OVERLORD -the gold in the darkness- 作:裁縫箱
前回までのあらすじ。
1、トロールの国を掌握し、人間たちを育成する主人公。
2、武術大会を観戦中にまるで別のことを考え始める失礼な主人公。
3、大陸の端の方で何かを呟くコミュ障な竜王。
今回は前回立ったフラグを即行回収の回。(回×4)
月の見えない夜だった。
空は厚い雲で覆われ、天上の明かりが地上へ降り注ぐことを阻む。木々はその光景に恐れをなしたのか、ザワザワと風に吹かれて不気味な音色を奏でている。
元来、生物とはどう足掻いても光がなければ生きてはいけない。暗く海の底に潜む深海魚たちでさえ、生をつなぐためには浅海から流れつく植物の死骸―――遡れば日光を、必要とするのだ。
ゆえに、光が届かない現状は、生物に刻まれた生存本能から、自然と恐怖という感情を呼び起こしていた。
しかし、闇を見抜く目を持った魔獣たちであれば、話はまた別。闇に対して恐れを抱きはするが、彼らの眼は日中と同じように視界を見通すことができる。ならば、他の獲物が怯え動きが強張っている今こそ、狩りの好機と狙って動き出す。
彼らは捕食者だ。動かなければ、飢えて死ぬのみ。
暗闇は、狩人たちにとって己の本能を研ぎ澄ませるに適した舞台であり、また命の価値を捉えづらくする背景でもある。
そして、それは人外の者共にとっても、同じことだった。
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ダークエルフの少女アウラは、そこで木の枝を掴む自分の手から緊張を感じ取って、これは自分も人のことを言えた義理じゃないなと思った。
しかし、緊張しながらも彼女の視線は、彼女が頂上に登っている大木から、遥か先の石造りの邸宅へと向かっている。全長数十メートルというこの木は、彼女の住居には及ばずとも、その高さから見晴らしがよく、アウラ本人の視力と合わせて抜群の視界を確保していた。また、木が生えている山自体も、周辺に連なる山々の中では一番の高山ということで、今回の任務には打ってつけだろう。そして、アウラの周りには高位の魔獣たちが控えており、安全性にも問題はない。
しかし、いくら彼女が
この世界に来て以降、彼女の探知を超える気配遮断能力を保有する存在に出くわしたことはないが、主からも「気を抜かないほうがいいよ。」と言われてる以上、アウラが気を抜くことは許されないのだ。
そんなわけで、アウラは確認を取るべく、至高の存在から新たに与えられたアイテムを使う。
「起動。」
発した言葉と同時に、厚みのある手袋に包まれた、左手の人差し指を側頭に当てる。
手袋の中で指輪がドクンと脈打つと、何か赤黒い稲妻のようなものが一瞬だけ光り、そして消えた。
準備が出来たことを確認し、アウラは個別通信で同僚の少女を通信先に選択。
相手は通信を待っていたのか、すぐに繋がった。
『此方シャルティアでありんす。時間通りということは、まだそちらに異変はないということでありんしょうか、ちび助。』
至高の存在が教えたらしい文言が耳に飛び込んできて、アウラは少し力が抜けたが、気を取り直して返事をする。
「・・・いや、うん。何にもないよ。そっちはどうなのシャルティア。」
『うんともすんともでありんす。探知能力に優れた高レベルアンデッドたちと、ぬしの索敵にも引っ掛からないのでありんすから、これは外れかもしれんせん。』
ナザリックが誇る九体の100レベルNPCたちの中でも、個人戦闘能力に関しては最強のシャルティアだが、その分他の能力は低い。彼女だけでは、広範囲の警戒など到底できないだろう。
しかし、そこは応用力に優れた(無駄にダンジョンの設計に拘っていた)ナザリック地下大墳墓。探知能力に優れた高レベルのシモベも、当然用意されている。
それらのうち数体をシャルティアに指揮させることで、問題は解決されていた。
彼らの性能は、アウラに迫るものがあるので、異変を見逃すということは心配していない。
「まあ、もう少し待ってみよ。■■■■様は来るって予想してたんだし。」
この作戦には、それなりの人員とリソースを投入しているのだ。相手の出方次第で結果が大幅に変わってしまうのはしょうがないが、それでも此方が出来るだけのことをする必要はある。
『それはそうでありんすが。・・・ん?この通信は・・・。』
アウラ以外から連絡が来たらしく、シャルティアが通信の先で訝しげな声を上げた。
それとほぼ同時に、アウラの方にも連絡が入った。おそらく相手はシャルティアに連絡したものと同じだろうから、この通信の僅かな時差は、単純に通信相手がアウラよりシャルティアと距離が近いのだろう。
(有線がどうのこうのとか御方が言ってたっけ。)
アウラとシャルティアが使っているのは、御方が直々に製作したアイテムの一つだが、このアイテムによって可能となる通信は、アイテム所持者同士にしか連絡できない。
無論、連絡用ではあるのだが、このアイテムは出来る限り少数で、極秘の内容を話すために存在しているのだ。そして、その機能の一つとして、〈伝言〉とは違い声を口に出していう必要がないというものが、あったりする。
至高の存在曰く、かつては他の手段で極秘の連絡をすることはできたようだが、残念なことに転移して以降、それらの手段は失われている。かといって普通に〈伝言〉の魔法を使ってしまうと、声が周囲に丸聞こえで機密も何もあったもんではない。守護者など高位の存在には、下位の者には聞かせられない話があるので、それは不味いと考えた至高の存在から与えられたアイテムが、アウラの左人差し指に嵌っている指輪だった。
正直に言ってかなり嬉しかった。至高の存在直々に製作されたアイテムを、手ずから渡して貰うなど、滅多にない機会なのだから。
同じアイテムを持っているものは他にもいるが、デザインが違うから、アウラはそこまで気にしていなかった。
自分にオンリーワンの品を渡していただけたというのが、嬉しいのだ。
そして今、この指輪を介して新たに通信が入ってきたということは、相手はアウラと同じ階層守護者か、領域守護者の一部、或いはプレアデスなどの至高の存在直轄のNPCなど。 ただ、このタイミングを踏まえると、自ずと選択肢は限られてくる。
とすると―――。
アウラは幾人かを脳裏に描いたが、直後に落ち着いた深みのある声が聞こえてきたことで、疑問は氷解する。
『此方デミウルゴスです。横から入って申し訳ありませんが、至急二人に伝えたい情報が私のもとにまで届きましたので、連絡しました。構いませんか?』
お前もそれやるんかいと内心突っ込みを入れながら、アウラは返事をし、それに続いてシャルティアも声を上げた。
「あたしは別に問題ないよ。シャルティアは?」
『わた、わらわも構わないでありんす。』
何やらシャルティアは一人称に失敗したようだが、デミウルゴスからの連絡内容を早く聞きたいアウラは、それを無視する。
彼女は時と場合を弁えるできる女なのだ。(どこぞの口だけメイドとは違って。)
『ありがとう。これは二グレドからの連絡なのだが、ようやく見つけたようだ。現在
調査系に特化した魔法詠唱者である二グレドの能力は、アウラも十分知っている。なにせ、二グレドを含めた探知系のシモベたちを指揮して、魔法的・物理的監視網をナザリック周辺に構築したのは、アウラなのだから。
加えて、シャルティアの手綱を取るべく現地にいるアウラに代わって、それら情報機関を管理しているデミウルゴスは、情報の運用に関してナザリック随一の頭脳を持っている。その彼が言うことなのだから、恐らく指示された内容が間違っていることはほぼない。
それに、デミウルゴスが全体指揮を取ることは、御方からの勅命だ。よほどの理由――それこそ反逆の可能性――がない限り、指揮権を巡って争うことは許されないだろう。
また、指示も事前の計画と一致しているし、考えられる限り不可解な点はない。
シャルティアの分も、自分が頑張らなければと考えていたアウラだが、これなら大丈夫そうだと、ホッと胸をなでおろす。
「了解。」
『分かったでありんす。』
『では、健闘を祈る。』
その言葉を最後に、デミウルゴスからの通信は途絶えた。
少し簡潔すぎた気もするが、合理主義な彼のことだ。特に変わった点はない。
(あたしも見習ったほうがいいのかな?)
まだまだアウラも精神的には発展途上。誰を参考にして成長すればいいのかは、分からない事も多い。
そんな彼女から見たデミウルゴスは、一つの理想形だ。その並外れた知性で御方の方針を具体的な計画へと落とし込み、滞りなく遂行している彼の姿は、アウラだけでなく、ナザリックの多くの者から尊敬の目で見られている。あのアルベドですら、内政以外の分野は、デミウルゴスに劣ると認めているほどなのだ。
また、戦闘能力の低さという面でアウラは、デミウルゴスと守護者のタイプで似ている。
自分の弟や、通信先にいるシャルティアのように、個としての強さを活かして至高の存在に貢献できないアウラには、デミウルゴスのように知恵を身に着ける必要が、あるのかもしれない。
だが、自分ではデミウルゴスのようになれないということも、薄々と分かっているし、根本的な問題として、デミウルゴスの姿が、至高の存在に望まれているのかも未知数だ。自分は、そうあれと造物主に造られたのだし、その通りに振る舞うことが当然であり、創造されたものの務めでもある。
だが、今のままでは何かが不味いかもしれないという不安が、アウラの心に潜んでいた。
(・・・そういえば、こんなことを考え始めたのって、いつからだろう。)
あれは確か――至高の存在が実際にナザリックの指揮を―――・・。
『・・・どうしたでありんすか、ちび助。』
「・・・いや、何でもないよ。」
同僚からの声に、自分が考え込んでいたことに気づいたアウラは、意識を目下の任務へと引き戻す。
『そうでありんすか?ではもう通信を切るでありんすよ。』
「分かった。じゃあ、お互い気をつけようね。」
シャルティアは少し此方の態度に引っ掛かりを覚えていたようだが、何も聞かなかった。そのことをありがたく思いながらも、今までの習慣から、アウラは自然と相手を気遣う言葉をかけてしまう。
『言われせんでも分かっているでありんす。』
魔法的な感覚から、通信が切れたことを悟ったアウラは、フゥと息を吐き手を下ろした。
どうやらシャルティアは、心配されたことに反発を覚えたようだが、それでも自分の言った言葉を無下にはしないだろう。友人としての信頼関係から、そのくらいは分かる。
問題は、むしろ自分の方だ。
柄にもなく、色々と考えすぎている。こういうのは自分の性に合わない。
合わないことを無理にやっていると、それだけ疲れるし、綻びが出てきてしまう。重要な作戦に従事している現状、そんなことをしている余裕はないのだから、急いで気持ちを切り替えなければいけない。
しかし―――、
「あぁーもうっ、全っっ然分かんない!」
自らの存在理由にも関わる大問題を、今この場で納得する事が出来るほど、アウラは器用ではなかった。
仕方がないので、とりあえず考えることを放棄し、目の前のことに集中することを決め、苛立ちを込めた険しい視線を周囲へ向ける。
彼女らしくない表情だが、それを指摘する言葉を持つものはいなかった。
―――そして、デミウルゴスの通信から、数分後。
白金に輝く鎧が、警戒網に侵入したことを、アウラは確認する。
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少女の視界を借りて待機していた彼は、デミウルゴスからの通信で、目標が館に近づいてきたことを知り、薄く笑った。
まんまと釣られた相手への嘲笑ではない。単純に、あと少しで得られる新たな情報への歓喜が、表情に表れたのだ。
そして、宙を飛んでいた相手が地上へ降りてきたことで、彼の探知がその姿を捉える。
詳細な輪郭までは分からないが、おおよそ人間大のサイズ。しかし、彼がこの世界で見てきたあらゆる人間を凌駕する力が、その体へと収められている。いや――。
(これは、肉体の反応じゃない?聞いてはいたけど、本当に中身がない鎧なのか。)
事前に得ていた情報と照らし合わせ、齟齬がないことを確認。彼の笑みが濃くなった。
どうやら相手は、館の敷地に降りてもまだ館の中に入る気はないようで、石畳の庭から動いていない。
おそらく、罠ではないかどうかを確認しているのだろう。分析通り、かなり用心深い性格のようだ。かつて共に戦った仲間すら疑う姿勢は、非情とも言えるが、彼としては好感が持てる。慎重なことは良いことだ。
(
かつての友人を思い出して感慨にふけっていた彼だが、そうしているうちに相手は確認を終えたようだ。
館に向けて歩いて来るのを感知。てっきり飛んだほうが楽なのではと思っていた彼にとっては、少し意外だったが、そういうこともあるかと考え直し、そのまま様子を窺う。
鎧は規則的な歩幅で館の扉へと近づくと、それを押し開け中に入る。
彼の記憶では、入ってすぐに廊下があり奥まで続いていたはずだ。そして、その一番奥の部屋に、鎧が会いに来た存在がいる。
その他にも部屋はあるが、機密性や安全性を考えると、最奥の部屋が一番目的に適していた。彼も相手が疑いを抱く要素はなるべく減らしたかったので、他の部屋を使わせようとはしなかった。恐らく鎧は館の構造を熟知しているようなので、下手な手を打つと此方の目論見に気づく恐れがあったからだ。
彼の予想は当たり、鎧は勝手知ったる様子で奥へと歩いていく。情報によると鎧の本体は人型ではないようだが、随分と鎧の動作は洗練されていた。数百年の練習時間があったとはいえ、ユグドラシルで仲間が苦労していたのを知る彼が感心するほどだった。
彼自身はそこまで違和感はなかったが、スライムなど足がない種族や、バードマンのように羽の生えた種族は、操作するのが大変だと聞いた覚えがある。
元は四足歩行(?)の鎧が人の動きをするには、それらと同じ、いやシステム補助がない分それ以上の苦労をしたのだろう。
そうまでして、形だけとはいえ人の姿をとりたかった理由は何なのか。
(興味が尽きない存在だよ、白金の竜王。)
やがて、鎧は部屋の前まで辿り着いた。
少女の視界を介して、ドアが開くと同時に室内へ入ってきた白く輝く鎧を、彼は初めてその眼に収める。
どことなく竜を思わせる装飾が入った造形は、戦場に着ていくより芸術品として飾っておくほうが似合うだろう。そんな印象を、彼は覚えた。
また、鎧に付き従うように四つの武器が宙に浮いており、それらにも美麗な装飾が施されている。
彼が仲間と共にナザリックの宝物殿に集めた、数々のアイテムと似たような雰囲気だ。
(本人が魔法で作った?それとも他の人?・・・どちらにしろ、この世界で見たガラクタよりは遥かに上の性能みたいだ。詳しく調べてみたいけど、とりあえず話し合いからかな。)
「・・・・久しぶりだね、キーノ。」
少女に向けて話しかける白金鎧。しかし、反応の薄い此方に不審を持っているような気配がある。
別に隠し通せるとは思っていなかったので、少女と位置を入れ替えるべく、魔法を発動。
『〈
少女の体の表面が黒い影のようなもので覆われ、そして再び影が消えたとき、そこに紅い眼をした吸血姫はいなかった。
代わりにいたのは、艶やかな白髪を生やした異形の王。
視界を共有していたために閉じていた碧い眼を開き、口角を上げる。
「いや、君と僕とは初対面のはずだけどね。ツァインドルクス=ヴァイシオン。」
瞬間、雷光のごとき剣閃が彼の首へ迫り、室内を爆風が吹き荒れた。
再び帰ってきた裁縫箱。マイページを開くと、そこには―――、
『新着誤字報告…だと…。』
ハイ。本当にありがとうございます。なんやかんや言って通知情報に新しいものがあるとそれが一番嬉しいです。しかも、普段のように更新直後ではなく、更新直前に誤字報告が届くという新鮮な感覚。
次はこの続きから。