第一章 トニー隊長 編
1.追放
「妹ちゃん……。俺、ギルドをリストラされちゃった……」
アトラスは家に帰ってくるなり、妹のアリスにそう打ち明けた。
アトラスは大手ギルド<ブラック・バインド>のメンバーとして、5年間働いてきた。
階級は最低のFランクだったが、正規メンバーとして必死に頑張ってきた。
だが、今日、所属するパーティの隊長、トニーにクビを宣告されたのだ。
絶望して家に帰ってきたアトラスは、玄関で出迎えた妹ちゃんに、真っ先にその事実を打ち明けた。
噂では、ギルドをリストラになった冒険者の中には、その事実を家族に打ち明けることができず、公園などで時間を潰して、しばらくクビになったことを隠す者も大勢いるらしい。
だが、アトラスはこの事実を一人で抱えておくことができなかった。
「え、お兄ちゃんをクビ!? 冗談でしょ!?」
妹ちゃんは悲鳴のような声でそう言った。
「本当なんだよ……」
と、アトラスはクビの辞令を妹ちゃんに突き出す。
そこには、確かにアトラスをクビにする旨が記載してあり、ギルドの印鑑が押されていた。
妹ちゃんはアトラスが冗談を言っているわけではないと理解した。
「え、でもお兄ちゃんのパーティって、今Aランクダンジョンを攻略中なんじゃなかったの!? お兄ちゃん抜きでやるの!? パーティ全滅しちゃうんじゃない!?」
「俺の心配じゃなくて、ギルドの心配!?」
アトラスは妹の予想外の反応に驚く。
だが、妹ちゃんは「当然でしょ!」と声を荒らげる。
「だって、お兄ちゃんの“倍返し”のスキルがなかったら、Aランクの魔物には歯が立たないでしょ!? しかもお兄ちゃんが仲間から受けた強化スキルの効果も倍にならないんだよ!? あのへっぽこパーティでどうやってAランクダンジョンに立ち向かうの!?」
「いや、多分俺みたいなFランク冒険者なんていなくても楽勝なんだよ……」
妹ちゃんは、兄の無自覚さにやれやれとため息をついた。
アトラスはギルドに入って以来、ずっとFランクのままだった。
同期たちがEランク、Dランクと昇格していく中、5年間ずっと最低ランクのFのままだったのだ。
妹ちゃんはそれが不当な評価だと知っていたが、当の本人は働くことに必死で、自分への評価の不当さに気が付いていなかったのだった。
「ちなみに、クビの理由はなんなの?」
「……ダメージばかり受ける無能はいらない。ポーションの無駄だって」
確かに、アトラスはよくダメージを受けていた。
でも、それは無能な仲間の身代わりになってただけだ。それにスキル“倍返し”の力でそれ以上にダメージを与えてたはず。
妹ちゃんはその事実を知っていた。
だが、もはやそれを言っても仕方ない。
アトラスが所属している<ブラック・バインド>はどこまでもダメダメなブラックギルドだった。
存在する価値がない。
そんなブラックギルドからようやく兄が解放されたのだ。
妹ちゃんとしては、むしろ喜ぶべきことだった。
「まぁお兄ちゃんをちゃんと評価してくれるもっといいギルドがあるはずだよ! 転職しよ?」
と妹ちゃんは背伸びして兄の頭を撫でる。
「……うん、そうする」
――そんなわけで、アトラスはブラックギルドをクビになり、転職活動を始めることになったのだった。
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