第一章 トニー隊長 編
8.【トニー隊長side】これがSランク? こっちから願い下げだ
一方、その頃。
アトラスをクビにした<ブラック・バインド>のトニーたちは、昼休憩のためにダンジョン攻略から一度引き上げていた。
――結論から言うと、ダンジョン攻略は遅々として進まなかった。
「おい、気が緩んでるぞ!! せっかくFランク野郎がいなくなっても、お前たちが調子を落としたんじゃ話にならん!」
トニー隊長が発破をかけるが、彼が口を開くたび、部下たちの士気は下がっていく。
もちろん、アニス以外のメンバーはアトラスが抜けたから攻略がうまくいかないのだとは少しも思っていなかった。
ただ、なぜかわからないが、いつもより調子が悪いということだけは確実に感じていた。
「……午後からは新しい前衛候補の冒険者とダンジョンに潜る。相手は大手ギルドで勤めた男だ。隊の威信にかけて、情けないところは見せられないからな!」
そして、しばらくダンジョンの外で待っていると、その転職希望のAランク冒険者がやってくる。
30代で、一番乗っている年頃の男だ。
某大手ギルドで勤めていたが、キャリアアップのために転職を希望していた。
<ブラック・バインド>はこの5年間で急成長して、もっとも勢いのある「ベンチャー・ギルド」だったので、より大きなギルドからも転職希望者が多かったのだ。
「クライドだ。今日はよろしく頼む」
Aランクの冒険者はそう名乗る。
「<ブラック・バインド>のSランク、隊長のトニーだ。よろしく」
トニーとクライドは握手を交わす。
「早速、ダンジョンで力を見せてくれ」
「ああ、もちろんだ」
一行は休憩を終えて、再びダンジョンへと潜っていく。
†
「“ファイヤー・ランス”!」
トニー隊長が渾身の炎攻撃をモンスターに向かって放つ。
しかし、魔物にはわずかにダメージを与えるに止まる。
――これが、Sランクパーティの実力なのか。
クライドはトニーたちの実力を見て、ハッキリ言って失望していた。
どう見てもトニーたちの実力は、Aランクダンジョンに出没するモンスターを相手にするには不足だった。
――<ブラック・バインド>はこの5年間上り調子で、一気に王立公認パーティに上り詰めた急成長中のギルドと聞いていたが、この程度なのか。
前評判と全く違う。これではその辺のCランクパーティ以下ではないか。
それがクライドの素直な感想だった。
――しかし、もしかしたら俺の実力を試すために、わざと力を抜いているのかもしれない。……そうは見えないが。
クライドは一旦は様子見で、黙ってダンジョン攻略についていく。
そしてダンジョンに潜って2時間ほどして、パーティは中ボスの部屋にたどり着く。
見てきた限りのトニーたちは、Aランクの中ボスを相手にするにはやや不安なものだったが、最悪ダメなら逃げればいいと腹をくくるクライド。
だが、トニーたちには根拠のない自信があった。
トニーは前衛であるクライドに指示を出す。
「私が大魔法を使う。それまで耐えてくれ」
強力なモンスターを相手にするときには、前衛が時間を稼ぎ、後方の仲間が強力な大魔法を詠唱するというのが攻略のセオリーだった。
だからクライドも時間を稼ぐことに異論はなかった。
だが、次にトニー隊長から出てきた言葉に、クライドは思わず耳を疑った。
「耐えてくれ――20分」
「はぁ!?」
クライドは思わずずっこけそうになる。
「何言ってんだ!? 20分? ボス相手にそんなに時間稼ぎできるわけないだろ!?」
クライドはトニーの言葉に驚きすぎて、目の前の「Sランクの隊長」はもしかして素人なのではと疑った。
だが、逆にAランク冒険者であるクライドの言葉に、トニー隊長たちも驚いていた。
「何言ってんだって、それはこっちの台詞だ。前衛なのにそんなこともできないのか?」
トニーには、クライドを煽る気持ちは全くなかった。
ただ純粋に思ったことを口にしたのである。
だが、クライドもそれは同じであった。
「そんなの<ホワイト・ナイツ>のSランク冒険者でも無理だろ!?」
そう言われてもトニーたちは信じられない。
だって、時間を稼ぐだけなら、あの「無能なFランク冒険者」のアトラスにでもできていたのだから。
大手ギルドから来たAランクを名乗る男にできないはずがない。
――と、トニーとクライドがそんな言い争いをしている間に、ボスモンスターがパーティに向かって突進してきた。
言い争いをしている暇はない。
一行は強制的に戦闘に突入した。
だがクライドはともかく、他のメンバーたちはボス相手に手も足も出なかった。
クライドはこれまでの5年間のトニーパーティの「活躍」を知らない。彼がこの数時間見て来たのは、トニーたちのあまりのへなちょこぶりだった。なのでクライドからすれば苦戦は当然の結果であった。
しかし、つい先日まで破竹の勢いでダンジョンを攻略してきたトニーパーティからすれば、中ボス相手に歯が立たないというのは異常事態だった。
「もっとちゃんとダメージを与えてください!」
トニー隊長がクライドを怒鳴りつける。
「バカ言え! お前たちの支援魔法が弱すぎるんだよ!」
トニー隊長の理不尽な言葉に言い返すクライド。
そして、クライドはこれ以上の戦闘は不可能だと判断し、叫んだ。
「これ以上は無理だ! 撤退するぞ!」
そう言うと、クライドは一目散にダンジョン後方へと逃げいく。
「お、おい! 待て!」
トニー隊長は引き留めようとするが、すぐにボスの目がトニーに向けられ、自身が危険に陥っていることに気が付いた。
――今の自分たちではボスに勝てない。
それまで自信満々だったトニー隊長だったが、ボスの前に置き去りにされ本能的に勝てないと理解した
。
仕方なく、クライドに合わせて戦線を離脱するのであった。
†
安全なところまで逃げてきた一行。
そこでトニー隊長は、クライドに悪態をつく。
「前衛なのに時間稼ぎすらできないとは、どう言うことだ!?」
Sランクパーティである自分たちが、Aランクダンジョンの中ボスから逃げ帰ってきたと言う事実にトニーはブチギレていた。
そして敗北の原因は、全てクライドにあると思い込んでいた。
クライドがちゃんと前衛として時間を稼いでいれば、自分の大魔法でボスを倒せたのに、と。
しかし、クライドは「無茶を言うな」と繰り返す。
「ボス相手に20分も時間稼ぎできるわけねぇだろ!」
だが、それはトニーからするとおかしなことだった。
「お前、本当に大手ギルドでAランクだったのか? 20分くらいの時間稼ぎなら、Fランクの無能野郎でさえできてたんだぞ?」
それはトニーからすると「当たり前」の疑問だった。
なにせ自分が無能だと思いこんでいるアトラスは、20分だろうが30分だろうが時間を稼いでくれていたのだから。
だが、クライドからすれば明らかに「Sランク」の実力がないトニーから、逆に自分の実力を疑われたことで堪忍袋の尾が切れたのだ。
「バカ言うな! お前こそ、大魔法の詠唱に20分もかかるとかどんだけへっぽこなんだよ。そんなに時間かけたら誰でも強い魔法使えるわ!」
クライドの言葉にトニーもキレる。
「な、なんだと!?」
だが、トニーが次の言葉を言う前に、クライドがさらにまくし立てる。
「馬鹿馬鹿しい。お前たちと働くなんてこっちから願い下げだ。Sランクパーティって言うからきたのに、嘘つきやがって! 転職ギルドにはCランクの実力もなかったってちゃんと報告しとくからな!」
そう言ってクライドは踵を返した。
「なんだと!! ふざけるな!」
トニーは背中越しにそう罵倒するが、クライドが立ち止まることはなかった。
†