第2話 学級委員長
小学4年生の4月。
福島の田舎にある母方の実家へ、お世話になることになってから数日後のこと。
イギリスへ行く準備でバタバタしていて始業式に間に合わなかった私は、転校生として新しい学校へ通うことになった。
数日遅れで初めて近所の小学校へ足を運ぶ私は、とても緊張している。
たった1か月とはいえ、学校生活はうまくいってほしいし、友達も欲しい。
登校すると担任の先生はとても優しそうな女の先生で、肩があがっている私を見るや、大丈夫だからね、と微笑んでくれた。
教室へ入ると、物珍しいものを見るような目が私に集中する。
私は教室を見渡して、それから口を開いた。
「
みんなが拍手をしてくれて、先生が「1か月しかいないけれど、みんな、仲良くしてあげてね」と諭すように言う。視線が刺さる中、私は指定された席へ着き、みんなと一緒に最初の授業を受けた。教科書を持っていなかった私は、隣の子と机をくっつけて、一緒に見る。教科書は、大阪のとは全く違うものだった。
休み時間になって、女の子達が私の机を囲うようにして立ち並ぶ。
「相枝さん。なんで1か月しかいないの?」
「相枝さん。なんでここに来たの?」
「相枝さん。かわいいね。大阪の子ってみんなそうなの?」
「相枝さん。都会って、どんな感じ?」
相枝さん、相枝さん、と質問攻めがすごい。
でも嬉しい。みんなが話しかけてくれる。
私は分かる範囲で丁寧に質問に答えていく。
「ねぇねぇ、静花ちゃんって呼んでも良い? 私はマリコだよ」
「あー。マリコずるい! 静花ちゃん。私は、ユミだよ」
「私は、ヨウコ!」
「トモミ」「アカネ」「カズミ」……。
一気に自己紹介されて、誰がどの名前だか分からない。
私はどうしたらいいかわからず、とりあえず笑ってみた。
「わぁ、静花ちゃん。笑うともっとかわいい。お人形さんみたい」
「ほんと、ほんと。大阪ってすごいんだねぇ」
みんな口が上手い。それでも、そんな風に言ってもらえて私はとても嬉しかった。マリコちゃんだけ顔と名前が一致していて、特に仲良くなれそうな気がする。その予感は当たっていた。
私は初日からたくさんの友達が出来て、教室内にいるときも、教室を移動するときも、休み時間も、昼休みも、ずっとクラスメイトの女の子達と一緒にいた。
気づけば私は輪の中の、中心にいつもいる。
そしてマリコちゃんは、いつも私の右隣にいてくれた。
そんな数日を過ごしていたある日、休み時間に恋の話が始まる。
ひそひそと、クラスの男子に聞こえないように、一人ずつ好きな人の名前を言っていくのだ。
みんな好きな人がいるようで、私は困った。
私の好きな人は、ここにはいない。
「ねぇねぇ、静花ちゃん。このクラスで誰が一番かっこいいと思うー?」
なるほど。あぁ、それなら答えられる。そう思った私は教室内を見渡して、けれど、外見では、いいなぁと思う人は見当たらない。だから田沼くんのことを思って、「頭のいい人かな」と小声で言った。
「きゃーっ! 静花ちゃん、それ、ケンジ君のこと?!」
「静花ちゃん。ケンジ君が好きなんだ!」
大きな声で言われ、一斉に黄色い声が上がる。
私は戸惑った。ケンジ君とは、誰だ?
私はまた教室内を見渡す。すると男の子達が全員、私を見ていた。
あ、ケンジ君って、たぶん彼だ……。
ニヤニヤしながら私を見る男の子ばかりの中で、一人だけ顔を真っ赤にしている男の子がいた。
完全に勘違いをしている。訂正したいけれど、どう対応すればいいのか分からない。
「あ、いや、好きっていうか、その」
もごもごと口ごもっていると、女の子達は「恥ずかしがらなくていいよぅ」と、ますますテンションが上がっていく。
どうしよう。私は焦ったけれど、次の瞬間には諦めていた。
どうせ1か月だ。もうそういうことにして、流しておこう。
今さら訂正するのも難しいと判断した私は、愛想笑いをしてやり過ごす。
そしてチャイムが鳴り、授業を受ける。
授業を受けながら、この話に触れないでいれば、おさまるだろうと考える。
しかし、その考えは甘かった。
その次の休み時間からは、女の子達の間で、その話ばかりするようになってしまったのだ。
「静花ちゃん。ケンジ君、今、フリーだよ」
「静花ちゃん。ケンジ君は、学級委員長なんだよ」
「静花ちゃん。声、かけてきたら?」
私のまわりの女の子達は、そんなことばかり言う。
私は心中で困惑するばかりで、どうしようかと思っていると、ケンジ君のまわりにも男の子達が集まっていて、聞こえる声で「話しかけてやれよー」とからかわれていた。
困った。
そして翌日から、ケンジ君は、私に対してよそよそしくなった。
なんだか申し訳ない気持ちになる。
周囲は、あからさまに私とケンジ君をくっつけようとしている。
私は「頭のいい人」なんて言わなければ良かったと後悔した。
と、同時にケンジ君の方は、極力、見ないようにすることにした。
そんな風にして過ごしていたある日の放課後。
私がいつものようにマリコちゃんと一緒に下校していた時、ケンジ君がやってきた。
「相枝さん。ちょっと、いい?」
マリコちゃんは、目をキラキラ輝かせて、「じゃあ、静花ちゃん、また明日!」と走り去っていく。
「あの、さ。手紙のやりとりとか、する?」
ケンジ君は少し頬を赤らめながら、そんなことを言った。
私は言ってる意味が分からず、ぽかんとしていると、
「だって、相枝さん。来月、転校するんだろ。だから」
「……文通、してくれるの?」
ケンジ君は頷いて、ズボンポケットから紙きれを取り出し、差し出してくれる。受け取って中を見ると、ケンジ君の住所が書かれてあった。
「送ってくれたら、送り返すから」
「うん。ありがとう」
ケンジ君は、走り去っていく。
私は嬉しくなって、手紙は絶対に書こう、と思った。
大事なお友達になれるような、そんな気がして。
翌日は学校へ行くと、もう噂になっていた。
ケンジ君の話がなんだったのかも広まっていて、私はおもいきり、からかわれたけれど、悪い気はしなかった。
それから、生徒の間で公認のカップルみたいに扱われていた私達。
ケンジ君と話す機会がいきなり増えて、話すたび、とてもいい人だと思った。
そんな風にして数週間を過ごし、登校した最終日。
ケンジ君は、スヌーピーのキーホルダーをプレゼントしてくれた。
みんなとの別れを惜しみつつ、私は転校したのだった。
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