相枝静花の恋愛遍歴(賞に応募するため、1月3日に下書きに戻します)

相枝静花

小学校時代

第1話 初恋

 気づいた時にはもう、好きになっていた。

 無意識のうちに彼を目で追っていて、心の内でひっそりと恋心が芽生えていることに気づいたのは、小学3年生の初夏。 


 初恋だった。


 その初恋の君――同じクラスの田沼たぬま君は、学年一の秀才だ。

 少し長めの黒髪で、私よりちょっと背が高くて、普通の体型。運動神経も普通で、友達はいるのかいないのか分からない。


 なぜなら田沼君は授業中はもちろんのこと、休み時間も、昼休みも、下校するまでずっとずっとひとりで勉強をしているからだ。

  

 そこまで勉強に打ち込める田沼君を素直にすごいと思っていた私の趣味は、田沼君をこっそり見つめること。


 授業中は流石に無理だけど、休み時間は教室で、私は友達とおしゃべりをしながら、何度も何度も田沼君を横目で視線を送っている。


 ……なんで気づかないんだろう。結構、あからさまだと思うんだけどな。


 そんなある日の休み時間、さりげなく田沼君の机の前を通った時、田沼君はノートにびっしり数字を書いていた。


「足し算?」


 私が話しかけると田沼君は顔をあげて、私をじっと見ながら頷いてみせる。


「掛け算が信用できるかどうか、試してるんだ」

「へ?」

「掛け算は楽だけど、例えば、本当に120×100が12000なのかを、120を100回足すことで確かめてるんだ」

「へぇー……」


 目をぱちぱちさせる私から机上へ視線を戻し、田沼君は足し算を続けていく。

 そんなこと、私は考えもしなかった。なんか、すごい。

 感心した私は、ますます田沼君が好きになった。

 

 次の日も、その次の日も、田沼君は机にノートを広げて何かを書いている。その様子はあまりにも熱心で、そのノートにやきもちを焼いてしまうくらいだ。


 勉強と同じくらい、私の事も好きになってはくれないだろうか。

 いつも見つめているけれど、田沼君は気づかない。 


 そして少し離れたところから見てるだけの日々が過ぎていき、迎えた翌年の2月14日。


 前日の夜にお母さんと一緒に作った手作りチョコをランドセルから取り出して、私は田沼君の所へ行った。


 田沼君はいつものように、机上にノートを広げて勉強している。

 そこにぽんと可愛くラッピングしたチョコを置いてみた。


「え?」


 顔をあげた田沼君が、ぽかんとしながら私を見上げる。


「えっと、勉強の邪魔しちゃってごめんね。これ、今日はバレンタインだから、チョコレート作ったの。受け取ってくれる?」


 するとその様子を見ていたクラスのみんなが、わぁっとざわめいた。


相枝あいえだ、そいつのこと、好きなのかー?」


 クラスメイトの男子が、私にいてくる。

 私は「うん。大好き」と頷いた。


 するとその瞬間、女子の黄色い声がきゃーっとあがった。

 私は気にせず、田沼君に視線を戻す。


 田沼君は顔を真っ赤にしながら、固まっていた。

 けれど次の瞬間、チョコを机の中にしまってくれたから、受け取ってくれるんだと思って、嬉しくなる。

 

 その日の夜、私はベッドに入ってもなかなか寝付けなくて、田沼君のことばかり考えていた。


 チョコは食べてくれただろうか……。


 翌日、何かチョコについて話してくれるかと期待したけれども、学校へ行くと田沼君の態度は何も変わらず、私は遠目に眺めるだけ。


 ちょっと残念。少しは距離が近づくかな、と思ったんだけどな。


 しかし――その一か月後。


 ホワイトデーなんてすっかり忘れていた私だったのだけれど、朝、登校して教室に入ると、田沼君と目が合った。

 田沼君は立ち上がり、まっすぐ私の所へ来てくれる。


「相枝さん。今度の土曜日、あいてる?」

「え? うん。空いてるよ」

「じゃぁ、1時に校庭に来て欲しい。渡したいものがあるから」

「うん! わかった」


 渡したいものって何だろう。そう思った時、今日がホワイトデーであることに、ようやく気付く。

 お返しをくれるのかな、と思った私は、嬉しくなって胸が弾んだ。

 田沼君は自分の席に戻ると、相変わらず孤高の狼だ。かっこいい。


 そして迎えた土曜日。

 私は、うきうき気分で校庭へ行く。

 だだっ広いグラウンドには、田沼君しかいなかった。


「相枝さん。これ、お返し」


 私は、びっくりしてすぐには言葉が出せなかった。

 田沼君の両手にあるのは、大きなお菓子の詰め合わせだ。

 私はそれを百貨店で見た事があった。三千円もするやつだ。


「すごい……ありがとう!」


 受け取った私は、嬉しくて嬉しくて、帰ったらどれから食べようかな、なんて考えちゃう。


「相枝さん。もしよかったら、次の土曜日も、一緒に遊ぶ?」


 頬を赤く染めて言う田沼君に、私は飛び上がるぐらい嬉しく思ったけれど、「それは、無理かな」と首を振った。


「私、転校するの」

「え……どこに?」

「福島」


 田沼君は驚いた顔をして、しばし無言になる。


「いつ?」

「今月いっぱいで、引っ越すの。次の休みは、荷造りとかしないといけないから」

「ずっと福島にいるの?」


 私は首を振って、「1か月だけ」と苦笑した。


「その次は、北海道。そこも1か月だけ。その後は、イギリスに4年間。その後は、知らない」


 福島には母方の実家があり、北海道には父方の実家がある。私の父は、イギリスに行って駐在員をすることになっていて、イギリスへ行く前に1か月だけ、両実家で一緒に生活をしようということになっていた。


「そっか」

「うん。だから、一緒に遊びたかったけど、ごめんね」


 田沼君は、いいよ、と言ってまた、無言になる。

 私も黙ったまま、けれど居心地の悪くない静寂。


「相枝さん。今日は、遊べる?」

「うん。五時まで遊べるよ」

「じゃぁ、五時まで」

「うん。おしゃべり、しよっか」


 白い雲が浮かぶ青空の下、私達はずっとおしゃべりを楽しんで――。

 ばいばい、と手を振って別れた。

 

 転校するまでの学校での田沼君は、やっぱり何も変わらず。

 机に座って勉強するばかりで、私の視線には気づかない。


 最終日も目を合わす事すらなく、私は転校したのだった。

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