織本順吉
94歳
ドキュメンタリーは88歳から撮り始めた
90歳を過ぎてからは殆んど仕事が入らなくなった
体重は30㌔に落ちた
覚悟しておいてくださいと医者からいわれた
寝床では幻覚が表れた
プロデューサーのユミさんは
父の実像を探りたいと交流があった人を尋ねた
彼を知る人は皆、異口同音にいい人だ。という
ドキュメンタリーを見てびっくりした。とも
娘のユミさんは父と一緒にいたのは4才までの記憶しかない
父はドラマ、映画と忙しく月に一回帰る程度だった
家庭を省みない俳優の実像を暴きたいためにドキュメンタリーを撮ることになったのだが、、
穏やかな優しい父がいたことにユミさんも驚く
根岸 李衣が見舞いにきた
呼吸をすれば存在感がでるんだょ
自然の摂理に合わせればいい
と
以前、最終章は記事にしましたが
改めて三部作のドキュメンタリーを見て
“生きること“ “死ぬこと”を考えさせられました
順吉はユミさんの撮るドキュメンタリーを病床で見たい。と言った
じっと画面を見る
いや、いいよ
よく撮ってくれた作ってくれた
ありがとうと
伝えて亡くなった
ユミさんと親子らしい関係がなかったけど
死ぬ間際に”ありがとう“と
「セリフを言うことは生きること」
ドキュメンタリーを見て思う
「セリフを言うことは呼吸することと同じ」
演じることが出来なければ呼吸も出来ない
死んだも同然だと
思っているのではないか
ユミさんにドキュメンタリーを撮らせる意味は
自身の不完全な生きざまを晒すことで
生きていることを表したかったのではないだろうか
まだ花は咲くと
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