※注意
萃香×幽香。珍カップにもほどがある
作品集17「HERE TO STAY」の後日談となります
後日談につきストーリー性なし いちゃついてるだけです
のはずが前作より長い・前後編というミステリー・暴挙
後編は五月下旬の予定→アップ完了しました
全力で俺得
全力で誰てめえ
※注意終了
※前作のあらすじ
友だちと 思っていたら ガチだった
~風見幽香(ノンケ)~
※前作のあらすじ終了
『朝』
目を醒ますと、腹の上が重かった。何かと思い毛布を剥ぐと、自分の胸の上に二本の角、長い金髪をぼさぼさにして、萃香がうつ伏せになって寝息を立てていた。
カーテンの隙間から帯状の朝陽が差し込み、粉雪のように埃を浮かび上がらせ、その柔らかな先端が、萃香の後頭部を照らしている。
そういえば、と幽香はぼんやり思う。眠っている最中、なにか扉が開く気配はしたのだけれど、どうせ彼女だろうと考えて、やり過ごしたのだった。
昨夜は博麗神社で宴会があったから、朝まで帰ってこないんじゃないかと思っていたけれど。
「萃香……」
幽香は彼女の頭をぽんぽんと叩き、眠気の抜け切らない緩んだ声で、呼びかける。
「……酒くさ」
萃香はんーんーと意味を為さない呻きを発して、砂のなかに逃げ込むように、幽香の胸元を鼻先でかきわけて潜っていこうとする。
面倒くさくなって、そのまま二度寝してしまおうか、とも考える。
が、春の陽気はもうベッドの周りを取り囲んでいて、寝汗をかいてしまったほど、暑い。
眠り直すより、シャワーでも浴びたい気分だった。
「萃香」もう一度呼びかけて、「こら、寝ぼけてんの」
角を鷲掴みにして、持ち上げる。
「んぁ……?」
瞑ったままの瞼の奥で、眼球がぴくぴく動いた。
「起きなさい、ほら」
「んぇ」
「起きろってば」
「ふぁ?」
「おーきーろー」
「ぁい……」
目を擦りながら、萃香がもぞもぞと体を起こす。幽香の腹に跨ったまま、両手を幽香の顔の横について、猫のようにぐぐぐと伸びをする。それだけでは足りなかったのか、今度は万歳のかたちになって伸びをして、ひとつ、大きな欠伸をした。
帰ってきてそのままの格好で寝たのか、と幽香は呆れる。腕の鎖はじゃらじゃらと鳴り、胸元は鎖骨まではだけている。だいたいあんたが寝起きする部屋はちゃんと別につくってあるじゃない、間違えないでよ。私はあんたの布団じゃないっての。
幽香のほうは、もちろん寝間着姿だった。何年か前、霊夢や魔理沙と初めて会ったときの、あのネグリジェである。
「どきなさい」
萃香が一向に動く気配もないので、幽香は言う。
「ふぇ?」
「どきなさいっての」
萃香はそこでようやく気づいたかのように、薄く目を開けて幽香を見下ろす。酔いの残り香と寝起きの気だるさで、その双眸は白く霞んでいる。
「……」
「……」
しばらくそのまま、見つめ合ってしまった。
幽香が文句を言おうと口を開きかけると同時に、萃香が小首を傾げる。
「……ゆーか?」
その口調があまりにも舌足らずで、とぼけた調子だったので、
「……は? まだ寝ぼけてんの?」
と、口を尖らせて不機嫌さをアピールする。
萃香はぐるりと首を捻じって、辺りを見回す。
幽香の寝室。
幽香のベッド。
幽香のカーテンに、幽香の時計。窓際に飾られた幽香の鉢植え。幽香のタンス、幽香のテーブル、幽香の化粧台に幽香の鏡。
くるりと一回りして、萃香の瞳はまた、自分の下にいる幽香本人を捉える。
「……ゆーかだらけ、ぇ……」
「なにを言ってんの、ばか」
妙な感じでふやけたように笑うと、萃香は水蛇のような手つきで、幽香の頬に指を這わせる。
「……なに?」と、幽香は訝しげに言う。「ちょっと、ねえ、どきなさいってば。酒くさいわよ、あんた。昨日どんだけ飲んだのか知らないけど、シャワーくらい浴びてきたら?……萃香、ねえ、聞いてんの?」
「……んぅ」
萃香の両手が、幽香の両頬を包み込むような形になる。小さな指。幽香が意識のへりでそんなことを思うと、手首の鎖が、呼応するようにじゃららと鳴った。
ったく、こいつは。幽香はひとつ、欠伸をする。本格的に酔っ払ったままみたいね、どうしてくれようか、このろくでなしは。
「萃香」いくらかの苛立ちを篭めて、「ねえ、ほんと、そうくっつかれると暑いんだけど。私の上からどけっつってんの。いい加減にしないと、――」
「ゆうか……ぁ」
「――ぁ?」
そこに不吉な予感を覚えて、幽香はことばを止めた。
気がつくと、顔と顔の間の距離が埋まっていた。
危機感を覚える間もなく、ふうわりと、掠め取られるように唇が落ち、
「……んっ」
「……――!?」
恐ろしくなめらかな速度で、なにひとつ反応を返せないまま、幽香は唇を塞がれていた。
――そうだった、すっかり忘れてた!
幽香は突然何倍にも重さを増したような萃香の体の圧力を感じ、瞬間的に膨れ上がった危機感とともに思う。
こいつは、私のことを、紛れもなく『そういう』対象として見てるんだった!
幽香と萃香が、あの異変――と呼ぶにはあまりにもささやかなちょっとした事件――を起こして、およそ半年。
なにがなんだかという内にそういう形に至ってしまったあの夜以来、幽香の『私は間違いなく紛れもなく一切疑う余地なく完全に完璧にストレート!』という強固な主張もあって、ことに及ぶような事態になることは、なかった。
幽香の家の居候として、そのまま居ついてしまった、とはいえ。
友人としての慎ましい距離感……
それは萃香の自重と、幽香の警戒――眠る際にも枕元に護身用として日傘を置いておくような涙ぐましい努力によって、この半年間、がっちりと保たれていた。
それでも。
萃香は伊吹萃香という一体の鬼として、自分の感情に嘘をつくことはできない。
心に蓋をして、現実と幻想のジレンマにじりじりと耐え忍ぶ、そういう暮らしを長く続けることは性に合わない。
幽香にしても、一度は友として認めてしまった相手に対して、そういつまでもハリネズミのようにいられるわけでもない。
半年。
それだけの時間は、萃香を限界線上まで押し込み。幽香の警戒を薄氷のように弱めさせるには、充分すぎる期間だった。
それで幽香は、油断してしまっていた。
(っ……っ、っ! お、重……い!)
以前こういう体勢になったとき、萃香に対して自分が完全に不利だったということを、忘れてしまっていた。
萃香の体が、自分の体の節々に、ぎりぎりと食い込んでくる。布団に押し付けて逃さないように、蜘蛛の糸のような粘り気さえ感じる。
反射的に上げた腕を捕らえられ、手首を掴み、捻じり上げられる。
腹に押し当てられ、全身丸ごと抑えこんでくる、膝。
(痛……、い……った、たたた――、……ッ! このっ、こいつ……っ!)
胸に肩の辺りをぶつけられ、思わず肺から吐き出してしまった空気に唇を開いた瞬間、舌がぬるりと侵入してきた。
(――っ!)
湿った、生暖かい吐息が、合わせた唇の合間から漏れて、頬を伝う。
口内が一気に酒くさくなって、鼻がつんとした。
恐ろしく柔らかい。ちょっと熱したらとろけ落ちるんじゃないかと思うほど。なのに触れ合ってる場所から、どんどん、恐ろしく重くなってくる!
「や……ぁ、めっ、え……っ!」
「んっ」
「んうぅっ!?」
舌が歯茎をずるっと撫でて、唇の裏側までするると這い回って。
ぞくぞくぞく、と、意思に反して腹の辺りが痺れた。
自然に開いた歯の隙間から、さらにその奥に割り込んでくる。
「ぁ、ぁ……っ、……ふぁ……っ」
押し返そうにも、鬼としての膂力が存分に発揮されている状態なのか、びくともしない。
両手は体の中心から離されて力を篭められず、足は付け根の辺りのツボかなにかを強く押されて、持ち上げられない。
能力が能力で散らされることは、半年前に証明済み。
(日傘……!)
……は、今日に限っては枕元になく、何光年も離れているように思える遠い玄関に立てかけてある。萃香が朝まで帰ってくることは、ないと思っていたから。
――そして。
「……ふぁ……ぁ! ん、んぁ、は、はぁ……」
「――くちゅ、んっ」
「ぁ、あ!? や……ぁ、っ、っ!」
半年前とはひとつ、決定的に違っていることがあった。
(……――、っく……!)
萃香に対する、幽香自身の心情。
(一方的に、っ、してるくせに……! こ、こんなっ、しあわせそうな、顔っ、し、てっ……!)
幽香のほうはこの半年間、あくまで友人として、萃香に接していたけれども。
共に暮らすようになってから、しばしば、萃香の好意はどうしようもなく感じてきていた。
幽香並みに長く生きているくせに、萃香はときどき、見かけ通りの少女そのもののように振舞うことがある。
いくつかの会話が絡まりあい、ちょっとしたスキンシップに発展すると、萃香はなんのためらいもなく、なんのこだわりもないかのように、幽香に体を寄せてくっつこうとする。
後ろからそっと近づいて、幽香の髪に指を絡ませて、わしゃわしゃとかき乱したり。
照れくさがって、肩に肩をぶつけるようにしてみたり。
真正面から、なんの脈絡もなくハグされたこともあった。
それが本来の意味での少女と違うのは、そうした触れ合いの後、ふっと、哀しそうな表情が目元によぎるところだった。
……ああ、こいつは。
と、そのたびに幽香は思うのだ。
私にこれ以上のことを求めるのを我慢して、ここまでっていうラインを、明確に引いてるんだ……
「ちゅ……くちゅ、ちゅる、んー……んっ」
「ぁ、んっ……! すぃ、ぁ、かっ、ちょ、待っ……、っ! っは、ぁむ」
あの夜、萃香は私に、『好き』と言った。
あまりにも明確な告白だったけれど、私はあんたには応えられない。
そういう性癖はない!
でも、友だちだって、認めた相手だ。嫌いなわけがないんだ。
それでこいつは、今の今まで、私のそういう気持ちを尊重して、我慢してきた……
「っく……ん、む……」
そうした距離で、そんな嘘偽りのない好意を感じること自体、幽香にとってはじりじりと追い詰められるような、不安感に似た辛さを感じた。
心が痛んだ。
そりゃ、できる限り応えてはやりたいけどさ、私だって! 突き放すなんてことはできないわよ! でもそれって要はどういうことなの? どうすればいい? あんたの恋人にでもなれっていうの?
萃香の恋び……いや、え、ええええ!?
「……っは、ぁ、っく、ぁ……っ! 、は、は、ぁう、はあ……」
などと葛藤しているうちに、いつの間にか、萃香の唇が離れていた。
額と額を押し付けあうようにして、萃香が見下ろしてくる。
自分の荒い呼吸が聞こえる。そうした状態にあることを萃香に見られているという自覚をすると、情けなさと恥辱に、頭がかっと熱せられる。口を半開きにして、喉を激しく上下させて酸素を求めているという事実に。
萃香という、今では最も近い位置にいる相手にそういう状態になるまで追い詰められたという事実に!
「――っ!」
酒の匂いがどんどん強まっていく。体の芯まで届いてくる。混乱する思考がますますぐらついてくる。
「……んふ」
含み笑いをする萃香の顔。幼い顔立ちのくせに、そうして幽香を見下ろす表情には、巣にかかった獲物をどうやって嬲ろうか考えているような、捕食者の余裕と凄絶な色気がある。
普段の、友人として付き合っている最中には、決して見せない顔。
その天と地ほどのギャップに、
「……ぁ、っく……!」
ひどく気圧されているような感覚を憶える。
(こいつ、このっ……ッ、完全、に、寝惚けて、ぇっ……!)
そしてそうした表情こそが、普段抑圧されている萃香の、自分に対する感情だと思うと――
(――っ、……、どうしろ、って……いうの、よ……っ)
幽香は気づいていなかった。自分が今、どんな顔をしているか。萃香にどんな表情を見せているか。
魅入られたように萃香から目を離せず、首筋まで真っ赤に染めて、力なく口許に手を当てている、などと。
そしてその間は、唯一のチャンスだった。こうして離れている隙に突き飛ばすなりなんなりすれば、萃香は正気に戻っただろう。離れることができただろう。が、幽香の思考はこうした状況に混乱してぼやけてスローになっており、そういうことを思いつくには、明晰さを欠きすぎていた。
幽香は機会を逃した。
それでますます、萃香の暗い笑みは深まった。
「……っぁ、は、あ……ゆーか、やっぱり、唇やぁらかいねぇ……」
「……!……なに、言ってっ――」
「思ってた、はあ、通り……覚えてる、通り、……ふにふにでさぁ……その内側、も」
「正、気にっ、もどれ……っ!」
「ぁはは……あったかく、て……っ! ざらざら……ぁ、寝起きだから? 水分少ないよね、ねとついて……」
まとわりつくような、鼻にかかった萃香の声。
耳のなかでぐるぐる廻って、甘ったるく沈んでくる。
ちろりと、少しだけ垣間見えた舌が、幽香の唇をさっと撫ぜる。
(だ――も、こいつは、ほんとにっ……!)
体を動かせば動かすほど強く食い込んでくる体は、ひどく無遠慮で、情け容赦を知らない。
はっきりした痛みが体の節々に感じられる。
「甘い……にぃおい……花の蜜のぉ……あー、ぐらぐらする……」
萃香はうわごとのように言う――実際うわごと以外のなんでもない。
ぐらぐらしてるのはこっちだ、と幽香は思う。このばか。ばか鬼。ばかすいか。
「んー」
「ふぐ」
文句を言おうとした瞬間にまた舌を入れられていた。
迂闊にものも言えない……もうとっくに手遅れだが。
(……ほん、とに、も……信じらんない……! 同性で、こんな……子供みたいにちっちゃな、女に……萃、香に、とか……っ!)
萃香の舌が、幽香の口内で素早く動く。水分の少ない、ねとつく感覚を伴って、歯の裏側も、その奥も、ぬるぬると這って廻る。
萃香の吐息が生温かい。
近すぎてぼやける顔の輪郭が、それでも、徐々に赤く染まっていくのが見える。
噛みついてやろうか、とも思うけれど、この半年間の複雑な距離を考えると、それも酷であるように……
(……っ……)
そうした思いがちょっとした心の隙間となって、萃香の侵入を許してしまう一部がある。その隙間を萃香が抉じ開ける。あの夜、結局は流されてしまったときと、同じ思考の流れ。
なにせ一度は、前例があるのだ。
(でも……っ、でも、そう易々と、納得だって、できないっ……けど、っ)
けど。
……どうしよう。
ちょっとでも不穏な動きを見せたら、すぐにでもぶっ飛ばしてやる。
(キスだけなら……キスだけでもむかつくけど……っ、このっ……こいつが別の……私に触っ、たら……っ!)
拳を握り締める。
(キスだけならまだ戻れる、まだ……笑って許せる、許してやる……ずっと我慢して自重してたことに免じて、勘弁してやる……!)
が、そうした考えをすることによって、逆に、体の力が抜けた。
心の隙間が広がった。
「――ん、ふぁ、ふあっ……」
キスだけ。キスだけ、キスだけ、キスだけ……
体の強張りが弱まると、食い込んでくる萃香の体からもたらされる痛みも、緩んだ。
柔らかい、包み込まれるような温かみが代わりに満ちた。
長く生きてきたせいか、萃香は小さいくせに、そうした妙な包容力を持っているところがある。
鬼として散々忌み嫌われ、遠ざけられ、少なからず孤独の痛みを味わってきた者だからなのか……
頬に優しく触れられて、ぞくっときた。
敵意や殺意ならいくらでも捌ける。
真正面からそれ以上の同じ感情をぶつけて、押し勝てる。
捻じり潰して砕き散らして、拒絶して相殺して。
でもこういうのだけはだめだ。戦えない。どんなに強くなろうが、そういうところとはまるで別の場所からやってくる。
つい、赦してしまう。
「っく、ぁ、ふぁ……ぁっ、ぅぁあ、あああう、」
ぐぐ、っと押されて顎が上がり、喉が反り返る。
まとまった唾液が、流れ込んでくる。
口内でまとわりついて、粘ついて、ひどい匂いが鼻に抜けて涙が滲んでくる。
萃香が促すように舌を巻いてくる。
(飲め、ってこと……)
溢れた唾液がつうっと顎の線を伝い、首に垂れ、くすぐったい。
水のなかにいるような浮遊感。
(飲むわよ、飲めばいいんでしょ……わかってるわよ、ああもう、舌がうるさい……)
こくん、と。
嚥下した瞬間に、喉に手のひらを当てられていた。
そうした体の動きまで把握されているようで、そうした距離があまりにも不躾で。
「……あはっ」
離れた萃香が心底嬉しそうに、いっそ無垢にさえ感じられる表情で微笑む。
が、すぐにまた密着してきて、飽きもせずにキスされる。
キスだけ……
別のことをしてきたら、そこで終わりにしてやる。
こんなばかなことも、友情ごっこも、全部……
終わりにできる。
この恐ろしい距離感からおさらばできる。萃香を追い出して、自分は家に閉じこもって、あんな異変ごっこももう起こすこともなく、あとは末永く幸せに暮らす。
(……ぁ、っく……べ、別にそこまでしなくて、も、ね……!)
とりあえずこの場を破壊して、何事もなかったかのように全部忘れて、萃香は友人のままで、この前アリスとやりあったようなばかな行為もときどきやって、そうしたことに今度は萃香も巻き込んでやって、あとは末永く幸せに暮らす。
(ぅ、うん、これでいい……まあ、うん、これぐらいで勘弁してやろう……)
まあ一緒に暮らしてるんだからこの程度の間違いはたまにあってもいいんじゃないか。
舌の裏側に舌を這わされる。
促されている。
(……ぅあ、っつ……おまえも動かせ、って……?)
おとがいに指をかけられて、口を開かれる。
「ぁー……」
唇を離されて、互いに口を開けたまま見合うようにされる。
ぽたぽたと唾液が落ちてくる。糸が引いて、切れる。
「……ふあっ、あ、あああ、ひあ……」
(舌を、出せ、って……?)
萃香の顔は期待に潤んでいる。
淫蕩な表情で、それでも自分から無理に動こうとはせずに、幽香の反応を心待ちにしている。
「っは……っく、んう……は、あ、はあ、ああ……」
心が流れていく。
(だ、出したら……どう、なる……? これも、キスの、範疇……?)
体はくっつけられているけれど、明確な愛撫があるわけでもなく、胸にも秘所にも、時折さっと触れ合ってしまうだけで、そうした意思は感じられない。
「……ゆーかっ」
子供そのもののような声で呼びかけられて、
「ぁ……う」
それがあまりにも可愛らしい声だったから、ガードを内側から風化させられるような感覚を憶えて。
(どう……されるんだか……なに、を……どうなるの、か……)
ぐるぐると思考がかき混ぜられる。
(萃香……に。萃香に……萃香、が……わた、私、に……)
どんどん視野が狭まっていく。
(ぁ……あ?)
「ちゅる」
「――!?」
――気がついたら吸われていた。
いつの間にか、舌を出してしまっていた。
唇で挟まれて、思いっきり、食らいつかれる。
逆に萃香の口内を犯して……犯すよう仕向けさせられる。
「ぁ……あ、あ、あああ、あ……」
初めて味わう、萃香のなか。
歓迎するように、弄ばれる。
(萃香の、歯……! 萃香の、舌……萃香の、ぅわ、あ、やだなにこれ小さい、すごく小さい……!)
友人の新たな一面を見たような喜びのような、隠されたものを垣間見てしまった背徳感のような。
(ぁ、あ、あ、やだやだやだ、そんなこと……や、したくないのに、うぁ、あ、おいし……じゃなくて、あ、どうしよ、え、あ)
……五分。
(ぁ、あ、わ、ぅ)
十分。
(……こ、ここまできたら、逆に急にやめるのも……う、あ、やだ、なんだか恥ずかしいんじゃ……)
十五分。
一瞬、視界が白く滲んで、耳鳴りがして。
(……あっ、やだ、ぇ、あ、あれ……!?)
次の瞬間には、幽香は萃香の頭に腕を回して、自分から舌を動かしていた。
(うそ、うそ、うそ……)
やめられない。腕を離せない。
――二十分。
(や……私こんなに……長く……気持ちいい……? 気持ちよくなってる……? 萃香、に、私から、からめ、て)
体を擦り付けあうようになっている。ネグリジェの裏側で汗が、熱気を抑えつけるように、篭もっている。
二十五分。
(気持ちよくなんかない、って……けど……もう、少し……ここまできちゃったら、あと五分でも……してて、おかしく、ない、ん、じゃ……ない、わよ、ね……)
三十分。
(……もう、ちょい……)
萃香と暮らし始めて、以前の一人暮らしのときのようには、プライベートを保てなくなった。
萃香はよく外出するけれども、いつ帰ってくるのかわからないし、気配がなくても霧状になったままいつの間にか、そばにいるということもあった。
常に誰かしらがそばにいるような感覚。そうした感覚は不快ではないけれども、もちろん、あらゆるものがそうであるように弊害というものはそこにもある。
(……ぁ、あ……れ? え? あれ、やだ、うそ……っ?)
ぶっちゃけた話、自家発電する機会が全くない。
(え、え、え? だって、え? あ、あれ?)
なくもないけれど、そこまで危機感を覚えてするのもなんだかアレな話だし、また次の機会でいいか、となんとなく流し続けていた。
それでも溜まるときには溜まる。
(……へー……キスだけなのに、キスだけ、で……こ、ここまで、これるんだ……)
――高まっていく。
壁を越えて、その次の壁へ。
山を越えて一旦落ちて、すぐまた山が来る。
「……は、ぁう……ふぁ、ァ、ふぐ……ン、ん、ンんん、ああっ、ちゅ、っく、ッ、あ」
徐々に波が激しくなってくる。落ちついてられる感覚が短くなっていく。
幽香の舌の動きが、切羽詰ってくる。呼応する萃香の動きも、激しくなっていく。
(キスだけ、って、初めて、かぁ……それだけ、なのにっ……それだけで、すいか、に、いかされちゃうの、か……)
自覚すると、余計にそうした感覚がはっきりしだした。
もう、否定できる気もしなかった。
恐ろしく気持ちがいい。
胸や秘所や、そうした性感帯で感じる快楽とはまた味が違う、なんとも言えない心地。
全身が、じんじんと疼く。
もっともっとと浅ましく求めているのを、他人事のように感じている。
「ぁ……あ」
くる、とわかった。
もう波のどこを取っても臨界を越えている。
(くる、ぁ、信じらんない、……けど、うああっ、くる、くる、くる……!)
すぐさま高ぶるわけではなかったから、達する寸前のもどかしさが、いつもの何倍にも引き伸ばされていた。
(くる……もう、少、し……っ! あ、あとちょっと……! まだ?……まだ……ま、まだ……!?)
くる……
こない。
(……っ、っい……きつ……ぅ! あと少し、だって、いうのに……! やだ、ほんとに……も……! はやく、はやく、はやく、はやく――!)
求めれば求めるほど遠退く。
掴もうとすれば抜け落ちる。
波が引いていく。山が沈んでいく。
(ぁ……やだ、そんなの、ここまできて、こんな……っ! だめ、だめ、だめ、も……!)
舌の動きは際限なく激しくなって、いまや萃香のほうが圧されているほどだったけれど、幽香はもうなにも気づけない状態にあった。
回した腕に力を篭めて、足を萃香の足に絡めて。
(すいか、すいか、すいか、すい、か……っ!)
――ネグリジェ越しに、萃香の膝に、秘所を擦りつけた。
思いっきり、打ち付けた。
(っ)
それで戻ってきた。
「うあ、あ、ああああ、あアあ、い、ふぁっ――んむ、ぅあああ、ああぅああ――!」
幽香の全身から力が抜け落ちると、萃香は体を離し、すっと目を細めて彼女を見下ろす。
指先が自分の唇をなぞって、唾液を拭い、幽香に見えるように唇で咥えてその先端をちろっと舐める。
「ぅ……あ」
正常な思考が戻ってくるにつれて、冷静さを取り戻す一方で、幽香はますます、高まっていく自分の一部を感じた。
(い……、った……)
その瞬間の自分のあられもない姿まで、見られ、感じられた。
体の芯から熱い。一度達しても、熱が解放されない。
背中にじんわりと汗をかいているのがわかる。
強い風が窓を叩いている。
がたがたと、木枠の揺れる遠い音が聞こえる。
そうした音に混じって、耳元を流れる血管の、どくん、どくんという鼓動が鼓膜を揺さぶっている。
自分の荒い呼吸音も。萃香の余裕たっぷりの吐息も。
悔しくてシーツを掴んだけれども、力が入らなかった。
指の先まで痺れているようだった。
下腹部がじんじんと熱い。そこには直に触れていなかったから、それで余計に、下着が愛液に濡れきっているのを感じる。
とろとろと溢れ、臀部の下まで濡らしている。
ずっと触れ合っていた口の周りも、口のなかも、もうそれがどちらのものかわからぬほど攪拌されて、粘ついていた。
キスだけでそんなになるとは思わなかったから、ひどく困惑していた。
ぐったりとしてぼやけていたけれど、心はもう、諦めてしまえと甘く誘ってくる。
(……だめ、だ……って)
そう思いはすれど、背中とベッドがくっついてしまったかのように、離れてくれない。
(い、いま、私……っ! ものすごく、無防備、じゃ……)
萃香が幽香の鎖骨の辺りに手をかけ、また、近づいてくる。
(っ……ッ、! ……)
動けない。
動いてくれない。
(わ、私……なに、されても、今……! ぅ、抵抗、できっ……な、い……!)
「ゆーぅか……ぁ」
耳元で、恐ろしくゆっくり、確かめるように声をかけられる。
吐息が皮膚をくすぐる。唇が触れるか、触れないかの、微妙な距離。
「……ぃっ、ぁ……ぅ、っは、ぁ……」
「かーわい……キスだけで、こんなたっぷり、ぃ……感じちゃったんだぁ……、ぁはあ――最後のほうとか、さあ……? も、自分から動かしてたよねぇ……!」
「!……っ、っッ、」
「からだのいろぉんなとこ……擦りつけてぇ――きもちよかった?……ね、ぜーぜーいっちゃってさ……うれしーなぁ、私でさあ、私とキス、してぇ、さあ……!」
「違……! 私、そんな……!」
「んー、そおだね……別に違っても、なんでもいいけど?……ね、ね……これからさ、どうする、なにして欲しい……ぃ?」
「――、……」
「ね、ゆーか……なんだってさ、するよ、してあげる……ゆーかがしたいこと、ぜんぶ、させたげる……私で、ね、私、を、ねえ……」
幽香は目を閉じて歯を食い縛る。
目の前の現実をそうやって否定しようとする。
違う、こんなのは違う、
萃香の声を聴くたび、息を感じるたび、お腹の底から求めるような重みが昇ってくるなんてことは……
「ゆーか……」
萃香が幽香の頭の両側に手をつき、体を起こす。
そっと目を薄く開けて、萃香を視界の端に捉える。
そうした瞬間に瞼の奥に溜まっていた涙がつうっと零れて、目尻を伝って耳まで落ちた。
(ぅ……も、ぅ……)
抗えない……
心が折れる。
(だめ……)
萃香の眼。もう寝惚けてるとか酔っているとか、そういう次元ではなく……
「……ところで、あれ?」
ふっと萃香が表情を緩める。
目にかかっていた白い霧が物凄い勢いで晴れていく。
「なにこれ……なんでこんな状況になってんだけ。えーっと、んえ? 幽香? なんで私の下なんかにいんの」
「……ぁ?」
「あれー? っていうかここ幽香の部屋じゃん。昨日私どうしたんだっけ。霊夢と魔理沙と……地底と命蓮寺の連中で飲んで、私と勇儀対他の連中で飲み比べてたことまでは覚えてるんだけど。帰ってきてそのまま寝ちゃった? 私の部屋と間違えちゃったのかー」
「……」
「参ったなあ。ごめんねー、幽香。せめてシャワー浴びればよかったのに、それも忘れてたか。酒くさかったでしょ? 眠れなかった? 今すぐなんか軽いものでもつくるよ。あー、頭痛ぁ。あんだけ飲んだのは久し振りだなあ。さて……ん、あれ?」
萃香はそこで幽香をもう一度見下ろす。
幽香の顔。
どう見ても事後です、本当にありがとうございました。
「……」
「……えっと、あ、うん、思い出した思い出した」
「……」
「あれだ、うん、そんなつもりはなかった、今では反省してる。いや、あの、ごめんね? 私が悪かった、ほんと悪かった。でもあれじゃない? 幽香だってアレだと思うよ? あれ、えっとアレ、えーっと、ぐらぐらになって帰ってきてさ、こう、爽やかで豊潤な花の香りが漂ってたら虫じゃなくても引き寄せられると思うわけね、私は。で、こうね? ふらふら引き寄せられたところにふかふかで柔らかくてふにふになからだがあったらベッドと間違えてついつい乗っちゃっても責められないよね? 誰だってそうするよね? で、寝起きのこう、ぼんやりしたときにさ、目の前にさ、幽香の顔があったら思わず理性とかいろいろと吹っ飛ぶと思うの。だってこう、アレだよ! 幽香が可愛すぎるのが悪い! 幽香はちょっといろいろ自重すべきだと思う! うんだからこうアレなのアレ、アレがこうしてどうなってそうなって、アレいや、仕方ない! 仕方ないよね!? いやでもごめんねほんとごめんすみませんでしたマジで悪かった私が全面的に悪かった、だからその、あの」
萃香はばしっと音がなるほど強く、両手を合わせて頭を下げた。
「ごめんなさい! 赦してください!」
「死ねぇぇぇぇぇえええええ――ッッッッ!!!!!」
幽香の拳が顔にめりこみ、萃香は部屋の反対側まで吹っ飛んだ。
幽香は寝間着姿のまま、ばたばたと家のなかを駆けて、朝の爽やかな空気のなかを飛び出していった。
太陽の畑。ひときわ大きな古木の下に座り込み、幽香は膝を抱えている。その姿勢のまま深く息をつく。二度、三度、四度。春の風が優しく吹き渡り、ナイトキャップの下、前髪をかすかに揺らす。
心のなかでありったけの罵声を萃香に浴びせる。危うく流されるところだった、と思ってから、実際に一度達してしまったことを思い出して、「あー、うー!」と頭を抱えて唸る。思い出してから忘れようと努力する。萃香の感覚を体のなかから追い出そうとする。すると、上空から声がする。
「はーるでーすよおー……」
おっと、あの妖精! 幽香は手のひらに力を篭める。なにかおかしいと思ったらあいつのせいか! あいつが春を振り撒いているせいだったか! よおしそこを動くなよ、今すぐ優しく撃ち落してやるから!
が、そこまで考えて冷静さを取り戻し、リリーを落としても春を止めることはできはしないと思い直す。世界に春をもたらしているのはもっと遥かに上位の存在なのだ。彼女はそれを告げているにすぎない。今の私のテンションからすればそいつとグローブをつけて打ち合っても構わないが、春が来ないと咲かない花もあるわけだから、勘弁してやる。命拾いしたなろくでなしめ。
「ぁー……もう……っ!」
大樹に頭突きをかます。ぐわぁん、と思いやりのような手応えが返ってきて、ひらひらと葉が散っていく。
額を擦ってから、自分がノーメイクのまま飛び出してきてしまったことに気がついた。
寝間着のままにしろ、ノーメイクにしろ、ほんとに一体、何年ぶりのことかしら、と幽香は思う。大妖としてはみっともないことだ。すっぴんだと、この顔立ちは年齢不相応に幼く――悪く言えば乳臭く――見えてしまうのを自覚しているので、そういうことがないよう、あれ以来ずっと注意してきたのに。
大樹に背を預けて、もう一度座り込む。木漏れ日を送ってくる薄い緑の枝葉越しに、雲ひとつない青空を見やる。
気持ちのいい快晴。
それが余計にこちらの気を滅入らせる。
あーもう全然だめだ、と幽香は頭を抱える。思考がどうしてもろくでもない方向にいってしまう。一日の始まりからケチがついてしまった。今日一日いっぱい、もうろくでもないことになりそうな予感がひしひしする。
アンラッキー・デイ。そういうときはたまにある。下手に動かず、家で一日中じっとしているのが最良の策なのだが。今はその家に他ならぬ萃香が居座っているというのだから、逃げ場がない。
「気持ち悪……」
そもそも朝ごはんさえ食べてない。
萃香のことを思う。
厄介な女と友だちになってしまったものだ、と思う。そもそも幻想郷では厄介でない女のほうが珍しいのだが、あいつはそのなかでも屈指のつわものだ。
いや、素直でわかりやすくて行動原理が丸っきり子供のそれだということを考えれば、これほどいいやつもそうはいないのだが。
それも、過度の好意を除けばの話。
「はあ……」
自然に溜息が出た。
「友だち、じゃ……だめなのかしら、ね」
恋人なんて面倒くさいだけだ。
思いやって当然、大切にして当然。
ないがしろにすればあっという間に気まずくなり、互いに厭な思いばかり。
独占欲の対象。掌中に収めて放さず、翼をもぎ取って私だけのために啼かせる。
年がら年中、イベントというイベントに付き合ってやらなきゃならないし、それだけくっついてれば、なにかしら厭な部分が鼻につく。
離れれば離れたで、辛い、苦しい、自分という人間性が全否定されてるような不安感に襲われる。
友だちが一番楽だ。最上級は腐れ縁の悪友だ。
余計な気遣いは無用、私もあんたも好き勝手にやりたい放題。
楽しそうなことやってたら乱入し、つまんなくなったらぱっと逃げ去る。
厭なところを攻撃しあい、むかついたら喧嘩して、どうでもよければ離れておしまい。
暇になったらときどき訪ねていって、今なにしてる? 元気? ちょっと面白い話があるのだけど。
隣に座るのも連れ立って歩くのも、あくまで自分が楽しいからであって、相手の気持ちなんてどうでもいいのだ。
そんな適当な関係なのに、なぜだか笑っていられる。一緒にいて楽しい。
「……実際、ね」
この半年間はそういう関係だったのだ。
幻想郷中の宴会に顔を出す萃香。
太陽の畑に引き篭もる幽香。
いつでもそればっかじゃつまんないでしょ、と無理矢理幽香を連れ出して、宴会に誘うこともあった。
世にも恐ろしい風見幽香がやってきたということで、宴会の雰囲気はぶち壊し。蜘蛛の子を散らすようにぱっと逃げ出す人妖たち。萃香はそんなど真ん中でげらげら笑い、気にせず幽香に酒を注ぐ。
異常な状況には慣れきってるような人妖ばかりだから、そんな風になっても結局は誰も気にしない。何事もなかったかのように宴会を再開する者もいれば、幽香と萃香の周りでじりじり、様子を見る者もいる。
それで充分だった。
自分のような者が受け容れられているというだけで、なんだか贅沢にさえ感じられるくらい、穏やかな気分になれた。
それ以上を求めるなんて考えもしなかった。
「……帰ろ」
幽香は立ち上がる。
どのみち寝間着にすっぴん姿じゃ、どこにも行けやしない。
見上げるとまだ、春告精が飛んでいるのが見えた。
「はーる、はーる、はーるでーすよーぅ」
とりあえず一発撃っておいて、家に向かって歩き出した。
「春ですよー。春で……ぎぃやあああぁぁぁぁぁ――!?」
『昼』
萃香は幽香のベッドに寝転がり、天井を見つめる。幽香に殴られた頬がまだずきずきと痛む。自然に溜息が出てくる。二度、三度続けて息を吐き出し、自分のしたことを思い返して、ひっくり返って頭を抱える。
「うーあー」
布団に顔面を押し付けると、幽香のにおいがした。太陽の畑と同じ、陽だまりと濃密な花の香り。
「……ぅ、あ。まだどきどきしてる。っていうかどきどきしてきた」
幽香の表情が網膜に焼き付いている。普段ちっとも見せてくれやしない、嘲笑うような唇の歪みなんかすっかり抜け落ちた、丸っきり余裕のない上目遣い。
とんでもないギャップ。思い返すだけで下腹部のあたりがずぅんと重くなる。
「強烈なもん見ちゃったなー……」
というより、してしまったのか。
「あー……もぅ……なんだかなあ。なんか、なあ! うまくいかないよなあ! ちっともうまくいかない!」
ごろごろとベッドの上を転がる。
角が邪魔でうまく横転できない。
自分の胴ほどもあるんじゃないかという巨大な枕を抱き締めて、ぎゅーっと力を篭めてみる。
柔らかい。ずっとこうしていたいくらい。でも幽香のからだのほうが柔らかいし、温かいよなあ。
「うまくないなあ、もう! うまくない! ちっともうまくない!」
天井めがけて枕を放り投げる。
びたん、と間抜けな音を立ててぶつかって、落ちてくる枕に、オーバーヘッドキックをかました。
壁に激突して、生地が裂けた。
「あ、やば」
なかに詰めてあった羽毛がぱっと舞って、開け放った窓から吹き込む風に、渦を巻いて散らかった。
「はぁ……」
わかってんだよなあ、ともう一度溜息をつく。
気が滅入る。
この半年間、目の前に幽香がいるという状況にずっと我慢してきたのに、どうして今日に限ってあんなことをしてしまったのか。
というよりは、どうしてこの長い期間、自分が理性を保てていたのかというほうが、不思議なのか。
「幽香だってさあ、悪いよなあ……」
本当に厭だったら、私を家から追い出すなりなんなりすればよかったのに。
今朝だって、ちっとも本気で抵抗してこないし。幽香が本気を出せば、自分を引き剥がすくらい朝飯前のはずなのに。だいたい寝起きで惚けてたんなら、私だって隙だらけだっただろうし。それにしばらくしたら、……じ、自分のほうから……動いてきたりとか、さぁ……
「うー……っ!」
ばたばたと足を上下させて、布団を蹴飛ばした。
――いやほんと、あれは至福の時間だった。かなりやばかった。幽香の舌ははっきり言ってとんでもない。長くて器用で、こっちは主導権なんて保っていられず、すっかり丸め込まれてしまう。
思い出を振り返る楽しい時間が終わると、自己嫌悪の暗い内省タイムだ。
「……ぜいたく」
自分をそう罵倒する。
「こうして居座らせてもらってるってだけで、感謝しなくちゃならないくらいなのに」
告白して拒絶はされたけど、傍にいさせてもらってるというのに。
友だちとして付き合ってくれてるっていうのに。
同性愛者の掟、その一。告白してだめだったら潔く去れ。留まるな。
マイノリティであり、アブノーマルであるという自覚を忘れるな。
そういう性癖を持ってるってだけで、批判も中傷も呆れるほどやってくる。こっちが求めなくても、善意のお節介という抵抗しようもない正義を背負って、寄せては返す波のように襲い掛かってくる。
告白なんかしないで、友情を装ったまま傍にいるのが、一番無難な道なのだ。
その場の勢いとか、そういうもので好きだっていったんじゃない。拒絶され、遠ざけられ、排除されることを全部承知で、それでもやらざるを得なかったから、告白したんだ。
生半可な覚悟じゃなかった。何千年も伊吹萃香をやってれば、そりゃ、そうした覚悟は自然にできてくる。
「ぅー……」
鬼として――というより伊吹萃香というひとりの者として、嘘も偽りもそういつまでも仮面にしていられない。正直者であろうとすれば、どうしたってそういう部分が表に出てくる。
これまで何度、諦めてきたか。
好きだった者に背を向けて、姿を消してきたか。
正直者であるということと、同性愛者であるということの、逃れられないジレンマ。
幽香はそういうことを知って、それでもここに受け容れてくれた。
「でもそーゆーところがさあ、どんどん好きになってく原因だったりとかするしさあ!」
布団に口を押し付けて、くぐもった声で叫んだ。
我々は恩恵を数えるより簡単に災厄を数えすぎる。そうしたことを自覚する瞬間がある。
自分がこのときまで、いかに不幸にばかり目を向けすぎてきたか。風見幽香の隣にいるということは、そのことをはっきり浮き彫りにするということだった。
幽香の後ろについて花畑を歩き、いろいろとくだらないことを話し合う。霊夢や魔理沙のことだったり、どこかで誰かがおこした異変のことだったり、今夜のご飯なにが食べたいとか、暇潰しにもならない退屈なこと。
そうしたことの合間に、ときどき、機嫌がいいと、昔のことをぽつぽつ話し始めることもある。
お互い、それなりに長く生きてきた妖怪同士だ。苦しかったことも辛かったことも吐いて捨てるほどある。けれどもそうしたものに対する愚痴を浄化する相手がいないくらいには、孤独だった。
ひとの生きる時間は短すぎて、人生の悲哀を味わい尽すには足りなすぎる。
話して、吐き出して、別に慰めが欲しいわけじゃない。ただ聴いて欲しいだけのこと。そういうことがあった、そういう者がいた、そういう出会いがあり、そういう別れがあった。
誰かの記憶に残りたいとか、その記憶のなかで生き続けたいとか、そんな明確な目的があるわけでもない。
話せる相手がいる。
事実はそれだけだ。
けれどもただそれだけのささやかな事実が、結局のところ、どんな恩恵よりも深く安らぎを与えてくれるのだ。
堰を切ったように、そういう話を止められなくなることもある。
気がつくと涙を流していたことも、一度。
なんでこんな風になってんのかな、と溜息をついて。
幽香は日傘を傾けて、全然気づいていない振りをしてくれた。声が震えてたんだから、わからないはずはなかったのに。
幽香のほうから話すこともある。
萃香に比べて頻度は遥かに少ないけれど、子守唄のように、何気なく呟かれるときがある。
恐ろしく静かな口調で、ぞっとするくらい穏やか。
共有できる感情は少ないくらいだけれど、幽香がそういう話をしているということ自体、異様ですらあることだ。
プライドも外面もそっと脇に置いて、靄のように捉えどころのない雰囲気を纏って。
話し終わると、沈黙が落ちる。
とんでもなく長い長編小説を読み終えて、その結末があまりにも鮮やかすぎたときのように、自分の根っこを失って心許なくなるような感覚がある。
かなり長い時間、隣に座って、太陽が地平線の向こうに沈むのを眺めている。
幽香が立ち上がるのは、唐突だ。膝を伸ばしてスカートの埃を払って、こちらには声もかけず、背を向けて歩いていく。
なんとなく気まずくなってついていくと、やがて、幽香は頭だけを傾けて肩越しにこちらを見る。
その目尻に、そうとわからないくらい小さな涙が浮かんでいて――
『……こういうこと話せる相手ができるなんて、それこそ幻想のお話だと思ってた』
「ああああああああ、もうっ! なんだよぅ、なんなんだよう!」
萃香は頭を抱えて布団の上をごろごろ転がり続ける。
「抱きたい! すっげえ抱いてやりたい! 可愛すぎるんだもの幽香! 普段あんなに物騒なくらい強気なのにさあ、そんな、さあ! 急にそんな弱々しいとこ見せるなんてさ、破壊力ありすぎなんだよ! そんとき速攻で押し倒さなかったのが不思議なくらいだよ! もう、もうっ、あーもうちくしょう!」
そうした動きも、やがては収まる。
息は荒れたまま、心臓の音ばかり高まり続けて。
「……こんなに好きになってくのになあ……うまくいかないよなあ。幽香がそんなに魅力的じゃなかったら、こんな苦しむことだってなかったのに。振られてハイサヨナラで終われたのに」
傍にいるというだけで、心が狭まって、苦しくなる。
「諦めきれないよ……!」
――だから、今朝のキスだって、反省はしてるけれど後悔は微塵だってしてないのだ。
寝惚けてて、うろ覚えなのがすごく悔しいけれど、間違いなく幸せだった。
「ぁ、あんな……顔、キスだけで……するなんて、……っ」
想い起こすだけで、ことばが荒れた。
「あんなに、長い時間……っ、飽きもせず、に……! 自分から動かして、わた、私の……私、に……してくれて!……」
殴られて、気を失って、眼が覚めて、自分の下着が濡れていたことに気がついた。
そのときはもう乾いていたけれど、朝に高められた体はそのままなにも発散されてない。
こうして幽香のことを思い出すだけで、なんだか……
「……っ」
萃香は幽香のものであるシーツにそっと指を這わせる。
――このベッドの上で。
そっと辺りを見回すと、幽香のカーテンに、幽香の時計。窓際に飾られた幽香の鉢植え。幽香のタンス、幽香のテーブル、幽香の化粧台に幽香の鏡。
幽香が多すぎる。
私にとってはもう、その全てが誘惑になるというのに!
「っ、ッ……!」
耳鳴りがする。
体が勝手に震えてくる。
春のぽかぽか陽気が辺りを取り囲んで、追い詰められる。
「……ゆー、か……」
そっと紡ぎだしたことばは、あまりにも切実で、切羽詰っていた。
自分がなにをしようとしているのか、その自分自身のものでないような声を耳にしてはっきりわかった。
「……ぁ、そだ、ぇっと、タオル、タオル……」
萃香の手がベッド脇のテーブルを探る。
ほとんど盲目になっているかのように、手だけをごそごそさせて、その上にあった小物ががらがらと落ちていく。
(ここに、タオルがなかったら……どこか、探しに行かなきゃならなく、て……そ、そしたらその間に、体の火照りも抜けてくれるかも、しれなく、て……っ)
萃香の手つきは遅い。心中の迷いが指の感覚をぼやけさせる。
こんなことはだめ、と思う。よりにもよって幽香のベッドの上で。幽香の布団を汚しちゃうかもしれない。それにこんなところでこんなことをしたら、本当に、辛抱できなくなってしまうかも……
(タオルを探してる、間、にっ……頭も、しゃんとするかも、しれなくてぇ……っ! 冷静に、ぁ、なれるかも、我慢できる、かもしれなくて……!)
意識をなくしたような手が目的のものを探している間にも、もう、萃香は自分の下腹部を、スカート越しにベッドに擦りつけていた。
(……だめ、だって……だめ、ぁ、だめ、だめ……)
が、萃香の指先は既に、そこにタオルを見つけていた。
幽香は庵の扉を開け、なかに入る。一度、萃香の名を呼ぼうかと思い、やめる。いなかったらいなかったでいい。私は着替えて、化粧して、花畑をうろつくだけ。あいつは神社にでも天界にでも、好きなところへ行けばいい。
廊下を歩き、寝室へ行く。服も化粧台もそこにある。扉に手をかけると、そこで声がする。
『ぁ……』
「……?」
萃香の声。扉越しに、部屋のなかからかすかにくぐもった声音が聞こえる。
『ん……ふぁ、あ』
「――やーね。まだ眠ってるのかしら。もう昼前だってのに……」
ドアノブをひねり、頭のなかでことばをまとめる。こら、萃香。とっとと起きなさい、なんて自堕落な生活してんの。ちょっとは生産性のあることでもしたら? 花畑の一角を貸してあげるから、自分で家庭菜園でもつくってみたらどう。
(……よし。朝のことはなかったことに。いつもの調子で、忘れ物を取りに来ただけ、みたいに……)
もう少し、ことばを続ける。頭のなかであらかじめ準備してれば、ことばはきちんとなめらかに出せる。ほら、はやく出て行きなさい。まったく、ここは私の部屋なんだからね? 寝るにしたって、自分の部屋で……
……私の部屋で寝てる? まだ? どうして?
『ぁ……ぅん……っ』
「――……」
どこか苦しげな、だれかに呼びかけるような、遠い鳴き声。
『は、ぁ……あっ、……っく、ぁああぅ、んっ、……っあ』
「ぅ……!」
萃香が、まさか、私の部屋で、――
『ぃ……あ!』
いや、待て、と幽香は心のなかで思う。まだそうだと決まったわけじゃない。ただの寝言かもしれない。悪夢でも見て、うなされてるのかもしれない。朝にぶん殴ってから、まだ目を覚ましてないのかもしれない。ええ、うん、あのパンチは我ながら実にいい角度で入った、と思う。体勢は悪かったけれど、上半身のバネだけで打った不自然なものだったけれど、その辺の妖怪だったら一発で幻想郷の端までぶっ飛ばせるくらいの威力はあった。きっとあった。絶対あった。あったはず。あったと思う。たぶんあった。だからそう、これは違――
『ゅ……か』
「ぁ――っ?」
『ゆうか……っ! あ、ううあっ、い……っひ、ぁ……っぅ!』
「ぁ、ぅ、な……っ! なん……っ、でっ……!?」
名前。明確に自分の名前を呼ばれた。
『ゅぅ……かぁっ!……っあ、はッ……き、もちっ――気持ちぃ……っ!』
「ぁー……ぁーあぁ……」
なんかもういろいろダメな気分になって、ずるずると、その場に座り込んでしまった。
昂ぶったまま中断してしまったのは、萃香だけではなかった。幽香もまた、一度達したとはいえ、それで全て発散したわけではなかった。
萃香が正気に戻る寸前、心が折れた一瞬。ほとんど絶頂直前の高みにあるような快感を解き放てないまま、目を閉じようとしていた。
(萃香、にっ……! されると、思っ、てっ……)
その萃香が、この薄い壁越しに、私の名を呼びながら自分を慰めている……
彼女の声を聴いた途端に、また朝の状態に戻っていく。萃香に押し上げられたからだが、萃香のからだを想起する。卑猥なほど正直に官能が蘇り、足に力が入らなくなる。腰が抜ける。顔がかっと火照り返す。
(っ……ゃ、やだ……)
思わないようにするのは、結局は思うことと同じだ。
生々しく思い返してしまう。萃香にされたどろどろのキス。なすすべなく責めたてられ、自分から求めてしまったことまで、一から十までリピートされる。
(……ッ、)
強く目を閉じ、雑念を追い払おうとするけれど、瞼の裏の暗闇のなかでますます萃香の記憶は鮮明になる。
ネグリジェの下でからだが疼く。
熱く、
――なる。
『ぁああぃ、ぃ……い! ぁ……あ、あ、っくううぅあああう、っは……ァ! ゆう、かっ……!』
「あ――、!……」
『ゆうか、ァ、ゆぅー――ぅぅ、か……ゆうか、ゅうか、ゆ、ぅ、かっ……』
「ゃ……やめてやめてやめて……」
『ゆう、かぁ――っ!』
萃香が呼んでる。
呼ばれるたびに、ずくんとしなって、からだが応じる。
壁越しに、萃香と自分のからだが繋がっている。
自分の心だけが無視されるような感覚がある。
立ち上がれない。
耳を塞げない。
壁にもたれて座り込んだままきゅっと身を縮めて、ほとんど涙目になって、その部屋の扉を見つめる。
(なん、でっ……こんな、ぅ、うううぅ、ことに、なってんの……?)
自分のからだなのに、私の言うことをちっとも聞いてくれない。
萃香の呼び声にばかり敏感になっているくせに。
(萃香、は……っ、私に、……っ、キスした、だけなの、に……!)
おかしい。こんなのは絶対におかしい。
けれどもそんなことを思ってみても、状況はちっとも好転しないし、萃香の高く掠れる女の声は耳に届き続ける。
この場から逃げ出そうにも、ぺたりとついた足とお尻は根っこを張ったみたいになって、ちっとも動いてくれやしない。
『ゆうかっ!!』
「ぁ……」
怒鳴りつけるような声に、全身がびくりと跳ね上がる。
その拍子に足の付け根が変な風に擦れて、くちゅ、と下着の裏で音がした。
(わ、私……こん、なっ……濡れて……!?)
今朝に濡れた分は、もうすっかり乾いていたはずだから、それは今に溢れた分。
「……っ」
幽香の指が、そろそろと動いていく。
自分のからだを押すようにして、のろのろと胸元を伝って、下へ。
「確かめる、だけっ……!」
自分のことながら、言い訳のように耳のなかまで響いてくる。
言い訳……なにに対して?
「確かめる、だけだから……っ、確かめる以外の、ことは、しない、からっ……」
そうしている最中にも、次から次へと湧き出てくるのがわかる。わかるというよりは、きっとそうだろうとなんとなく感じてしまっている。
ネグリジェの裾をめくり、なかへ入る。
指先の体温が低い。
「っひ」
足の付け根に直に触れて、その冷たさに、自分でびっくりしてしまった。
そこからじわりと、言い知れぬ感覚が広がっていくことにも。
『ぁ、あああ、っあ、ゆう、か……』
ショーツの上から触れる。
「……っあ、え、ぅう、うそ……ぉ……!?」
予想以上。
信じられないくらいに溢れていた。
ショーツがもう、その役目を果たしていない。
ネグリジェまで色が変わっている。
『ぁ、あああうぅ、あっ、ああっ!』
不意に、心のへりに、歪な好奇心がよぎる。
(……これで、自分で、実際に、触ってみたら……!)
このからだはどれだけ昂ぶっているのか。
指先に濡れた柔らかみが感じられる。
(だ、だめ……だめよ、だめ……)
萃香の声を聴きながら、ここで、自分を慰めて……
(だめ、ったら……! だめだって、だめ、なの、に……)
ショーツの上から、そっと押し込む。
「……――っッっ!!」
怖いくらいの刺激が、全身を奔り抜けた。
背筋が反り返る。顎が上がる。声をこらえた喉の震えが唇の隙間から漏れ出る。
(ぁ、ああ……!?)
全身が一気に痺れた。
身中の官能が倍近くまで膨れ上がったようにさえ感じた。
(す、すご……ぁ、あ、これやばい……すごくまずいことになってる……っ!)
なにがまずいって、そこまで高まってしまったそもそもの原因である萃香が、薄い壁越しで、自分の寝室で、自分のベッドで、自分を呼びながら、まず間違いなく自分を想いながらシているという状況だ。
萃香の声を聴くたびに――その存在を感じ取るたびに、ますます余裕がなくなっていく。
からだはもうとっくに言うことを聞かない。自分の意思なんてほったらかしにして、じんじんと熱く疼いて求めている。
ショーツ越しにそっと触れるだけで達しかけてしまった。
「……っ、ん――ぅ、うっく……!」
なにもしてないのに声帯がぶるぶる震える。
「……だあっ……もう……っ!」
指先が勝手に、ショーツを前後に撫ぜる。
爪の先だけ触れるくらいの、もどかしいほどの弱々しさ。
「あ、ぅぅ……っッ」
たまらずに、反対側の指を噛んだ。
人差し指に歯を立てて、善がり声をこらえようとした。
『ぁ、ああああっ……っは、ぅん……っ、幽香、ゆーかっ』
「ふ――ぅ、っふ……っっっ!」
指を、止められない。
理性が、動きを遅くさせはするけれども、完全にやめることもできない。
指一本だけ。
ショーツの上から。
なかに入り込みもしないし、中指も親指も縮こまっている。
そのもどかしさが余計に辛い。
(だめ……ぇ、だめ、っ、だめ……っ、だめ!……)
心のなかで呟き続ける。
(だめだめ……だめ、だって……だめだか、らぁっ……)
押さえ込もうと思考を閉じる。煮え立つ鍋に蓋をする。
火力は強火でそのままどころか、どんどん激しくなっていく。鍋の底からだけじゃなく、右も左も熱せられる。
なかの湯は当然溢れる。蓋を押し上げてぶくぶく零れる。
(萃香、なんだ――って! 萃香、だから……! 友だちであって、それ以上、じゃ……っ、ないから、ない! ない……のに……!)
際限なく溢れる。
布地越しなのに、指はもうびしょ濡れ。
耐え忍ぼうとからだを変な風にねじって、それで余計にじりじりする。
肘の辺りが胸に触れる。ぎゅうっと自分を抱き締めるようにして、膨らみのかたちが歪んでしまう。
(……ぁ、やだ……っ!)
寝起きでそのまま出てきてしまったから、ブラはつけていなかった。
それで乳房の先端が、触ってもいないのに勃っていることに、気づいてしまった。
ネグリジェを裏から押し上げていた。
『ゆうか……ぅ、もうちょい、もう……! ちょっと……!』
「……ぅ!?」
萃香が終わりに近づいている。
(ぁ、え、まず……どう、しよ……っ!)
もし萃香が終わって、そのまま部屋から出てきたら。
扉を開けて、すぐそこの廊下で、こんな姿を見られてしまったら。
(……っ、っ、っ! ぁ、うああっ……、だめ、やだ、やだ、やだ!……)
最悪だ。冗談じゃない。
そんな恥辱には耐えられない!
終わらせなくてはならない。
萃香よりはやく。
とにかく一刻も惜しんでなんとかしなければならない。
なんとか? なんとかってなにをどうすればいい?
この限界寸前のからだをひきずって、隣の部屋に逃げ込む?
隣の部屋に萃香が来ないって保障がどこにある? そもそも隣の部屋は幽香が萃香に貸し与えていた部屋で、今その鍵は萃香が持っている。
この家のどこも安全地帯ではない。だったら、外へ?
こんな状態で? 外? それこそ最悪の手じゃないか。さっき撃ち落したリリーがその辺に転がっていないとも限らないのに!
「……ぁあ、もう……!」
指を。
一瞬躊躇って、萃香の声を聴いて決心して。
下着のなかに、入れた。
「――っッ、ふううウううっ、ぃいッ――!!」
声をこらえるために噛んでいる指に、血が滲んだ。
かっと頭が真っ白になって、あまりの熱量になにも見えなくなり、意識が一瞬飛んだ。
我に還ると、二本の指をなかに突き込んで無理矢理折り曲げて、悲鳴をあげる寸前だった。
「っふ、ぅ! いいいあうううぅ! ――、ッっ、んんんん、ン、ぅぅぅ!!」
自分のなかが、自分の指をくわえこんで、締めつけた。まるで萃香のものだと勘違いしているように、情熱的に啜り上げようとしていた。
明らかに、達していた。
けれども今度は降りてこられない。指を動かすたびに、快感は増す一方で、絶頂から水平方向に移動するばかりで落ち着かない。
「んんんんん、ぅぅぅぅぅ――ッ! っっあ、っふうううぅ!……ん、んンっ!」
びくびくと、からだが勝手に持ち上がって、反り返って、鼓動した。
一度。
二度。
三度、四度、五度、六度。
『ゅ、ぅ、かぁっ!……』
「――!!!!」
名を呼ばれてまた三度。
がたん、と背中を打ち付けて壁が大きく音を立てたが、幽香も萃香も気づかない。
息ができない。
自分の血の味が口内に広がって、ぼやけた頭は、それで萃香の唾液の味を思い出した。
それでまた達した。
(す……ぃ、かぁ……っ!)
彼女の名を想い起こして、彼女自身を想い起こして、また激しく達した。
(……! っ、だめ、気を、失っちゃ、だめ……ぇっ!)
一瞬、すべてが終わりのなかに沈みかけ、それでもどうにか、その目的だけは心のなかに保っていられた。
(はやく、はやく収まってぇ……っ! 収まったら、すぐに、とにかく早く、速く飛んで、誰もいないところに、も……どこでもいいから、とにかく、誰にも見られないところぉ!)
それでもからだは、一向に鎮まってくれなかった。それどころかますます高まっていった。
もはや痛みに近い快楽。
(おねがい、おねがい、はやく、はやく……!)
焦れば焦るほどだめになっていく。
(抜けて、抜けて、ぇ……! すいかに、こんなとこ、見られたくないっ……!)
見られると思うと余計に官能が募っていく。
「ぁ、あ……っう、ううううう、ううううううう――! んぅ、い……いいぅ……!」
出口のない迷路を彷徨っているかのように、まるで、終わりは見えてこなかった。
「ぁー……」
萃香は気だるさのなかで声を上げる。天井を見つめ、ぐるぐるしていた視界が戻ってくるのを待っている。
「イき損ねた……」
寝転んだまま肘をついて、そのうえに顎を乗せる。体は熱かったけれども、結局、そこまで昂ぶることはできなかった。濡れたタオルを指に摘まんで、あとで洗濯しようと丸める。
「やっぱ自分の指じゃあなぁ。物足りないっていうか、つまんないっていうか。本物の幽香と一緒に暮らしてるとねえ……」
こういう形で快楽を得るくらいなら、幽香と他愛ない会話をかわしていたほうが何十倍もマシ。
「あほらし。シャワーでも浴びてこよ」
立ち上がって、部屋を出ようと扉に歩き、手をかける。
敷居を跨いで、風呂場に向かう。どうせ暇だし、今日はお酒を持ち込んで、長風呂といこうか。思えば昨日から体を洗っていなかった気もするし。
幽香はいつ帰ってくるんだろうなあ、と、頭のへりで思った。
『夕』
八雲紫が目を醒ましたのは、午後の五時というもはやどうしようもない時間のせいではなかった。台所から漂ってくる夕餉の匂いに誘われたからではなかった。いつもなら七時までは健やかな二度寝タイムのはずなのだが。もっと多くの睡眠時間を取っていなくてはならないのだが。
ここ数年なかったほどの機敏さで跳ね起き、ふかふかの羽毛布団を脇にどける。寝間着を一瞬で脱衣し、あらゆる隙間を活用して次の刹那にはいつもの導師服に着替えている。手元には既に扇子が構えられており、口許にはうさんくさい笑みが浮かんでいる。
八雲紫、寝起き十秒後の戦闘モードであった。
紫の唇がかすかに動く。障子越しに差し込む夕暮れがその顔に深い影を落としている。
「結界が破られた」
その声には緊張は微塵もない。ただ明確な事実を口にしただけだ。警戒も悲観もない。
幻想郷から八雲邸へ至る道のり。紫以外には、八雲藍とその式神である橙、紫自身が認めた何人かの人妖しか、通行を許されない結界が張ってある。
その一部が、砕けていた。
まず頭に思い浮かんだのは――霊夢、そして魔理沙。
前者は不足しがちな食物をたかりに。後者は幻想郷では珍しいがらくたをかっさらいに。
どちらも実力からすれば遥かに格下だが、スペルカードルールという特殊な状況下に限り、その実力はどんな大妖にも劣らぬものとなる。
が、紫はすぐにその可能性を打ち消す。突破方法があまりに強引すぎる。弾幕はパワーとか、そういう次元ではない。その手口からは人間の匂いがしない。
紫はおもむろに手をかざす。
侵入者は凄まじい勢いで次々と仕掛けられた結界を破壊し、突破してくる。
適当な座標を設定し、適当な遠隔操作によって、力押しの多重結界をぶち込む!
並みの人妖であればなすすべなく消滅するレベル。
が、次の瞬間には全ての結界が消し飛んでいた。
「……あら」
紫は感嘆の呟きを口にする。
おっと、おやおや! 自然に唇が笑みの形をつくる。どこの誰だか知らないけれど、えらく腕の立つ輩じゃない。ここまで鮮やかに、速やかに、ここまで盛大にこの結界を突破できる者は全世界でも一ダースといないでしょうけど、こいつがそのひとりであることには間違いない。
冬眠明けの、未だ全能力が復帰しない状態で、どう対処するか。
こいつはどこの誰なのか? 博麗大結界は正常に機能しているようだから、幻想郷の者であることは確かだ。人間ではない。幻想郷の人間でこの領域まで達している者はいない。将来的に可能性のある者なら数人いるが、現在時制の話ではない。
思い当たるのは……四季映姫・ヤマザナドゥ。彼女に関しては前例がある。あれはいつの話だっただろうか? ある日突然、本当に突然のことだった。あの方は物凄い勢いで飛翔し、ここに至るまでの道にあるあらゆる障害を叩き潰し、式神という式神を破壊してのけ、私とその前に立ちはだかる藍を凄然と見下ろすところまで来ると、あらゆる罪人を裁くその威厳ある小さな口で、こう言ってのけたのだ――
『こっ……! っ、ッっ、……小町、がっ……! こまち、にっ……こくは、告白されてしまったのですがこれ一体私どうすればいいんでしょうかっ!!??』
どうぞ好きにしてください。私らを巻き込まんでください。そのときは全力でそう思ったものだ。
彼女がまたここに来るという可能性は少ないだろうが、一度あったことは二度あってもおかしくない。白黒はっきりつけないと気が済まない彼女のことだ、曖昧と妥協の境界線上を歩くような色恋沙汰は我慢できないに違いない。そのくせやたらと純情で直情だから対応に困る。適当なアドバイスを送るのは逆効果だ。全力で応じなければぷちっと押し潰されるくらいの実力は持っているわけだから。
彼女だとしたら、今度はなんだ。小町と痴話喧嘩でもしたか。別れ話でも持ち込まれたか。その正反対に、結婚でも申し込まれたのかもしれない。すみません、自分で解決してください。お願いだから私らを巻き込まんでください。
侵入者が近づいてくる感触がある。直接対決は避けられまい。なんの、こちらとしても望むところよ。幻想郷の平和を乱すようなやつであれば、この八雲紫が直々に叩き潰してあげるわ。
映姫でないにしろ、自分が顔を知ってる者でないというのはありえない。心当たりは何人かいる。どいつもこいつも一筋縄ではいかない、並外れた連中ばかりだ。今の幻想郷に不満を抱き、こちらの寝首をかこうと虎視眈々と狙っている者も、いなくはない。
紫はその口許を歪に曲げる。
そうした者たちの顔を思い浮かべながら、障子の前に立つ。さあ、よし。来るがいいわ、兄弟。あなたがこの私の実力を正しく認識してるかどうかは知らないけど、ここから帰すときにはひとつの教訓をその身に刻んであげる。
八雲を侮ることなかれ。
障子が爆発する。
紫は中庭に立つ者と対峙する。
さあ、何が出てくる? 鬼か? 天狗か? 神々か?
「……だれ?」
やたらと乳臭い顔をしたネグリジェ姿の女=世にも恐ろしき大妖怪・風見幽香などという方程式は、紫の脳内にはなかった。
「ゆうううううかあああああありいいいいいいい!!!!!」
幽香は叫んだ。
「私と戦えええええええ!!!! そして一思いに殺してくれえええええ!!!!!」
「一体全体どこのどなたさまでいらっしゃいますか!?」
紫は気圧されて思わず敬語で叫び返した。
「ちょっと待ったぁ!」
「はっ!」
中庭の反対側、縁側の障子を突き破って飛び出したのは藍であった。
料理中だったので、ピンクのエプロン姿で、右手におたま、左手にフライパンを携えている。
越冬でいくらか伸びた金髪を、ポニーテールの形にして結んでいる。
「お下がりください紫様、この者の相手は私が!」
「藍!」
「よし、どこの誰だか知らんが、来いッ! 私の紫には指一本触れさせんぞ! 頭のてっぺんから足の先まで余すところなくこの私のものだ! 相手がなんだろうと誰にも渡さんッ!」
「藍!? ちょっと藍さん!? どさくさに紛れてなに言うてはりますのん!?」
紫は気圧されて思わず方言で叫んだ。
「殺せえええええええ!!!!!」
「うおおおおおおお行くぞおおおおおおお!!!!」
「いやちょっふたりとも待っ――」
日傘とおたまとフライパンが激突し、八雲邸を中心とする半径十キロ圏内は跡形もなく消し飛んだ。
「死ねなかった……」
夕暮れの花畑。幽香は日傘を引き摺って家路につく。全身はもうぼろぼろで、ところどころ煤に塗れ、ネグリジェは衣服としての役割を果たしていない。
風は穏やかで、花畑の其処彼処から葉の擦れる音が立ち昇っている。が、幽香の胸中はもちろん、穏やかではなかった。
「……ぅ……ッっ、もう……っ、あんの、ばか、すい、かっ……」
昼間。思い出すのもいやになる。自分が情けなく快楽に翻弄されているとき、萃香の声が壁越しに聞こえてきたのだ。『イき損ねた』、と。
「――、……っ」
それで一気に醒めきって、慌てて家を飛び出すことができたはいいが、しばらくは心が悶絶して動くことすらできないくらいだった。
「私っ、だけ……っ! あ、あんなっ……」
萃香は気持ちよくならなかったのに、自分だけあんなわけもわからなくなるくらい気持ちよくなっていた。本当のところ、どちらがどちらをそういう対象として見、どちらがどちらを友として見ているのか。一瞬、そうした考えが現状を把握する思考を混乱させ、歪に捻じり上げる。
家までの道のり、何度かその場にへたり込んでしまった。頭を振ってろくでもない考えを振り払おうとするけれど、考えないようにするのは考えることと同じなわけで。
自分でも頭が沸いてしまっていることに気がついてはいるが、対処しようもない。
「ぅ……ぅー……」
萃香のことで、思考がいっぱいになってしまっている。それ以外のことが考えられない。
こんな状態で家に帰って、萃香と鉢合わせしてしまったらどうなってしまうのだろう?
何事もなかったかのように振舞うなんて、もうできやしない。彼女を見れば今朝のことを思い出してしまうだろう。彼女の声を聴けば昼間のことを思い出してしまうだろう。どちらも、醜態を曝したのは萃香のほうではなく、私のほうなのだ。そのことを考えるだけで気が滅入る。
気まずいとか、気を遣ってしまうとか、そういう次元の話じゃない。きっともう、冷静ではいられない。
それでも家には帰らなくてはならない。こんな格好で、もうどこにも行けやしない。着替えなきゃならないし、体を洗わなくてはならない。こんな姿は誰にも見せられない。
夢幻館のほうに帰る、という選択肢も思い浮かんだが、あそこはなんだかんだで住人が多い。自分の家には萃香しかいない。リスクを考えれば、どちらを選ぶかは明白だ。
「落ち着け……落ち着け……っ」
自分にそう言い聞かせる。
とんでもない失敗をやらかすのは、いつだってこういう状態のときだ。失敗は成功の元と言うが、失敗の元は余裕のなさだ。足元も見れないくらい視野が狭くなり、自滅する。あとから見れば下らないミスでも、当事者には切羽詰った対処しようのない問題にしか思えなくなる。
精一杯ダメージ・コントロールをしなければならない。今日はもう風呂に入って、寝る。部屋に引き篭もる。鍵をかければ萃香だって入ってこれはしない。もう誰にも会わない。なにも考えない。
「家に萃香がいませんように……どっか宴会にでも出かけてますように……」
祈る神など持ち合わせてないので、道端の花に手を合わせて頼んだ。
……それにしても、と思う。
たったひとりの相手にここまで翻弄され、自分の手に負えなくなるくらい心が膨れ上がるなどというのは、久し振りのことかもしれない。ひとつの事柄で頭が一杯になることなど。全身が火照ったようになって、暴走しかけるのを止めるので必死になる。これではまるで――
「いや……いやいやいやいや!……」
思考を明確なことばにしたくなくて、幽香は頭を振った。
家の扉を開けた。灯りはついておらず、足元もよく見えない。ただいま、と言おうとして、やめた。萃香がいれば返事をしてくるだろうし、今は声を聞きたくない。返事がないなら、ないでひどく虚しい。
真っ直ぐバスルームへ向かう。地下の水脈から汲み上げて、太陽熱で温める、河童の技術を参考にして自作した風呂だ。そこまでするのに割と涙ぐましいかもしれない努力があったのだが、そこは割愛する。
風呂場も当然、灯りはついていない。なんだかほっと溜息が出てきて、それを自覚して自己嫌悪した。ネグリジェはもう捨ててしまうことにして、その場に放る。
扉を開けた。
「……」
そこで硬直した。
「……ぅえ?」
萃香が湯船に浸かったまま眠り込んでおり、のぼせて真っ赤になった顔を傾けて、薄く目を開いて幽香を見上げた。
「……――!?」
完全に眼が覚めて思わず立ち上がっていた。
きっかり一秒間、なにもからだを隠すものなく見つめ合ってしまっていた。
「きゃああああっ!?」
「ご、ごめんっ!」
悲鳴を上げたのが萃香で、反射的に謝ったのが幽香である。
謝った次の瞬間には扉を閉めて、脱衣所で頭を抱えていた。
なんでよりによってこんなところで顔を合わせなきゃならないのよ! と幽香は思った。考えうる限り最悪のパターンじゃない、全裸で! あ、あんな……っ、思わずつるぺたを完全にっ、目に焼き付けちゃったじゃない、全裸で! 全裸で!
が、直後に思考パターンがぐるりと反転して、唐突に怒りが湧き上がってきた。
ごめん? 私今ごめんって言った? この風見幽香が『ごめん』ですって!? なんで私が謝んなきゃならないのよ、私の家で、私の風呂で! 大体灯りもつけずに風呂で寝てたのは萃香のほうじゃない、私は悪いことなんにもしてない! そもそも女同士で風呂に入ってなにを慌てることがあるっていうのよ、なんのために温泉が男湯と女湯に別れてると思ってる! 明らかに慌てて謝るほうがおかしいじゃない、ばかばかしい!
「入るわよ!」
幽香はまた扉を開けた。
「ちょっ、いやっ、なんで入ってくるの!? 幽香!? お願いからだくらい隠して! 後生だから!」
「やかましい! 私は一刻も早くシャワーを浴びたいの! だいたい女の裸なんて見慣れてるでしょうが、なにいまさら慌ててんのばか萃香! というか風呂のなかで寝るとかなに考えてんの!? ばかなの!?」
「私だって幽香のこと好きじゃなかったらこんなに慌てたりしないよ!! 好きじゃなかったら同性の裸見たってなんとも思わないよ!!」
「あ、ぇ、ごめん……」
猛然と叫ぶ萃香の剣幕に、結局謝ってしまった。
蛇口をひねり、風呂桶に湯を溜める……
流れ出る水の音が室内に響き、耳のなかがそれで一杯になる。
幽香はじっと桶を見つめている。自分を見つめる萃香の視線をひしひしと感じながら。
頭が真っ白になっていく感覚がする。
「ぁぅ……」
なにか言わなければと思って開いた口が紡いだのは、そんな情けない鳴き声。
ぐるぐるぐるぐる、頭のなかで終わる気配もなくリピートされるのは、今朝と昼間の恥辱と羞恥。
自分をそんなになるまで追い詰めた相手が、すぐ隣にいる。全裸で。
(はや、く……っ、出て、行きなさいよぅ……!)
そんなことを思いはするのだが、口にはできない。なんだか自分がそこまで必死で、意識してしまっていることを認めたくなかったし、覚られたくもなかった。
口を閉じたままだと鼻息が荒くなる。それで口を開くと、今度は吐息が熱い。
からだががちがちに硬直してしまって、口内に唾液が溜まる。飲み下すときひどい音が出てしまって、それを萃香に聴かれてしまったんじゃないかといきなり不安になる。
(なによ……どうなってんのよ、ほんと……っ!)
冷静でいられない。
同じ空間にいるというだけでわけがわからなくなる。
からだが勝手に、また、昂ぶりさえする。
頭のなかで繰り広げられるどうしようもない想起に、からだが浅ましくも疼いてしまって、認めたくないけれどもう既になんだか湿っぽくなってる気がする。
「幽香……」
呼びかけられて、びくんとからだが跳ねた。
「な、なに? なによ?」
「水、溢れてるよ……?」
「えっ、あっ」
慌てて蛇口をひねって、湯が流れ出るのを止めた。
そこで動けなくなった。
(からだを洗わなくちゃ……)
思いはすれどもそれは別の誰かの思考のようで、自分自身になんの影響も及ぼさない。
水音が止んで、途端に静かになった。
換気扇のごおごお言う音だけがやたらとうるさく響いている。
全身で萃香の気配を窺っているような、研ぎ澄まされてさえいる感覚が全身に満ちている。
ちょっとした身じろぎまで、それが浴槽の水面に波紋を広げる様さえ、意識して把握しようと五感が疼いている。
無理矢理集中力を引っ張り出されて、なにか形の見えない得体の知れないものに、望まないまま発揮させられているようにさえ思えた。
機能が外面に集中しきっているから、自分自身を動かすことがまるでできない。
そうしたなか、萃香が浴槽のへりに手をかけて、こちらに身を乗り出してくるのを感じた。眼の端で捉えた。耳で聞き取った。酒の匂いがすっかり抜けた、萃香自身の甘ったるい香りを嗅いだ。緊張のあまり、指先の温度がどんどん冷えていくのがわかった。
「ゅ、ゆーか……」と、萃香が言う。「その、ぇっと、背中、流したげようか……?」
そのことばの意味を認識するのに、間抜けなくらい時間が必要だった。
「ぁ……え?」
「だ、……っ――、だめ……?」
「えっ……と、その、ゃ……だめでも、ないけど……」
「流させて」
萃香が浴槽から上がる。
ぽたぽたと全身からお湯を滴らせながら、裸足をぺたんとすのこにつく。
「べ、別に――」
しなくてもいいわよ、というより早く、夢遊病者のようななめらかさで、萃香は幽香の後ろに来ていた。
幽香の脇から手を伸ばし、風呂桶のなかのタオルを取る。
背中に、吐息がかすかに触れた。
「……――っ!」
全身が一気に緊張する。
最初、それは萃香が近づいてきたことで起きた反応だと思ったが、すぐに、なにか違う慣習からくるものだとわかった。
幽香がかつて、これほどまでに近く、自分の背後に誰かを寄せ付けることなどあっただろうか?
あまりにも無防備で、隙だらけの背中。
相手が萃香であることとは関係なく、身に染み付いた警戒の念が鐘を鳴らしている。
立ち上がって振り向き、萃香を突き飛ばしたい衝動が湧き上がる。
けれどもそういう反応は、彼女を丸っきり信用していないことの証のように思われて、それもそれでひどく心苦しいことのように、幽香には思われた。
半年間も居候させて、同じ屋根の下で暮らしているというのに……
これまでのことから、貞操の危険を全く感じないというわけではないけれど、それは切羽詰った身の危険とは違うものだ。
(背中を流すだけ……っ)
そう自分に言い聞かせる。襲ってきたりとか、そういうことはない、きっと。
背中に感じる気配で、萃香が石鹸を泡立てているのがわかる。
すぐ目の前にある鏡。半ば曇ってしまって見えにくいけれど、自分の背後で萃香がごそごそやっている姿と、自分の表情、みっともないくらいがちがちに緊張して、紅潮している様が映し出されている。
意識しすぎだ、と自分に言う。リラックス、リラックス。
表情を緩めようとするとますます変な顔になってしまうので、現状維持を保つことにした。
萃香の手のタオルが、肩甲骨の下あたりに添えられる。人差し指の先だけ、直に素肌に触れるようになる。
(……っ、せ、背中からでも……心臓の音、って、聞こえた、かしら……?)
もう相当激しくなってしまっているから、それを覚られたくない。指摘されるのも厭だけれど、変に気を遣われるのはもっと恥ずかしい。
自分の意識さえ、彼女の指先だけに集中していってしまうのがわかる。小さな手のひら。下手すれば自分の半分もないかもしれない、恐ろしい力を持ってるくせに可憐とさえ形容できる、萃香のゆび。
「背中、大きいよね。なんだか羨ましい」と、萃香が言う。
「……そう?……」
「こんな細いのに。色っぽいよ」
「……あー、ぅん、ぁりがと」
当然、誰かに背を流してもらうなど初めての体験だ。
それだけでなく、背中を他人に褒められる、という経験もない。
自分じゃなかなか見られない場所だし、顔と違って化粧もできない、気の遣いようがないところだから、自分でも評価しようがない部位。
それでいて特別、変な場所というわけでもないから、褒められるとむず痒いというか、少なくとも不快ではない。
嬉しいわけでも、喜ぶわけでもないけれど。
萃香の手がゆるゆると動く。
充分に泡立ったタオルが動かされるにつれて、だんだん力も篭められる。
ぬくい。
優しい手つきだけれど、弱くもない。
自分じゃちょっと面倒なところも、満遍なくきちんと洗われる。
(……ああ、うん)幽香は目を細める。(気持ちいいわ、これ。心地いいっていうか、快いっていうか。マッサージされてるのと、おんなじような感じ、か。悪くない悪くない……)
肩を伝って、首まで拭われる。
ぐるりと前まで回ってきて、顎の下も。
少し、ぞわっときた。
「ちょ、っと」
「なに……?」
「そこまでしなくても、いいってば。くすぐったい。自分で届くから」
「あ、うん」
「もう……」
幽香はかすかに微笑んだ。
萃香の手が離れる。
「……」
しばらくまた、ぼーっと萃香の手を感じていたけれど。
「……――ぅ……っ!?」
鬼の手が今、自分の無防備な急所を完全に捉えていた、と唐突に気づいた。
ちょっと力を篭めれば首の骨を折るくらい萃香には朝飯前だろう。
もちろんそれぐらいでくたばるほどヤワな妖怪じゃないけれど、そうした事実そのものに本気で驚いた。背筋が凍る思いをした。
ほんの数瞬のことにしろ、どうしてそんな接近を赦したのか。少し前の自分からすれば信じられないことだ。ああいや、でも背中を流してもらってるってことは、つまるところそういう……
(……あー)
面倒くさくなった。
(まあ萃香だしいいか……)
それがどんな突飛な状況だとしても、ひとはすぐに慣れる。
幽香の警戒や緊張は、相手が萃香に向けられていたということもあって、次第に和らいでいく。
ひどく静かな、狭く暖かい空間で、萃香のからだだけがそろそろと動いている。
幽香はひとまず、自分を取り囲んでいる現実の厄介さをすべて忘れて、そうした問題と一旦休戦してしまおうと考えた。
徐々に、眠くなるくらい穏やかな気分になっていく。今日という時間のなかでようやく、安らぎを取り戻したような感覚を得ることができるように思えた。
同時に、自分がもうだいぶ疲れていたということもわかった。
(これは、そんなに、悪いことじゃないか)
と、幽香はぼんやりとした思考のなかで思う。
(今までは……萃香と一緒に風呂に入るなんて、とんでもないことだと思ってたけど。温泉とかならともかく……まあ、下手に意識しすぎてたのは、私のほうだった、ってことかしら……よくよく考えれば今日のことだって、ちょっと暴走気味だったのはむしろ、私のほうだったかもしれないし……)
まったく意に介さないというわけにはいかないが、自分のことにしろ萃香のことにしろ、深く警戒しすぎるというのも、考えものかもしれない。
(まあ、どっかで折り合いつければいいのよね、要は。実際、こういう……背中流してもらうくらいのことは、構わないんだから……)
萃香の手が止まる。
「……ゆーか」
幽香の肩に手を置いて、若干、そこを頼りに寄りかかるようにして。
「終わったよ……」
幽香は首を捻じって、自分の肩越しに萃香を見やる。
わずかに俯くようにして、前髪に隠れる表情は窺えない。
「ええ……」
頷くと、そこで、沈黙が落ちる。
萃香は動かない。手にタオルを持ったまま、言いたいことを言いあぐねているように見える。
「……? 萃香?」
幽香が呼びかけると、萃香の顔が上がる。
上がってまたすぐ俯きかけ、眼が泳ぐ。
「ぁの、さ……」
それとわかるほど迷いきっている声音。
幽香は首を傾げる。
「なに? 言いたいことあるんなら言ったら?」
萃香は口を開き、
閉じ、
また開いて、
「……その」
幽香の肩に置いていた手を戻して、両手でタオルを腹の辺りで擦るようにしながら、心底恥じ入るように、
「前も、私が洗って、いいかな……」
「――……」
幽香は一瞬、反射的に答えかける。
なによ、そんなこと? 別にいいわよ、好きにすれば。背中流してもらったんだし、他のところだって別に、なにが変わるってわけでも……
……前?
「……ぇ、それって――」
――なに? えっと、つまりはどういうこと?
萃香の顔は紅潮しきっている。それでいて裡から湧き出でるものを堪えているような、ひどく切ない表情をしている。眼は潤み、今のような状況でなければ、眠気に耐えている子供のように見えただろう。
幽香は顔を戻して前を向く。前には鏡がある。鏡には自分の姿が映っている。
前。
鏡を見るまでもなく、誰にとってもそうであるように、自分の前面には背中と違い、いろいろとのっぴきならないものがくっついている。
「……ぃ、あ、いや」
幽香はぎこちない声音で答える。
「いいわよ、別に……前は、しなくても、そんな……自分で届く、から。自分で、やる、から」
鏡に映る虚像は幽香の後ろに隠れ、萃香の様子を窺うことはできない。
ただ、背中に熱さを感じる。萃香の吐息がうなじの下、背骨のあたりに漂っている。
湯気で白く霞む室内。水滴が浴槽に落ちる音と、換気扇の無表情なBGM。現実味の失われるような感覚のなか、幽香の心がめまぐるしく動く。
(ぇと、あ、ええ? 前? それって要は、あれ? 洗う? 流す? これはその、つまりは……なに?)
答えを出せない……というよりは、答えを出したくない幽香の一部が彼女自身の思考を阻害している。
(あー、っと、え、洗うだけ……だったらそんな声出さないわよね? ええ? なんかする気なの? なんかするの? なんかって、ぁれ、え、なに?)
動けずにいると、萃香の指先が触れるか触れないかのところで、すぅっと動いた。
背骨を真っ直ぐ伝って、首の付け根から腰の下まで、落ちる。
「はぅ――っッ……」
きゅうっとからだの筋が締まるようになって、声帯まで縮こまって、変な音が唇の合間から漏れた。
背中に萃香のからだが押し付けられる。
「ぁの、……ごめ、ゅうか、その、私、私……」
「……っ、ぅ――ぇ?」
「あー、うー、なんか、なんかそのあの、ううううっ、……」
ひどく、余裕を失ったような、切羽詰った声。
(ぇえ? あれ? なにこれ?)
迷う。
思考がさまよい出て、方向性を失う。
濡れ、泡立った背中に触れて、萃香のからだもすぐにそうなる。肩甲骨の上、首に近いところに押し当てられる、小ぶりでぬるぬるの、吸い付くような感触の……
(あ、当たってる、当たってるって……っ!)
萃香の熱い吐息が耳にかかる。
あまりにも近い。
腹のなかがぐうっと重くなり、度を越えた緊張にわけがわからなくなる。
なにか。
なにかを考えなければ逃げることも拒むこともできないのだけれど、背中にくっついて離れない萃香の小さな感触から思考を離すことができなくなり、自分のからだを動かすことさえ、忘れかける。
断片的に復帰する記憶の淵は、今朝見た萃香の凄艶な表情とか、昼間聴いた萃香の自分を呼ぶ声とか、結局は萃香に回帰していくものでしかなく。
(ぅ、あ、どうしよ、どうしよこれ……っ、なに、どうすりゃいいんだ、っての、ぅあ、あ、暑……っ、っっ、えっと、えっと、あー、だ、だめっ……わかんない……)
思考が後ろ向きになった瞬間、からだの力が抜けかけた。
それを萃香がどう受け取ったのかわからなかったが、背中に当てられた手のひらにぐっと力が入って、バスチェアに下ろしている腰が滑った。
泡が飛び散り、バランスが崩れる。
「ゎ、わ」
慌てて伸ばした手が壁に触れて、後ろから萃香が寄りかかってくるようになったので、その拍子にバスチェアを蹴飛ばしてしまった。
風呂桶がひっくり返り、なかの湯が零れた。
予想外に大きな音がして、萃香が我に返ったように身を離す。
「ご、ごめんっ」
振り返り、壁にもたれて萃香を見る。
ぺたんとすのこの上に座り込んで、涙目になって目を泳がせている。
「ぁー……」
曖昧な声しか出ないし、曖昧な思考しかできない。
背中に当たる壁が冷たく、周りの温度とのギャップに震えてしまう。
「……」
「……」
沈黙。静寂。それが漂っている限り、動くことさえできそうにない。
仕方なく、自分のほうからそれを破ることにして、幽香は口を開く。
「……そんなに」
風呂場のなかに思いがけず大きく反響する。
「洗いたい……?」
その声に応じるように、萃香が視線を向け、幽香の上に瞳を留める。
頷きも、首を振りもしない。
口を噤んだまま、四つん這いになって幽香に近づく。
幽香は後退りするように身をよじったが、既に壁際で、離れることはできなかった。
注意深く息を吐き出して、目を細める。
一度長く息を出してしまうと、肺のなかに空気がないようになって、短い呼吸を何度も繰り返すようになる。
(全身真っ赤じゃない……)
萃香のからだを見て思う。
(当たり前か……ったく、何時間入ってたんだか。私が出てってすぐに入ったとしても、ぇー……っと、あれ……いち、にい……ぁー、だめだ、頭働かない、わかんない……)
まるで眠り込んでしまう直前のように、思考が判然としない。
夢のなかにでもいるような感覚。
投げ出した足に、萃香が跨るような形になる。
そこまで近づいて、萃香の動きが止まる。
また弱気の虫に取り付かれたように目を逸らして、幽香の太腿に両手を突いたまま、タオルを握り締める。
「ぁの、ゅーか……」
幽香も萃香から目を逸らして、そのまま、考えるのを、やめた。
「……はやくして」
幽香の腕が持ち上げられて、タオルを擦り付けられる。
肩からゆっくり泡立てられて、肘を辿って、手まで伝う。
それだけなら別にどうってことはなかったけれど、萃香の指は震えていて、とてもじゃないがありったけの他意が篭められているようにしか思えなかった。
からだはもう数センチ分の隙間しかないくらいまで近づけられて、密着だけはしていないけれど、そんなためらいももう何分持つことやら。
懐に潜り込まれるような姿勢で、幽香は息苦しさを感じて、そうした感覚もすぐに眠気に似た気だるさのなかに沈み込んでいった。
「……は……っ、ぅ……ぁ、は……ぁ、ん、ぅ……」
萃香が、幽香の手を胸元に引き寄せて洗う。
そうした動作のなかで息は荒れていく。
全身を紅潮させて、恍惚としてとろんと目を細める。
洗うという目的も、形骸化しているようなものだ。
指の一本一本、その付け根まで不要なくらいしっかりと洗われる。
タオルが指の股を途中で邪魔になって、落ちる。
素手で、泡をすりこむように触れられる。
指を絡めるように。
からだのなかでも敏感な部分だから、くすぐったくなって、勝手に指先がひくひくと動いた。
手を繋がれたまま、身を寄せられる。
肩に頭を預けられて、首に息がかかる。息がかかるたびにぞくぞくと震えてしまう。目の前に角がある。角さえも視界がぼやけてなんだか見えない。
「ぁ――ぅ、ん……はぅ、はぁ……あ」
萃香の手が首に触れる。
タオルをずっと握っていた手だから、申し訳程度に泡がついていて、それを首にすりこまれる。
一応、洗っているつもりなのだろうが、そういう言い訳めいたこともどこまで続くのだか。
「くび」
萃香がうわごとのように言う。
「な、に」
「ながぁい……」
「……」
「のどのかたち、いいなぁ、なんかいいなあ」
指先で愛でるようにさすってくる。
顎の下を、猫にするように撫でられる。
「ぅ……」
手のひらを添えられて、顎の線に沿って、耳まで伸びていく。
耳の裏。
指先で擦られて、爪で引っかかれて、ごしごし擦られたと思えばゆるゆる撫でられる。
耳のなかに指が入る。
穴に水滴が入らないように、外周をぐるりとなぞられるだけ。
「……ぁ、ゆうか、ここ気持ちいい?」
思いがけずそう囁かれて、萃香を見る。
「……別、に……そんなことないけ、ど、なんで」
「手、つないでるとなんか、そういうこと、わかる」
「でたらめ……」
「ぅん、そおかも……」
指が逆戻りする。
首の下までするする降りていく。
鎖骨と胸の合間。
手のひらを広げて、撫で付ける。
(……)
むずむずする。
(さわられてる、のか……)
今更そんなことを思ったりもする。自分でもあまりにも遅すぎるとわかるけれど、実際の心の動きは、彼女自身にもよくわかっていなかった。
(手、ほんとちっちゃい……信じらんない、くらい……なんかもう、なんだろう。なんなんだか。なんか、なあ)
萃香の手が乳房に触れた。
持ち上げられて、胸の下の、普段は下着のへりで少し蒸れてしまうところから触れられる。
痒いところをかかれるような感覚。
ますます身を寄せられて、もうほとんど密着する体勢になる。
胸が押されて、萃香のからだに挟まれて、潰れる。
「……んぅ」
萃香の、繋いでいないほうの手が、胸に添えられる。
最初にきゅうっと強く掴まれて、指のあとがつくんじゃないかと思えるくらい、萃香の手に忠実に形を変えた。
「ぁぅ」
力が弱められて、内側からの弾力で、形を戻す。
「さわるの、久し振りだね。半年前、以来」
と萃香。
言いながら、その反発力を楽しむように、何度も握ったり、持ち上げたり。
「ぁー、やっぱり落ち着く……」
「なに言って、ぁ、るの、よ……」
幽香は幽香で、自分のからだの奥から滲み出るような熱さに、戸惑うような驚くような、奇妙な感覚を憶えていた。
半年前の一度きり、けれども胸が萃香の指を覚えていたように、昨日のことのように思い出せるような気分だった。
からだは彼女にもたらされた快感をきちんと覚えていて、またそれを味わおうと、内側から幽香をせっついてくる。
「ん……」
切羽詰ったような感覚はなかった。未だに夢のなかにいるようだった。
揉まれて、掴まれて、圧されて、引っ張られて。
どの行為にも幽香の胸は萃香の求めに応じて形を変え、離されるたびに綺麗に戻った。
「欲しいなあ……」
「それは、ん、どういう、意味で……?」
「んー……私についてなくてもいいからさあ……なんか印つけて、他の誰も触れないようにしたいっていうか……ぁ、首輪でもつけようかなあ」
「やめて……」
「だってゆーかなかなか触らせてくれないし……」
恨みがましそうに言うと、そこで一際強く力を篭めて、乳房を握り締めた。
「ぃっっ……」幽香は顔をしかめて、「形が歪むから、やめてよ……」
「やめない……」
「ばか」
「ぁ、またちゃんと戻ってきた……かわいい」
「ほんとばか……」
「そうだねぇ……」
乳首を摘まれる。
「ァぅ、ッっっ、ぁ」
「もうずっと勃ちっぱなしだね、この子」
「……」
「ゆーかが入ってきたときからずっと……背中流してるときは、そうじゃなかったけど」
「ずっと見てたの……」
「当たり前じゃない」
「変態」
「だってこんな、誘ってるみたいにされたらさあ……?」
ぎうぅ、と潰されるくらい強く摘まれて、そのまま引っ張られた。
「ぁぅ……っっ」
限界まで持ってかれて、
「ぃ……!」
急に離されて、
「……ったぁ……」
戻った拍子にふるんと揺れた。
「こうまでしても全然きれいなまんまだよ。ほんといいなあ。私のものにしたいなあ」
「絶対そうならないから」
「でもゆーかがこのままずっとガード固かったらさぁ、私以外の誰かが触るってことも、なさそうだよねぇ……?」
「知らない……」
「ほんとにさ……ぁ、ふにふにで、ふよふよで、真ん中がちょっと硬くって、ゆーかと違ってちゃんと私の言うこと聞いてくれるしさぁ、……いい子いい子、よしよし」
「胸に言うな」
萃香は顔を上げた。
幽香と目を合わせて、見上げているのに見下しているような、幼い顔立ちに不釣り合いな妖艶な微笑を浮かべてみせる。
「ぅ……」
今朝、寝惚けていたときに見せたものと同じ表情。
頬に手を添えられて、顔を近づけられる。
「ゅーかは悪い子、だもん、ねぇ……っ? こんな、やーらしいからだしてる、のに、耐えるばっかで、ちっとも素直になってくれない……っ」
「……、っ、変態っ……!」
「ぁは……もっと言って、ぇ」
「――……っっ、ッッ……!」
「ほら……全然っ、私の言うこと、聴いてくれない、でしょ……? 思い通りに、なってくれない……! なのに、なんだか急に、優ぁしくなったりと、か……弱気になったり、とかぁ……付き合えば付き合うほど、そーゆー……かわいーとこ、見せてくれてっ……!」
「……」
幽香は目を逸らした。
そうした最中にも、ずっと密着したからだを、擦り合わせるようにしていた。
そうとわからぬほどの動きだったのが、だんだん、強まってくる。
泡立てるように。
明け透けなものではないが、それでも明白に、秘所をぴたりとくっつけて。
水滴や汗ではありえない、確かな粘つきを感じられて。
が、そこで、萃香の動きが止まった。
逸らしていた目を戻して見下ろすと、今度は逆に萃香のほうが目を逸らして、肩に顔を埋めるようにされた。
「すぃ……」
呼びかける声が止まる。
急になんだか、触れ難い存在になってしまったかのように、萃香のからだが硬直するのがわかった。
繋いだ手が切なげに動かされる。
篭められた力に、手首が反り返る。
皮膚の裏側に注がれるような呼吸が、深まる。
「なに……ぇ……?」
哀しみをこらえる幼子のような気配。幽香は目を細める。求めるときには恐ろしく重く感じるからだが、今は羽のように軽く思える。
「こーしてる、あいだにもっ……! こんな、ぬるぬるでぇ……! ストレートだって、言ってるくせにっ、私が、触って……! 触らせて、くれて……っ、抵抗、しないでくれるし、さあ……っ! なんか、も、期待しちゃいいんじゃないかって、私、勝手に、ぅううう、思っちゃって……っ!」
幽香は口を噤む。
萃香の声に切実さが混じるのを感じて、なにも言えなくなる。
「拒まずに、いてくれて!……なんだかもう、なんかなんか、ああぁあ、うううう、だめだって、わかってるのに……っっ、ぜいたくだって、友だちでいてくれるだけでこんなに、嬉しぃのに、さあっ!……好きに、なってって、なっちゃって……ぇ!」
萃香の手が幽香の脇腹に触れる。
力を篭めたくて、それでも耐えている、歯を噛むようなもどかしさが伝わってくる。
「ぁ、あはは……よく、わかんないけどさあっ……私だって、私自身のことっ、なんか……っ! なんでこんな風になっちゃったのか、とかっ、考えても全然わかんないし! 私だってっ、そりゃさあ、ふつーにふつーの性癖でっ、ふつーにふつーのひとを好きになって、ふつーに幸せになってめでたしめでたしだったら、それでよかったかもしれないけどっ!」
「……すいか」
「むかし、嘘をつかないってことがイコール自分に正直ってことにならないって私に言ったやつがいたけど、さあ……ほんとその通りだよぅ……! 私が正直者になろうとすれば……ゆーかが厭な思いするって、わかってるのに……! ほんとはなんにも言わずに、このまま……ずっと友だちで、傍にいれれば……!」
「萃香」
幽香は萃香の角を掴んで顔を持ち上げさせる。
「ふぇ」
目を覗き込むと、既に涙ぐんでいる。
不意に、自分のなかでなにかが切れたのがわかった。
「あんた、なんていうか、うるさい。もういいから黙ってろ」
「ぇ、ぅ――」
なにか言い返そうとした萃香の唇に、自分の濡れた唇を押し付けた。
初めて幽香のほうからキスを落としていた。
死ぬんちゃうかと、いやもういいや、萌え死んでもいいや、うん、流されちゃえ
悶々としてる二人がかわいすぎる。
後編もゆっくり待ってます。
ゆうかりんが可愛すぎてもう、なんかもう……
あと映姫さまもかわええww
駄目だこの作品は本当に萌え死ぬ。二人が可愛すぎてもういろいろとやばいです。
そしてこんなところで前編終わるとかもう鬼畜すぎる・・・
後編全裸で待ってます。
みんな可愛いなあ、もうっ!
後編を期待しつつ待っています。
けどかわいいwww
只でさえ エロさ故のニヤニヤに堪えていたのに、こまえーで完璧に笑っちまったWW
電車内で携帯見ながらニヤニヤしてる変質者がいたら俺です。
続きも待ってます!
最初の方にちゃっかり咲夜さん出演しちゃってますw
まぁ、意味としては通じますけどw
お互いの心情吐露してる描写は読んでるこっちが一番恥ずかしいわ!って
一人ツッコミを入れたくなるレベルで甘い……素晴らしい作品ありがとうございました
でもこんな場面で終わるとか待ってる側は生殺しそのもの!
一夜限りのナイスなスナイパーか、はたまた噂からの想像か、なおさら幽香りんのあの時の反応が可愛らしく思えてきた。
重箱の隅ですが・「咲」夜は博麗神社で宴会があったから・伊吹萃香「」いうひとりの者として
続編希望とさけんでいたかいがありました。
これシリーズ化しません?
エロさににやにや。
萃香と幽香の心の葛藤にどきどき。
貴方の作品大好きです!
ほんとに最高の作品であります!!続きを心から楽しみにしてます!!
悩むゆうかりんの葛藤がよく伝わってきました。
あんな濃いキス…読んだだけでもう……。
あぁん! なんてエロいんだ!
あと、紫との掛け合いが面白かったです。
藍様何言ってんの(笑)
ゆうかりんのかわいさMAX
俺この二人でご飯食えるよ・・・。
本当に続編が来て歓喜!
後編期待してます!
ネチョも文章も個人的に夜伽最高峰だと思います!
良い作品をありがとう!
なんて所で切るんだ!
あんたは鬼か!!
そして
えーき自重www
リリーに黙祷
はあ…はあ…失礼しました
続編待ちます…
超最高でした!
それ以上にもどかしい
そしてこまえーきの期待が高まる高まる
>全弾シリアス・ネチョ薄・ネチョ遠というオイそれ夜伽としてどうなの?
とのことですが,私の素直な気持ちを言わせていただきますと
おエロい様「夜麻産氏の新作祖小説はどうだ,全弾シリアス・ネチョ薄・ネチョ遠で80%の性能だと思うがな.」
整備兵 「80パーセント?冗談じゃありません。
現状で夜麻産氏の夜伽小説としての性能は100パーセント
出せます」
赤い彗○ 「ネチョちかでない」
ジオン兵A「そんなの飾りです。おエロい人にはそれが
わからんのですよ」
というわけで,全弾シリアス・ネチョ薄・ネチョ遠の新作も読みたいです!!
エロイ上に登場人物が全員最高すぎる!
特に藍様が(笑)
続編が待ち遠しすぎて時間を進めたい。
夜麻産氏の勇こいとかフラメイとかかぐもことかヤマキスも超読んでみてぇ~~!
↑なんていう小難しい言葉は不要ですね
要は「恋は切ない」ってことなのですし
いやぁ、いい年した鬼なのに(炉利だけど)青い恋ですねぇ
こんな時間なのに切なさのせいで眠気がどこへやら
続き、期待し杉てもおk?
むしろそっちのが読んでみたい気がするZE!!
ちょろっとでたこまえーきもすごい気になりますね~
ここに並んだ大量のカプがすべておかずとして立ち上がってくる
萃香たんが受けになりそうな所でぐぎぎ…!!
萃香たんが不憫でえろくて、何よりガチ百合なのに友情と恋愛との間でもがいている様子が、もう、ね、甘 酸 っ ぱ い
HATINGのことを思い出してしまってもうどうにもたまらんです