第3話 初めてされた告白1

 小学4年生の5月。

 北海道へ着いた私は、父の祖母の家へ1か月、お世話になる事になった。

 祖母の家には、父の妹一家も住んでいる。

 だから同い年の男の子である従兄弟いとこのタカ君と、二つ年下のマイちゃんがいた。


「静花ちゃん、久しぶり。ますます可愛くなったねぇ」


 祖母と叔母が、私を見てにこにこしながら可愛い、可愛いと連呼する。

 恥ずかしくなった私は、「ありがとう」と言って照れを隠すように笑った。


「静花ちゃん、1か月、一緒に生活するんでしょ! うれしーい!」

 マイちゃんが大喜びしてくれて、私もすっごく嬉しい気持ちになる。

「お姉ちゃんが出来たみたい! ねぇ、向こうに行って一緒に遊ぼうよ!」


 いいよ、と頷いた私は、一緒にマイちゃんの部屋に行こうとした。けれど、それをタカ君に阻止されてしまった。


「ちょっと待った。今日は、これから友達が三人来るから、マイ、お前は一人で自分の部屋に行ってろ。静花ちゃんは、俺の部屋に呼ぶ」

「はぁ? なんでよ、お兄ちゃん!」

「いいだろ、別に。静花ちゃんは可愛いから、俺の従姉妹いとこだって自慢するんだ」

「じゃあ、マイも一緒にお兄ちゃんの部屋に行くー」

「来なくていい」

「やだ。行くもんねー」


 私の意思はそっちのけで、今日の予定が決まっていく。苦笑した私は、とりあえず荷物を運ぶのを手伝おうと、両親の方へ歩み寄った。けれど手伝わなくていい、遊んできなさいと言われたから、従兄弟のところへ戻る。


「静花ちゃん。友達に紹介したいんだけど、いいよな?」

「タカ君の友達? うーん、どうしようかな……」

「静花ちゃんは俺と同じクラスだから、あいつらともクラスメイトになるんだよ」

「そうなんだ……じゃぁ、会いたいかな」

「よし! 驚くぞー。モデルだと思われるかもな。にひひ」


 そんな大層なものじゃない。と言いたいけれど、あえてスルーする。

 マイちゃんは「いいなぁ」と言いながら、私を上から下までじぃっと見て、


「いとこなのに、なんでこんなに違うの?」

「え? なにが?」

「外見だよ、が・い・け・ん」


 私はまた苦笑して、返す言葉に困ってしまった。

 そうこうしているうちに、本当にタカ君の友達がやってきて、私は玄関先で紹介される。


 男の子達は「えっ、大阪のいとこ?! しかもイギリス行くの? すげー!」とかなんとか言って、盛り上がっていた。タカ君の部屋へ通され、そこでも質問攻めにあう。私は楽しい時間を過ごして、その日はおしゃべりだけでお開きになった。




 翌日の朝。

 新しい学校というのは、やっぱり慣れない。

 転校初日、クラスに従兄弟や知り合いの男の子がいるとはいえ、緊張感が半端ない私は、心臓をばくばくさせながら担任の先生と新しい教室へ入って行く。  


 すると大阪とも福島ともだいぶ違う空気が、そこにはあった。

 大阪や福島の教室内はあたたかかったが、ひんやりとした空気を感じたのだ。それは気温のせいではなく、そこにいる人たちが醸し出している空気だった。


 たくさんの視線を浴びつつ、挨拶をした私は、指定された席へつく。

 授業が始まり、隣の男の子に教科書を見せてもらいながら、私は次の休み時間の事を考える。


 新しい友達はできるだろうか。なんとなく、女の子達が寄ってきてくれそうな雰囲気がないと感じ取っていた私は、誰も話しかけてくれなかったら自分からいくしかないと覚悟を決める。自分から声をかけるとして、どの子に、なんて話しかけよう。そんなことばかり考えていると、あっという間に時間は過ぎていく。


 チャイムが鳴り、いよいよだ、と覚悟を決めた時、先生が退室したその瞬間に、一人の女の子が私の所へ来てくれた。


「はじめまして。私、カワノミズキ。静花ちゃんって呼んでもいい?」


 物腰の柔らかい、可愛らしい女の子。ボブカットに苺のヘアピンをつけた彼女が来てくれて、私は心中でほっとする。けれど同時に、周囲の女の子達が眉をひそめて私達を見ていることにも気づいていた。


「はじめまして。もちろん、いいよ。私もミズキちゃんって呼んでいいの?」


 ミズキちゃんは、ぱあっと顔を明るくして「もちろんだよー」と喜んでいる。

 周囲の違和感が気になった私は、けれどこの時は気にしないことにしてミズキちゃんと会話に花を咲かせた。


 その後の休み時間も、昼休みも、学校が終わるまでミズキちゃんと一緒に過ごしていた私は、帰宅する際に靴箱のところでミズキちゃんと離れた。ばいばいと言い合って、別々の帰宅ルートへ入って行く。


 その時、「相枝さん」と声をかけられて、振り返ると、クラスメイトの女の子が数人、私に近づいてきて「話があるんだけど」と神妙な面持ちで言った。


「あの子と仲良くしない方が良いよ。カワノさん。クラスで嫌われてるから」


 なんとなく、そんな気はしていた。

 だから周囲の目については、あえてミズキちゃんにはかなかったのだ。


「どうして嫌われてるの?」

「性格悪いの、あの子」

「どんな風に?」


 女の子達は目を合わせ、「どんなって……」と少し困った顔をしている。


「全部だよ。全体的にっていうか、もう全部がダメなの」


 なんだそりゃ。私は呆れ、特に理由がないのにいじめているのだな、と思う。

 

「私は、ミズキちゃんは、良い子だと思ってるよ。気が合うし」

「でもあの子と仲良くしたら、相枝さんも嫌われるよ」

「いいよ。べつに」


 女の子達は、面食らった顔をして、目をしばたたかせた。


「そう。じゃぁ、忠告はしたからね」


 そう言って、去っていく。

 私はため息をつくと、嫌なクラスだな、と思った。

 いじめをする子も、いじめをされる子も、見たのは初めてだった。




 翌日からも、ミズキちゃんは私にべったりで、私もミズキちゃんとずっと一緒に行動していた。


 周囲の女の子の目は厳しいものがあったけれど、でも何かされるわけではない。私はミズキちゃんの孤立を救ってあげられたことを嬉しく思っていた。


 そんなある日の昼休み。

 ミズキちゃんは、「静花ちゃん、ずっとここにいてくれたらいいのに」と言って、寂しそうな顔をする。私もずっとここにいれたらいいのに、と思いながら、「ごめんね」と言葉を返した。


「私が居なくなったら、学校、大丈夫?」


 くと、ミズキちゃんは苦笑しながら「知ってるんだね」と悲しそうに言う。


「どうして、いじめられるようになったの?」

「わかんない。気づいたら、無視されるようになってた」


 沈黙になる私達。イギリスに行っても、なにかしてあげられることはないだろうか。そう思った私は、福島でのことを思い出して、「そうだ!」と手を叩いた。


「ね、手紙の出し合いっこしようよ! イギリスから、手紙、出すから」


 ミズキちゃんは、目をきらきら輝かせて「本当?」と嬉しそうな顔をする。


「じゃ、明日、住所を書いてくるから、渡すね!」


 私はうんうんと頷き、微笑み合う。

 そうして下校時、靴箱のところへ行くと、私の外靴の上に手紙が置いてあった。

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