▼行間 ▼メニューバー
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記 作者:黒沢 竜

第一章~黒と白の騎士~

2/307

第一話  異世界で生まれた暗黒騎士

 いきなり別の場所へ飛ばされ、メニュー画面にも異変が出てログアウトもできない。この前代未聞の異常事態にダークマンは混乱する。だが、それもほんの少しの間だけ。すぐに冷静になり現状の整理をする。


(落ち着け、今は状況は把握することが重要だ。なぜ俺が見も知らぬ場所へ飛ばされて、ログアウトもできなくなっているのか、それはとりあえず置いといて、他に何か問題が起きていないかをチェックしよう)


 頭の中で自分を落ち着かせ、何を最初にするべきがを考えた。

 とりあえず、ダークマンはもう一度メニュー画面を開き、他に何か変わったところはないかを確認する。メニュー画面にはやはり装備、能力、技術スキル、ゲーム設定のボタンしかなく、アイテムやステータスを確認することはできなくなっていた。あと、LMFの状態を確認する情報のボタンも消えていた。つまり、今のLMF内の情報は何も得ることはできないということだ。しかし、ログアウトボタンが無くなったことに比べるとそんなものは大した驚きにはならなかった。

 ダークマンは今メニュー画面に映っているものだけを見て現状を確認する。


「……装備やアバターが使える能力、技術スキルは確認したり変更ができるみたいだな。だが、アイテム欄を見ることはできない。なら、どうやってアイテムを確認すればいい? いや、もしかしてポーションや毒消しの類は全て消滅してしまったのか?」


 自分が所持しているアイテムが全て消えてしまったかもしれない、そんな不安がダークマンの頭をよぎる。なんとかしてアイテムがあるかを確認し、使えるようにならないか、そう考えていると腰に付いている革製のポーチを見つけた。

 このポーチはLMFプレイヤーが戦闘中に瞬時にアイテムを使えるようにするための物だ。戦闘中にアイテムを使えるようにするにはアイテム欄からアイテムを選択し、それをポーチに移さないといけない。勿論、ポーチに入れなくても使えるが、その場合はメニュー画面を開き、そこからアイテム欄を選択する。そこから使うアイテムを選んでようやくアイテムが使えるのだ。メニューを開いている最中も戦闘は行われるため、この方法だと戦闘中に隙ができてしまいモンスターから攻撃を受ける危険性がある。それを防ぐために瞬時にアイテムを使えるポーチが用意されているのだ。

 ダークマンはポーチをジッと見つめ、もしやと思いながらポーチの中に手を入れる。ポーチの中はその大きさでは考えられないくらい広く、まるで四次元空間にでも繋がっているようだ。


「LMFでもポーチからアイテムを取り出す時に手を入れて、選択したアイテムを取り出してた。だが、ポーチにセットしていないアイテムまで取り出すことができるのか? ……だが、アイテム欄が消えてしまった以上、もうこのポーチに賭けるしかない」


 ポーチからアイテム欄にあるアイテム全てが取り出せますように、そう祈ってダークマンはポーチの中を探る。


(……エリクサー、出てこい!)


 頭の中で取り出したいアイテムの名前を考えながら手を引く。するとダークマンの手の中には七色に輝く液体が入った高価そうなガラス瓶があった。ダークマンが取り出そうとしたエリクサーだ。


「おおぉ! 取り出せた!」


 驚きと嬉しさにダークマンは思わず声を出す。うっかり声を出してしまったことに気付いたダークマンは思わず周りを見回し、誰もいないかを確認する。

 誰にも見られていないと分かるとホッと胸をなでおろす。


「いかんいかん、思わず声を出しちまった。……エリクサーは貴重だからうっかり使わないようにポーチには入れないようにしていた。それを取り出せたということはアイテム欄のアイテムもこのポーチから取り出せるということだな」


 手の中のエリクサーを見てダークマンはアイテム欄のアイテムが消えていないことを知り安心する。

 問題が一つ無くなり、気持ちが楽になったダークマンはエリクサーをポーチに戻し、目の前の池に近づく。片膝を付き、水面に映る自分の顔を確認した。と言っても、映っているのはフルフェイスの兜で自分の顔ではない。

 水面に映る兜をダークマンはしばらく見つめる。赤く光る鋭い目に上と左右に角が付いている兜。見た目がカッコよくてステータスも高いため、ダークマン自身はかなりに気に入っている。

 ゲームにおいて、戦況に応じて武器や防具を変えるのが常識だが、ダークマンの場合はどんな戦況でもこの漆黒の全身甲冑フルプレートアーマーで戦うほど今の防具が気に入っていた。


「装備品はメニューから選べば変えられるのか?」


 ダークマンはメニュー画面を開いて装備欄を選択する。するとダークマンが今装備している武器や防具の名前が画面に映し出された。

 しばらく画面を見ていたダークマンはとりあえず頭部の装備を選択してみる。すると頭部装備の名前の隣に別の頭部装備の名前がズラリと出てきた。ダークマンは装備の一覧をスクロールさせて一番下まで確認する。するとあるものが無いことに気付く。


「ん? <外す>のボタンが無いな……」


 ダークマンは不思議そうな口調で画面をスクロールさせ、もう一度確認するがやはり外すのボタンは無かった。

 LMFでは装備欄から外すを選択するのその装備を外すことができる。だが、今の装備欄にはそれが無い。どうやって装備を外したらいいのか分からずダークマンは再び考え込んだ。


「……もしかして、メニューから選ばずに自分で外すことができるのか?」


 アイテム欄が消え、アイテムはポーチから出すということから、今の自分はアイテムを出すのも装備を外すのも全て自分の手でやらないといけないのではないかと考えたダークマンは試しに被っている兜をゆっくりと上げてみた。すると兜はゆっくりと外されてダークマンのアバターの顔が現れた。

 金髪のウルフカットで二十代前半ほどの若い青年の顔が水面に映される。ダークマンはできるだけ現実リアルの自分の顔に似せてアバターの顔を作ったので、今のアバターの顔は現実のダークマンの素顔と言ってもよかった。


「なるほど、別の防具を装備する時はメニューから選べるが、外す場合は自分の手でやらないといけないのか」


 装備の外し方を確認したダークマンは風で揺れた髪型を直してもう一度兜を被り、ちゃんと被れているのかを水面に映る自分を見て確認する。


「……さすがは<闇騎士王の鎧>一式。苦労して手に入れただけのことはあるな」


 ダークマンは防具の名前を呟きながら嬉しそうな声を出す。今のダークマンが装備している防具、闇騎士王の鎧シリーズはイベントクエストに出現するボスを倒し、その素材を手に入れて武具工房に頼んで作ってもらわないと手に入らない非常にレアな装備なのだ。


「俺がこの装備を作るためにギルドの皆にかなり無理をさせちまったなぁ……俺のメイン職業クラスの装備って数が少ないから……」


 ダークマンのメイン職業クラスは暗黒騎士。ステータスや能力が優れており、LMFの職業の中でも人気のある職業の一つだ。だが、人気がある割に専用の装備アイテムは少なく、暗黒騎士の装備が手に入るイベントクエストが開催されると暗黒騎士をメインにしているプレイヤーは皆そのクエストを受けた。ダークマンもその一人で何度もクエストを受けて素材を手に入れ、暗黒騎士の装備を手に入れたのだ。その苦労は計り知れないものだったと言える。

 防具の材料を集めた時の事を思い出すダークマンだったが、すぐに気持ちを切り替えた。


「おっと、昔のことを考えてる場合じゃない。次は能力と技術スキルの方をチェックしないと……」


 ダークマンは残りの問題を解決するためにメニュー画面を開いて能力と技術スキルの確認を始める。暗黒騎士としての能力や自分がアイテムや装備から得た技術スキル、その使い方などを事細かく調べていった。

 数分後、メニュー画面の使い方などを把握したダークマンは池を見つめながら現状を整理する。自分はワープトンネルに触れた瞬間に知らない場所に転移し、視界に移っていたHP、MP、時計とマップが消えてしまっていた。メニュー画面を見るとメニューの一部が消えてしまい、ログアウトもできず、アイテムの取り出しや装備の着脱は自分の手でやる。まるで現実の自分自身がゲームの世界に入り込んでしまったかのようだった。


「防具は自分で着たり外したりする。アイテムは自分でポーチから出して使う。そして、さっき兜を外した時に風が吹いて髪が揺れた。どれもLMFではできなかったことばかり……まさか俺、ゲーム世界から異世界に飛ばされちまったのか?」


 今までのことを推理して出した答えにダークマンは苦悶の声を出す。数分前まではゲームの世界にいたのにいつの間にか異世界に来ている。いや、まだ本当に異世界へ来てしまったのか分からない。もしかしたら、ゲーム側にトラブルが起きていろんなバグが起きているのかもしれない。そう考えたかった。


「……だけど、今までの状況から、本当に異世界に来てしまった。そう考えるしかないよな……」


 現実から目を背けても今の状況は変わらない。ダークマンは自分にそう言い聞かせた。

 とりあえず、現実を受け入れたダークマンだが、これから何をしていいのか分からなかった。池の周りを見回してどうすればいいかを考える。


「此処が何処だか分からないじゃ、どっちへ進めがいいのかも分からない。せめて誰かが一緒にいてくれたらなぁ……」


 自分以外誰もいないことにダークマンは不安を覚える。いくら自分が現実リアルでは二十代の大学生でも何も分からない土地で一人になれば不安になるのは当然だった。


「……マスター」


 ダークマンが周りを見回していると何処からか幼い男の子の声が聞こえ、ダークマンはフッと振り返る。だがそこには誰もいなかった。


「マスター」

「誰だ? 何処にいるんだ?」

「ここです、マスター」


 声はポーチの中から聞こえてきた。するとポーチから一つの小さな光の球が現れて宙を飛び回る。

 突然目の前に現れた光の球に驚くダークマン。しばらく飛び回っていると、光の球はダークマンの目の前で止まり、強い光を放ちながら形を変えていく。そして光が治まった時、ダークマンの目の前には赤い目をした子犬ぐらいの大きさの可愛らしい黒いドラゴンが飛んでいた。


「マスター」

「お前は、ノワールか?」

「ハイ、ノワールです」


 ノワールと呼ばれるドラゴンは小さく頷きダークマンを見つめる。


「使い魔のお前がどうして勝手に出てこられるんだ? というか、お前なんで喋れるんだ?」

「さ、さぁ? 僕にもさっぱり分かりません」


 ダークマンの質問に困ったような反応を見せるノワール。彼も何が起きたのかよく分かっていないようだ。

 使い魔とは、LMFのプレイヤー全員が持つことのできるサポートNPCのことだ。プレイヤーが一人でダンジョンや町の外に行く時に一緒に戦ってくれたり、メニュー画面から情報を選ぶと現在開催されているイベントクエストや周囲の状況、仲間からのメールが届いたことを教えてくれる。ただし、あくまでもサポートが役目なので、会話は勿論、喋ることもできない。

 使い魔の種類は多く、フェアリー、式神、ケットシー、リトルドラゴンなどがある。因みにノワールというのはダークマンが付けた名前で彼の種族はリトルドラゴンだ。


「……マスター、此処は一体どこなのですか? LMFの世界ではないようですが……」

「分からない……俺もなんでこんな所にいるのか理解できていない」


 目の前を飛ぶノワールを見ながらダークマンは首を横に振る。

 一人で異世界へ迷い込んでいたダークマンにとってノワールはNPCでも自分の知っている存在、しかも会話ができるのでダークマンにとってノワールとの出会いは非常にラッキーと言えた。


「とりあえず、俺の知っていることを全て話すぞ?」

「ハイ、お願いします」


 ダークマンは自分に何が起きたのか、ログアウトできないことやメニュー画面がおかしくなったことを全てノワールに話す。ノワールはダークマンから聞かされた現状にただ目を丸くしながら驚いた。

 一通りの説明が終わるとノワールは自分とダークマンのいる池の周りを見回す。


「……理由は分かりませんが、マスターのお話からして、僕たちがLMFの世界と違う世界へ飛ばされてしまったのは間違いないようですね」

「ああ、元の世界に戻る方法も分からないし、どうしたものか……」

「……とりあえず、ここから移動してみませんか? この辺りには人の気配はありませんし、池の周りの木が邪魔で周囲の状況が把握できませんから」

「確かにそうだな。とりあえず見渡しのいい所へ行くか」

「ハイ」


 いつまでも此処にいても仕方がないと考えた二人は移動することにした。池を囲む木々の間を抜けて茂みの中を歩いていくダークマンとそのすぐ後ろを飛んでついていくノワール。鳥の鳴き声が響く中、ダークマンは慎重に進んでいった。

 しばらく進むと茂みを抜け、二人は一本道の前に出た。ダークマンは一歩道の真ん中に立ち、左右を見回し周囲を確認する。


「……とりあえず道には出たが、誰もいないな」

「この辺りには人は住んでないかもしれませんね……」

「人がいないんじゃ此処が何処なのか訊くこともできない」


 この世界に来てまだ一人の人間とも出会っていないことでダークマンの精神的疲労が溜まっていく。ノワールもダークマンの真上を飛んで周辺を調べる。すると、ノワールが遠くを見て何かを見つけた。


「マスター、遠くの方で煙が上がっています」

「何?」


 自分の頭上にいるノワールを見上げた後、ダークマンはノワールが見ている方を向く。

 確かに遠くから煙が上がっているのが見える。煙が上がるということは誰かが火を起こしているということを表しており、それは同時に人間がいるという証拠でもあった。


「運がいい。あそこから煙が上がっているということはあの辺りに人がいるということだ」

「行ってみますか?」

「当然だ。もし村があるなら此処が何処なのかを訊くついでに地図を貰って――」

「キャーー!」


 突如聞こえてくる若い女性の悲鳴にダークマンとノワールはフッと反応する。悲鳴は煙の上がっている方向から聞こえてきた。


「マスター、今の悲鳴は!」

「ああ、煙が上がった方から聞こえてきた……つまり、あの煙は焚火とかキャンプファイヤーとか平和的なものじゃないってことだ」

「どうしましょう? 行くのをやめますか?」

「……」


 ダークマンは遠くに見える煙を見つめながら考え込む。

 現実リアルの自分なら嫌な予感がするから近寄らないようにするが、今の自分はなぜかそんな気持ちにはならなかった。寧ろ、何が起きているのか気になってしょうがなかったのだ。

 ダークマンはゆっくりと上を向いて頭上を飛んでいるノワールを見上げた。


「ノワール、あの煙の上がっている所へ行くぞ」

「いいんですか?」

「今は少しでも情報が必要だ。面倒事に巻き込まれたくないからと言える状況ではないからな」

「……分かりました」


 主であるダークマンが行くのなら使い魔である自分も行く。ノワールはダークマンの顔と同じ高さまで降下して頷く。

 ダークマンは煙が上がる方に向かって道沿いに走り出し、ノワールもその後を追うように飛んでいった。


――――――


 ダークマンとノワールがいた所から約1km離れた所にある林。その中をまるで何かから逃げるように走る二つの人影があった。一人は茶色の三つ編みをした十代半ばくらいの少女でもう一人は八歳か九歳ぐらいの男の子。手を繋いで走るところから二人は姉弟きょうだいのようだ。そんな二人をガラの悪そうな男が三人追いかけている。その三人の男は全員が革製の鎧、レザーアーマーを身に付けており、手には鋭く光る短剣が握られていた。外見からして盗賊のようだ。どうやら姉弟は盗賊に追われて逃げているらしい。

 息を切らせながら弟の手を引く姉。しかし、長いこと走っているのか二人とも走る速度が遅くなっていく。すると、追いついた盗賊の一人が姉の肩を掴み力強く引いた。


「キャアア!」

「お姉ちゃん!」


 肩を引っ張られた姉はバランスを崩して仰向けに倒れ、走っていた弟は立ち止まって叫ぶ。盗賊たちは素早く姉弟を取り囲み、一人が弟の肩をガッシリと掴んで押さえ込み、残りの二人は姉の手足を押さえつけて逃げられないようにした。


「いやぁ! 放してぇ!」

「騒ぐんじゃねぇ、このアマぁ!」

「今からおじさんたちが気持ちいいことしてやるんだからよぉ!」

「いやああぁ!」


 必死で逃れようとする姉。だが、少女の力で男二人の拘束から逃れるなど不可能だった。


「やめろぉ! お姉ちゃんに触るなぁ!」

「るせぇぞ、ガキ! 黙ってねぇと殺すぞ!」


 弟は姉を助けようと声を上げながら暴れる。盗賊はそんな弟の喉元に短剣を突きつけて黙らせた。

 姉が盗賊たちに甚振られる、弟は悔し涙を流しながら震えた。そして姉も自分を見て笑う盗賊たちを見ながら涙を流す。

 盗賊の短剣が光り少女に向けられた、その時、突然盗賊たちを大きな影が包み込む。辺りが暗くなった事に気付いた盗賊達は一斉に空を見上げる。すると、太陽の中から何かが下りてきて自分たちの近くに着地し、轟音と共に砂煙を上げた。


「な、なんだ!?」


 驚きながら盗賊達は砂煙の中を見つめる。姉と弟も突然の出来事に驚き黙って砂煙を見つめていた。

 砂煙が晴れるとそこには片膝を突いているダークマンの姿があり、ダークマンはゆっくりと立ち上がり盗賊たちを見て赤い目を光らせる。突然現れた長身の暗黒騎士に盗賊たちは明らかに動揺していた。


「……崖の上から飛び下りたのに全く痛くないし、死んでもいない。LMFでステータスを最大まで強化したからな。これぐらいはできて当然か……」


 ダークマンは自分の体を見て怪我一つしていないことに少し驚いている。

 ゲームの世界では平気かもしれないが、異世界ではどうなるのか分からないので、自分の力がどれ程のものか確かめる必要がある。それを確かめるためにダークマンは大胆にも崖から飛び下り、盗賊たちの前に着地したのだ。

 下手をすれば死んでたかもしれないのにダークマンはそんなことを気にせずに平然としている。そんなダークマンを見て弟を押さえ込んでいた盗賊が短剣をダークマンに向けてきた。


「なんだ、テメェは! いきなり空から落ちてきやがって!」


 盗賊は鋭い目つきでダークマンを見ながら怒鳴り散らす。しかしダークマンは盗賊を無視して震えている弟と押さえつけられている姉を黙って見つめる。


(さっき悲鳴を上げていたのはあの女で間違いなさそうだな……)


 姉を見つめながらさっきの悲鳴のことを思い出すダークマン。すると無視されたことにカチンと来たのか、盗賊は弟を押さえ付けるのをやめてダークマンの正面に移動して彼を睨み付ける。


「おい! 何無視してくれてるんだよ。ああぁ!?」

「…………」

「なんとか言ったらどうなんだ? おうっ!」

「……ビービーうるさい奴だ」

「ああぁ!?」


 目の前で騒ぐ盗賊を見ながらダークマンは低い声を出した。ダークマンは盗賊を睨みながら左腕をゆっくりと動かし、拳を自分の顔の右側面辺りまで持ってくる。


「退け……」


 そう言った瞬間、ダークマンは左腕を外に向かって勢いよく振り、左手の甲で盗賊の顔を殴打する。殴られた盗賊はもの凄い勢いで飛ばされ、十数m先にある木に叩き付けられた。

 盗賊は糸の切れた人形のように倒れて動かなくなり、殴られたことで盗賊の顎は砕け、歯は折れて血も出しており完全に即死状態だった。

 仲間が殴り飛ばされた光景を目にした残り二人の盗賊は驚愕の表情を浮かべる。弟と姉もダークマンのとてつもない力に驚き固まっていた。

 飛んでいった盗賊を見た後、ダークマンは残った盗賊たちの方を向く。ダークマンに見られたことで盗賊たちの顔からは恐怖のあまり血の気が引き、持っていた短剣を落として震えている。そんな盗賊達にダークマンは背負っている片刃の大剣を抜きゆっくりと近づいた。


「次はお前たちだ」

「う、うわああああぁ!」


 恐怖に耐え切れなくなった盗賊たちは声を上げながら背を向けて逃げ出す。だがダークマンは逃がすつもりは無かった。大剣を両手でしっかりと握って八相構えを取る。すると黒い靄のような物が現れて大剣の剣身を包み込んだ。


黒瘴炎熱波こくしょうえんねつは!」


 ダークマンはメイン職業クラスである暗黒騎士の能力、<暗黒剣技>を発動させて勢いよく大剣を横へ振り、刀身を包んでいた靄を一直線に逃げる盗賊たちに向けて放った。靄は盗賊たちに迫っていき、二人の盗賊は黒い靄に呑み込まれ、炎で焼かれたような熱さと痛みが盗賊たちを襲う。

 <黒瘴炎熱波>とは暗黒剣技の一つで直線状に黒い靄のような物を放ち、遠くにいる敵に攻撃することができる技だ。攻撃力はとても高く、並の敵ながら一撃で倒せるほどの威力がある。たとえ攻撃に耐えた敵がいても、その敵は火傷状態になり、一定の間隔でダメージを受け続けるのだ。暗黒剣技の中では多くのプレイヤーが使っている技の一つである。

 靄の中で断末魔の悲鳴を上げる盗賊たちだったがそれもすぐに途切れ、靄が消えると二人の盗賊は体から煙を上げながら倒れた。


(一発で仕留めちまった。どうやら俺自身の強さはLMFにいた時と同じみたいだな)


 ダークマンは簡単に盗賊を倒してしまったことに驚く。だがそれ以前に人を殺したのに全く心が痛まない自分自身に驚いていた。


(盗賊とは言え、人を三人も殺したのに何も感じないとは……この世界に来ちまった影響か? それとも俺自身が冷たい人間なのか……)


 恐怖、後悔、罪悪感など人を殺めれば必ず感じるものを感じない。ダークマンはそんなことを考えながら動かなくなった盗賊を冷たく見つめる。

 他に盗賊が隠れていないか周囲を見回して確認したダークマンは大剣を収めて倒れている姉に近寄った。


「大丈夫か?」

「ハ、ハイ……大丈夫です……」


 低い声のまま尋ねてくるダークマンを見て少し驚きながら姉がゆっくりと起き上がった。そんな姉に弟が駆け寄り抱きつく。弟が無事なのを知った姉は優しく弟の頭を撫でた。

 二人をしばらく見ていたダークマンは盗賊が逃げた方向を見る。


「……いったい何があった? あの連中は何者だ?」


 盗賊の正体を尋ねると姉は弟を抱きしめながらダークマンを見上げた。


「……と、突然村に襲い掛かってきた盗賊たちです。次々に村の人たちに襲い掛かり、私たちの両親も彼らに……」


 姉は涙声で弟を強く抱きしめ、弟もそんな姉に抱きついた。やはりダークマンたちが見た煙は彼女たちの村が盗賊たちに襲われたのが原因だったようだ。

 ダークマンは悲しみに暮れる姉弟を見ると村がある方角へ向かって歩き出す。そんなダークマンに気付いた姉はダークマンに声を掛けた。


「あ、あのぉ!」

「……そこでジッとしていろ。盗賊どもを片付けてきてやる」

「え?」


 姉はダークマンの言葉に耳を疑った。盗賊を片付けてくる、それはつまり村を助けてくれるということだからだ。


「な、なぜ、私たちの村を……」


 姉の問いかけるとダークマンは足を止める。


「……私が助けたいと思ったから助ける、それだけだ」


 そう言ってダークマンは再び歩き始めた。

 ダークマンはどちらかというと気まぐれな性格をしており、姉弟が盗賊に襲われているのを助けたので、ついでに村も助けてやろうと思ったのだ。

 姉と弟はゆっくりと立ち上がり背を向けて歩き出すダークマンを見つめる。


「あ、貴方様のお名前は!?」


 名を聞かれたダークマンはまた足を止める。

 LMFの世界ではダークマンと言う遊び半分で考えた名前を名乗っていた。だがこの世界はLMFの世界ではない。そして自分は人を殺めても何も感じない心を持ってしまった。そんな自分が楽しく仲間たちと過ごしていたダークマンの名を名乗っていいのか。

 それを考えたダークマンはゆっくりと振り返り、赤い目を光らせた。


「私はダーク……暗黒騎士ダークだ」


 自らを闇を意味するダークと名乗るダークマン。この名前はこの異世界で生きていくための新しい名前であり、LMFで楽しく過ごしていた過去の自分と決別するための名前でもあった。


  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。