コロナ「全国民検査」は無意味である
検査結果は曖昧、それでも知りたい必然性がある人だけ受けるべきもの
高橋真理子 朝日新聞科学コーディネーター
現実の検査が持つ避けられない曖昧さ
その理由を理解するため、まず日本疫学会が公開している図を見て欲しい。一般に行われる検査とは、体の中にある何らかの物質の量を量ることだ。そして、人間の体の中で起きている現象は多数の因子がかかわる複雑なもので、検査したい物質が「ある」と「ない」でスパッと分かれることはめったになく、一定の範囲で連続的に変化する。簡単に言えば、個人差があるのだ。
日本疫学会の用語解説「検査の正確さの指標」にある図
上のグラフでは、感染していない人の数は検査値の低いところにピークがあるが、ある程度数値が高い人も少数いる。感染している人の数は検査値の高いところにピークがあるが、数値が低い人もいる。そして、検査してわかるのは検査値だけである。真ん中へんの数値の人が感染者なのか非感染者なのかはわかりようがない。それでも、「陽性」と「陰性」を判定するために、エイヤッと線を引く。これが「カットオフ値」と呼ばれるものだ。
高いカットオフ値を採用すれば、感染していない人を間違って陽性と判定することは減る。しかし、感染者なのに陰性と判定される人が増える。逆に低いカットオフ値にすると、感染者が陰性と間違って判定されることは減るが、感染していないのに陽性にされる人が増える。両方を正確に判定することは不可能である。それを承知のうえで、検査の目的に応じてカットオフ値を決めていく。
だから、結果を知らされる側も判定には曖昧さがつきものであることを承知しておかなければならない。結果の意味を正しく解説してくれる専門家がいないところで検査だけ受けても、それは検査の受け損になるだろう。
PCR検査の特性に即して試算してみると
大分県が開設したドライブスルー方式のPCR検査センターで、検体採取のデモンストレーションをする医師=2020年5月25日、大分県別府市鶴見、加藤勝利撮影
新型コロナウイルスのPCR検査は、ウイルスの遺伝子を検出する。検体中にある遺伝子を増やしてから測定するので、ウイルス遺伝子がいないのに陽性と出る可能性はきわめて低いという点で優れた検査法だ。一方、感染しているのに陽性とならないことは珍しくない。体の中にウイルスがいても、検体をとった場所(鼻の奥など)にいなかったら、それは陰性と出てしまうからだ。
このため、感染者が正しく陽性と判定される「感度」は70%程度といわれる。もっと低いという説もあるが、ここでは70%と見ることにしよう。一方、非感染者が正しく陰性と判定される「特異度」は高い。これを99%と仮定して、1億人に検査した場合にどうなるかを見てみよう。感染者の数はわからないのだが、100万人いると仮定してみる。
感染者100万人、非感染者が9900万人の集団に感度70%、特異度99%の検査した結果
結果は右の表のようになる。感染者が正しく陽性と判定されるのは70%、非感染者が正しく陰性と判定されるのは99%になっている。しかし、検査結果として我々が知ることができるのは、陽性が169万人いた、陰性が9831万人いた、ということだけである。この中に偽陽性、偽陰性が混じっているわけだが、だれがそれにあたるのかはわからない。この仮定では、陽性と判定された中の99万人、何と半数以上が非感染者である。にもかかわらず、169万人が隔離されることになったら皆さんは納得できるだろうか。
陰性と判定された人のうち非感染者の割合は99.69%である。十分に高い割合のように感じられる。だが、ここに混じっている感染者は率にしたらわずか0.31%でも実数では30万人もいる。この人たちが「検査で陰性だった」と大手を振って活動すれば、感染の予防はできるはずもない。
それぞれの数字は、感染者数や感度、特異度の仮定を変えると変わってくるが、変わらないのは、これで陰性と判定されても「非感染者」の証明にはならないという事実だ。つまり、検査によって非感染者を特定することはできない。だから、全国民検査はやっても意味がない。