元記者の告白 NHKの「タクシー私的利用」と「受信料名簿のあり得ない使われ方」
元NHK記者の告白(1/3)
1年間に支払うNHK受信料は1世帯当たり年間約2万6000円(衛星契約)、総額は7115億円(2019年度)に上る。新型コロナウイルスの影響で、収入が減る人も多い中、NHK職員の年収は平均1095万円だという。果たして受信料の金額や職員の待遇は適正なのだろうか。
私は昨夏、記者・デスクとして23年間にわたって勤めたNHKを退職した。日本全体がコロナ禍に喘ぐ中、私が見たNHKの実態を伝えることでNHKのあり方に関心を持ってもらうことも私の役目ではないかと考え、文章にまとめた。NHK改革をめぐる議論に一石を投じる形となればありがたいと思う。
最初の違和感は“タクシーの公私混同”
私がNHKに入局したのは1997年。ある大手新聞社を32歳で退職し、新潟放送局に着任した。当時の記者仲間は総じて温かく迎えてくれたが、入局直後に違和感を覚える出来事に直面した。
ある日の正午のニュース放送直後、フロアにいた同僚記者から声をかけられた。
「古町(※新潟市の中心街のひとつ)にメシでも行きませんか」
新入りの私に声をかけてくれ、4人で昼食に繰り出すことになった。ただ、局舎から古町までは歩くと20分はかかる。どうするかと思っていたら、1人がタクシーを手配した。
「タクシーでランチなんて豪勢だな」
新聞記者時代に記者仲間と昼食に行くことはよくあったが、タクシーを利用したことなどなかった。まして業務外なので割り勘とすべきところだが、降車の際、記者の1人がてきぱきとタクシーチケットで支払った。1000円にも満たない金額だが、最初に体験した公私混同の現場として印象に残った。当時、こうしたタクシーの公私混同使用は日常茶飯事だった。
タクシーチケットは、年に1度は内部監査でチェックされるが、監査担当者と受ける側が顔見知りであることも多く、大抵は業務利用したことにして処理されていた。白状するが、私も電車が動いている時間帯の帰宅にタクシーを利用したことが何度もあった。
こうした実態の背景にあるのは、やはり巨額の受信料収入の上にあぐらをかいているということに尽きるのだろう。私が在勤中、絶えず感じ続けていたのは、NHK職員の公金意識の欠如だった。
地方の報道機関で働く記者なら、NHKの桁外れのタクシー使用に少なからず気づいていると思う。地方の新聞社や民放の記者は、社有車やマイカーで取材現場に駆けつけるが、NHKはタクシー利用が原則だった。ニュースバリューが高い事件・事故となると、さらにディレクターやアナウンサーも駆けつけ、現場に何台ものNHKのタクシーが連なることも珍しくなかった。
NHK各局には映像を伝送できるニュースカーなどの局車もあるが、台数が限られ、取材の足はほぼタクシー頼みだ。結果、タクシー代は膨れ上がる。
これには一般には知られないNHK特有の事情もある。新聞社は大都市圏を除けばほとんど記者に自動車免許を取得させてマイカー取材をさせる。だが、NHKはこれをさせたがらない。「NHK関係者が事故を起こすと困るから」と当時の上司から聞かされた。
私も新聞記者時代はマイカー取材をしていたのでNHKに入局後、すぐにマイカー使用を申請したが(一応「マイカー制度」というものはある)、手続きが煩雑なのに加え、上司があまりいい顔をせず、認められたのは、しぶしぶといった具合だった。
事故を起こして困るのは他のメディアも同じだが、だからタクシーを使いたい放題となるわけがない。そんな経費の使い方はとても認められないだろう。
私が関東のある県でニュースデスクをしていたとき、警察担当の若い記者が連日、タクシーで県内各地の警察署を駆け回っていた。
この記者は、全国の記者の中でもタクシー代が突出し、東京から注意を受けたことがあった。恐らく、多い日は1日で5万円以上使っていたのではないかと思う。
中国地方のある放送局に勤務したとき、スタッフの1人から、こんなエピソードを聞かされたこともある。そのスタッフは県境の自治体からJRで県中央部の放送局に通っていたが、仕事後に頻繁に職場グループの仲間と食事に行き、帰りは上司からタクシーチケットを渡されていたというのだ。片道1万5000円以上かかる距離だ。上司とすれば親睦を深める意味合いだったのだろうが、受信料を払う立場からは、こんな使われ方をされてはたまったものではないだろう。
こうしたタクシー使用がようやく見直されたのは、2004年7月に発覚した、チーフプロデューサーの番組制作費の着服事件の後だった。4800万円にも上る巨額の受信料が着服された事件は全国的な受信料不払いの動きに発展し、これを機に社内のチェックは大幅に厳しくなった。
それまで電車が動いている時間帯でもタクシーによる帰宅が事実上見逃されていたわけだが、日付が変わる前の使用は原則禁止に。それでもずる賢い職員はいるもので、わざと深夜まで会社に残って日付が変わるのを待ってタクシーで帰宅する者もいた。
ただ、厳格化されても、タクシーの不正使用を働く職員は後を絶たなかった。最近では2016年、さいたま放送局で警察担当記者が36万円もの不正使用をしていたことが発覚し、翌2017年にも福島放送局の記者による20万円もの不正使用が明るみになった。
こうした不祥事のたび、不正を行った記者は「きちんとルールを理解していなかった」などと話すが、理解していないわけがない。明らかな確信犯で、公金意識の欠如は今も一部で続いていると言わざるを得ない。
タクシー利用の実態に限らず、こうしたNHKの経費の使われ方にもっと視聴者は関心を持つべきであるし、国会も含めてしかるべき機関による監視が必要だと思う。
受信料名簿の取材流用疑惑
報道に携わる身として重大な問題だと感じるのは、これとは別にある。受信料名簿の取材への流用だ。
NHKの各放送局には営業部があり、受信料を納める視聴者の名簿を管理している。当然ながら営業目的以外の使用は許されない。これが取材に流用されていたのだ。
私自身が最初に関与したのは1997年。NHK入局の3か月後に配属された新潟放送局の上越報道室(記者1人が勤務する出先機関)に着任した直後だった。この年の11月、エジプトのルクソールで凄惨なテロ事件が発生した。イスラム過激派が日本人10人を含む外国人観光客62人を殺害する、世界を震撼させる事件を起こしたのだ。犠牲となった日本人の中には、新婚旅行中だった上越地域在住の夫婦がいた。
エジプト政府や外務省の発表で犠牲者の名前が明らかになり、上越地域を担当していた私は、遺族への取材に奔走することになった。夫の勤務先や自宅はすぐ判明したが、妻の実家がなかなか割り出せず、取材は難航した。
こうした事件では、犠牲者の顔写真の入手や、遺族などの周辺取材が欠かせない。現場の取材が難航する中、新潟放送局の同僚記者から携帯に電話があった。
「今、営業ルートで自宅を調べてもらっています。割り出せ次第、連絡します」
電話を受けたとき、直感的に2つの驚きがあった。1つは、なるほどNHKではこんな手法で情報を入手できるのか、という驚き。もう1つは、受信料名簿がこんな使われ方をしているのか、という驚きだった。
数時間後、再び同じ記者から連絡があり、妻の住所を伝えられた。遺族のコメントを入手すべく急行したが、結局、不在で取材できなかった。ただ、自宅を訪れたのはおそらく一番乗りだったと記憶している。事件や事故で関係者の自宅や連絡先を割り出す作業は、記者の力量にかかる部分が大きく、本来なら一番乗りは誇らしいはずだったが、さすがに後ろめたさを感じたものだ。
もちろんこの問題は、報道機関のアンフェアという次元の問題ではない。受信料支払いが事実上、義務化に近い現状で、明らかに視聴者に対する裏切り行為だ。
その後の新潟放送局勤務の中で、もう1度、受信料名簿の流用を目撃した機会があった。1999年、新潟の地方銀行の1つ、新潟中央銀行が経営破綻した。これを検証するリポートを2年後に制作する際、関係者を割り出す作業の過程で、やはり「営業ルート」が使われた形跡があったのだ。
私自身は取材チームに入っていなかった。だが、後輩の記者が、取材対象者の氏名が記された受信料名簿らしき書類のコピーを机に置きっぱなしにしていたのを目撃した。うっかり放置していたようだった。個人情報の入った資料が人目に触れるのはまずい。そっと書類を担当記者のレターケースに入れたことを憶えている。
もう20年近く前の出来事なので詳しく憶えていないが、書類にはお客様番号らしき数字と氏名、それに首都圏の住所が記載されていた。検証番組で覆面インタビューに答えてくれた関係者だと見られる。当人は受信料名簿で自宅を割り出されたとは夢にも思わなかっただろうが。
5年間勤務した新潟放送局で触れた名簿流用はこの2件だけだが、NHKに在勤中、噂レベルでは、流用に関する話をたびたび聞いた。少なからず各地で行われている可能性があると感じたものだ。
首都圏の放送局に勤務していたときも「営業ルート」が使われそうになったことがある。母子の無理心中未遂事件の取材でのことだ。こうした事件では、人権上の問題を理由に警察が個人情報を出さないケースがあり、このときもそうだった。現場を割り出せず、当時のデスクは「営業部の副部長は同期だから、住所調べられないか頼んでくる」と営業部のフロアに向かったことがあった。
結局、このときは担当者が不在だったのか、結果的に自宅を割り出せなかったと記憶している。しかし、受信料名簿を流用しようとしたことには違いない。
ニュース部内の事件の打ち合わせなどで、記者の中から「受信料名簿で調べられませんか」と提案されることがしばしばあった。過去に勤務した局で、何らかの形で関わった経験があったからこその発言ではないか。
もっとも、こうした取材手法に疑問を持つ記者も多く、打診されても断る上司が大半だった。特に最近は個人情報の扱いが厳重になっているので、こうした行為が、今も横行しているとは思えない。しかし、タクシー利用と同様、数百人から千人規模の記者を擁する大組織だけに、受信料名簿に目をつける記者が皆無といえるかどうかは疑問だ。
奇しくも、NHKが未契約世帯の情報を自治体に照会できる制度を要望したものの、認められなかったというニュースが昨年あった。これは歓迎すべき対応だったと思う。NHKが自治体なみに住民の個人情報を取得すれば、同じ問題が生じかねないと思うからだ。少なくともNHKには、受信料名簿の不正流用という厳格な管理をする必要があると思う。
大和大介
本名非公開。大手新聞社から転職し、1997年にNHKに入局。23年間にわたり取材記者・デスクを務めた。2020年夏に退局し、現在フリー。
週刊新潮WEB取材班編集
2021年1月1日 掲載