた。
「うん、まくら、ありがとお」
「ああ、それか」
俺は小さく頷いた。
「よく眠れたか?」
「うん!」
ピュトーンは満面の笑みで頷いた。
深謀遠慮タイプのラードーンと違って、明るいが「深い」所でなにか腹に一物を抱えているようなデュポーンともちがう。
ピュトーンのそれは、まったく混じりっ気の無い、純粋な感謝に感じられた。
目覚めたらいきなり馬乗りされてたから驚いたが、ピュトーンの底抜けの無邪気さに、俺はすっかり落ち着いた。
いまもまだ馬乗りにされたままだけど、その事はまったく気にならなくなった。
「よく眠れたのならよかった」
「ほんとぉ――に、ありがとね。あんなにぐっすりなのは三百年ぶりくらいかも」
「相変わらずスケールがでかいな」
ラードーンにしろデュポーンにしろ。
彼女達のスケールは普通の人間を軽々と越えていく。
最近はそれがちょっと面白くなってきた。
「それはいいんだけど、もう寝るのはいいのか?」
「あとでもうちょっと寝るよ、今日はいい天気だから」
「うん? ああ」
俺は馬乗りにされたまま、首だけ動かして、窓の外をみた。
窓から射しこまれる日差しは、すがすがしい一日になる事が予想されるものだった。
俺からすれば魔法の研究日和なんだが、ピュトーンからしたらお眠り日和って事なんだな。
どこまでもブレないピュトーンが好ましくて、ちょっとクスッとした。
「どおしたの?」
「いや、なんでもない」
「そぉ? ねえねえ、一緒にお昼寝しない?」
「まだ朝だけど」
「じゃあ一緒に二度寝しよ」
「俺はいいよ、今日はしたいこともあるし」
「したいこと? それってなぁに?」
ピュトーンは俺の上で、ちょこん、と小首を傾げた。
「魔力の修行をな」
「魔力の修行? どぉして?」
「どうしてって……憧れのまほうだから――」
「魔力なんて、寝てたら増えるよぉ?」
「――増えないから! こっち人間だから!」
「どぉして?」の意味が全然想定外のもので、俺は思わず大声を出してつっこんでしまった。
「って、ねてたら増えるのかお前は」
「うん。睡眠大事だよぉ?」
「そりゃ大事なんだろうけど、普通の人間は寝てばかりいたら魔力が落ちるからなあ」
「そうなの?」
「ああ。魔力だけじゃないな、体力とかもおちるな」
「不便なんだね、人間って」
そっちが企画がいすぎるだけ、っていうのを飲み込んだ。
「ねえねえ、その修行ってどうするの? 横で寝てて邪魔にならない?」
「え? それは大丈夫だと思うけど」
「そう?」
「ああ、今からちょっとやってみせる」
俺はそう言って、魔法を使った。
パワーミサイルの下位バージョンである、マジックミサイルを使った。
マジックミサイルを11本――軽く魔力中枢に負荷を掛ける程度の数でうった。
マジックミサイルは俺の頭上、部屋の中を飛び回って、花火の様に雲散霧消した。
霧消したあと、そのマジックミサイル分の魔力を吸収して、再び使えるようにする。
それを更に使う――という。
負荷をかける、魔力の修行の1サイクルをピュトーンにやってみせた。
「こんな感じだが――」
「すぴぃ……」
「――ってもう寝てる!?」
いきなり!?」
「――はっ。ごめんなさぁい。ちょっと眠くなっちゃった」
「いやそれはいいんだけど」
「でもおもしろいね。魔力を取り込んでもう一回使うなんて、そんな人はじめて見た」
「ああ……見てたことは見てたのね」
俺は微苦笑した。
てっきり寝てたからまるっと見過ごしてたもんだとおもってた。
「まあ、初めてなのはそうだなんだろな。俺が考えた魔法だから」
「へえ、魔法を作ったんだ」
「ああ」
「そうなんだ……あれぇ?」
「今度はどうした」
「なんか……肉体と魂にずれがある?」
「肉体と魂のずれ?」
俺は首をかしげた。
相変わらず俺に馬乗りしたままの姿勢で、不思議そうな表情をして見下ろしてきている。
「うん、魔法を使う時ずれてるね、なんでぇ?」
「肉体と魔法をずれ?」
「肉体よりも魂がずいぶん大きいね。わたしたちとにてる?」
「魂が大きい……? はて、どこかで聞いたことあるような……」
『われだ』
「ああ」
ラードーンが口を出してきたから、思い出した。
そうだった。
ラードーンと出会ったときにも似たような事を言われてたんだっけ。
たしか――
小さな体に大きな魂。
――だったっけ。
それを思いだしたら、すぐに納得した。
俺は転生者だ。
気がついたら、このリアム・ハミルトンという少年に転生していた。
最近は魔法を使えて、その上研究までいけるのが楽しくて、すっかりその辺りの事が頭から抜け落ちていた。
「ねぇ、どぉして?」
ピュトーンが更に聞いてきた。
どうしてって聞かれたが、正直の所――。
「俺にも分からない」
「わからないの?」
「俺は俺だから、なんで? って言われてもわからない」
「そうなんだ」
「ああ」
「でも、それってちょうどいいかもぉ」
「ちょうどいいかも?」
なにがだろうか。
「肉体からはみ出した分の魂で、私と一緒に寝よ?」
「はみ出したの分の魂で?」
どういう意味なんだろうかと首をかしげていると。
「それなら、起きてても魔力の回復が普段よりも早いよ」
「――っ!?」
俺は息を飲んだ。
ピュトーンの提案はかなりピンポイントに俺の心を射抜いてきた。
ぽわぽわしてても、さすが竜――と感心した鋭い一言。
「枕のお礼だよぉ、ねっ」
一にも二にもなく、俺は大きく頷いたのだった。