第5話 インド人の男の子
小学4年生の6月。
英語が全くできない私が放り込まれたのは、イギリスの現地校。
周囲は英語で会話していて、当然、私は入っていけない。
登校初日、私はまず英語を身につけなければと、友達作りや恋は二の次に思って諦めていた。
担任の先生は、ふっくらとした黒人の女性で、とても優しく語りかけてくれる。何を言っているのかは分からなくても、私のことを気遣ってくれているのは雰囲気でよくわかった。
教室に入ると、さらに緊張が増していく。先生がクラスメイト達へ英語で私の事を説明してくれた。カムフロムジャパンとか、所々は何を言ってるのか分かったけれど、ほとんどは理解できない。それでも空気でなんとなく理解しつつ、先生は私を席に座らせた。
英語で授業が始まり、国語の先生は私に英語の幼児向け絵本を手渡す。
なるほど授業についていけない私は、ここから始めなければならないのだと理解した。かえるが雨の日を楽しむ絵本は、内容は教わらなくても理解できる。ただ、知らない単語も少しあったので、心の中で読んでいた。
休み時間になると、私は一人で絵本と向き合おうと思ったのだが、ひとりの男の子が私の所へやってきた。なんだろうと思っていると、男の子は自分を指差して、
「ダシャ、ダシャ」
名前? と思った私も、自分を指差して「シズカ」と返す。
「シズーカ! ユア、ジャパニーズ! アイム、インディアン!」
ダシャはそう言って、にかっと笑った。
なるほど、彼はインド人らしい。そんな彼が、今度は机を指差した。
「デスク! デスク!」
それくらいは、私にもわかる。でも教えてくれているのが嬉しくて、笑みを零した私も「デスク」と机を指差した。すると今度は、窓の外を指差して「スカイ!」、窓を指差して「ウィンドウ!」と色々教えてくれる。
「サンキュー!」と返すと、ダシャは、にかっと笑って、「ユア、キュート!」
どストレートに言われて面食らった私に、ダシャは「カモン!」と言って、私を教室の外へ連れ出してくれた。手をつないで歩く私達。ダシャは、廊下でも、校庭でも、いろんな英単語を教えてくれる。
私はそれを覚えていく。ダシャは面倒見がよく、とても優しい男の子だ。
ランチタイムになって食堂に行った私達は、一緒にトレイを持って列に並んだ。給食はバイキングになっていて、私はどうしよう、と冷や汗をかく。みんな食堂のおばちゃんに、英語で話しかけて食器に食べ物を盛ってもらっているのだ。
話せない私は、どうしたら盛ってもらえるのか。
困っていると、ダシャが英語とジェスチャーで食べたいものに指を差せ、と私に言う。私は食堂のおばちゃんに、指を差して無言で訴えた。すると横でダシャが補足しておばちゃんに話しかけてくれる。彼女は英語が出来ないんだ、と言っているのがわかった。
無事に昼食を済ませ、教室に戻ると席につく。
算数が始まった時、私は黒板に書かれているのを見て、日本よりとても遅れていることに気づいた。日本ではもう九九を習い終わっていたけれど、まだ足し算と引き算をやっている。これはテストは楽勝だな、と思う私がいた。
と、ふいに先生が問題を書き、分かる人は手をあげろと言う。すごく簡単な問題だったから手を上げると、先生は驚いた顔をして私を見た。そして指名された私は前へ出て、問題を解いて見せる。
先生は正解だと言って、とても褒めてくれた。嬉しかった。
そしてそれがきっかけで、クラスに女の子の友達が出来、少しづつ、クラスにも馴染んでいった。けれど休み時間は、相変わらずダシャと一緒にいた。
ダシャは毎日、キュート、キュートと言ってくれる。
こっちの男の子は凄いなぁと思いながら、私はいつもサンキューと返していた。
そんなある日、両親が夏休みに住まいを変えると言い出した。
ウェンブリーからロンドン市内に引っ越すと言うのだ。
近距離での引っ越しだが、学校は変わると言う。
また最初からか……とげんなりするも、仕方がない。
翌日。
私が引っ越しをすることを書いた紙を担任の先生に手渡すと、先生は寂しくなると泣いてくれた。そして朝のホームルームで、私が転校することを話してくれた。
一番、残念がってくれたのは、ダシャだ。
登校最終日、ダシャは私のほっぺにキスをした。そして「グッバイ」と言って私の為に号泣してくれる。
私も涙がこみ上げて、「サンキュー。グッバイ」と言うと、6月末日にこの学校を辞めたのだった。
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