314.それぞれの新年
あけましておめでとうございます。
旧年中の応援とご愛読に感謝申し上げます。
今年もどうぞよろしくお願い致します。
(今回は新年の閑話です)
王都の壁を越えたはるか先、紺色の空を赤く染めながら、太陽が昇ってこようとしている。
ダリヤは緑の塔の屋上で、それを一人で眺めていた。
新年最初の日でも、眼下の道に人通りはまばらだ。
オルディネでは、初日の出を見るという習慣はない。
父がいた頃、何度か一緒に眺めたことはあるが、眠気に負け、ここ数年は見ていなかった。
昨日、ヴォルフと馬場で別れてから、乗合馬車を待とうとしていたら、スカルファロット家の御者達に声をかけられた。
『西区に届け物があるからご一緒に』そう言われたが、自分を送ってくれるためにいてくれたのは流石にわかった。
ダリヤは素直に礼を言って馬車に乗り込んだ。
その後、冬祭り中のヴォルフとのやりとりもすべて見られていたのではと考えると、穴を掘って埋まりたくなったが。
塔に戻ってからは、冬祭りを思い出しつつ長風呂をし、早くに休んだ。
そのせいか、夜明け前に目が醒め、コートを羽織って屋上にやってきたのがついさっきである。
前世、父母と出かけ、初日の出を見た記憶がある。
家族の顔ははっきりせず、呼ばれた己の名も思い出せない。ぼんやりとしたそれは、まるで夢のようで。
それでも初日の出の赤さ、頬に当たる冷たい空気、父母の温かい手を覚えている。
仕事にのめり込みすぎて過労死した自分は、きっと父母を悲しませただろう。
今世は元気で笑顔でやっていると、そう伝えられたらいいのだけれど――
輝かしい新年だというのに、できもしないことをつい考えてしまった。
ダリヤは深呼吸して、頭を切り替える。
今世はうつむかず、好きに生きると決めたのだ。
せっかくの初日の出、祈りたいことが沢山ある。
魔導具で儲かるのは本当にありがたいことですが、今年は昨年のように胃にくる一年ではありませんように。
人に役立つ魔導具が作れますように。
魔導具師としての腕が上がりますように。
イヴァーノや商会員に負担がかかりませんように。
イルマとマルチェラさんの子供達が、元気に産まれて育ちますように。
ワイバーンなどが出て、魔物討伐部隊の皆が危険なことになりませんように。
ヴォルフが無事に討伐から戻って――共に、笑って過ごせますように。
山ほどの願いを内で祈れば、太陽が赤々とその姿を現した。
たちまちに、王都は輝かしい光に満たされていく。
「平和で、いい年になりますように――」
・・・・・・・
「新年おめでとうございます! お健やかな一年を!」
「おめでとうございます、あと、おはようございます!」
「実り多き一年を! 今年こそ嫁さん、せめて彼女を!」
「……メイドさんと一緒になれますように……」
王城兵舎の食堂は、なかなかに人が多く、にぎやかだ。
あちこちで新年を祝う言葉と雑談が交わされている。
ヴォルフは挨拶に返事をしつつ、朝食の載ったトレイを受け取り、仲間のいるテーブルに向かった。
「よう、ヴォルフ、新年おめでとう! どうだった冬祭り?」
「おめでとう。聞いていた店や南区の屋台で、いろいろ食べてきたよ」
「そりゃよかった!」
友であるドリノに答えると、屈託のない笑顔を向けられた。
「ああ、ランドルフ、南区の屋台で、聞いていた
「そうか。味はどうだった?」
「甘かったけど、おいしかった。ダリヤにも一口で食べるのを勧めたら、おいしいって言ってた」
トーストにジャムを塗る手を止め、ランドルフがじっと自分を見る。
「それは小さめに切って渡したのだな?」
「いや、最初から小さかったから。このトーストの四分の一あるかないかぐらい」
「それは女性には充分大きいぞ、ヴォルフ」
言われて、巣蜜をぱくりといったダリヤを思い返す。
特に無理があったようには思えないが――そこでもう一つを思い出す。
「あ! 蜂の子の甘露煮もあった。食べなかったけど、肌がつるつるになるとか、髪に効くとか聞いた」
「蜂の子は美容にもいいからな。こちらでは、髪にも効くと言われているのか。中央区の店にはあったな……」
ランドルフが一度こめかみに手をやった後、ジャムがしたたり落ちそうなトーストを囓り始めた。
蜂の子の効能に関しては、しばらくしてから尋ねてみることにする。
「ヴォルフ、他にどんなものを食べてきた?」
「ええと、ポルケッタとクレスペッレと羊の串肉、あと、クラーケン焼きと風船魚の天ぷらと……」
「お前とダリヤさんの胃は、どんだけ丈夫なんだよ……」
ドリノにオムレツを食べつつ苦笑された。
しかし、夕食も朝食も抜いて朝から回ったのだ。あのぐらいの量は当然だろう。
もっとも、昨日の夕食は流石に入らなかったが。
「三日まで待機だけど、今年は家とか親戚の家には中抜けで行くか?」
「俺は今日の夕食だけ戻らなきゃ、家の食事会があるから」
伯爵家であるヴォルフの家では、新年の夕食に家族がそろうことになっている。
とはいえ、今までは毎年、歓談もほぼない、形式的なものだった。
三番目の兄は国境勤務から戻らず、自分も食事だけの参加で王城にすぐ戻る。
昨年から、兄グイードとは話せるようになったが――父とも少しは話せればいいのだが。
「ランドルフはそういうのねえの?」
「呼ばれたことはあるが、王都の親戚は近しくない。互いに気を使うだけなので断っている。ドリノは、新年の挨拶には帰らぬのか?」
「お前、俺の実家は下町の食堂だぞ。年末年始に帰ってみろよ。即戦力で野菜の皮むきとスープのかき混ぜが待ってるだけだ。その上に、甥と姪にこづかいをやらねばならぬという、若き独り身の不条理よ……」
げんなりして言うドリノに納得した。
それは休みとは言い難いだろう。
だが、ドリノが甥と姪をかわいがっているのは知っている。
誕生日が近くなると、本やらぬいぐるみやら、プレゼントを探すのに付き合ったことがあるからだ。
「朝飯食ったら一休みして、その後に鎧を着けての打ち合いでもするか?」
「そうだね。新年だし、ちょっと気合いを入れて――」
返事の途中、食堂の入り口が少しばかり騒がしくなった。
視線を向けて動かせなくなったのは、魔物討伐部隊の鎧姿だったからか、それとも、底抜けに明るい気配のせいか。
「新年おめでとうございます、先輩方! 今年もよろしくお頼み申す!」
先頭を切って入って来たのは白髪白髭のご老体――のはずなのだが、赤茶の吊り目はらんらんと輝いていて、老いを後ろに投げ捨てて来たとしか思えない。
「ベルニージ様?!」
何人かが悲鳴のような声を上げた。
無理もない。前侯爵当主が、新年一日目に兵舎に来るのは予想外だ。
家の挨拶や食事会はどうしたのか、素直に疑問である。
「我ら新人、入ったばかりで力が足らず!」
「先輩方に稽古をつけてもらいたく、お願いに参りました」
ベルニージに続き、同じく鎧姿の騎士二人が入って来た。
一人は薄い青緑色の義手を付けた、体格のいい中年の騎士。
もう一人は、緑の義手をつけた、背の高い老齢の騎士である。
誰一人、新人とは言い難い、というか、言えない。
ベルニージはフェイントがうまく、剣筋が読めない。
中年騎士は両手利きの上、受ける大剣がひどく重い。
老齢騎士の槍は、蛇かと思えるほどに柔らかな動きをする。
どう考えても、稽古をつけるのではなく、稽古をつけてもらう側である。
「うわ、新年早々、骨が折れそうなのが来たもんだ……」
本音をもらしたドリノに対し、反射的にうなずいてしまった。
「おお、そこにいるのは、
弾んだ騎士の声に、ヴォルフは大変嫌な予感がした。
隣のドリノが全力で気配を消したが、すでに遅い気がする。
向かいのランドルフは、吐息をつきつつ、紅茶に砂糖を追加し始めた。
つかつかと歩み寄ってきたベルニージは、満面の笑みで言った。
「かわいい後輩達のために、一つ、骨を折ってくだされ」
お読み頂いてありがとうございます。
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