第7話 イケメンとの苦い恋1

 小学4年生の12月。

 私はロンドン日本人学校へ転入した。

 この学校は、小学校と中学校の併設校で共学、全生徒の数は350人前後。


 ママの運転するBMWの車で、私は学校へと向かう。

 またドキドキしながら日本人の先生と教室へ行き、そして周囲を見渡すと、そこにいるのは全員、日本語ができる人ばかりで、日本人か、日本と他国のハーフだった。


相枝静花あいえだ しずかです。よろしくお願いします!」


 両親が英語力よりも学力を重視していると知った私は、その期待に応えるためにも、英語より勉強を頑張ろうと心に誓いながら挨拶をする。


 身に付き始めていた英語力を手放すのはちょっと残念に思いはしたものの、英語の環境を手放した今では、英語は忘れる一方だろうと子供心ながらに理解していた。


 しばらく言葉の壁と戦っていた私は、日本語で支配された空気が懐かしくて、嬉しい。


 挨拶と紹介が終わり、先生に言われた通りに自分の席へ着くと、日本語の教材、日本人のクラスメイト、飛び交う日本語に、日本と同じ作りの校舎。

 その安心感は、半端なかった。

 そしてここでもきっと、友達はできるだろうと期待しながら先生の話に耳を傾ける。


 最初の授業が終わり、最初の休み時間がやってきたとき、一人の女の子が私のところへやってきた。

 その女の子には、3人の取り巻きもいる。威圧的で、すぐにこのクラスのボスだと分かった。


「相枝さんのお父さんって、なにしてるひと?」


 私の頭上にハテナが浮かぶ。

 今までいろんな質問を受けてきたけれど、初めての質問だ。


「なんで、イギリスにいるの?」

「えっと……イギリスに来たのは、お父さんの仕事の都合で」

「お父さんも、お母さんも日本人?」

「うん」

「それで? 相枝さんのお父さんって、なにしてるひとなの?」


 私は「駐在員」と小さく答えた。

 するとその女の子は、周囲の女の子に目配せをして、また私の方を向く。


「じゃぁ、お金持ちだね。私のグループにいれてあげる」


 ……え? 何その基準?

 彼女のグループは、お金持ちが条件なの?

 私は、お金持ちなの?


 戸惑った私は、周囲を見やる。別のグループに属しているらしい他の女子たちは、私達を見てひそひそと言葉を交わしている。


「私のことは、アツコって呼んでくれていいから。静花って呼んでいいよね?」


 アツコは私に手をさしのべて、「よろしくね」と目を細めて微笑む。

 私は緊張しながら、その手を握って「うん」と言った。


「それで? 静花の家は、どんな家なの? 買ったの?」

「うぅん。賃貸」

「でも、戸建てでしょ?」

「うん」

「家賃は?」


 私は両親の話を思い出し、「月60万って言ってた」と答える。

 アツコは満足そうに頷いて、「ま、そんなもんよね」とほくそ笑んだ。


 なんだかとても居心地が悪いような、うまくやっていけるのか不安にもなるが、私はアツコたちと上手くやっていかなくてはならないのだろうと覚悟を決める。私はきっと、アツコの取り巻きになるのだ。

 その予感どおり、私はこの時からアツコの右隣にいるようになった。






 それから数日が経ち、だんだんとクラスの中が見えてきた。

 日本人学校の女子生徒の中には、もしかしたら男子生徒もそうかもしれないけれど、2つの派閥がある。

 それは家がお金持ちのグループと、そうでないグループだ。さらにそこでは、3つのピラミッドが出来ていた。


 一番上は、現地に住んでる子でお金持ちの子供(お金持ちグループ)

 真ん中は、期間限定で現地に住んでいる駐在員の子供(お金持ちグループ)

 一番下は、現地に住んでる子で親が普通の年収の子供 (そうでないグループ)


 女子の場合は私服や持ち物で、なんとなくその子がどちらに属しているのかは、わかってしまう。


 例えば洋服やお弁当箱を見ると、駐在員の子供は日本から子供ブランドの洋服や可愛らしいお弁当を取り寄せているし、現地に住んでいるお金持ちの子供は、日本の輸入品を現地で購入している。日本の輸入品は高く、日本で買う値段の4倍だ。普通の経済事情の子どもたちは、現地で売ってる普通の服やお弁当箱を使っている。

 

 アツコは、イギリスでビジネスを成功させた日本人を父親に持つお嬢様だった。

 そして私を含むアツコの取り巻きは、全員、親が駐在員の娘。


 アツコのその考え方は、実にイギリスらしいとも思う。

 イギリスはもともと階級社会で、今も、身分制度の体質は根深く残っている。


 アツコは、自分がお金持ち日本人であることを誇りに思っているような子で、貧乏人は嫌いだと言う。そして自分の両親の自慢話をするのが常で、私達はそんなアツコを持ち上げる存在。


 正直、現地校の方が、百倍も千倍も、良かった。


 しかし、両親は私の学力を気にしている。

 現地校へ戻りたいと言っても、聞き入れてはくれないだろう。

 私は、どうせあと4年弱だけだと自分に言い聞かせ、この新しい生活を受け入れるしかないのだった。


 そんなある日、事件は起きた。

 冬休みを終えた1月半ばのことだ。


 クラスで一番人気の男の子が、私に告白をしてきたのだった。

 その男の子は、私と付き合いたいと言っている。

 でも私は真っ先に、アツコのことを考えていた。


 もしも、この男子がアツコのお気に入りだったとしたら……。

 それに、アツコにはまだ彼氏がいない……。


 アツコの恋敵になってしまう展開もまずいし、

 先に彼氏を持ったと恨まれるのも怖い。


 自分の日常が危ぶまれる展開を想像して、手に汗をかく私。 

 彼の自分を好いてくれている気持ちは嬉しいけれど、あいにく、私はそういう感情は抱いていない。

 仮に私も好きだったとしても、リスクが高すぎて受け入れられない。


「ごめんね。私、転校してきたばかりで、高槻たかつき君のこと、よく知らないし……」


 傷つけないようにと、気を使って言葉を選ぶ。

 すると彼は、表情を明るくして、「じゃあ、待つよ!」と言った。


「え?」

「じゃあ、俺のこと、知ってもらってから付き合うってことで」

「え。え?」


 ちょっと待って! 違う! 違うの! 私、断ったつもりなの!


 叫びたいけど言えないのは、その眩しい笑顔のせいだ。

 よくよく見ればイケメンの彼は背も高く、かっこいい部類に入る。


 どういう人なのかは分からないけれど、アツコが好意を寄せていたらどうするんだ?!


 私は混乱した。

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