・こちらは「ペットと奴隷は違うんです。 / 序」の続編となっております。
そちらをご一読するとなおさら楽しめると思われます
・お空のタグ入ってますが出番少ないです
────
「ねえこいし、調査を頼んでいいかしら」
「人探しよ。探してほしいのが七名、見つかり次第でいいのが一名」
「目的があったほうが散歩も楽しくなると思うわよ」
「お姉ちゃん、数字だけ言われても分かんない」
「ホールケーキ」
「詳しく」
───
ペットと奴隷は違うんです。 / 燐
───
さて、どうしたものか・・・
治そうと決意したものの、正直専門外なのだ。
植えつけることが出来るとは言え治すことは出来ない。
格闘家と医者は扱うものが同じでも、まるで違う職業であるように。
催眠術で強引に上書きなどしてしまおうものなら
虫歯も治療せずに蓋をかぶせるようなものでいずれ手が付けられない事になる。
一つ一つ自力でほぐしていくしか無いのだ。
─
二人がやってきた次の日の朝。
頭が重い。
鉛と化した頭を片手で支えて、日の出と同じ程度に起きて台所へと向かう。
昨日の件もあって寝込みたいところだが、食事は作らなければならない。
動物達の胃は待ってはくれない。
(ここで待ってれば来るよね)
(昨日のこと謝らなきゃ)
(火も刃物もここにある・・・何されるかな)
何やらえげつない妄想が入ってくると思ったらお燐がいた。床に座って。顔を伏しながら。
バタバタと駆け出してしまってからまだ時間もそう経ってない。
気まずさもありどう対応しようかは正直悩みどころだったが、あちらはすでに腹を決めているようだ。
あまり長引かせて悶々とさせる訳にもいかないだろう。
「あっ・・・さとり様!」
かなり長く待ってたらしい。実時間ではなく感覚として。
どのみち話はしないといけないので顔を見せた途端、台所の固いフロアタイルの上にその身の全てを放り投げて謝られた。
「昨日は申し訳ありません!全部あたいが変な事言ったからです!
どんな事でもしますから、せめてあたいだけを・・・!」
台所でいきなりの土下座だ。
どうやら私の部屋を知らなかったから、ずっとここで待っていたようだ。
不相応(だと思っている)柔らかい布団に萎縮しながら眠って、お空に気づかれる前に起きて。
それから数時間ずっと、ただひたすら暗闇の中で仕置きの想像に耐えながら。
失言の詫びで「指を折ってくれ」なんて懇願してきたお燐。
すなわち、今までそれがはるかにマシと思えるような仕置きがあったのだと想像だに難くない。気分が沈む。
昨日のことが私の頭にもフラッシュバックする。覚がトラウマを背負わせられるなんて。
「顔上げなさい」
私の声で土下座の状態から膝立ちの状態になる。
固い床にずっと膝をつけたまま私の次の行動を待っているお燐。
痛みと孤独に震えてた時の涙と不安でぐしゃぐしゃだ。
膝を折り曲げて、出来る限り高圧的にならないように目線を同じ高さにする。
「気にしなくていいの」
出来る限り和らげさせるような顔で。
だからあなたの頭の中にあるような火炙りや指詰めは御免被りたい。熱湯をかぶせるとかいうのもやめて頂戴。
お燐にとって台所は危険物でいっぱいのようだ。
誰が悪い訳じゃないのだ。
どっちかと言えば私ではあるが・・・、あれを急に見せられて平然と出来るのはいないと思う。
相当の決意を持ってきた顔がまだ不安にまみれている。
がたがたとした細かい震えは止まってない。
気まぐれで許されたか、後で何かされるのだと疑心暗鬼を浮かべている。
「あたいはさとり様にひどいものを」
「いいから。朝ご飯作るから、もう少し寝てなさい」
「手伝いたい」という思考が入ってはきてるのだが・・・お燐の睡眠時間はそんなに長くないようだ。
さすがにここから働かすのは私としては許可出来ない。
こんな心境で手伝いの命令など出来やしない。
「すいません、でした・・・
これから・・・精一杯働きますから・・・」
申し訳無さそうに一礼をしてか細い声で呟いていた。彼女は何も悪くないはずなのに。
あれはただの事故で、私が異常に驚いてしまっただけのことなのに。
─
全員分の朝ご飯を作り終えたあと、ゴミ袋を持っていった。
誰だ。ゴミ捨て場を漁ったのは。
結び口はきっちり結わえてあったが、明らかに袋が小さくなっていた。
誰だったかは正直検討はついているが。
この件についてはどうしたものかと今考えている。
これを言わないでおくべきかどうか。
本人達にとっては恥ずべきことかも知れないので黙殺してしまってもいいのだが・・・
どこかで言わないとまた繰り返す可能性はある。
だが今の私とあの子達の距離感ではまたひれ伏させてしまう。
覚の能力は心は読めても、それをどう扱えばいいかまでは教えてくれない。
─
二人は、私に会えば道を空けるように廊下の端により膝をついた。まるでそれが普通であるかの用に。
他のペット達の驚愕の視線も省みぬままに。染み着いた癖になっている。
むしろ、その視線が来ることを当然と思っている節もある。自分達はその立場なのだと。
(「私の目の前に立つの?」)
(「軽々しく口を利くものじゃないわ」)
確かに私との形式は主人だが、少なくとも彼女らは奴隷ではない。
強いて言うなら居候だ。拾ってきたペット、とも一応は言えるのか。
不満があった時にぐっとそれを我慢する必要は無い。
まずそういうことはしないように、と柔らかく注意した。
私は別に道が塞がれてたからと言って横暴を言うタイプではない。
というより通りすがっただけでそんな風にされるのは心苦しい。
「あ、す、すいません。何か・・・ご用ですか」
(いつ何をされるのだろう)
(突然叩かれるのかな)
(どこで罰が来るんだろう、・・・逃げられないだろうけど)
そんな事ばかりだ。話も出来やしない。さながら死刑を待つ囚人だ。
危害は加えないことを伝えても、彼女達の心から怯えは消えなかった。安心とはほど遠い心境である。
「何もしない」と言ってるのにいつ蒸し返されるか不安なのだ。
病巣は根本まで巣食っていることがよく分かる。
無罰では気を病んでしまうようなので最初の夜の件に関しては
仕方なく軽い罰だけ与えてみた。デコピン程度の一発。
「これで気が済むなら」と思って、だ。
結果、私に対する恐怖心が湧き上がった。
(申し訳ありません、あたい怖がってしまって・・・)と
「"罰を怖がったこと"に対する罰」を頭の中で思い浮かべてしまっている。
何の解決にもなりやしなかった。むしろ増長させてしまう。
この路線ではダメだ。
──
少しだけ経った夜、部屋で一人考える。
私をああまで恐れても、なおここにいたがる理由。
その理由は簡単だ。
「保護」されたいからだ。
街に空き家はあるからいくらか資金を持たせて
そこに住まわせてもいいのだが・・・というか、もともとそっちの方面に持っていく予定だった。
どうせ私を避けるのだろうと思って、それぐらいの感覚だった。
「使用人」というのがまともな雇われ方だったらすぐに仕事も見つかるだろうと。
だが、そうもいかなかった。
彼女らは人さらいにやられたのだ。
子供二人で互いに親は無く、浮浪しながら生きていた。
そこをさらわれ、その先で売買されて地獄を見せられた。
彼女達にとって何に守られることもなく街に放り出されるということは出来ないのだ。
外は不安なのだ。たとえ家があっても、誰にも守られてないということが。
子供と大人では基礎体力がもう違うが・・・そういう問題ではない。
頭で大丈夫だと思っても体は動かなくなる。トラウマとはそういうものだ。
現状の地底に手厚く「保護」の体制を作れる権力者は二人いる。私と勇儀さんだ。
街に住むのであれば勇儀さんを頼ってもいいだろう。
この地霊殿に来る前にはその程度の下調べはしていたはずだ。
だが勇儀さんも二人だけをじっと見ているわけにはいかない。街は広い。
それに二人はどうも"力"というのに振り回されることを怖がっている。
肉体が鬼で頑強である勇儀さんはさぞかし恐怖だろう。性格がいかに良くても、だ。
結果的に、目的は私ということになるのだろう。
少なくともこの地霊殿によって物理的に守られてはいるし、
「もしかしたらどちらかが行方不明にでもなった時に探してもらえるかも知れない」と期待も寄せてくれている。
もちろん、私としてはそうなれば探す気だ。お燐自身は"もしかしたら"としか思ってくれてないようだが。
お燐は・・・こう言ってはなんだが私に好かれようとしている。
内心は恐怖でいっぱいなのに庇護を受けようとしている。
その様は本当に健気だ。おそらく気に入られるためなら、私が何を命令してもそれに従うだろう。
「何をしてもいいので外に放り出さないでください」との心情がありありと浮かんでいるのである。
──
「手伝うこと無いですか?」
お燐は自ら雑用を手伝ってきた。
実際、彼女が来てから地霊殿がものすごく綺麗になった。
食事のあとは必ずやってきて皿洗いを手伝った。「やらなくていい」と伝えているのに。
「やってないと不安なんです」と言われてしまう。
強引に止めるわけにもいかず手伝わせてはいるのだが・・・
ありがたいはありがたいのだが、正直怖いのだ。
仕事を見ていたら、とんでもないほど緊張していた。絶対に失敗をしないようにと。
(見られてる、見張ってるんだ、失敗しそうなところ)
(慎重に、慎重に、汚れは取れてるかな)
(いいとこ見せないと・・・)
読んでる私のほうが疲れるほどの張り詰め方である。
出来る限りは一緒の空間にいないほうがいいのかも知れないが、それだとお燐のやってる事は無駄になる。
私にいいところを見せなければならない、だから。リスクを抱えてでも。
動物達はさして汚れは気にしない。私もそれほど気にはしない。
それでもお燐は丁寧だ。まるで病のように。
いや、病なのだ。
失敗すれば即座に折檻が待つ。
かと言って仕事を放棄することも出来ない。何もせずに立っていれば怒鳴られ結局は折檻の目にあう。
絶望的な袋小路、早いか遅いか、憂き目に逢わない道はただひたすら成功し続けるだけ。
仕事の間だけ、安らげる。
前の場所はそういうところだったと彼女の記憶は告げる。
"遊び"に使われるような身分であってはその扱いを打破する術は無い、ということか。
ひたすら有能であり続けるだけが救いの道。
それでも成功し続けることなど出来はしないだろうに。
そこを突かれては酷い目を見る。袋小路と分かっているけど一本道。かわいそうだ。
─
話は変わるが、私はお空と現状ほとんど話が出来てない。
あの日の夜以降、廊下ですれ違うのと食事の時にお燐と隣の席にいるのを見て、ほぼそれっきりだ。
「そういえばお空は?」
「おそらく・・・部屋です。昨日の」
(嘘、ついたらダメ・・・だよね)
(あたいが退屈させたからだ)
「でもあの、あいつが動けば分かりませんから」
「せめて部屋から離れてて」などと心の中で付け足していた。
自分が働いてるからお空に手を出す、とでも思ったのだろう。
それを否定してもいいが、口に出せば間違いなく頭を下げてしまうだろうから黙っていた。
覚としてどうなんだそれは、と我ながら思う。
「お空は、力があるので薪割りとか出来ますよ」(だから、お空を・・・)
"放り出さないで"と。推薦だった。
そんなことはしないのだが・・・せっかくそういうのであれば薪割りをさせておこう。
お空の暇を潰させるためにも。
─
「お空、いる?」
「・・・え?」(誰・・・?)
確かに部屋にいた。
ノックをしてもか細い声しか聞こえず心の声も些細であった。
お空はまるで殻に篭っているかのようにベッドに座って物憂げにうつむいていた。
くず折れた人形のように。
「・・・!」(何か・・・される!?)
私の顔を横目で見て、声を聞いて、そのままの形で震えている。
何かが起こるであろう現実から逃げるように、ただひたすら目を逸らして。
「お、お燐は・・・?」(まさか、ひどいこと・・・)
よぎる。
目の前で友人が傷つけられて、友人の目の前で傷つけられるところ。
気を失ったお燐の身体が床に適当に投げ捨てられて、代わりに連れていかれる様子。
すでに心は準備を整えている、残酷なことに対して空っぽになるために。
(「壊れたから代わりにあなたのとこに来たの」)
(「粗相の罰を与えるからあなたも手伝いなさい」)
(お燐を傷つけるのは・・・いやだ)
重ねている。
お燐が倒れるようなことをしてその不足分を取らせに来たのではないか、と。
もしくは、お燐に危害を与えさせるために呼びに来たのではないかと。
あの日に見た光景と全く一緒のことを私に。
「何もしてないわよ」
するつもりもない。追求する責任など何一つない。
出来る限り優しくそう言った。
「ちゃんとお手伝いしてくれてる。あとでお燐に聞いてみるといいわ」
後に本人からも言ってくれれば証明になるだろう。
敵意が無いことをまずこちらにも示さなければならない。
二人が食い違っていてはいずれ軋轢が生じるから。
「よ、良かった・・・」
親友が無事だと分かったからか、全身の力が抜けお空の目から光が消えた。
何の光景も写さなくなった瞳が私を再び捉える。お燐への心配が消えて、お空はまた人形になった。
お空は、お燐のこと以外はただひたすら待ち続けるだけの体勢を取り続けているのだ。
自分をひたすら殺して感情が沸き立つことすら拒否するかのように。
「・・・私なら、いいよ。酷い事いくらでもしていいから・・・」
薪割りのことを言いにきたのに頭が割れそうだ。
どうすればいいんだこの現状。
──
二人は、どこで来るかも知れない拷問に怯え続けていた。
手伝いを完遂してもそそくさと去っていった。私が読んで初めて知ったいつの間にかの善行だっていくつかある。
いつ会ってもいつ会っても妄想の中にある外道な「古明地さとり」からの恐怖を感じていた。
粗末に扱われる様を現実の私に見せつけてきた。そのたびにきちんと否定した。
二人の頭の中の「古明地さとり」を何度も否定して、そうやってなだめ続けて四日。
ようやく彼女達からあの件に関することが薄らいできた。まともに話を聞いてくれる程度にはなってきた。
と、言ってもお空のほうは相変わらず何も聞こえてないようなのだが。
「お燐」
夕食の後、まだ床を掃除してるお燐のほうに声をかける。
「はい?」
自分の名前を呼ばれて震える。
主から「誰か」ではなく「自分」のご指名。不穏な思考を張り巡らせる。
間違いではない、間違いではないのだが、
そんな考えを持ってもなお可愛らしく人工的な笑顔をこちらに向ける。
演技の女形のほうが本物の女より女らしく思える、という例をたまに聞くが、そういう類だと思う。
何も分からぬ人がみれば笑顔以上に笑顔だろう。
「古明地さとり」の恐怖と戦っているはずなのによく出来るものだ。
今、お燐の顔で自然に動いているのは髪に結んでいるおさげぐらいだ。
まずはお燐から手をつけていこう。
お空のほうは何を聞いても上の空なのだ。唯一、お燐の言葉だけを聞いている。
「ついてきて」
身体にやんわりと触れて夜伽の誘いということをそれとなく伝える。
やっと落ち着いて話が出来るようにはなったのだ、ここからがスタートラインである。
「あっ・・・はい」(とうとう来るんだ・・・)
意図は感じ取ってもらえたようで、少しだけ目を伏せたあと返事する。
いよいよトラウマに手をつける。触れた肩が震えたのがよく分かる。
(何されるんだろう)
(優しくってのは無理、だろうけど)
(お空、無事かな・・・)
やはり恐怖の記憶が見える。お燐の頭が凄惨な記憶を思い返している。
そして、私に移し変えてそこから起こりうる事を創り上げる。
(さとり様は・・・あたいを読めるから)
秘部を舌で奉仕しては平手で殴られる。嫌われたくないから虚構の笑顔を貼り付ける。
想像の中の私が、その虚構を見抜いて蹴りつける。
(きっと、あたい達がされたこと知ってる・・・)
乳首をちぎれそうなほどに抓られ叫ぶ。
手を縛りつけられて張り型を挿入される。
心の底から泣いても、いや、泣くほど愉悦を浮かべる。
ころころ変わる表情を面白がって何度も拳を振り下ろされる。
その間中、ずっと耳元で過去のトラウマを囁かれる。
トラウマ・・・たとえば件の爪剥がしや、首輪で連れ回されたこと、他人の前で自慰させられたこと。
最も嫌がることを読んで実行してくると思っている。
(想像しちゃダメなのに・・・うぅ)
廊下で手を引いてる最中、そんなのばかりを読まされる。
私はそんなにサディストに思われてるのだろうか。いや、日が経ったことで恐怖が強くなってしまっているのだ。
貼り付けた笑顔の裏に全てを諦めて、受け入れてる感情を見た。
目が合えば必ず笑顔を浮かべたのは・・・なんというか可哀想だった。
本当は泣き出したいほど不安なはずなのに。
大事に扱わなければならない。複雑に絡んだ糸は無理に引けば余計にからまる。
力を使って解いてはならない。一手一手をよく考えて解いていくことだ。
まず何を求めていて何を与えるべきか。
何を与えたくて何を受けるべきか。適切に選んでいかなきゃならない。
心の傷は目に見えない、されど何より深く身体を蝕む。
─
私の書斎部屋、薄い壁とドア一つを抜ければベッドのある部屋。
「失礼します」
原則、ノックさせる場所。とは言ってもあまりペット達は自ら来ない。私が呼び出した時程度だ。
お燐が来るのも当然初めてだ。
(ここでやるのかな)
(いい匂いがするなあ)
(高級そう。一つでも壊したら・・・あたい死ぬんだろうなあ)
部屋を見回してそんな思念。確かにそれなりに値の張る調度品だが・・・実はだいたいは貰い物だったりする。
「お納めください」など言われたはいいがかなり持て余している。
戸棚にしまってあるのも何点もある。
私の考えた方法は・・・上書きしてあげることだ。
強烈なトラウマがある限り、全ての生活に影響を及ぼし続ける。
だからその根本を改善していくしかない。
少しずつ、少しずつだ。
二人とも心も体もボロボロで一気には治せない。
口約束なんかではダメだ、もう少し深くに触れてそこから取り除かないと解決しない。
前の男の影を剥がし、私に移し変える。
新たなる畏怖の対象として私をまず「主」と認識させる。言い方を悪くすれば依存させていく。
そして、私は「暴力を振るわない」と教える。
やろうとしてる事としてはこんな感じだ。正しい方法なのか、出来るのかは全く分からない。未知数だ。
「忘れてしまいなさい」なんて言っても無理だ。
そんなこと簡単に出来たらトラウマなんて言葉は生まれない。
少しずつ少しずつ上回っていくしか無い。
「あなたのことはこんなに知ってるよ」と教えるのだ。
そうやって、言い方をもっと悪くすれば征服していく。それがまず第一歩。
─
ベッドへと案内する。淡い紫色の布団。
鏡台と照明灯とタンス以外はあまり物を置いてない。
寝る時ぐらいは何も目にしたくないのだ。
お燐は息を一つ飲んでスカートの端をぎゅっと握り覚悟を決めた顔をしていた。
(道具は・・・見当たらない)
(叩かれるんだろうな、痛いかな。どこからかな)
(あ、そうだ。脱がなきゃ)
私が何かを言い始める前に自分の服を脱いで畳んで置いて、足下へと跪く。
全ての主導を私に委ねるように腕を後ろに回して。
昼間言われてることと夜間にやることは別、そう考えてのことのようだ。
「さとり様・・・」(えっと、どうすればいいんだろう)
お燐は私の前で糸一つも纏うことなき姿になる。
すらりとした足、細い胴、しっかりと主張する胸、
今、纏っているものは三つ編みと尻尾と耳。ただそれだけ。
「何をすればよろしいでしょうか」(前みたいのでいいのかな?)
目線を上にして、私をじっと見上げる。
これから遊び道具として使われる主人を敬うために。
お燐の心の中ではすでに首輪や手錠がはめこまれている。
「さとり様のお望みでしたら何でもやらせていただきます」
いつもの明るいような笑顔ではなく、
場の雰囲気に沿ったような、目を少し細めて妖艶に人を誘う表情。
本心が伴ってさえいれば私も引き込まれてたかも知れない。
口を使った奉仕、人前での自慰、縄での拘束、そんな思考が入ってくる。
お燐は、自分の自慰行為ですら他人を楽しませるためのものだと考えている。
膝を立たせて秘部がよく見えるように足を開き
自らの指、もしくは張り型を口で舐め、それを自らに挿入。
もう片方の手は自分の胸先を弄り、
淫らな顔を浮かべて男の前で腰を上下させてはくねらせる図。
縄で縛られてる図。
手首が青くなるまできつく、首にも縄をかけられその先を握られる。
乱暴に体中を撫で回される。不自由な体を動かしながら悶える。
笑顔の裏では痛みを訴えてるのだ、それを知ってか知らずか強引に抓られ弄ばれる。
その後はひたすら顎と口を動かし男根をしゃぶり続けている。気まぐれで首を絞められ目を見開く。
それを面白がっては続けさせられる。
時々は顔を叩かれて倒れる、自力で起き上がれず暴力を受けるがままになっている。
頭を振ってお燐から流れ込んできた情報を払う。
こんなこと、望まない。優しくしてあげなければならない。
頭に浮かんで消える光景は、私がやるべきことなんかじゃない。
首輪も手錠もかける必要はない。
「あたい、女の人初めてなので・・・うまくやれるかどうか」
(お空ぐらいしか分からないから不安だな・・・)
見せるため、気に入られるために「良い子」になる。
報われないことがはるかに多いのにお燐は生きるために自分から動いてゆく。
傷ついても何をされても死ななければいい、程度の望みを持って。
「まずはそうね、立ちなさい」
「はい・・・」
命じられるままに立ち上がる。
手を後ろに組みっぱなしで私に何一つ隠さず、まるで軍隊のように次の命令を待っている。
足の先が落ち着いてない。極度の緊張がそのまま表れている。
「何もしなくていいの」
その言葉に戸惑いを覚えたお燐をそっと導きベッドに仰向けにさせる。
まずお燐に教えるべきことは人を気持ちよくさせることじゃなく、自分が気持ちよくなること。
苦痛以上に快感を受けること。
─
お燐は自分の身体を隠すこともせず両手をベッドに放り出している。
顔も胸も秘部も全てをさらけ出して私のほうを見ている。
呼吸をするたびにかすかに胸が上下している。
先ほどの言葉を「無抵抗でいろ」という風に捉えてる節もあるようだ。
「どうぞ、あたいを気の済むまで・・・使ってください」
全てを捧げる旨の言葉を出すお燐。頭の中は不安でいっぱい。
処女のような思考ではない。「怖い」という感情に頭が支配されている。
サンドバッグ、踏みつけ、殴打、肉体的暴力が来ることを怯えている。
それでも最低限の被害で済むために、せめぎあっている。
まずはじっと視線を合わせる。
上から見下ろすのではなく横から。同じ目線。
ふっと微笑み敵意の無さを送る。お燐も笑顔を返してくれたが・・・怯えは隠せてない。
奥歯をひっそりと噛んでいるし、右手でシーツをじっと掴んでいるのである。
(全部、あたいが全部みられてる・・・)
(何かするんだ絶対)
(怖い怖い怖い)
「あの、恥ずかしい、です」(お空よりは、小さいし)
それでもなお隠さない。腕が心で縛りつけられている。
隠せば私の不興を買うと思っている。
この見る行為、自分の「品定め」だと考えている。
自分の身体が男に売りさばくのにふさわしいか見ているのではないだろうか、と。
「奴隷だからそういう使い道もある」と覚悟を決めている。
私が男ではないから、なおさら。他人に使わせるのではないかと。
ベッドの上で全てを晒しているお燐の横に膝を乗せる。
そのまま湯呑を取るように両手でそっと右手を取る。
ピクッと反応し、少しだけ声が漏れた。つねられたり、爪を剥ぎ取られる思考が見える。
ひどく荒れた手だ。細長いのに肌もいびつでざらざら。
どれほど傷つけられ水仕事をしてきたのだろう。
爪も剥がされ踏みにじられて延々と手伝いをしてきて、誰も愛されなかった手。
「怖がらないで」
無理な話だ。でも、きちんと伝えねばならない。
両手で優しく包んで、お願いするようにそう伝える。
右手と、右腕をゆっくり擦って暖かさを与える。
人肌の優しさを伝えるみたいに。
「んっ・・・ふっ・・・」
こそばゆいという言葉が入り込んでくる。
だけどその情感を、お燐は自らの意志で押さえつけていく。
まだ警戒を解いてない。「叩かれる」という苦しみの感情が入ってくる。
「お燐」
鼓動する胸の間に耳を押し付ける。
手持ち無沙汰だったのかお燐の両手が私を抱きしめる。
何もしない、ということが彼女にとってはきついらしい。
「怖いのね」
「そんな、こと・・・」(怖いってこと、言わなきゃダメだったかな・・・)
心臓の音が聞こえる。
ひどく速い。興奮よりは緊張だろう。彼女の思考を見れば分かる。
少し柔らかくなってきたが、まだまだ晴れてない。
「傷つけないから」
顔に近づく。目と目が合う。
最も殴られ最もトラウマになっているであろう部分。
恐怖の色が明確に浮き上がり瞳孔はすでに狭まっている。
「ひっ・・・!」(動いちゃダメ、だから・・・)
お燐の右手がシーツを離れて顔のそばで開いている。無意識に何かが来ることを防ごうとしている。
手を差し出せば恐れて頬を押さえそうになる。
頭を撫でてあげてもぎゅっと目を閉じて内心に恐怖を抱いている。
耳が垂れてるのは小動物のようで可愛い、と不意に思ってしまった。本人はたまったものではないだろうが。
どうしたものかとふと考える。そろそろいいか、もう少し撫でてあげたほうがいいか。
お燐の顔が近づきいきなり口付けをされた。
同時にお燐の両手が私の頭を抱えて掴む。
「んっ・・・ふぅ・・・」(キス、しなきゃ・・・)
長く長く、温かい舌が私の咥内を舐め回す。お燐の手が私の髪を撫でる。
とっさのことに呆気だったが数瞬で事態は理解した。
私も両手を回してお燐の髪を梳く。心の言葉も伝わり、少しの間一つになる。
やがてそれは分かれる。透明な橋を作りながら。
「えへへ」(さとり様、喜んでもらえたかな)
いたずらっ子のように笑みを浮かべるお燐。
思い込んでた「動いてはダメ」の言葉を犯してでもやりたかったキスだった、と。
でもわかる。
自発的にはやった・・・でも心の底からやりたかったことではなかったということ。
無邪気な淫乱さを伝えるための偽の顔。機嫌取り。
浮かべた笑みも自分からやったと伝えるために。
「驚いたわよ」
笑顔を浮かべて返してあげる。涙目は悟られないように。
この頑張りを否定してはならない。お燐が一人ぼっちになる。
キスという行為自体は好きみたいだ。だがそれすら捧げて人を喜ばせる事に一生懸命になる。
悲しい話だ。キス一つ自由のもとに無いなんて。
泣きたくなる。でもダメだ、泣いたら彼女がまたひれ伏してしまう。
感情逸らしに頭を撫でる。少し怯えた顔だったが、すぐに安心の顔を見せてくれた。
捧げたことで少しだけ優しくされるのを期待して、それで優しくされたから。
お燐の首に唇を当てる。そのまま強く吸い上げる。
「ふっ・・・」
軽く息を漏らした。
そこから少しずつ下の方へ下の方へ舌を這わす。
わざと高い音を立てては肌を吸い、首筋、鎖骨を通ってやがて胸へと到達する。
「やぁ・・・んっ」(へん、な、きぶん・・・)
それなりに膨らみのある胸。
いつも一緒にいるお空のほうが爆ぜた代物なため並んでいるとそちらに目がいくが、こちらもこうして見るとかなりのものだ。
「あっ、はぁっ・・・」
吸いつくような肌を撫でて
片方の乳首を指でつまみ、もう片方は舌でなぞる。
「きもちいいっ、ですっ・・・」
なぞっては、たまに指先で摘む。強く吸いついてはまた舌で滑らす。
断続的に休ませないように刺激を与える。
少しずつ軽く歯を立てたりして慣れさせないように。
そのたびに喘ぎ声を出してぴくりと動く。
胸の上下が激しくなり、はぁ、はぁ、と息も荒くなってきていた。
「んむ・・・っ!?」
少し口が物寂しいと思っていたようなので今度はこちらから唇を重ねる。
今度は手を使わずゆっくりと枕に沈めていくように。
ちょっとした意趣返しと「あなたを優しく支配してる」と教えるために。
「さとり、さま・・・」
頬に赤みが差し目がとろけそうになっている。
「あの・・・」
糸が繋がったままの唇から言葉が出る。
視線は横に下辺り。少しだけ恥ずかしがって。
「あたいのおまんこに・・・さとり様の指、欲しいです・・・」(顔、熱い・・・)
両足を擦りながら下半身の愛撫を願う。直接的に言えば喜ばれるから言う。
過去の記憶は語る、おねだりをちゃんとしないと機嫌を損ねると。
奉仕精神と言えばそうなのだが、事情を知ってるだけに複雑になる。
けど、ちゃんと「気持ちいい」の感情が混ざってる。本心から恥ずかしがってもいる。
「いい子ね」
ご褒美で頬を撫でる。少しだけ警戒心が薄れてきた。
そのまま後ろに下がり、お燐の太股の内側に手をかける。
お燐は抵抗無く自分から足を開きその濡れた秘部を見やすいようにしてくる。
「さとり様に、おっぱいいじられてた、から・・・」
言うだけあってすでに蜜が溢れている。
入り口付近をなぞって自分の指にその液を絡め馴染ませていく。
「にゃぁ・・・はう・・・っ」(さとり様に、弄られてる・・・)
親指も使って押し広げ中の様子を見る。
見た目と寸分違わずぐしゃぐしゃの液でいっぱいになっている。
すでに熱を帯びており挿れて弄ぶにはもう十分のようだ。
「あたい・・・何かしなくていいんですか?」(さとり様のことは・・・)
お燐の脳裏によぎる不安。舌や手で私のことを弄らなくていいのか、と。
何かの作業に没頭してないと不安に塗り潰されていくのだろう。今までずっと人に何かをし続けてきたのだから。
・・・叩かれても、笑顔で奉仕し続けてたのだから。
「いいから」
もう一度、額に口付け。猫にするように。
黒い不安に塗り潰されないようおまじない。
「不安ならそうね、素直に感じなさい。思うがまま」
今日はお燐に快感を覚えてほしい。
「笑顔を作るから気持ちいい」ではなく「気持ちいいから笑顔になる」と教えたい。暴力に耐えてむりやり笑っている必要は無いのだと。
心を無理に作り変える必要なんて無いのだと。
秘部から生えた突起を指の腹で擦る。
「にゃぁっ!?」
ひときわ大きく反応した。
肩が動いて布団が音を立てる。
「どれくらい感じやすいのか、見てあげる」
濡れた愛液で潤滑させて指の腹でひたすらしごく。
その度にお燐の身体はびくんびくんと跳ねて打ち震える。
ここはかなり感じるのが強いようだ。
「やっ、あぁ・・・さとりっ、さま、そこ、はっ・・・」
声に涙が混ざっている。主から無条件に与えられる気持ちよさに心が落ち着いてないのだ。
今までにない状況なのだから。
空いてた手でお燐の手をぎゅっと握る。
快感の波に一人で不安がっているお燐をつなぎ止めてあげるように。
「大丈夫だから」
突起をしごくのをやめて、いよいよ秘部を弄る。
お燐は手持ち無沙汰か片腕は自分の身体を抱きしめている。
もう片方は私の手をぎゅっと握り返している。
中指を沈めていくと、すでに指を受け入れることに抵抗は無かったようだ。
十分と見てかき回す。湿った水音が届く。
お燐の中をなぞっていくように這わせる。
「そんなっ、はげしっ・・・!」(指、入って・・・!)
その後には人差し指。二本を入れて別々に駆動させる。
押し広げて密着させて、さらに擦っていく。
時折に強く反応する場所があるようでそこをしらみ潰しになぞる。
「んんっ!ああ・・・んっ!」
薬指も束ねて三本。一つの柱のように束ねてお燐の中をかき混ぜる。
すでに濡れそぼってて抵抗は無い。思いっきり強く、絶頂へ導くようにいじめ抜く。
「ま、まっ、て・・さと、り、さまっ」(さとりさまより先には・・・)
三本の指に翻弄されながらもお燐は懇願する。
お燐はイくことを恐れている。主人を置いて先にイくなどあってはならないことだ、と。
指から逃れようとする。けれども先に腰に手を回して、押さえて逃がさない。
「いいから、イきなさい」
ピシャリと言い放つ。
身体はすでに求めているのだ、多少強引に押し進める。
嫌がるお燐の意識を聞きながら指三本で水音を立てさせる。聞こえるように。
「ごめんなさ、さとっ、りさま・・・!」
両手で顔を覆って、それでも隠しきろうとはしてない。
恥ずかしい顔を見せることで喜んでもらえるから出している。
それとともに、見られることで気持ち良くなっているから出している。
「イっちゃ、イっちゃぁ・・・うぅ・・・」(ごめんなさいごめんなさい)
頭で拒もうにも体はもはや自由に動かない。
びくびくと布団の上で痙攣し、私の指のなすがままだ。
震えている、でも逃がさない。
絶頂が近いと見て何度も何度も抜き差し、かき回しを繰り返す。遠慮は無しにお燐の感じる場所を突く。
「さと、りっ、さま、ぁっ・・・!」
刹那。
白くなっていく。
「ん、あっ、ああああぁぁっ!」
身体が大きく弓のようにしなって震えた。
快感の声が入ってくる。
お燐は私に顔を見せながら、弾む胸も足も隠すことなく全身で表に出した。
お燐の中から指を引き抜く。ぬちゃり、と湿った水音がする。
いつの間にか親指の付け根までびしょ濡れだった。
シーツでぬぐってお燐のほうへと顔を寄せる。
お燐は全ての力が抜けてベッドに倒れ込んでいる。
はぁはぁ、と荒い息をして顔だけで私のほうを見る。快感の余韻に浸りつつも
「何もしなかった」ということをまだ戸惑っている。
「ありがとう・・・ございました」(ごめんなさい、役立たずで・・・・)
罪悪感でいっぱいだった。自分では何もしてない、主人にイかせられただけ。
優しくしたつもりが結果として不安を招いた。
「可愛かったわ」
だがそれは、まず必要な体験だ。
自分が気持ち良く思えて初めて相手は、少なくとも私は気持ち良くなる。心が入ってくる。
片方だけでは成り立たない。「申し訳ない」なんて思ってほしくはないのだ。
─
とすんと音がした。絶頂に導いたすぐ後、お燐が息をつく暇もなくベッドから転げて落ちた。
自分から転がっていった。
(早くどかなきゃ・・・)
床に手をつきながら立ち上がる。まだろくに後処理もせず下半身は濡れたまま。
内股にも液は垂れていて足にもまだ力は入ってない。
(片付け・・・でもさとり様が)
シーツの濡れた箇所を眺めたあと私の顔を見る。
しばし考えたあと"やむなく"ということで放っておくことにしたようだ。
「では・・・失礼します」
畳んで置いといた服を手に抱えて会釈。
ふらついた足取りで離れていこうとする。砕けた足でそそくさと。
(「邪魔なの。さっさと帰りなさい」)
(冷たいこと言われる前に・・・どかないと)
(寂しくなるから)
奴隷はあくまでも主人の便利な道具。
主に面倒なことなどさせてはならないし、それに文句を言ってもいけない。
どんなに奉仕して疲れて動けなくなっても「邪魔」と言われればどかなければならない。
「待って」
そんな考えも上書きさせねばならない。
身体を引き起こす。呼び止めて、手で催促。
濡れたシーツはとりあえずくるんで放り投げ、布団を広げて誘いをかける。
「一緒に寝ましょう」
「え?」
驚きの顔だった。お燐の記憶の中では、事が終われば男は去っていく。
もしくは殴られ追い出される。時々は蹴り飛ばされてそのまま気絶する。
だから、出ていくのだ。邪険にされる前に。
どんなに覚悟していても実際に突き放されるのは辛いから。
戸惑っている。放たれた予想外の言葉に面食らって反応に困っていた。
ここにいていいのかと。邪魔にならないのかと。
「はい・・・ありがとうございます」
(まだ続けるのかな)
(少し、嬉しいけど)
あくまでこれを命令の一つだと受け取ったようだ。
そんなつもりではなかったのだが、好都合とは言えるか。言ってはダメだろうが。
本心は嫌がってない。それは伝わった。
少し考え、裸のままでもそもそと私の隣に入り込む。
わずかにこちらの顔をじっと見て、そのあと自分の顔を下に向けた。
怖いのだ、要するに。一度で拭い去れるほど甘くは見てない。
「こうで・・・いいですか?」(何も、起きないよね・・・)
この状況で暴力を振るわれることはないとみたのか強く怯えるようなことはなかった。
解かれて波が残ったままの髪を少しだけ弄び、布団の中で向かい合わせになり顔を見つめる。
耳も軽く触れる。わずかに揺れて、垂れた。
その後ぎゅっと、両手で肩を抱きすくめる。
私より少し背が高いのに、ずっと細い肩。
そこそこ肉付きはあるのに骨の感触はあちこちに浮き上がっている。
必要な量を食べてない、と身体を通して伝わってくる。
(何もしなかったけどいいのかな)
(今はこうしてよう・・・今のあたいは抱き枕)
(でも温かい)
「いいの、可愛がらせて」
ぎゅむと抱き寄せる。
心にまだ恐怖は根差しているが・・・私に額をつけてくれる。
それは気に入られたいからじゃなく、ほんの少しは安らいでくれてくるから。
お空以外でこうされた記憶が無かったから。
「さとり様・・・」
一番最初の頃より、少しは心を開いてくれただろうか。
(気に入って、もらえたかな・・・)
(初めてだから、かな)
(気を使わせてしまったかも)
あらゆる衝動を振り払うように強く抱きしめた。まだだ、まだ根の深さを感じる。
自分の身体ではなく私がどう思ってるかを気にしてる。
一日で解決するとは思わなかったが・・・これは骨が折れそうだ。
次の日から、私を見て怯えるということは少し減った。
少なくとも出会い頭に暴力を振るわれるとは思わなくはなったようだ。
それでもまだ不信の消えない原因は、やはり「初めてだったから特別だったんじゃないか」という思考だ。
「次からは酷い目にも合わされるんじゃないか」と思い続けている。
「売るために身体を傷つけないようにするんじゃないか」という邪推もまだ残っている。
継続させていかなければならない。気まぐれの優しさなんかじゃないと教えるために。
字のないはがきを書かせる気は特に無い。
──
そしてまた別の日。
不定期ではあるが、お燐をたまに呼び出すようになった。
少しだけ探りを入れて「今日はお空といたい」とか思ってれば呼び出さない。
無理強いはしない。人が恋しいと思ってる時はいつだってある。まだまだお燐とお空は慣れてない。
人恋しい夜・・・、要するに私はまだお燐にとって「人」ではない。「主」という別の存在とみなされている。
刻み込まれたものはそう簡単には変わらない。よく分かる。
「今日は脱がなくてもいいわ」
私が呼び出した夜。
部屋につくとお燐は最初にまず服を脱ごうとする。
私はそれを"しなくていい"と止めさせた。イコールではないと教えたいから。
指示されるまでは脱がなくていいと。
身体が目当てではなくお燐が目当てだと。
「"いつも通り"にしてなさい」
「ベッドで、いいんですか?」
最初に床に跪くのもやめさせた。
それをやらせている限り、お燐は前の主人の影から逃れられない。
だから代わりにベッドの上に座っててもらうよう形式を上書きした。
わざわざ物理的に下に見なくたって、
心が伴うのなら「先に待ってる」だけで十分に従う事を表してるのだから。
夜ぐらいはせめてそういった上下関係の鎖から解放させてあげたいのだが、
いきなりそれを突きつけても戸惑うばかりだろう。少しずつだ。
「怖いのね」
「・・・ごめんなさい」
「いいの」
ベッドに座ってたお燐は相変わらず心では怯えている。
震えている手に、私自身の手を重ねる。
「目を閉じて」
お互い抱きしめあって、頬と頬をくっつける。
キスより少し下目のコミュニケーション。
性的なことより、お互いの存在を伝えるような、そんな交わり。
「このまま寝ましょう」
ぼすっと音を立てて布団に落とし込む。
ベッドの中で手を握って、握り返されて、言葉なく言葉を伝え合った。
強く握る、弱く握る、指をからめる。口を開いてる訳でもなく「なんとなく」で伝えるだけのただの会話。
少しずつ、こうやって何らかの形で主張してくれればいい。
他の日では、
「今日は大丈夫だった?」
「・・・はい、今日もありがとうございました」(無事でいさせてくれて)
「そうじゃないのよね」
「お空のこと、どう?」
「あいつは・・・」
今日あったこと、お空のこと、ただそんなとりとめのない話をして眠る日もあった。
何度も口づけするだけや、良さそうなお香を嗅がせて寝かせるだけなんて夜もあった。
とにかく、慣れてほしかった。私自身に、私の部屋に。
私はあなたに圧力をかける存在じゃない、ととにかく教え続けた。
前の主は横暴なまでに主従というものを叩き込んだのだ、だから私はそれを緩めていっている。
お燐の根底にある絶対的主従の鎖を叩き壊すために。
縛り付けるのではなく自らの足で寄ってきてもらうために。
──
そうして二週間程度が過ぎた頃か。
すでに部屋は薄暗い。間接照明一つだけつけて後は全て闇の中。
お燐はベッドで横たわらせて、掛け布団を被らせる。
私は背中を向けてベッドの縁に座る。
何かの話をするような時はこういう体勢が一番いい。
「ねえお燐」
ある日、見計らって切り出した。
背筋を丸めて膝に肘をつく。そんなに肩肘張る話ではないと身体で伝える。
「今はまだにわかには信じられないだろうけど・・・
私はあなた達にね、ここを家だと思ってほしいのよ」
私の最終目標。
お燐とお空をこの位置にまで持っていきたいとの通達。
「・・・寒くないところと、食べ物があれば、あたいたちにとっては、じゅうぶん家です」
言葉に力を感じる。丸くない。
皮肉というほど強くはない、言うなれば少しだけの強がりだ。
無力な自分達に多くは得られない、だから多くは望まない。少なからず食と住があれば、という。
もちろん本当にそれだけで十分なわけはない。欲しい物はたくさんあるだろう。
それでも届かないから、望まない。
「この家にいると安心出来る、って思ってほしいの」
もう少し具体的な話。
少なくとも緊張なんてしないでほしい。ここで安心して生活してほしい。そんな願い。
お燐は、自分の足で歩ける子だ。
私のやることも分からず舵を切らせては戸惑ってしまうだろうから。
だから伝えた。一緒に向かう道を決めるために。
「・・・ご心配、ありがとうございます」(そうは言ってもやっぱり怖い)
「・・・嬉しいです」(ごめんなさい)
「・・・っ」(そう思えるか分からないです)
言おうとして口が噤んでいた。
自分で自分の身体を抱きしめている。刻み付けられた苦痛の記憶は簡単に剥がれない。
ベッドの中で体を折り畳んでいるのを感じる。外に怯える胎児のように。
初めて前の家に連れられてきた時のことを思い出している。
いきなりに手錠と首輪をはめられて
(っ!)
激しい音。映像が途切れる。
お燐が自分の頭を自分で叩いたのだ。
あらぬことを思い出して私に黒い記憶を読ませないように。
力技で気を逸らしての強制排除。
「大丈夫だから、ね?」
「すみま、せんっ・・・」(思い出しそうになって・・・)
痛みを抑えてた手に私自身の手も重ねる。
私自身は問題無かったのだが、お燐なりに考えてやったことだ。
「あなたの傷を抑えるのはもうあなただけじゃないから」
「うぅ・・・」(不安、怖い・・・)
少しだけ、泣いていた。
恐怖の記憶は簡単には剥がれない。剥がれたら、それこそ私はこんなに苦労しない。
──
数日後。
お燐が夕飯に集まってこなかったペット達の餌やりを終えてきたのを見計らって、話しかけた。
「お疲れ様」
「あ・・・いえ」(え?)
少し動きが固まって、そこから「当然のこと」と言わんばかりの薄い反応。
仕事を"やるべき事"と考えてる証拠である。
そんなことは当然無い。
「よくやってくれてるわ。ありがとう」
助かってるのは事実。お燐が相当働いてくれてるおかげで私の仕事が少なくなった。
ただ、本人はそれを義務感として背負ってしまっているのが問題だ。
これを無くすために今、尽力しているわけだが・・・。
「・・・たぶん誰よりも働いてるわよ、お燐は」
「ありがとうございます」
(褒められた)
(あれ、なんか嬉しい)
(こんな気分初めて)
仕事は報われる、ということを初めて知ったような反応だ。
日頃から働きを褒めてはいるのがようやく実感として備わってきたといったところか。
夜伽の中だけではなく日常で感じ始めたのは、いい兆候だ。
報酬もなく働いて、あるのは懲罰だけだった生活が長かったのが少しずつ変わりつつある。
「いつも頑張ってるから、ご褒美でもあげようかなって」
今日話しかけた本題はこっちだ。
気になった光景を見てしまった、それを正すために。
「ご褒美・・・?」(棒・・・は無いから鞭、とか)
「ご褒美」の言葉で一瞬だけ顔が強張った。
そういう流れもあるのか。本当に、袋小路をひたすら走ってたのだ。
沈みそうになる。頑張っても報われないことがあるなんて、と。
暗い流れは振り払い、お燐の片手に握らせる。
笑顔がぱっと輝いた。
小分けにされた飴が、四個。
「あっ・・・」(甘いもの・・・)
さしたるものではないはずだが、思いのほか効いた。
まるで宝石でも手渡されたかのように大事に、その手を握り締めた。
「ありがとうございます・・・っ!」
自然に出てきた笑顔だった。作り物ではない本物の顔。
ほんの少し過剰気味だが、これは喜びを伝えようとしている証だ。陰はない。
お空にも分けてあげよう、と心の声を聞きながら私は背を向けた。
この後、ほんの少し記憶を覗き見させてもらったが、
飴四つであそこまではしゃいでるとは予想外だった。
部屋に帰ってじゃじゃんとか見せびらかして一騒ぎ。お空も信じられない顔だった。
赤青黄緑の四つのうち、何色を取るかでにらみ合ってたので
二色を二個にしてやれば良かったかなと少し考えた。
しかし、とコーヒーを一口啜る。
要するに、前の環境では甘い物すら満足に与えられなかったということだ。
何せこの家の中でも手をつけてこなかったのだ。
見やすいところにお菓子の類は置いてあるのに興味深くチラ見してるだけだった。
手をつけてはいけない、と押し殺してぐっと我慢してこらえていたのだ。
たまたま今日初めて現場に遭遇したから分かったものの、私は延々と生殺しを与えるところだったのだ。
もちろん許可も取り付けた。家の物なら何だって手をつけていいのだ。二人の家でもあるのだから。
ああ苦々しい。そんな事すら気付かなかった私も、そんな心境を作った前の家の環境も。
──
「そうね、じゃあお願いしようかしら」
今日は奉仕をさせた。
時々はお燐の希望を・・・強制されていた希望であるがそれを叶えてあげねば不安を宿す。
一方向に与え続けては交流にはならない。
だから、今日はお燐に任せる日。
私が服を脱ごうとする時は必ず手伝ってくる。
その時は「ありがとう」と必ず感謝をする。
"して当然"なんて思わせてはいけない。
お燐は、その"して当然"に包まれて生活を送ってきた。"して当然"をしなければ殴られるから。
今すぐには治せないだろう。だからまず感謝を伝える。まずそれを嫌いでなくすること。
ベッドの端に座って、私自身も足を開いて秘部を晒す。
お燐の眼前で見えるように。同性で見知った顔でも、すっと出せるものではない。
自慰行為やイく顔まで晒すことの出来るお燐はどれほどの回数を重ねてきたのだろうか。
哀愁の情が少しだけ頭をよぎる。
お燐もベッドの下に膝をついて用意をする。
「失礼します」
そっと、舌を私の中に差し込む。
最初は周辺を這うように少しずつ、なるべく燻らせていくように舌が動く。
私の、まだ準備の出来てない箇所を湿らせてゆく。
「ちゅっ・・・んっ・・・」
舌が奥のほうまで入ってくる。
前髪が太股に触れてこそばゆい。筋通った鼻も中に入って突起を軽くなぞってきて思わず声が出る。
どこが感じるかを探りながら少しずつ丁寧に。
時に唇が吸いついてきて高い音が立つ。
強い刺激が走って身体が動いてしまう。
私の秘部以外に、もう一つくぐもった水音が耳に入ってくる。
(用意しとこう)
(手間かけさせないように)
(垂れちゃう・・・)
お燐が舌を使っていると同時に、両手で自分の秘部をかき回しているのだ。
音を立てるようにじゅぶじゅぶと水音を立てるように激しく、私の耳にその音が届くように。
時にその左手で自分の乳房を揉む。
指に絡みついていた愛液が胸に糸を引き、何とも目を引きつける光景となる。
(気持ちいいですか?)
上目で、心で語りかけてくる。
いじらしく、愛おしい顔。顎から手を回して頬をなぞる。
こんな可愛らしい顔を殴るなんて、と仄暗い哀愁に包まれる。
髪の毛をすっとなぞり少しずつ快感を共有する。
「ええ、気持ちいいわよ、お燐」
ちゃんと笑顔でそう伝えてあげる。
悪い事ではないと判断したようで、にこりと笑って舌を這わし続ける。
全体的に、かつ私の感じやすい箇所を的確に。
舐める高い水音と、お燐が奏でてる低い水音、
時折漏れる声と懸命に私の事を考えている思考の全てが熱を帯びさせるに十分だった。
誠心誠意に奉仕されるのは、気持ちいい。
「おいで」
頭に手を置いてお燐をベッドに上げる。
最後までしなくていいのか、と考えてるが特に気にさせない。
猫耳の裏を手の平でたくさん撫でる。
「お礼にいっぱいしてあげる」
こちらにお尻を向けさせ、6と9の形になる。
私の目の前にはすっかりドロドロに出来上がっている秘部と、健康的に実ったお尻が見える。
「お好きに、使ってください」
すでにお燐の肌も温かい。
一撫でしただけでじっとりと吸い付くほどに湿ってもいる。
人に奉仕をしている事実と、見せながら自分で刺激させたのがことさら昂ぶらせていったのだろう。
お燐は体勢を上下させて再び舌で私の秘部を舐め始める。
そのたびにお尻も秘部も揺れていて情欲を誘う光景が生まれている。
両の親指でぐいと開くとすっかり水の溜まり場になってるそこが目に入る。
一つ液が垂れ、私の胸元に跡をつける。
軽く入り口をなぞったあと秘部に指を挿す。最初から、二本一気に。
すでに準備は出来ているのだから。ずぷりと音を立てて飲み込まれていく。
「ひゃぁっ、んっ・・・!」(いきなり・・・っ!)
すでに根本奥深くまで入っていった。
お燐の背中が跳ねてほんの少しだけ舌での刺激が止まる。
「続けてて」
「はっ、はい・・・ぃ」(奥、当たって・・・)
掬い取るように掌を上にして指も上向き、奥のほうを刺激する。
愛液を擦り込むとさらに愛液があふれ出す。永久に感じる機関のようだ。
にちゃりにちゃりと音を立ててはお燐の声が漏れて聞こえる。
「にゃぁぅん・・・っ」
空いた薬指で先の突起にも触れる。
ことさら敏感な箇所を撫でられお燐がぴくりとなって声が上擦る。
お尻にも愛液をなすりつけ、入り口を撫でる。
ひくりと蠢き少しだけ身を離そうとする。
秘部に入ってた指を中で引っかけそれを逃がさない。
「さとりさま、そこはっ・・・!」
お燐の言葉が届く前に指一本ねじこんだ。
すんなりと入る。抵抗なく指を受け入れる辺り、ここも使われ慣れてたのだろう。
ほんの少しの引っかかりを受けながらお尻もまたピストンさせる。
「はぁぁ・・・」
片手は秘部、片手はお尻。二つの穴に快感を与え続ける。
時に近づけては互いの指が触れ合うのを感じる。
もっともっと髄のほうまでなぞる。
感じる箇所を一気に責め立てるように。
精一杯に奉仕してくれるから、それに応える。
秘部に指を三本、お尻にも指二本に増やす。
「んにゃぁっ!」(また入って・・・きた)
合計五本の指で前も後ろも全部を掻き回す。遠慮もなく。
舌から感じる私の感触も痛みも快感もお燐は全部を昇華させてしまっている。
「どこが、いい?」
お燐はすでにずぶ濡れの状態で、何をしても感じる。どこを触っても跳ね上がる。
楽しい。早くなる。指三本をさらに深く、指二本をもっと根本まで。
「さとりさまの、指なら、どこでも・・・」
強く感じているだろうに懸命に舌を這わし続けるお燐。
ぴちゃぴちゃからじゅるじゅるへ、溢れ出る唾液と私の濡れた液で顔はべしょべしょだろう。
鏡をそこに置いてなかったのが多少の悔いか。
本当は痙攣して身を任したいほど快感なのに懸命に奉仕をしている。
その健気さがまた私の興奮を招く。
奉仕の舌を動かす間に吐く息が深く大きくなってきている。真っ白くなる準備だ。
その生暖かい息で秘部がくすぐられて私も一体になっていく。
「見せて」
速度を強くする。
指の抜き差しはもはや手首ごと動かしてるような状況だ。
「あなたのイくところ」
そのたびにお燐は声を震わせて反応する。
捻って開いて、愛液をなすりつけてまた挿れる。
すでに優しくするという感覚ではない、ただひたすら刺激する。
「さとりさまより、先には・・・ぁ」
お燐はまたも否定的になる。私を先にイかすことが義務のように。
何度も拒んでいるが、心が染み付いてる。いつでも構わないのだと言っておかねばならない。
実を言えばお燐が嫌がってるのを見てると背筋が痺れる。だから強くは言わずにおいている。
私は少しだけ意地が悪い。
「やぁ・・・ああ・・・!」
お燐を責める指を強くする。
私を責める舌先も強くなる。
お燐の背筋がぎゅっと丸くなる。腰に回された手が強くなる。
舌を這わし続ける、まるで意識を繋ぎ止めるように。
飛ばされないように、放心しないように。
「いいの、イって」
お燐がぎゅっとなったことで胸やお腹が密着する。
下腹部がじんわりと温かくなってくる。
近い。
一番感じる箇所をぐっと突き入れた。
「んっ、ふううぅぅぅっ!」(さと、り、さまぁっ!)
最後の舌の刺激と、お燐の感じた快感に引きずられていくように私の頭も白に染まった。
「あ・・・はぁっ・・・」
惚けた頭で、くたりとなったお燐をこちらに寄せる。
外気に触れてて冷たくなった肩から布団をかけて一緒にこもる。
額にキスして、肩を触って暖めた。
「・・・ありがとうございます」(しあわせ、です)
添ってくれたお燐の目は下を向いて私の胸の辺りを見ている。
こちらを向いてはいるが、まだ目を合わせられないのだ。根っこでは「立場が違う」と感じているから。
平等ではなく自分が下だと刻み込まれているから。
──
一週間ほど、間は空く。
飴をあげて、仕事にやり甲斐を感じ始めてきて、
なんとか「幸福」というものに少しだけ近づけさせるようには出来たと思う。
作り笑いを被っていた顔は、今や愛想良い顔へと変わりつつある。
夜伽に呼んだ時も恐怖は消えてきており、覚悟を決めること無く私の部屋へと来てくれるようになった。
「さとり・・・様・・・」
しかしその日の夜のこと、お燐が布団に包まったまま口を開いた。
重大なことを話そうとしている。
罪悪感が滲み出ていて、罰を与えられることも覚悟しているような顔だ。
もっとも、最初の時のような想像はしなくなってはいたが・・・
「ごめんなさい」
ばつが悪そうな、というより罰を受ける決意をしている顔。
「ずっと前に、ゴミを漁ったのあたいたちです」
突然、罪を告白された。
知っているだろうに問い詰められなかった、ということが耐えられなかったらしい。
指折りの件と一緒だ。・・・自分から言うことで罰を軽くしてもらおうとする行為。
「お腹空いてたんです」
「ごめんなさい」
褒められることを初めて覚えて、ようやく自分の中で頑張れるようになってきて、
積み重なっていく嬉しさの陰でふと昔の罪を思い出してきて、
罪の意識が濃くなってきて、後で見損なわれるのが辛くて、お燐は罪を告白した。
来てすぐで、相当前の話であるというのに。
「そう」
(「卑しい猫」)
(「薄汚い動物」)
(ごめんなさいごめんなさい嫌いにならないで)
「怒られるって思ったんです」
掛け布団でぎゅっと顔を覆った。想像された暴言から逃れるように。
泣いているのが分かる。
せっかくここまで近くなれたのにまた嫌われるのが怖くて。
また「古明地さとり」がいた頃に戻ってしまうのではないかと思ってしまって。
もちろんそんな事を言うつもりはない。
私もベッドに手をついて、お燐に頭を下げる。
「ごめんなさい、お燐」
それについては私も謝らないといけない。
「あなた達に伝えられなかったの。「お腹空いたら食堂に行けばある」って。
部屋を案内したあと言うつもりだったんだけど・・・」
食事が喉を通ってなかった様子は心配だった。
二人を部屋に案内して、そのあとすぐその事を伝えるつもりだった。
誰の目も気にしないで食べられるように。
そこで、"遊び"の黒い衝動に巻き込まれて逃げ出してしまった。
私が弱かったのだ。そのせいで二人に苦汁を舐めさせた。
「ごめんなさい、あたいが変な事言ったから・・・」(あたいに謝ってくれるなんて・・・)
腐ったバナナの皮、古くなったミルク、それと混ざった猫缶の中身、得体の知れない液にまみれたご飯。
その中に手を突っ込んで二人は食べるものを探していた。
家ではタマネギやチョコを使ってないので命の危険には至らなかっただろうが・・・
リンゴの皮を見つけて分け合って
食べ残した齧りかけのパンを見つければ喜び合って、
考えただけで胸が苦しくなる。私が招いたことだ。
「・・・置いてあるのに手を出すと怒られたん、です」
眉をひそめてしまう。前の家での惨状をまた知ってしまった。
空腹になってもゴミを漁らなきゃいけないなんて。
家が無い状況ならともかく、家の中にいるのに、だ。
「あたいが言い出したんです、お空は怒らないであげてください」
(二人で言い出して二人で行ったけど)
(知ってるんです。知ってます)
(でもお空はあたいよりずっと食べる量必要だから。お腹空いてただろうから)
「そこまで考え込まないで。
あなた一人が背負えば解決する訳じゃない」
嘘を読まれるのは分かってるのに口では嘘をつく。
「私が読んでいる」ことを前提にしても「それでも庇います」という意思表明。
「これからやらなきゃいいわ
・・・ちゃんとしたご飯を食べてね」
私も後悔していた。ここまで思い詰める前に簡単な形式で言っておくべきだったのだ。
彼女達にとっての「切り札」に増長するより前に。
私にとっては責めるまでもない事ではあったが、彼女達にとっては重くのしかかっていたのだった。
最初の頃の「軽い罰」の出来事を私自身が引きずってたのが災いした。
お燐は積み立てつつあるのに私が古いままだった。
けれど、
(許してくれた)
(傷つけられると思ったのに・・・)
(優しいの、かな・・・この人、さとり様・・・)
お燐の心がほんの少しずつ柔らかくなってきている。
(夜も、一度も叩かれたことないし)
(あたいがびっくりすると撫でてくれるし)
(失敗しても・・・いいのかな)
「・・・失敗したらすぐに連れていかれてたんです」
弁明だった。
私に妙な心情を読ませてしまったことへの。私への扱い方が徐々にうまくなってきている。
そして、知れば知るほど辛くなる。これほど気を回せるお燐を前の家はどれだけ無駄に扱ってきたのかと。
「大丈夫」
それ以上は何も言わない。ただお燐をひたすら撫でた。
言葉より温かみを与えておきたかった。
取り組み始めてよく分かった。辛い思い出は、言葉だけでは引き剥がせない。
そのまま泣き疲れて、眠ってしまったようだ。
背負ってきたものを下ろして
憑き物が落ちたような安らいだ寝顔を浮かべている。
私も、無駄に背負わせてしまったのだ。
─
本質的にお燐はまだ自分の身体を「商品」だと思っている。
「失敗しても酷い目には合わない」「頑張れば褒められる」ということが分かって
どうにかガチガチの表情でやたら失敗を恐れるようなことは無くなってきた、が
「疲れたなあ」と思ってても食事の時以外は何かしらやってるし、
前に比べればマシだが夜もまだ自分がイくことより他人の気分を考えている。
お使いを命じて少しは気分転換させてみようと思ってはいるのだが、すぐに帰ってきてしまう。
意図は伝わっててもそれを良しとしないのだ。
根っこが働き者という性分もあるにはあるが、
現段階で、お燐の中で地霊殿はあくまで「職場」という感じのようだ。
ずっと前の「敵地」に比べればかなりの進化だが・・・私としては足りない。まだお燐の「家」はあの部屋の中だけなのだ。
動物達は同僚だから人付き合いのいいお燐なら時間さえあれば慣れてくるだろう。
要するに、私だ。私に恐怖心があるのだ。
「主」という立場がいる限り、恐怖心が消えることはない。無理はない話だが。
私自身が怖くない、もう少し気楽に付き合ってほしいと伝える必要がある。
もちろん口ではダメだ、何か行動が無ければ「頑張ります」で終わってしまう。
みんなが「お手伝い」をする中、あの二人だけ「お仕事」なのはかわいそうなのだ。
─
もう一押しではある。
だがそれがなかなかに難しい。心を動かすというのは常に重労働だ。
壊すことと治すことは全くもって異なると改めて思う。
さてどうするかと考えながら歩いてた昼下がり。
昼寝・・・というより座り込んでたらそのまま寝てしまったのだろう。
箒を持ったまま壁の出っ張りに座ってこくりこくり舟をこいでるお燐の姿を見つけた。
思わず寝顔を覗き込む。考え詰めてない時の寝顔は相応に可愛いものだ。
「んあ・・・?」(人・・・?)
身体が揺れる。耳がぴくり。目がぱちり。
覗き込んでた私の姿を見てびっくり。
「大丈夫?」
「す・・・すみませんでした!」(さとり様!?)
そして跳ね起き直立不動。ガッチガチである。
「いいのよ」
少しだけ苦笑い。別に掃除を義務とはしてない、言いつけてる訳でもない。
怒られる道理はないはずなのだ。
まだやっぱり「仕事」であって職場という感覚なのか。
仕事・・・そうか。いつもの、みたいにやるからそうなるのか。
そうだ、と名案を思いつき一つ手を打つ。
お燐の手を取って箒を奪う。
「お昼寝しましょう。付き合いなさい」
「ええぇ!?」
いきなりの提案に素っ頓狂な声をあげている。
「いいじゃない掃除なんか。こんな広い家、毎日やってたら疲れてしまうでしょう。
たまには思い切って昼から寝ましょう」
箒を適当にそこらに放り投げて両手で強引に引っ張る。
逃れようとするが逃がさない。私の部屋にまで連れ込んでやるのだ。
変に習慣付けるから気になり続けるのである。
別にこんなのは無理を押してまでやるものじゃないんだと教えるために。
誰かがやるだろうし、私もやる。一人で背負う必要は無い。
そんな自由を教えてあげよう。
私の部屋にまで連れ込む。
ドアをきっちり閉める、逃がさない。
定位置から離されたような違和感に「いいのかな」とそわそわしてばかりである。
そのままベッドへと寝かしつける。その隣に入り込む。
布団を被る。隣には不安げな表情、風邪を引いた時の子供みたいな顔だ。
私がこのような事をすることが信じられないようだ。
「好きな時に、好きなだけ寝なさい。
あなたを叩き起こす人はここにはいないわ」
何度も説き伏せてようやく眠りについた。
眠る寸前、少しだけ嬉しそうな顔で私に笑いかけてくれた。
数時間後、「お腹空いた」の大合唱に私一人が叩き起こされた。
動物達の胃は、待ってくれない。
─
その日の夜、もう一手を打つことにした。
「服を脱いで、うつ伏せになりなさい」
「・・・はい」
呼び出していつもの通りにベッドの上に座ってもらう。
言われるがままするりと服を落として横になり、下着も外して手を組み額に敷く。
少しだけ背中が広くなっただろうか、来た頃と比べたら。
(寝ちゃってたことかな・・・)
(背中・・・叩かれたりするのかな)
負い目を感じた時はやはり思考も恐怖に彩られている。
私は手を組み掌を外に向けて、ぱきりと指の骨を鳴らす。
頭の後ろで不穏な音を鳴らされお燐の背筋に冷たいものが走ったようだが生憎である。
馬乗りになり、うつ伏せになったお燐の首の後ろをガッと掴んだ。
「ほら、肩こってるんでしょ」
「!?」
ぐにっ、とお燐の首から肩にかけてを指の腹で押す。
うん、相当固い。箒を動かす手がぎこちないと思ってたら案の定だ。
かなり凝り固まっているのがよく分かる。
「あの、そんなっ」(さとり様にマッサージなんか)
かなり力を込めないと沈まない。
一押し一押しに体重をかけて圧迫させる。元来、握力の弱い私はそれなりにしんどい。
嫌な仕事では無いから構わないけれど。
腕をくぐり首の後ろに回してそのまま垂直方向に。
逆方向に体重をかけては関節をこなしていく。
やっぱり肩甲骨の辺りも疲れきってる。相当に駆動域も悪くなってただろう。
「あたいなんかに、そんな事、していただかなく、っても・・・!」(あたいのことは・・・)
自分のことは自分で、なんて。
口は動くけど体は逃げようとしてない。
「身体は正直よ」
肩甲骨の今度は下辺り、指の腹ではなくて掌で押し込む。
だったら何でこんなに全身ガチガチなのかと。
自分で自分を一番ケアしてない。
「あぁ!んっ・・・!」
背骨に沿うように掌を押し込めていき、
腰を揉む頃には観念したのかもう暴れることは無くなってた。
「んにゃぁ・・・」(くすぐったい・・・)
腰を軽く拳で叩く。肩叩きの要領。
尻尾もすでにくたりとなっており完全に身を任せてくれている。
一つ叩くたびに色っぽい声が漏れてくる。そういえば、猫の性感帯だったなと思い出す。
人型で適用されるのかは分からないが。
「どう、して・・・」(こんなこと・・・)
「だってあなたは私のペットだもの」
太腿の裏。左右に揺らす、細くてしなやかだけどしっかりした筋肉が揺れる。
ぐにぐにと確かな身が応える。
「好き勝手に弄らせなさい」
前の主と同じような扱いの台詞だ。
「はぁ・・・っ」(さとり様の、ペット・・・)
だがもうお燐はその言葉に怯えていない。
心が違えば意味も違う。少なくとも、私は前とは違うように接してきた。
筋肉がほぐれたお燐の身体がベッドに深く沈みこむ。
赤色の目は閉ざされ、かすかな寝息が聞こえる。
途中で眠ってしまった身体を一通りほぐし終えた後、布団を被せてあげた。
これで明日に不安は残らないだろう。
(・・・さとり様に、なら)
朝、かすかな思考を読み取った。
お燐が薄く開いた目をもって私のことを見ている。
沈んだほうの目でそれを確認してすぐ閉じた。幸運にも目は合わなかった。
(任せてみてもいいのかな・・・)
何かが変わっていく、そう感じ始めた。
─
その日が来た。
「褒める」ことで仕事に対する誇りも与えた
「許す」ことで家に対する重圧も取り除いた
「優しさ」も与えて暴力に対する傷も癒してきた、はずだ。
「・・・今日、お部屋に行ってもいいですか?」
伝えたいことがあるのだ。
すでに私が読んでることは承知の上で、だ。承知の上の承知だ。
そこまで考えているのなら私にとって断る理由などない。
少しだけ、時間を置いてから来るように伝えた。
部屋に入る前のお燐の心の声が聞こえた。
(・・・怖いなあ)
(変な事言ったって思われないかな)
(何も言われてないから、きっと・・・大丈夫)
ノックする前にほんの少しだけの作戦会議。結論は出ない。
「失礼します」
扉を閉めて、部屋の真ん中に招き入れる。
刺激を与えず落ち着かせるように。出来る限り音は立てない。静かに。
今日、お燐は重い決意を秘めている。何も言わない、強制はさせない。
どちらが言い出すでもなくベッドのある部屋へと連れ添った。
お燐が集中出来るようになるべく視界に入らないように。
「ゆっくりでいいわ」
今日はただ抱きしめるだけ。体温を伝えて存在の確認。
何をしても今日はそれどころじゃないと分かっている。
いつもの話し合いみたいに薄暗くしておく。瞳が映る、けど髪の先までは見えない程度。
今日はお燐は横にはならない。ベッドの中央に座る。
もちろん私がそう言ったわけではない。自分からの行動。体は固まっているのが分かる。
私はいつも通りベッドの端。いつもと違うことはお燐が私を見ていること。
(ああそっか、思い浮かべただけで)
長い沈黙。
ちらちらとこちらを見ながら時たま唇を動かす。
自分の中の気持ちとの折り合いがまだつかず、口を開くタイミングを計りかねてるのだ。
変化させようとすることへの葛藤。重大なことなら、当然だ。
(今日はやめたほうが・・・)
「私はね」
そう思い始めた瞬間、私は先に言葉を送る。
やめようとする思考を中断させる。
「読めてるわ。でも完璧じゃない」
なにを言おうとしているのかはよく分かる。覚の性分。
それでも、万能なんかじゃない。
誰もが思っているほど有能なんかじゃない。
「"言おう"って考えてて、"読まれた"って思って
さらに"やめよう"ってなったでしょ?」
「・・・そうですね」
「最後に出す結論までは分からないの」
私の力は重大な事には意外と無力だ。
現在進行形の会話の中では無比だろうが、先ほどのように熟考されて結論を右往左往されれば分からなくなる。
最後にどんな言葉が出るかなんて結局は当人の考え次第なのである。
「言葉に出して、形にして」
私が思いを読んだってダメなのだ。それは単に誘導したことになってしまう。
大切にしたいのは本人が口に出すことだ。
「待っててあげるから」
お燐の決意だけなのだ。残りは。
もしやめるならやめるで構わない。扱いが変わるわけではない。
まだ決意つかずで留めておくのならそれもまたいい。
「大丈夫、私の答えは」
真剣に、だけど柔らかく。
お燐の緊張をほぐすことは出来ない。けど、伝えやすくさせることと受け取ることは出来る。
「変わらないから」
正直言えば私だって不安なのだ。
楽器の手入れがうまく出来たって実際に音を出すまで分からないように、
結局はどうなるかなんて、今はお燐にしか分からない。お燐の心にしか無い。
ー
「・・・本当は怖かったんです、さとり様のこと」
俯きながらもポツリポツリと口を開き始めた。
か細く、けれどしっかりと伝えようとしてくれている言葉だ。
「あたい達、なにもないから、心配してくれる人なんていないから、一番最悪のことをずっと覚悟してました」
二人とも探してくれる親もいない。家族もない。
だからこそ狙われた。守るものがいないから。
「また怖い人だったら今度こそ出ていこう、とかも思ってたんです、本当は」
"答えは変わらない"と言われて、それが揺るぎないものかを試している。
怒ることではない。大事な告白をしようとしてるのならありがちなことだ。
「でも、さとり様は優しくしてくれました」
お燐の顔がこちらを向く。私の顔を見据えて真っ正面に捉える。
「ご飯もくれて、部屋も頂いて、ちゃんと褒めてくれて ・・・、夜も優しくしてくれましたし」
食事も少なく部屋は不衛生、一つのミスで責められ傷つけられる。
二人のいたところはただそんなところ、希望も何もない生き地獄。
「・・・本当に嬉しかったんです」
とっさに下を向いた。ぱたりと涙が落ちる。
何と言っていいか分からない、明も暗もない交ぜた強い感情が伝わってくる。
一度だけ涙の跡をぬぐって、改めて私のほうに向き直る。
「・・・さとり様」
決意を固めた。
一呼吸する。ゆっくりと開かれる。
「あたい達を、ペットにしてください」
「さとり様は、ずっと優しくしてくれてたのに、あたいはずっと逃げてました」
自分の今までの振る舞いを嘆くように再び俯く。
数多くの過去と感情が出てきて、堰を切ったように涙が溢れ出す。
「置いて・・・ください。お願いします。
一緒にいさせてください。お役に立ちたいんです」
精一杯の勇気を振り絞った告白。
「家族や友達なんて、そこまで望みませんから・・・!」
「さとり様のペットに、なりたいです・・・!
ずっと、いたいんです・・・っ」
今までお燐は、ずっとここでの生活を「拾われてきたからいるだけ」だと思っていた。
だから粗末に扱われるかも知れないし、いつだって生死は握られてるのだと考えていた。
予定されてない存在であったから、処分されてもしょうがないのだと。
でもそれは違うのだと教わった。
この人は、本当に受け入れてくれるのだと。
だから改めて宣言した。自分も受け入れてほしいから。
「前の家にいた奴隷」から決別し「この家のペット」にしてほしいと。
今までの全てが剥がれて不安にまみれた第一歩をいま踏み出そうとした。
─
「条件を一つだけ言わせて」
「・・・!」(一つ・・・?)
お燐の耳がピクリと震える。どっちか一人だけ、と言われた過去がよぎったのだ。
振り絞った告白の後にかける言葉としては不穏だったと反省した。
でもきっと、大丈夫なはずだ。
「"普通"でいなさい」
「・・・ふつう?」
突然出てきた単語に戸惑っている。
私は続ける。
「まず朝、あなた達が好き勝手に起きるでしょう、
で、顔を洗って髪を整えて食堂に来る。
一応定時で皆でいただきますをする。
食べ終わったら各自解散、遊ぶ子は遊ぶ、寝る子は寝る。
時々は私が何か言いつけるかも知れないわね。その時に仕事してくれればいい
昼も途中でつまみにくればいいわ。 時間が合えば、一緒に食べましょう
そして夕方、皆でまた夕食をとるの。
夜も、私が呼び出す時もあればあなた達から来てもらっても構わない」
ペットの一日。
特に束縛もない、ただ他人に迷惑をかけなければいい。
今までのお燐みたいに、必死で疲れるまで毎日働かなくたっていい。
「そんな風に二人とも過ごしてほしい」
「・・・"普通"の、生活」
廊下を歩くことにすら怯え、人と会えば震え、
心はすり減らされ、声をかけられれば苦痛にまみれる。
部屋にいてもお空と話す以外に安らげることはなく、それも奪われることすら多々ある。
その中をたった一人でお燐は戦ってきた。生きようとするために、お空を守るために。
「あなたたちはそんな"普通"すら与えられなかった」
下を向いていたお燐、全ての悲しみを思い出しながら
「あたい・・・は・・・」
ぐっ、とシーツを掴む手に力がこもる。今までの感情を食い縛るかのように。
「ご飯食べられない日もありました」
「叩かれても笑いました」
「血が出るまで殴りつけられた時もありました」
「お空を傷つけさせられた時もありました」
「疲れても動かなくなるまで働きました」
「嫌な人にも笑いました」
「首を絞められても・・・笑いました」
涙の粒が何度も何度もシーツに染みを作る。
抱えてきた思い出全てを吐き出すように、ただひたすら。
「毎日、何も無かったんです」
「お空だけでも元気でいてほしくて、あたいは・・・!」
「さとり様」
「・・・頑張った、って言ってくれますか」
俯いたまま、自分で自分に振り返ってる。
今までの頑張りはどうだったか、と。徒労ではなかったか、と。
体を寄せる。
裸の子猫がここにいる。前の家から逃げ出して、心細くて震えてる、赤い髪した小さな子猫。
「頑張ったわ、お燐」
「一人で、ずっと」
守る人がいるから戦っていられた。
それを知ってるから、言える。辿ってきたから、言える。
「うっ・・・」
はらりと、落ちる。
大きな優しさに、大きな安心感に。
「うわあああああああぁぁぁん!」
「ついて、いきます・・・っ」
私に泣き顔を見せるように。抱きしめる、大きく強く頑張り続けてきた子を。
「さとりさま、さとりさまぁ・・・!」
受け止めてくれると信じてるから、受け止めてあげられるから。
「ありがとう、ございます・・・!」
いくらでも受け止めてあげる、お燐の苦労の方がはるかに多いのだから。
「だいすき、です・・・っ!」
泣きじゃくって泣きじゃくって、自分の手でぬぐって、それでもまだまだ溢れてきて。
泣けるだけ、泣いていい。
「燐」の産声なのだから。
───
「・・・あ」
次の日の朝、少し気恥ずかしそうな顔。
赤い眼を今日はまた一段と赤くして。
どう動いていいか迷っている。
私がどう思ったかを、まだ聞いてないから。
そのまま朝まで泣いてたから。
「おいで」
昨日のが夢じゃなかったと教えるために、
「目一杯」
思いっきり抱きしめてあげよう。
守ってあげられる存在として。
飛び込んできた。
全体重を勢い乗せて。
頭をわしゃわしゃ撫でてやる。お燐も頭をぐりぐり押しつける。
怖がっていた猫がいて、やっと私に懐いてくれた。
猫っ可愛がり。ただひたすら。
普通のペットに、するように。
お燐の過去のトラウマが徐々に解けていく描写が素晴らしいです(´;ω;`)泣けてきました
空編楽しみにしております
素晴らしすぎて適切な言葉が見あたりません
良い作品を読ませていただいてありがとうございます
次回も楽しみにしています
お隣もようやく落ち着くことができたなぁ。よかったよかった。ところで誰をこいしに探させているんだろうか?
次回作待ってます!
頑張ったね!頑張ったねぇお燐! しあわせになるんやでー
次回のお空は難易度が高そうですね…
ありがとうございますm(__)m
涙やばい!もうボロッボロ!!!
後書きの考察もしっかりしてて、成る程と思ってしまいました。ソ、ソウダッタノカー!、みたいな(笑)
お空編と最終編も楽しみにしています。
・・・それと一つ、私から懺悔の方を。
実は1話のタイトルとタグ見たとき「地霊で強姦陵辱ものキター!」とか思っちゃってました。蓋を開けてみれば美しいさとり様と、涙無しでは見れない感動話でした・・・。汚れていたのは読み手側の心でした;;
読みごたえもあって、なにより幸せな気持ちになれました。感謝。
次回も楽しみに待ってますー
パート10くらいまで続くんですかね?
「頑張ったわ、お燐」
というシーンが、泣けてしょうがなかったです。
辛い中でもけなげに頑張って、一緒に泣いてくれる人が出来る、本当にきれいなシーンだと
そう感じました。
前作にダッシュしてきます
ペットと奴隷は違うんです! ペットと奴隷は違うんですッッッッッッ!!!!
前回の鬱っぷりからどうなるものやらとドキドキしていましたが、記憶の上書きという治療法に涙しました。面白かったです。
お空編がどうなるのかが楽しみで仕方がない! 次回作を正座待機で待ち望んでいます!