※前編のあらすじ
「ホワイト!」
「止めないで、黒ちゃん!」
「無理よ、そんなからだで春を告げにいこうなんて! 風見幽香の一撃で全身ぼろぼろじゃない! 今のあなたは立っていることさえ辛いはずよ!」
「それでも私は行かなければならない! キス! 自慰! そして今や風呂場に全裸でふたりきり! あのふたりはもうあと一押しで春満開なのよ! 誰かが背中を押してあげなければならない! 誰か! それは私よ! 私以外に誰がいるって言うの!?」
「どうしてそれほどまで!? いったい何があなたを突き動かしているというの!?」
「私は春告精の名に恥じない生き方をしたいだけよ……! 春告精としてこの世に生まれでたそのときから! この道を進んで背負うことになる全ての重荷を受け入れる覚悟はできている!」
「でも! あなたがそこまでする必要はないはずよ! 他の春告精に任せればいいじゃない! レッドでもイエローでも!」
「道は険しいわ……そして苦難に満ちている! けどそれは! 私が立ち止まり! 諦める理由にはならない! ひと任せにするなんてまっぴらごめんよ!」
「ホワイト、あなたってひとは……! あなたこそ真の春告精よ……! やるべきことを正しくわきまえた……やらねばならぬことに正しく応じた……! けど! あなたはひとつの事実を忘れてしまっているわ! ここにいる春告精があなたひとりじゃないってことを!」
「黒ちゃん――!」
「あなたをひとりで行かせたりしないわ! さあ! 本当の春はこれから始まるのよ! 今こそともに春を告げるときよ!」
「ありがとう……戦友……!」
※前編のあらすじ終了
『夕(承前)』
文字通り、口を塞いで黙らせるキスだった。
唇を合わせたまま硬直して、身動きひとつしなかった。目を閉じもせずに幽香の顔を間近に見つめて、思考も凍りついたように停止して、あらゆることばが無音となって喉の裏で蒸発した。角を掴んで頭を傾けさせる乱暴な腕の力も、それが彼女のものでなく、自分からそうしているかのように、感じられなかった。
唇を撫でる吐息の濡れた温かみも、火照った裸身から直に伝わる体温の不自然な熱さも、押し付けあっている皮膚にまとわりつく泡のぬくみも。
ぽっかり開けられた黒い穴に注ぎ込まれるような、手応えのなさだけがあった。
時間の流れる感覚がなく、唇が離れたとき、どれくらいの秒が経っていたのか、萃香にはわからなかった。何秒か、何十分か、それを考える能力自体が欠損していた。
幽香が顔を遠ざけ、瞑っていた目をそっと開く。その瞳のぼんやりした輝きを見つけ、数秒遅れで認識した瞬間も、
(睫毛長ぁ……)
としか、萃香は考えられなかった。
幽香の手が萃香の角から離れる。晴れ空の雲のような緩やかな速度で動き、ぽん、と軽く萃香の頬を叩く。
「ぁう」
それでようやく全身の機能が復帰したように、からだがびくりと跳ね上がって、耳の奥で音が奔り出した。
自分がされたことを認めるまでに、そこから数秒。
「――……ぇ、あ」
そっと自分の両頬に手を当てて、そこがかっと熱くなるほどの膨大な感情が動き出すまでに、さらに数秒かかった。
「……ぁ、あ、ぇ、ええっ――!」
するのとされるのとでは、使う気持ちが全然違うのだ。
ただ唇を触れ合わせただけの、羽毛のように軽いもの。
それよりもっと深いものだってもう何度もしているけれど、そのどれも、自分から求めて触れたものばかりだった。自分がしたキスだった。
けれども今のは紛れもなく、自分がされたキスだった。
幽香の方からされるのは、初めてだった。
されるなんて露ほども思っていなかった。完全な死角から不意を打たれて、丸っきり覚悟のできていない場所を強打されて、脳が現実に追いつくまで、夢の舞台にでもいるような心地を叩き込まれていた。
「ぅ、っっああ、ぇ、え、ええ」
途端に、火照りが逆に静まり返って、我に還る。視界の狭まった、緊張からもたらされる切羽詰まった冷静さが、沸き立つ思考に突拍子もない方向性を与える。
(わ、私、なにこんな……ぇ、あ、とんでもないことっ、して……ッ!?)
明らかに今さらだけれども。
想い人ではあるけれど、実際には恋人でもなんでもない、友だちだって常日頃から言ってる相手に……
裸で抱き合って、いろんなとこ触った挙げ句に、熱に浮かされて恥ずかしいこと山程言って。
(ぅわあっ、うあ、ああぁう!?)
自分のことばが頭のなかでリピートされて、うわなにこれ今すぐ死にたい! と萃香は激しく思った。
頭の血が一気に足まで落ちていくような、自己嫌悪のどうしようもない浮遊感が満ちた。
申し訳なさで目の前がぐらついた。
今朝は寝起きと二日酔いで理性を吹っ飛ばして。
昼間なんて、彼女を想って自慰までしたのだ。
それだけでもう酷すぎるくらい酷いのに、私はそれに懲りもせずこんな……
(誰がどう見ても申し開きの余地なく色々アレな……ッっ、ぇ、えっちな子じゃんか! ただのいんっ、淫乱じゃんっ!? うわあうぁあ私これどうしようどうしようもないっぽいっ! うわぁーうあああぁぁあああ!?)
最悪なのは、こうして我に還っても、事態はちっとも好転しないということだ。
一糸纏わぬ生まれたままの姿の幽香と密着して。
数十センチの距離しか開いていない顔と向き合って。
皮膚から伝わる感触で勃っているとわかる乳首とか、ふわふわで張りのあるこの上なく魅力的な乳房とか、泡立てられた肌のぬるぬるな脚とか二の腕とか。
微妙に無意識的に擦り付けている、あそこの隠しようもない粘つきとか……
「ぅ、……うううう、ぅ――……」
だめだものすごくやばい、危ないって!
「今さらそういう反応をするわけ、あんたってやつは?」
声をかけられて、どくんとひとつ、心臓が跳ねた。
見上げると幽香の顔。表情は目に入らなくて、今のことばを紡いだ唇に視線が集中してしまう。
たった今、自分の唇を奪って、離れていった温かみ。
紅のひとつも塗っていないのに、悪魔的に赤く、潤んでいる。
口調の責め立てるような響きに、気圧された心地がして、俯く。
俯いた瞬間に頬に当てられた手が持ち上げるように動き、無理矢理目を合わせられる。
「ぁ、う」
萃香の喉が動き、彼女自身にも制御できない、追いつめられた呻きを漏らす。
怯えるように目が泳ぐ。見た目相応の少女のように雰囲気が先祖返りを起こし、小さなからだをさらに縮めるように胸元に手を持ってくる。
「卑怯じゃないの?……散々色んなことしてきたクセに、そういう……自分がされた途端に――」
「ごめ、ん……な、さい」
「謝るくらいなら最初から――」
幽香はそこで一旦口を閉じ、溜め息をつく。
疲れきったような表情。それでも口元には、わずかな微笑めいた歪みが浮かんでいる。
「……あんたのことはわかんないわ。ほんと」
幽香は立ち上がり、萃香の手を引く。萃香はよろけ、幽香が背を預けていた壁に手をつく。ふわり、と浴室の湿った空気がかき乱される。
体勢が入れ換えられ、幽香の方が萃香を壁に押し付ける形になる。
萃香は背中の冷たさに身を震わす……幽香から見下ろされ、今の状況に未だに喜びを覚えている自分の一部に、唇を噛んで浅ましさを感じながら。
「ゅ……ぅ、か」
「なによ」
「ごめん、その、あの」
「……」
「怒っちゃった、よね、やっぱり……」
幽香はすっと目を細めて萃香を見下ろす。萃香はますます居たたまれなくなり、胸が重くなるような感覚を憶える。
「そうね」と、幽香は短く切り捨てるように言う。
「……っ」
「どうして私が怒ってるのか、ちゃんと理解してる?」
「私、自分ばっかり……勝手にっ……!……こんな、っ、どうしようもない真似ばっかり、して……! 幽香がそうじゃないってわかってるのに、私……っ、うううぅ、さいてー、……な――」
幽香は萃香の肩に手を置き、ゆっくりと力を込める。
肩甲骨の辺りが壁に強く押し付けられ、そのさらに向こう側にいこうとしているかのような痛みに、萃香は顔をしかめる。
「ゆ、か」
幽香は顔を近づける。額を触れ合わせ、噛みつくような目つきで萃香を見る。萃香は目を背け、不躾な距離の甘い香りに痺れるような感覚を憶える。
「こっち向きなさい」
「ぁぅぅっ……」萃香ははっきりしない反応を返す。
「こっちを向け」
口調がいくらか乱暴になる。萃香は口内に溜まった唾液を飲み下し、微かに頷くような動作をして、ぎこちなく幽香を見上げる。
「私が怒ってるのはね」と幽香。「あんたが……」一度声が途切れる。「そういう気持ちを持ってるからじゃないのよ。そういう感情を抱いてるからじゃないの」
「え……」
「あんたには言ったでしょうが。ここにいるのがあんたじゃなかったら、そいつのタマなりなんなり抉り潰して消し飛ばしてる、って。私があんたに無理矢理こうされてるとでも思ってるの? はっきり言ってね、私はあんたより全然強い自信、あるわよ。気に食わなかったらすぐにでも消せるくらいには。
私が気に食わないのはね」
肩に置かれた手の、指の形が歪に曲がる。皮膚に爪を立て、赤い跡を残すように抉られる。そこから走る痛みが萃香を責め立てる。
「あんたが我慢してることよ。わかる? ええ? どうしてそんな真似をしなきゃなんないのよ、私たちってその程度の関係なの? ふたりで山まで崩しておいて。ばかばかしい……気を揉むのも気を遣うのも気をかけるのもまっぴらごめんよ。面倒くさいったらありゃしない……!」
「ぁ、うう」
「本当にあんたのことが厭だったらそもそもこんな距離まで近づけたりしない。だからこそこんなにわけわかんないことに……っっ、なって、る、けどっ!……」
幽香の口調がそこでひび割れる。
「……だぁっ……もう!……やりにくいったら……!」
幽香の腕がぐるりと動く。萃香を掴んで背中を向かせ、そのまま壁に押し付ける。
「ゆ、うかっ?」
振り返ろうとする萃香の頭の、すぐ横に手を叩きつける。
打ち付けられた鏡がしなり、割れる寸前で耳障りな音を立てる。
「そのまま。こっち向くな」
「あう」
耳元で紡がれる厳しく張りつめた声に、萃香は動きを止める。
幽香は溜息をつきたくなる衝動をこらえる。浴室に落ちる水滴と、そこから広がる波紋、それらがわずかに震わす空気の反響まで詳細に感じ取れるほど、異様な形で精神が集中している。一方で、換気扇の大きなBGMが聞き取れなくなるほど、緊張もしている。
萃香の背中。突き出た肩甲骨の合間、背骨の浮き出る薄い肉。首から腰まで白く落ちる皮膚の子供そのもののくびれ。水滴か汗か区別のつかない潤み。臀部の間から脚の付け根にかけて、つうっと糸を引く……
「……っッ――……」
顔を背けたくなる。
肩越しにわずかに頭を捻り、こちらを窺う萃香の左目が、角の下から流れる金髪の淵に隠れ、潤んだ輝きだけが浮き立って見える。
その奥にある、幽香の手のひらに押さえつけられた鏡が、ふたりを映し出している。
無抵抗な子供に乱暴しているような気分になる。
(相手は……っ、萃香、だっての……!)
鬼。無抵抗な子供なんぞとは百八十度対極にいる女。のはずが、なんでそんな女がこんな儚い姿をしているのか。そんな表情をしてみせるのか。
鬼……
逆説的な倒錯感。小さいくせに大きく、弱々しいくせに力強く、純情なくせに淫蕩で、女のくせに女好きで、友だちなのに私が好きで。
もうすでに滅茶苦茶がぐちゃぐちゃだ。一から十まででたらめだ。その辺に転がってる屑鉄のような幻想の寄せ集め。それがこいつだ。
さっきまで余裕綽々で私を責め立ててきたくせに、不意に心中の苦悩を泣きそうな顔して吐露して、いきなり我に還るとか。
なんだか苛ついてくる。こいつだけ好き放題遊んで悩んで、それにこっちまで巻き込まれて引っ掻き回されている。
おまけにそうまでしても、この女は本心から暴れてるのではなく、必死になって我慢しているというのだ!
「あー、あー、もう、もうっ!」
心情の一番単純で簡単な模様がことばとなって出ると、それに驚いたように、萃香のからだがびくりと震えて、半分だけ見えている表情が張りつめた。
残り半分は、かすかに曇った鏡に映し出されていた。その奥に、幽香自身の、がちがちに固まって頬の赤くなった顔があった。
ったく、ほんとに! 情けないったら!
そういう苛立ちが表面に出てきて、鏡面上の幽香の顔も、いくらか厳しくなった。
「ゆぅ――」
「黙ってなさい」
「いや、あの」
「黙ってろ……黙れ」
「ぁぅぅ、――、うん……」
それで沈黙が落ちる。後ろから覆い被さるような姿勢で、膝立ちになったまま、動きを止める。
どうしてくれようか、この女は。幽香は理不尽な怒りとともに思う。今朝から散々こっちを振り回してくれて! このままなかったことにするなんて、もう論外だ。さっきは赦してやろうとか思ったけれど、ここまで明白に接近されたら、朝や昼のようには容認してやれない。もとよりこっちとしては気を遣うような相手だとは思ってもいないんだから、こういうときに遠慮なんてしてられない。
姿かたちに惑わされて、子供のしたことだと笑って流すことなんてできない。実年齢なんてきっと大して変わらない。精神年齢はどうだか知らないけれど、それはこの際、問題じゃない。
……とはいえ。
(……っ、ッ!)
やっぱり視覚的には、ひどい構図だ。ひどい体格差に、ひどい表情。弱い者いじめはそんなに嫌いじゃないけれど、それにだって限度というものがある。
おまけにこういう状況が、今、自分が手をついている鏡に映し出されているわけで。
「……」
ほんとにもう、疲れるったらない。
結局のところは、萃香に本気で怒りをぶつける気なんかないのだ。
怒りの対象は、自分自身。こういう状況に、まるで少女そのもののように動揺して、困惑している情けなさに対してだ。
一度紡いだ関係を、つまらない形で壊したくないと大切にするあまり、拒むことも受け入れることも中途半端になって余計にぐだぐだ。
絡まれば絡まるほど迷走して、ただひとつだけ明確な、からだの熱さに引っ張られる。
どうすりゃいいっての。なにもかも力押しで消し飛ばせばいってわけでもないし。
答えを求めるように萃香を見ると、ぷるぷる震えて、濡れた瞳を隠すように目を細めていた。全身真っ赤で、脚からすのこへとろとろ垂れる。
なんとも言えない表情。耐えてるような怯えているような、ほんの一押しで崩れ落ちて熔けてしまいそうな。
そこにある色は、明確すぎるほど明確な……
(あー)
まあ、考えてみれば当然だ。そりゃそうだ。
(私があんだけ溜まってたんだから、こいつもそりゃ……)
萃香の立場からすれば、可哀想な話だ。
思いついたら行動は早い。
「萃香」
呼びかけると、壁についた手がひくついて、
「ふぇ」
「指、貸そうか」
「……――?……!?――っっッ!? え!? ぅぇえっ!?」
「いいわね? じゃ、じっとしてなさいよ」
「ぅあ、ぃやっちょっ待っ、なに!? えっっ、え、あ!?」
振り向こうとする萃香のからだを自分のからだで押さえつけて、後ろから臀部の薄い膨らみの合間を縫って、とろろに緩んだ秘所に指を、
「ぁっ」
挿れた。
(ぇ、ぇえっ、ぁ、やっ、うそお……っ!?)
声帯が途端に痺れたようになって、喉が詰まって、一瞬遅れてからだがずくんとぴりぴりしなった。
(ぁ、ぁああぅ、!?……はいってる、はいってるぅ……っ!? なん、なんでっ!? どうしてえっ!?)
ずっとじりじりしていた中心部が、ほとんど不意打ちのように、真っ向から貫かれる。恐ろしく長くて、細くて、薄い皮膚の裏側の骨が固くて柔らかくて、何度も握ったことのある感触通りの指先が、二本……
「きつ……一本で充分か」
「はぅぅうっ!?」
ぬるり、と半分だけ抜けていく感触がひだをめくり返して、そこから一気に広がる甘ったるい波のざわめきが、膝をがくがく揺らしていって、
「座るな。やりにくい」
「ぁっ、ぅぁぁぁアあぅぁぁ!?」
砕けた膝を無理矢理持ち上げるように幽香の指が下からぐいぐい押し上げて、自分の体重がそのまま幽香の指にかかるようになり、堪らなくなって脚を閉じようと内股になると、
「手が痛いっての。ちゃんと開いときなさい」
「だっ、んな、ぃぃああ、んなこと言った、ぁっう、ってえ――っ!?」
幽香の手が自分の下から抜けてくれず、勝手に自分のなかがきゅうっと締まって悦んで、ますますとろとろに潤んでいくのを抑えられずに、背筋がしなって逆に反り返り、
「あ、ば、れ、る、なっ」
「やっ、やっやめぇっ、あっ、あっ、あっ……っく、ぁ、あああぁアうぅ!? ひああぃぃう! っふ、う、あああ!」
幽香の声が聴こえずに、ますますびくびくと震え始める全身が、今の今まで高められた分を丸ごとまとめて解き放とうとしているようで、自分じゃどうしようもできずにからだを動かして、
「言うこと聞けっ!」
「ああううっ、ごめんな、あっう、ごめんなさいっっ!」
ずん、とからだ丸ごと押しつけられて、身動きひとつ取れなくなった。
(うわっ、うわっ、うわああっ!?)
頭が沸き立つ。真っ白になる。
ついさっきまで怒られて、申し訳なさで自己嫌悪していたのに、いきなり快楽を叩き込まれた。
指を挿れられただけでも、昂っていたからだはひどく敏感で、最初から最高潮のところまで押し上げられる。
(ゆ、ーかのっ、ゆび! なん、んでぇっ、私の、なかぁっ、入ってぇぇっ! なんでぇっ――ッ!?)
どうして。
(む、むねっ、当たっ……! 壁冷たぁ!? ぁ、痛、押しすぎっ、痛い痛い、っッ!)
もうどうしようもないほど溢れていたのに、幽香の指が挿れられたとわかった瞬間から、ますます潤み出した。
指が出て、入る、それだけの動作でもぐちゃりとひどい音がした。
「うああ、うあ、ぅうああああアアうう!」
「あー、まあ、そうよねえ……」
「!? あ!? ちょっ、あっく、それ待って、ふぁああう、待ってゆー、ッ!? ゆーかっ!?」
ぐちゅぐちゅと、わざと音を立てられて抜き差しされる。浴室にもう耳を塞ぎたくなるくらいの音量で響く。鼓膜がおかしくなりそうな感覚がする。鼓膜より頭が先におかしくなる。
(どうし、ぃっ!……どうし、てぇっ!?)
指がねじ曲げられる。かと思えば伸ばされる。あまりにも無遠慮で、乱雑な、容赦のない動き。
「っぁ、ぃ! はげし、激しすぎぃっ! 強すぎるよおっっ!」
「うるさい」
「なかっ、うああうっ、奥、おく、当たってえっ! 痛い、いたいからぁあ!」
「――……っ」
ぴし、と不穏な音がした。
顔の真横に当てられた幽香の手のひらに、歪な具合で力が入って、その下の鏡を圧迫していた。
「っひ」
ひび割れ、砕ける寸前の、蜘蛛の巣のような白い線に、自分の顔が寸断されて映っている。
涙ぐんで嫌がっている――なのに目をとろんとさせて悦んでいる、倒錯した表情。自分がそんな顔をしているのが信じられない。信じたくない。ひびと曇りでひどく見にくいけれども、それが余計に想像力を刺激した。余計にひどい顔をしている気がした。
幽香の手のひらの下、自分の顔が砕かれかけているような錯覚……
(ぁぁぁあ、うううう……!)
わけのわからなくなるくらい大きな感情の混沌に、恐怖が付加される。
恐怖さえ快楽だと勘違いして、ひび割れた鏡のなかの萃香がますます蕩ける。
鏡のなかの自分が自分を責めているような気分がして、ひどく不快な気持ちになり、幽香は手のひらに力を込めて鏡を割ろうとした。
後片付けが面倒になると思い直し、砕け散る寸前で力を緩めた。
狙撃のレティクルのようなひび割れが自分の喉元に突きつけられている。それでいくらか冷静になることができた。やり場のない怒りを押し潰すことができた。
大体、もう、ほんとに! 幽香は唇を噛み、今にも沸き立ちそうになる頭で考える。全くこの女は始末が悪い。私から主導権を奪っているときにはあれだけ淫魔顔負けのいやらしさを見せつけてくるのに、ちょっと逆転してやればこの有り様だ。少女そのもののからだで、少女そのもののように嫌がって、少女そのもののように悲鳴を上げて。これじゃ完全に一方的に犯しているようなものじゃないの、つくづく厭になる! ちっちゃな女の子が傷つくのを見るのはもうたくさんだなんて言ったのはどの口だ。あんたがちっちゃな女の子そのものじゃない!
指の動きを遅めると、
「ぁ……あっ……?」
萃香は戸惑いの声を漏らし、自分の肩越しに幽香を見上げ、ことばにならない疑問を投げかける。
その目尻から一筋、珠のような涙が零れたと思うと、それで堰を切られたように、ぽろぽろと大粒が次から次へと流れ出した。
明らかに、求めていた。期待で緩んでいた。
「……変態」
「!?……ぁ……う、ぅう――っっ」
耳元で囁いてやると、目を見開いてショックを受けたような顔をしてから、恥じ入ったかのように俯いて、口を一文字に結んで唸る。
挿れている指から手首にかけて、もうすっかり愛液でびしょ濡れだった。
鏡に当てている手のひらに痛みを感じる。見ると、小指のへりから手首を伝い、一筋の赤い血が垂れ落ちるところだった。
割れた鏡で切ってしまったのか。
白く霞む浴室内で、その色はあまりにも鮮やかだった。モノクロの世界でただひとつ色をつけられているかのようにさえ見える。
肘まで辿り、そこで重力に従って、落ちる。
すのこの上に。萃香の足元。まるで初潮か、あるいは――
「ぅ……」
指先に伝わるきつい締め付け。熱いうねり。思わず動きを忘れてしまうほどのきつさ。小ささ。
背筋を巨人の手に撫でられたような感覚がする。
萃香のからだ。
萃香のなか。
「っ……っ、ッ――」
凄まじい背徳感……
「ゅー……かぁ――っ」
高く掠れる呼び声は、拒んでいるようにも促しているようにも取れ、そこに籠められた意味は判然としない。萃香自身にもわかっているのかどうか。
止められた指の周りで、萃香の肉がひくついて、筋が張り詰めているのがわかる。
ぐらぐらと意識が霞んでいくのを、やけに冷静な一部が感じている。
(ここまできて……っ!……なにを、ためら、って……)
自分に鞭打つような心地で、指を奥まで捩じ込んだ。
「ぁ――ああああうっっ!?」
萃香の呼吸がおかしくなる。
喉の奥で唾液と絡まって、肺から流れて落ちて渦巻く。
「ぃあ……あ、うウうぁう、っは、ああっあっ」
中指も挿れる。人差し指の先まで行けず、途中で曲げられる形になって止まる。
「ぁっあっ、あっあっあっうあっああああ」
どくんどくんと鼓動に合わせて、鏡から落ちる血が勢いを増す。
萃香の善がり声を聴きながら、ぼんやりと鏡の虚像を見つめる。
目の前の現実が現実のことではなく、鏡の世界の夢のように思える。
(あ……)
ひび割れた向こう側、自分の表情、今にも眠り込んでしまいそうなほど弛緩して、そうした眠気に抵抗しようとしているかのように、ぐっと目を細めて宙を睨みつけている。
萃香の顔。嫌がっているのか恥じ入っているのか感じているのか。どうとでも取れる曖昧な表情、幽香の視界から隠そうと顔を背けて、けれどもそれが鏡に映り込んでいる。
「……」
鏡は、邪魔だ。
逃げ場がない。無遠慮で失礼で、今の自分を客観視点から見つけてしまう。
没頭できずに、自覚してしまう。
いっそ砕いてしまおうとさえ思う。
身をよじる萃香の肢体が毒のように心に染み込んでくる……
ほとんど無表情のまま、わざと水音を響かせて指を上下させる幽香をひび割れた鏡の向こう側に見ていた。
押しつけられる壁の冷たさと自分のからだの熱さのギャップに、力尽くで抉じ開けられる穴を感じた。
(ぁ、あっ……うあああ、あっ)
思考まで善がり声になってしまって、白く揮発する。
(ぅ、あ……ぁあああう、ゆーかのゆび、っ、二本、も、なかに――っ!)
からだをからだでおさえつけられて、
うしろからむりやり、
なさけようしゃなんてないくらいはげしく、
おかしくなりそうなのにやめてもらえなくて、
おこってるゆーかに、
おかされてる。
おかされてる……
(おかされてる、のに……っ、わ、わたしこんな……やだ、ああ、きもち、よく……!)
崩壊したような自分の声が、浴室のなかで何重にも反響して、耳のなかで渦を巻く。
鏡に映る自分の表情はもうめちゃくちゃに赤くよじれてばかみたいに気持ち良さそう。
視覚も聴覚も思考も快楽もぐるぐるぐるぐる同じところを巡りめぐって、全身を覆うように圧迫される幽香の体温に、指の感覚に、息づかいに、ずたずたにされてぐずぐずに溶かされる。
幽香の手のひらから血が垂れ落ちて、からだに叩き込まれる痛いような快感は少し引いていったけれども、それは、幽香にされているという事実をより深く認識する結果を招いて。
「ぅ……あっ」
自分の声が収まってくると、幽香の息づかいがより鮮明に聞こえて、反比例的にどんどん気持ちよくなっていく。
「ぁ――う、っく、あ」
真っ白になっていた視界も戻って、鏡越しの幽香と目が合って、いきなりものすごく恥ずかしくなった。
「あ、あ、あ、あっ」
断続的に何度も浅く達していて、戻ってこれない。
「萃香」
呼びかけられて、目を背けられない。
「ゅー……、ぁ、ゃめ、おねが、はなして、ぬいて、よぅ……っ」
「――……」
「おねが、ぅあ、だからぁ……っ、ぬいてぇ、おかしくなりそ、だから、おねがぃ、ゆ、ぅかぁ――」
「ふぅん……」
「ゆーか、ぅううう、おねがいだよぉ、ごめんなさい、ゅるして、ぬいて、ぬいてぇ」
ぐぅっと、ますますからだが食い込んできた。
「ふぁああ」
「ねえ」と、幽香が耳元で囁く。「よくないかしら。痛いだけかしら、あんた……こういう……私にされて」
「っ……っ、ううぅ」
「あのときは……私にはあんだけしてくれたくせに、さあ……散々、好き放題……まあそれでも随分、我慢してたんでしょうけど?……」
「ごめん、なさ、っうあ」
「謝らないでよ。悪いことしたなんてこれっぽちも思ってないくせに。思ってたら思ってたでむかつくけ、どっ」
「――っあ!? ぃ……ッッ、そこ、や、やめ、うああっ!?」
「ここ? ここがあんたのいいとこ?……ね、こ、こ、か、し、ら……?」
「ぃぅ……っ!」
「教えなさいよ、萃香……別に、いじめようってわけじゃないんだから……ほら、答えて……答えろって」
「……――っ、っ、……、っ――」
「す、い、か……っ」
今にも泣き出しそうな目で、肩越しに幽香を見上げる。
「……っ、っ……」嗚咽混じりに長くためらい、「き……らいに、ならない……?」
「なんで」
「しょうじき、に、ぁ……っ、言っちゃってっ……げんめつ、しない?……わたし、わたしっ、ぅぁ……こんな、だって……ぅううう、やだ、やなの、にっ――」
「……」
「ゆーかに、……あうう、ゆーかに、されてる、って、思った、だけでっ……こんな、こんなぁ……」
幽香は疲れたように息をつく。「なにをいまさら……」
「……――……、ぅ……、うん……っ」
「ん……」
「きもちいい、っあ……いい、きもちいい」
言ってしまうと、落ちていくのを止められなくなった。
「きもちぃ……よお……ゆーかの、ゆび、で……わたしのなか、いっぱい、で……ぜんぶ、いい、すごく、きもちいい、です……」
「……ちょっとこっち顔向けて」
萃香は幽香の言う通りにした。
唇が触れ合った。
体勢がきつく、舌を伸ばしても入り込めない。
舌だけ出して、唇の外で絡めるようになった。
唾液が垂れ落ち続けて、からだとからだの合間に染み込んでいく。
「ぁ……ぁ」
「もう少しからだ起こして。脚広げて」
「はい……」
「きつい。力抜け。もう少し入りそうだから」
「ぅ……あ、ごめ、……っ、これで、いい……?」
「体重かけていいから。ちょっと、ほら、もっと寄りなさい。逃げるな」
「っは――ぅ、こ、こう……? ぅ…… ぅ、あ! ああう、うーあ……っ」
「……いい? ちゃんと感じてるんでしょうね?」
「ぁあぅ……、はい……」
「……そう。よかった」
なかの感触で、萃香がもう何度も達しているのがわかった。
何度も気を失いかけるたびに額を壁に押し付けて、そのあと頭を捩ってキスを求めてくるので、角が邪魔だったけれどもどうにか応えてやった。
達している最中の息を呑んでいるのだと思うと、思考がぼんやりしてきて視界まで霞がかってくる。
ふわふわした空気のなかにいるようで、止め所がわからなくなる。
手首どころか、下半身はもうどろどろに熱くて。
気を抜いたら最後、からだの境界線まで溶け落ちて、いろいろと飛んでしまいそうだった。
「萃香……」
どうにか、声をかける。
「ぅあ……」
「あのさ、……、何て言えばいいんだかわかんないけど」
「ぅん……」
「私だってね、厭だったらほんと……そう言うから。わかるように言うから。けど、そうやって拒絶しても嫌いってわけじゃないの」
「……」
「頼むから我慢とか嘘とか、そういうのだけはやめて。そうされてるってのが一番厭。気を使ったり使われたり……気を揉んだり揉まれたり……」
「……」
「ねえ? ……けどまあ、うん、あんたのことは好きだから。それだけ」
「……っ――……ゅー、かぁ……」
「なに」
「こーゆーときに、ぅあ……そーゆーの、は……ずるい、よお……っ」
「……ぁー」
「熔ける、からぁ……っ! とけちゃう、から……うれし、ふぁ、すぎてえ……なにがなんだ、かっ……わかん、なっ」
「うるさい」
「――ぃあ!? あ、っひど、ふああああ、あっ! そこ、そこだめ、そこ、お! あ、いっっ! ごめんなさ、ごめんなさい、あっアっ、ごめんなさいごめんなさいゆるし、ゆるしてぇ! ゆるし、ぅ――ああああ! ああぁァアああ! だめ、だめえ! やだぁっ!――っっっ、らめ、ゆぅしえよおっっ!」
(……あ)
不意に自分のなかがしなった。
萃香の声を聴いて引っ張られた。
(さわっても、ないのに……?)
萃香がまた、潤み蕩け緩んだ顔で見上げてきた。
今度は応えられなかった。そんな余裕は消え失せていた。
ひときわ強く押し込んで、
「や……ああアああ――!!」
ひときわ高く消える声を聴いて、
(あ、いく……)
鏡が割れた。
幽香の手のひらが、達すると同時に強く力を籠められて、無意識のなかで砕いていた。
無数の破片がスローモーションのように落ちていき、そのなかに映る萃香の破片がひとつひとつ、たくさんの絶頂に押し上げられて悦んでいた。
無数の列のいくつかは、幽香の呆然として自分の感覚に翻弄される、暗い表情を捉えていた。
銀色の雨のようにすのこの上に落ちて、鈴のような音を立て、善がり声を割っていった。
幽香の血もそのなかに混じって消えた。
「……出ましょうか。危ないし」と幽香。
萃香の答えはなかった。
幽香にもたれるようにしてどうにか立ち上がり、そろそろと脱衣所に出る。
照明を点けようと伸ばした幽香の手を、萃香が掴む。
「待って……お願い、灯りは点けないで」
「どうして」
「い……今ちょっと、私……ゆうかの顔、まともに見れない」
幽香は萃香を見下ろす。
茹で蛸かと思った。
暗がりのうえに幽香自身もぐらついていて、また、ぼろぼろのネグリジェを無意識に着てしまった。
幽香もまた、萃香の顔をまともに見れる気がしなくて、ふらふらと、外に出ていってしまった。
『夜』
萃香は幽香に貸し与えられた自分の部屋に入る。その足取りは拙く、瞳はなにも映さず泳いでいる。胸から腹にかけて重苦しい熱さがある。息をすることも思うようにできず、浅く喘いでさえいる。
うつ伏せでベッドに倒れ込む。枕に顔を押しつけ、からだを縮める。きんきんと耳鳴りが聞こえ、それ以外の音がわからない。
「ゆ……ぅ、か」
名を呟いただけで全身がわなないた。
「ぁう……」
浴室での行為が頭の内側を何重にも反射してリピートされる。幽香の声。幽香の指。背中を覆うように押しつけられるからだの起伏、夏の日射しのような体温。
「ぅ……う、うううぅ……」
枕に注がれる吐息が行き場を失って、顔中に湿った温かみをもたらす。
官能が継続している。収まり切らない熱情を律することができない。自分のなかに留まる幽香の感触を、どうにかして追い出そうとする……どこまでも浅ましい自分の一部がそれを拒絶し、感覚を守ろうとする。
萃香は目を瞑る。そして考える。あんなことがあってどうして耐え切れる? 希求する心を押さえつけられる?
幽香が欲しい。幽香に欲されたい。正直な感情はどこまでも自分勝手で、それでももう一方の正直さは、幽香を想って退くことを要求している。
赤鬼にはなれない。青鬼の犠牲の上に成り立つ幸福は、その時点でもう腐った死体だ。それでも、と萃香は思う……彼女のために青鬼を演じるというのなら、私にはきっと、何度だってやれるだろう。
カム・アウト・オヴ・ザ・クロゼット――
『正直者であろうとした』
星空に三日月が浮かんでいる。銀糸のような淡い闇が降り注ぐなか、濡れたような空気の漂う花畑を歩きながら、幽香はそのことばの意味をぼんやりと考えている。
ところどころ、ぼろぼろに裂けたネグリジェを着ていることにも、行き先もなく亡霊のような足取りで歩んでいることにも、今の幽香には考えを向ける余裕はなかった。
今の自分の状態。火照ったからだは醒める気配もなく、ひょっとしたら自分はもうずっとこのままなんじゃないか、というありえない想像さえ浮かんでいる。
昼間のような、切羽詰まった焦りはない。ただモラルの氾濫に襲われ、自問自答を繰り返す無為な時間に囚われている。
萃香の許しを乞う声が耳のなかで渦巻き、リピートされ、密着した素肌の熱毒めいた柔らかみが未だ触覚を覆い尽くしている。
「あ――ぅ」
思い返すと、膝が笑った。
全身が自分のものでないような感覚が満ちて、しゃがみこんでしまう。
カム・アウト・オヴ・ザ・クロゼット。
同じ熟語で、『同性愛であることを打ち明ける』という意味もある――らしい。
自分をそんな風に思ったことはない、と幽香は考える。実際にそうなるとしたら、誰だってためらうだろう、と。で、実際にそうなったらどうなった? 結果は……あれだ。
濃厚な春の花の香りがする。
月と、花。あとはちょっとばかりの雪でもあれば。あるいは鳥と風。それだけでいい。毎日を暇せず生きるには、そういう簡単なものがあるだけで充分だ。
こんな、胸の奥底よりもっと深いところから沸き上がってくるような、どうしようもない熱さは必要ない。
「なんだかもう、なんか、なんかまったく、なんなのよ、なんなのもう、なんだっての」
頭が痛い。
目を瞑ると、鏡の世界の倒錯したふたりの姿が浮かんできそうで、それさえもできない。
五感の全部が萃香だらけで、記憶の淵までごっちゃごちゃ。
一番厄介なのは、そうした感覚がちっとも、全然、まったくもって、不快でないということを認めざるを得ない事実だ。
カム・アウト・オヴ・ザ・クロゼット……
なるほど、と幽香は思う。英語圏だろうとなんだろうと、萃香のようなやつはどこにでもいる、ということか! ことばにそういう意味を持たせる人間がいるということは、そのことを充分すぎるくらい充分に証明してるじゃないか。私が知らなかったというだけで、案外、そういう連中は珍しくないのかもしれない。鬼という種族自体、西洋にも吸血鬼なんてのがいるくらいだし。
幽香は膝を曲げた姿勢のまま、バランスを放棄し、花の絨毯に横たわる。
この思考に答なんて出やしない。そのことはもうとっくにわかっていることだ。それでも私は、考えても仕方のないことをまだぐだぐだと考えている。思ってもどうしようもないことを未だに思い続けている。
それはこの行為、この時間のどこかに、自分を正当化する逃げ道を求めているからなのか。
正当化できたとして、だからなんだというのか?
事実だけが明白だ。私はこの半年間、絶妙な距離で萃香を縛り続け、今日、そこから一歩踏み込んだ場所で何度も……
「あああ、うー、ちっくしょう!」
素直に悪態をつく。自己嫌悪と内省を混ぜ合わせた悔しさと、それでも官能に流された背徳感が、撹拌されてぐちゃぐちゃになる。
目を閉じかける。もうここで寝てしまおうかと思う。すると、そこで声がする。
「おお?」
幽香は目を開き、頭だけ傾けて声の発した方を見る。
「誰かと思えば、懐かしいなあ、幽香じゃないか! 随分と久し振りだねえ、髪が短くなっててわかんなかったよ、元気だったかい?」
幽香は息をつき、そこで自分がようやく、まだ古いネグリジェを着ていたことに気づく。
「……ふふ。こんな格好してるからかしら。懐かしい顔の幻まで見えてきたわ。今日はとことんダメな日のようね……」
「あん? おーい、幽香ー?」
「まったく、藁にもすがるってのはこのことね。そんなに悩んでるってこと……いもしない悪霊の姿なんて見たいとも思わなかったけど、それでも……思い返すとそれなりに慰められるわねえ……」
「幽香ー。幽香ー? 聞いてるー?」
「ああ、ほんとに……今頃はどこにいるのかしらね、丸っきり見当もつかないけれど。思い起こせば数年前、そう、あれは……面倒くさい、もう知らない。どこにいたっていいけど、たまには顔見せに来なさいよね……」
「いやあたしゃここにいるよ!?」
魅魔であった。
夜雀の屋台。ミスティアは酒を出しながらも、この乳臭い顔をしたぼろぼろの寝間着姿の女と、その連れである三角帽子の女は誰なのだろう、と内心首を傾げる。片方は心底疲れたように俯き気味になり、もう片方は既に酔っぱらい、連れの背中をばんばんと叩いている。
寝間着姿のほうは見覚えがある気がするが、乳臭い顔で緑の髪といえばリグルか閻魔くらいしか知らないので、やっぱり勘違いかと思う。他に緑の髪といえば山の上の巫女か花の妖怪だが、彼女たちはどちらかと言えば大人びた顔をしている。
「いやー、久々に帰ってきたけどさ、やっぱり幻想郷はいいねえ! 我が家って感じがするよ! 霊夢とも会ったけど、あいつもすっかり変わっちまって! なんだあの腋! 今にも横乳見えそうじゃないか、実にけしからん! 成長期ってのは怖いねえ、ところで魔理沙は、今どうしてる? もしかしてあの子も腋出したりとかしてるのかい?」
「知らない」
「そうか知らないかあ! そいつは残念だなあ! 魔法の森には行ったんだけど、久々すぎてすっかり迷っちゃって! うろうろしてたら花畑だったってワケだよ! そういや迷ってるときに金髪碧眼の綺麗なコ見かけたんだけど、ありゃ誰だい? なんか見覚えあるような気が」
「アリス」
「アリス? アリスってあの、神綺のとこのアリスかい!? ほんとかい、うわあ随分とおっきくなったもんだなあ! あの頃はお人形さんみたいにちんちくりんだったのに! いやいや、つくづく成長期恐るべしってやつだねえ、年月なんてあっという間にすぎちまう!」
幽香は喋り続ける魅魔を目の端で見ながら、自分の前に置かれたグラスを持ち上げる。明るい琥珀色の生ビール。が、今の気分ではとても口をつける気がしない。
屋台のラジオは耳障りなノイズ混じりで、恋と幸せと思い出に関する当たり障りのないつまらない歌を流している。歌詞はどこまでも能天気なもので、苛立ちさえ感じるほどだが、声だけは癪に触るほど美しい。
一通り話しきってしまうと、魅魔は首を傾げて幽香を見る。「なあ、おい。どうした? なんかあったのかい?」
幽香は頭を振って答えにする。「疲れてるのよ」
「そっかあ。まあ今日は私が奢るからさ、気楽にしなよ。別に無理して話せとか言わないから。女将さん! ビールおかわり! それと鳥の唐揚げある? あと焼き鳥!」
ミスティアはカウンターに平手を叩きつける。 「喧嘩売ってんの!?」
幽香はぼんやりと顔を上げ、屋台のなかを見るともなく見る。薄暗い、濃いオレンジ色の照明。無縁塚から拾ってでもきたのか、今にも壊れそうな古いラジオ。その隣に座っている、妙に場違いな少女趣味の真新しい人形。
なんだか落ち着く。
少なくともここには、自分とは無関係の背景ばかりで、味方もいないが敵もいない。自分を悩ませているものがない。
眠り込んだらそれでいいと思い、幽香は目を閉じる。
ラジオが語り始める。物好きな天狗が新聞代わりに電波に乗せている、でたらめ八割の本日のニュース。聞き慣れた単語を耳にしたように思い、ミスティアはヴォリュームを上げる。
ノイズがうるさいが、意味はわかる。
『……本日五時ごろ……博麗神社で震度4、妖怪の山で震度3……震源地は妖怪の賢者、八雲紫氏の自宅周辺と見られ……調査に向かった天狗の報告によると、核爆発の跡のようなクレーターの中心に八雲紫氏と同藍氏が折り重なるように倒れており、ダイイングメッセージとみ見られる「ネグリジェ」なる文字が……藍氏の式である橙さんは、「私、犯人を見つけます。絶対見つけます」と涙ながらに……
なおこの地震による津波の心配はありません』
「……橙も大変ねえ……」
友だちのことを思い、ミスティアは溜息をつく。そこでカウンターの前で眠り込むように目を閉じている客を見る。
ネグリジェ。
「……」
まさか、ね。いやいやそんな……
ミスティアは洗ったグラスを拭く手を止め、飲み続ける魅魔に声をかける。「ねえ」
「あん?」
「単刀直入に訊くけど、あんたたち一体何者? 宴会でも見たことないし……」
「おっと、最近の屋台じゃ身分証明が要るのかい? 世知辛い世の中になっちまったねえ! 霧雨魔理沙、知ってるかい?」
「魔理沙? 知らないやつのほうが珍しいじゃない」
「おお、あの子は今じゃそんなに有名になってるの!? しばらく見ないうちに立派になったようだねえ、あの子に魔法を教えたのは他でもない、この私さ!」
「なんですって!?」
「そう、私こそが魔理沙の師にして、博麗の悪りょ」
「てめえに飲ませる酒はねえ――ッッッ!!!」
「うぐはあっ!?」
カウンター越しにミスティアの上段蹴りが炸裂し、魅魔は十メートル後方に吹っ飛んだ。
魅魔は首を押さえながらまた席につく。
「なんでだ!? 私今どうして蹴られたんだい!?」
幽香は薄目を開ける。「魔理沙は悪名のほうが知れ渡ってるわよ……当然の反応」
「有無を言わせずに蹴られるくらいに、かい!? なんてこった、ああ、魔理沙――」
魅魔はがっくりと肩を落とし、カウンターに両手をつく。
「私から離れてるうちに、そんな立派な魔法使いになってしまったなんてッ!! 師匠冥利に尽きるッ!!」
「親馬鹿」
ミスティアのじと目を気にする様子もなく、魅魔は再び飲み始める。カウンターに肘をつき、手のひらに顎をのせて、幽香のほうを見やる。
「ところで、ねえ」幽香は薄目のまま魅魔を視界に捉える。「あんたが疲れてる理由って、コレかい?」楽しむような笑みを浮かべて、小指を立ててみせる。
一瞬、幽香は返答につまる。閉じた目蓋がぴくりと動く。魅魔はそういう反応を逃さず認識する。
「お、図星?」
半分だけ正解、と幽香は心のなかで思う。「まさか。友人のこと」
「友人?……ふうん……友人、ね」
「なんの根拠もなしにそういうからかい方しないでくれる? 鬱陶しいわ」
「根拠ならあるさ。女ってのは感情の生き物だからね」魅魔はグラスを煽る。最後の一口。「もちろんそれは、私のことを言ってるんだけど」空になったグラスをつまみ、宙で揺らしてみせる。「だからそういうことに関しちゃ、女はみんな、とびっきりのセンサーを持ってるのさ。女の勘ってやつだ。根拠としちゃ充分すぎるくらいだ、だろ?」
幽香は気だるげに首を振る。「まさか」
ラジオがまたノイズを吐き出し始めると、ミスティアは電源を切る。屋台のなかが急に静かになる。水桶のなか、陶器をがちゃつかせて洗う音がうるさく響く。
「まあ」と魅魔。「あんたが友人なんてことばを口にするってだけでも、ツチノコくらい珍しいことだね。どんなやつ?」
「……まあ……」
どんなやつか? 幽香は適当に、断片的に話す。話すことなら山程ある。萃香の人柄をわかりやすく提示してくれるエピソード。魅魔は時折短く相槌を打ちながら、口を挟むこともなく聞き入る。伝える気のないような幽香のことばに、というよりは、それを話す幽香の穏やかな表情から、『友人』とやらの人物を想像する。
へえ、と魅魔は思う。幽香も随分と丸くなったもんだ。霊夢の変わりっぷりとどっこいってとこか。魔理沙がどんな風に変わってるのか、ますます楽しみになってきたなあ。
話しているうちに、幽香自身、和やかになっていく自分の内面を自覚する。萃香という女の再確認。いいやつじゃないの、と改めて思う。こんなにも彼女のことで悩んでいるとはいえ、やはり嫌いになるには、惜しい女だ。
「厄介っちゃ厄介だけど、まあ、それなりに可愛いところもあってね」幽香は苦笑しながら続ける。「一緒に住むようになってから……あいつも料理をやるようになったんだけど、最初の頃はへったくそでね。包丁使えば指が包帯だらけになったり。でも味はそんなに悪くなかったな……それでもだんだんうまくなってきてね、最近なんか私が帰ると台所からいい匂いがしてきたり……」
幽香はそこでビールを一口含む。
『おかえり、幽香!』と、幽香のぶかぶかのエプロンをつけた萃香は言うのだ。『ご飯もうできるよ、ちょっと待っててね! お風呂も沸いてるから、すぐ入れるよ、どっち先にする? あ、あと、あの――……そ、それっ、とも……っ』
魅魔は何気なく言う。「なんだか新妻の自慢話を聴いてるみたいだなあ」
幽香は含んだビールを盛大に噴き出した。
黄金色の霧は、ちょうどカウンターの向こうに立っていたミスティアを直撃し、彼女の堪忍袋を跡形もなく粉砕した。
「その喧嘩上から下まで買い占めだァッッッ!!!」
ミスティアは言うや否やカウンターに飛び乗り、先程魅魔に放ったよりも遥かに鋭い廻し蹴りを放った。
が、幽香のからだは千年ものの杉の木のようにびくともしなかった。逆に打ち込んだミスティアのほうが足を抱えて悶絶し、ごろごろ転がりながら森の闇のなかに消えていった。
主人のいなくなった屋台に、ぽかんとする魅魔と、恥ずかしさに頭を抱えて突っ伏す幽香が残された。
「なんだか知らないけど」と魅魔。「いい友だちみたいじゃないか。あんたの口調からも表情からもそれが伝わってくるようだよ。なにをそんなに悩んでるんだい?」
「……別に悩んじゃいないわ。疲れてるだけ」
「今のあんたを見てそういう言い分を信じる気になるっていうなら、私はその辺の木より鈍い女ってことになるけど」とはいえ、魅魔の口調には追及の色はない。「ビール勝手に注いじゃって平気かなあ」
幽香は突っ伏したまま、独り言のように呟く。「ひとつだけね、一点だけ……どうしても噛み合わない部分があってね」
「友だちと?」
「そこを除けば、ほんとに……いいやつなんだけど」
「全部が全部噛み合うなんてほうがありえないって。まったく贅沢な女だね」魅魔は明るく笑って言う。「まあなんにせよ、ひとりでもふたりでも友だちがいるってのは、実に素晴らしいことじゃないか? どっかの人間も言ってたろ、光と、水と、友の愛、ってさ! それだけありゃ花だってきちんと育つってもんだ、なあ?」
幽香は顔を上げる。
「……――」
あまりにもシンプルに、あまりにも呆気なく、あまりにも普遍的なことばで、いろいろなものを吹っ切ってしまう答が与えられた気がする。
「欠点のひとつやふたつくらい、適当に合わせてやるか、目を瞑ってやんなよ。生きるか死ぬかって問題でもあるまいし」
「……あー」幽香は頬をかく。「……ああ、そっか。そうよね。そういう考え方、したことなかったわ」
急に物事が単純化されたように思える。足踏みしていたところから、背中をひと押された感覚。少しだけ視点を変えてみて、あまりにも複雑に思えていたものが、明確そのものだったことに気づく瞬間の爽快さがある。
「そろそろ帰るわ」幽香は席を立つ。「あんたは?」
「もう少し幻想郷を回ってみるよ。夜は悪霊の時間だからね。これからが私の活動時間だ」
「そう。久々に顔を見れて楽しかったわ」
「心にもないことを」魅魔はひらひらと手を振ってみせる。「じゃあね。また今度」
幽香は家の扉を開ける。「ただいま」
返事はない。が、暗い廊下の向こう側、萃香に貸している部屋には灯りが点いている。静寂のなか、わずかに動く気配、かすかに聴こえる床の軋み。
萃香の部屋を横切り、自分の部屋に入る。
無意識の動作でクローゼットを漁り、着替える。思考はまるっきり別の方面に向かっている。萃香のこと。が、魅魔に会う前と違い、今は多少の余裕がある。切羽詰まった感覚はない……彼女のことで思考のチャンネルがいっぱいになっているのは変わらない、とはいえ。
「……あれ」
しばらくして、自分が普段着に着替えようとしていたことに気づく。ずっと寝間着だったので、無意識が勘違いしたらしい。寝間着から寝間着へ着替えるなんて間抜けなことは今までなかったので、仕方ない。
溜息をつく。が、ブラウス一枚ならそのまま眠れなくもない。最近は暖かいから、これで別に構わないか、と思う。
ベッドに腰かける。薄暗いなか、星明かりに濡れる窓をぼんやりと見つめる。やがて、扉が控えめにノックされる。
「幽香?」
心臓が一鼓動分胸の裏側を打つ。「――どうぞ」
萃香が扉を半分だけ開け、敷居の外側から部屋のなかを覗く。普段着のままだった。幽香の姿を認めると、さっと頬を赤らめ、目を伏せる。
口を開き、閉じる。少し時間を置いたあと、もう一度開いて、「その、いろいろ考えたんだけど」
幽香は彼女を見る。彼女のことばは曖昧すぎ、それだけでは先が読めない。それでもその表情は、良いニュースを伝えようとしている風には、どう曲解しても見ることができない。
「ちょっとばかり、地底で暮らそうと思うんだ」
萃香は幽香を見ずに続ける。
「昨日、勇儀たちと飲んだとき、誘われてさ。旧都に、ちょうど持ち主の空いた一軒家があるみたいなんだ。ずっとふらふら放浪してたけど、この機会にちゃんとした家を持ってもいいんじゃないか、って」
幽香は黙って先を促す。
「それで――……」
が、萃香にはそれ以上続けることができない。舌が痺れたような感覚を持て余しながら、辛うじて口を開き、
「……察してよ」
とだけ言う。
幽香は首を振る。「嘘をつかない、って随分控えめっていうか、曖昧な物言いよね。嘘つきでないってだけで、正直者とは限らないんだから……」
幽香がことばを切ると、それがそのまま沈黙になる。ことばの行き来にひどいタイムラグがある。ややあって、萃香は口を開く。
「今夜……」
幽香は反芻するように訊く。「今夜……?」
「出てこうと……思って……」
幽香は立ち上がる。
萃香が一歩退いたのがわかる。あるいは一歩退こうとしているのが。言いたいことをなにひとつ言ってないとはいえ、幽香には萃香の意図をきちんと汲み取ることができる。
友人としての距離を保てなくなったことにより、彼女は自分の欲求に従って一歩踏み込むことではなく、理性の声に耳を傾けて身を離すことを選んだのだ。
嘘をつかずに傷つけるよりは、嘘をついて傷つけないほうがいい。
真摯な正直さによる嘘。一致しないからだと心のジレンマ。彼女はこれまで、どれだけ、何度そんな行為を繰り返したのだろう。どこまでも倒錯した女だわ、と幽香は心底思う。
萃香は喉を上下させ、喘ぐように言う。「じゃ、私」
「ちょっと」幽香はどうにか口にする。「待ちなさい……待てってば」
部屋のなかから手を伸ばし、萃香の腕を掴む。指先に触れた箇所が強張るのがわかる。
掴みはしたものの、幽香自身、考えがまとまっていない。敷居を挟んでふたりは向き合い、一瞬だけ視線を絡ませ、同時に逸らす。互いに互いの艶姿を想起し、それが気まずさと背徳感を同時に湧き上がらせる。
幽香は息をつく。
ほんとにこいつは、もう! と、頭を抱えたくなる。私のほうからどうにかしてやんないと、どうにもならないみたいね。いいわよ、わかった、魅魔の言った通り、噛み合わないもののひとつやふたつくらい、大目に見てあげる。
犠牲になるのは、どうせ古臭いモラルくらいのもの。守るべきものなんて、実際、大して持ち合わせてはいないのだ。
萃香が一歩退いたことが、逆に幽香に、一歩踏み込む決意をさせる。
「あの、ね」
とはいえやはり、声はぎこちない。
「要らないから、そういう……気遣いは。とっくに言ったと思うけど。実際、そんな――気持ち悪いとか、ない、から」
ことばを紡ぐたびに、恥ずかしさが募っていく。つくづくなにを言ってるんだ、私は。私らしくもない!
「出てくとか、やめろ。やめて。そう私が言っても、……望んでも……出てくつもりなの、あんた」
自分が口にすることばに、自分自身が追い詰められていくような心地がする。
彼女を直視できない。勝手に顔中が火照る感覚を憶える。堪えようとすればするほど、それが表情に出ている気がする。
「ぃ……いや、だって、私」
萃香の声は幽香の声以上に張り詰めている。
「……――っ、正直さ、正直に、言って……っ、正直な、とこ、ろっ……」
幽香に掴まれている腕が震えて、指先が冷たくなっているような感覚。
「も、たぶん、一緒にいると我慢できない――っっ、からっ!……」
「我慢とかするなっ」
幽香はほとんど床に向かって言う。
「そうされてるのが一番厭。そっちのほうが気持ち悪い」
贅沢な女め、と自分を罵る。今くらいは目を瞑ってやれ。こいつに合わせてやれ。
「……っ、……今日、はっ……」
けれどもやっぱり声の震えだけは、どうしようもなかった。
「今日くらい、は……――」
もともと幽香は、ことばより腕でものを語るタイプだった。ことばは苦手だった。萃香がなにか言う前に、幽香は彼女の腕を引っ張り、敷居を越えさせて扉を閉めていた。
幽香は力任せに腕を振る。萃香はたたらを踏み、バランスを崩してベッドに座る。幽香は手を離す。目的を失った指先がなにもない宙をかく。
幽香は確かめるようにまばたきをする。「……察しなさいよ」
「……ぅ」萃香は目を泳がせる。
求めないときに限って踏み込んでくるくせに、どうして求めるときに限ってためらうのか。天邪鬼め。へたれ。思いつく限りの罵倒を無言のまま浴びせる。とはいえことばは鏡合わせのようにそっくりそのまま自分に帰ってくる。天邪鬼め。へたれ。
幽香は首の後ろを揉む。そうすればそこから悩みも苦しみも出ていくとでもいうように。もちろんそんなことはあり得ない。手の動きはすぐに止まる。
恐ろしく――とてつもなく――息さえ満足にさせてくれないような居心地の悪い沈黙が静寂を産む。風が窓枠を揺らす音だけがふたりの間に漂う。心音から連なる脈拍の早まりを耳の裏に聴く。
耐えられなくなり、萃香は自分のからだを疎にし始める。
「……――っ!」
白い霧があたりに満ち始め――
「逃げるな!」
幽香は足の裏を床に叩きつける。一方にとって有利に働く能力は、もう一方にとっても有利に働きうる能力だ。一瞬で時間を捩じ伏せて成長した大樹が幽香の小屋を腹に収め、部屋を密閉する。霧の出る隙間もない。
そこまで大きくなった以上、もうどれだけ疎にされようと関係ない。疎にされたところに片っ端から花を埋める。無尽蔵の能力合戦。彼女らクラスになると、それはもはや凄絶を越えて不毛だ。
根比べに音を上げ、萃香の姿が戻る。ベッドの上にあぐらをかいて座り込み、幽香を見上げる。唇をわななかせ、なにかを言おうとする。
幽香はそんな彼女に先んじて、腕を組んで萃香を見下ろす。
「……二度言うつもりはないからね」
ぼそりと呟いて、さっと顔を逸らす。髪の動きが遅れて揺れる。
「抱いて」
「ふぇっ」
幽香はその一言で一生分の恥をかいたかのように顔をくしゃくしゃにする。「っ……っ、ぅぅ――!」
萃香はほぼ確実に聞き間違えたと思う。「……ごめん、あの、今なんて?」
「抱けっ! 犯せっ! あんたの好きにしろっ! だあああもうちくしょう死ね! ばか! 死んじまえ!」
幽香はもう輪廻の環三十週分は恥をかいたかのように顔中ぐしゃぐしゃにする。
だいたいセックスなど世界中に溢れて、供給過多で需要過多になっているようなことなのに、ここまでひどくかき乱されてしまうのは、この女があまりにも倒錯しすぎているからだ、と幽香は思う。
その存在のねじ曲がり具合に引き摺られ、普通のことが普通でなくなる。ぐらぐらにされてぐつぐつに煮え立てられる。
幽香が産み出した大樹の胎内にあり、部屋のなかは真空のような静寂に包まれている。ふたりが動かなければ、空気も動かない。音も、温度も、闇も、情も。
萃香が動く。が、その距離はひどくわずかだ。「……えっと、あの」
「……っ、っっ、――、うううぅっ……!」幽香にはもう答える気力もない。唸りながら萃香の隣、ベッドのへりに座る。
萃香は反射的に正座する。がちがちに緊張し、呼吸さえままならない。が、それも幽香のことばの意味を考え、それをものにするまでのことだ。
「……ぁ、あっ」
かっと全身が火照るようになって、下腹部がずくんと疼く。抑え込んでいたものがたがが外れたように膨張していく。終わりにしようとさえ思っていたものが急に反転し、その振り幅の大きさに圧倒される。
「――っ」
だめだと考えていたものが、許された。受けてもらえた。最初から許可されているより、反動の大きさ分だけ付加されて喜びが沸き上がってくる。
けれどもまだ、それを信じることができない。疑いを散らすことができない。
「ゆ……ぅ、か」と、萃香はなおも訊く。「その、あの、えっと、ほんとに? それは……私に、悪いと思ってとか、そーゆーんじゃ……」
「私はそんなお優しい女じゃないっ」幽香の手はシーツを掴み、ぎりぎりと捩じ上げている。「これ以上……っ、なに、言わせよう、って――っ! いうの、よ……」
それ以上は無意味だ。さらに気を遣うことは幽香に対する侮辱に成り果てる。萃香はそのことを悟り、沈黙する。
「……」
萃香の吐息が深まる。幽香はその様を刑の宣告のように聞き入る。
「……――」
萃香が足を崩し、こちらを向いたのを目の端で捉える。その表情はもう固まっている。
「――こ、」
声の調子が変わる。もう希求を遮る平静さはかけらもない。
「こっち、向いて」
幽香はそうする。ベッドに上がり、膝を揃えて座る。萃香を見下ろす。萃香が立ち上がる。萃香を見上げる。
「目、瞑って……」
幽香は目を閉じ、彼女がしやすいよう、顎を上げて唇を突き出す。
思考はもう真っ白になっている。剥き出しの太腿に萃香の手が触れたのがわかる。ブラウスの裾を握られたのも。
(くる、くる、くる、くる――っ!)
覚悟しているのと不意打ちとでは緊張する部位がまるで違う。余計にからだが硬直し、現実が追いつくまでの合間に、以前の行為を想起させられる。きもちよくされた部分が熱くなる。閉じた目の裏で闇が震動する。
(……っ、はや、くっ――!)
銃殺刑に処されたような心地がする。唇が意思に反して震え始め、頭が白を越えて白熱する。
今の幽香の姿。『さあ、きて。私を奪って』とでも形容できそうなほど彼女に向けて開かれている。抵抗の様子は微塵もない。かけらもない。それを自覚して、屈辱感でどうにかなりそうになって、それでもまだそうしている。
だというのに、
(……っ?……まだ?……なに、してっ!――)
萃香は幽香に触れない。
「――すぃ」か、と呼びかけようとした瞬間、彼女が動いた。
だが感触があったのは唇ではなく、目の回りと、そこから水平線上の後頭部。
「……えっ」
目を開けた。
目を開けても真っ暗だった。
「は?」
目隠し。
思い至った直後、萃香の手首で鎖がじゃららと鳴り、すぐ、その音が自分の両手首を繋いで巻き上げるのを感じた。
「……、――」
視界を塞がれ、両手を拘束されている。
そのことを正しく認識するまでに致命的な秒が過ぎていた。
「――なん、っっっっ、だぁッッッ!!!???」
「いただきます!」
「待てぃッ!」
「ここまで来てそれはないよ! 幽香! 好きにしろって言ったくせに!」
「知るか! 先に答えなさいよ! ひとがせっかく覚悟決めたときに何コレ!? ふざけてんの!?」
「私なりの思いやりだよ! 私にやられんのが恥ずかしそうだったから! それならいっそなにも見えなくすればいいじゃん! とかなんかそんな感じの!」
「そんな感じってどんな感じよ! 万歩譲って目はそれでいいとして! 手は!? この鎖は!?」
「そっちは私の趣味」
「ブッ殺してやるッッッ!!!」
幽香は自由である足を奔らせ、下半身のバネだけでハイ・キックを放った。余すところなく力と勢いに乗った、まったくの無駄なくそれでいてこの上なく迅い、芸術品のような極上の一撃。どんな人妖だろうと耐え切るすべなどないであろうと思わせる、至上の生足であった。
萃香はその足を抱えると同時に受け流し、一切の余分な力を用いず、流水のような自然な動きで回転させ、勢いを殺して幽香のからだをベッドにうつ伏せにさせていた。一生に一度できるか否かの、完璧で完全な動き、誰もが見とれてしまうような美しさと気品さえ感じさせる、至高の投げ技であった。
紛れもない性的欲求から生まれた投げ技だったけれども。
幽香のためを思って一歩退いたところに受け入れられ、退いた一歩分が、そのまま助走距離となって突き抜けていた。
「だあああっ、もう、くそ! ばか! ろくでなし! あーもー悔しいなんでこんなやつに――!」
「幽香! 大変だ!」
「なに!」
「そうやって抵抗されるとなんだか無理矢理犯してるみたいですごく興奮する! ありがとう! ほんとありがとう!」
「死んで! お願いだからほんと今すぐ死んで!」
幽香は今日一日これまで目一杯悩んだすべてを後悔した。真面目にやった私がばかだった。やっぱりやめておけばよかった。
萃香は幽香の背中に手をつく。馬乗りになり、幽香を見下ろすその表情は、目隠しされた幽香にはまったく見ることができない。予測さえできない。というか予測なんぞしたくもない。
「……っ!」
抵抗を封じられるどころか、こんな屈辱的な形で拘束されたまま、萃香にされる。
(あ、う、う、うううう――!)
なんだか無理矢理犯されてるみたいですごく……
背中、薄いブラウス越しに感じる萃香の手の、重みと熱さ。
朝、昼、夕と火照りっ放しだったからだがさらに限度を越えて幽香の意志から離れていく。
(あ、あ、あ、あ……っ!)
「あ、ちょい待ち」
「――っ!? 今度はなによ!?」
「ごめん指借りるね。 先にいっぺんイっとく。ちょっとガス抜きしとかないと一発で気をやっちゃいそう」
「あんたってほんとつくづくどこまでもどこまでもどこまでも倒錯しきった女だわよ! 帰れ! そしてもう二度と顔を見せるな!」
「いまさらっ! ここまで来たらもう最後の最後まで付き合ってもらうからっ! どこに逃げたって世界の果てまで追いかけてなにがなんでも添い遂げるっ!」
「やめて! 死ぬときくらいひとりにさせて!」
からだを無造作にひっくり返され、仰向けにされる。もののように扱われることが幽香には我慢ならない。けれども一度『好きにしろ』と言ってしまった以上、むきになって抵抗するのもなんだか、と思う。が、そう思う以上に怒り狂っているのも確かだった。
手を掴まれる。萃香の小さな指が自分の手の甲を這うのがわかる。目隠しの裏の闇のなか。萃香のスカートの裾が自分の膝辺りを撫でる。
「……――っ、」
びくりと、反射的に全身を硬直させる。膝が勝手に曲がり、萃香を押し留めるように畳まれる。
指先が緊張する。鎖を巻かれて密着した両手が、拳の形をつくったまま固まる。
「ばか、ばか、死ね、変態」
呟くようにことばを繰り返す。けれども、それ以外にはもう、観念したかのように抵抗はない。
自分の指が萃香の指に添えられ、そっと伸ばされる、
「――ん」
「っ!?」
そう感じた瞬間に唇を柔らかな感触が掠めた。
(――ぇ、あ、今のっ……!、!?)
一瞬触れるだけのキス、だと思う。確信が持てない。あまりに素早すぎ、不意打ちでありすぎ、漂った暖かみが瞬時に冷める。
ただ閃光のような驚きで跳ねた心臓の一打ち、その余韻だけが胸の裏に残る。
視覚外の感覚。萃香のからだの温もりが全身を覆うようになる。深まる吐息と衣擦れの、耳に清かな空気の揺れ。
そうした変化を敏感に掴み取る皮膚感覚の自覚と、それらを知るたびに忠実に速度を増す心臓の鼓動。
(――ぅうう、)
闇に強まる視覚以外の五感のなかで、指先が、萃香の足の付け根に触れる。
「は……ぁうっ」
萃香が息を呑む。耳元で喉の上下する生々しい音を聴く。
(やわらかい、……! 信じらんないくらい、ほんとに――!)
そこを目指して登っていくなかで、柔らかみがどんどん増していく。
「――っ、あ、ははっ」萃香が苦笑する。「こ、こんなに、さ、その、はやく――……、また幽香の指を感じれるなんて、思わなかったなあ! 夕方の、思い出、だけでぇっ……!、も、充分すぎて、幸せすぎて、一生分の運使っちゃったんじゃないかっ、て……心配に――」
(っ、あうううっ――)
萃香の声はがくがくと震えている。記憶の甘ったるさとこれからの期待に。実際、浴室での行為から何時間が経ったというのか? 遥か昔のことのように思えるのが不思議と言えば不思議だった。
「あ……あううううっ――」
(ぅ、あっ)
不意にきた。指先が熱くうねる秘所のぬめりに呑み込まれた。
「ぃ……っっ、あ、!っ――ああああああアッっ――!」
「え、あ、えっ?」
きゅうっと締め付けられ、ねばついてるのにさらさらしたものが手首まで濡らして、萃香の高く消えていく声が鼓膜を打って、それで一度終わってしまったのがわかった。
「え――、っ!? ちょ、な、はやっ!?」
「はううぅ……」
ぐでっと脱力して、萃香が幽香のからだの上に倒れる。
「萃香!? ちょっと! ねえ、ねえってば! この! おいこら!」
「ぃ――いかった……すごく良かった……」
「なにが!?」
「私ゆーかのゆびなら三擦り半でいけるわ……」
「なに言ってんの!?」
萃香は肺のなかを空っぽにするかのように、幽香の胸の上で長く息をつく。
「ぁ――う」
ブラウスの薄い布地越しにすでに勃っている先端が、湿った息に揺さぶられる。
けれども萃香は空気の抜けた風船のように、「あ……だめ、このまま寝ちゃいそう……」
「おい!?」
「いやその実はさぁ……風呂でもう……何度も何度もいかされちゃって……限界なんだわ、実際。気持ちもずっと張り詰めっぱなしで……」
「ぃ……――っ!」
「今の今まで気力だけで立ってて……今ので全部、はぅ……緊張、切れちゃって……」
圧しかかってくる萃香のからだが、自分の懐の内側で、みるみるうちに薄っぺらくなっていくような感覚がする。
「萃香? ちょ、え、マジなの?」
「も、無理です。力入んない」
「私いったい何のためにこんな恥ずかしい思いをしたっての!?」
「恥ずかしがる幽香を見れたってだけで十年は生きてける」
「黙ってろっ!」
「はい」
「あ、いや、黙るな! ちょっと! 寝るな! 寝たら殺すわよ!」
「おやすみなさい」
「すい――」
萃香は気を失った。
「放置!? ここで!? ここまできて!? ふざっ――っっ、ふっざけんなァ――ッッ!! ばかすいか――ぁあああ!!」
萃香は目を覚ました。
くっつく瞼を擦って涙を拭い、真っ暗な視界のなか、ごそごそと辺りをまさぐってここはどこだか把握しようとする。寝起きの常で、現状を覚えていない。なんだか恐ろしく幸せな夢を見ていた気がする。温かく、柔らかいものが真下にあり、ふよふよと浮かんでいる心地がする。
「……ぅえ?」
目を凝らすと、幽香がいた。
目隠し手枷をそのままに、歯を食い縛ったままふるふると震えていた。
「夢の続きか……」
呟いて、二度寝しようと目を閉じた。
「起きろおおおお!!!」
幽香の頭突きが額に炸裂した。
「……――っ!」衝撃が脳を揺らして、一瞬遅れて、「痛い痛いいたァァァァァいっ!!!」激痛がきた。
萃香が気を失ってから、一時間、経っているかいないかといったところだった。
痛みで無理矢理覚醒させられて、萃香は額を押さえ、涙目で幽香を見下ろす。
「っ!……ふ、ゥっ!――……、うううう、っ」
怒りを強引に捩じ伏せて、爆発寸前の表情がそこにあった。
「……ゅーか」萃香は頬をかいて、「もしかして待っててくれたの?」
幽香は拘束されたままの手を伸ばし、萃香の頬に触れる。
「幽香……!」
萃香は感激する思いで彼女の名を呼ぶ。
なんと驚くべきことに、このプライドの高い女は、従者が主人を待つように、自分が目覚めるときを待っててくれたというのだ。まるで夢のような忠実な応対。満ち足りた感覚が胸を満たし、幸福感で破裂しそうになる。萃香は彼女に応えるように、頬に添えられた手に触れ――
そこで思いっきりつねられて引っ張りあげられた。
「いひゃいいひゃいいひゃい! ごめん! ごめんなさい幽香! 当然だよね、そりゃ怒るよね! マジで私が悪かった、ほんと身勝手だった、だからごめん、ゆるしてえ!」
幽香は手を離す。
「……っ」
奔りだしそうな筋肉の動きを無理に抑えるように、ゆっくりと指先が宙を泳ぎ、顔に巻かれた目隠しをそっとずらす。
「……、あんた、さあっ!……」
斜めになった目隠しの向こうから覗き込むように、幽香の眼が萃香を睨む。
「ほんとに……嘘っぱちじゃなくてさあっ、――、ほんとにほんとうに、私のことっ、好き、なの? 私の反応見て遊んでるだけじゃ、ない、の? 最初ッから……全部、なにもかも、っ……」
萃香はぺこりと頭を下げる。
「ごめん」
「……っ」
「いや、もう、なんていうか好きすぎて、ちっとも自重できないの。全然抑えきれなくて、不器用だってわかってるんだけども、うまくやればやろうとするほどヘタ打っちゃって。気持ちばっか焦っちゃってさあ……」
幽香は口を閉じる。彼女が戸惑った分だけ沈黙の時間が延びる。けれどもそれもすぐ、彼女自身の微かな苦笑で終わる。「……ばか」
「はい。ごめんなさい」
「むかつきすぎてしばらく身動きひとつできなかった」
「すみません」
「次ふざけたことしたら本当に潰すから」
「真面目にやります」
「ちゃんと抱いて、ね? 今日くらい、好きにさせたげるから」
「明日は? 明後日は?」
「たまになら許す」
「……ありがとう……」
「じゃ、鎖はずして」
「おことわりだ」
「……」
「……」
「はずしなさい」
「絶対に嫌だね」
「はずせ」
「い・や」
「このえせペド淫乱ネジ頭野郎――っ!!!」
「幽香あいしてるっ!!!」
幽香は力尽くで鎖を引き千切ろうと拳を握った。が、萃香のほうが早かった。幽香と指を絡ませるように手を繋ぎ、懐に飛び込むようにして抱きついた。捩じ伏せるように唇にキスし、シーツの上に幽香を押しつけ、その拍子に目隠しが完全にほどけてひらりと舞った。
「んん……っ」
幽香は身を守るように足を畳んで萃香との間に入れた。自然に目を閉じて萃香を受け入れた。萃香のからだをはねのけるように背を反らした。繋いだ手から力が抜けて痺れていった。
「ぁ、ん……っんん、っふぁ」
つまるところ、萃香を拒むことと受け入れることを同時にしていた。からだの節々が相反するふたつの意図を辿って別々の動作をしていた。それは彼女自身の心も同じで、怒りと苛立ちと欲情と安らぎを一緒くたに感じていた。混沌としていて、一貫していた。
舌が入ると、一気に熔けかけた。捩じ伏せられるまま、されるがままになりそうになった。
それでも、わずかに怒りと苛立ちのほうが勝っていた。幽香は入り込んできた舌を犬歯で噛み、萃香が怯んだところで足だけで彼女を投げた。発情してろくに言うことを聞かないからだを引き摺って、萃香の上に跨がった。
「ぁうう」萃香はうめく。
「――っふ、はあ……っ! っく、あ、 この、ばかたれ! 考えなし! すけべ野郎、変態っ……!」
息も絶え絶えに幽香は言い、萃香を見下ろす。
萃香はとろんと微笑んで幽香を見上げる。「……あは」
「なによ」
「ぬれてる」
萃香の腹のあたりに幽香の足があった。その付け根を、意識的にか無意識にか、擦りつけるようにしていた。
萃香は彼女の剥き出しの膝に触れた。その上の太腿にも。幽香は睨みつけるのと笑いかけるのと、その合間にあるような表情をした。
「悪い?」
「そういう性格大好きです」
「やっかましい」
萃香は彼女の手首に巻きつけた鎖を掴み、引き寄せる。なんの手応えもなく幽香はバランスを崩し、上半身を落とす。下着をつけていない乳房がふゆんと震え、萃香の手のひらに収まる。
胸から、抗いがたい甘い苦しさが水溜まりのように広がっていく。からだの内側を貫通して背中まで自分のものでないようになる。
「ぁ……あっぅ」
ぐるんとからだが跳ね上がり、一瞬後には、萃香が幽香の上にきている。
「あはっ……やっぱり勃ってるよ? 幽香ってわりとすぐ感じちゃうタチだよね? そんでそれを認めたくなくて最後まで絶対素直にならないタイプ」
萃香の両手が彼女の胸を、ブラウスの薄い生地越しにわし掴みにする。ふたりの湿った空気を吸い込み、その奥の素肌まで、もうわずかに見えかけている。あたりが闇でなければ、簡単に透けていたかもしれない。
「んっ」
幽香は挑むように胸を反らす。背骨がベッドからわずかに浮かぶ。堪えるような含み笑いをするような、微妙な表情。ただ色は首まで赤く染まっている。
萃香の指が動く。幽香の胸はその意図に忠実に形を変える。幽香は口を薄く開く。「っん……ぅ、うぁ」
彼女の声は限りなく小さく、限りなく軽い。どんなに耳を澄ましても聴こえそうにないほど。萃香は目を細め、意地を張る幽香の唇をうっとりと見つめる。
「かぁわい」
「うっさい」
その声を呑み込もうとするかのように、萃香は幽香に深く口づける。条件反射的に彼女は目を閉じ、続けてやってくる舌を求めるように歯の楔を緩める。
けれども萃香はそこで唇を離し、自分の耳を彼女の頬のあたりに押しつける。
「聴かせて」
萃香の声は幽香の耳元で湿っている。緩めた歯の合間から零れる声を抑えられない。「っ……あ」
「ゆーかの、こえっ……堪えてる……堪えきれてない……とびっきり色っぽくて……とびっきりえっちな」
幽香は口と喉と吐息を重く震わす。
萃香の指がことさら強く幽香の胸を揉む。
「ゃっ」
萃香の意図に抗い、逆に、その声はか細く弱々しいものになる。そうした自身の声に従うように、反応そのものもか細く弱々しいものになる。そんな反応を返したことにより、幽香の表情にか細く弱々しいものが入り混じる。
「や、あっ」
抗うように捩るからだの動きも、誘うように萃香の手のひらを楽しませるばかりで、逃れる気があるのかないのか、どうとでも言えるしなんとも言えない。幽香自身、自分の気持ちがわかっているのかわかっていないのか。
「あ、あっ――あっあっあっ、あ」
ひときわ強く乳房が歪み、ひときわ強く幽香のからだが跳ねた。首が反り返り、汗が飛び散った。ふわっと開いた唇の合間から、小さく真っ赤な舌が見えた。舌は震えていた。
鎖がじゃらりと鳴る。
膝が笑って、空気が抜けたようになった。萃香の足が食い込んできて、痺れるような痛みを感じた。柔らかく、自在に固くなった。抵抗する気も疎になって、それを認めたくなくて、反するふたつの感情の境界線が、どんどん曖昧になっていく。
甘ったるいからだの熱さだけが明白だった。
萃香が笑いかける。「気持ちいい?」
「……全然」幽香は笑みと見えなくもない表情をした。
「意地っ張り。強がり」
「ぅ、るさ、い」
萃香の手が幽香のブラウスのボタンを外し、襟を緩め、隙間から入り込んで素肌に触れる。
「……ぁ、んっ」
鎖骨のあたりをくすぐって、撫でつけ、ゆるゆる辿って乳房に触れる。指先が先端をかする。びくんとからだも心も視界も揺れる。すぐに摘まれ、転がされる。
「――ぅぁぅっ、」
からだの全部がその一点の刺激に反応する。萃香の指だと悦んでいる。関節が伸びたり縮んだり好き勝手に収縮して、苦しくなる。辛くなる。
なんだかそれでも笑ってしまう。
「……ん、ぁ、あ、……ふふ。あはは」
萃香が訝しげに首を傾げる。「ん、なに?」
「ダメ。……なんかだめ。おかしくって。わかんない」
「ん――……」
爪で敏感になったところをひっかかれる。ブラウスの裏側で生地に擦れる。じんじん痺れて甘くなる。
「っっ、ぁ、ふぁ――」
「気持ちくない?」
「……ん。気持ちいい」
萃香はふわっと笑った。「よかったあ……」
「でもなんかイヤ」
みしっと鎖がしなる。やろうと思えばいつでも引き千切れるだろう。幽香は実際にそうしようとする。が、出鼻を挫いてキスが落ちてくる。籠めていた力が霧散して、そうしようとする気持ちも靄になる。
「ん――んんっ……」
唇が離れると息も短く、粗くなる。
放心したように目から数秒光が消えて、その間は意識も途切れたようになる。ふわふわと漂い、落ち、流れて浮かんで沈んで抜ける。
数秒で戻る。理性もモラルも意識も意地も、粘土細工のように崩れてから固まり直す。
鎖はもう拘束ではなく、バロメーターになっている。どれだけ感じ、脱力してしまっているのか。普通なら簡単に外せるものが外せない、外せそうで外せない。じゃらじゃら鳴るばかりでまとわりつく水のようにほどけない。
外そうとする。
するすると肌を這う萃香の小さな手にランダムな快感、力が抜け落ち霧散して、指先から頭のてっぺんにかけて不器用な熱さが滲んでいく。
……外せない。
(――……ぅ、ぁぁ――ぅ)
思考も覚束ない。ぽっかり開いた空洞のようにもどかしい。思考が途切れればからだも動かなくなる。ただ脳を介さない反射だけが表層に現れる。
愛撫のたびに節々が震える。
「死ね……」
呟くことばに意味は篭らない。意味にならない。ただ悔しかっただけだ。そういう悔しさを表す方法を、幽香はそういう形でしか知らなかった。
萃香の手が止まり、形を変えたままの乳房を引きずるようにして、幽香はからだをねじった。
萃香の上にくる。馬乗りになって萃香を見下ろす。手が離れる。萃香は微笑んでいた。「好き」
そういうレベルで示される親愛に応える方法も、幽香は知らなかった。「うるさい」
真正面からまるで気圧されもせずに自分にそう言える可能性の少しでもある者が、この世界に何人いるというのだろう、と幽香は思った。
「あんた、能力使ってない? 今」
「なんで?」
「ヘン。なんか変。くらくらする。絶対おかしい」
「使っていいならなんだって使うけど」
「……やめろ」
「そーだねぇ。すぐイっちゃうもんねえ?」
幽香は腕をだらんと垂らしたまま息をついた。意志にかかわらず深まるのを意識した。
「……あ、図星?」
幽香は顔を背ける。「……ぅるさぃ」
「かーわいぃなぁもうっ!」
萃香は幽香の腕を引いて抱き寄せる。拒絶はない。下から食らいつくようなキスをする。一瞬待つ……抵抗はなし。触れ合ったまま体勢を入れ換える。幽香のからだを布団に押しつける。唇を離す。至近距離で見つめあい、耐えられなくなった幽香が先に目を逸らす。唇が震えている。拒絶も抵抗も悪態すらももうない。
「幽香」幽香の目が細められる。「好きだよ」ことばと同時にひくりと動く。震える。「好き」無意識に擦りつけられる足の付け根が、「すごく好き」濡れて湿って滴り落ちる。「大好き」瞳の奥で感情が泳ぐ。揺らぐ。「こんなに好きだと、ほんとおかしくなっちゃいそうなんだけど、いい?」
沈黙と静寂がある。「ね……」萃香のことば以外にはなにも聴こえてこない。「返事は?」幽香が産んだ大樹の胎内、「返事はなし?……返事はなし……」部屋のなかは幽香の心の内側と同じ真空の静けさだけがある。「沈黙は金、雄弁は銀、って?」息は熱く湿っている。官能を否定できない。「沈黙は否定にはならないよね?」肯定も否定もない。声のたびに心が抉じ開けられる。
からだの線を伝うように萃香の手が降り、幽香の足を這う。シーツのへりが足首に巻かれて、縛られる。ベッドの足と繋がれる。はね除けようと思えばいくらでもできた。今にも引き千切れた。できなかった。逆らえなかった。
萃香の手が幽香の剥き出しの脚を伝いなおす。上へ。幽香は黙ったまま膝を立てる。外側を撫でて内側へ。くすぐったさに指先が伸びる。
反対側の手が幽香の頬に添えられ、傾けられる。幽香は目を伏せる。おとがいの下に触れられ、従うように顎を上げる。
「――……」
激情のなか、不意に静謐が満ちる。けれどもそれも、秒に満たないほんの刹那のできごとだ。幽香はそれを受け入れ、流した。動かないことを自分に強いた。
萃香がなかにはいってきた。息がつまり、同時にキスされ、呑み込まれた。
「は……ぁう」
頭のなかでぱちぱちと弾ける。目が見開かれ、閉じられる。
「ゃ、やっ、あっ……! ん、んっ」
確かめるように指先が動く。曲げられると水音とともにとぷんとかき出される。
(あ、ちいさい……ほそい……萃香のゆび、ぁ、やっぱり……ぉ、おもいっ……)
感覚がそこに集約される。感じ、味わおうと、他の神経が切れたようになる。意識がホワイトアウトしかける。
鎖が肌に食い込む。少し怖くなる。もうそれをどうこうする力などどこからどうかき集めてもありそうにない。
鎖が鳴る。シーツが軋む。それらが許す範囲でしか動けない。萃香の射程から逃れられない。そういう自覚自体がそのまま快感に転換する。
萃香の声が遠い。「ぁは……熱いね、ほんと入ってる、よぅ……っ!」
「ぁ……ぁっ……あぅ、――っ!」
「ゆーか……ぁ、……感じてる、顔ぉ……すごくきれい、信じらんないくらい……っっ! あ、あたま熱くなりすぎて、おかしくなりそお……っ」
「ぃ――! あ、っく、ぅアあああ、ゃやっっ」
「うわあ……夢、みたい……っ、ゆーかのなかっ……はいってるよお、わかる?……ああ、あったかくて……しめつけてる……」
「ぅああぁぁぅう、っッ、――……! !……ぃっ……くぁ、ああっ」
「とろっとろ……ぁ、ぁっ……私もなんか、すっごくぞくぞくする……っ……こんなん、ふぁ、初めて、かも……触んないまま、イけそ……」
幽香は首を振る。
(だめ、だめ……ぇ、だめ、だめっ、これ、ほんと、っ……!)
自分のものでないような善がり声が高く消えていく。
(ぅあああ、やだあ、うそっ、ああ……なん、でっ、こん、なぁっ……!? 私、あうう、こんなかんじ、感じてぇ……!?)
指が抜かれると自分のなかが名残惜しそうに悲鳴に似た収縮し、挿れられると花びらが開くようになめらかに受け入れようとする。もっと奥へ奥へと欲しているかのように、ひとつ波打つごとに強い電流のような快楽を伴って、萃香を求めて引き込もうとする。
「あああアアアぅ、い……っ! ぁ、あっ!」
性感や官能や快楽や、そういったものが片っ端から萃められているよう。抗う気持ちも、嫌がる気持ちも、みんな疎にされて押し潰される。
小さなからだがまるで媚薬のように心に割り込む。自然に腕を回して抱きついている、けれども鎖が邪魔で、ひどく不器用なすがりかたしかできない。
沈んで落ちる。
白くなってぐらつく。
小さな温かみが懐で疼く。
どこかを噛まれ、どこかを舐められる。
自分がどういう反応を返しているのか、わからない。
腰が上がって、求める。滴る。
「すぃ、――……」
声がつまってことばが出せない。
「……――っ、――!……! ! ! っっ!?――」
水音が二重に聞こえる。萃香が自分を攻めながら、足の合間からとろとろと溢れさせているのが見える。見えるのすら一瞬のことで、視界が滲んで消える。
からだが勝手に起き上がろうとして、首筋に噛みつかれてねじ伏せられる。逃げられない。手首に巻かれた鎖が、足首に巻かれたシーツが、心まで捉えて離さない。
「ぁぁあぁアあぁっっああぁぁぁ」
なのに心が感じるのは恥辱でも悔しさでも恐れでもなく、ただただ幸福な想い。
「……――っッ、すい、――」
萃香が顔を上げる。闇のなかで蕩けた目が幽香の視線と絡む。
「――イく? いっちゃう? ゆーか……」
(――ぁ)そこでやっと自分の状況を知る。(そっ……か、いく、のか、私……っ、すいか、にされ、て……)
途端に悔しくなった。
「……――っっっ!」
心がそう動いたというよりは、長年刻み込まれた意地のもたらす最後の業。
「うぁ、ゃ、やだぁっ!」
理性が戻ってきて、自覚が正しく働くと、ひどすぎる状況に恥ずかしさでかっと頭が混乱する。
萃香の下で――自分より小さな相手のからだの下で、繋がれて縛られてくっちゃくちゃに熔けさせられて、生娘のように震えて悦んでいるのだ。
(信じらんない、も、ほんとっ……! なのに、なのに……っ!)
からだはもう、発火寸前。いまさら戻っても、抑えきれるはずもない。
逆に余計に恥ずかしくなる。
「ん――っ」
「ふぁっ、あっ」
当たり前のように落ちてきたキスも、今朝がたあんなに繰り返したのに、やっぱりどう頑張っても慣れそうにない。思い出してまた混乱する。それでいて、激しく求められると実になめらかにめちゃくちゃにされる。
(ぁ――ん……)
くしゃっと白熱して、
(……ぅ――!? うわ、うわあっ!?)
慌てて復帰する。
「ちょ、ちょっ待っ、ゃ、やっぱやっ、めえ――っ!」
「ゅぅ、……かぁ――」
とろんとした呼び掛けに、「ぃ――ぁ」一瞬まるごと持ってかれて、「――ぅ! あ、もうっ! 萃香ぁっ、待って、やだ、あっ、あっ、ぁ――うううぅ、待って、待ってってば!」
けれども萃香の目は、もうなにも聞いていなかった。感じているばかりだった。
「大好き――」
「ぁ――」
囁かれて、気が抜けた拍子に、
「――ぁ、あっ……や、あ、見な、見ないで、ぃ――! 見る、なあっ――ァあアあぅ……っ!」
達した。今日一日で一番大きかった。
「ゆーか」
「っ……なに……」
「あの、えっと、きもちよかった?」
「……」
「あう、あー、なんか、うん、ごめんなさい」
幽香は溜息をつく。「……こんなにされたら、もう、ね……」
「……え」
「……」
「……」
「――ぁぅっ!?」
萃香の指が動く。達した瞬間からなおも奥へ、抉じ開けるように突き込まれる。
「ぅあああっ、待って、すぃ、ああぁっあアっ、やめっ、あっ、やめて、とめてすいか! いった、私いった、今、っい、ぅア……っ! っく、ちょ、待ちなさ、ああああ……っ」
快楽を終えて痛みになる。痛みがしびれておかしくなる。鎖が絡まり押し退けられない。からだが暴れる、けれども萃香のからだを除けられない。
「待って、待ってよお……! っうあ、いた、あっ、あっっ! 止めて、止めてえっ!」
達した直後の剥き出し以上の敏感なからだ、核心の被覆が開かれ、そこも一緒に転がされる。
じゅうっと音を立てて焦げつかされるような熱、首に頭を埋めるようにすがりつく萃香の口内のねとつき、反対側の手で苛められる乳房のよじれ。
どこもかしこも余裕もなく、組み伏せられて抗いもできず、意識の端から自分のものでない悦びに侵されていくような感覚がある。
「ふあっ、っい……ッ! ぃあ、ああああう、ア――っう、ア! すいかあ!――」
鎮まりきらないうちに押し上げられる。
生理的な反応で涙が滲み、目の端から零れて耳が冷たい。
「や……! め、ろ! やめっ――ぅ、あ――! っ、やめろ!……」
腰が震えて目の前が黒くて赤い。
自分の叫びの向こうでひどく静かだ。
喉がひきつって鼓動が深まる。
「やめろって――ああアっ!――萃香、すいか、ひぁんっ、あぁぁああっっッッ、やめ、やだあ、――! 、!! っ」
かじりつかれて胸の音がうるさい。
皮膚を伝って爆音のような快楽が気持ちいい。
首も胸も秘所も脚ももうみんな同じだ。
水音がぐちゅぐちゅわざとらしくからだのなかで響いて揺れる。
視界に深紫色の線が走り、何度も広がり、死ぬように達する。いかされる。
「……っ、ッっ、ばかっ――! このばかやろう、激し、ひあ――あっあっあっ、ひゃん――激しすぎ、っ、痛い、痛いからもっと優しく、あっく、ふあ――っっっっ、い――優しくしてっ、休ませて、ばかあ!――ああ、んん! ぅ……」
そこまで言い切るだけで三回昇った。
耳の奥がきんきん鳴ってどこがどう自分のままなのかわからなくなった。
際限なく乱れる。淫される。
耐えようとして失敗する。堪えようとして飛ばされる。
十三度目から数えられなくなった。
「あ……あ、あっ、すい、すぃ――」
気づくと腰を浮かせて、自分から動かしていた。足を絡ませてもっと奥へと引き込もうとしていた。
やめようとして、なのにもっと激しく自分から求めていた。
甘い……
萃香の感覚に外も内もどうしようもなくなって、
「ぅ……うっあ――っ……」
あきらめた。
(……どうでもいいや、もう……)
ここまで来たらもうなんでもおんなじだ。
(あー、もうっ……! 情けないやら、悔しいやら……)
霞んで渦巻く激しさのなかで、幽香は腕を伸ばす。
「すいかぁ」
弱々しく、妹が姉に甘えるような、無防備な響きだった。
一瞬、そんな声を上げてしまったことが、善がり声を聴かせるより恥ずかしく思ったけれど、それもすぐになんでもよくなった。
萃香が首を啜るのをやめて顔を上げる。これ以上考えられないほど恍惚として潤んでいた。
「キス、は……?」
ねだるとすぐにしてくれた。
「――ぅ……ふぅ、んっ――」
呑まれ、啜られ、縛りつけられ、断続的に訪れる滝のようなオルガズムをそのまま何度も、数十回分まとめて叩き込まれるような気分がした。
「ん……っっ、ん、うう、ふう、ぅ……ああん……」
幸せだな、と、
「――……ぅぅ――ぁ……!」
考えたくもないことを考えさせられたのを最後に、限界がきた。
許容量を越えてなにもわからなくなった。
『夜明け』
萃香は眠る幽香を見つめている。同じベッドに横たわり、無防備そのものの姿で胸を上下させている彼女の、緩い吐息を感じている。まるで夢のような気分。夢でない証拠に、彼女に頭突きをかまされた額も、思いっきりつねられた頬もまだじんじん痛む。
彼女のなかに入った自分の指を見つめる。まだ濡れている。幽香の顔から目を話さないまま、そっと舐めてみる。口に含んでみる。
「ぅわあ……」
これはまずい。まずいというか美味しい。癖になる。まずいくらい幸せ。
幽香の足首のシーツを外す。手首の鎖も外す。そこには赤く跡がついている。そこも舐める。幽香が身じろぎして、慌てて離す。
「……ん」
わずかな寝息を耳にして、どきどきする。
萃香はしばらく、そうしてじっと幽香の隣にいる。胸から腹にかけて広がる重い甘みを味わっている。が、やがて立ち上がり、ベッドから降りる。
感謝しなくちゃ、と思う。私ばっかり楽しんだって、仕方がない!
幽香は目覚めた。目覚めて最初にしたことは、思い出すことだった。からだは未だに熱かった。どろどろに蕩けて、湿っぽかった。頭が痛いくらいだった。
「――ぁぅうう……っ」
うつ伏せのまま、頭を抱えた。鎖もシーツも外れていて、手首に赤い跡が残っているのを見つけた。皮膚感覚はじんじんしていた。思い出すと、死にたくなった。
心底恥じ入っていた。あんなに乱れて――乱れさせられて――自分のものでないような、ひどい声を上げて――上げさせられて。
濡れきったシーツも、そこに接触するブラウスの裾も、その裏側も、ぐちゃぐちゃだった。
今の気持ちをことばにすると、
「ぁ、あんな……っっ、私ったら、ううう、もぉ……っ!」
まったくことばにならない。
酒に酔って、自分を失って、その失った分の記憶が完全に残っていることほど、恥ずかしいこともない。
ましてそれが普段の自分と、百八十度対極、狂おしいくらい認めたくない部分が出てしまったとすれば。
おまけに今日の場合、自分は酒になんて酔ってなかった。完全に理性はしっかりしていて、それを自分から投げ捨ててしまったのだ。
さっきまでの私をぶっ飛ばしてやりたい、と幽香は心底思った。悔しい。恥ずかしい。情けない。みっともない。萃香のばか。変態。すけべ野郎。
シーツに顔を埋めて、込み上げてくるものを認めまいとする。すると、そこで声がする。「幽香?」
耳に入った瞬間、全身が跳ねるようになる。いますぐこのばかを跡形もなく消し飛ばして、世界の果てまで逃げ出してしまいたいと思う。
思った直後に、力が抜けた。
「幽香、目ぇ覚めた? 水持ってきたよ、飲む?」
顔を上げないまま、溜息をつく。湿った吐息がシーツに跳ね返って、頬までしっとり濡らした。痺れるからだを、両手をついて持ち上げて、萃香に背を向けたまま目を擦る。
悪気はないんだ、と幽香は思う。こいつにしろ、私にしろ。あれだけめちゃくちゃにされてしまったけど、全体を通して見れば、まあ合意の上と言えなくもないし、とりあえずはなるようになった。
アンラッキー・デイ。確かに恥ずかしい思いをたくさんしたけれど、結果だけを見れば、そんなに悪い結末にはならなかった。
これだけ好きにさせてやったんだから――何度も何度も何度も何度も――萃香のやつも、せいぜい満足したことだろう。文句あるか。まだなにかしたいっていうなら、私だってもう遠慮しない、友だちなんだから喧嘩なんていくらでもする。
幽香は萃香を見ないまま腕を伸ばす。「ちょうだい。水」
「はい」グラスの冷たい感覚が手のひらに触れた。
幽香は飲む。口内がすうっと清浄に澄み渡り、心地よく冷える。生き返ったような感じがする。自分がどれだけ喉が乾いていたか、やっと気がついた。
「――……はぁ」
萃香に聞こえるように息をつく。ことばにならないことばによる、明確な意思表示。疲れた。ものすごく疲れた。今日はもう構わないで。それとちょっぴりの悪意。
萃香がにこにこ笑っているのが、背後の気配でわかる。
「おつかれー」
ふざけたようなことばに、幽香は振り向く。水を口に含んだまま、あんたねえ、と咎めるような視線を送ろうとする。
そこで幽香は動きを止める。思考もいっとき静止する。
「……」
萃香。なんてこともない、いつもの格好の、いつもの容姿。長い金髪にねじれた角。酔っ払ってるときとたいして変わらない、子供のような屈託のない笑顔。
けれどもなにかが違う。いつもと確実になにかが違う。決定的に違う。だってこいつは、私の胸あたりまでしかない、小鬼だったはずだ。四天王だかなんだか知らないけど、せいぜい六頭身あればいいほうの、少女姿。霊夢や魔理沙なんかよりも小さい。なのになんでこんな、私の方がこいつを見上げて――
「……――!!!!????」
幽香よりも頭ひとつ分は高い、百八十センチはゆうに越える、十頭身の萃香であった。
幽香は含んだ水を盛大に噴き出した。
萃香は素早くからだをねじって霧をグレイズした。
「な――な、ん、なあっ!?」
「似合う? どうよ? 勇儀サイズだけど」
「なんだあっ!? なんでっ!? なにがどうなっ、はあ!?」
「ちょっと頑張って萃めてみた。単純に巨大化するのと違ってさあ、頭身変えるのって調整がしんどくって、あんまりしないんだけど。変じゃない? どっかおかしいとこある?」
「ぃや、いやいやいや、萃香!? ほんとに萃香!?」
「私も小鬼サイズが一番楽なんだけど。これって労力のわりにはメリットないし。でもこれくらい大きくないとできないこともあるから……」
「ばかじゃないの!?」
「ひっどお」
幽香は呆然と萃香を見る。空気が抜けたように腕をだらんと垂らし、その拍子にグラスに残った水がこぼれ落ちたが、それに気づくこともできないくらい、ぼーっとしていた。
なんだこりゃ。
けれども最初のショックを通りすぎてしまうと、次第に、腹の奥からなにか好ましいものが昇ってきた。
「……はは」
自然に、頬が緩んだ。目尻から涙が零れたが、それは決して、マイナスの感情を呼び起こすものではなかった。
「ふっ……あはは……はははは……」
幽香は腹を抱えてからだをくの字に曲げる。
「くっ、も、だめ、はは、あははははは!」
堰を切ったように、幽香は声を上げて笑い始めた。
「なにっ……なに、それえ……あは、も、殺す気か! ははははは!」
萃香は微笑んだままだった。「どう?」
「あーおかし……! ばっかみたい、なんの冗談よお、腹痛ぁ……!」
緊張が切れた。
悔しさも恥ずかしさも情けなさもみっともなさも、みんな跡形もなく霧散した。
張り詰めていた反動から、それが一気に弛緩して、しばらくの間、笑いはまったく収まらなかった。
ばかな友だちのこの上なくばかばかしい行い。
それ以上に我々を和ませるものがこの世に存在するだろうか。
幽香は涙を拭いて萃香を見た。「なんなの、なにそれ? どういうつもりよ、どうしたいのあんた」
「いやさ、私はもうたっぷり楽しませてもらったから。今度は私が幽香を楽しませてあげようと」
「……はあ?」
「こーゆーの幽香、餓えてんじゃないかと思って」
そう言うと、萃香は幽香の腕を掴み、自分のほうへ引き寄せる。幽香はよろめき、萃香の胸にもたれかかるようなかたちになる。
「ぁっ、ちょっ?」
「よしよし」
「ぃ――!?」
萃香の手が、幽香の髪を優しく撫でる。
腕を回され、萃香のからだに包まれるようになって、幽香はかっと顔が火照るのを感じた。
「ちょ、こらっ!? なに、して――」
「楽にしていいよ。別にヘンなことするつもりないから」
「どうっ、いうつもりよっ!?」
「幽香さ、誰かに甘える機会、これまでなかったんじゃない? プライドやたら高いし。抱き締められるって経験もあんまりないでしょ? だから私が甘えさせてあげるの。夜が明けるまでは私がお姉さん! 幽香が妹!」
「なにそれ!? どんだけばかなのあんた!?」
「そんな乱暴なことばを使ってはいけません。めっ」
「んなぁ――っ!?」
ぎゅう、と思いっきり力を籠めて抱き締められる。
「ふぐ」
萃香の胸に押しつけられ、声が潰れた。十頭身でも、胸は起伏のない草原のようにまっ平らだった。むしろ硬かった。
「今日はありがとね、幽香」萃香はそのまま、幽香の耳に落とすように囁く。「どきどきして、ぞくぞくして、嫌われるんじゃないかって怖くなって。でも、安心した。すごく嬉しかったよ。幽香が好きでよかった。大好き」
不意打ちを食らったように幽香は息を止める。「――、……っッ、……」
「聴こえる? 私の心臓の音。こうしてる間にもすごくおっきくなって、でも、安らかすぎるくらい遅いの。幸せ。屋台でひとりかふたりで飲んでるときみたいに自由で、宴会でみんなと飲んでるときみたいに楽しい。それってとっても得難いことだよ。長い間生きてきたけど、心底こんな気持ちになれたことってなかった。まるで解き放たれたみたい」
幽香は全身がこわばるのを感じた。その直後に、ふっと抜け落ちていくのを感じた。
「……」
しばらく身動きひとつできなかった。萃香の言う通りだった。幽香には誰かに甘えた経験などなかった。家族、母、姉、庇護者などと言える者がいたことなどなかった。
萃香のことばが次第に心に染み込んでくると、不意に、なにか表現し難い感情が湧き上がってくるのを感じた。手のひらに収まりきらず、腹から胸にかけて大きく満たし、それでも抱えきれずに喉が震えた。
「ぅ……」
ややあって、幽香の手が、ためらいがちに萃香の衣服の裾に触れ――
その瞬間、重力が消えたような感覚がした。
「よっと」
「えっ」
萃香の腕が、片方は背中に、片方は膝のあたりに回されていた。そのまま持ち上げられた。横抱きにされ、反射的に萃香の首に腕を伸ばしていた。
「な、なっ」
「よっしゃ、幽香! 樹、どけて! 外行こう!」
「え、ええ!? ちょっと、待って! やだ、降ろして、この抱きかたはやめなさい! 恥ずかしいから!」
「人さらいやってたときもこんな抱き上げかたしなかったよ、幽香は特別! 私の初めてのお姫さま抱っこ、幽香にあげる!」
「このまま外!? どんな羞恥プレイよそれ! やめてお願いせめて着替えさせて!」
萃香はブラウスの他にはなにも身につけていない幽香を抱えたまま、窓に向かう。窓枠が蹴り開かれる。その向こう側には幽香の産んだ大樹の裏側、みっしり張られた隙間のない根っこ。
「あう……!」
仕方なしに幽香が念じると、根っこは待ちわびたようにぱくっと開かれた。
目が眩んだ。途端に光が溢れた。檻のような根の合間からすべてを見渡せた。太陽が地平線の果てで一日の最初の仕事をし始め、深い藍色の空の下、世界に鮮やかなオレンジ色の照明を送ってきていた。それは幽香の庵も大樹もふたりも例外なく公平に照らし出していた。
狭苦しい闇を後に、幽香を抱いた萃香は朝と夜の限りない境界へと飛び出した。
萃香の首に腕を預けたまま、幽香は諦めたように力も緊張も解いた。
ショックの波から遠ざかると、安堵だけがあった。
「……ああ、もう、なんだっていいわ。好きにして」
声は自分のものでないように遠かった。
「あんたにだけは、勝てる気がしない」
幽香がなにかに敗北を認めるのは初めてだった。自ら進んで白旗を上げるのは初めてだった。けれども実際にそんなことをしてみても、悔しさも情けなさも、これっぽっちも湧いてこないのだった。
萃香は驚いたように幽香を見下ろした。「ちょうど私も今、そういうことを考えてた。私はこれから先ずっと、幽香にだけはきっと、勝てないだろうな、って」そこで彼女は微笑んだ。「勝てなくていいや、って。戦わなくていいや、って」
つっかえ棒になっていたぎこちなさが抜けてしまえば、ふたりの間にはもうなにもなかった。ありのままの自分と彼女がいるだけだった。幽香は不意にそのことに気づいた。そのことがどれだけ得難いことであるかも。気がつくと、彼女の首に回した腕に力を籠めていた。近しい友として相応しい親愛の情が伝わるように。
桜の咲く小さな丘の前で萃香は幽香を降ろした。春の強い風が吹き抜け、花びらを白い羽根のように渦巻かせ、暗い虚空へと導いていた。空にはまだ星が残っていた。限られた夜を捉えて小さく瞬いていた。
嵐が近いのか、遠くに大きな黒い雲が湧き出ていた。陽光に照らされる稲妻の母はある種の清廉ささえ孕んでいるようだった。露出の多い素肌に、それらのもたらす冷たさの混じる空気は、清々しく心地よかった。澄み渡り、生まれ変わるような気分さえした。
萃香は手のひらを上に向けて彼女に差し出す。「こちらへどうぞ、お姫さま?」
「やめろ」
そう言いながらも、幽香は彼女の手を取った。しばらくは俯いていた。自分がどんな応えかたをすればいいか考えているように。あるいは必死に思い出しているかのように。やがて顔を上げて萃香と目を合わせると、緩やかに表情を解き、目の前にあるものすべてを受け入れてしまえるような、どこまでも穏やかな笑顔を浮かべた。
萃香は鏡のように同じ色の笑顔を返した。
萃香は彼女の手の甲にキスした。頬に触れ、目の上にキスした。目の下にした。頬にもした。鼻先にもした。唇にもしようとして、いつの間にか幽香の指が摘まんでいた桜の花びらに薄く阻まれた。花びら越しのキスはもどかしさを煽り立てた。幽香は上目遣いで悪戯っぽく微笑んだ。数センチの隙間を残して、ふたりはことばもなく見つめあった。
幽香の指が桜の花びらを解放した。花びらは風を得た燕のように地表を滑り、何度も翻ったあと、一息のうちに上空へ舞い上がった。萃香は幽香の手を引いて丘の上に登っていった。桜の木の下でふたりはからだを休めた。
萃香は桜に背を預け、両腕を開いた。小さくとも大きくとも、雲のような包容力は変わっていなかった。萃香はそのままの萃香だった。むしろそのサイズのほうが、彼女の本質に近いのかも知れなかった。
「おいで」
幽香は近づき、彼女に抱かれた。そうすることを自分に許した。
萃香は幽香を抱いたまま座り込んだ。「いい匂いがする」
幽香は彼女の腕のなかでそっと呟く――カム・アウト・オヴ・ザ・クロゼット。
「ん、なに?」
幽香は答えず、萃香の胸に顔を埋め、いやいやするように首を振った。
そうしたレベルで素直に感情を示すこと自体、幽香にとっては恐ろしく恥ずかしくなるような思いだった。頭がかっと熱くなり、今すぐ死んでしまいたくなるくらい。正直さの代償。けれどもここには彼女しかいないのだから、ほんの束の間、そうした感覚を自分に強いるくらい構わない。
萃香はもう想いを直接ことばにすることはなかった。声を出すことさえ稀だった。幽香も彼女に無理に応えようとはしなかった。けれどもどうしても出てしまう声だけは素直に発した。
幽香は自分の背骨を伝って降りていく指先を感じた。それを受け入れられるようにわずかにからだを起こした。顔を上げ、キスをねだった。衣服の裾を掴む指の力がいっとき強まり、すぐに弱まり、やがてなくなった。
空気が弛み、水性の温かみを帯びる。
鳥の鳴き声がした。吐息が混じり合った。ふたりの横たわる雑草の合間を、天道虫が這い、飛んでいった。金と緑の髪が触れ合い、どちらがどちらのものか判然としなくなった。風が草花を揺らし、桜の枝葉を擦り上げた。
彼女を引き寄せ、幽香は地面を背にした。陽光を遮る影のなかに入り、緩慢な動きで足を絡めた。骨盤をぶつけ、自分が彼女を求めていることを知らせようとした。そんなことをしなくてもすべてが伝わっていることを、萃香は彼女の腰に手を添えることで答えにした。
影が時計の針のように緩やかに動き、ふたりのからだのへりに光を触れさせる……
幽香の手が萃香の衣服を脱がし、剥き出しにされた背中に指を這わせた。彼女を感じるたびに指先が皮膚に食い込み、柔らかな赤色に染め上げた。
萃香は伝えたかった。ただ伝えたかった。ことばにできない想いも感覚もすべて。半年前のあの夜から……その切っ掛けとなったあの異変めいた真似から……幾度か顔を合わせ、話し合った時間から……博麗神社で初めて出会ったあの瞬間から、彼女に抱いていた明確な感情も明確でない感情もすべて。ありのままのすべてをありのままに示したかった。感謝を。正直な好意を嘘偽りも飾り立てもなく正直なままに贈りたかった。
手を伸ばすと強く握られた。
――ああ、
と、彼女は息をついた。
「すいか」彼女の声を聴いた。太陽が地平線を離れるのを見つけた。「あったかくて、きもちいい」
萃香の胸の上で幽香は目を閉じた。
「……眠い」
「寝ちゃいなよ」
「ん……」
おやすみ、と彼女は言った。おやすみなさい、と彼女は応えた。
『朝』
静かに寝息を立てる幽香を抱えて、萃香は小屋へ戻った。大樹はそのままで、寝室の窓際だけがその根っこを開いていた。萃香はそこからなかへ戻った。
幽香をそっとベッドへ横たえると、そこで眠気がきた。
「ふぁ……」
もう彼女自身限界に近かった。
ベッドのへりに両肘をつき、幽香の寝顔を見つめた。
「……んふ」
気が抜けて、風船が萎むように彼女のからだが本来の小鬼サイズに戻った。
「やっぱかわいー……」
幽香の寝顔はどこまでも穏やかだった。
今日一日で理性が吹っ飛んだり性感に押し潰されたりイき損ねたりイかされすぎたり悲壮な決断をしたり幸せになったり、すごく忙しかった気がする。何年もの時間を凝縮されたような感覚。昔はそういう感じがすると、大抵は背を向けて去らなきゃならなかったものだけれど。
此処にいていいんだ、と思う。鬼である自分がそんな場所を持てるなんて、それこそ幻想みたい。ヒア・トゥ・ステイ。鬼は外福は内なんて、ここでさえ幻想になってしまったのか。
「ん――っ」
ひとつ伸びをして、ベッドに飛び乗る。幽香を逃がしてしまわないように、そのからだの上に横になる。胸を枕にして。思いっきり抱きついて。
目が覚めたらまた幽香と一緒だ。最愛の友。明日はなにをしよう? どこへ出かけよう? また一緒に異変でも起こしてみようか。誰かが起こした異変に殴り込んでみようか。
幽香を抱いていると、あたたかみが伝わってくる。心もからだも、日溜まりの匂いがする。花の咲く場所の香りがする。幸せすぎて怖くなってくるくらい。
私を受け入れてくれる。受け入れるときに生じる苦痛も苦悩もみんな越えてくれる。
そんなひとが好きだなんて。そんなひとを好きになってしまうなんて。
ああ、なんて――
ぜいたくな恋!
何言ったらいいかわからないけど、一生土下座したいような気分です。
何この幽香、可愛すぎてもういろいろやばいんですけど。
何この萃香、可愛すぎて(ry
とりあえず、続編あるんですよね!妊娠して結婚して出産して子育てするんですよね!
裸土下座で待ってます。
何はともあれお疲れ様でした。
前編が出てから今日まで、「後編が待ち遠しくて生きるのが辛い」状態だった。
それがついに解消された。
なんという超絶的な甘さ・・・!
砂糖を煮込んで凝縮したものを口に頬り込んだかのような!
読んでいて2828して俺きめぇとか思いながら読み進めました。
とりあえず作者さんの妄想にお賽銭したい気分。
妊娠→結婚→出産→子育て の4編もまだあるのか!
俺百合糖分過多病で死ぬんじゃないかな(いいなそれ
萃香への土下座は出産くらいでやっと頭上げれると思うんだ。
だからそこまで頑張って書いてね^^
いや、書いてください、マジでお願いします。
非常に素晴らしい作品を読めました、ありがとうございました。
萃香は ほんとに いい趣味を している。
続きを全裸で楽しみにしてます。
すごい!とにかくすごいですよ!?
読んでるといろんなものがあふれ出しそうになって、どうにかなりそうだった。
妊娠→結婚→出産→子育てを期待していい、とw
さぁ早く土下座しながら続きを!!
そんな暇が有るなら続きを書くべきである
なのであなたはもっと萃香に土下座すべき。ついでに幽香にも。
>「幽香! 大変だ!」
>「なに!」
>「そうやって抵抗されるとなんだか無理矢理犯してるみたいですごく興奮する! ありがとう! ほんとありがとう!」
>「死んで! お願いだからほんと今すぐ死んで!」
このへんでどこかのだれかの頭悪いけーね思い出して二重に爆笑した
立夏の季節だというのに、実に春爛漫なお話でした。
ジェットコースターのような展開に目を回しながらニヤニヤしていました。
後編を全裸で待ち続けた甲斐がありましたよ。
素晴らしい作品を書いた作者に感謝を。
にしても、あらすじと後書きと魅魔様にはびっくりだw
本当に素晴らしかった!!!リアルで悶え転がったよ!!
ふたりとも本当に可愛すぎる!!!
作者様へのお礼と言っちゃあ何だが、
勢い余ってイラスト描いて、にてねーよにぶち込んできました!!
そして魅魔様GJ!!
おいおい、気があうなブラザー・・・。
>勢い余って全性癖ぶちこんでしまいましたが
おいおい、気があうなb(ry
もう、あなたにはありがとうとしか言えない!
前編から後編を待つ間、何と言う幸福のスパイスかw
もう大好きです。
自身の性癖を譲らない萃香も大好きですw
ああーもう、萃香と幽香でご飯が美味しいなぁ!
土下座っていうご褒美状態で、後4編!
期待していますw
萃香と幽香のカップルはいろいろと凄まじいですな。
人間なら一溜まりもない
あとなぜか魅魔様とみすちーのやりとりがツボりました。
何と言えばいいのか分からない。甘すぎて頭がどうにかなっちまいそうだぜ・・・
そして、もしよろしければまた萃香と幽香の物語を是非に!
あなたの作品、あなたの書く幻想郷が大好きですよほんと
気合い入ってていいかげんで余裕綽々なくせにいっぱいいっぱいの臆病な無鉄砲キャラ達
幽香も萃香も攻めなんだか受けなんだかわからないのにめちゃめちゃ甘い
あなたの書くキャラたちの決意とか悩みとかなんやかんやがもっともっと読みたいです
ねえ。頼むから続編書いてよっ!
私は貴方の妄想を心待ちにしております。
あと前回のあらすじで思いっきり吹いた。
内面描写のリアルさは夜伽最高クラス
こう、息遣いや心音まで感じられそうな文章が凄いわ。
ときめきがとまらねえ!