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幼馴染も義妹も……誰も俺を信じてくれなかった。今さら信じているなんて言われても、もう手遅れです 作者:うさこ

一章

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寂れたフードコート


「真、ちょっといいかしら?」


 週末の朝であった。俺は朝早くに起きて最新話を投稿し、家を出ようとしたところであった。

 俺が部屋からずっと出ないと、お義母さんと義妹が絡んで来る。

 いつも週末は公園や商業施設のフードコートで過ごしていた。


「すみません、友達と用事があるので……」


 もちろん友達なんていない。誰かと会う予定があれば、その人に迷惑がかかる、と思って諦めるだろう。


 お義母さんの後ろから義妹がひょっこりと顔を出した。


「ねえねえ、お兄ちゃん。なんだかショックな事があった気がするけど、全然記憶がないの。お兄ちゃん知ってる?」


「……知りません」


 まさか都合の悪い部分だけ忘れるなんて……恐ろしい子だ。


 お義母さんはため息を吐きながら義妹に言った。


「はあ……、あなたは本当におバカさんなんだから。少し真を見習いなさい? 勉強も運動もできるのよ?」


「へへ、知ってるよ。今は自慢のお兄ちゃんだもん! ……あっ、そうそう、今日はみんなでお買い物に行くんだよ! 外食楽しみ〜!」


「なら早く準備しなさい。真はもう準備出来てるわよ」


「いえ、俺が行っても迷惑になるだけです。二人で楽しんで下さい」


 お義母さんが苦い顔になった。


「あなたね……、家族で出かけるのに迷惑なんて無いわよ。……昔の事なんて忘れなさい。もう高校生なんだからいつまでもウジウジしてないで」


 ――もう高校生だから、か。


 ウジウジしているつもりはない。そんな言葉は心に何も感じない。

 拗ねている感情なんて中学の時に抜け落ちた。

 むしろ、何故今さら俺に構おうとするんだ?




 中学の卒業式の時なんて、俺に何も言わずに義妹と二人で出かけたはずだ。

 俺はまっすぐ家に帰った。義妹とお義母さんは夜遅く帰ってきた。


『あら、友達と打ち上げに行ったって遥から聞いたわ……。そ、そう、一人だったの……』

『特に問題ありません。高校に入学するまでアルバイトをしたいです。許可をお願いします』

『あなた、アルバイトなんて……、そう、ね。学校が休みの時なら――』

『ありがとうございます』

『ま、真、せ、せっかくだからお祝いを――』

『お金の無駄です。おやすみなさい』




 今も昔もお義母さんの性格は変わっていない。人の性格は変わるものじゃない。

 変えられない。


 俺はもう一度強調して言葉を投げつけた。


「――友達が待っているので、いきなり一緒に出かけると言われても困ります」


 義妹が口を挟む。


「お、お兄ちゃん……、エア友達はやめようよ……。ね、一緒に出かけよう? 楽しいよ? お肉食べよ? へへ、お兄ちゃんと手繋いで歩きたいな〜」


 なるほど、学校が同じだから俺の事をよく知っているか。


「真、いい加減にしなさい。あなたはこの家の長男です。あなたの学力なら良い大学に行って、良い会社に就職して――良い伴侶を見つけて幸せな生活ができるわ。あなたに欠けているものは人とのコミュニケーション能力なの。だから家族で――」


 確かに平穏を送りたいと思っている。

 だけど、それはお義母さんに言われたレールに沿った人生じゃない。


 いくら家族だと言っても、結局は個人個人である。赤の他人で同居人だ。

 親の責務として、俺を養ってくれているのは非常に感謝している。高校を卒業したらすぐに働いて俺にかかったお金を返したいと思っている。


 お義母さんの言葉が空虚だった。

 義妹を通して俺の事件を聞いて、お義母さんはこう言った。

『真実なんて関係無いわ。そんな噂が出た時点であなたのせいよ。全く、どうして……私がこんな目に……、婦人会で……面倒……』


 お義母さんは俺を信じる信じない以前の問題であった。

 ちなみに義妹はあの時、疑いなく俺を犯罪者だと思っていた。


 俺は深々とお辞儀をした。

 ――早く家を出なきゃ。


「――確かに信用出来ない俺の言葉では信じられませんね。申し訳ないです。……失礼します」


「そ、そんな意味じゃ……」

「お兄ちゃん――」


 俺は家から離れた寂れたショッピングセンターへと向かった。







 家から歩いて三十分のところに寂れた商業施設があった。

 最寄りの駅前には新しい商業施設が出来てしまい、お客さんがそちらに流れて、この施設は控えめに言ってガラガラであった。


 義妹が買い物をすると言ったら新しい商業施設に行くだろう。こっちの施設には絶対来ない。




 フードコートに向かうと、ポツンと一人で食事をしている篠塚さんを見かけた。

 ――まさか……こんなところで。


 あのスーパーで会ったということは行動圏内が近いんだろう。

 篠塚さんは場末のフードコートに馴染みすぎていた。

 ヤンキーがよく着ているジャージ姿でパンを齧りながら眉間にシワを寄せて難しい顔をしながらスマホを見ている。


 ふと、篠塚さんは笑みをこぼした。

 怒っている表情なのに嬉しそうで……楽しそうで。


 しばらくするとスマホをテーブルの上に置いて、キーボードを取り出した?

 何やらすごい勢いで打ち込み始めた。


 俺はもしやと思い小説サイトのマイページを確認する。

 そして、ポメ子さんのマイページへと飛んでみた。


「……これは……まさか」


 全く気が付かなかった。俺は自分の作品を上げる事にしか興味が無かった。

 ポメ子さんの作品リストはすごい数である。

 ……しかも……『書籍化しました!』という文字があった。


 たが、作品の活動報告の更新は一年前で止まっている。


 自分のマイページに戻ると、赤文字が目に飛び込んだ。


『ポメ子です! 最新話読みました。とても辛いお話だけど救いがあって……とても良かったです。……この作品に出会えて本当に良かったです。信じるって難しいですよね。主人公のミケ三郎の気持ちがすごくわかります。更新大変だと思いますが頑張って下さい! ポメ子』


 俺の足が勝手に動いていた。

 売店でジュースを二杯買う。そのまま、俺は――篠塚さんの席に近づいて行った。


 篠塚さんのつぶやきが聞こえるほどの距離。

 彼女は俺に気がついていない。


「よしっと、へへ、頑張れ……」


 その声には優しさが包まれていた。

 俺は動けなくなってしまった。思考が停止する。


 篠塚さんは人の気配に気がついて、視線を下に向けたまま荒い声を上げた。


「……ナンパならお断りだ。とっとと失せろ、ふんっ……。……おい、聞いてるの――あっ」


 ゆっくりと頭を上げて、動けない俺を見つめた。

 大きく目を見開く。


「な、なんでここに? ……おい、新庄、私はお前と慣れ合う気は――」


 俺は篠塚さんの前の席に座った。

 篠塚さんは嫌そうな顔だ。舌打ちも聞こえた。


「ああ、俺も篠塚と慣れ合う気が――ない」


「あん? いつもみたいに気持ち悪い敬語じゃねーのかよ? ていうか、私が怖くないのか? あんたほどじゃないけど、私の悪い噂聞いてるだろ? だったらどっか行け」


 申し訳ないが、全然怖くない。猫が威嚇している程度の話だ。人の心の黒さの方が怖い。……ん? 俺の噂はもう広まっているのか。……そうか。


「篠塚の噂は聞いてる。……噂なんてどうでもいい。そんなもの真実かどうかわからない。だろ?」


 俺はひどく饒舌であった。俺はなんで敬語を使わないんだ?

 なんだっていうんだ? 俺は別に篠塚さんと関わりたいわけじゃない。

 脳裏に赤文字がちらつく。


「ふん、どうだか。……私の邪魔するな。……もう私は誰とも関わりたくないんだ」


 篠塚さんは噂はひどいものであった。パパ活している、カツアゲされた、暴力を振るわれた、男を取られた、夜の街で遊んでいる――


 噂なんて信じられない。俺が身を以て体験した事だ。





 俺は手に持っていたジュースを篠塚さんの目の前に置いた。


「良かったらどうぞ」


 篠塚さんの温度が下がった気がした。険しい顔がより一層険しくなる。彼女の中の何かを刺激したようだ。それが何かわからない。


 篠塚さんはそのジュースを手に持って――俺に投げつけようとした。


「もう騙されるのは嫌なんだよ! だから一人にしてくれ!! 嘘の優しさを見せるんじゃねぇよ!」


 身体が反応する。篠塚さんの手からジュースが放たれる前に、俺は篠塚さんからジュースを奪い取った。


「なっ!?」


 優しく掴んだけど、勢いでジュースが少しだけこぼれてしまった。

 篠塚さんのキーボードの上に水滴がかかる。

 俺はジュースを机の上に置いて、ハンカチを取り出す。

 キーボードを優しく拭う。


「ご、ごめ…………。――ふんっ、汚いからよせよ」


「……壊れたら大変だ。俺が買ったジュースのせいだ。弁償するのが嫌なだけだ。別に篠塚のためじゃない、勘違いするな」


「くっ、てめえ、気に食わねえな……はぁ……、で、何の用だ。まさか仲良くお話なんて事じゃねえだろうな?」


 何の用? そうだ、特に用があるわけじゃなかった。

 気がついたら篠塚さんのところへ向かっていた。


 何か聞きたい事があったのか? 何がしたかったのか? 

 口が勝手に開いていた。


「俺は別に篠塚と友達になりたいわけじゃない。信じて裏切られるのはごめんだ」


「ふん、私だってあんたなんかと友達になりたくない。こっちから願い下げだ」


 俺はジュースを一口飲んだ。

 手が少しベタベタして気持ち悪い。でも、心は落ち着いていた。

 そう、俺達は別に友達なんていらない。

 信じても裏切られるだけ――


 ジャージ姿の篠塚さんはひどく小さく見えた。

 篠塚さんのスマホに写るポメラニアンみたいであった。




「――ポメ子さん、なんで書くのをやめたんだ?」


「は、はぁ!? て、てめえそれをここで言うのか!? や、やめろよ、恥ずかしいだろ!? お互い知らないふりをしたんじゃなかったのかよ!?」


「お互い友達にならないから大丈夫だ」


 ――だめだ、どうしても止められない。


「い、言い訳にならねーよ!? ていうか、にゃ、にゃん太、お前いつも死人が多すぎるんだよ! 話が心をえぐりすぎるんだよ! もっとキャラを大切にしろって! ったく、まあ、ヒロインは可愛いから許してやるけどな」


「……ちょっと今からポメ子さんの作品を読んでいいかな? まだ読んで無かったし」


 ――こんな話なんて無意味だ。これ以上踏み込むな。


「おい、やめろって、過去作は文章がヤバいだろ!?」


「ふむふむ、恋愛作品か。未体験のジャンルだな」


 ――どうして俺は止められない?


「にゃん太、恋愛馬鹿にすんなよ! って、見てんじゃねーよ!!」


「おお、始めの勢いがすごい、いきなり振られてるぞ」


 ――勝手に言葉が出てしまう。


「てめえだっていきなり死んでるだろ!? って、読むなら家でゆっくり見ろよ!」




 篠塚さんとは別に友達になるつもりはない。篠塚さんの中の人がポメ子さんなんだ。

 ――大丈夫、俺は間違えない。


 ポメ子さんと話していると、何故か俺はメッセージを見た時と同じ気持ちになれた。


 気がつけば――俺達は寂れた商業施設のフードコートで……お互いの名前だけは言わずに、ずっと、ずっと喋っていた。






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