※注意
妹紅×輝夜 輝夜×妹紅
ネチョまで遠い・ネチョ薄・捏造・独自解釈
東方二次創作注意
※注意終了
稗田阿求は筆を置く。開け放った障子を突き抜け、夜の蒼白い月光が腕のへりを刻んでいる。目を閉じ、その上から指先で眼球を揉むようにした。ひどく疲れていた、それ以上力を篭めることも弱めることもできなくなるほど。
なにかを書き連ねる以上、事実の向こう側にある真実を描きたい。阿求は疲労困憊した虚ろな思考を廻す。が、一方でそう考えることも愚かなことだと思う。幻想郷縁起。求められていることは少ない。人間にとって彼女らが友好的かどうか。危険か否か。
がんじがらめにされた使命を思う。人間のため。けれどもこの根底にあるものは果たしてなんだというのか。幾度となく転生を繰り返し、引き継がれた記憶と業のなかに埋もれる自分は、まだ人間の枠に納まっているのだろうか。
その妖怪は人型ですらなかった。四本足の黒い蜘蛛のような出で立ちをしていた。足を動かすたびに鳴子のような音が幾層にも折り重なって辺りに響いた。がしゃどくろ。家一個分くらいの大きさはあった。
上白沢慧音は首と思われる器官の上に乗り、爪を振るった。皮膚の下に現れた肉に顔を突っ込み、牙を剥いて抉りかじった。ぐちゅぐちゅとひどい音がした。そのまま首を捻り、水中から息継ぎをするように反り返ると、滴る血が飛沫となってからだ中に飛び散った。
自分が人間からかけ離れた存在だと気づく瞬間がある。戦闘に即し、慧音の精神は昂っていた。喉の奥に滑り落ちる肉を反芻した。不味かった、血肉も、歴史も。
妖怪は足を縺れさせて倒れ、慧音はその衝撃で地に投げ出された。背中から落ち、肺が潰れて息が削れた。俊敏な猫のように立ち上がり、妖怪を見つめた。その行為には傍目から見える以上の意味があった。
「取り返しようもない過ち。数え切れないほどの後悔」慧音は指先で牙にこびりついた肉片を拭った。「ひとに歴史あり。歴史に年月あり」物足りなさそうな表情が浮かび、恍惚に目が細められた。「なァ、おい。喀血して、少しは冷静になったか? あたしから言えるのはひとつだけだ。人里を襲うのはもうやめてくれな」
「偽善者め。詐欺師が」巨大な口から放たれる声は生暖かい風を伴った。「獣の分際で人間に与するか。愛玩動物にでも調教されたか。家畜。おまえは人間がザーメンで射撃の的代わりにするだけのただのクソ穴だ」
「くくッ。動けなくなった途端に威勢のいい言の葉がひょいひょい出てくるものだ。悪いな。偽善者だから、こうして力尽くで理不尽な要求を突きつけてる」慧音はこれ以上ないほど淫蕩な表情を演じてみせた。「人間が憎いか。憎いな。おまえの歴史が教えてくれるよ、当然だ、そんなひどい扱いをされれば」
満月が雲に隠れ、光を薄れさせた。幕のような闇が辺りを覆った。妖怪は目を細めた。過去を鷲掴みにされた不快感が胸を焼いた。
「人里の守護者だと? そんななりで、よくもまあそんな位置に居座っていられるものだ。いずれ塵芥のように捨てられることは目に見えているだろうが」
「あァ、こんななりだが、人間は好きだ。子供は特に好きだ」慧音は自分を抱くように腕を回し、ぶるぶると震えた。「なんといっても肉が柔らかいからなァ? あたしは特に頬肉が好みだ……何度反芻してもスルメのように味が染み出してくる」寒さに耐えるようにではなく、熱さを外に追い出すように。
「おまえの本性は獣だ。それはもうこの夜そのものが証明してくれている。どんなに深く胸の奥底に沈めた本性も、いずれは心臓を昇って喉を――」
「あたしは獣じゃない。ただほんの少し、心のへりで獣に部屋を提供してやってるというだけで。大人しく帰れ。仏の顔も三度までというから、今日は見逃してやる」
妖怪はよろよろと立ち上がり、獰猛な息を歯の隙間から吐いた。「裏切り者め!」
慧音は歯を剥いて笑った。「そんなことを言われると誰かの精液を顔面にぶっかけられたような気分になる」
白濁した憎悪が行き来するのが、慧音には感じられた。吐き気を催すようなざらついた時間。満月が薄い雲の間隙から現れ、また隠れた。世界が歪な縞模様のなかに沈んだ。
「すべて全部なにもかも、いずれは必ず塵に帰る」妖怪はなおも言った。「そうなったとき、おまえはどこにいるのか? 隠すもののない悪意に曝されたとき、おまえはどうやって身を護るのか。
私にはおまえの未来が手に取るようにわかる。失望と幻滅に身を灼かれるおまえの姿が見える。そうなったとしてもまだそう澄ましたまま守護者ヅラしていられるのかどうか、答えなど分かりきっている」
「おっと、この野郎。随分と偉ぶった言い回しをしてくれるじゃないか。あたしとしてはおまえの語尾すべてに(笑)をつけておちょくってやってもいいが、なあに、あたしが知ってるのは歴史のことだけで、未来のことなんぞ知ったこっちゃない」
「行き着くところまで行き着いたら、背中に指差して嘲笑ってやる。いずれ自分の間違いを思い知る日が来るだろう。心の底まで凌辱されて、失意とともに地に伏すときがくるだろう。おまえはいつまで人間の側についていられるかな。いつまで人間の味方でいられるかな」
「無論、死ぬまで」慧音は親指を下に向けてみせる。「行き着くところまで、だ? あたしはもうとっくにリミットぎりぎりの場所までやってきてるんだよ。残りの時間はもう、隠居したあとの余生みたいなものだ」
妖怪は血を流しながら去っていく。拙い足取りで。よろめきながら。慧音は地平線の果てに消えるまで、その後ろ姿を凝視している。夜の風が人間の髪と獣の尻尾をなびかせる。孤独な灯台守りのように。
彼我の間を行き来した不器用なことばの群れが慧音自身に刃を向ける。が、そうしたことばをいちいち相手してやるには、憎しみが深すぎる。比例して愛情も激しすぎる。感じることのすべてがあたしの内なる糧だ。文句があるか。
「――あァ、くそ、熱い熱い!」慧音は帰路を辿り始める。「余計な運動などするんじゃなかった。早く冬になってくれんものかな。春も夏も秋もあたしには暑すぎる!」爪ががりがりと喉を掻く。「暑すぎる!!」
月が地平に向かい始め、慧音の獣性もまた、角と尻尾とともに小さくなり始める。翠から碧に。からだにしろ心にしろ、夜明けのように、あるいは夕暮れのように。陽が昇るように、あるいは陽が沈むように。
HEY DADDY
1
阿求は組んだ腕の上に額を乗せる。一行も書けなかった白紙のページが闇に溶け込んでいる。が、不意に幕のような朝陽がナイフのように現れ、彼女の視界を刻む。阿求は顔を上げ、窓の外に顔を向ける。
立ち上がり、窓枠に手をかける。見慣れた光景が後光を背負っているかのようにぼやけており、その先に、かすかな人影が見える。
「慧音さん……?」
道を歩いている。いつもの様子で、背筋を伸ばして。が、青から銀に近い彼女の長い髪に、赤黒い塊がこびりついている。
阿求は身を乗り出し、声を上げる。「慧音さん!」
慧音は振り返る。その顔がにこりと笑う。「おはよう、阿求殿」
昨晩は満月だった、と阿求は思い返し、辺りを見回す。慧音以外に人影はない。阿求は頭の横に手を掲げ、髪に指を置いてみせる。
慧音は反射的に己の髪に手をやり、そこで血に気づく。「おっと、しまった」
「そのまま帰るつもりですか? もう朝も遅いです、子供たちに見られたらどう言い訳するんですか」
慧音はおろおろと目を泳がせた。「む、む、その通りだ。こ、困ったな、どうしよう」
「せめて水を浴びてくるとかすればよかったでしょう。無防備すぎやしません?」
「うん、まったくもって阿求殿の言う通りだ。いや、頭が火照ってしまって、うまく物事を考えられなかった」
阿求は溜息をついた。「とにかく上がってください。うちでお風呂に入って。昨晩遅く使ったきりで、まだ温かいと思いますから」
「あ……すまない、ありがとう。助かった」
髪だけでなく、服も血だらけだった。青い服が黒くなっていた。ばりばりに乾き、もうどうしようもない領域にまで汚れていた。
「もう。満月になるたびにこんなじゃないですか。家に篭って歴史の編纂でもしてればいいのに」
「できるだけそうしたいんだが、そうもいかん。頭突きを食らわせてやらねばならない輩が多すぎる」
「あ……爪の裏側まで真っ黒。爪切り貸しますからなんとかしてください」
「ぁう、すまない、恩に着る」
「息臭っ!? 肉臭っ! 生臭い! せめて人間らしくしてくださいよ、歯も磨いて!」
「あーうー」
慧音を風呂場に押し込み、扉を閉め、阿求は溜息をついた。眠かった。徹夜明けでいらつく精神が氾濫を起こし、目眩と怒りの反転する波に呑まれかけた。
「あの、阿求殿」
壁越しに呼び掛けられ、阿求は応えた。「なんですか」
口調はそっけなかった。慧音は気圧され、恥じ入って両手を擦り合わせた。「うう、その、湯船がちょっと、冷たくて」
「すぐに焚き直します、待っててください」
「は、はい……」
使用人を呼んで状況を説明するのも面倒だった。阿求は自ら裏に回り、火をおこした。乱暴に薪を放り込んだら消えてしまった。ボヤから慎重に大きく育て、ぱちぱちと音が重なり、湯が温かくなるまで半刻はかかってしまった。慧音のくしゃみが何度も聞こえた。
「すまない、阿求殿……」風呂の窓から、慧音は弱々しく声をかけた。「うう、スペルカードルールを遵守しようと心がけてはいるんだが、満月で理性が吹っ飛んでるとき、向こうからルール無視されると、つい応えてしまうんだ。酒に酔ってるみたいになって……霊弾と回避の応酬でも充分戦えるとわかってはいるんだが、その、あの」
「言い訳は聞きません」
「あうう……」
慧音は湯船に顔を潜らせた。
阿求は黙り込み、目を瞑った。眠気がきた。不意に、獣臭の残り香を嗅いだ、気がした。一度見た情景は忘れない。阿求が初めて慧音に出会ったとき、満月の夜、彼女は蒼白い闇を背負って道のへりに立っていたのだった。
まだ慧音が人里の守護者などではなく、寺子屋の教師などではなく、山と里のあいだの空白地帯に住む野良びとであったとき。
妖怪の山から、人里へ帰る途中。
一対の弧月のような角。『止まれ』銀から緑がかった汚濁流のような尾と髪。『そのまま帰るつもりか、愚か者が。人里の人間なら人里の心配をしろ。おまえが崩壊の橋渡しになってどうする』けものみちで野生の鹿と出くわしたときに感じるような、不気味さと不可解さを湛えた表情。『どんな道だろうと、急ぎすぎるとろくなことがない。後ろを振り向くなよ。巫女の真似事などできんが、もののついでだ。祓っておいてやる』
忠告に従わず、阿求は振り返った。夜遅く、足早に帰路を急いでいたせいで、彼女は無防備な背中を曝していたのだった。悪意と怨念の成れの果て、影のような黒い悪霊が百鬼夜行をつくっていた。慧音は狼のようにその群れのなかに飛び込んでいった。
満月がすべてを照らすなか、慧音は影を蹂躙した。凶器めいた爪が血の渦をつくり、牙が首を捻り断ち、狂気染みた目の色が闇のなかに金色の軌跡をつくった。ほとんど満面の笑みになっている凄絶な表情、破裂音と黒い飛沫の混じるなか、一刻近く、慧音は暴れ続けたのだった。
おおよそ考え得る限り最悪の第一印象。阿求にとって慧音とはそういう相手だ。そうして夜が明け、すべてが終わったとき、慧音は心もからだも人間に戻って阿求に近寄り、彼女を見下ろして言ったのだった。
『これに懲りたら次からはこんな時間には出歩かないことだ。今回は見逃してやるが、次に会ったときは私がおまえを食う側に回るかもしれん』
血に塗れた人間そのものの姿で、獣の匂いを漂わせて。
『気をつけるんだな。満月の夜は私自身、どういう選択をするのか皆目見当もつかん。もう二度と会わないことを祈るがいい。帰れ』
阿求は爆ぜる薪を見つめ、目を細めた。肉体の檻のなかにふたつの魂がまるで反発することなく同居している。その矛盾。この耐え難い違和感。
理性と賢明さを溝に捨てた血塗れの獣が、一方で人間を護り導く守護者となり、教師となる。引き裂かれ、泣き別れになった真実。事実に到達しえない理屈と論理。
どこまでも誠実な詐欺師というのは実在するんだろうか、と思う。己の内面に問いかける。答えのないでたらめな問題。慧音を見ているとそんなことを考えてしまう。
危険度と友好度がともに極高の妖怪は存在するか否か?
もう数本、太めの薪を放り込む。熱くなってしまうが、知るものか。
風呂から上がった後、慧音は服を借りてそのまま寺子屋に行った。阿求は彼女を見送り、部屋に戻り、筆を手に取り白紙を睨んだ。思考を滅茶苦茶に引っ掻き回されたような感覚が落ち、痺れたように指が動かなくなった。
ひとをひとり書き記す――その者の歩んできた道筋――歴史――なにをし、なにを望み、なにを願い、なにを求め――
阿求は立ち上がり、部屋を出る。これは取材。言い訳で武装し、明晰な思考に蓋をし、本心に幕を降ろしたら、あとは行くのみ。自然、阿求の足は寺子屋に向かう。
近づくにつれ、子供たちの声が聞こえてくる。授業中に行き交うまるで遠慮のない野次。慧音は咎めようともしない。
そっと窓を覗き、教室のなかを窺う。空気は活気で埋まっている。おおよそ教師という人種が望む理想の情景からはかけ離れている。それでも子供たちの顔には明るさがあり、慧音自身、愉快そうに彼らを眺めている。
慧音は『教える』ということをしない。ただ語り、あとはすべてを任せてしまう。必要のない議論と拙い論理が行き交うなか、時折口を挟むだけ。
『人間は好きだ。特に子供は好きだ』
と、慧音のことばを聞いたことがある。
阿求にはその意図を掴むことができない。本心か虚偽か、どういう立場から、どういう意味を籠めて言ったことばなのか。
ひとりの存在のなかに押し込められた夥しい数の矛と盾。慧音は人間としてそういうことばを口にしたのか、獣として口にしたのか。
そうした矛盾のすべてに一貫性を与え、ひとつの人間を構成するあらゆる要素を書き記そうとしたなら、それだけでひとつの人生分の時間と紙が必要なのではないか?
自分の為すことがひどく空虚な張りぼてに思える。なんのために書き続けているのか。なにを――?
所詮は頭のなかだけの論議だ。阿求は首を振り、その場に背を向ける。子供たちの声が遠くなり、秋の静けさが身の回りを包囲する。
もう夜になっている。残暑が収まってから日が暮れる時間が急速に早まり、慧音は時間の見当を誤る。慌てて整理していた荷物をまとめ、家路に着く。
阿求の家に向かう。今朝方、汚れた衣服を置きっぱなしにしてしまっていた。血塗れで黒く染まった衣服はもう棄てるしかないが。
踏み固められた土道。月の光は濃く、星の瞬きを呑み込んでいる。慧音自身の影が頼れるコンパスのように歩みの先に伸びている。そこで、道のへりに刻まれた血痕に気づく。
「――……?」
点々と落ち、道を逸れ、その先にある雑木林に続いている。目を細め、その先を追う。放っておくわけにはいかない、人間だろうと妖怪だろうと。
夜目は利くほうだ。そっと屈み込み、枯れかけた草に足跡を見つける。進行方向は合っている。枯れ尾花をかきわけ、後を追う。
焦げ臭い匂いがする。友人のおかげで嗅ぎ慣れてしまった、お馴染みの炎の匂い。木々の突き出た枝葉が折られている。藪に道を遮られ、歩きにくい。がさがさと耳にやかましい音が響き、そこで歩みを止める。
「――妹紅か?」
ざっと見当をつけ、声をかける。応えは――ない。さらに進み、もう一度声をかける。「妹紅?」――応えはなし。
深く息をつく声が聞こえる。息を潜める気配も。慧音はさらに藪を漕ぎ、その先にあるぽっかり開けた空間まで行く。点々と続く血痕と引き摺るような足跡の先、太い木の幹にもたれ、黒ずんだ影が力なく座り込んでいる。
輝夜だった。己の流す血と泥に塗れ、スタッカートの息を小刻みに吐いていた。
「阿求殿」
呼び掛けられ、阿求は窓から身を乗り出した。輝夜に肩を貸し、柵の向こう側に立ち尽くしていた。
「すまない。私の家よりあなたの家のほうが近かった。この通り面倒ごとを背負ってしまっているが、入れてもらえるだろうか」
阿求は辺りを見渡し、他に人影がないことを認めると、頷いた。「はやく」
阿求は布団を敷き、その上を捨てるつもりだった衣服や布切れの類いで埋めた。さらにその上に輝夜を横たわらせた。
「お腹が空いた」と輝夜は言った。
「握り飯です。私の夜食ですけど」
水で唇を濡らし、握り飯を含んだ。胃も喉も食物を受け付けなかった。喉を詰まらせ、輝夜は吐いた。
「諦めるんだな、輝夜殿」慧音は言った。「しばらく休んで、ある程度自然治癒するのを待つしかない。リザレクションのし過ぎだ。もうエネルギーも残ってないだろう」
輝夜は頷いた。
「永琳殿を呼んでくる――」
慧音が立ちかけると、輝夜は慧音の服の裾を掴み、首を振った。
「……」
慧音と阿求は顔を合わせ、困惑を含んだ目線を行き来させた。慧音は座り直し、やんわりと輝夜の手を解いた。血が不足して漂白されたように色を失った指先には、哀しいほど力がなかった。
「連れてきてくれてありがとう」輝夜は言った。「正直、心底寒かったから。月が冴え冴えとしすぎていて……」唇の端から血が線のように零れた。「半獣。あなたは妹紅の味方だとばかり思っていたけれど」
慧音は首を振った。「妹紅を傷つけるのに加担するつもりはさらさらないが」口調はぎこちない硬さを伴った。「味方の敵が敵であるとは思わない。今のあなたを見てなにも感じないなら、私はもう脳死状態同然ということになる」
輝夜の皮膚はところどころ焼け爛れ、ピンク色の肉が剥き出しになっていた。黒ずんだ衣服は衣服としての役割を果たしていなかった。屍体が中途半端な魂を得て動き出したできの悪い寓話のようだった。
阿求は戸惑った。輝夜は見るからに苦しそうな表情をしていた。「やっぱり、永遠亭に――」
「私は味わいたいのよ。わかる? 私はこれを最後までやるの」躁病患者の甲高い響きが声に混じった。「最後まで感じるの」
阿求は顔をしかめた。「自傷だったら他でやってくださいよ。あなたたちの痴話喧嘩に私たちまで巻き込まないでください」
「だったらこのまま外に放り出してくれればいい。放っておいてくれればいい。永琳のところだけには連れてかないで。言い訳するまえに問答無用で全部治されちゃうから」
「それはできない」慧音は言った。「阿求殿、すまない。輝夜殿が落ち着いたら私の家に行く」
阿求は首を振った。「私は皿を放置するつもりで毒を食らったりはしません」
輝夜が上半身を起こした。唇の隙間から血が零れ、腕で拭った。「これは私の血じゃない。心よ」
ぎらぎらと狂ったようにに瞳の色が輝いていた。
「私は私の傷を誰かに押しつけるつもりで自分から傷つきにいったりしない。過ちを後付けで正当化しようとは思わない」
「よく言う。満月の夜を選んで刺客を送り込んでくるような真似をして」
「それは」輝夜は歪に唇を歪めた。「知ってほしかったからよ。わかるでしょ?」
慧音は微笑んだ。「わからなくもない。実際に彼女たちを目の当たりにすれば」
輝夜はまた上半身を寝かせた。痛みの回避に納得いかなかったのか、寝返りを打った。息が荒くなり、生理的な反射から涙が零れた。
「妹紅は?」
「今夜は彼女の勝ち。それはもう疑う余地もなく。気になるんだったら妹紅の家に行ってみればいい。十中八九祝杯でも上げてるはずだから」
「あいつはあなたと戦ったあと、必ず川に身を浸していた。一晩中。勝とうが負けようが、暑かろうが寒かろうが。それは血と汚れを洗い流すためではなく、それが妹紅なりのみそぎであるからだ。知ってたか、そのことを?」
慧音はなんのこだわりもないように言った。輝夜は苦しそうに頭を傾げ、慧音を見た。正座をし、背筋を伸ばす彼女の顔には、とらえどころのない無表情だけがあった。
「……みそぎ? なぜ?」
「あなたは運命の行方次第では彼女の母親になるかもしれなかった女だ。わかるか? 妹紅が――ただ一度の望みが叶わなかっただけで永遠を選んでしまうほど繊細で傷つきやすい女が、そういうことに無頓着であると思うか?」
輝夜は顔を背けた。「……私はそういうことに無頓着なまますべてを拒絶した女よ。そんなささかな感情の動きなんかに、気づくと思う?」
「ときの帝まで巻き込んだ色恋沙汰のなかで、自分から悪女を演じる以外にマシな選択があったとは思えない。まして自分の行く先を知っているうえで」慧音は淡々と言った。「悲劇のヒロインぶるより余程いい」
「あなたは二三の単語だけでひとの根っこまで土足で踏み込んでいく達人よ」輝夜は吐き捨てるように言った。
「たまに言われる。不躾で失礼だと。自分でもそう思う。私の生まれながらの欠点だな。だが獣に礼儀正しく靴を履けというほうが無理な話だ」
「――……っ」傷の痛みと苦悩のなか、慧音のことばはあまりにも直接的すぎた。輝夜は布団を拳で叩いた。「半分は人間でしょうが。やめてよ、ひとの過去に口を出さないで」
「ひとに歴史あり。歴史に年月あり」慧音は立ち上がった。「輝夜殿が落ち着くまでわれわれは外に出ていよう、阿求殿。なに、こんなのには慣れっこな女性だ、すぐに立ち直るさ」
慧音と阿求は家を出た。門の下、敷居の上。内と外との境界線上。月が残酷なほどはっきりと輝き、星の瞬きはおぼろだった。寒かった。阿求は身を縮めるように自分に腕を回し、震えた。慧音はすまなさそうな顔をした。
「阿求殿は家のなかに――」
「ちょうど外を歩きたかったところです。気にしないでください。それより慧音さんこそ寒くはないんですか?」
「私は体温が高いんだ。今日が満月なら良かったんだが。尻尾をマフラー代わりに提供できる」
「……獣臭い毛なんておことわりです」
「あっ、うう、すまない、冗談のつもりで言ったんだが、そのう」
阿求はくすくすと笑った。「こっちこそ冗談です、ごめんなさい。慧音さんの尻尾は温かそうです」
慧音は阿求の肩に手を回した。そうして一秒きっかり待ち、己のほうに引き寄せた。反応はなかった。
慧音は口を開き、閉じた。なにか言おうと思ったが、なんだか言い訳のように感じた。阿求からことばがこないことが居心地悪かった。迷った末、ようやく口を開いた。
「――少しは、温かくなるかと思っ」
「輝夜さんと妹紅さん」阿求は慧音のことばを両断した。「敵対をやめる選択肢はないんでしょうか。慧音さんはどう思います? 妹紅さんがこれ以上傷つくのを見るのは……」
「――あ、ぅ、うん……」行く先を遮断され、慧音は戸惑ったように思考をさ迷わせた。阿求のことばに辿り着くのに時間がかかった。「……やめてほしいとは思うよ、確かに。千年も生きたら、苦痛はもう充分だ」
けれど、と慧音はことばを続けた。
「私には――」
それ以上はどんなことばにも接続できないまま断ち切られた。
沈黙を破り、阿求は言った。「……やっぱり、永遠亭には知らせておいたほうがいいんじゃないんでしょうか。居場所だけでも」
慧音は頷いた。「ああ、それがいいと思う。私が行こう。一刻もすれば戻ってこられると思うから――」
「私も連れていってください」
「――ん、だが、」
「血塗れの我儘姫様とふたりきりなんてごめんですよ。今日はうちの使用人も、休暇で家に帰ってるんです」
慧音はいっとき口を噤んでから、「――わかった」
阿求を背負い、慧音は永遠亭に向かって飛んだ。
みるみるうちに地表が遠くなった。足場がなくなる恐怖に曝され、阿求は慧音の背中にしがみついた。抗いがたい震えが胃から全身に広がり、目眩がした。かすかに吐き気もした。
「妬ましい」と阿求は言った。「なんでもないみたいに空を飛んで……月に近づいて……」
「そんないいものでもない。太陽の熱に焼かれて落ちないよう、いつも自分の周りに気を配っていなければならない」
「そんなのは人生だって同じです」
「うう……うんまあ、確かにそうなんだろうが」慧音は居心地悪そうに身を揺すった。「だったら、いつでも言ってくれればいい。いつでも一緒に飛ぶから」
「本当ですか?」
「うん」
「じゃあこれで妖怪の山や地底や天界なんかに取材に行きやすくなりますね」
「えっ」
月を道標に、風を友に。竹林に入り、永遠亭の灯りが見えた。兎たちももう皆眠っている時間帯なのだろう、夥しい数の窓のほとんどは黒く染まっていた。が、灯りが点いている部屋もいくつかあった。
門に降り立ち、慧音は阿求を降ろした。阿求はぱっと慧音から離れた。慧音は頬をかき、肩をすくめた。そうして門を叩いた。
アルビノの白い肌と赤い眼が現れた。一瞬、阿求も慧音もなんの違和感も覚えなかった。が、彼女には耳がなかった。尻尾もなかった。
「……妹紅……?」
妹紅は気まずそうに眼を逸らし、マフラーに顔の半分を隠すようにした。そうしてふたりの間を通り抜け、そのまま帰ろうとした。
「待て、妹紅」
「待ってください、妹紅さん」
重なる声ができの悪い二重奏のように響いた。同時にふたりは手を伸ばし、妹紅の肩と肘のあたりを掴んでいた。
妹紅は仕方なくといった風にふたりのほうを向いた。
「こんばんは……慧音先生、阿求さん」
永琳が開かれた門の隙間から声をかけた。胸の下で腕を組み、壁にもたれていた。
「こんばんは。永琳殿」慧音は頭を下げた。「『先生』はやめてくれないか。あなたより先に生きているわけではない」
「食らった歴史の年数で言えば、あなたは幻想郷のどんな人妖より長い時間を経験している。それが擬似的なものでしかなくとも」永琳は口許に手の甲を当て、くすくすと笑った。「まあどうでもいいわ、そんなことは。珍しいわね、あなたたちがこうして永遠亭に現れるなんて」
「永琳さん」阿求は言った。「輝夜さんはうちで預かってます。リザレクションもできないほど疲れ果てている。できれば引き取りに来ていただけると助かるのですが」
「姫様がそう望んでいるなら」
「だったら彼女はしばらく帰れないでしょうね」阿求は肩をすくめた。
慧音は妹紅を見た。「妹紅はどうしてここに?」
「別に」妹紅はぼそりと言った。
「彼女はご丁寧に姫様が無事に帰ってきたかどうか確認しにきたのよ」
妹紅は永琳を睨みつけた。永琳は顔を背け、心底愉快そうに含み笑いをした。
「そういうんじゃない」妹紅の声は掠れていた。「焼き方が不充分だったから、肉の一片まできちんと食えるように二度焼きしにきただけだ」目は不安定に細められていた。「どうして阿求のところに輝夜がいるんだよ。慧音まで……よってたかってあいつの肩を持ってるのか?」
「そういうんじゃない」慧音は妹紅のことばを繰り返した。「単純に阿求殿の家の近くに彼女が倒れていただけだ。そうして彼女を私が見つけた。それ以外はなんの意味もない……それはおまえもちゃんとわかってるだろうが」
妹紅は恥じ入ったように俯いた。「……わかってるわよ、わかってる。いらついてただけだから。ごめんね」弱気から口調が本来のものに戻っていた。
「妹紅。おまえも一回阿求殿の家まで来い」
「どうしてよ」
「どうもこうもない」
「……強引……」
妹紅は、だが、頷いた。
「永琳さん。そういうわけですから。動けるようになったらすぐに輝夜さんを帰しますよ」
「ありがとう、阿求さん」
「慧音、阿求。私はもう先に行ってるから。……永琳。じゃあな。月兎と詐欺師によろしく」
妹紅が不死鳥の翼を展開した。辺りの闇が裂かれ、明るいオレンジ一色に染まった。ぱちぱちと火の粉が舞った。竹林の枝葉を縫うように避け、月夜のなかに飛び出していった。
阿求は溜息をついた。「……輝夜さんと敵対してるわりには、妙にまめなんですね。彼女」
「敵の味方が敵とは限らない。それだけのことですよ、阿求さん」永琳は言った。「彼女は根が優しいですから。非情になりきれないんですよ……ん、それはちょっと違うかな……」
「眼に映るものすべてを憎んできた。内に篭る前に敵対するすべてを焼き尽くしてきた。そうやって千年間自分の存在を保ち続けてきた」慧音は首を振った。「そうした根っこによって生きてきた自分さえ憎んでいる。憎悪そのものさえ憎んでいる。だから感情が歪に入り組んで、思いもよらぬところで張りつめかたが緩む。……自分の根っこに抗って、優しくしようとする。自分の傷を知りすぎるほど知ってるから、他人の傷に感情移入しすぎる」
永琳は頬に手のひらを当てた。興味深そうな眼をして慧音を見た。
「憎悪を肯定するようなことを言うのね、先生? 教師としてそれはどうなの?」
「私自身藤原妹紅であり、蓬莱山輝夜であった時期がある。憎しみを向ける側にも向けられる側にもなったことがある。そういうことを訊きたいのならそう言っておくよ」
「……そう、ね」永琳は遠い眼を夜空に向けた。「毒にも薬にもならない女よりは、毒を孕んだ女のほうがどれだけいいか」そこで肩をすくめた。「私としては輝夜にも――姫様にももういい加減自傷のような真似はやめてほしいのだけれど。相手が彼女であることがただひとつの救いね」
「私も同感だ、永琳殿」
阿求は慧音を見る。毒を孕んだ女。満月の夜の彼女を思い返せば、そういうことばに納得できる気も、しなくもない。血塗れの獣。それが薬に転じるかどうかはときの流れ以外には証明できないにしても。
そうして今度は慧音自身のことばを思う……『眼に映るものすべてを憎んできた』。
それは慧音の食した歴史が言わせたことばなのか。それとも彼女自身の歴史が言わせた道の根底からの発露なのか。
得体の知れない道に迷い込んだような不気味さを感じ、阿求はわずかに身を捩る。
背後で襖が開く気配がした。輝夜は横たわったまま眼を開いた、が、振り返ろうとはしなかった。阿求にしては足音が重すぎたため、慧音だろうと思った。
「……少しは落ち着いた。放っておいてくれてありがとう、半獣」壁を見つめたまま輝夜は言った。「まだちっとも痛みは収まらないけど。肌がひりひりしてたまらないけれど」
部屋は薄暗かった。強い月灯りだけが光源になっており、水底のような蒼白さと静寂さだけがあった。そうしたなかで血の気を失った輝夜の顔は亡霊のように白く浮かび上がっていた。
疲れ果てていた。リザレクションさえできないほど。輝夜は手を伸ばし、畳の目に触れた。ばらばらにされたパズルのピースを拾い集めるようになぞり、眼を閉じた。
「自分の娘に刃向かわれるってどんな気持ちなんでしょうね。私にはそんな存在がいたことはないけど。自分の母親に刃向かうっていうのは……」
断片的に途切れることばはとりとめもなかった。輝夜自身、なにかを伝えようとして言ったのではなかった。
「自分の影に切っ先を突き立てる感じなのかしら。自分が何者で、なにに根ざしているのか。そういうことに関して、親や子供っていうのは私たちをいつでも炙っている」
背後に立つ気配から、答えはなかった。慧音の親というのはどういう者なのだろう、とふと疑問が浮かび、反射的に一瞬口を開きかけた。が、そのまま口に出してしまうほど愚かでもなかった。自分から地雷を踏みにいくつもりなど輝夜にはさらさらなかった。
「……自分に向けられる憎悪を明確に感じられるのって、そりゃ、気分のいいものじゃないわ。自分自身、似たような憎悪を滾らせた記憶があるんだったら、なおさら」
畳の目に爪を立てた。波を描くように動き、室内の静寂を削った。
「私は私の人生において決して持つことのなかった娘と牙を剥き合っている。そう考えると……」眼を閉じた。複雑な感情をひとつに纏められることばなど存在しなかった。が、ことばに乗せられる響きに空白を託し、輝夜は言った。「辛い」
鏡と刃を合わせるような感覚が過ぎ、指先がぎしりと曲がった。反り返り、間接が白んだ。
妹紅は輝夜の背後に座り、眠り込むように頭を傾けた。月灯りに刻まれる薄い影が懺悔するように俯いた。「そういうのはずるい」
輝夜は横たわったまま振り返った。そこにいたのが慧音でなく妹紅であったことに不意を衝かれ、一瞬だけ目が見開かれ、すぐ細められる。
妹紅は繰り返した。「そういうのはずるいな」
気まずい沈黙が行き来した。互いの姿さえぼやけるような薄暗さのなか、輝夜は顔を逸らし、また壁を向いた。
妹紅は輝夜の髪を見た。千年前に見たきり、長さも艶もほとんど変わっていなかった。思い出そうとしてももう朧気にしか浮かばない母親の、ただひとつだけ確かな髪の流れと、哀しくなるほど似通っていた。
父親はその髪に惚れたのかもしれない、と思う。それとも、それさえも脳内で混同される記憶の古い魔術にすぎないのか。
焼き尽くすこともできなくもない、と思う……こうして無防備に横たわっている輝夜を、この家ごと。憎悪の奥底に沈めたこの想いごと。灰になるまで。そんなことをしても罪悪感もなにも浮かばないだろう、この削れきった心の表皮には。
「おまえがもっとどうしようもない女だったら」妹紅は不意に言った。「この感情も正当化できたかもしれない。少なくとも私の納得いくかたちで終えることができたかもしれない」マクロビアンの苦痛がある。「それさえもさせてくれないのが憎くてたまらない」
「どうしようもない女よ、私は……」
「同じところまで落ちていって、私なりのもがきかたで千年生きてりゃ、少しぐらいわかることはある」
色の抜け落ちた自分の髪を見、妹紅は己の歩んできた道のりを思う。置き去りにしたもの、置き去りにされたもの、辿ってきた歴史の一寸一寸に意味を……
「わかりたくもなかった」
沈黙を挟み、妹紅は言う。「ひとつだけ聞かせて。輝夜」
ことばに一回り膨らんだ緊張が宿る。言いはしたものの、妹紅はしばらく動けない。単純な問いをことばにすることができない。舌が痺れたように縮こまり、喉が震える。自分の根っこに根ざす苦悩。目の前の女を――自分を永遠に導いた元凶である輝夜を前にすると、意味もなく自分自身がひどく無意味でちっぽけな存在のように思えてくる。
憎悪を介さなければ、向き合うことさえ怖ろしくなる。
輝夜は微動だにしない。主導権を放棄し、完全な受け身状態のまま待っている。
妹紅はようやく言う。「お父様は」声は震えている。「おまえから見て、どんな男だった……?」
輝夜は眼を閉じる。そうして己の内面を覗き込む。
「……いい男だったわよ。それはそれはもう、とんでもなく」ぶっきらぼうな、硬い声で――「あんまりこういうことも言いたくないけどさ、あのとき、かぐや姫って女はそりゃもうものすごく競争率の高い女だったのよ? それで――最終的に絞られた五人のなかに含まれるくらいなんだから――」
「……そう」
妹紅は口許に手を当てた。曖昧な記憶がエクトプラズムのように飛び出していくのを怖れているかのように。
しばらくそうしている。沈黙が場を満たし、染み入るようにふたりの感情に浸透する。
「よかった」不意に妹紅は言う。「もう、お父様のことを覚えてるのはこの世界に私ひとりだけだと思ってたから。ろくでもない寓意に捧げられた寓話以外にはさ。ひっどい話だよね、『かぐや姫』ってさ……まるで求婚者全員大ばか者か卑怯者か愚か者みたいに……」声が小さくなる。「私自身、もうあんまり、お父様のことをはっきり思い出すこともできないから。あのひとのためにここまできたのに、もしあのひとが……寓話そのものみたいな男だったら……なんのために、私はここまで」
「それだけの価値はある男だった」輝夜は切り捨てるように言う。「私に言えるのはそれだけよ。それ以外はあんたのほうが詳しいでしょうが……あんたのほうが」
「――うん」
あの日。今はもう昔、過ぎ去った流れのなかに埋もれた時間。
あの男と結婚することになっても構わない、と思ったのだ。彼と初めて顔を合わせたとき、彼の背中に隠れるようにしてちらちらとこちらを窺っていた――眼を合わせるとさっと頬を赤らめ、弱々しくはにかんだ表情をこちらに向けてきた、小さな可愛らしい少女を見たときには。
ただその少女の母親になるためだけに、背負わされた運命の一切を放棄しても構わないと考えさえしたのだ。それだけのために、誰かのものになってもいい、と……
(……そんなこと、できるわけないのに)
あの頃に戻れたら。あのときを取り返すことができたら。
過去は常に牙を剥き出しにする機会を狙っている。われわれが負った傷に追撃を仕掛けようと自らの影に潜んでいる。捨て去ることはできない。それこそが現在時制の自分を織り成す糸であり、傷つけると同時に背中を押す巨大な手のひらであるから。
霊に刻まれた罪と軌跡。遠い時間から贈られてきたアルビノの刺客。それもまた互いを壊すことのできない役立たずの矛と盾のひとつだ。
「――妹紅」
「なによ」
闇のなか、輝夜は手を伸ばす。運命の行方次第では決して持つことの叶わなかった娘になるかもしれなかった女に。
千年分の時間をひとまとめにし、数秒で伝えきれることばなどない。輝夜は妹紅のうなじに手を回し、引き寄せると同時に上体を起こす。
「――輝」
言いかけた唇に唇を押しつけ、静止する。
血の匂いがした。
「おやすみ」
輝夜は再び横たわり、壁を見つめ始める。何事もなかったように。すぐに寝息が立てられる。
妹紅は指先で自分の唇をなぞる。
「……意味がわからん」
それでも顔は熱くなっている。弱々しく立ち上がり、部屋を出る。障子が閉められ、室内に静寂が戻る。
「……」
「……」
部屋を出ると慧音と阿求がいた。
廊下にしゃがみこむようなかたちで、ふたり並んで部屋のほうを向いていた。
「……いつから?」
「さ」慧音がぎこちなく言う。「……いしょから最後までずっと」
「ふうん……」
「……」
阿求が立ち上がる。胸の下で腕を組み、揺るぎない表情と揺るぎない声音で言い放つ。
「――ひとの家で堂々といちゃつくあなたたちが悪」
「問答無用『鳳翼天翔』――ッッッ!!!」
「ぎぃぃぃやああああああッッッッッ――!!!!!」
ふたりは天井を突き抜けて天高く吹っ飛んでいった。
2
輝夜は上半身を起こす。阿求から借りた寝間着の襟を合わせ、そのまま自分の腕を見つめる。傷はかなり塞がってきた、が、砂州のように変色した色はまだひきつった痛みの波を伴う。傷にそっと指を添え、その部分を焼いた焔の色を思い出す。
「輝夜殿」
振り向く。障子に映る影は慧音のものだった。「どうぞ」
障子が開かれる。慧音はいつもの格好に、いつもの表情をしていた。阿求の家に輝夜が居座っていることに慣れきってしまった様子だった。
「おはよう、輝夜殿」
「おはよう、半獣」
「傷の具合はどうだ? 今日は天気がいいし、風も暖かい。調子がいいようならちょっと歩かないか?」
慧音は親指を立て、それで自分の背後を指してみせる。色を強奪されたような真っ白な雲が、軒下から辛うじて見える小さな空に浮いていた。
輝夜は意地の悪い笑みを浮かべてみせた。「あら、デートの誘い? ときの帝さえろくに得られなかった権利を、よりにもよってあなたが行使すると?」
慧音は真剣な表情で言った。「私はどちらかといえばもう少しばかり幼い娘が好みだ」
表情が緩んだところを見られたくなくて、輝夜は起き上がる振りをして顔を背けた。布団を畳んだ。
「休日には女教師も狼ってわけ」
「そういう風に思ったことはないな」
「行くわ。ちゃんとエスコートしてね」
「まかせろ」
寝間着のまま阿求の家を出る。空気が乾いており、道の先が遠くまで見えた。脚にも戦いの痕は残っており、断続的に痛みが続いた。輝夜はペースを落とした。慧音は立ち止まりながら歩いた。
輝夜は息を荒げて言った。「リハビリなんて久し振りだわ」
空を飛べるほど力は復旧していなかった。額に滲んだ脂汗を拭い、屈辱とも爽快感とも取れる微妙な感覚を味わった。
「妹紅はどうしてる?」
「しばらく見ていない。あいつのことだ、恥ずかしくてどんな顔をすればいいのかわからないんだろう」
輝夜は唇に指先を添えた。「……ふうん?」
「あなたの行為がそういう意図を持って行われたものだったというなら、妹紅はこれ以上ないくらいのダメージをこうむった、ということだ」
「……おかしなことだと思う? 女同士で。でも心の赴くままに動いたら――」
「西洋ならただの挨拶だ」
「西洋なら、ね」
「で? 結局のところどうなんだ」
「黙れ出歯亀」
「えっ、あっ、すまない謝るこの通りだ」
輝夜は立ち止まった。口許に手を当て、目を伏せた。目眩がし、視界が紫色に染まった。
「大丈夫か?」
「……さすがにキツいわ。血が足りない。全然足りない」
輝夜は道を逸れ、しゃがんだ。意識のぐらつく感覚をやり過ごそうと心を鎮めた。慧音は輝夜の横に立ち、肩に手を置いた。
「戻ろうか?」
「ん……少し休めば平気」
輝夜は肩を探った。慧音の手を握った。思いがけず柔らかく、その感触に打ちのめされそうになる。
慧音は空を見上げた。龍のように長い雲が惰眠を貪るように静止していた。
遥か遠くから鳥の鳴き声が聴こえた。
「……静かね」
「そうだな」
しばらくそのままでいた。気難しい祖母と無口な孫娘のように。会話がないことがコミュニケーションのようなもので、ただ温かみだけが彼我のあいだを往き来した。
「半獣」やがて輝夜は言った。
「なんだ?」
「あなたはこれまで――」ことばが不器用に千切れた。「……どのくらい生きてきたのかは知らないけど」中途半端な思考のまま声に出したことを後悔した。「やってしまったことはある? 根っこの部分まで深く食い込んでしまうような……そのあとずうっと後悔し続けるような、取り返しようのない過ち」
「うん、いくらでもあるよ」
輝夜は首を振った。「一度きりのことを訊いているのよ、私は」
「あるよ」
「それは獣としての?……人間としての?……」
慧音は目を細めた。心が心を顧みるあいだ、想起された記憶が脳の基部で渦を巻いた。そうしたものにいまさら揺さぶられるほど幼くもなかったが、繰り返し問い続けて重みを失ったことばは自然に口を割って出ていた。
「ときどき思うんだが」固い口調で言った。「少しだけ考えるんだが」雲を見つめる目線が強張った。「もしも私が半獣ではなく、完全に人間だったとしても……それでも……結局はなにも変わらなかったのではないか、と……」心が石のようになった。「それでも」
輝夜は慧音を見た。慧音の表情はひどく遠かった。非人間的なほど整った顔立ちには感情らしい感情は現れてはおらず、獣の不可解さと不気味さの入り交じった無表情だけがあった。
輝夜はなおも訊いた。「完全に獣であったとしたら? 人間ではなかったら?」
慧音は不意を衝かれたように輝夜を見た。
「少しは楽だったと思う?」
「……そういう風に考えたことはなかったな。人間か、半獣かというだけで」
「人里の守護者にはならなかったと思う?」
慧音は正直に答えた。「わからない」
「そう」
輝夜は立ち上がった。ゆっくりと息をつき、確かめるように足踏みした。
「……少しずつなら行けると思う。行きましょ、半獣」
「うん」
慧音は手を解こうとした。が、それ以上の力で握り締められ、戸惑ったように輝夜を見た。
「不粋。察しなさいよ」
「あ、う、す、すまない」
輝夜の手を引き、慧音はスローペースのまま歩き出した。
「例えば……」と輝夜。「あなたのなかの獣がなんらかのかたちを得て外に飛び出したとしたら」慧音は輝夜の横顔を見た。「それであなたと話をする機会を得たとしたら、それはそれでなかなか愉快なことになるとは思わない?」
「――……」
慧音は輝夜の手を握っていないほうの腕を曲げ、自分の肘のあたりを掴むようにした。
「もし人間でも半獣でもなく、完全な獣であったなら自分はどうしていたか、質問するの。選択肢を与えられたあらゆる……いえ、選択肢さえなかったひとつの状況で」
慧音は俯いた。
「もし正直すぎるほど正直であったなら、自分はどう動いていたか――」輝夜はいっとき、自分が自分でしかなかった時代にタイム・スリップする。「――運命に中指突き立てて、月に吼えてでもいたかもしれない。どう?」
慧音は目を細める。「……怖いな」
声はひどく小さく、聞き取り辛かった。すぐ隣にいても聞き逃してしまうほど。輝夜は慧音の横顔を見た。「いまなんて?」
「怖い」
次は聴こえた。輝夜は少し意外な感じがした。「怖い?」
指先が強張るのを繋いだ手から感じた。
「どうして?」
「それは私の根っこに根差す不安だからだ」
それ以上の問いを遮断する答えだった。輝夜は引き際を知らない女ではなかった。「そう」
慧音は胸に手を当てた。私のなかの獣。同じ方角を向いているならまだいい。だがもし……
数日が経つ。輝夜の傷が完治する。阿求と慧音は門前で帰路につく輝夜を見送る。輝夜は役立たずになった自分の服の代わりに慧音の古い服を着て、決まりが悪そうに胸元に手をやっている。
「胸のあたりがスカスカする」
「仕方ないだろう、サイズが違うんだから」
「腰のあたりも」
「尻尾が出るんだ」
「獣臭い」
「文句の多いお姫様だな。それくらい我慢しろ」
輝夜は頭を下げる。「世話になったわ、ありがとう。またこんな風になったらよろしく」
「二度とこないでください」と阿求。
「それは妹紅に言って。私だって好きでそう何度も墜ちてるわけじゃないから」
「よく言いますよ。本当にいやなら相手にしなければいいでしょう。あなたの能力ならそれくらいできるでしょうに。そうでなくとも永遠亭って防壁があるのに……」
「……やっぱりおかしいかしらね、こういうのって」
輝夜は溜息をつく。眼が遠くなり、秋の晴れ空、高く漂う薄い雲が眼球に映り込む。木枯らしが一陣、三人の合間を引き裂くように抜け、小さな旋風が足元でささやかに渦巻く。
慧音と阿求は顔を合わせる。そうして慧音は言う。「いまさらそういうことを言うのか?」
「不死者はそういうことに無頓着だとでも思った?」輝夜は問い返す。
「実を言うとそうだったんだ」
「失礼ね。私たちにだって心くらいはある」
「求める一方で拒み、拒む一方で誘う。傷つかないからだを自分から傷つけにいく。自分を壊しにきた女に執着する」阿求はむっつりと言う。「あなたたちはもうどうしようもないくらい矛盾だらけだ。どう書けばいいか私には全くわからない。危険か否か、友好的かどうかを記すのがせいぜいです」ことばを重ねれば重ねるほど不機嫌になる。自分の書くことが一切合切空虚な張りぼてでしかない気がして。「あなたたちの詳細を本気で書こうとしたら、それこそ一回二十年の人生じゃ足りなすぎる。全然足りなすぎる。でも閻魔様は意地悪だから、私にそれ以上の時間を与えてくれない。なんだかもう正直眼を閉じて眠ってしまいたいくらいですよ、私は……」
「私だって」輝夜は俯く。「私自身のことなんてさっぱりわからない。私が欲しいのは後付けのハッピーエンドなのかその逆なのか。わかるのは妹紅が――私が私でしかなかった時代の唯一の遺産であるってことだけよ」
「自分を打ちのめしたものこそ生まれ変わるのに必要な自分の一部だっていうのはよくあることだよ」慧音はなんでもないことのように言う。「千年越しの感情がどう変質するかなんて誰にも予測はつかないし、答えられない。まあ、がんばれ。私に言えるのはそれだけだね」
「役立たずの先公め」
「教師なんてのはいつだって役立たずさ。足掻くのももがくのも抵抗するのも反抗するのも子供自身だ。そこの部分を勘違いするとだいたいおかしくなる」
「教師がそれでいいんですか……」
「私自身、聖職者って人種はもうみんな敵でしかなかったからなあ」
阿求と輝夜は慧音を見る。ふたりは同じ表情をしている。そんなことばを慧音の口から聞くことになるとは思わなかったと無言の裡に言っている。
「……なんだ。私がそんなことを言うのはおかしいか?」
「裏切られた気分です」と阿求は言う。「なんだか嘘をつかれてたような」
「嘘をついてたつもりはないが、嘘を言わないわけじゃない」
「だったらどうして教師なんてしてるのよ、半獣」
「そりゃあ、人間が好きだからだよ。子供は特に好きだ。なんといっても――」慧音はそこで一度口を噤み、数秒おいてから微かに苦笑する。「私を救ってくれた……子供たちの持つ無条件の楽天性とでもいうものが私の歩みを前に進めてくれた」
阿求は頭の後ろに手を回す。「矛盾……矛盾……矛盾!」うんうん唸りながらめちゃくちゃに髪を掻き回す。「嘘に嘘に嘘に嘘!」長い正座で足がどうしようもないほど痺れたような表情をする。「もう書くこと記すこと全部間違いなんじゃないかって疑ってしまいますよ。輝夜さんと妹紅さんにしたって殺し合ってるんだかいちゃついてるんだかわかんないのに、そのうえ――」
「いちゃついてるだけだったらどれだけ楽だったか」
「ありのままを書けばいいじゃないか」
「ありのままが一番嘘臭いんじゃないですか!」
「詐欺師みたいなものね。文士ってやつは……」
「それで詐欺師くらい荒稼ぎできたらよかったんですけどねッ! ほとんどタダ働きなうえ全部自分に返ってくるんだからたまったもんじゃないですよ!」
「まあ、なあ」慧音は頬をかく。「永遠に等しい虚ろな時間も、千年経っても未だ胸中で黒く滾る憎悪も、幻想郷じゃよくあるパズルのピース一片にしかならん。世の聖職者どもはそういうのを押し潰そうとするか、よくて安全地帯から無責任な空言言って引っ張りあげようとするくらいだったが。同じところまで落ちて、受け入れてくれる誰かがいるんだから、もうそれだけで充分だろうよ」
「……矛盾もひとつの狂気なのかしらね。ときどき、そういうものに引き裂かれそうになるって思うときがある。私の一部と残りの部分がそれぞれ別々に道の反対側に向かって走っていくような」
「輝夜殿は妹紅が好きか?」
唐突な問いに輝夜は顔を上げる。ばらばらにされたいくつかの想いを辿り、輝夜の表情が緩やかなプリズムのように変化する。最終的に微笑のような顔になり、輝夜は唇を歪める。
「……あなたは二三の単語でひとの根っこまで土足で踏み込んでいく達人よ」
「私の生まれながらの欠点だな」
「好きかもしれない。少なくとも初めて出会った頃はそうだった。同時に重荷でもある。彼女がああいうかたちで存在してるってこと自体、私の取り返しようもない過ちの証明みたいなものだもの。そういう意味じゃ憎くさえ思う。私自身に向けるような怒りさえ感じる。実際、何度あいつに殺されたんだか、何度あいつを殺したんだか、頭の悪い私はもう足し算も引き算もできない。
でも……わからない。ここまでくると自分の単純な部分の感情さえうまく想い描けない。なにかしらね、こういうのって。ことばにできればいいんだけど――」
「ことばにできないんだったら、そうなんだろうよ。そういうものに当てはめられることばを創り出せないくらい人間が幼すぎるってことなんだろう。だったら、あなたは妹紅が好きだ、っていうことでもういいんじゃないか?」
「簡単に言ってくれるわね。それでもう殺し合いはやめろとでも言いたいの、先生?」
「私はただ明確にできるところは明確にしておいたほうがいいと思っただけだ」
「……明確に、ね」
輝夜は肩を落とす。胸元の布地を握り締め、そこになにか見つけ辛いものがあるかのような顔をする。秋の冷たい風が吹きつけ、長い黒髪を結び目を失った絹糸のように流す。
慧音は眼を細める。自分の古い衣服を着込んだ輝夜の姿に、かつての自分の幻影を見た気がして。
やがて輝夜は言う。「……帰るわ。じゃあね、半獣、阿礼乙女」
「一度くらいは名前で呼んでくれたらどうなんだ」
「また会いましょ、慧音に阿求」
「ああ。永琳殿や永遠亭のみなによろしく」
「ええ」
輝夜は永遠亭までの道のりを歩いている。竹林。常人にはまるで迷宮のようにわけのわからない道筋も、輝夜にとっては歩き慣れた庭をうろつく単調なリプレイでしかない。時折、妹紅との戦いで焼き尽くされては変形する地形、脳内地図をいちいち修正しなければならないこともよくあるとはいえ。
以前の戦いでの最後の戦線、ほとんど荒野のように広がっている一帯に辿り着く。永遠亭まではまだ遠い。が、そこで輝夜は足を止める。
「よお」
小さな荒野を背負い、太い竹に妹紅が背を預けている。輝夜に半身を向け、両手をもんぺに突っ込んでいる。
「……あら」
「退院おめでとう、って言えばいいのかな。阿求の家はどうだった? 居心地悪くなかったか?」
輝夜は頷いてみせる。「お爺さんお婆さんの家を思い出したわ……古き良き懐かしき我が家。そんな感じかしら」
「それは良かった」妹紅は獰猛な笑みを浮かべる。「がんばった甲斐があったかな。もう一度――」
輝夜は妹紅のことばを断つ。「そういう気分じゃない」
妹紅の笑みが消える。頬をかき、戸惑ったように目を泳がせる。そうして早口で言う。「実を言うと私もなんだ」
歩き始める輝夜の後につき、数歩の距離を置く。焼けた土を踏みながら、妹紅はおもむろに声をかける。
「慧音の服か、それ……」
「私のはどこかの誰かにぼろきれみたいにされた」
「笑えるほど似合わない」
「そう?」輝夜はスカートの裾をつまんでみせる。「丈をつめれば……そんなに悪くもないと思うけど」
妹紅は溜息をつく。「慧音を焼くみたいで胸くそ悪いから、今日のところは見逃してやる」
「それはそれは。どうもありがとう」
「慧音」と、妹紅は言う。「誰かに似てる気がしてたんだ。初めて会ったときは満月の晩だったけど、なんだか初めてって感じがしなかった。つっても私が親しくなった人間なんて千年かけてもほとんどいなかったから、それが誰だか自然に限定されてくるわけだけど。この前、おまえとお父様のことを話して、やっとわかった……思い出した」
「誰か?」
「おまえんとこの婆さん」
輝夜は立ち止まる。
――昔々あるところにお爺さんとお婆さんが……
いっとき、時空を越えて氾濫する記憶の古い魔術に呑まれかけ、息が縮む。マクロビアンの苦痛。背負わされた重荷が重荷としての重量を取り戻す。
「『私はずっと子供が欲しかったのよ』っつってたよ。にこにこしながらさ……会って、話したのなんて二度か三度だったけど」
「お婆さんは子供の産めないからだだった」
「うん……なんとなくそうじゃないかって思ってた。あの歳でふたりだけで山奥に住んでるってんだから、なんか……」妹紅は声を沈める。「貴種流離譚なんてくだらない。ガキは普通の……余計な荷物なんてなにひとつ持たないガキでいい」
輝夜は注意深く息を潜める。自責と罪悪感を引き連れた記憶の残滓が泡を立てる。「私が消えたあと」――小さな声で――「あのひとはなんて言ってた……?」
「幸せだった、ってさ」輝夜の足元から伸びる影がいくらか揺れる。「ありがとう、って。輝夜が私たちに会いにきてくれたことは、神様の意志を百倍強めた奇跡だと信じてる、って」震える吐息が輝夜を取り囲む空気に浸透したのがわかる。「もし私がもう一度おまえに会う機会があったら、そう伝えてくれ、って言われてたんだ。あのひとも先が長くなかったから。それをずっと腹のなかに隠して収めてた。それも復讐のひとつだったんだけど、なんか……もういい加減重くなった」
輝夜は歩き始める。「ちくしょう」
「なんでそんなに楽天的でいられたんだろうな。ほとんど無条件にさ。恨んでも憎んでもおかしくないような状況に置かれて、それでも――」言えば言うほど空虚になっていく感覚に囚われ、妹紅は口を噤む。「婆さんも慧音も」
輝夜は歯を食い縛る。ほとんどぎりぎりとしなるようなものになっている。置き去りにした時代からの忘れられた遺産。共通の話題についてこれるたったひとりの女。
輝夜自身、もう彼女のことはそうはっきりとは思い出せない。世界において自分だけが辛うじて覚えている優しい人間の虚像。だったはずが、不意打ちのように記憶を差し出され、胸が張り裂けそうな感覚がする。
復讐者は――藤原妹紅という女は――復讐者であるにもかかわらず――
「体勢を立て直す必要がある」輝夜は拳を握り締める。「ひとりにさせて」足取りが覚束ない。「ひとりに――いい? ひとりにさせて」
「ああ」
「満月。やりあうんだったらせめてそれまで待って。せめて――せめて」
「ああ」
妹紅は立ち止まる。輝夜は止まらない。荒野を挟み、妹紅は憎むべき相手の遠い実像を見つめている。永遠を背負った不死者の背中。が、妹紅にはもうわかってしまっている。何万年経とうとかつて少女であった女の本質はもう少女でしかない。どれだけ風雨のような歳月に表皮を削られ続けても。
それはもう幻想によって証明されてしまっていることだ。だがそれは幸福を意味することなのか……その逆を意味することなのか。
3
闇のなかで手を伸ばす。遥か遠くから絶叫が聴こえた気がして、慧音は身を起こす。空気が震えていた。汗だくになっていた。そこでようやく気がつく。絶叫したのは自分だったと。
夢の残滓が胸中で黒ずんでいる。胸の焼けそうな感覚に胸元を掴んで上体を折り曲げる。立ち上がり、洗面所まで歩く。
冷たい水で顔を洗い、熱すぎる体温を強引に冷却する。そこで鏡のなかの自分と目が合う。
「……やあ、相棒」虚ろに笑いかける。「お互いひどい顔をしてるものだな。悪夢はもうとっくに終わっているはずなのに」
誰かがいてくれたら、と思う。誰でもいい。私の感情を余すところなく知っていてくれる者。敵でも味方でも。
鏡の枠に手をつき、自らの亡霊と額を突きつけ合う。輝夜はなんと言ったのだったか? もしも自分のなかの獣が自分から飛び出して……
鏡のなかの唇が動く。「すべてが遠く過ぎ去っても、憎悪だけには際限がない」
妹紅は竹林を歩いている。昼すぎの太陽がそこここにガラスのような光を落としている。枯れ落ちた葉の上を歩く。そこで急に足場がなくなり、片足が土のなかに埋もれる。
「……ああ?」
周りの土が遅れて消える。妹紅は仰向けに倒れ、重力が反転したような衝撃に方向感覚を失う。枯れ葉と土が顔中にかかり、束の間呼吸さえ奪われる。
落とし穴。妹紅が気づいたときにはてゐの幼い顔が頭上で黒い笑みを浮かべている。ひゅう、と口笛が吹かれ、すぐに鈴仙の顔が現れる。
「どいてて。てゐ」
「りょーかいりょーかいっ」
鈴仙の指先が銃口のかたちをつくり、穴のなかに――妹紅の頭に向けられる。拳の下に手のひらを添え、鈴仙の腕は揺るぎないふたつの線路のように伸ばされている。足は肩幅より広く開かれ、大樹の根のように彼女自身のからだを支えている。
続けざまに重く音が響く……どんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどん!!
音のたびに鈴仙のからだが震える。足が土を抉り、枯れ葉を舞い上げる。が、真っ直ぐに伸ばされた腕は微動だにしない。肩から指先にかけてよくできたセミオートマティック一連の機構そのものになる。いとも容易い標的に向けられたオーバー・キル。それは穴のなかで炎が翼を成すまで続く。
気まずそうに浮かび上がる妹紅を見上げ、鈴仙は呟く。「ミサイルでも持ってくるべきだったわ」
「死に同じものはふたつとない。でも結果は同じだ。十二回殺された……ミサイルだったら一回で済んだだろうけど」
ことばは冗談染みている。それが事実にしろそうでないにしろ、鈴仙はそこで退くつもりなどさらさらない。
「じゃあこれで姫様が十二回分有利ってことね」
「リザレクションできる回数は私のほうが多いんだ。体調にもよるけど、だいたい十五回分。残念だけど」
鈴仙の瞳が紅くちらつく。妹紅は顔をしかめる。
「よせよ。おまえとやりにきたわけじゃない」
「姫様の敵は私の敵よ」
「忠実な兎だな。慕われてる輝夜が羨ましいよ。でもやめとけ。膝が震えてる」
「……っ」
「自分からトラウマを呼びにきてどうすんだ、元軍人。戦場から逃げた先を戦場にすることもないだろうが」
鈴仙は俯く。が、すぐに顔を上げる。瞳の紅が色濃く光る。
そのときにはもう妹紅は翼を収め、鈴仙の後ろに降り立っている。両手をもんぺに突っ込んで、無造作に歩き始める。その後ろ姿に戦意はまるでない。街を歩くのとなんら変わりない。
侮辱された感覚を憶え、鈴仙は唇を噛む。それ以上は無駄だと悟る。どんなトラップにかけても、背後から後頭部を狙撃しようと、妹紅が自分の相手をすることはないだろう、決して。妹紅の目には輝夜しか映っていない。輝夜しか見ていない。
「ま、上々の結果ってやつじゃないの?」てゐが鈴仙の背中を叩く。「ほっとくのが一番だと思うけど、私は。きりがないよ。れーせんの気持ちもわからなくもないけどねえ、恩返しの絶好の機会を逃したくないってのも……」
鈴仙は震えている。ひとの頭を撃ち抜いた感触に怯えている。どれだけ逃げ続けていても、それは常に背後から機会を窺っている。より深く傷を抉るために効果的な隙を待っている。記憶という鋭利な爪牙。
「あいつの言い分じゃないけど、戦場から逃げてきたのにどうしてまた戦場を求めるようなことをするのさ? 永遠亭にこもって大人しくしてりゃいいのに」鈴仙の拳は固く握り締められている。てゐは鈴仙の手を取ると、一本ずつ指をつまみ、解いていく。「せっかく薬師の師匠まで持ってんのに……ひとを助けられる手をしてんのに……どうしてこう銃を握りたがるかな」
鈴仙は注意深く息をつく。感情を昂らせないように。「私の我儘に付き合ってくれてありがとう、てゐ」
「まーたそうやって水臭いことを言う」てゐはもう一度鈴仙の背中を叩く。「私とれーせんの仲じゃない。こんなのはお安いご用ってやつよ。でも借り一ね。トイチの割合で増やしてくから」
「うん……」
「……ねえ、いま私結構ひどいこと言ったんだけど。冗談だけどさ。聴いてる?」
「うん」
だめだこりゃ、とてゐは肩をすくめる。
輝夜は縁側を降り、床下に向けて四つん這いになっている。服が汚れるのにも構わず、腕を目一杯伸ばし、薄暗がりのなかで身を縮めている白いものを捕らえようとしている。舌を鳴らし、囁くように言う。「出てきて。ほら。傷つけるようなことをするわけじゃないから」
がさり、と背後で土を踏んだ気配がする。輝夜は床下からからだを出さずに、
「永琳?……イナバ?」応えはないが、それどころでもない。「猫が迷い込んじゃってね。妖怪兎の住み処にどうしてきたんだろうって思うけど。怪我してるみたいだから、連れ出して治療してあげようと――」
「おまえは何度私と他人を間違えれば気が済むんだ」
妹紅だった。輝夜はごそごそと床下から這い出し、汚れで黒ずんだ顔を向ける。太陽を背負い、妹紅の姿はフィルター越しの残像のように霞んでいる。輝夜は目を細める。
妹紅は鼻で笑う。「ひどい顔してんな。とんだお姫様だ」
「ちょっと待ってなさい。すぐにもっとひどくなるから」
輝夜はもう一度床下に潜り込む。今度は先程よりも深くからだを入れ、独力では出ることもままならない体勢のままゆく。猫はすぐに近くなる。
汚れているとはいえ、真っ白な毛玉のような子猫。ガラス珠のように澄んだ瞳に怖れが混じり込んでいる。輝夜はにっこりと微笑みかける。
「ハロー、おチビさん。ご機嫌いかが? 伝説のかぐや姫にここまでさせるなんて、罪な子ね」子猫を抱き、妹紅に向かって声をあげる。「足! 引っ張って!」
ずるずると輝夜のからだが引き摺りだされる。土埃を伴い、妹紅は咳き込む。輝夜は立ち上がり、自分の服をはたく。
「ありがと」
妹紅は溜息をつく。「なにやってんだ、私……」
にゃあ、と子猫がかすかに声をあげる。「よしよし。まったく手間取らせてくれちゃって、ろくでもない子猫野郎。恩返しだったら要らないからね……昔からそういうのはろくな結末にならないって相場が決まってる」
妹紅は輝夜の腕のなかにいる子猫を見下ろす。「爪が全部剥がれてるじゃないか」顔をしかめる。「なんだってんだ。車にでも轢かれたのか?」
「妖怪にでも食われかけたか」
「妖怪から逃げた先が妖怪の住み処、ね。ひどい話だ」
「でも生きてる」
「ひどい話だ」
「そう思うんならあんたが飼いなさいよ。怪我の治療だけウチでやったげる」
「なんで私が――」
「生きてて良かった、って思えるような人生送らせてあげなさいよ。私たちと違って、この子の命はひとつしかないんだから」
「勝手に話を進めるな」
「私が飼ってもいいわよ? そうすると名前も私が決めてあげなくちゃね。毛がもこもこしてるから、もこ、で」
妹紅は輝夜の腕から子猫を奪う。
「ああっ、もこ――」
「私が飼えばいいんだろ、私が飼えば! ちくしょう……」
そこで妹紅は不意に気がつく。子猫を挟み、彼我の距離が近すぎる。焼き尽くすことも首をかっ切ることも口づけすることも容易なほど。
「……っ」
妹紅は後退りする。
輝夜はそんな妹紅に手のひらを上に向けて差し出す。
「……なんだよ」
「もこ。ウチで治すって言ったでしょ。私は獣医じゃないけど、似たようなものだから」
「その名前は却下だ。おまえが診るっつうのか? 信用できない、永琳か、せめて鈴仙にしてくれ」
「あのねえ。永琳はもともと誰の先生だと思ってるの? 私にだって医術の心得くらいあるわよ」
「……」
妹紅は子猫を輝夜に差し出す。触れ合わないよう、慎重な手つきで。輝夜はそんな妹紅の意図に気づき、苦笑する。
「……意識しすぎじゃないの?」
「なにがだよ」
「別に」
それは羞恥からくる反応なのか、憎悪からくる反応なのか。輝夜はいっとき火のなかに手を差し入れるような思考を回し、矛盾するふたつの感情に身を引き裂かれそうな感覚を憶える。
子猫から妹紅の手が離れる寸前、輝夜は妹紅の手の甲に手のひらを添える。
「……」
温かみと沈黙が行き交う。妹紅はなんの感情も表に出さないまま、やんわりと輝夜の手を解く。
「今晩は満月だ。だから来たんだよ。覚えてるか、私に言ったこと?」
「知ってる。覚えてる」
「さっきな、鈴仙に殺された。十二回」
「……そう。つくづくばかな娘ね。で、あんたはどうしたの?」
「なにもしないよ。やたらめったら喧嘩に値札つけて、振り撒くようなことはしない。おまえがここにいるんだから、連鎖を繋げにいくような真似はナシだ」
「そ」
「……おまえとこうしてるんだから、それが自分に還ってくることも覚悟はしてる。でもな、私は鈴仙はそんな嫌いじゃないから……永琳もてゐもそうだけど……」
「私も慧音は嫌いじゃない。むしろその逆なくらい」
歪に入り組んだ心の道筋を辿り、妹紅は俯く。銃弾を叩き込まれた頭の痛みは鈍いフォロースルーを伴う。鈴仙の目……トラウマを呼び起こしながらも銃口を向けざるを得なくなるまで張りつめた緊張。
「気がつくと……寓話が寓話の一部を増やしてる」妹紅は呟く。鈴仙にああいう目を向けられるのは辛い、と思う。が、それをことばには出さない。ひどく身勝手なことに思われて。
子猫を抱き、輝夜は妹紅に背を向ける。靴を脱ぎ、縁側に上がる。
「この子の手当てをしたら行くわ。それまで待ってて……どのみち日が暮れるまでには時間があるから」
妹紅は太陽に目を向ける。傾き、色濃くなった光の密度に溺れそうに思う。顔を転じると、真っ白な満月が早くも青空に浮かんでいる。
そろそろ慧音が獣になる頃だな、と思う。そうして考える……いまの自分の心模様を見たら、あの剥き出しの慧音は私になんと言うだろうか? ばかなことだと嘲笑うだろうか?
夕暮れの色が消え、世界が藍色に染まる。慧音は太陽が贈る一日の最後の仕事を見届けると、洗面所に向かい、鏡のなかの自分と向き合う。
深呼吸をひとつする。全身の血が沸騰し、逆流していくような感覚がある。息が熱く、ほとんど湯気のように白くなっている。
月が満ちるごとに訪れる解離の時間。引き延ばされた感覚のなか、きりきりと背骨から変質していく音を聴く。脊髄のねじ曲げられるような痛み。成長痛の凝縮された不快さに、慧音は歯を食い縛るようにして耐える。
「――っ、……ぃ、い――ぅっっ、!――っ……ッ」
そうやって負担をかけている歯の列も、すぐに鋭利に削られ、獣の牙が剥き出しになる。
角や尻尾、牙だけではない。身長も体重も体格さえも変質していく。より重く、より強く。うっすらとついた女性的な脂肪は根こそぎ筋肉に変えられ、削ぎ落とされた腕の細さに、凶器のような凹凸が影を落とす。
激痛の波。それはもはや張り巡らされた肉体の神経だけが呼び起こすものではない。曝け出された醜悪さのなか、慧音の心はめまぐるしく動く。エゴイスティックなまでに正直に動く。蓄積された教訓は言い訳にしかならない。獣と化していく鏡のなかの自分を見つめ、辿ってきた歴史の道筋、そのなかで浴びせられたあらゆる感情の矛先がひとつの特異点に向かって凝縮していく。
手のひらを鏡に向かって伸ばす。もはや嘘も偽りもない。心の一部が咆哮する……私はおまえを憎んでいる。あたしは。避けられない痛みをもたらすおまえを心から憎んでいる。
鏡の境界を介し、ふたつの手のひらが合わせられる。双子のように。慧音は不意に思う。例えばこの瞬間、この数センチ、数秒の合間、人間と獣の境界線を縫っているさなか、私自身の歴史を喰らったとしたらどうなるのだろう?
隠された歴史は満月のあいだだけでも大人しくしてくれるのだろうか。この痛みから逃れることができるのだろうか。
この瞬間、この数センチ、数秒の合間――
「おーおー。やってるねえ」てゐが言った。彼女の目は竹林を抜け、その先にある夜空を見ていた。
鈴仙はなにも言えず、その場にしゃがみこんだ。てゐが今朝に掘った落とし穴が黒い口を開けており、炎の翼に広げられた淵は獣の獰猛な笑みを思わせた。鈴仙はその穴を覗き込み、そこに自分が叩き込んだ銃弾の振動を思い出した。
「激しい激しい。月も見えないくらい。病み上がりだってのに、元気だねえ。姫様も焼き鳥屋さんも。健康なのはいいことだけど、それにだって限度ってものがあるさね」
夜空が炎に焼かれ、乾いた風がふたりのあいだを吹き抜けた。暴発した花火のような弾幕が破裂し、根元からレーザーに切り裂かれた。もはや星のさやかな瞬きは食らい尽くされ、火山灰のように舞う白煙のへりが緩やかに流れていた。
ほんの一皮剥けば、人間性のつくる後付けの価値などは流通の終わった古い通貨に変質してしまう。光はいま、黒と白に枝分かれした千年の感情だけで動いている。もはや誰の声も届かない。鈴仙は視界のへりに爆発を捉え、それを放った者の手の温かみを思う。
『おいで』と、手を差し伸べた輝夜は言ったのだ。『あなたがそう望むなら、二度と月には帰さない』
自分などを受け入れ、護ってくれた者の優しい温かみ。それがいまや、置き去りにした感情を精算するためのみに戦場へ向かっている。この耐え難い矛盾。それぞれが逆の方向へ走っていく違和感。
「れーせんさあ」てゐが言う。「まーた考えても仕方ないこと考えてるでしょ?」鈴仙の手を取り、握り締められた拳に指を立てる。「うっわ、冷た。溶接したみたいに固まってる。ほらリラックス、リラックス。れーせんまで姫様たちの戦いに巻き込まれることないじゃない」
汗の滲んだ手のひら。鈴仙はひとつ息をつき、力を抜こうとする。ゆっくりと開こうとする。ひときわ大きな爆発があり、咄嗟にまた握り締める。
やがて鈴仙は言う。「姫様たちは……ああいうことをもう何度も何度も何度も何度もやってるけど」ことばはぎこちない固さを伴う。「自己粛清なんだか過去精算なんだか知らないけど」手のひらをどうしても開けない。いやな緊張が筋肉を支配し、その鎖から逃れられない。「それはなんにもなってない。三歩進んで三歩下がって、リング・ワンデリングの不毛な足踏みにしかなってない」
「それは姫様たちも充分わかってることだと思うけど」
「わかってるならどうしてやめられないの? いつまでくだらない寓意に捧げられたくだらない寓話でいるつもりなの?」
その問いは覗き込んだ合わせ鏡の小さな黒点を見極めようとするようなものだった。てゐは無理矢理鈴仙の手を開き、また閉じられる前に指を絡めて握った。「やめようと思ってやめられるものならとっくにそうしてんじゃないの」
てゐは鈴仙の手を強く握り締めた。鈴仙の手首が反り返り、指が行き場を失ってばらばらに開かれるほど。無遠慮な痛みに鈴仙は顔をしかめた。
「痛い。離してよ」
「やー」
鈴仙はてゐの手を逆に握り返した。ふたりの力が交差し、皮膚を越えて骨までぎしぎしと鳴った。
「不老不死だから?」鈴仙は言った。「だから何度も何度も何度も何度も死ににいくような真似をするの? もう死ぬことさえ姫様たちには安らぎじゃなくなってしまったの?……」
「死に同じものはふたつとない。同じ風は二度と吹かないし、同じ雨は二度と降らないし、同じ太陽は二度と昇らない。それだよ、それ。姫様たちはその向こう側に行こうとしてんじゃないの? 不老不死とか関係なくない? たまたま死なないからだだったってだけで……もし普通に死ぬようなからだでも、姫様たちはまた別の死に方を選んでぶつかり合ってるんじゃないの」
鈴仙は黙り込んだ。口先で、自分の何倍も生きてきたようなこの小さな兎に敵うなどと思ってもいなかった。が、それでも納得はしていなかった。納得などしたくもなかった。
「まあなんにしたって、決着ってやつはきちんと正しくつけとかなきゃ」
「そうなったら……どうなる?」
「さあ? ふたり並んでお酒を飲んで、このことも遠い笑い話にでもなっちゃうんじゃない? 過去の行く先なんて大抵はそんなもんだよ」
爆発がやんだ。炎が収まり、音も静まり、あとには満月の浮かぶ夜空だけが残った。名残惜しそうに漂う白煙も、すぐ強い風に散らされて消えていった。
妹紅は太い樹の幹にもたれかかり、そこで限界を感じた。敗北した、と思った。膝が砕け、その場に座り込んだ。背中から滲み出る血が樹の幹に黒い跡を残した。乱暴に刻みつけられた墨の一筆のように。
脚が完全に動かなくなっていた。痛みさえも感じられなかった。痺れるような感覚だけがあり、脚というよりはゴム製の安い義肢のようだった。
荒れる息の向こう側に輝夜の姿を見た。
(――こんなに憎んでいるのに)
「妹紅っ……ッ!」
戦闘に即し、輝夜の心は昂っていた。片足を引き摺り、貫かれた右肩を抑え、瀕死の幽鬼のように妹紅のほうに歩いてきていた。ずたずたになった衣服を引き摺り、煤に汚れ、病的に目を爛々と輝かせた輝夜の顔。際限のない憎悪に対する抵抗と、血と、混沌とした一途な感情が解放されたことによる剥き出しの醜悪さは、いま、どんなものとも比較できないほど激烈に燃えていた。
(なんでだろうな)
上っ面の優美さの欠落した、泥臭い美しさ。妹紅はそんなことを思った。それはすべてが正しかったあの時代では有り得なかったことだ。五人の求婚者も、お爺さんもお婆さんも、ときの帝さえも、決して知ることのなかった表情。
状況にかかわらず、妹紅は微笑んでいた。ささやかな優越感?……私は知っている。あなたたちが決して見ることのできなかった輝夜を見ている。
(こんなに憎んでるのにな……)
妹紅はすべてを受け入れようとするかのように目を閉じた。が、すぐに開いた。最期まで見ておきたかった。自分にとどめを差す輝夜の姿を脳裏にとどめておきたかった。
満月を背負い、輝夜は妹紅の前に立った。妹紅を見下ろし、瞳の奥に黒く滾る怒りを湛えた。もはや理屈も理由もない。感情だけで動く浅ましくも正直な、血と肉がつくる霊の塊と化していた。
「輝夜――」
妹紅は枯れ落ちそうな声で言った。続くことばは血に呑まれた。
(――すごくきれいだ)
輝夜はほとんど絞り出すように声を出した。
「――、っ、……!ッ、妹紅――っ!」
そこに篭められた響きが妹紅を打った。妹紅は獰猛な笑みを浮かべて応えた。ちりぢりにされた不死鳥の残り火がそこかしこで燃え、彼女の姿を月の光を越えてオレンジ色に染めていた。
敵意は巡りめぐって持ち主に還ってくる。より効果的な毒を見つけ、産み出したことに対する復讐を求めて矛先を向ける。お帰りなさい、我が娘、と妹紅は思う。だけど、知るかよ。そんなんで抱えるのをすっぱりやめられるほど安っぽい感情じゃない。傷つけられるだけで終わりにできるなら、ここまでどうしようもならなくなる前に、もっと前に、正義の旗にすがって懺悔することができた。お優しい価値観のなかで物事を深く考えもせず揚げ足を取りたがる正義の味方どもと迎合することができた。けれどこの想いに比べればそんな救済はクソほどの価値もないと思う。
輝夜は刀を振りかぶるように手を掲げた。残された力のすべてがそこに集中した。振り下ろすだけでなにもかも終えられるように。が、そこで顔が歪んだ。残酷なほど、どこまでも残酷なほど人間的な表情になり、ことばにならない感情が破裂した。
『あなたは運命の行方次第では彼女の母親になるかもしれなかった――』
額から血を流していた。そこから流れ出た一滴が睫毛を伝い、輝夜は目を閉じた。目尻から零れ落ち、頬を両断して顎の線に到達しても、その血は渇く気配がなかった。
「……」
どこまでも静かに意志が霧散した。輝夜はその場に――妹紅の真正面に――力なく座り込んだ。畳んだ両足のあいだに尻を置き、両手は合わせられたまま膝の上に乗せられた。気力の尽きた囚人のように。
感情を灰も残らぬほど爆発させたあとの虚脱感だけがあった。
「拍子抜けした」と妹紅は言った。
輝夜は俯いた。すべてが削げ落ちた疲労があった。「うるさい」
輝夜はおもむろに手を持ち上げ、涙のように垂れた血をなんとかしようとした。手の甲で頬を擦り、手のひらで目許を拭った。妹紅にはそんな輝夜がぐずつく幼子のように見え、微かに嘲笑ってみせた。
「慧音のことばが頭に浮かんで、それで萎えた。あの半獣。役立たずの先公。妹紅を傷つけるのに加担するつもりはないなんて言って」
「もう充分傷ついてる」
「そんなことを自分で言えるんなら、まだ傷つく余地があるってことよ。ああ、もう、やだ、胸くそ悪い」
輝夜は妹紅を見た。運命の行方次第では自分の娘になるかもしれなかった女。胸に刻まれたたった一言の楔が、いまや切っ先となって心臓に穴を開けていた。穴はあれよあれよという間に大きくなった。
「脚が全っ然動かない。しばらくは歩けそうにない。なにかするんならいまのうちだぞ」
「うるさい。そのまま死ね」
「そうできないところが私たちの弱味だな」
輝夜は荒れる息を鎮めようと胸元に手を添えた。そうして鷲掴みにした。痛みの波が全身に行き渡ったが、それもすぐに引いた。
「なにもしないんなら帰れよ」
輝夜は目を細めた。喉が軋む感覚がし、なにかを言おうと唇を開いた。が、結局はなにも言い返せなかった。
単純極まりない拒絶のことばが、どうしてこの夜に限ってこうも重く感じるのか。輝夜は首を振った。そうした動きさえ億劫だった。
「喧嘩を売ってきたのはあんたよ」
「買ったのはおまえだ」
「だったらどうしろっていうのよ。いまさら謝罪のことばで収まるようなことでもないでしょうに。もうとっくに永遠よりも遠くに行ってしまったあんたの親父殿の求婚を受け入れでもすればいい? 結婚おめでとう、私。新婚から未亡人まで、刹那よりも短い世界記録間違いなしの速度だわ」
「なにがどう転んでもどうしようもないことってあるもんだ。私はそれを経験から学んだ。で、そういうものを前にしたら私たちはどうすればいい?」
「前になにかで読んだことがあるわ。完璧な力に対抗する策」
「抵抗しないこと、か?」妹紅は鼻で笑った。「完璧な力ってやつと敵対してる時点で、人生そのものが抵抗みたいなもんだ」
輝夜は拳を鈍器のように握り締め、自分の膝を叩いた。「くだらない。なんなのよ。この会話の行く先はどこ?」
妹紅はただシンプルに切り捨てる。「どこでもない」
輝夜は顔を上げる。ほとんど睨みつけるような目つきになっている。束の間、永遠に等しい虚ろな時間がただその瞬間だけに凝縮され、打ちのめされたように再び俯く。長く黒い髪が揺れ、ふたりの手に絹糸のような影を落とす。
ふたりの指先は血の気を失い、ミルクのように白く漂白されている。満月の送る蒼白い、どこまでも蒼白い、どこまでもどこまでも蒼白い柔らかな光が、沈黙を纏ったふたりの姿を照らし、焼かれた土の上に影法師を落としている。
やがて輝夜は問う。「結局のところ……つまるところ……私たちはどこへゆく?」
「どこでもない」妹紅は答える。「とっくにリミットぎりぎりの場所まで行き着いちまってる。ここから先はもう真の幻想世界だ。けど、そんなのはどこを探したってありゃしない」
「果たせない復讐。終わらない復讐者」輝夜はその一瞬にだけ正直な自分を再び曝す。ただ哀しみだけがある。「みんな死ね」
あの頃に戻れたら、と輝夜は思う。あの男の後ろで、幼い未来への期待をどう表情に出していいか自分でもわかっていないような、小さな少女とまみえた時間。遠慮がちな空気を挟んで相対したふたりの女。あれこそが永遠だった。いずれ血を流し合う運命がその先に待っていたとしても、あのとき、あの瞬間だけは、埋葬を前にしたふたつの望みがなんの障害もなく交差していた。
いまや交えるにはあまりにも遠すぎる。内に篭る前に目に映るすべてのときを憎んでいる。
それでもなにもかもを捨て去ることができないのは、この瞬間、この数センチ、数秒の合間が紛れもない真実であるからだ。流れ出る血と、暗い命が必死になって拒絶しようとする痛みが教えてくれる。これは幻ではない。暴力的なまでに現実的な事実だと。
夜空を見上げる。
受け入れる天使の幻さえあれば、そのまま喪失にすべてを差し出していただろう。人間の為すことなど一切合財取るに足らないことだと傲慢に見下ろしてくる神々の幻さえあれば。が、そんなものはどこを探してもどこにもなかった。ただ満月があり、強すぎるその光に瞬きを喰われた星の海があった。そしてそれこそが、自分が這い続けるべきただひとつの世界のただひとつの空だった。どれだけ耐え難い孤独の裡にあれ、復讐と贖罪のイバラの道の中途にあれ、有り余る憎悪とそれに抗する怒りに満ちている心の見る、たったひとつの空だった。
「妹紅――」
「なんだよ」
輝夜は彼女を見た。彼女もまた現実のひとつだ、と思おうとする。なんと絶望的な現実であることか。犯した罪が遠い時間を越えてかたちをなし、ひとりの少女をずたずたにしながら追いかけてきた。自分という人間の揺るぎない証明。
慧音はなんと言ったのだったか? 『千年越しの感情がどう変質するかなんて誰にも予測がつかないし、答えられない。まあ、がんばれ』。
輝夜はほとんど諦めたように笑った。がんばれ。がんばれ、か。なんと無責任で、ぶっきらぼうで、適当な励ましだろう。私はもうとっくにがんばってる。ベストを尽くそうとしている。そのうえでなおそんなことを言うのか。その先にあるのが苦痛だけでも。
けれど世の中の優しさなどはおおむねそんな感じでしかないのかもしれない。足掻くのももがくのも抵抗するのも反抗するのも結局は私自身だ。どこの誰にも身代わりなどできやしない。押しつけることなどできない。
妹紅はブラウスの胸ポケットに手を突っ込み、煙草を取り出す。「最後の一本だ」
未だ燃焼を続けている残り火に煙草の先端を掲げる。そうして口に含み、吸う。完全な環を描かれた紫煙が月へ昇っていく。
「天まで届け、不死の煙」
輝夜は手のひらを上に向けて妹紅に差し出す。「ちょうだい」
「吸うのか?」
「普段は吸わない」
「とんだお姫様だな、おい。やめとけやめとけ、とてもじゃないけど似合わない」
「うるさい。よこせ」
輝夜の手が煙草を奪う。手のひらのなかでくるりと回り、唇が含む。輝夜はむせ、ばらばらにされた紫煙があたりに散らばる。
「ばーか」
「うるさい」
けほけほと咳き込みながら、輝夜は紫煙を払おうと腕を振るう。
「返せよ」
「信じらんないわ、ほんと。なんでこんな不味いものを好んで吸おうとするのか。百害あって一利なしの――」
輝夜はそこで口を噤んだ。自分がいま言おうとしたこと。それこそがまさに自分たちそのものを指すたわごとではないのか。自分たちがしていること、求めていることを形容する歪なメタファー。薬にならない毒。
「美味くて吸ってるわけじゃない」妹紅はぼそりと呟く。
輝夜の手のなかにある煙草に向けて伸ばされた指先が、力なく落ちる。それ以上動かなくなる。妹紅はけらけらと乾いた声で笑う。
「本格的にがたがきてる。リザレクションまであとどのくらいだ? 少なくとも夜が明けるまでは無理だな」
輝夜はもう一度煙草を口に含み、なんとかして肺のなかに煙を入れようとする。失敗し、閉じた唇のへりから紫煙が零れる。
「無理すんな。でも捨てるなよ、私が吸うんだから」
「だいぶちびてきた」
「おい。せめてひと吸いくらいは残して――」
妹紅のことばを無視し、輝夜は最後にひと呼吸分煙を含み、煙草を捨てる。焼けた土の上でちりちりと最後に燃焼され、消える。
妹紅は顔をしかめる。「このやろ――」
言いかけた瞬間に唇が塞がれる。
「――……」
沈黙が重なる。
輝夜の腕が、妹紅が背にしている白樺の皮を捉える。触れたところから、さらに奥へ。目を瞑る輝夜の顔が、輪郭がぼやけるほど近づき、妹紅の首がわずかに反り返る。
血を失い、彼女らの体温はもう人間の領域から外れている。妹紅は死体のような冷たさを感じる。が、それだけだ。不意を衝かれて静止した思考はなにも産み出さない。輝夜の唇が自分の唇越しにあってさえ、それを認識する心が残っていない。
月が緩やかに動く雲に隠れ、束の間、彼女らの周りに帳のような影を落とす。
輝夜は唇を離す。
妹紅はこれ以上ないほど顔をしかめる。そうして動くほうの手のひらを口許に当て、激しく咳き込む。
「――まっず!!」
口移しされた紫煙が指の隙間から漏れ出る。いくつもの道筋を介した副流煙の味はもはや拷問の域だ。喉を越えて肺に行き着いた微かな煙が気管を燃やす。輝夜はそんな妹紅の様子を見ると、からだを反らすようにしてけらけらと明るく笑う。
「――あはは! ざまあ見ろっ! 喫煙者なんてのはみんな自分の吐いた息だけ吸って生きてりゃいいのよ! 産業廃棄物みたいな呼吸にとことんうんざりするまで!」
妹紅は腕を伸ばし、輝夜の頭を鷲掴みにする。輝夜は籠められた力の強さに舌が潰れたような悲鳴を上げる。
「あででっでででで!」
「おまえはいま私を含む全世界の愛煙家を敵に回した」
「そんな連中はみんな残らずくたばっちまえっ!」
「正義の鉄槌を食らってみるかッ!」
妹紅は輝夜の頭から手を離し、胸ぐらを掴む。
「直伝『上白沢の頭突き ~hard~』――ッッッ!!!」
鐘を鳴らしたような音が響き、輝夜は額から煙を吹いて仰向けに倒れた。
妹紅は注意深く息を吐き出す。輝夜の匂いのする空気がそれでようやく外に出ていく。状況を正しく認識する数秒のあと、妹紅は弱気の虫に取り憑かれ、力なく首を振る。
「――意味がわからない」
しばらくして輝夜は上半身を起こす。額に手を当て、染み出る血を袖で拭う。反射的に滲んだ涙で瞳は潤んでいる。
「……ごめんなさい」
不貞腐れたように妹紅は言う。「千年も生きてきたけど、こんな雰囲気のないキスは初めてよ……」
ただ、それで彼我のあいだに張り詰めていた戦場の均衡状態は抜け落ちている。後には疲れ果てた瀕死のふたりだけが残る。
輝夜は妹紅の顔に手を伸ばす。反射的に妹紅の表情に緊張が走る、が、咄嗟の拒絶反応を取れるほどからだは回復していない。
輝夜の指先が唇に添えられる。「血がついちゃった」
「……――」
その声音には嘲りも敵意もない。お気に入りの玩具を欠損させてしまった子供のような表情がある。玩具に自らの根っこの部分まで丸ごと没入させていたような、愚かしいほど純粋な子供のような。
「よしてよ」
妹紅は輝夜の指を払う。そうして自分で自分の顔を拭う。汚れが薄く広がり、顔全体にモザイクのような色合いを残す。
輝夜は払われた手を胸元に戻し、もう一方の手で包み込むようにする。そうしてほとんど微笑のような、いまにも割れ砕けそうな弱々しい表情を浮かべる。
「人間ってどれだけ願えばその先に到達できると思う? そう、どれだけ願い、どれだけ望めば」
疑問のことばはほとんど独り言染みている。月が再び雲から逸れ、淡い水性の光をスポットライトのように一帯を照らす。
妹紅は彼女の顔を見る。不意打ちのような問いかけに、いまにも消えてしまいそうなほど小さな声音と、飾り立てのない希求を湛えた表情が混じる。
「どうしようもない現在を修正するのにどれだけ労力を割けばいい? それでもどうにかならない感情を清算するのに、どれだけの心を砕けば?」
妹紅は自分なりの答えを口にする。強く望んだものは常に遥か遠くにあることを重々承知のうえで。「なにをどうしてもどうにもならないことってあるものよ。あるいはどうにかする気なんてさらさらないこととか」
輝夜の顔が揺れ、焼けた土の上に落ちる影法師が懺悔するように俯く。自らの抱いた長い年月を介し、妹紅はその影の彼方に赦しを見つける。そう、赦すこともできなくもない、と思う。いま輝夜が感じている苦痛は、自分が感じてきた苦痛とそう代わりない。そう思うのは、そう思いさえすればこの狂った歌がようやく最後の音符を踏むことができると信じられるからか。いい加減終わりにしたい物語にピリオドをつけることができるからか。
だが結局のところ、誰が誰を赦すというのか。なにが……なにを? 一度抱いた憎悪には際限がない。赦しではない、と思う。自分がしようとしているのは単なる忘却だ。だとすれば、この想いは最終的にどこへ向かうのか。自分をここまで導き、支え、彼女に再び出逢わせたこの嘘偽りない感情は、ただ忘却の果てに沈むしかないというのか。彼女に対して走り続けた長い年月に居場所を与えてくれと希求する、この限りなく真実に近い叫び声には、どう決着をつければいいというのか。
「……ひとつだけ確かなのは」
と、妹紅は言う。
「あんたが嫌いだから憎んでるってわけじゃない」
輝夜は顔を上げる。目が合い、そこにあるものを見つけた瞬間、表情がくしゃりと崩れる。
「……っ、」
一歩進んだ先の現実。暴力的なまでに剥き出しだからこそ信じることができる、その矛盾。
絶望的な現実をそれでもなお捨てることができないのは、そうであるからこそ信じるに足るものだからだ。嘘偽りのない敵意と嘘偽りのない好意が出逢う境界線上にふたりはいる。飾り気のない感情と置き去りにされた望みが交差する、流れ出る血を介した一点に。
「嫌いなものを憎んだって辛くも苦しくもない。その逆だからこんなにも血を流すしかなくなってる。一歩違えればあんたは私とそう変わらない。私の一部はもうとっくにあんたを……」
妹紅はそこでことばを区切る。それ以上ことばを重ねるのは卑怯なことのように感じて。
波がうねるように千年ものあいだ変質し続けた感情を数秒で表現しきれることばなどない。妹紅は口を噤み、あとはもうすべてを空白に委ねる。
「……ほんとうに?」
輝夜は辛うじて聞き取れるほどの小さな声で訊く。
「わたしのこと、きらいじゃない?」
妹紅はまた弱気の虫に取り憑かれる。「……敵が必ずしも味方でないとは思わないわ」
ぐす、と鼻を鳴らし、輝夜は俯く。傷つけ合うことに全力を費やした後、もはや上っ面を整えるだけの力も残っていない。なにもかもが剥き出しになる時間帯で、最後の防衛線が崩壊を初め、視界が滲み出す。
「……、ぅ……っ、っ――」
乾いた血の線を伝い、目尻から涙が溢れる。手の甲で拭うそばからまた溢れ出す。きりがない。ぼろぼろと拭いきれなかった涙が落ち、地面を雨のように濡らす。
くしゃくしゃになった顔を手のひらで擦り、そのたびに顔が土と血で汚れる。涙がそれらを拭い去り、それをまた擦って汚れる。
「っ、」
妹紅はうろたえる。人生を一回りして幼子に戻ってしまったような輝夜の姿に。
「ほんと? ほんとにきらいじゃないの?」
「本当だって……」
「こんないやな女なのに? じぶんかってでわがままでなまけものでいきおくれの引きこもりなのに?」
「大昔にお爺さんとお婆さんの世話をひとりでしてたのはどこの誰よ……」
「だって、だって憎んでるって」
「そうよ憎くてたまらないわよ、でも嫌いじゃない」
「なにそれぜんっぜんわかんない、なんでにくんでんのにきらいじゃないの?」
「あーもううるさい! 私だって自分の心なんて全然わっかんないわよ! ひとつに纏まった試しも一貫した試しもないわよ! 矛盾、矛盾、矛盾! 千年ずっとそればっかり!」
「うそばっかり、なんで? きらいじゃないってなに? にくいんでしょ、にくんでるんでしょ? ころしたいくらいにくんでるのになんできらいじゃないの?」
「知らない!」
「しょうじきにいってよ、きらいなんでしょ? ほんとうはきらいなんでしょ? にくんでるならきらいなんでしょ、しょうじきにはなしてようそつき!」
「正直者は死んだ! でも私はあんたが嫌いじゃないって何度言ったらわかるのよ!」
「きらいじゃないならなんなの!? あんたにとってわたしってなに!? 千年もえんえんとおっかけてきていまさらそんなこといって、なに、なんだってのよ!!」
「好きよ! 好きに決まってんじゃない! お父様が人生丸ごと投げ打つくらい本気で惚れたような女をどう嫌いになれってのよ!! ちくしょう、もう! こんなに憎んでるのにこんなに好きだからこんなに苦しくっあ」
輝夜は投げ出された妹紅の脚の上にからだを滑らせ、唇に唇を押しつけた。漏れ出た吐息が唇のへりを刻んだ。いっとき、破裂しかけた感情に反してすべてが静止し、夜の静寂が還ってきた。
不自然なくらいそのまま時間が経過した。輝夜は身を離し、ぐすぐすと鼻を鳴らした。そうして様子を窺うように、上目遣いで妹紅を見た。
「――っっ、……」
輝夜から目を離せないまま、妹紅はことばにならないことばを吐き出そうとしていた。が、それはなににもなっていなかった。拒絶にも受容にも。ただ頬を紅く染め、されたことを信じきれていないような表情をしていた。
泣き顔のまま、甘えるように、輝夜はごそごそとからだを動かした。下からゆっくりと顔を近づけるようにした。
妹紅はまだなんとか動くほうの手を掲げ、輝夜のからだを押し止めた。
「――、――っ、――……」
目尻からぽろぽろと涙をこぼし、輝夜は首を振った。そうして至近距離から妹紅を見つめ、もう一度振った。何度も振った。
長く黒い髪が頭の動きに従って哀しく揺れた。
「ぁ、う……」
妹紅は気圧された。威圧でも脅しでもない、ただそれだけの弱々しい動作に心を崩される心地がした。
腕の力が抜け、輝夜のからだを拒みきれなくなった。押し込むような深いキスに、後頭部が白樺の無愛想な肌に押しつけられた。指が服の布地越しに輝夜のからだの柔らかみを感じた。反射的に握り締めていた。その上から手を重ねられて追い詰められたような気分になった。
吐息はもうほとんど灼熱だった。死体のような体温の冷たさに反してそこだけが熱かった。残り少ない血が顔中を駆け巡るのを感じた。
妹紅は目を閉じた。強く瞑った。なにも見ないで済むように、なにも感じないで済むように。秋の夜の冷たい風が吹き抜け、枯れ葉が渦を巻き、手のひらのへりに触れた。そこを強く握り締められた。
強く押しつけられ、からだごと重ねられた。輝夜のからだはもう恐ろしくなってくるほど柔らかかった。髪が流れ、脚の上を這うのを感じた。
唇が離れた。妹紅は恐る恐る目を開いた。視界は滲んでいた。輝夜の顔がぼやけて見えた。黒真珠のような瞳は潤んでいた。ぼろぼろと零れる涙はまったく止まる気配もなかった。
ぎょっとした。驚き、前後不覚になった。そんな無防備に感情を表す輝夜などは初めて見たから。敵対している自分の前でそんな崩れ方をする彼女などは。いくら傷つけ、殺しても、輝夜はいつも涙などは流さなかったから。気丈に立ち上がろうとし、燃える眼でこちらを睨んでいたから。
いまや輝夜は幼子のように泣き、情けない嗚咽を漏らし、破裂した心だけで動く剥き出しの感情と化していた。
「――待っ、輝」
言いかけた瞬間にまた塞がれた。より深く、より強く。行く先を失って宙空に投げ出された手は食らいつくように握られた。蛇のように腕を絡ませられ、反対側の手は胸元に添えられた。
(……――ぅ、あっ、あ、あっ!?)
目を見開いた。焦点が合わず世界がぼやけた。黒い髪の流れを遥か遠くに見た。月灯りが靄がかったフィルター越しのように現実味を失わせた。
思考が一気に崩壊しかけた。四肢の痛みが稲妻のように内側を駆け抜け、苦しみとともに形容しがたい感覚を残した。激痛と失血に意識が遠のき、全身の皮膚が張り詰めるような緊張が残った。
輝夜の匂いがした。血の匂いがし、爆散した肉の匂いがし、どこまでも甘い香の匂いがした。湿り気の含んだ吐息の匂いがした。煙草の匂いまでした。意識が意志に反してひとつひとつの香りの元を辿り、辿りきれずに混沌としかけた。
「――……っ、ちょっとっ、輝夜っ!」
顔を振って無理矢理ほどいた。彼女の涙が顔にかかり、熱い冷たさを感じた。からだはほどけなかった。瀕死のからだにそこまでの力はなく、楔を打つように食い込んだまま跳ね除けられなかった。
「……ぇぐ」輝夜が潰れたような情けない声を出した。「だって、だって、きらいじゃないって、」哀しいほど高く響き、妹紅の耳をきんきんと打った。「す、すきだって、ばか、すきだって」単語ひとつ放つたびに涙が一段階勢いを増して落ちた。「ぅあああ、なによう、いまさら、ばか、ばか、ばか、ずっとにくんでるっていった、にくまれてるっておもってた、だからきらわれてるって、せかいでいちばんきらってるっておもってたのに」涙ひとつ落ちるたびに妹紅はますますうろたえた。
「か、輝夜」
「しね、しんじゃえこのばかもこ」
輝夜は腕を振るった。拳が妹紅の胸に当たり、肺から空気が押し出された。妹紅が毒づこうとした瞬間にまた唇が触れ合った。
「――っ、!」
鼻で息をするのを忘れ、妹紅は酸素を失った。
「ん、ン、んぅっー――!」
もがくようなキスに抗う力もなく、ほとんどなすがままになった。それでも振り払おうとしたからだは捻るたびに食い込んできた。いまの妹紅に輝夜のからだは重すぎた。
なんとかして息を吸おうと口を開けた。舌が入り込んできた。
「――っ! ぁ、ふぁっ」
ぞくぞくと腹から胸にかけて痺れた。体勢を立て直せないまま押し込まれた。喉の奥まで舌がきた。
「まっ、や、やあっ、ああっ」
断片的なことばを口にするたびに零れた。唇のへりから伝い、濡らした。
「、」
思考がほとんど停止した。
輝夜に対して抱いていた複雑極まりない感情が混沌を増した。泥と血と涙で汚れた輝夜の顔が離れた。
その瞬間、その数センチ、数秒の合間、妹紅のなかで凝縮された葛藤が発火した。どこまでも正直な彼女の一部が熱を持ち、理性によって書かれた人生の契約書を燃やし始めた。そこにはあらゆる軌跡が描かれていた。輝夜を――目の前の胸の張り裂けそうなほど無防備に美しい女を殺すためだけに選んだ永遠も、自分がここに到達するまで犯したあらゆる罪も、自分が何者で、最終的になにを求めているのかということも。いまだ胸中で黒く滾る憎悪も。
すべてを知り尽くしている彼女は怖れた。自分が何者か余すことなく思い知らされている自分は。永遠に近い刹那の際、自責と衝動が雷雨のように交差した。
私はそうした感情に相応しくもなければ、そうした彼女にも相応しくな――
が、そうした意識をすべて断ち切って、妹紅のからだはなによりも強い無意識の焔に従って動いていた。あらゆる葛藤に傲然と中指を立てる彼女の一部が彼女を動かし、自分と彼女のあいだに引かれたあらゆる過程と境界をすっ飛ばして選択させていた。
顔が離れた瞬間に妹紅は手を伸ばし、髪の流れを割って輝夜のうなじを掴んでいた。掴んだときには引き寄せていた。背中が白樺の幹から離れ、輝夜の唇に食らいついた。
「あ、」
指のあいまを黒い髪が流れた。まとわりつき、絡まった。それ以上を求めるようにからだが押しつけられた。
父はその髪を好きになったのかもしれない、とぼんやり思う。記憶のなかでただひとつだけ確かな母親のそれに似た流れに。そうした思い自体はこの千年で何度も何度も何度も何度も考えてきたことだ。が、今回の思考には紛れもない妹紅自身の官能を伴った。卑猥なほど正直な欲求が破裂し、指のあいだに髪を流したまま、乱暴に握り締めた。
握って、押した。輝夜のからだが反り返った。唇が離れ、無防備なほど曝け出された細く長い喉に食らいついた。
「ぃ――」
激痛をこらえ、押し潰し、動かないからだをうごかしてそのまま輝夜を押し倒した。
左手はもう左手としての役割を果たさない。が、それでも妹紅は動かそうとした。輝夜の肩に置き、地面に縛りつけた。感覚はなかった。それがもどかしかった。輝夜の感触を感じられなかった。
歯を喉から離した。白く細く長い首に、赤い歯形がくっきりと残っていた。首輪のように。そう見え、そう考えた瞬間、妹紅のなかで形容しがたい甘ったるい感情に連鎖的に火が点いた。
輝夜の顔を見た。ぐしゃぐしゃに汚れて涙に潤んだ弱々しい眼を見た瞬間、ほとんど制御不能の感情が一撃でメーターを振り切って暴発した。
「――ッ、っ!」
「もこ――」
もがくようにキスを落とした。痛みとからだの無感覚でひどく不器用なものになった。輝夜は妹紅の首に腕を回し、自分のからだを持ち上げ、土に脚を押しつけた。
ぐるりとふたりのからだが回転し、輝夜が上になった。
「あのころにもどれたらって、なんど」喘ぐように輝夜は言った。「なにもにくまなくて、なにからもにくまれない、なにも持たないまっさらなわたしたちだったころに、もどれたらってなんど」
零れた涙が妹紅の顔に落ちた。
「嫌よ!」妹紅は叫ぶように言い返した。「あんなのはもう金輪際おことわりよ!」神経が唸りをあげ、ぎしぎしと骨と肉のしなる両腕を叱咤する。そうして持ち上げる。「あの頃の私の腕は小さすぎて、あんたを地上に留めておくことさえできなかった!! 昇ってくあんたをただ見上げることしかできなかった!!」
どうしようもなく無力だった頃の記憶が蘇り、悔しさと情けなさに妹紅は顔を歪めた。記憶はいつも私をだめにする。が、それでも暴力的な現実はもはや目の前にあった。永い傷だらけの軌跡を経て、離れ離れになったふたりの少女は血塗れの敵同士となり、同じ場所に転がっていた。
あらゆるときを越え、妹紅はようやく輝夜を掴んだ。貝のように顔を挟み、唇を食みにいった。枯れ葉が舞い上がり、次の瞬間には妹紅が上に来ていた。
焼けた肺からぜえぜえとひどい息が溢れた。息をしているはずなのにまるで酸素を捉えていないような空虚な代物だった。酸欠で目の前が真っ赤になり、妹紅は盲目的に指を動かした。
焔に焼かれ、輝夜の服はもう服だったものの残骸になっていた。力のない指でも容易に引き裂けた。繊維が爪に残り、胸から下腹部にかけてまだら模様のように白い肌が剥き出しになった。
まるで無傷で真珠のように美しい部分もあれば、自分が残した火傷で醜く爛れている部分もあった。妹紅は罪悪感と独占欲の矛盾する感情に身を引き裂かれそうになった。が、それでも傷ついた心は傷ついたからだを止められなかった。妹紅はがむしゃらにかじりつきにいった。
「あぅっ――……!」
流れている血を啜った。もう乾いていた。舌を這わせて、噛みつき、もう一度舌を這わせた。かろうじて残っているような下着を噛んだ。邪魔だった。それに噛みついたまま首を振った。掴んで放り投げた。
胸はもうこれ本当に同じ人類かよと疑うほど整ったかたちをしていた。大きくもなく小さくもなく垂れてもなく持ち上がってもなくただただ美しかった。滅茶苦茶に崩したい衝動が湧き上がったコンマ一秒後には実際に試みていた。
「あ、あっ、あっ、えっ、えっ?」
片方を鷲掴みにして、もう片方を口に含んだ。手のひらに力はまったく、全然、まるっきり入らなかった。ただ撫でるようにだけ動き、摘まみもできず表面を滑った。指先にこびりついた血の痕が歪な紋様をつくった。
歯はきちんとなんとか動いた。力を篭めることができた。下から持ち上げるように噛みつき、鼻先で柔らかさをかき分けるように首を振り、ややずれた歯型を残した。間髪入れずに今度は上から食らいついた。強く噛んで痕を残そうとした。頬に先端の柔い硬さを感じた。感じたと思ったときにはもう口に含んでいた。
「ちょっ、あっ、なにあっ、った、たたっ、えっ、えぅっ?」
輝夜の上で妹紅のからだがごそごそと動く。荒く瀕死の息を引き摺りながら肉に肉を食い込ませ、反射的に跳ね除けようとする輝夜のからだの抵抗を潰した。土と枯れ葉の絨毯の上、満月の蒼白さのなか、ふたりのからだが埋もれるように沈んだ。
ピンク色の実を唇で食んだ。なめらかな感触はとらえがたく、ぬるりと合間を抜けた。舐めて、噛んだ。周りの乳房の肉ごと噛みつき、舌だけで転がした。
「えっ、あ、ぁあ――っ!? ちょっ、とっ、あ、やっ、やあっ!?」
輝夜がびくりと背筋を反らす。すぐに妹紅のからだの重みで沈む。自分の呼吸がおかしくなるのを、妹紅は感じた。ぜえぜえと深く強く言っているようで、興奮からはあはあと短く浅くなり、不規則に止まって吸いも吐けもしなくなった。苦しくなってなにがなんだかわからなくなる。欲求だけがもうばかみたいに熱く頭の裏側を焦がす。
顔を胸から離した。糸が引いた。ぽたぽたと落ち、濡らした。片側は自分の唾液で、もう一方は自分の血で。自分のもののようにマーキングした、してしまったという充足感と申し訳なさの双反する感情。
「なんっっ、なに!? も、もこ、あっ、わ、わ、わっ?」
輝夜が慌てて剥き出しにされた胸を腕で覆うようにした。困惑していた。突発的に沸騰した感情にも、なんだかわからない裡にからだに湧き上がった感覚にも。
「ごめんっ」
「えっ、あ、はい、――!?」
ことばにもう意味はなく。胸は腕で隠れてしまったので、本能的に妹紅は唇にキスした。輝夜の目が見開かれた。舌が歯列をなぞった。その奥に入り込んだ。蹂躙するリズムに従って胸から腹から突き抜けるようにぞくぞくした。喉のさらに奥まで唾液が流れ込んだ。
「――っ!、!っ!? んっ、んん――! んーんーっ!……」
喉が塞がれて涙が滲んだ。なんとかして飲み込もうとしたけれどいっぺんにはどうやっても無理なほど注がれていた。少しずつなんとかしようとした。妹紅の唇と舌がものすごく邪魔だった。それでやっと妹紅の唇と舌だと気づいた。状況を正しく認識する無粋な時間がようやく、やっと、遂に到来した。
「――!! !!??」
唾液が唇の淵から零れた。なんとか呑もうとして、失敗した。むせた。一度顔を離された。こくこくとゆっくり喉が鳴った。意識が朦朧とした。目の焦点が合わず、息は短く浅く乱れていた。
「――ぁ、あっ、あっ――んっ」
輝夜の困惑した顔。からだを押しつけ、また深く口づけする。一度目が見開かれ、すぐに白くぼやける。繰り返されるキス、繰り返される舌の動き、注がれる唾液、恍惚に抗うにはもう繰り返されすぎている。
秒刻みで加速していく情欲を止める手立てはない。ここにくるまでに流した血が正常な判断力を奪い去ってしまっている。けれど、もうそうしたかたちでからだを重ねることさえもどかしくなっている。もどかしさを押し潰すように激しく舌を動かす。
「んうー――っ、んっ、ふぁっ、ぁっ、ぁっあっあっ、っふ、やっ、あっ」
息継ぎするように顔を離す。糸が引き、すぐに切れ、首に伝う。輝夜の手が拒絶するように動き、妹紅の鎖骨のあたりに触れる。が、弱すぎる。手負いのからだを止めることさえできない。
ろくに酸素を取り込まないまままた落ちる。ぐちゃぐちゃと口内で反響する。輝夜の抵抗はもうかたちだけのものになる。なすがままになる。自分から動きにいくことさえできない。目の光がぼやけ、消えかける。
「ぁっ、あ……」
ぞくぞくと震えるからだ。それにもかかわらず、もどかしい、と妹紅は思う。もっと。もっと! 固まった血が削れ、その奥からまた流血する。ぽたぽたと土と枯れ葉の上に 黒く落ちる。輝夜の白い肌にも。
そうして擦れ合うだけで服は繊維を引き摺って破れる。黒く焦げたブラウスのへりが千切れる。からだを起こす。伴う激痛と正直な情欲に、妹紅の表情は牙を剥く獣染みている。輝夜はそうした妹紅の顔に恐怖と官能を同時に覚える。受け入れるには激しすぎる。剥き出しでありすぎる。
「輝夜、輝夜っ」
「――ひぅっ」
うわごとのように口にしながら、妹紅は輝夜を探す。力のない指先が輝夜の皮膚を伝う。破れた服の隙間から、腹を。不躾な冷たさに輝夜は身を震わす。
妹紅の手が引っかくように動く。布地が千切れる。下腹部が下着ごと引き剥がされ、淡い女の茂みが露になる。数秒、なにひとつ反応を返せない時間が続く。視られるがままになる。
「――あ、あっ!? ばっ、っっっ、ばか、ばかもこ、なに、なにして、あっ」
正気に戻ったように、輝夜は両手でそこを隠そうとし、足の付け根を擦り合わせる。が、もはやそれさえ正常な反応ではない。逃げようともしなければ、妹紅のからだを跳ね除けようともしない。そのことに気がつく余裕もない。
激情を越える激情に突き動かされ、妹紅は輝夜の名を呼ぶ。けれどもそれはことばになっていない。音声学的に間違った唸り声に近い。それでも輝夜は妹紅が自分のことを呼んでいるのがわかる。圧倒され、組み伏せられる感覚が湧きあがる。削られ、千切られ、残された衣服はもう服ではなく、邪魔な拘束具のようになっている。袖の一部と、裾の一部くらいしかまともに残っていない。胸から膝上までは完全に曝されていた。
「や、ぁ、やめて、わ、わ、よしてよして、っ、っっっ!」
「っ――ッ!」
輝夜の手に隠されたそこから目を離させないまま、妹紅は自分のもんぺに――下着ごと――手をかけ、降ろす。もうそれだけで気を失いそうなほど激しい痛みで頭がぼやける。そこさえ色の抜け落ちた白いちぢれの下、秘所は微かに湿っている。が、血の方が多い。裂かれた腹から零れた血液が紅く濡らしている。
倒錯の官能、妹紅は無闇に腕を動かし、輝夜の手をどかす。
「や、やあっ、――!」
秘所に秘所を押しつけた。
「!っ――! っわ、あっ、あ――」
「……――っ、ア」
月影のなか、妹紅の背筋が反り返る。一瞬遅れて首も、頭も、逆向きに弧を描いて影を落とす。喉が震えて痺れるような音を出す。姿にしろ声にしろ、白い狼の遠吠えのように。輝夜の手が地面を掴み、淡く指の痕を残す。が、そうした動きもすぐに弱まり、痺れたように震えるだけになる。背中が持ち上がり、後頭部と腰だけが地につく。
水気を伴ってスリットが「ぁ、あっ、あっあっあっあっ――」擦れ合う。直接的な快感が神経の裏の奥を伝って腹から胸へ逆流する。か細くなっていく高い声を漏らしながら、輝夜は両手で顔を覆う。もう翻弄されることしかできない。からだ中の意思をかき集めても、永いあいだ抑圧され、封じ込められ続けた妹紅の意志を拒むことができそうにない。
「ぁ、ああアぅ、――! ァ、あああっッっ! や、やっ、ばかばかばか、やめっひう、ああアああァあ、あっ! あっあっあッアっ――あ! ふあ、ああああ!」
輝夜の声が耳に届く。鼓膜ごと引っ掻き回されるような感覚がある。遠退く意識のなか、ぼんやりした耳鳴りのフィルターがかかる。もっと高く、もっと遠い声を引き摺りだしてやろうと、妹紅のからだは正直に動く。強く動く。ふたつの割れ目が無遠慮に上下し、柔らかみが混じり合う。
水気を増し、粘り気のある糸を引き始める。水音がし始める。太腿をぶつけあい、濡れた肌が震える。痛みを越え、じんじんした快楽に転換する。心神喪失者のように妹紅は無我夢中のまま上下運動を繰り返す。暗い、疲れきった表情のまま。
「やっ、ああああああ、はあっ――……ア! あっあっあっあっあっあっ、だめ、だめええ、やアあ、もこ、もこ、ひいうウう! あ! あ! !っ!あア!」
輝夜の喉が反る。顎が上がり、口が開き、汗が飛び散る。妹紅は口のなか、もう声を押し出す力もないまま、「輝夜、かぐや」囁き続ける。後戻りできない感覚に包囲され、それでもまだ、足りない足りない足りない足りないと希求し続けている。
後戻りできないなら、先へ。まだ先へ! 貪欲に求めるからだが苦痛の鎖を引き千切って振り絞るように動く。情愛や情欲より、怒りに似た激しさ。計測不能の欲望。輝夜の片脚を持ち上げ、膝と膝を繋ぐ布地を無理矢理引き裂き、両手で胸に抱える。乳首が微妙に擦れた。擦り付けるようにした。輝夜の脚に触れたままブラウスの下で勃ち上がるのがわかった。目の前にあったふくらはぎにキスすると「ひゃあっ?」びくんびくんと震えた。
そうして地面に横たわったままのもう片方の脚をまたぐようにして、より深く、重ねた――密着させた……ぶつけた。
「あああっッ!? あア、……ァ――!っッ! これだめ、これだめえ、だめやめて、あああアアっ! やめてやめてやめてええ!、もこ、ふぁああアアウ! やめあっあっあっ、アアアアッ!」
乱暴な抱え方に輝夜のからだが半身になる。片側の腕は輝夜自身の下敷きになり、もう一方は拒絶を求めて宙に漂う。妹紅はその手を掴んだ。掴んで引き寄せた。輝夜に思いっきり不自然な体勢を強いた。そうして秘所のその奥さえ擦り付けるようにぎりぎりと押し込んだ。
輝夜の脚が揺れた。靴は脱げていた。とうに燃やされていた。素足の小さな五指がびくりと伸ばされた。いい具合に擦れる度にふるふると指の震えが強まった。明らかに、感じていた。善がっていた。紅混じりの愛液を滴らせて、足の付け根の周りはぐちゃぐちゃに乱れていた。
「あ――……!――、!――ッァ、!!……」
聞き取れないほど大きく際限なく高く消えていく声。犬笛のような空気の抜ける音、耳に残らなくとも官能だけは引っ張り上げる。亀裂を割り、核芯同士が擦れた瞬間、「ぁ――!!」触れ合っている脚からなにからに甘い痺れが迸ってがくんと崩れ落ちかけた。
秘所が離れると蜘蛛の糸を潜ったように無数の糸が引いた。引いて、垂れた。糸を伝って自分のものと彼女のものが接続されていた。自分の愛液だか彼女の愛液だかわからない。判別できないくらい混ぜ合わされている。ねちゃりと音がした。白く泡立った。また合わせると撹拌が加速し、音がますます大きくなった。
「っっ――……!!――、……!。、っッっ――!!!っ、!!、!?――!」
輝夜の腰が持ち上がっていた。限られた稼働範囲のなかで相手を求めて浮かんでいた。崩壊した意思から解き放たれてほとんど挑むように突き出されていた。骨盤がぶつかりあう。捻じ曲がった過去によって歪に入り組んだ愛しさと憎しみから加速された肉欲はもう制御不能の段階をとっくに飛び越えている。悪夢のような快楽。ただそれだけが肉体の檻を砕いて彼我の断絶を断ち切る。
妹紅は自分の声を聴く。声にならない叫びを聴く。ゲシュタルト崩壊した情愛を訴える正直な浅ましさ。もっと。もっと! もっともっともっともっともっともっと!
「――っ!?」
なんの前兆も予備動作もなく、いきなり背徳のときが訪れる。突発的な理性が顔を覗かせる。遥か昔に父親が求婚した相手が自分の下で善がっている。女同士で。散々傷つけ合うことに全力を費やしたあと。そこにあるものがないのにないモノ同士でじりじり重ね合わせて、本来なら正しい生殖のためにもたらされる快楽、得られるモノを根こそぎ得ようと浅ましく動き続けている。
一瞬だけ、ほんの束の間の刹那だけ、兎と同じ色をした目に光が戻る。
なにやってんだ、私!?
が、流血を伴う激痛が背中を押した。後付けの道徳を跡形もなく粉砕した。絶望的な現実は明確だ。私はいま輝夜を犯している。輝夜の顔。ぼろぼろと流す涙の奥で瞳が欲情に潤んでいる。その認識が濁流のように正常な思考を吹っ飛ばした。
ここまできたらとっとと最後まで流されろと意識のへりが爆音で絶叫する。輝夜を。輝夜。輝夜が。途端になにもかもが甘ったるくなった。どうしようもなくなるのがわかった。理性もそれ以外もすべて自分の下にいる彼女に向かった。
「は――ぁ、かぐや、かぐ、っぁ、あ、かぅや、――……っっ、かぐや、輝夜ッ!」
「ぃ……――っっっ!」
「ァ――いくいくいくいく、っぃ――ァ、ああああっっ!」
痛みが弾ける。その向こう側に向かう。全身が深く震えた。輝夜が達したかどうかは、わからなかったけれど。
瀕死のからだはそれ以上持たなかった。
「死ぬ……」
妹紅は倒れた。もはや余韻もなにもなく、無感覚が全身を覆う心地になった。絡めていた脚が解けた。いますぐ目を閉じて眠ってしまいたかった。
輝夜はのろのろと上半身を起こした。しばらくはぼんやりとしていた。呆然と倒れ伏す妹紅を見下ろし、ふにゃけた表情のまま座り込んでいた。
長い彷徨のとき。沈黙のしじま。
停滞もやがては過ぎる。輝夜の表情が緩やかなプリズムのように変化する。困惑、戸惑い、羞恥、快楽の余韻、恥辱。月影の下、そうした変化に伴って顔に血の気が戻る。白から肌色へ。さらに紅く染まり始める。
――リザレクション。
輝夜のからだが動く。四つん這いになり、妹紅の顔を覗き込むようになる。どうしようもない領域まで昂り、落下点を見出だすこともできずにうつろう感情が表情に現れる。
「……ばか」
力なく、輝夜の手が妹紅の頬を打つ。妹紅は思いがけず、官能直後の敏感さから、全身が跳ね上がるのを感じた。輝夜はそうして首を振り、立ち上がる。
ただの、ちょっとした秘密だ。エアポケットのような感情の隙間、流れの際、ほんの少しだけの間違い。戦いのなかで、迂闊に落とし穴にはまってしまっただけのこと。
それで憎悪がどうにかなるわけでもない。犯した罪が精算されるわけでもない。
互いにわかりきっていることだ。こんなことをしてもどうにもならないと。愚かしく、危険なだけのことだと。それぞれに背負うものがあり、過去と義理は背骨そのものとなって脊髄に入り込んでいる。それでもその先に行こうとするなら、それはもう、背骨を折りにいくしかない。
孤独な灯台守りのように髪をなびかせ、去っていく輝夜を見つめながら、妹紅はどうにか寝返りを打ち、痛み続ける背中を地面から離すことができた。
ゆっくりと目を閉じる。ちくしょう、と思う。ちくしょう。
いまはもう過ぎ去った遠いあの日。父親の背中越しに『かぐや姫』と目を合わせたあの瞬間。
ずるいなあ、と思ったのだ。五人の求婚者たち。自分よりほんの数十年早く生まれたというだけで、男だというだけで、彼女の夫になる権利を主張し、名乗りを上げることができるなんて。かぐや姫を見た瞬間にその意味がわかった。意味の奥にある意味。他でもない彼女に求婚するという行為の途方もない重大さ。彼女と同じ時代、同じ年代に生まれたという、ある種の凄絶な巡り合わせ。幸運などということばでは支えきれない。ありがとう、運命。世界を我が手に――
『あたしがおとうさまくらい大人だったら、あたしがかぐやひめさまにきゅーこんしてたのに』
自分がそう父親に告げると、彼はくすくすと微笑みながら言ったものだ。
『そりゃ大変だ。他の四人なんてまるで相手にならない。おまえが私の一番の恋敵というわけだ』……
愛情と憎悪。仕方ないだろ、と思う。こんなにも愛しいからこそ、こんなにも憎いのだから。愛しくなければ、憎くもなかったのだから。
「よお、なあ、親父殿?……」
薄れゆく意識のなか、妹紅は彼方よりも遠くへ向かって呟いた。
「別に六人目に名乗りを上げたいわけじゃない。私は私の流刑をきちんと果たす。抱いた感情に責任は取る。だから……」
声に切実さが篭る。
「私に嫉妬とかは、お願いだから……やめてくれな……」
そのことばを最後に、妹紅は意識を失った。
4
夜。阿求は足元から伸びる自分の影の先を見つめ、顔を転じ、薄く雲に覆われた満月の光を見やった。冷たい風が吹きつけ、衣服の裾を引き寄せ、身を覆うようにした。すると、頭のなかで慧音がいつか言った台詞がつっかえつっかえ再生された――『今日が満月なら良かったんだが。尻尾をマフラー代わりに提供できる』
実際にそんな光景が脳裏に浮かび、阿求は苦笑する。別にそんなことを期待しているわけではない。自分が今晩彼女の家に行こうとしているのは、幻想郷縁起編纂のため、ハクタクの知識を借りたいから。満月の夜は魔の者の力が高まる。危険を冒して取材に出向くのもいいが、こうして慧音を頼りにいくのが一番無難な道だ。なにより、彼女と話すのは嫌いではない。
人里から離れた場所に住居を構えているとはいえ、そう遠くにあるわけではない。踏み固められた道の先、灯りはすぐに見え始める。が、阿求はそこで違和感に気づく。
扉が開きっ放しになっている。そこからなかの光が溢れ、夜の藍色を不躾に刻んでいる。生真面目な慧音らしくもない。獣と化しても、そう根っこから変質するわけでもあるまいに。
敷居の上に立つ。夜の外気と家の温かみが交差する狭く小さなスペース。護られるものと曝されたものが出会う限られた境界に。特別なにを気にするでもなく、声をかける。「慧音さん――」
応えは――なし。
「慧音さん?」
阿求は怪訝な表情を浮かべる。留守? にしてはすべての部屋のすべての灯りが点いている。眠り込んででもいるのだろうか。慧音は獣と化している最中、一種の激しい躁状態にある。少なくとも阿求は、獣の慧音が眠っている姿を見たことは――
「慧音さん――!」
おかしい。
阿求はわずかに身を丸め、懐の内に手をやる。護身用に携えている、魔を祓う銀の小刀。霊夢たちのような霊力は持ち合わせていないとはいえ、長いあいだこんな職を選んでいる以上、多少の護身術は心得ている。いつでも抜き放てるよう柄に手をやり、土足のまま玄関に踏み入る。
なにかタチの悪い賊にでも押し入られた? 慧音が――まして満月の彼女が――そう簡単に遅れをとるとは思えない。廊下を伝い、阿求は注意深く辺りを観察する。なんでもない、いつもの慧音の家のように思える。荒らされているようには見えない。
息を潜め、ひとの気配を探る。奥の部屋。音を立てないように壁伝いに歩き、姿勢を低くして扉の隙間を伺う。
(慧音さん?)
少なくともそう見える。ランプの揺らめく灯りのなか、弧月のような一対の角の下、翠銀色の髪が流れている。こちらに背を向け、微動だにせず立ち尽くしている。
慧音の足元。なにかが見える、が、慧音自身の影とからだに遮られ、正体が掴めない。
敵?
わからないが、そこに立っているのが慧音である以上、戦いは既に終わっていると考えて――
「慧音さん」
声をかけ、扉を開く。ぎしりと古い木材がしなり、部屋の全貌が阿求の視界に飛び込む。本棚に埋め尽くされた壁に――慧音の書斎に――夥しい数の爪痕が刻み込まれている。八雲紫が開く空間の裂け目のように。弄繰られた境界のように。
慧音は振り返らない。「慧音さん?」阿求は敷居の上に立つ。「慧音――」ことばが途切れる。
阿求の目に倒れ伏している女の姿が映る。
慧音だった。人間そのものの碧い姿のまま、広がる血の海のなか、うつ伏せのまま沈み込んでいた。
「え?」
獣の慧音が阿求のほうを向いた。紅よりも紅い金色の瞳が阿求を捉えた。唇が笑みのように曲がり、潤んだ唇の合間から牙が覗いた。慧音自身の血を滴らせ、顎を伝って首まで黒い線を残していた。
阿求がなにかを口にするよりも早く、なにか本能的な防衛行動を取るより速く、獣の慧音は阿求の横を滑るように移動し、足音もなく、阿求の視界から消えていた。後頭部に鈍い衝撃が落ち、それを認識する間もなく、阿求の意識は既に盲目的に崩壊していた。
倒錯の時間が流れるなか、阿求の目は確かに捉えていた。碧と翠、血の紅を介したふたつの慧音の別離を。が、それも暗闇の黒にすべてが覆われ、白く揮発するまでのことだ。能力の有無にかかわらず、阿求はすぐ、なにひとつ見ることができなくなる。理解することができなくなる。
いやもう見守るしかないわ
この完成度で上中下だと?テンションが今MAXです。
続き待ってます!
続きが待ち遠しいですぞ!
愛憎のなかにほんろうされるもこたんがかわいい。
続きも気になります!
続き楽しみにしてます!
ごめん…シコってほんとごめん…
まさに無尽蔵の迫力を持つ作品でした。
あちらの「世界」に否応無く引き込まれる心理描写に軽快な台詞回し。私もあやかりたい……
運命次第では娘になっていたかもしれない妹紅と、母となっていたかもしれない輝夜。
なんで今まで自分はその発想に行き着けなかったのか……もうこちらが土下座をしたい気分です。
そしてけーね先生……下手な男よりも漢前です。獣の方の動向がすっごく気にかかります。
最後の急展開に驚かされました……続きを楽しみにしています!
けねあきゅも楽しみに待ってます!
勿論良い意味で。
あなたの作品はすばらしい!
ちょっと責められると、どもって謝っちゃうけーねかわいいですw
wktk