「誤嚥性肺炎」を防ぐ「舌矯正」A-1、A-2

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 舌の衰えが健康に甚大な影響を与えるのをご存じか。二重あごも滑舌の悪化も舌の衰えのせいだが、もっと深刻な症状にもつながっていた。新型コロナに打ち勝つ免疫力が損なわれ、誤嚥性肺炎まで引き起こしかねないというのだ。しかし、舌は自分で鍛えられる。(「週刊新潮」2020年7月30日号掲載の内容です)

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【写真】自宅でできるセルフ「骨格矯正」

 毎日、自分の舌を観察して、健康状態を確認するとよい、という話は多くの医師がしています。

 毛細血管がたくさん集まっている舌には、全身の血流の変化がいち早く表れるし、舌の乾燥具合で体内の水分量もわかる。また、自律神経に支障があると舌はうまく動かなくなる。だから、舌の色や乾き方、動き方などを、小まめにチェックするくせをつけたほうがいい――。舌はいわば、健康を測るバロメーターだというのです。

「誤嚥性肺炎」を防ぐ「舌矯正」A-1、A-2

 しかし、私は今回、舌をなにかを測る指標としてとらえるだけでなく、さらに一歩進んで、舌それ自体の衰えが健康に大きな影響をおよぼすという話をしたいと思います。

 舌とは、口内のある一点だと思われている方が多いのではないでしょうか。ところが、私たちが常に動かしている舌は、海から突き出している氷山の一角のようなもので、実は、海面下に隠れていて見えない部分のほうが、はるかに大きいのです。私たちの口のなかはほとんどが、舌と、舌の運動にかかわる筋肉の総称である舌筋で占められている、と言っても過言ではありません。

「誤嚥性肺炎」を防ぐ「舌矯正」B

 この舌筋は、使わなければたちまち衰えてしまいます。筋肉全般に言えることですが、衰えは20歳ごろから始まっています。しかし、腹筋や背筋を鍛える人はいても、舌筋を意識的に鍛えている人は、あまりいないでしょう。それもあり、人によっては舌筋の衰えが激しく、こうした傾向はとくに高齢者に顕著だと指摘できます。

 そして、舌筋が衰えていると、これから述べる弊害や症状が現れ、それはみなさんのヴィジュアル面にも、健康面にも、免疫力にも大きく影響し、結果的に命にかかわる問題にまでつながっていきます。

 しかし幸いなことに、この種の筋肉は少し鍛えれば、すぐに元に戻ります。ですから、ぜひがんばって舌のエクササイズを実践していただきたいと思います。

「誤嚥性肺炎」を防ぐ「舌矯正」C

 舌および舌筋の衰えからくる障害や症状は、これから述べる四つに大きく集約されます。

コロナにも、誤嚥にも

 最初に、舌筋が衰えて垂れてしまうと、二重あごに直結する、という話をしましょう。

 すでに述べたように、私たちの口内はほとんどが舌筋で占められ、具体的には喉頭隆起、いわゆるのどぼとけから上は、舌の根元からのどの奥まで、ほとんどが舌筋です。しかし、使わなければ衰えるのが筋肉の常で、舌が垂れると、同時にのどの内側が下がってきて、二重あごになってしまうのです。ダイエットをしても、二重あごが治らないのは、このためです。

 次に、舌筋の衰えが滑舌の悪さにもつながる、という話です。

「誤嚥性肺炎」を防ぐ「舌矯正」D-1、D-2

 私たちは日ごろ会話をする際、舌をかなり動かしていますが、舌筋が衰えると自在に動かせなくなります。舌が回らず、滑舌に影響が出るのです。私は整体や骨格矯正の施術をする前に、お客さまに「“きゃりーぱみゅぱみゅ”と言ってください」とお願いしています。舌の動きがすでに悪くなっている方は、これをスムーズに言えません。

 舌筋がゆるむと、もっと深刻な症状にもつながります。ゆるんだ舌がのどの奥で、呼吸をするための気道を圧迫します。要するに、口内で垂れた舌が気道をふさいでしまうのです。すると口呼吸になります。

 口呼吸はさまざまな問題につながります。まず、口内が乾燥しやすくなり、その結果、唾液も乾いて虫歯や歯周病につながり、口臭の原因にもなります。

「誤嚥性肺炎」を防ぐ「舌矯正」E-1、E-2

 鼻呼吸とくらべると、わかりやすいと思います。鼻からの空気の吸い込みが弱いと口呼吸になるのですが、その典型が、口を大きく開けていびきをかいている寝姿です。こうした呼吸は睡眠時無呼吸症候群にもつながり、酸素を十分に摂取することができなくなります。つまり、肺に十分な空気が入らず、ひいては脳にきちんと酸素が行き届きません。最悪の場合、突然意識が失われ、脳卒中や心筋梗塞など危険な症状に陥ってしまうことさえあります。集中力が低下し、代謝にも影響が出ます。

 また鼻呼吸だと、吸った空気が鼻腔で加湿されるため、肺のなかも潤いますが、口呼吸の場合、乾いた空気が肺に直接取り入れられるため、肺の内部が乾燥しがちになります。さらには、鼻呼吸なら、空気中のほこりや雑菌などをある程度、鼻腔でキャッチできるのに対し、口呼吸では、それらがダイレクトに肺に入ってしまいます。

 乾いた空気が、ほこりや雑菌とともに直接肺に届けられる――。すると、どんな影響がおよぶでしょうか。ダメージを受けるのは私たちの免疫力です。

 いま新型コロナウイルスの感染拡大を、みなさん不安に感じておられることと思います。このウイルスに感染して重症化しやすいのは、基礎疾患がある人だと、これまでもたびたび報じられていますが、「基礎疾患がある」とは、言い換えれば、免疫力が低下している、ということです。

 特に、新型コロナウイルスは肺炎を引き起こすので、肺気腫の方とか、ヘビースモーカーの方は、気をつける必要があると言われています。肺が丈夫であることは、新型コロナウイルスから身を守るためのキーにもなります。それには、加湿された清潔な空気が肺に取り込まれやすい状態を維持することが大切で、そこに舌筋が大きく影響しているのです。舌筋が衰えると免疫力が下がる、と思って間違いありません。

 そして最後に、高齢の方がみなさん抱えておられる不安につながります。食べ物や唾液をうまく飲み込めない嚥下(えんげ)障害に陥り、ひいてはそれが喉頭や気管に入って、いわゆる誤嚥を引き起こす怖れがあるのです。もちがのどに詰まる、という事故がよく報告されます。こうして食べ物が気管に詰まるだけでも、命の危険につながりますが、誤嚥性肺炎になってもまた、命が危険にさらされます。

 私たちが口から摂取する食べ物は、舌の力を通じて食道に送り込まれます。ところが、舌筋が自由に動かないと食べたものが食道に送り込まれる前に、のどの奥に引っかかってしまいます。ですから誤嚥の発生率は、舌筋が衰えると、格段に高まるのです。

 先ほど、舌が垂れると口呼吸になり、肺に空気が入りにくくなるうえ、雑菌などが直接肺に侵入しやすくなる、と述べました。実は、誤嚥性肺炎は、細菌が食べ物などと一緒に肺や気管支に入ったとき、発症しやすい病気です。ですから舌筋の衰えは、二重の意味で誤嚥性肺炎につながりやすいのです。

舌を鍛え直す四つの実践

 ここでいったん、まとめておきましょう。舌筋が衰え、ゆるんでしまうと、1.視覚的には、二重あごになってしまう。2.滑舌が悪くなって、人とのコミュニケーションに支障をきたしてしまう。3.口呼吸になり、集中力が低下し、そのうえ免疫力が低下してしまう。4.誤嚥を起こしやすくなって、高齢者の場合、誤嚥性肺炎の原因にもなり、命に直結する――。

 たかが舌、と思われている方が多いかもしれませんが、私たちの健康をこれほど大きく左右するのです。

 だからこそ、舌筋を衰えるに任せておくという手はありません。しかし、幸いなことに、セルフ矯正によって、家にいながら自分で舌筋を鍛え直すことができます。これからトレーニングの方法を、細かくお伝えしたいと思います。

 A.最初に、舌筋を押し上げます。舌を本来あるべき位置に戻すためのトレーニングで、これを行うことで舌にとって適切な環境を作ります。

 私はいつも患者さんに口を閉じてもらってから、「あなたの舌はどこにありますか?」と尋ねます。正しく機能している舌は口蓋、すなわち上の歯列の裏側付近に当たっています。舌の先が口内のどこにもついていなければ、舌が引っ込み、たるんでいる証拠。そこでまず、舌を正しいポジションに戻します。

 親指を揃えてのどぼとけの前に置きます。そして指をグーッと押し上げ、押し上げながら抵抗するように口を開いていきます。このとき舌に力が入ります。

 この動作を10回ずつ、3セット以上行ってください。これによって押し上げられた舌は、本来の正しい位置に収まって、すぐに舌の動きが改善されます。滑舌も向上するのを実感できるはずです。

 B.次に、舌が収まる口蓋の環境を整えます。かなり多くの方が、ほお骨が落ち込んで、あごの筋肉(咬合筋(こうごうきん)、俗に咬筋と呼ぶ)が凝ってしまっています。実は、この凝りが舌にも影響を与えているので、ほお骨を正しい位置に戻すことで、咬筋の凝りをとる必要があるのです。

 両の手のひらで顔面をしっかりつかんだら、その手のひらを押し上げるようにしつつ、顔を押し下げます。手は上に、顔は下に、という方向です。1回に5秒ほど費やし、それを3セット行ってください。

 こうすることで、口のなかのスペースが広がり、舌の収まりがよくなるのです。また咬筋がゆるんで、舌筋にもよい影響がおよび、口を開けやすくなります。

 C.今度は下あごを引き出しましょう。あごの筋肉、つまり咬筋が凝ると、あごは詰まってしまいます。かみ合わせが悪い、食いしばってしまう、歯ぎしりをしてしまう、と自覚している方が非常に多いですが、原因はたいてい咬筋の凝りです。下あごが上がって詰まると、舌が収まる場所が失われ、こうした症状が引き起こされます。ですから、下あごを引っ張り出す必要があるのです。

 歯を食いしばると、上下の奥歯のあたりに筋肉の固まりが確認できます。その一番固い部分、すなわち下の奥歯の付け根の部分に中指と人差し指を当て、指を回しながらよく揉みます。指にはあまり強い力を加えなくても大丈夫ですが、あごを思い切り下げるように意識してください。30秒ほど続けましょう。

 ここで舌の位置を再確認しておきます。なにもしていないときに、舌の先が上の歯列の裏側付近についているかどうかを、もう一度確かめ、常に舌をそこにもっていくようにあらためて意識してください。

 D.ここからいよいよ舌筋のトレーニングに入ります。少し上を向いて舌を突き出すトレーニング、いわゆる舌トレです。これは世間一般でよく行われているものに近いです。

 口を開け、舌を出して伸ばし、上の歯をなぞるようにします。不二家のマスコット「ペコちゃん」の顔のイメージで、そのまま舌を右に左に行ったり来たりさせます。その際、舌はずっと伸ばしたままで、右端で3秒ほど止め、ゆっくり動かして左端でまた3秒止めます。これを1回につき5セット行ってください。舌筋が引き締められ、機能が向上します。

 ここまで紹介したA~Dのエクササイズは、1日に1回でも2回でも、やるだけ効果があります。効果を確認したら、ぜひ日常の習慣にしてほしいです。

 E.最後に、舌が引っ込まないための姿勢を身につけたいと思います。猫背だったり、デスクワークなどが原因で首が前傾してしまったりすると、舌が押し下げられ、口のなかで奥まってしまいます。そうならないためには、普段から頭を下げない姿勢を意識する必要があります。

 椅子に座っているとき、骨盤が後方に倒れていると猫背になりがちです。しかし、骨盤を立てるようにして座ると、あごが自然と引けて、舌が正しい位置に収まるのです。

誤嚥と二重あごの関係

 毎日、整体に来られるお客さまを相手に話していて、食事をうまく飲み込めないという方、つまり、誤嚥の悩みをもっている方が非常に多い、という印象があります。必ずしも嚥下障害と診断されていなくても、少し大きな食べ物を口に入れると、なかなか飲み込めないというのです。

 そうした方は、60歳以上に顕著に多く、あるときその方たちに共通する傾向に気づきました。みなさん太ってもいないのに、のどの肉が下がって二重あごになっているのです。さらには滑舌が悪く、口呼吸の特徴も見られました。

 それ以来、舌を正しい状態に戻せば、今回取り上げた四つの大きな問題を解決できるはずだと思って、研究を重ねつつ、実践してきました。実際、今回紹介した矯正を施すことで、みなさん不都合が見事に改善されるのです。

 たとえば、滑舌が非常に悪くなっているお客さまがいました。コミュニケーションに支障をきたし、対人関係にも自信を喪失されていたのですが、舌の矯正で自信をもって喋れるようになりました。そういう方は、コミュニケーション力自体が向上しています。

 一方、あるお客さまは、物を食べるとき、いつも途中でつかえる感じがあるのが悩みでした。それがしっかりと飲み込めるようになり、きちんと食道に送り込めている実感がある、と話しています。

 また、年齢を重ねるほどヴィジュアル上の個人差が大きくなり、気にされる方は非常に多いです。その点でも、「のどの周りがすっきりした」「二重あごが改善された」という声を数多くいただいています。

 たかが舌、されど舌。ここまで述べてきたように、実は、それは健康を維持するための要のひとつです。年齢を重ねるほどに健康に影響する免疫力に大きくかかわり、そのうえ対人関係にも絶大な影響をおよぼします。

 とりわけ新型コロナウイルスと共存せざるをえない状況下では、日ごろから健康を維持し、免疫力が高まるように努めることが、ひときわ大切になっています。また、新型コロナの一番の怖さは、やっかいな肺炎を引き起こすことにありますが、誤嚥も死にいたる深刻な肺炎につながることは、ご存じだと思います。

 ぜひ今日から、舌を鍛え、正しい位置に戻すための小さな実践を、日常生活のなかに取り入れてください。

清水六観(しみずろっかん)
美容矯正士。明大柔道部時代から数々の整体を学び、独自の理論による整体術を確立。体形が崩れる原因として骨盤のゆがみに着目した。骨格矯正と健康指導の「ろっかん塾」院長(東京都杉並区高円寺南4-27-18 6階、電話03-5929-7042)。日本美容矯正士協会理事長。

2020年1月3日 掲載