真・東方夜伽話

ペットと奴隷は違うんです。  /  空

2013/07/14 05:06:38
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ペットと奴隷は違うんです。  /  空

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・こちらは
 「ペットと奴隷は違うんです。  /  序
 「ペットと奴隷は違うんです。  /  燐
 の続編となっております。
 そちらをご一読するとなおさら楽しめると思われます


・お燐はエロは無いです














───



部屋に呼び出した。
これで三回目だ。

どうしても、確かめたいことがあったのだ。


「・・・どうぞ、よろしくお願い致します」

ダイナマイトが爆ぜたような身体が現れる。
そのまま自分の身体を憂うように抱きしめ、膝をつき頭を垂れる。

「そんなことしなくていいのよ」
「はい、すみません」


またこの光景を見る。
身体に染み着いた癖はいまだに取れてない。
長きに渡ってついた癖。自ら服従の姿勢をとってその場の危機を押さえるために。




「それとねお空」



「これを言うのも、三度目なのよ」






───


ペットと奴隷は違うんです。  /  空


───






先に言うが、止めたのだ。何度も。



何度も確かめた。

お空はとにかく覚えない。
正しく言うと聞いてない、頭に入ってない。
全てを聞き流している。スイッチが入ってない。



どうにかお燐の心が回復に向かってきて、
さあそろそろお空のほうも交流をしないとと思って呼び出した。

「ついてきて」

ふらふらとした足取りで震えていながら
私についてきて、

(身体、また痛くなる・・・)
(じっとしてないと・・・お燐が)
(「無駄乳削ぎ落としてあげましょうか」)

殴りつける光景、張り型をねじこまれる光景
心の中でやっぱり私はサディストにされていて。




思いのほか、素直に反応してくれた。

お燐より手が込んだ怯え方をしておらず、感じるままに反応してくれた。
感情は薄かったがしっかりと応えてくれてたし、髪を撫でれば「うん、ありがと・・・」といった風に普通に喜んだ。






次の朝、全く変わらぬお空の姿が現れた。

人形のように固まったままの顔、全てを切り離して漫然とした表情。
私を見る目も何も写していなかった。




目を疑った。三つもあるのに。
夢でも見てたのだろうかとか頭を抱えた。


何だこれは。私は何をやったのだ。








このままでは虚空に釣り糸を垂らし続けるようなものだ。
引っかかりがなければ話にすらならない。


まずは知らなければならない。お空のことを。
そういえば知ってる事はお燐がいろいろ世話をしているということだけだった。
何せ、食事の時以外はほぼ会わないのだ。
最初にお燐にかかりっきりだった事もあるが、迂闊ではあった。
こんな状態で手を出すなどと。



「お燐」
「はい?」


手を止めてこちらを振り返る。あれから、表情が柔らかくなった。

「調子は?」
「そりゃもう」(良好ですよ)

順応力の高い子だ。少しずつ慣れてきているのだろう。
ずっと背負い続けてた子が、ここ最近でようやく年相応な顔になってきている。
住処だと感じ始めているようだ。



「お空のこと、少し教えてもらっていいかしら」

「えっ、それは、その・・・」(大丈夫かな・・・)


自分のことはいくら教えてもいいが、他の人のことを教えるのは口ごもるようだ。
大事な人であればなおさらだ。言われてみればそうではある。

だが私は「渡せ」と言うわけではない。



「お燐にもね、そのうち協力してもらうと思う」


お燐の協力がなければおそらくお空は心を開かない。
だから、あくまでも共有であることを伝えておく。






仕事を終わらせての大広間。茶菓子に紅茶に飴二つ。
すっかり打ち解けたお燐が正面に座っている。


「昔はああじゃなかったんですよ」

昔・・・というのは相当前の話のようだ。


「もう少し明るかったですし他の人にも無邪気で笑顔な奴でした」



「今、お燐と話してる時のも普通じゃない?」
「・・・そうですね」(どこか曇ってて)

にぱりと笑うお空のイメージが浮かぶ。
お燐の中では、これほどの笑顔を本当は浮かべられるらしい。私は、まだ見たことがない。


「まだ、怯えてばっかりいて・・・」


お燐から見ても現状のお空は異常事態のようだ。
単に内向的、というだけで話が終わるなら早かったが。
最初からそんなはずはないと分かってたけども。


「やっぱりその・・・怒られたりするのが怖いのではないかと」(いつも、ひどい目にあってたので・・・)


少し申し訳無さそうな顔を浮かべている。
まあそうだろう。目の前にいる気丈なお燐でさえあれだけ気を張っていたのだ。
お空が同じ心境だったとしてもおかしくない。
お燐はどうにか立ち向かおうとしていたが、お空は逃避している。


お燐は病んでるということではなく、単に私と家が怖いだけだった
だがお空はおそらくそれ以上に何かを抱えている。
立ち向かってきたものを受け入れるのは容易でも逃げるものを追う方がはるかに難しい。


「変わるようになった・・・」


心当たりは、と続けたかったが、聞くまでもないか。
あそこで何が起こってどう変わったかなんて、すでに読まされるだけ読まされた。
思いつく心当たりなんて余るほどある。



「食べるのと寝るのは大丈夫?」
「あ、それは大丈夫、です」(少し量が足りなさそうかも)


トラウマを持った者は食べたり眠ったりに支障をきたすことも多い。
そこがないのはひとまずの幸いであると言える。





さて、どうしたものか。
お燐の時みたいにベッドで会話、なんてのがまず無理なのだ。
それ以前の方法を考え付かなければならない。


長くなる。それは今、はっきりと分かる。


──



「お邪魔するわよ」


二人が使ってる部屋にノックして入り込んだ。
こうして直接乗り込むぐらいはしないとお空と交流は出来ない。


これまで二度三度、お燐にしたみたいに部屋に呼び出してみた。
だがあそこではお空は特定の動作を繰り返す人形のようになってしまう。
どんな形であれど私に感情を出してもらわないと話も出来やしないのだ。


「さとり、様・・・?」(あそ、ぶの・・・?)


枕を胸に抱いて私のほうを見つめる。
はたから見れば可愛い仕草だが・・・備えているのだ。暴力が来ることに。
後ずさりして壁にまで背中を密着させている。無意識で遠ざかろうとしているのだ。

近づいて向かい合う。

「今、大丈夫?」
「はい・・・」(何されるのかな)

返答のあと身を強ばらせる。


(「勝手な口利くんじゃないわよ」)
(耐えなきゃ、耐えなきゃ・・・!)
(人形みたいに、ずっと・・・)

頬を叩かれたりするような図が浮かぶ。
しょうがない。もうこれが生じるのは諦めた。




「お空」

正面に座る。もう一つのベッド。

「怯えないで」

一つの小袋を差し出す。
手土産として持参したクッキー。

「お話したいだけだから」


「今、大丈夫?都合悪い?」
「いえ・・・」(都合なんて、悪くたって結局・・・)

言葉を発するたびに固まる。
反応を返す、ということに怯えている。
どう足掻いても最後には暴力を振るわれるようだ。


「叩かれるのが怖いのね?」
「そ、そうじゃ・・・」(痛いのは怖い)

手を下に垂らしておく。叩かない、と表明する。


お空は、お燐の方と比べたらどうやら相当痛い目に遭ってきたようだ。
勝手に推測するなら、挿れた時の反応が薄いからそちらの方面にエスカレートしていったのかも知れない。
苦痛に無表情でいられる人なんていやしないのだから。


「い、いいです・・・、好きにしてください」

枕を強く抱きしめている。
また申し訳ない感情に包まれている。

「お空、無理に話さなくていいわ」

まずは警戒心を解かなければならないだろう。
それをたやすくやれれば苦労は無い、が。

「はい、口答えなんて・・・しないです、しないですから・・・」(巻き込まないで、誰も)

悪意と捉えられてしまったようだ。
会話と口答えは全く違うというのに、前の家ではどうやら同じ風に扱われてしまったようで。


「独り言を聞いててくれればいい」


私一人で、まず話を始める。
何かを尋ねないで、「はい」とかまずはそれぐらいの返事から始めさせる。


お燐のことも褒める。
周りのことが褒められることで、間接的に自分のことも褒められてる気になるから。


(お燐は優しいって言ってた、でも、私には・・・)



それでもお空の顔は変わらない。
返事も生きてない。居心地の悪さすら感じている。
「早く終わってくれないかな」なんて思う始末だ。私がいるだけで不安でしょうがないのだ。

(呆れてる・・・これで、いい)
(目立たないように、してればいい)
(見捨てられるぐらいで・・・いいんだ)




「どれくらい付き合いは長いの?」
「かなり」(さらわれる前から)

再びお燐。
お空から開示がない分、こうしてお燐から情報を得る必要がある。
何せ読もうにも何も考えてないのだ。
水を向けてみても全く反応が無い。ここまでとは思わなかった。


「今は、お燐が世話してるって感じに見えるけど」

お空がふさぎ込んでて、お燐が外に出てて。
薪割りはしてるようだが誰とも交流したがらない。実質、お燐が一人で頑張ってる状態だ。


「そう、ですね・・・」(やっぱりそう思っちゃうんだなあ)


しまった、気にはしていたようだ。
不躾だったかも知れない。


「大事な友達なんです」



古くからの付き合い。
空を飛んでは高いところの木の実を取って、川で魚を取って狩りしては笑いあって
そんな小さくともささやかな毎日。



それが、突如一変した。

誰かがやってた食事の配給に寄ってみて、そこで突如気を失った。
殴られたのか薬でも入ってたのか、そこまでの記憶は無い。


地獄が待ち構えていた。
奴隷として使われる日々。何も見出せない希望。
傷ついた指を支える二人。襲いくる暴虐に涙を見せては互いに励ましあう。
先の見えない、慰安も無い、ただただ灰色な一日。



「お空がいたから、お空が話し相手になってくれたからあたいは生きてこれました。
 今思えば、聞き流されてたのかも知れないですけど」


「そう、大事なのね」

親友より、ずっと深く繋がってきていた。
裂かれそうに試みられても乗り越えてきた。


「だんだんと様子がおかしくなってきて・・・」(口数も無くなってきて・・・)

それでも、崩壊が近づいていく。
お空は耐え切れなかった、身体が強くたって精神が強いとは限らない。



「仕事場が別だったから何やってたかは分からないんですけど」



変に組まれることを恐れたのかも知れない。
私だったら初めての仕事ならまず仲良い同士でやらせる。

まあ、正規の手順で雇ってれば、の話だが。
反逆を恐れるような後ろ暗さがあるなら無力化させるやり方であってもおかしくない。
そもそも、普通に扱ってればいい話なのだ。効率だって悪くなるだろう。


「毎日のように失敗してきては・・・」(傷だらけになって帰ってきて・・・!)



「落ち着いて」

テーブルを回り込んでお燐の側にいてやる。
肩を抱いて下向きになった体をそっと支える。
止めるべきだ、これ以上はお燐の傷が再発してしまう。

「大丈夫だから」


良い情報ではあった。
「最初は普通だった」という情報さえ分かれば、
その後に何かが起こってああして塞ぎこんでしまったということが分かる。



「必ず治す」


──


一週間通い詰める。


「家には、慣れた?」
「はい・・・」(ほとんど知らない)
「焦らなくていいから、少しずつね」
「はい・・・」(歩いても、しょうがないし・・・)


探り探りやっていくもお空は、なかなか心を開いてくれない。
心の底で反応してる時はあるが基本的にはつれない反応。
私だけならそれでも構わなくても、この心の声が表に出てきてくれるのが理想であり目標なのである。

テコ入れが必要だろうか。そんな若干の閉塞感に苛まれつつあったそんな状況。



進展は時に思わぬ状況で訪れる。



「あれ、さとり様?」(こんな時間にいたんですか)


この日はたまたまお燐が早く帰ってきた。
普段はこの時間は風呂に入ってて、私はその間を縫ってきていたのだ。


「ああお燐、お邪魔してるわ」
「それはいいですけど」


「お空、ちゃんと話してあげてるかい?」(あたい以外に話せてるかな)




「あなただって最初は似たようなものだったけどね」
「んなっ・・・まあ、そうでしたけどっ」

すでに昔みたいな話だ。いつの間にかしっくり馴染んでて
私自身も何やら遠い記憶のような気がする。

(一人で頑張ったんじゃ・・・なかったんだ)
(お燐・・・いいなあ。楽しそう)
(どんな人なんだろう・・・)


思考の扉がほんの少し開いている。
お空の目がこちらを見た。少しだけ、興味を惹いたようだ。
これは、変化の予感だ。



「じゃ、そろそろ戻るわ。お空、またお話しましょう」



そしてこれ以上粘るのは得策ではない。
今日のところはこれで切り上げて二人にしたほうがいい。


(「今晩、お空が何か聞いてくると思うわ」)
「? ・・・あ、はい」


そっとお燐に耳打ち。

今やお空はお燐と話がしたいのだ。
最低限のパスだけ渡して今日は去ることにする。
お燐なら何も言わずとも最適な言葉を出してくれるだろう。




次の日。


(「さとり様は・・・いい人なの?」
 「そうだよ。家が怖くない、って言ってくれたし
  あたいのこともちゃんと守ってくれる、って言った。」
 「ほら、傷なんて一つもついてないだろう?」
 「・・・そうだったんだ」
 「ああ、ここ何ヶ月か呼び出されてたからかい」
 「うん、すごくね・・・不安だったの」
 「あたいだって怖かったよ、最初は。
  でもね、すごく優しくしてくれた」
 「そうだったんだ・・・」)



お燐が合図してきたので読んでみた。
夜通しかけて説得してくれたようだ。


「あ、・・・おはよう、ございます」

食卓に出てきたお空がほんの少し柔らかくなっていた。
あとでお燐を目一杯褒めておこう。





それにしても、人の手を借りるという発想が出てこなかったとは。
「協力」なんて言葉を出しておきながらなんて様だ。私は。





お燐の口添えによって、最初に比べたら少し話を聞いてくれるようになった。
信用、とまではいってない。ただ「口を利けば怒鳴られる」という考えは薄くなっていった。
ようやく島に取り付くことが出来る程度。
目だけはこっちに向いてる、ぐらいだ。





「どう?砂糖とか少し多くしてみたのけど」
「あ、はい・・・甘い、です・・・」

今日もまた、茶菓子を持っていく。
話題は尽きさせない。自分から、手を打っていって気まずさを取り払う。


「今までお燐を借りてしまってごめんなさいね」
「ん・・・」(寂しいけど・・・逆らえない)


お燐を治すためにしばらく夜は部屋に招いていた。
その間、お空はずっと一人で夜を過ごしていたのだ。
傷つけられてるのではないか、とずっとずっと考えて。

「大丈夫だから、あなたの考えてる事なんて何もやってない」

ボロボロにして帰させた記憶は当然無い。
お空にもそれは分かっているようだが、どうやら信用してないようだ。
見えないところに傷がある、なんてよくある話だもの。


「たくさん話したのよ」

頬杖ついて記憶を振り返る。
雑談したり身体に触れたり、そんな行為の数々。
交わったことは特に口には出さないでおく。不信の状況で、言うべきではない。
「お燐からも、あなたのことはよく聞くわよ。「あいつはあいつで一生懸命だから」って」
(え・・・?)


こちらを見た。少し興味を引いたようだ。
自分の話をされて興味を持たない人はいない。褒め言葉であればなおさら。


「昨日の夜とか、お燐とはどんなこと話したの?」
「あ、えっと・・・」


間髪入れず踏み込む。防衛の体勢に入る前に返答に割き始める。

「夕ご飯のこと・・・とか」
「ああ、口に合った?」
「おいしかった、です・・・」(もう少し食べたかったけど)



少し、引き出せただろうか。お空自身を。
今度から量に関しては考えておこう。






「手、握ってみても大丈夫?」
「・・・ん」(大丈夫・・・)


少しやってみることにした。
今まで話だけで進めてきたが、実際に距離を縮めるにはやはり触れるのが大事だ。

おずおずレベルであるが近づいてきた。
指を重ねた瞬間、一瞬緊張するのが飛び込んできた。


「・・・大丈夫、だから」


入ってきた。

指を折られた経験の数々。一度や、二度ではない。拾った木の枝のように、気軽に折られていった。
強引にギプスをはめこんで仕事したこと。
いや、ギプスなんて上等なものじゃなくただ木の板を布で包んだもの。
折られて、そのまま仕事で、痛みを抱えながら。

握らないで、指先を少し重ねるだけにしておく。
力が少しでも込められると不安になってしまいそうだ。

「いつも薪割りありがとうね」
「・・・はい」(私は、大してやってない)


少し、悲しい顔になった。
自分の能力が評価されてはならないようにも、思える。

「じゅうぶんあなただって頑張ってきてるじゃない」
「・・・」(お燐ほどじゃ、ない・・・)
「どっちが上とかじゃないの」


わずかに顔をのぞかせた問題点。
お空は自己否定の傾向がある。並大抵じゃない。これは。
側に居るお燐と比べてしまってしょうがなくなっているようだ。


「お燐だってね、最初は震えてたの、私が声をかけても」

ならば回復する過程の話をしよう。身近な人が治っていく流れを具体的に。
サンプルがあれば、少しは目的になるかも知れないという意味を込めて。



「飴もらった時、あったでしょう?」


イメージしてくれている。
自分が、しっかりと輪に加わっている姿。体験したから、よく具象化出来る。

「あれで、すごく喜んでた」

分かることは、お空にも話したいという意思はあるということ。
でもそれが出来ない。

根差したものは大きく、深い。
口を開くことすら出来ない"物"扱いだったのだから。
お燐以上に好き勝手に弄ばれてきたのだから。


──


ある日のこと。


お空が食事に来なかった。
食欲が無いわけでもない。あれだけ言ってたし、普段だって来るはずなのだ。
別行動だったお燐も詳細は知らないらしく、仕方無しにお空抜きで食事をした。




「見つかりました」

お燐からの報告が入る。食事を終えてすぐ後の報告だった。
とりあえずお空分のはとってある。


「寝ちゃってたそうです」


なんだ、それぐらいだったのか。動けなくなってしまってたらどうしようかとか不要なことを考えてしまった。
地霊殿の敷地内なら外敵が来ることはほとんどないが、誰かと喧嘩でも始めたら分からない。
あの子が喧嘩するほどなんてそうそう無いとは思うけど。


「じゃあ、台所にあるの持っていってあげて」
「あ、はい」(いいんですか?)

(あ、そうか、いいんだ)


すぐさま訂正していたが、ふと思い当たる。前の家の惨状を鑑みればありえる。
どうするか、一応聞いてみるか。


「あなた達まさか」
「・・・ええ」(少しでも遅れたら無かったんですよ)



そのくせ直前まで襲われたりしてることもあるので、物理的体力的に無理なんてこともある、と。
そのまま空腹で眠りについたり、呼び出されたりすることなんてのもザラだったと。


「皆で分けたりしてましたよ」(特にお空は皆から)
「好かれてたの?」
「・・・おそらく」(よく分からないです)


お空が動けなくなった時、各自から少しずつ。
ただでさえ少ない一人分から分け合ってたそうだ。そんな光景が、入ってくる。
ただ、気になる。お燐の妙な間、どうも何かを疑ってるよう。確定してはいないようだ。


全く。
「前のここはよかった」という話が二人から出た試しが無い。





「お空が好きな食べ物とかある?」
「ん・・・」(卵・・・?)
「そう」


悩めるほど多く食べ物を知らない、とまでは考えたくないが・・・。


「じゃあ食べたい物とか」
「無い、です、何でも構わない、です」

いきなりこう提案されて戸惑いを覚えている。
私には、「望む」という発想すら無かったように思える。


「私のことは、いい・・・」(何だって・・・)

直感的に言えば、幸福を受けてもそれを否定してしまうような、そんな感じもある。


そう言って押し黙ってしまう。
お空は、自分のことを話したがらない。
というよりはどこか自分を消そうと思っている節すらある。

(望むなんて・・・絶対、何かさせられるから)


頭を抱えなければならない。やる事があまりに多すぎる。
この子のガードは固すぎる。






動物達が頭を下げてきた。

用件は、窓ガラスを割ったこと。「怪我だけしてないか」と確認して釈放した。
本人が悪いと思っている事をわざわざ「悪いことするな」という二重責めはしたくない。
どのみち私には筒抜けだ。



「ところで、お空が来てたりしなかった?カラスの子」



「いた」との発言を得られる。
音がした瞬間に、急いでやってきて片づけを手伝ったとのこと。
「いいから」みたいなことを言って最後まで清掃していったとも。

その事実だけを聞くと単にいい子という気がするが・・・


資料の束を見ながら考える。
地霊殿内で起こった破損事故八件のうち、七件にお空は顔を出していることになる。


出さなかった一件は地下にあるワインセラー。
それ以外に顔を出したのは全くの偶然だろうか。単に野次馬根性や手伝いたいだけだったのだろうか。



私は、そうは考えられない。
「いいから」という言葉も、何やら気になる。






二日後。



「待ちなさい」


夕飯の直前、外から戻ってきたお空の手をすれ違いざま握って引き止めた。
とんでもないことが起こってたからだ。


「どこでそんな怪我したの?」
「大丈夫、大丈夫だから・・・」


そんなに額からざっくり開いてて血が流れてるのを見て放っておけるほど私は鈍くない。

「痛くないです、大丈夫です」(手間かけさせるわけには)

薪割りをしてたら木の欠片が跳ねて直撃したらしい。
お空自身は何も話してくれなかった、私が記憶を読んだ。


「放っておけば、いい、から・・・」(なんでもないから)


さすがにそこまで放任主義ではない。
小さい傷ならともかくここまでとなったら助けるのも私の役目だ。
心の中も「放っておいて」一色で真意が掴めない。痛さはじゅうぶん感じているはずなのに。



「おいで」
「いい、です。大丈夫です」


手を引く。
けれど、お空は来ない。本当に放っておいてくれと言わんばかりに。
目を強く閉じて首を振って手まで払って、私を拒んだ。



「来なさい」


少しだけ威圧した。あまり使いたくはない手だ。



「・・・うん」(ごめんなさい・・・)





(痛いことされるのかな・・・)

ハサミを持ち出して無麻酔手術とか、ペンを挿入だとか、そんなものを振り払う。
血を拭って、ささくれが入ってないのを確認して、消毒して、絆創膏を貼る。
まあ妖怪は治りが早いのでここまでする必要も無さそうだが。
とは言え血を垂らしながら生活されるのも困る。


(治してくれた・・・?)
「触らないようにね」



信じられないといった顔をしている。治療されること自体が、未知の体験のようだ。

思い返せば、これ以上の怪我を負わされてなお放っておかれてたのだ。
「手を煩わせる内に入らない」なんて考えてもおかしい話ではない。


「動けるならそれで・・・」


それも困る。
道具として扱う気など毛頭無いのだから。
自分で自分を道具扱いされるのも、困る。


「私が傷つけるから?」
「・・・分からないです」(優しい人かも知れない、でも怖い)

最初のお燐と同じなのだ。まだまだ私を傷つける存在だと思っている。


──



「綺麗な髪してるわね」



お空は容姿を気にしてる様子が無い。
髪は伸ばしっぱなしだし、どこか手を加えたという記憶も見られない。


「髪、いじってみていい?」
「! ・・・はい」

少し強い反応。

しばしの間の後、ちょっとだけガクリとなっておずおずと後ろを向く。
掴まれて振り回されてのそんな光景を考えている。


「・・・どうぞ」(お燐のためのものだけど・・・)


大事なものを差し出すような、気持ち。
踏みにじられる覚悟でそれを耐えようともして。
後ろから挿入されてた時の体のいい掴み場所として。

「いえ、やめとくわ」

だったら、それを使う必要はない。
無理に怯えさせてなどしてはダメだろう。

「踏み入っちゃダメみたいだからね」


髪を梳くという行為は、お燐との大事な時間だったようだ。
傷ついていた二人が繋がるための親愛の儀式。
二人にとって大切な時間で、立ち入ってほしくはないようで。

「・・・すいませんでした」(怒られる、よね・・・)


表情は見えない。けど、きっとまた何にも焦点を合わせてないだろう。

「あなたの大事なものを奪う気なんて無いわ」




焦ることなど特に無い。
もう少し信頼してくれれば、自ずと機会は来る。

───



あくる日に、事件が起こる。




お燐が怪我をした。





階段から落ちたのだ。





床をモップで水拭きしていた。
湿った床に足を滑らせ下まで落ちていった。

うつ伏せに倒れている。


「大丈夫!?」
「大丈夫、です」(足捻ったかなあ)
「頭は打ってない?動かさないで」



「お燐!」(何の声!?)


横から声が入ってきた。お空だ。
珍しく息が切れている。感情が表に出てきている


薪割りの場所とここは近い。音を聞いて来たとしても不思議はない。



「そんな・・・」(どうして、さとり様・・・)


立ってる私と、それにうつ伏せで倒れてるお燐。
ともすれば私が持ってる長い棒で叩こうとしてる姿にも見える。
それをお空は「危害を加えている私と苦しんでるお燐」の姿と解釈した。



「違うよ。お空、違う」


(違わないんだ)
(突き落とした)
(そのあとまだ何かひどいことするんだ)

強ばる。
逆効果だ。普通、主人の目の前で「酷いことされた」なんて言わない。
そういう環境にいてお燐がお空を庇っていたのならなおさら。






お燐が否定したことで、お空は自分の最初の推測を確信させた。

(私が、話さないから、お燐を・・・?)
(仲良いふりして影で・・・?)



「話します!何でも話しますから!お燐は、やめて・・・」

「私を、私をやってよ・・・、どうして、みんな、お燐を・・・、どうして・・・」


「私のほうが壊れないから!私なら叩いても蹴ってもいいから!」
「お燐をこれ以上・・・いじめない、で・・・っ!」


悲痛だ。
猜疑心と悲しみの心とあらゆる強い感情が私に刺さってくる。
治したのはもっと壊すためにだ、なんて、そんな。





その後、お燐当人が説明して何とか誤解は解けた。


「大変でしたよ。大泣きしちゃって」


(「さとり様はちゃんと助けてくれたんだよ」
 「本当に!?本当に、大丈夫なの!?」
 「大丈夫だっての。あたいの言うことがまだ信用出来んか」
 「私が、機嫌損ねたから・・・」
 「んなこと一言も言ってないよ。そんなんで怒りはしないよ」)


ぎゃんぎゃん泣いて話を通じるにもまず一苦労だったそうな。
私への恐怖心が最大にまで跳ね上がったのだ。並大抵じゃ静まらなかっただろう。
それでもなだめられたのは長年の付き合いの為せる業か。


湿布と包帯を巻きつける。
太股に打撲、足首の捻りがあるらしく歩き方がぎこちない。
骨までいってる可能性も無くはない。

どのみちドクターストップだ。お燐には休んでもらうよう通達した。






「気になってるのよ」

足の様子を確かめさせながらふとした疑問を口にする。

「"どうして、みんな、お燐を"」


さてどういうことだろうか。
まるでお空が失敗するとお燐に被害がいく、みたいな言葉だ。

「・・・ああ」(そういえば)



心当たりありのしかも大当たりの事柄のようだ。
お燐にとっても大事な、一つの核心。

「・・・あたいたち、仲が良かったので」

胸で軽く拳を握る。心を痛める、そんな仕草。
記憶がお燐を蝕んでいく。言葉が口から出てこない。



「連帯責任だったんです」


前の家で強いられた過酷なルールが口にされる。

「あたいの失敗はお空が取ったり、お空の失敗はあたいが取ったりしました」(お空が失敗するほうが多かったかも)

連帯責任。友達同士だからこそ、と。
劣ってる側が、優れてる側を引き落としてしまう悪魔の技法。



お燐の記憶がフラッシュバックする。
一番最初の日に見た、地下室の光景だ。釘を刺しにきたり、殴打されたりする光景。
あれは・・・そういうことだったのか。


「きっとあの時「自分が失敗したからその代わりに」って思ったんだと思います」


それは私の方でも確認した。
話に耳を貸さなかったことが私の癇に障ったのではないか、そんな筋道。
もう少し尖った見方をするなら「無視し続けた」にもなるだろうか。



お燐の「違う」という台詞はそこまで考えての発言ということか。
・・・とっさにそこまで出てくるということはすなわちそれだけ数多く起こった出来事ということになる。
そういえば、初期にもそういう考えがあった。一緒に謝ってたのはきっと、そういうことだ。



親友がひどい目にあって、その原因が自分で、しかも自分が親友を傷つけないといけない。
そんな状態でのお空の心境は・・・考えるだけでも鬱になる。



「あたいは別にいいんです、むしろお空が・・・」


失敗が多い、となれば当然お空のほうが罪悪感が多いだろう。
自分が傷つくより親友が傷つくほうが多いなんて、だ。
お空の心ははるかに若い。それなのにはるかに傷をつけられてきている。




「それに」


「大きな恩だってあります」(こういう風になったのはあたいのせいなんです)


話の続き。紅茶を注いで少しだけ落ち着かせた。

先ほどの話に関わって、その辺りの記憶も蘇ってきたようだ。
そして、罪悪感も湧き上がってきている。



「あたいは・・・大きなミスしたんです」(高価なものを壊しました)



夜、ボロボロになるまで抱かれて、そのまま次の日も働かせられたらしい。
徹夜に近いほどの睡眠時間、意識は朦朧で身体もガタガタ。そんな状況。
ミスが起きないほうが変な状態だ。そんなもの。


「話はもう、あたいを処分するってことになってました」


この場合の処分・・・訓告や懲戒なんてそんな生易しいものじゃないだろう。
きっと文字通り、不要になった"もの"への言葉。


「・・・処分の前にもっとひどい事するって聞かされました」


解体、肉便器、廃棄。
読むだけでおぞましい言葉が並ぶ。
その光景をお燐が持ってこなかったのが幸いである。聞かされただけで体感はしてないのだ。



「その時・・・お空が「私を代わりに」なんて言い出したんです」

嫌になるほど見てきた前の主の姿。
お燐はそこで血だらけで倒れている。"遊んだ"後なのだろう。
お空が入ってきて、お燐を庇うようにじっと立っている。


「「私は役立たずだけど、お燐は優秀だから」って、そういう風に」(何されるか、聞かされたはずなのに)


解体、などの話を聞いたうえでお燐を庇おうとしてたということか。
だったらそれは・・・紛れもなく命を投げ出す行為だろう。
それほどまでに二人は深い絆なのだ。


「どういう気紛れがあったのかは分かりません。
 でも・・・どうにかあたい達は生き延びることが出来ました」




階段での一件は、おそらくそれと似ているのだろう。
死にかけてるお燐と危害を加えそうになってる主。
誤解ではあるが、確かにそうだ。だから、あの対応だったのだ。



「・・・二人して血が流れるほどひどい事されましたけど」

心にも体にも大きな傷を残して、それでもなお命だけは助かった。
片割れを失って生き長らえるのとどっちがいいか、なんて、二人には考えるまでもないのだ。



「だから、お空が来てくれなかったらあたいは死んでたんです。
 お空はあたいにとってはずっと、命の恩人なんです」


皮肉な話だ。必死に働いたほうが命を落とす羽目になるなんて。
頑張っても頑張っても報われない。どんな強さがあったってそれじゃいずれは折れる。
そんな環境、作りたくはない。




「ご飯半分でも、あたいが、絶対面倒見ますから」(だからお空を・・・)
「それは無いから安心しなさい」


過去を語るうちに恐怖がまた芽生え始めてしまったようだ。
涙ぐんで、私へと許しを請う。置かせてもらうことへの。


「ありがとう」

辛い過去を思い出してくれた。
たくさん撫でる。今までのような環境なんてもう無い。
あなた達はもうあそこの家の奴隷じゃない。
お空にも、早くそれを教えなければならない。


──



この話を聞いてなおのこと私は決断しなければならないことがある。


算段はあっても確証は無い。
こういう時、相談相手がいないというのは厳しいものだ。
仕方ない。私以上に心について詳しいものなどきっといないのだから。

出来るか、問題無いか、ただひたすら考える。
大きな転換が必要になる。それに、対応出来るだろうか。
他に方法はあるか。愚策ではないだろうか。
そこから私は上手く振舞えるだろうか。とにかく、思考を巡らせる。

結論は「やるしかない」




やっぱりお燐には倒れてもらうしかないか

──



「誰か!誰かー!」

お空が大声で叫んでいる。



「・・・どうしたの、ってお燐!?」


廊下で、お燐が倒れている。

「さ、と・・・」

よりにもよって、みたいな思考。出来ることなら同僚間で終わらせたかった一件なのだろう。
恩を着せられれば何をさせられるか分からないのだから。

「お燐? お燐?」


お燐の返答は無い。


「あ、歩いてたら、いきなり「気持ちが悪い」って言って、そしたら・・・」

青ざめた表情で思念通りの言葉を話す。
さすがに親友のこととあっては心を閉ざしていられる場合ではないだろう。


お空がそばに駆け寄ろうとした。すぐさま手で制止させる。


「落ち着いて、お空。動かしてはダメ」

「お願いします!見捨てないで!お燐を・・・見捨てないで!」

服の裾を掴んでの懇願。

「大丈夫、大丈夫だから、ね?」


「人手を探してくるわ、お燐に呼びかけてて。くれぐれも動かさないようにね」



急いでその場から駆け出し勇儀さんを呼ぶ。地霊殿の入り口近くにいたので声をかける。
二人で現場に向かう。
先ほどお空に教えた通りの症状を説明。
勇儀さんが頭を持って身体を持って、上からお空が頭を押さえての人間担架、二人三脚。


「診療所じゃなく、勇儀さんの家に今は医者がいるわ。そっちのほうに」
「何でもいいよ!早くお燐を!」



お燐の身体はほどなくして勇儀さんの家の一室に運ばれていった。
私が遅れて現場に辿りつくと、お空はお燐がいるであろう部屋の扉の前で座り込んでいた。

「大丈夫、かな・・・」


あれだけ抜け殻のようだったお空が、お燐のためであればとても活発になる。
やはりお空にとってお燐は大事な存在なのだ。



「お空、お燐はどうあれしばらく入院だろうから・・・大事なものあったら持ってきてあげて」
「・・・うん」(入院・・・)


力なく翼をはためかせて、お空は飛び去る。
「入院」という言葉に、しばらくの孤独を覚悟して沈んでいた。





「うまくいきました?」
「ええ」


お燐が布団から起きあがった。





お空に言った通りの重傷というわけではない。
確かに階段から落ちたのは本当で、それによって負った怪我も本当だ。

倒れたところから演技だったのだ。




勇儀さんが地霊殿の入り口にいたのも、医者を呼んでおいたのも全てはこのため。
後で勇儀さんには釈明しなければならないだろう。
嘘はついてはいないのだが、お礼とお詫びのお酒を持っていくついでにその辺の事情も話そうと思う。


二人を隔離するためのお空をどうにかするための大事な措置なのだ。


色々考えた。
お燐という楔がある限り、お空はそれに依存し続ける。
「お燐がいれば後はいい」とか、そういう風になってしまっている。
頼りっきりになってしまって、私、いや他の人にも動物にも目を向けない。自分自身にも目を向けていない。
そこをまず何とかしなければならない。


「大丈夫、ですかね?」

だから一芝居打った。

お燐の方も不安がっている。どれだけ長く深い月日を過ごしたかは分からないが、ここまで離れることは初めてに近いようだ。


相当悩んだ。二人が互いにどれほどの存在かぐらい分かる。
それでもなおの決断だった。


「大丈夫」

長くなるだろうことは先んじて伝えた。
葛藤は感じても、それでも乗ってくれた。お空のためにと。


「あなたのためならお空は必ず立ち上がるわ」


私はそれに応える必要がある。





「お空」
「・・・はい」


お燐がいなくて抜け殻になっている。
何かを考えてはいるようだが、声が小さすぎて掴みづらい。


大丈夫かどうかと近づく。
お空が、急に立ち上がって私の肩を揺する。


「お燐は、お燐はどうなるんですか!?」(役に立たなくなったから・・・)
「落ち着きなさい」


お燐の頭は揺らさないよう押さえてたのに私の頭はガックガック揺らす。
夢中だった。ひたすら心配だけをしていた。


「放り出したりしないわよ。どうあったってちゃんと面倒は見るし、治ったら家に戻すから」

落ち着かせて、そう伝える。

「よ、良かった・・・」(捨てられなくて、済むんだ)

その言葉を聞いてお空の中に安心感が広がっていく。
お燐が疲れを押してまで働いてた訳だ。役立たずは慰み者として生きるか、捨てられる、・・・もしくは処分される。
そんな扱いされてしまっては。

「それと、お空ありがとうね。お燐を運んでくれて」
「私、何も」(私じゃない、鬼のお姉さんが・・・)
「いえ、あなたもちゃんと手伝ったじゃない。立派」


「友達のために頑張れるのは立派なことよ、謙遜しないで」
「そんなのじゃ、ない・・・私」


なんだろうか、この拒む様は。
褒められることを拒むというか、何やら妙な感覚がする。



「そしてね」

「悪いのだけど、その間にお空にも覚えてもらいたいの。家の手伝いのこと」


退路は絶たせた。自分自身でやらなきゃならないという状況にまでもっていった。


「お燐の代わり・・・までは言わない。けど、少しずつでいいから」

「代わりに・・・、うん」(お燐の代わりになれる・・・)

少しだけ嬉しそうな感情が見えたのは何故だろうか。



何か、複雑な鍵をかいま見た気分がした。



仕事が出来ないトラウマは仕事をやらせることで解消させていくしかない。
まず動いてくれなければ話にならない。
もちろん、最大限のフォローはしていくつもりだ。きちんとした温かい目で、失敗したっていい、と。



とにかく、お空に必要なのは「役割」だ。
自分は必要無い、なんて思わせないこと。役に立つ仕事を見つけてくれればいい。
居場所を作らせて必要だと思ってもらうこと、それでまず自信を回復させなければならない。




まずは、簡単なところから箒を掃かせることにする。
力が強いのは分かっているが、現状で力を使わせる仕事はそうそう無いので家のこともやらせる。


物を壊すことに、かなり危機感を抱いている。
まあ、それはしょうがない。前のお燐だってそうだった。厳罰が待っているから。
お空の箒の稼働範囲が広いのが多少気がかりではある。


色々一通りやってみた末に、適職としては「水汲み」「荷物持ち」
まあ、結局のところやはり力仕事に落ち着いた。
水汲みをしばらくやらせて必要に応じて何かの移動。そんな感じか。
徐々に、他の事を教えていこう。




それより気になることが一つ出てきた。



お空は確かに仕事は遅いが・・・言うほど失敗している訳ではない。
どうも「毎日のように失敗してた」というお燐の言葉に疑念が生じてるのだ。


まあ、十点満点で言うのであれば三点ぐらいだ。
だのにお燐の言葉だけを聞けばどうも十点中一点にも満たないぐらいな印象がある。
こういう件で話を盛るなんてないから、真実だとすればどうにも妙な食い違いが発生している。


私にもお燐にも分からない事実が覆い隠されているのではないだろうか。
それを見つける事こそが、お空の蓋を開ける第一歩な感じがしている。


──



「何でも話すって言ったわよね?」



夜の話し合いも継続して行う。

お燐がきちんと否定したことによって突き落としたという誤解は解けたが、
やはり言い放った言葉には負い目があるだろう。つけこむようでなんだが、そこを利用する。


「・・・し、します、しますから」(どうか、お燐を・・・)


(「お燐がどうなるか、分かるわよね?」)

恐怖が再来してきてしまっている。ショッキングな出来事に荒れているのだ。
お燐を人質に取られてるようにも思っているらしい。
ガチガチで怯えている。虎を前にした兎のようだ。




まず、ベッド間の小さい机にホットミルクを2杯置く。
再び根差した恐怖心をまず無くすために。脅したりすることなんてないと教えるために。
コーヒーや紅茶よりこっちのほうがいいと思った。



「ようやく話が出来るわね」

出来る限り、穏やかに話を始めてみる。
何でも話すということは何でも聞くという千載一遇のチャンス。
偶発的とは言え今まで右から左だったお空がいま耳を傾けてくれるのだ。



「は、はい、ごめんな、さい・・・」
(何か・・・喋らされるんだ)
(感じるなんて分からない、痛いだけだったし)
(悪口なんてやだよ・・・お燐の悪口なんて・・・)


自分の経験したことを言わされる。感じる箇所を強引に言わされる。
誰かの悪口を強要される。言わなければ、気に入られなければ、壁に叩きつけられる。
口を使うだけでもこれほどされてきたようだ。


「別に恥ずかしいことだとかひどいことなんて聞き出さないわよ」


私の機嫌を損ねれば、何かをやると恐れている。
その点の誤解を解かなければならない。
ここでやるのは別にお仕置きじゃない。




ホットミルクを飲む。お空のコップに視線を送ってそのあと目を合わす。飲むよう無言の促し。


「あなたの想像してるものじゃ無いわよ」

まずそんな勘繰りを否定していく。すでに条件反射の領域にまで入ってたようだ。
少し遅れてお空も口をつける。


甘い、と感想。
砂糖を多めに入れてみた。お空は、いや二人とも甘い物は好きだ。
わずかに感情の波が収まる。


一瞬。


「お燐のこと、ごめんなさい」
「え?」(どういうこと・・・?)

頭を深く下げる。
きちんと、その辺は謝罪しなければならない。
自分に付き合わせて怪我させたことを。
お燐は大事な存在であり、人質なんてものではないのだと。
それを利用してあなたに手ひどいことをさせるなど無い。
まずはそこを改めさせる。

「い、いいです、お燐からも聞いたし・・・」

主が謝っている。お空の心に戸惑いが生じる。
やはりお空も偉い存在に謝られたことなんて無いのだ。傲慢に扱われてきていた。

「許して、くれる?」
「は、はい・・・ゆる、許します」(え、な、なんだっけ、これ)

混乱して訳分からないことを口走ってる。
少しだけ微笑ましい。何も言ってくれなかった頃より反応があるのはいい。
私が笑ったのを見てお空がかーっと赤面した。
下を向いて瞳が右往に左往。口は真一文字。

「ありがとう」
「は、はい」(恥ずかしい・・・)


お空の緊張はすっかり無くなった。
ようやく壁の中に入り込むことが出来た気がした。


「ごめんなさい、私、変な間違いを・・・」
「いいのよ」


「本当にお燐のこと大事なのね」
「うん、大事な・・・・・・友達」(お燐はそう思ってくれてるかな)
(私が勝手なことした)


人のために手を尽くそうとしていた。それは責めることは無い。
程度の問題はあるが、それは早急に解決する話でもない。
今はとにかく近づくことだ。


「薪割りはどう?大変じゃない?」
「いえ、結構・・・楽しいです」


たどたどしい、でもきちんとした返事。
こちらを向いてくれるというのは何とも心地がいいものだ。





ここから数日。

少しだけ感情が出てくるようになった。

何とか水を向け続けて今ようやく実ったといったところか。
お空に変わり始めるきっかけがなかった、それだけのことでもあった。
いつ口を開けばいいか、が分からなかったのかも知れない。
多少の強制力を使ったのもおそらく有効だっただろう。


いつものホットミルクを出す。
お気に入りのようだから。


「お燐、早く帰ってこれるといいわね」
「・・・うん。早く会いたい」(もう少しだけ・・・)


妙な違和感。結果は読めても何故そこに至ったかは分からない。
下手に突っ込むべきではない。まだ保留にする。


「隣、大丈夫?」
「・・・はい」(それぐらいなら)

ずっ、ずっ、と隙間を空けてくれる。
今まで向かい合っていた。少しだけ距離を近づけたい。
物理の距離は心の距離。体が近づけば心も近づく。


──


今日はお風呂に付き合わせてみようか。



お燐がいなくなって以来、入ってる様子がない。
良い機会だと思う。
「勝手に使ってはいけない」とそう思われてるのもまずい。
前の家だと、時間が決められてるか、もしくは主に呼び出された時、だったようだ。


脱衣所で、裸になっていく。
手早くさっさと脱いで、私のほうを手伝ってくれた。
何度か裸は見ているがとんでもない体格だ。文字通り、私と格が違う。


(お風呂場は・・・突き飛ばされると痛いけど)
(苦しい思いするんだろうな・・・)
(色んな人に見られる・・・)


恐怖はここでも発露している。


呼び出されては裸でここに立つ。野卑た視線に晒される。
湯を張った浴槽に顔を押しつけられる。溺れながら中を突かれる。
何度も何度も沈められて、髪で持ち上げられては、また水に沈められる。
複数人と、絡ませられたこともあるようだ。
それに、どんな事をしたって全て水で綺麗に出来る。
精液だけじゃなく、それこそ。



お空にとってはここも落ち着く場所ではないようだ。
全てを諦めた顔がまた浮かんでいる。
受け入れて、ぼんやりと苦痛が過ぎるのを待つだけのような真っ白な顔。


浴室へと進む。


(男の人、いないな・・・)
(後からとか、かな)


周りを見回して、周囲の状況を確認。今は誰もいないけれど警戒を解いていない。
数多くの男に囲まれればどうすることも出来ない。
守るものがあっても、それを使ったらまた別の方向で酷い目にあうのだろうが。


「おいで」


椅子へと誘導する。お空は黙って俯いたまま言われた通りの場所に座る。
自分が何をされるのか把握したようだ。もう少し、平和なものだが。
桶から湯を汲み出してしゃばしゃばと温度を調整。
石鹸を擦り込んでスポンジに泡を作る。


まずは背中を流してあげようか。
女同士であれば、多少に抵抗は感じないとは思う。
こういう時にきちんと距離を縮めておくべきだ。


「髪、持ち上げてくれる?」

え?とお空が疑問の声。声をかけられるとは考えてなかったようだ。
勝手にやって、勝手に弄ぶものだと思い込んでいた。
だからこう言われたことに?マークが浮かんだのだ。

「許しが出るまでは手をつける気はないわ」

お空にとって髪は大事なものだ。
大事なものであるのならば当然だ。
勝手に踏み荒らしてはならない。それが信頼に繋がるのだから。


あらかじめ用意しておいた紐を手渡す。
少し細めで柔らかい髪留めのために使うもの。
「あ・・・はい」(こうして、こうかな)

髪を折り曲げて、紐をぐるぐると巻き付けて背中を露わにする。
自分でやらせることで、共同作業の感じを出せればいい。


背中を、ごしごしと洗いつける。
痛くない程度に、お空の気持ちを読みながら。
と言っても、いつ強い刺激が来るかしか考えてないようだけれど。
胸だの秘部だののイタズラがくるだろうということに、身を縮こませている。
常に、鏡に映るように振る舞った。見えるように。
不可視にあらずなように。


「万歳して」

腋や胸の横。なるべく、淡々と。

(ちょうどいい、気持ちいい・・・)

続けていく内に、お空の中から警戒心がほどけていく。
ちょっとずつ薄れていく、安心していく。


おおむね泡だらけにした後、お空の前にスポンジを差し出した。

「前は、どうする?自分でやる?」

伺っておかねばならない。
動物だったら別に遠慮なくやるが、人であるのならお空にだって選ぶ権利はある。


「どうぞ・・・」(逆らったらきっとひどい事)
「いいの」


振り向こうとして、先んじて止める。お空はまたも捧げようとした。そうじゃ、ないのだ。


「え?」(「いいの」って?)
「恥ずかしいとか、怖いとか考える子には出来ないわよ」

ちょっと、笑いかけてそう言った。
お空に申し訳なさを出させないために。


(強引に・・・しないんだ)
「あなたは権利もある、ちゃんとした"人"なんだから」




複雑そうな顔だった。
とりあえずお空は、このあと前と髪を自分で洗った。
扱いに疑問を抱きながら。


その間、私は適当にお湯を見たりして時間を潰していた。

「お湯加減は、熱いのとぬるいのどっちがいい?」
「少し・・・熱いぐらいが」
「分かった」


と言っても地獄烏の適温は何度だろうか。
とりあえず、少しだけ沸かしておいたけど。



「さとり様・・・」(座ってほしいです)


促された、意図を察して座る。
今度は私の背中を流すつもりだ。"次"のために、盛り上げなければならないから。
主に奉仕するのが当然だと思っている。
嫌な事だと思っていてもせめて機嫌を損ねてもっと嫌な事にならないように。
断っても仕方の無い話なので、ここは甘んじることにする。




「待って」

スポンジを床に置いて、お空が自分の身体に泡を散らし始めた。

普通でいい。そこは普通でいい。






烏の入浴は早かった。


お空は湯船で私が何かするのではないかと思ってじっと待っていたが、
のぼせられては困ると説得して先にあがらせた。

それから少し経って、私も脱衣所の扉を開けた。


「お待ちしてました」



驚いた。部屋に戻ってたかと思っていた。
だがそこじゃない。



お空は確かに待っていた。裸のままで。



「お風呂、入った後って・・・」(ベッドに行くまで服なんて着ちゃダメで)


そのまま裸で廊下も歩かされた、どうせ脱がすから、と。
腹立たしいほどに合理的だ、全く。
人の尊厳ってものに目を瞑れば。


「お空、あのね」



「前のルールなんか全部忘れてしまいなさい」

何度か言っているのだが、どうにも覚えてくれてない。
聞き流しているからかそれとも別の何かがあるのか。


「ここでは、あなたの扱い方は全然違うのだから」


地霊殿は前の家とは違う。
お空を奴隷として囲う気などなく、しっかりとした住人として扱うつもりだ。



すっかり冷えきってたお空をもう一度入らせた。
寒いと思ってても、じっと耐えていたのだ。私があがってくるまで。

──


「あら、眠い?」

お風呂上がり。

お空が舟をこぎ始めていた。
私の前でそうなるというのは珍しい、お風呂で気が緩んだからだろうか。


「じゃあ、そうね」

ベッドの中心部に移動、足を崩して、膝を並べる体勢に。
二度膝を叩いて、お空に促す。
要するに膝枕。


「い、いいです」(気持ちよさそうだけど)
「遠慮しないの」

一瞬吸い寄せられそうになってたが、はっとなったお空が否定する。


「ごめんなさいっ、やっぱり」(受けたら、何かやらされるから)


疑いと、不安と、目の前にある事実を恐れている。
主がこういうのをやるなど、お空の中にはありえないのだろう。
・・・正座なら山ほどやらされたようだが。


「そう。・・・じゃあ、私に膝枕してくれる?」


だったら、今度は逆に要望する。



「う、うん、それなら」


もともと"使われる"ことに関してはいたくハードルが低い。
日常的に、手酷く使われてた。
膝を貸す程度、なんともないとそう思っているようだ。


お空が体勢を変える。
膝がくっついてズボンの布地で包まれた枕が出来上がる。


頭を乗せた。
柔らかい。何よりボリュームがすごい。私の小ささを差し引いても頭がすっぽり乗っかってしまうとは。


見上げると、不安げな顔が浮かんでいる。
自分の身体はどうか、そんな顔。気に入られないと怒られる、そう思っている。


「気持ちいい」
「あ、ありがとう、ございます」
「あたたかくて、大きい」
「よかったのなら・・・」(変な、こと・・・でも、初めて)


お空は混乱している。

力を持った主にこうされている。
今までに無いことだ。お空の中で主とは常に「強い者」だった。だから、弱い自分を傷つけていた。
それに逆らう術はなくただひたすら逃避していた。だけど今はこうなっている。若干の戸惑いがある。



(こんな幸せ感じちゃダメなのに)

ふとした中にそのような思考が入ってくる。何かに、自分を押さえつけられてるようだ。


やっぱりお空は、自分を幸せにしない。
褒め言葉を苦しく感じてしまっている。
施しを受ければ逃げてしまう。


──


少しずつ、少しずつ。
お空と何とか会話が続くようになった。
感覚で言うのならほんの少しずつ進展はしてるのだが、どれくらいになるか、の検討はつかなかった。
ひとつの区切り目はある、が。


ある日。


甲高い音がした。割れるような音がした。というか何か割れた。
した方向に歩いてみたら犬二匹が走って出ていった。
背中しか見えなかったから、おそらく私は気づかれてない。

中を覗く。
お空が割れた皿を片付けてた。


「す、すみません・・・私です」(庇わなきゃ・・・)



そんなわけは無い。

お空の頭の中にその記憶は無い。
音が聞こえてからすぐに来たあの一瞬で、記憶が無くなるわけがない。
記憶を読むとちゃんと犬が割っていったシーンがありありと浮かんでいる。



お燐のことだと思って庇ってるのかと思ったが、
そもそも出会わないようにしてるのだからその線もない。
物理的に無理であることぐらいは分かっているはず。


妙だ。あの犬達に好意を持っているのか?それはないだろう。


「お空」
「ひぃっ!」(来る・・・!)

がたがたと震えて私の処分が下るのを待っている。
私が思うより圧倒的に残酷で危険な行為を。

(「そのお皿あげるわ、這いつくばって使いなさい」)


割れた皿の上に顔を押しつけられて、上から踏みつけられる。
そのまま揺すられ刺さりに刺さる。
上からかけられた水を啜らされる。実質、床に落ちて汚れた水。破片が口に刺さって血の味が口に広がってゆく。



「血が出てるじゃない」


まずそれを裏切る必要がある。
指を取る。手袋も何も使わず拾っててすっかり赤く染まってしまっている指を。

「い、いいんです、私が・・・ドジだったから・・・」(喜んでくれてるかな・・・)


喜ぶ訳が無い。
けれどそれで、喜ばれた経験がある。傷つくことを喜ばれる・・・想像が及ばない。分からない。
抉るため、と思われても分からない。何が楽しいんだ。


再開しようとした右手を離さない。破片で切れた傷がたくさん出来ている。
痛がる様子一つ見せずに拾い集めてたから近くで見るまで気付かなかった。


「お空、あなたは」
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・!」(怖いけど、いいの、これで)


言葉が遮られた。
ひたすら謝るお空にこれ以上は、耳に入らないだろう。追い詰めるだけだ。
今は少し落ち着かせて、後で箒を持ってこさせるべきだろう。




ほぐれてきているはずなのに、前のままのようなお空が表れた。





第一段階を越えるべき壁は、どうやらここにある。
そう見てほぼ間違いないだろう。





とある仮説が浮かんでいる。

先の皿を拾ったときに見られた行動、お空の中にある距離を取りたがる壁。

お空は私に隠し事をしている。間違いない。
私に知られては困ることだ。そして私はそれを知っている。
それを分かってはいるけど、論証を確保したい。
お空に論戦が出来るかはわからないけど念のため。
やるのなら念入りに。中途半端なことをすれば、再び心は閉ざされてしまう。


あらゆる情報が繋ぎ合わせされる。
浮かび上がる。想像してたより大きな、闇。






「大丈夫?」
「・・・はい」(さとり様、軽い)

ベッドの上、お空の膝に乗って、寄りかかる。ともすれば座椅子にしてるようなものだ。
体格差のせいで私がぬいぐるみみたいになっているが。

これぐらいにまで近づくことが出来た。
皿の件を負い目にしてたので、そこにつけこんだと言ってもいい気がするが。

お空の方もここまで近づかれたことはないので心臓がバクバク言っている。
粗相をしてないかと心配でしょうがない。
体は温かいが心は冷え込む、不安感。


ちらっと右横を見る。
布団にめりこんだ包帯を巻き付けた指が痛々しい。
お空は、なぜこうも自分の体を傷つけるのか、考えるだけで憚られる。


「お空は温かいわね」
「・・・ありがとうございます」(いつ、言われるのかな・・・)


不安がっている。いつ問い詰められるか。
悪い事をしたと思ってて、私に目撃されたことが決定的に引き金になった。
お燐のあの時と同じ轍を踏んではならない。必ず口をどこかで出さなきゃならないだろう。


このままの体勢で話をした。
顔を見なくて、声を伝えられる。けれど冷たい訳じゃない。
お空にとっても少し話しやすいだろう。


「不安になるのよ、たまに」

何となく、思ったことを口に出す。


「ちゃんとやれてるかって」

視線は合わせない。ただ呟いてるような感覚。
後頭部には二つの膨らみの感触。
人肌に包まれてると、口の防衛線もどうやら緩くなるようだ。



「大丈夫、だと思います」(さとり様は・・・)

お空は否定も肯定も少ない。どう言っていいのか分からないのだ。
少なくとも、これに関しては否定は無いみたいだ。

「お空は、大きいわね」
「・・・?」(何がだろう)


「色んなことよ」
「えっ・・・」(そんなこと、ない・・・)

具体的に何かを言うでもない。目に見える形だから、分かるはずだ。
それでもお空は自身を否定する。


「あなたはまだ、使いこなせてないだけ」


使い方なんかはいくらでもあるはずなのだ。
力仕事だってそうだし、高いところに手だって届くのも出来る。
私に出来ないことがお空に出来る、そんなことはたくさんある。



「ちょっと、抱いてみてもらっていい?」
「あ、はい」


お空の手が私の肩の上から生えて、引き寄せられる。
何となく、そうして欲しかった。

背中全体に柔らかさと体温が広がっていく。
凹凸が背中にぴったりと馴染んでいく。潰れた二つの感触が心地よい。
お空の息がかすかに後頭部にかかる。髪の匂いも多少嗅いでるようだ。


「さとり、様・・・」(なんか、あったかい)
「落ち着くわね」


嘘偽り無く本当の感想。
お空にも少なからず同調が生まれてるようだ。
脈動がわずかに伝わってくる。お空の体内、揺れ、心地が良い。


(それに小さくて・・・)

「ふふ」

思わず声が出てしまった。


「あっ・・・」(まずい)

やってしまった、みたいな顔。
思わず人の外見で判断してしまったことに。

「抱きやすいでしょう」

軽く流しておこう。今は、小さい体格に感謝しておこう。
それを差し引いてもお空は大きいのだが。
少しずつ居心地の良さを与えてやればいい。


(許してくれるかな)
(・・・守ってくれるの、かな)


声なき会話。
温度だけを伝えあって、少しだけ身じろいで。
もう少しだけ原初に。身体で伝え合う。



そこから数分間。

このまま眠りに落ちてもいいが、流石にまだそれは早い。
身を起こして、翻した。今夜はもう手仕舞いにしよう。



「また来て、いい?」


再会の約束。
家の中にいるからいつだって会えるけど、こうすることで特別な感じになる。
「・・・はい」






「あの・・・」(髪・・・)

別の日の夜。お風呂に入った後、お空の様子が少し変わった。


「髪、お願いしたいんです」

ブラシを抱えて迷いの目。湿り気を残したぼさぼさの髪が無秩序に跳ねている。
お許しが出た。自分で手入れすることも出来るだろう。
それでも、私にお願いしてきた。少しばかり心が開いてきてくれたようだ。

「さとり様に、なら」
「お燐の代わり?」
「い、いえ!そんなことは」

ちょっとだけ意地悪くした。
それぐらい、ようやく解けてきたのだ。
介入しても良いというその表れ。





そして、いよいよやるべき事をやる時が来た。
この状況なら大丈夫だと思っている。
第一段階、解除を始めようか。


──


今日はお空の膝に頭を乗せている。
お空の方も慣れてきた。
「いい?」と聞くと嫌がることもなく穏やかにその体勢を取ってくれる。


会話を繰り返す。何でもいいから触れる。
知って、教えて、ひたすら道を作る。お空の目の前に歩きだしてもいい道を。


「お空」
「あ、はい」

だけど少し今日は違う。
いよいよ、言わなければならない事がある。
押し溜めてきた例の一件。

「ちょっと教えてほしいことがあるのよ」
「なんです?」(・・・何だろう)



「お皿割った時の、こと」
「!」(ここで・・・!)



切り出す。

(どうしようまだ心の準備が)

びっくりしている。いつか言われることは分かっていた。
いつ罰を受けるか、今か今かと思ってはいた。
このタイミングだったのが予想外なのだ。

問い詰められるなら部屋に呼び出されて、とでも思っていたのだろう。
そしてそのまま人の目につかぬところで凶悪な、とまで続くと。


「教えてほしいのよ」

私も、測りかねていた。
情報自体はすでにあがっている。いつ切り出すか。
それが問題だった。


お空が視線を下げる。
私と目が合う。さらに下のほうへ。
目を合わせたくないのだ。今現在は、下手人と検事の関係だから。


距離を離そうと足をもぞもぞと動かす。
しかし、逃げられない。

「逃げないで」

今は私自身が重りになっているから。それを振り払う度胸はお空は持ってない。
それをすればもっと酷い目に遭うと思っている。私はする気はないが。


(・・・どうしよう)


お空は気づく。自分がすでに逃げられない状況だと。
逃がすつもりが無いのだと。本気で、怒られることを悟った。
これからされることの想像が、頭をよぎっている。
執行を待つ罪人のごとく。


「話、聞かせてほしいだけ」


ここまでやっておいてなんだが、追求という形にはしたくない。
出来る限り優しく話しかける。ここで強く出ては元に戻ってしまう。



「あなたを責める訳じゃないの」


なるべく穏やかに。
少しずつだ。高圧を少しでも感じさせてはいけない。
この体勢なら、私の顔のほうがはるかに下。
少しばかりでも気持ち的には楽にはなっているはず。
机を挟んで会話したり、立たせて会話するよりずっと。


「私、私、だけ、を・・・」

(「弁償してもらわなきゃならないわ」)
(「あなたの命何人分かしらね」)
(「その身体なら男もたいそう喜ぶでしょう」)
(「嫌ならお燐のほうにも手伝ってもらいましょう、どうせ動けないのだし」)

「違うのよ」

大きな罪悪感と、次に来る仕打ちを考えている。
売りに出される未来を浮かべているようだ。ともすれば、お燐にも被害がいくことも。
あったのだろう、前の家ではそういう風にされた光景が。


「・・・・お空、最初に言っておくけど」


寝返りを打つ。お空の寝間着の縁が目に入る。
なるべく、視線の圧力をかけないように。


「あのお皿、別に高くないのよ」
「で、でも・・・」(壊したのは・・・)


パン食べてたらおまけで貰えた程度の、それだけだ。

まあ、値段の問題じゃない。失態を犯したかどうかの問題。
でも一応、そこは伝えなければならない。
ただ変に高いものだと思い込まれてては進まない可能性がある。
もちろん、こんな情報で安心なんてしてない。「だからどうした」と言ったところ。しょうがない。





さて、まず何から聞くべきか。
変に切り込んでしまえばお空は固まってしまう。
すでに固まっている気がするけれども、まだ耳は開かれている。
一番最初の頃だったら、すでに聞く耳持ってくれなかっただろう。




私自身で無罪を証明したってダメなのだ。
ちゃんとお空自身に「自分はやってない」と認めさせなければならない。
そのうえで、きちんと理由を聞いて説明とフォローをする必要がある。


それを達成出来れば、最初の憂いは解消出来る。
人形のように塞ぎ込んでた状況を打破出来るかも知れない。



お空の顔に覚悟の色が浮かぶ。
どこから切り崩していこうか。

「指、もう大丈夫?」
「・・・は、はい」(何か、するんだ、きっと・・・)


今のお空には私の全ての行動が苦痛に直結すると考えている。
「指のことを言われた、だからそれを弄ばれる」と。
曲げて差し出してきたのはせめてもの抵抗だろう。されど震えて、危害に怯える。

「怪我、気をつけてね」

これぐらいまずは離れたところから。
あえて触れることはしないで、話題を次に移す。


「あと、掃除してくれてありがとうね」
「いえ」(私がやってるってこと、だから・・・)


破片を掃除してくれてたこと。
誉めるべきはきっちりと。
そしてやっぱり心では隠し切れてない、丸聞こえである。


「ああいうの見たらね、箒や布巾を使うの」
皿の破片は素手で触らないこと。
とりあえずそこは教えておく。これからの指南。
「これからは、そうしてね。・・・素手でなんて、掴まないで」
「・・・はい」("これから"なんて・・・)


少しだけ間を空ける。
お空に落ち着く時間を与えるために・・・もっとも緊張でそれどころではなかったようだが。



「あれ・・・誰が割ったんでしょうね」


いよいよ切り込む。あえて問いかけず呟くように。
確定はしている。だがそれは突きつけることは真意ではない。


「私、が」
「違うわ」

そう言うと分かってた、だからきっぱり否定する。


「お空」


私の近くでぐっと手に力が入っている。
強張っている。

お空がやってないことなどとっくに分かっている。
だけど、本人の口から言ってもらわねば困るのだ。
まずそれが第一歩なのだから。


(バレてる・・・、けど・・・)


嘘ついた、という罪はすでに心では認めている。
まず第一歩ではある。一つが、蔦に化せば出てくる、引きずり出せる。


「あなたを叩いてもね」

「私は犯人を見つけられるわよ」



追い詰める。横目で見上げたお空の顔に広がる黒い絶望。
私という存在が恐怖、そう言っている。
分かっている。どう足掻いてもそうなってしまう、だからこそ注意深く。
それでいて、追い詰めすぎず厳しくしすぎず。


(だから、その人には・・・)


「知り合いなの?」
「・・・」(違う・・・知らない人)


念のため聞いてみたが、やっぱり「違う」との答え。
お空が見知ってる人ではない。記憶にもない。
それを本人は認めようとはしてない。あくまでも「知り合いだから庇う」と思い込ませておきたいようだ。


お空がひとえに庇うのは、私が過酷な罰を与えると思ってるから。
お燐だったら話は分かる。だが、


「色々なところであなたの目撃証言があるのよ」


八件中七件。それらほとんどにお空が出没している。
そしてそれは漏れなく「後から来た」と証言もある。
何も言うことなく、来てすぐさま片づけの手伝いを始めた、と。


「そうです・・・」(地下でも一つあったんだ・・・)


それら全ても「自分のせい」だと心で言った。
つまり、お空は赤の他人ですらもいま庇っている。



親友がそれを受けるのを庇おうとするのは分かる。
だが何故そうでなくとも庇う?
お空にとって得することなど、一つも無いはずなのに。
それもごく普通に。


「・・・どうして、あなたは?」

庇ったのか。こうも庇い続けるのか。


切り出すタイミングというのがある、もう少しだ、もう少しなのだ。


「私、が・・・」(みんなが喜んでくれるから)


お空が袋小路に入っていく。論が詰まる。
頭の中でひたすら考えて、だけどそれでも浮かばない。
表に出せない、言葉が出てこない。



「私が・・・」
(私が一番遅いから)
(喜んでくれるには、これしかないから)



お空はまだまだ黙秘を貫く。俯いて黙ったまま。
されど飛び込んできただだ漏れの思考の塊。


「毎日失敗していた」
「怪我なんて放っておけばいい」
「十点中三点と一点の食い違い」
「赤の他人の庇護」
「喜んでくれるには、これしかない」


数多くの不条理。問題点。
推理で出来た仮説のピース、最後の一つがかちりとはまる。

繋がる。全てが私の一本の仮説を裏付けていく。




「ねえお空、あなたは・・・」



お空の膝からおもむろに頭を上げる。
体を反転させてお空へと向き合う。
これは目の前で言わなきゃダメなことだ。
対等で、主としてではなく、きちんとした人と人として。

「やめて、やめてください・・・」(知られちゃダメ・・・)

お空は無我夢中で首を振る。私の第三の目に視界が行っている。何となく察してしまったようだ。
それを言われることを耳に入れないかのように。
真実を突きつけられることを、拒んでいる。
バサバサと髪がざわめく音が響く。

肩を両手で掴む。耳を閉ざすことはさせない。
固定して目の前に、突きつけるように。

「そうやって」


お空が抱えてきた大きな闇。
それを告げること、告げられることの辛さ。それが分かるから、しっかり言わなければならない。
ひどく不条理だった。その不条理の中にお空は自分自身を置いていた。






「昔から"みんな"の罪を被ってきた?」





お空の顔に動揺が走る。
秘密がばれた子供のように。
それこそ、高価だと言われ続けた皿でも割ったかのように。




(何で、さとり様、知って・・・)


涙を浮かべた顔のまま固まったお空に、続ける。


「前の家からそうだったんでしょう」
「ち、ちがっ・・・」(何でそんなとこまで)


"みんな"というのは、前の家にいた同じ立場の人達。すなわち二人が8番と9番だから、7人以上。
大きい番号もきっとあるだろうから、それ以上だろう。


私は今までずっとその"みんな"を地霊殿のみんなだと思っていた。
だから、理由が不透明だった。
けれどやりとりしてみてここでやっと分かった。お空にとっては今に始まったことじゃないのだ。



それほどではないのに「毎日のように失敗していた」のは
何かしら押しつけられてきたから。
そして、お燐はそれを知らない。けど、ある日から増えたとは言っていた。


「怪我なんて放っておけばいい」というのは
自分の身体が傷つけられるために存在していると思っているものだから。


"みんな"が食事を分けてくれたこと・・・あれは贖罪だったのだ。
罪を被り折檻を受けたお空に対しての謝礼。
誰かだけじゃなく、そこにいた全員がおそらくお空に肩代わりさせた事があるのだ。お燐は除外するとして。
あくまで想像だ。だが、限りなく真実だと思っている。




「違い、ます・・・違う・・・」(私が叩かれれば皆の役に立てるから)


言葉で嘘をつく。けれど、心は隠せない。本当だと言っている。


「自分が殴られれば、解決する」とすでに何十度と経験してきているのだ。
主からすれば十把一絡げで、誰が本当の犯人かなんて構わないのだろう、理由が欲しいだけで。
それをお空は・・・自ら名乗り出ていた。
その理由が、


「お空」


第三の目を軽く持つ。「嘘はつかないで」とのメッセージ。
このままだとまた何かを否定する。だから、その道を先んじて塞ぐ。
逃がさないように。吐き出させるために、奥底にあるものを。


名乗り出ていた理由、それを私は今ここで白日にしなければならない。
自分自身を隠し続ければお空の本当の性格は決して表に出てこない。
そしてそれを出さなければ、治療は始まらない。
私自身から表に出すこと、自分から出してもらうことで無意味だと教えなければならない。

「・・・っ!」(来る・・・絶対、怒らせてる・・・)

お空の視点が光を灯さなくなりつつある。これ以上に追い詰めればどこかへいってしまう。
どこが境界線か、一枚板が揺り動く。

(追い出される、殺される・・・一緒に、いれなくなる)



十分進みきった。
この追い詰める路線では、これ以上進めちゃダメだ。


「分かる。分かるの」




「あなたが私を怖がっていること」
(怖がってる・・・さとり様を)


もう少し、別方向から攻めなきゃならない。


まだ私が怖いから。だから、否定し続ける。
強烈な恐怖を与えると思っているから、厳罰があると思ってるから。
お空はここまで否定しているのだ。


「あなたが前の主からすごくいじめられたこと」


お燐だってそうだ、お空だってそうだ。
中でもお空は鈍かったから、相当に苦痛を味わされた。
好きなように抓られて、切り刻まれて、友人まで手にかけさせられて。


「本当は、家をもっと歩きたいって思ってる」


本当に嫌っているなら何かしら反応がある。でも、人のことを庇っていたのだ。
家に興味を抱いてくれてるのだ。起きた問題を自分の身一つでどうにか収めようとしてこうしてるのだ。


「食事だって、まだ足りてないって思ってる」

お燐からも何度か聞いた。
お代わりだって、してない。欲張ってはダメだと止めてしまっている。
気を使って、夜中に持っていってるのも読めている。



(私の、やりたいこと・・・)


お空の中にある欲求を全て挙げていく。
ああしたい、こうしたい、それらを全て。
本人が出せてない分、全部を代わりに。

(叶えて・・・)

涙が、出てくる。
食事の光景、散歩の光景、誰かと話す光景、布団で眠る光景、色んな事を想像している。
お空自体が叶えたかったことが、今浮かんでいる。


(叶えたかった・・・でも、もうダメなんだ)


追い出される、殺されることに覚悟を決めたから、お空は諦めの心情を心に浮かべた。


「違うわよ」

けれど、違う。「叶えたかった」とそう思ったことが大事だ。
お空の中に欲が、今生まれた。ふさぎこんで人形になってたものに、吹き込まれた。


隣に並ぶ。ひっついて、目を合わせずされどきちんと温もりを伝える。


「手伝い、させて」
「・・・え?」

「あなたの色々なこと、叶えさせてあげたい」

「私を・・・?」(私なんかを?)
「ええ」
「でも、私・・・」(ここにいられないんじゃ・・・)


「そんな訳無いじゃない」

もっと、ひっつく。
お空の領域に入っていくように。


「むしろ私は、あなたに出ていかれないか不安」

トンと胸に手を置く。震えと心臓の高鳴りが伝わってくる。

「こんなに怯えさせてしまってる」
「あなた達を安心させてあげたいのに」


「そんな、こと」


じっと、目を見上げる。
何かを求心する意図を持っている。もう少し、求心させる。



「・・・そんなこと」(あれ?)




ふとした瞬間に悩みが生じる。
気付いてくれた。


私の泣き言に否定した。なんでその否定の言葉が出てきたのかを、考えている。
口は出さない、しばらくお空に考えさせる。誘導してはダメだ。
しっかりと「自分で考えた」と思ってもらわないと。


長い沈黙。


「・・・あ」(やっぱり、そうなんだ)


結論が出たようだ。






もう少しだけ、黙り込んだ。

「あの・・・」(さとり様は・・・)

自分を吐き出すことに戸惑っている。初めての体験なのだから。
肩に頭を乗せる、話しやすいように。
小さい声でもきちんと耳に入りやすいようにだ。

自分が目の前の私に対して今どう思っているのか。
そこから何を伝えるべきか。
必死で考えて、必死で何を言おうかと悩んでいる。自分の頭で。




「ごめんな、さい・・・・」(怒られない、かな。大丈夫かな)




今までと違う、謝罪の言葉。万感の思いの詰まった一言。
騙していたことや恐怖を抱いてたこと。開かれた心の扉。
それら全てを含んだ、大きなお詫びの言葉だった。


「私、色んなこと・・・、隠してた」
「ええ」

やっと、顔を出してくれた。
お空が纏っていた警戒心と厭世感で作られた身を守るための防衛機構、それをようやく引き剥がせた。


「全部、知ってて・・・?」(無駄だったんだ 私のやってきたこと)
「ええ」


お空に張っていた全部の気が、抜けていく。
私に全てがばれてる以上、もう隠し通す意味はないと理解したようだ。



見た目よりはるかに小さい子がここにいる。
何も言わずぎゅっと抱きしめる。
お空は今、不安だ。だから、こうして伝えてあげる。
目を閉じて、それを受け入れている。



時間にすれば、二十秒程度。
一息か二息ついた後。



「話して・・・くれる?」



お空に、求めた。
今まで抱えてきた全てを開いてくれるかどうかを。

指と指を絡めながら少しだけ気を紛らわした後、
少し躊躇いがちにお空は口を開く。
どんなに損を背負っても、自分が名乗り出た理由。


「私、が・・・」



「私が一番悪い子だったから・・・」




絞り出すように出た一言。
「悪い子」という言葉を、ことさら強調している。
風穴が、今開いた。涙腺が崩れてその目から感情があふれ出してきている。



(仕事が一番遅かった)
(色んな人を手伝わせちゃった)


「みんなが、喜んでくれてたから・・・」



お空は・・・家事が出来なかった。出来ても、遅かった。

それで何度も"みんな"に迷惑をかけていた。
ろくでもない環境の中では、それが大きな重圧になっていく。
萎縮する、怯える、出来なくなる、悪循環。


「嬉しかった・・・」


その折、劣等生だった自分に光明が差した。
何がきっかけか、お空は覚えていない。

けれど、自分が誰かの罰を代わりに受けること。
それで大きく感謝された。

何も出来なかった自分が、そこで初めて役に立った。
「身代わりになる」ということ。
お空は、そこに見出した。血にまみれた自分への誉れの心。



遅いだの、仕事が出来ないだの、問題を繰り返し引き起こしてしまって、
すでに家事という括りでの自分自身の存在意義はそこに無かったのだ。


けれど、一つだけ誇れた。自分の体の丈夫さ。
いや・・・正確には丈夫だからと言って痛みが無い訳じゃない。だが、そう思うしか無かった。
頑丈だと思うことで、ただ痛みを必死にこらえた。



「だから、私が・・・」(喜んでくれるなら、それで良かった)


しゃくり上げる。
背負った、背負わされた、色々あるけれど、お空はとにかく身代わりになっていた。
それで、辛くないはずがない。理不尽に痛めつけられて擦り切れないはずがない。



「少しずつ、少しずつでいいの」



偶然と言ってもいいが、それで親友の命を助けることが出来た。
そこから自分の意義を見出した。どんなに磨耗しても「身代わり」として生きると。




「私が悪いの、何も出来ない私が・・・」
「悪い子として、生きている私が・・・」



「悪い子」だと自分を何度も連呼する。
そうやって、根付いてしまったのだ。身代わりとして使われていくために。
有能だと困るから。自分にそれ以外の価値があると思ってしまうから。



私は・・・困った。その状況でも私は"みんな"を憎むことが出来ない。
受ける折檻の苛烈さは伝わっている。それを避けるためにどことも知らぬ他人が受けるのなら、と。
褒められたことではない、けれど憎悪も向けられない。
全てはあの環境と、あの環境を作った奴が悪いのだ。



けど、だからと言ってお空に被せていいわけはない。
それによって苦痛を、何十倍も受け取ってしまったのだから。





気になる点がある。


「・・・お燐の、ことは?」



「あなた達が連帯責任だった、ってこと、知ってる」


二人は連帯責任、つまり、お空が背負ってきたとしたら、それはすなわちお燐も請け負ったということになる。
お互いに同意の上だったのだろうか。きっと、それは無いはずだ。
そうだったらお燐がまずそう言っている。


「そしたら、なぜ、あなたは」


「・・・!」(そこまで・・・)


また一つ図星を突かれた顔になる。
どうやらこれも隠し事の一つだったようだ。
そして・・・自分が庇ってたことよりはるかに深刻な顔が浮かんでいる。



「・・・・・・戻れなかった」



心底から搾り出された第一声。
本当に悔やんでいる、後悔に塗れている。



「最初は、私一人だったん、です」(私だけだったから、よかった)


罪を背負ってたのは、ということだ。
今までずっと、自分だけが罰を受けててそれで成り立っていた。・・・最悪の成り立ち方だが。
傷ついて帰ってきても、何も言わず慰めてくれて、それで十分だった。


「でも・・・お燐が巻き込まれるようになった」(私が、口を出した日から・・・)



「お燐がミスした」というあの日から。

お空は親友の命を庇うことが出来た。命からがらな目にあったけれども、どうにか二人は助かった。
最大の功績を得ることが出来た。




けれど、その後から二人は一組で扱われることになった。
「一つの命を共有する」 そのような論法で、功績も罰則も全てが一つとして扱われるようになった。
そして、お空にとってはこれが大問題になった。
自分の背負った罪がそのままお燐にも適用されてしまうから。



「「私のせい」だから・・・ずっと、ずっと・・・」


お空はすでにどうしようもなかった。
最初は優しさからだった。
"みんな"が困っているのを見て、自分一人受ければそれでいいと思っていた。
それで喜んでくれるならどんな傷を負おうが構わなかった。


それが、お燐を巻き込むようになった。
最高の仕事をしたことが最悪の結果を招いた。


罪は溜まっていく。どこにも出せない。
お燐にはどうしようもない隠し事、増えていく。周りに断れない、重なっていく。
言えない。言ったところで、きっとどうすることも出来ない。
今更どうしようもなくて、戻れなくて、お空は抱え込んだ。
そして壊れて逃げ出した。心の奥底へ。痛めつけられる自分の身体を見ながら。



「ひどいこと、した・・ずっと、ずっと・・・っ!」

お空の顔を寄せて、胸に留めた。
この子を放っておけない。こんなに優しい子を、孤独にさせてなんておけない。


「・・・悪い子なんかじゃ、ない」
「誰よりあなたはいい子じゃない」

「違う・・・違う」(いい子なんかじゃない)


これ以上に、かける言葉が見つからない。
ありとあらゆる不条理を背負わされたこの子の・・・
お空の症状は、私が思う以上にはるかに重い。




「うっ、ううっ、うく・・」


お空はたくさん泣いた。たくさんの感情を流していった、今まで人形だった分をたくさん。

泣き止むまで、ずっと側にいた。くっついててあげていた。
背中を二度三度軽く叩く。辛くて辛くてしょうがなかったお空に唯一出来ることだった。
全部出していい、まだまだ、お空にはその必要がある。



やがて、顔が引いて離れていく。
赤くて腫れ上がった目が私を見る。ちょっとだけ、顔に自然さが出てきている。
感情が染み渡っていったかのように。


「すっきりした?」
「・・・うん」

感謝の笑みが薄く浮かぶ。
お空の頬を片手でなぞって、涙の跡を拭う。


「お空」



「あなたはあなたが思う以上に、色んなこと出来てるわよ」

私の素直な感想。
前の家でどうだったかは見てきてないから分からない。けど、地霊殿に来てからのお空の話だ。


「お燐のことに対してはすごく頑張ってた」
「動物達だって、みんな悪くなんて思ってない」


お空が思うほど、活動してないわけじゃないのだ。
それを本人が認めていない。ただそれだけで。



目線を合わせる。


「でも、まだ・・・」
「そうね」

さすがに、頑固とした思考は簡単には取り除けない。
長年付き合わされた思想なんて、こんな一言二言で変わる訳はない。
それはしょうがない。


「確かに、まだあなたは不器用よ」

少しだけ固まった。
「やっぱり」って心の中で思って、それでもどこかにショックを受けて。


「だから、あなたを育てさせて」
「・・・え?」(育てる?)


瞳が小さくなった。
何を言ってるのか理解出来ない、そんな様相を見せる。


「そうよ、色々不器用でまだ見ていられない」
「だけど、まだ出来なくていい。これからたくさん覚えていけばいい」
「私があなたに全部教える」
「あなたが自分を"悪い子"だって言うんなら、私がそうでなくする」

片手を差し出す。最初に動物を拾い上げる時と同じような仕草。
「私が導く」とそう伝える。
自分がダメだ、って思ってるならやる事は一つ。強くなっていくしかない。学んでいくしかない。



「私に、出来る・・・かな」
「私は信用する」


自分が信じられないと言うのなら、私そのものがまず信用してあげることだ。
信用は自分の中だけでは湧いてこない、相手がいて初めて出来上がる。


「約束、してくれる?」




悩む。ひたすら。
自分に出来るか、応えられるか。
踏み出せるか、大丈夫か。
思考はグルグル回っていく、戻って進んで行っては戻る。

(約束、私、出来るかな・・・)

最後に、私の顔を見た。
自分の中に結論が出せないのなら他人を参考にしよう、と。
そして私は「信用する」と言った。だったら




「うん・・・しま、す。・・・する」




お空は、私の手をとってそう言ってくれた。



手を少し強めに握る、お空もそれに応えて強く握る。
繋ぐ鎖だ。これからの契約と約束を表す鎖。


「どうしたい?」
「えっと・・・」(私の、やるべきことは)


お空の胸に一つの目標が宿された。
しっかりと、口に出すようにして確かめさせる。



「・・・お燐に謝りたい」



巻き込んだことを。一番の親友にしていた隠し事。
そのことを真っ先に謝りたい、そう言った。


「でも」


「まだ私、並べない。お燐と」(今まだ、落ち着かない)


それでも次には首を振った。
自分はまだ情けない、自分はまだ遠い。
親友というにはあまりに世話になりすぎた。まだ自分は小さい。
全部不器用だから、と。

「落ち着かない」以外にもう一つ感じている。
だが、それを今言う必要は、きっと無い。




「さとり様」

私のほうを見据える。
これからは主従、というよりは師弟関係。

「もっと、色んなこと覚えて・・・」



お空の目標。
これから何をすべきか、何をしたいかと。
はっきりと形になって表れた。



「お燐を驚かせたい」




──




「あたいの時も・・・やっぱり押し付けられて、って思ってやったのかな・・・」





言葉を漏らす。


お燐にとっては特別な思い出。
それが、もしかしたらお空にとってはごくごく普通であって
押し付けられたからではないか、と考えてのそんな、ショック。



「それは・・・違うわ」


そっと遮り言葉を千切る。口に出せば心は沈む。
フォローしておかなければなるまい。
特別なことだったのか、普通なことだったのか。
真実を知るにはお空が直接言うしかないのであるが、特別であると言える根拠はある。



「一つは「明確に命を張った」ということ」


お燐の言葉を辿れば"死"はほぼ確定してるということ。
それに志願する、なんてことは出来ない。
お空は積極的に死にたがっているわけでもない。
それでもなお申し出たのはやはりお燐が大事だったからだろう。


「一つは「お空にとって特別でなくたって、あなたにとって特別だ」ってこと
 少なくともそれで、あなたは心が動かされたし、今も一緒にいるんでしょ?」


"何でもいいや"と申し出たとしても、それでお燐は助かったのだし
付き合いは今でもなお行われてる。だったら、少なくともどうあれ関係はない。
ちょっとした親切心でも受けた側はいたく感動した、なんてよくある話。


「もう一つは・・・私は覚よ。
 お空があなたのことどう思ってるか、なんて丸聞こえなの」


私や他の動物の前では抜け殻のようでもお燐の前では心が入ってるのだ。
対応が違ってるなんて正直誰だって分かる。若干の方便だ。



「お空にとっても特別な思いだったはずよ。
 だから・・・今まで通りでいてあげて」

「・・・はい」


思い直して、お燐に笑顔が戻った。


こちらのほうだって不安なのだ。
私をいかに信頼していても、自分に手が出せない辛さをひしひしと痛感している。
お燐からじゃ、ダメなのだ。それ以外の人からやらなければ。


───


天蓋を見る。

とりあえず長かった。
ようやくお空を表に出すことが出来た。



だが、ここまでやってようやくスタートラインなのだ。



まだまるっきり解決なんかしてないのである。

今ようやく「流血を止めた」程度な感覚なのだ。
「傷を塞ぐ」までに至ってないような気がしてならない。



とりあえず蓋は開いた。
ここから先はひたすらアクを取る作業だ。それがまあ、大変なのであるが。






「さあ、頑張ろう!」
大きな声が響き渡る。



お空は屋敷を歩くようになった。


吹っ切れたようだ。私に対して庇っても無駄だから、と。
それに、自分が頑張っても暴力に晒されない、誰かの犠牲になることがないと分かったのも大きいだろう。

部屋にじっとしていることは少なくなり、性格も多少明るくなった。
食事には遅れてもちゃんと入ってきた。


まだ心を開ききってはいない。だが、私にもようやくお燐みたいに接してくれるようになった。
少なくとも抜け殻のようにはならなくなった。


「さあ、ご命令を!」



なんだこれは。
ほんの少し前までと同一人物だとは思えない変貌だった。
お燐に近づく目標を見つけたことが、お空の原動力として動き始めたのも大きいだろう。






その日から一週間。


というわけで私は今、お空に勉強を教えている。ごく基本的なものだが。
1~9までは知ってるようだが2桁になると途端にパニックになるほどだ。
国語に至ってはまず「は」と「ほ」の違いから教えるレベルだった。


「あなたは何も出来ないんじゃないわ、何もさせてもらえなかったの」


烙印を押されて、仕事も任せられず
そうこうしている内に差がついて、それに疎外感を抱くようになってきて、
自分が何も出来ないように思わされていく。
そうして出来上がるのは、人形。無気力な生きてるだけの存在。

「だから、これからきちんと教えていくわ」
「うん・・・ありがとう」

認められることが、きっと嬉しいのだろう。
少しだけ笑えるようになって、その顔で私を見てくれる。




家の仕事も当然させる。


配膳をやらせてみる。必要な分を必要な箇所に置いていくだけ。
やる事は単純だけど食べ物の乗った皿は、少しずつ筋力に負担をかける。
まあお空はそのへんは、さして苦には感じてないようだが。

「そう、うまく出来てる」
「ありがとうございます」(良かったあ)

きちんと褒める。嬉しそうに、こっちを見てくれる。
子供のような、純粋で何も含んでない笑顔。




「最近、よく頑張るようになってきたわね」
「うん、えっとね、さとり様が喜んでくれるから」


素直でいい子である。

だが、出来る事ならそれは自分の喜びにしてほしいのだ。
今はそれでもいいが、この状態だと「私がいなくなったらしない」ということにもなってしまう。
自分が成長して、もっと良くなりたいと思って初めて成功になるのである。

「もっとね、うまくなりたいし、役に立ちたい」

苦手だった家事や手伝いも少しずつ、本当に少しずつだが出来るようになってきた。
もともと「駄目」というイメージを押しつけられてきただけなのだ。
そこを拭ってやれば、少しずつ育っていく。

元々、エネルギーに満ち溢れてた子だ。
単にそれに蓋をされていただけで。強引にこじ開けて、今ようやくここに至ったのだ。





一抹の不安が通る。


お燐と同じ軌道に乗せたはずなのに、
なんだこの奇妙な違和感は。
お燐にはあったのに、お空には何かがすっぽり抜けているようなそんな感覚。

私は、気づいてなかったのだ。







「お空」

部屋の電気は再び暗く。

夜の会合はまだまだ続く。
日中、元気に活動してたお空も流石に夜はしっとり気味だ。

「ほら、おいで」
「はい」

大きな身体が私の下にある。
長くて黒い髪がばさりとベッドに広がっていく。
お空はようやく膝枕を受け入れてくれた。
下から見上げてくれてるお空の顔はぱっと明るくまだまだ子供っぽさがある。


お燐の時のように身体で繋がるなんてことは早急には出来ない。
この子の心はまだ不安定だ。問題が違えば解法は違う。

お燐はプラスに歩き出せる。だから現状維持でもいい
だがお空は大きなマイナスなのだ。現状維持では通らない。薬がいる。
薬には時期がある。急いてはいけない。


「ここにいる子達はね みんな嫌われた子達なの」


私も含めて。
色んなところから爪弾きにされて、私やこいしが拾い上げた。
時に自分からやってくるようなこともあった。


「母親みたいになりたいの、そういうのを守る存在」
「ハハオヤ、って?」


お空になんとなく、教えた言葉。
動物達から学んだ。「母性」という感覚。


人間達の作った本曰く、それは女でありながら男を尻で敷けるほど強く
子供を守るためであるなら鬼のように強さを増す、という。
確かに、子供を産んだ動物達は一様にその「母性」を感じている。
子供に対しては身を溶かすほど優しくして、危機だと思えば時には私にさえも立ち向かう。



「私も母親というのを知らないけど」


妹はいる。確かに妹に対しては特別な感覚がある。
「母性」というのはこの感情と似て非なるのだろうか、それは今もって分からない。
ペット達にかける感情と、お燐やお空にかける感情は同じで良いのだろうか。


「私は・・・何したらいいですか?」
「そうね、もっと甘えてほしいかしらね」


あなたにも守ってあげられる存在がいる、そう思ってほしいのだ。
もっと頼ってほしい。

お空に必要なのはそれだ。無条件に人に許されるような感覚。
今までそのような立ち位置だったのはお燐だったが、同じ立場である以上、母性という言葉とは多少違う。
上である私が、それを与えるべきなのだ。



「姿形で言うなら、あなたが近いのだけど」

大きな胸からミルクを与えて、細い腕でも子供一人を抱えるぐらいの力。
お空の体つきは、本で見たそれに近い。


「私がハハオヤになればいいの?」
「いえ、そういうことじゃないわ」
「でも私、子供産んだこと無いよ?」
「産んだかそうかじゃないわ」

「人を守ろうとしたことよ」


──


「大丈夫?」
「大丈夫ですよ、これぐらい」


今日もまたお空に絆創膏を貼り付ける。
腕に擦り傷、足に火傷、腹部に痣。
全て軽度だけど毎日これをやられると流石に心配にもなる。



聞いた話によると、あちこちに勝負を挑んでいるらしい。
地霊殿の内外問わず。
今日もまた同じ地獄烏と勝負して倒してきたと話してきた。


「早く強くなりたいんです」(さとり様を守るために)
「それはいいんだけど」


身体を鍛えてるそれ自体は別にいい、が。
お空はまだ街に出ないので、主に動物達と地霊殿に訪れた来客を相手にしてる。
問題なのは、訪れた来客・・・すなわち鬼とも戦っている。

「あまり無茶しないでね」

立ち向かっては一蹴されてまた立ち向かっていって、何度も何度も立ち向かっているようだ。
あまりにしつこすぎてとうとう私に話がきたぐらいだ。
手加減してると言ったって何度も積み重なれば必然で体も傷み始める。



「言ったでしょう。あなた自身の身体を大事にして、って」

頑丈さが取り柄だという自負はあっても、だ。
それを磨耗させてしまっては、いざという時に疲れ果てていては元も子もない。


「他人事だとは、思ってないのよ」
「・・・ごめんなさい」(さとりさま、怒らせちゃったな・・・)
「そうじゃないわ」


前向きなのはいい。
だがそれが過ぎるのも困り者ではある。
塞ぎこむよりははるかにいい、とは一応思っているが。

「・・・しっかり休んで、効率を上げるのも仕事の一つよ」
「はい・・・」(でも・・・私は)



一つの思念。


救急箱をしまいながら、私は気が気でなかった。


身を粉にして打ち込んでた理由。それは私のためでもあった。お燐に追いつくためでもあった。
取り戻そうともしている、成長しようともしている。

だがこれは半ば暴走に近い。
動かし方を覚えてきても、適切に止める方法を知らないのだ。




そして、それ以上の理由があった。

読んでしまった。私は初めて『本意』を知ってしまった。

訂正しなければならない。
万が一、私がここからお空に止め方を教えたとしても・・・それをしないだろう。





「私の身体なんか 壊れればいい」なんて考えてたら。




──


「あの、「ご奉仕」っての、したいです」


夜、ベッドの上で珍しく迫ってくるなと思ったら突然切り出された。
言葉そのものであれば手伝ってる現状がすでに奉仕ではあるが、

「お手伝いなら十分してもらってるけれど」
「んっと、そうじゃなくて・・・」


まあそういうことではなく要するに性的なことだ。
どういう風の吹き回しかはこれから尋ねるが。



「さとり様にね、喜んでほしいの」(さとり様ともっと一緒にいたい)

その言葉のお礼に、わしゃわしゃ頭を撫でる。

「こうして身体を貸してくれるだけでも立派な奉仕よ」

別に裸になるだけが夜伽ってものでもない。
こうして話してるだけでも立派な勤めだ。
お燐の頃からそのスタンスで来ている。

「うー・・・」

(何でもいいから、教わりたい・・・)
(さとり様と一緒にいたい)
(夜も、ずっといられるから)


私といる時間を長くしたくて、その方法として選んだようだ。
話し込んだりベッドに入ったりするとどうしても寝てしまうから。
せめて一晩、体を動かせるようなものを、と。方法として良いかは疑問に残るが。




ただ、悩んでいる。これを受け入れるべきかどうか。

「教えるのはいいわ」


正直、この展開はもう少し尚早だ。今のままでは危険なのだ。


「でもあなたが心配」

「あなたの心に」
「い、一生懸命やるからっ!」


言葉がさえぎられた。お空にしては珍しい発露だった。
強い目力でもって迫ってくる


「お願いします・・・!」


両手をついて、頭まで下げられてしまった。
お空はどうもここを譲る気はないようだ。
ここで強引につっぱねてもきっと禍根が残ってしまう。


お空自身はもう少し明るくなって役に立ちたいと思っている。
積極的になったのはいいことだ。
だが、それは両刃の剣なのだ。かえって傷口を開くはめになるかも知れない。


将棋の数手先を読むように、あらゆる未来を考え巡る。
もう少し先にしたかったのだが、同時進行するしかない。
出すなら早い内か、もしくはもう少し遅くか、それは誰にも分からないのだから。




「ゆっくりに、しなさい」



互いに服を脱ぐ。

人前で裸になることにどうやらあまり羞恥の心は無いようだ。
単に精神面が未熟なだけなのか、どこかで壊れてしまっているのか
それは分からない。
お風呂の時の一件で、どちらかというのは何となく想像出来てしまうけど。


お空は一足先に一糸まとわず脱ぎ捨てて、ベッドの下に降りた。

「それではご奉仕させていただきます、さとり様」

そして、跪いて頭を垂れる。
最初の人形みたいな形式ぶった仕草ではない。
きちんと活動的で、自分から仕えることを訴えるようなそんな格好だった。


「それはしなくていいの、その代わり・・・」

で、教えたはずなのだが、やっぱり覚えてなかった。
四度目と言うのも億劫なので何も言わないことにする。
今一度忠告する。ベッドの上で、と。おそらく、聞いてはくれると思う。



私の上に四つん這いの状態。
お空の身体は私よりはるかに大きい。子供と大人とまではいかないが、上に乗られるとそのまま覆われてしまう。

「・・・先に言っておくけれど」

これだけは伝えておかなければならない。

「辛くなったら言ってね、絶対に。隠し通そうなんて思わないで」
「へ?」(どういうことなんだろ)

お空本人はまだ気付いてない。
多少に改善したとは言えどまだ危険なのだ。



「そうね、じゃあまず・・・」

指先で唇をなぞる。キスの要請。
お空の黒い髪をかきわけて頭の後ろに手を回す。
距離が近づく。
お空もいつの間にか私の身体に手を回していた。


「んくっ・・・」


熱情的だった。

ひたすらに、私の口の中をお空の舌が攻めて回る。
居場所を、拓いていくかのように。
押されている、お空の動きに、私が。お空の舌の裏を舌でなぞりつける。
目を閉じ幼げな顔したお空の顔が刻むように動いている。
私の中を100%制圧するかのような、一生懸命な舌使い。


少しの間の後、離れていく。
お空は右下へと顔を向けて息を逃す。


「私のことも、受け入れなさい」
「はい・・・」(怒られた・・・)


頬を撫でてちょっとだけ叱咤。
情熱的なのは嬉しいが、攻められっぱなしだった。


「怒った訳じゃあないわ、ちょっと驚いただけ」

嫌な顔は浮かべてない、が念のためそう言っておいた。
濡れた唇を親指でなぞってゆく。ちょっとしたお返し。

「あっ、ふ・・・」


ぽ、と目が蕩ける。
その隙を縫って、目の前にある特大の胸をそっと撫で付ける。
お空の目に入らないように、ひっそりと。


「あっ、あの、私がしますからっ」(びっくりした)


指先が触れた瞬間、ぱっと身を離して慌てふためき手で覆う。
奉仕したがってる言葉を伝える。その裏にある感情から逃げるように。




曇り空が湧き上がる。

「お空」



これは、試しだ。

膝立ちになるよう命を出す。「奉仕の一つ」と関連付けながら。
そして、手を後ろに回させる。抵抗出来ないようにする。


「ど、どうぞ、さとり、さま」(せめて、痛く・・・)


張り詰めたような胸、緩急の激しいライン。
それらが隠されることなく私の前に据えられている。
普通だったらこのまま数多に責めたりもするだろう。けれど、


「「痛く」で、いいの?」
「はい・・・強く、されたい、です」(気持ちいいこと、だって思えるから)


お空の全てが震えている。そして、痛みが来ることを待っている。
そしてそれを本人は望んでいない。


「・・・嫌な気分、だったりしない?」


おかしい。
起こりうるはずなのだ、何かしらが。
判断が難しい。藪をつついて鬼が出るか蛇が出るか。



私の見立てじゃ痛みのほうに恐怖があると思っていた。
だが、今のお空が避けているのは快感。
痛みを与えられるほうがマシ、そう考えている。


「痛くで、いいんです・・・!」


必死の訴えだった。
気を逸らしたいからとかじゃない。適度な刺激を拒んでいる、だからそれを超えた刺激を求めている。
泣いている。心の中で大いに震えている。
お空から溢れ出していた。感情が。その感情がなんなのか、まだ分からない。
息が詰まる。私としても、どこまでやればいいのか判断出来ない。


間違いなく考えられるのは・・・
薄皮一枚の先に眠っているものがある。確かめなきゃいけない。
やってみるしか、ない。烏の中に入れなければ得るものは得られない。


曝け出したお空に手を伸ばす。

(痛い、身体、怖い・・・!)



太腿の付け根、少しの湿りのある入り口を指で擦る。
先が触れたその刹那だけ、お空の身体が揺れる。

「や・・・っ・・・!」


ぐにぐにと秘部の外口の肉をつまむ。あくまでも少しずつ柔らかく。
望まれた通りの「痛く」ではなく、それなりでしかない程度の刺激を与えてみる。


「やめ、て・・・」(気持ちいいの、怖い・・・)


自分の望んだ刺激が来なかったお空が否定の言葉を口にする。
恥ずかしいのではない、本気だ。本気で嫌がっている。


「痛く、してっ、さとりさま・・・っ!」(やだ・・・!)
「お空」



思わず肩に腕を回した。これ以上、せめぎあえぐお空は見たくない。



「やめて、おきましょう」
「え・・・」


苦悶と戦ってなお、奉仕しようとすることは嬉しいが、これ以上は身につまされる。
鼓動が恐ろしく早い。それに、抱いてみて分かる、汗がひどく冷たい。

「あなたが怖がることはしたくない」
「ごめんなさい・・・っ、分からない、怖い・・・!」



空いた手で黒髪を梳いていく。
本音がようやく出てきてくれた、かすかに震えてもきている。


お空の頭の中に、ちらつく影があるのだ。とても大きな黒い影。
快感を得たいお空を奈落へ突き落とすほど手酷い感情。
差し置くことが出来ない、それほど強力な。
気持ちよくなろうとした瞬間によぎっている。


それを見てなお続けることなど出来ない。私はそれほど、外道にはなれない。




涙で潰れたシーツがある。


「ごめんなさい、ごめんなさい・・・」(役に立ちたかった・・・)


お空は隣でひたすら謝っていた。
再び襲いかかってきた恐怖と、夜伽を遂げられなかった自分への不甲斐なさ。
抱きしめて、頭を撫でて、そっと横に携えた。
きっと今は慰めの言葉は逆効果だ。温もりで伝えなければ心に温度は入らない。



お空は以降も続けてくれと望んでたが、あの状態では私の気が気でない。
最初から気が気でなかったといえば嘘ではないが。


「罰とか・・必ず、受けますから」
「まだ・・・」


いや、やめておこう。
「そんなことを」なんて責めてはならない。
とっさに出てきてしまっただけなのだ。

「怖がるあなたを、責める趣味はないわ」

涙をしっかりと拭っていく。
お空の心にある傷口を見るためにやった行為だったが・・・これは、かなり深い。
容易く終わる代物だとは思えない。



「何が見えた?」



「落ち着いて、ゆっくり思い返してみて」


リラックスの体勢を取らせる。
今、聞き出したほうがいい。お空の記憶が鮮明な内に。
「後でやろう」は通用しない。


今、目の前にようやく問題文が現れてくれたのだ。
次にやることはまず解法を得て、そこから着手していくこと。
その解はお空から聞き出して、自分で作り出さなければならない。


「・・・分からないんです」(悲しいのがぶわっ、て)
「そう、ね」

相当深い記憶から引き出されてきた、と見るべきだろう。
もしくは即座に消してしまったのかも知れない。直前に見た夢を忘れるように。
これ以上は危険だ、と頭が判断して。



私自身が呼び水を足してみようか。


「この辺は平気だったみたいだけど」


掌を触れてみる。まず無難なところから。
腕、太腿、鎖骨、どこで発露するか、それをまず探る。
波がさざめくように、快感と嫌悪が同時に湧いている。


「この辺から・・・?」


胸をやわりと掴む。。おかしくなったのはここからだ。
ここから、徐々に黒い感情が現れてきたように思える。


「ひぃっ!」


自身の胸を両手で覆って少しだけ距離を取ってしまう。
私の、手の届かない場所ほどに。

「あの、あの・・・」(ごめんなさい)



銃の撃鉄のように何かの思念が一瞬出てきて、一瞬消えていく。
強い感覚が引き金だろうか。そのたびにお空は驚いて飛び上がってしまうのだ。
本人には何が起こってるのか理解出来てない理由はこれだ。
やはり脳が、拒否しているのだ。思い出すことを。


(気持ちいいの、やだ・・・)
(これは悪いこと・・・)
(何もしちゃダメだ、私はなんにも・・・)


もしかして、だけど

性的嫌悪というだけじゃない。これは・・・自己嫌悪だ。嫌悪してるものが二つある。
「自分が気持ちよくなってはいけない」と。
加えて「自分は不幸でなければならない」とも思っている。


本人の記憶は、何も教えてくれない。私が、推測しなければならない。
お空に眠る二つの負は何か。それを、これからひたすらに。





「このままじゃ・・・」(さとり様が喜んでくれない)

涙が目尻に浮かびあがる、強い決意がお空の中にある。
だが、心の傷なんて根性でどうにかなるものじゃない。
トラウマとは常にそういうものだ。


「焦らないで」


「あなたは、"普通"に生きられなかったのだから」
「普通?」

お燐にも伝えた言葉。
二人とも、真っ直ぐな道を通れなかった。


「あなたはたくさん捻じ曲げられてしまった」

額同士をくっつける。顔を近づけて、子供の熱を測るように。
お空の瞳が私を捉える。まだ、何かを受け入れがたい目。
本能的に防衛を考えてしまっている。


数多の暴力に晒されて、多くのものを得られず多くのものを失った。
今やっと、少しずつ吸収し始めていったのだから。



「私とあなたにはたくさんの時間がある」

「あなたが出ていくことさえ無ければね」
「・・・ない。そんなこと、絶対」(さとり様、いい人だし)

ありがとう、と頭を撫でる。
何年かけてでも、この子は正常に戻していくつもりだ。
いや、「戻す」という表現は正しくない。まるで間違ってたようになってしまう。


「少しずつ教えていってあげる」


(さとり様は・・・悲しそうな顔をする)
「自分を責めないの」

「あなたの前向きなところ、私は好きよ」


──

日付はまた変わる。



お空が足を楽にして、私がその真ん中に座る。
いつの間にか私達の間にはこのスタイルが定着していた。

落ち着く、というのはお空の弁だ。そうであるのであればそれが一番いい体勢だ。

前のように恐怖の感情は見られない。
ぬいぐるみのように抱きついてくれている。


「えっとね、今日はね・・・」(烏で二番目になった話しよう)


話しかけてくれる。

自分の身体が怖がってると分かってから、必死なのだ。

それ以外のことで私を楽しませようとくれている。
顔には出さない。けれど、そのさまがとても痛々しい。

「出来ることを少しずつ、広げていきましょう」


お空は口がうまい訳じゃない。出来る限り、気を揉ませないようにすべきだろう。
会話を棹でさえぎって無理には続けさせないようにする。



(私に、出来ること・・・)


やるべき事は、まず何が怖いのか、その原因を少しずつ探っていく。


精神的な充足。
それならお空はたくさん求める。
隣に寝たり、キスしたり、一緒に話をしたりなら好きだ。
肩や手などの間接的なタッチなら問題は無い。



だが、胸や秘部から触れる刺激は嫌う。
具体的には怯えるのだ。快感が来ることを。
もっと言えば、快感を。気持ちよくなること自体を。




私を喜ばそうと努力してくれる。
だがそれは、代替行動なのだ。代わりに私を喜ばせることで自分も喜ぶ。
それだけ好きでいてくれる、というのはありがたいのだが、それだけではダメなのだ。




ベッドに横、私は少し離れた位置。



「酒瓶で叩かれたこと・・・結構あって」


お空は、実生活で時たま動きが止まる。
思わずしゃがみこんでしまっていたのを目撃して、部屋に連れて行った。


お空の横に割れた酒瓶があった。
それが、トラウマに触れてしまったようなのだ。
相当強くてえぐいトラウマに。


寝かせて介抱していたら、突然お空が目を覚ました。
「話がしたい」と訴えてきた。

そして今、こうして聞いている。残酷な実体験。

「何度も、何度も、叩かれて」

「お腹も突かれたりして・・・」

「床、破片・・・突き飛ばされ・・・て」
「無理しないで」


お空は自分でいま自分を振り返って傷ついている。
自虐、自傷に近い。だけど話すことですっきりすることはある。
無理に止めろなんて言えない、出来ない。
出来ることは、全力をもって支えることだ。涙が絶望で落ちた瞬間、大急ぎでフォローすること。

信頼してくれるからこうして話してくれてるのだ。応えなくて、どうする。







「あたいとの時はそんなこと無いんですけど・・・」
「普通に?」
「普通・・・に」(普通?)

お燐の顔がかっと赤くなる。

快感を避けて痛みを取ることを一応、聞いてみた。
お燐の時もそうであったなら少しは情報も手に入るのだが。


ということは私との時だけか。
「他人」か、もしくは「主」という立場か、その辺りがキーポイントということは想像出来る。


「何かあるはずなのよ」


「あたいとお空が確かに一緒な時の出来事で、
 あたいが覚えてなくて、お空だけが覚えてるようなこと?」(ありえないと思う)


今回は流石に情報は無いようだ。
自力で、お空から引っ張り出さないとダメか。


──

日をまたぐ。
今日も、継続する。お空の中にある苦痛の記憶。

「犬に噛まれたと思って」なんて言い回しは出来ない。
当人の誰も事故だと、思うことなんて出来ない。そんな軽い真似が出来るものか。



「おっぱいなんて出ないのに・・・握り潰されるみたいに・・・」


真摯に受け止めて、きちんとした処理をする。
これ以外に思いつかない。
生半可な覚悟で挑んではいけない。

「縄が、痛く・・・て・・・っ」


感極まった顔を、自分の両手で覆って隠す。
何も言葉をかけないようにする、肩に手を置いてそのまま落ち着くのを待つ。

「さとり、様・・・」

私の顔を見て、安心してくれた。
安心感が芽生えてきてくれてるのは素直に嬉しい。
お空の前でだけでもせめて私は頼りになる人でいる。





「じゃあ今日は・・・ここね」

話の中心だった箇所、胸。
とんとん、と二回指で叩く。


「教えた通りに、ね」


目を閉じさせる。お空の頭の中に光のイメージが沸きあがる。
胸の辺りに赤い光が作り上げられる。

髪の毛に触れる、身体の鎖骨からヘソの辺りまでをなぞる。
触感をきちんと反応させる、これから触れるということを確かに伝える。

「もう少し具体的に・・・そう、大丈夫だから」

お空が眉をひそめる。けれど、「大丈夫」の言葉で安心させる。
掌を這わす。お空のイメージの中に出来上がった、赤い光を持ち上げる。


「目を開けて」

蝶でも捕まえたかのように両手で形を作る。
赤い光のイメージを、今捉えてるように。

そのまま掴んだそれをお空の目の前で、小さい机の上に置いてあった紙へと塗りこんでいく。
もちろん実際に光が出てる訳ではない。そういうイメージだ。


「はい、終わり」


「痛いの痛いのとんでけ」というのがある。
心の痛みを目に見えるようにして、イメージさせて、形にしてみたらどうだろうか、と考えた。
お空のような素直な子になら使えるのではないか、と。



「楽に・・・なりました」
「いつでも頼っていいからね」
「魔法みたいです」
「そうね」


先ほどの紙には、お空が話した行為が書き留めてある。私が、話を聞いて書き込んだものだ。
全部をありのままに書き込んでるのではなく、少しぼかしてあるけれど。

トラウマとは恐怖、恐怖とは「分からない」ということ。
枯れた尾花も影だけ見れば幽霊になる。
だから、こうして理解させる。


もちろんその紙をお空に見せることはまだしない。
文字が書いてあるのを見せるだけにして、読むまでには至らせない。
まだ早い。心がもう少し、均衡を保ってからのほうがいい。


紙はすでに6枚目。文章量の関係があるので単純に6回というわけではない。
書き連ねてあるのは純度100%の陵辱体験の数々。
見てるだけで、鬱になる文章。
厳密に箱へとしまいこむ。誰の目にも触れさせないように。



──




やる事は多い。
「トラウマ」と言葉は一つでも、実質やることは二つある。

暴力への怯えを解消させること、自身の価値を高めてもらうこと。

後者に関しては、外見は褒められる素材を持っている。あとは本人がそれを自覚することと中身が伴うこと。
私以外でも講師はたくさんいる、そちらは問題ない。


だが、前者だ。
とかく厄介なのだ。恐怖と嫌悪。怖いだけなら優しくすればいい。


嫌悪があるというのが厄介なのだ。嫌悪、すなわち罪悪感がある。なぜかお空の心には罪悪感が存在している。
強姦されてたのに「悪かった」なんて謝るだろうか。それは無い。
その罪悪感が、素直に快感を受けることに邪魔をする。
ちゃんとした気持ち良さを教えてあげようにも、
「気持ち良くなりたくない」と思われてしまっては手が出せない。

私が思うに、何か別の要素が絡んでいる。
張本人と他に、誰かがいる。

「誰に」「何の」罪悪感が湧いているのか、それはまだ分からない。



ただ、「誰に」であれば考えられる人物は一人いる。


けれど、お空本人はそれに対して明確に「謝りたい」と口に出していた。
その人が原因で何かの罪悪感を抱いてるのだったら私がすでに読んでいるはずだ。現に、前にすでに読んだ。話してくれた。
だから、除外していいはずだ。表に出てきているのだから、その事で悩んでるのなら頭でも口でも伝わるはずであって
トラウマとしてこんなに深く入り込んでるなんて、無いはずなのだ。
私は何かを見逃しているのだろうか。
もう一人、誰か登場人物がいるのだろうか。さらに古い付き合いのような人。



どっちにしろこれを解決するまで、お空は「幸せになってはいけない」とそう自分を押さえ込んでしまっている。
それがブレーキとなり気持ちよくなろうとする心をせき止めてしまう。



何度も探り探り断片を掘ろうとしてみてはいるが、
その根っことなる記憶は相当古いようで、出てこない。
本当に古すぎるからか・・・もしくは、あまり考えたくはない良くない想像も出ている。



私ならその記憶を探ることは、短縮で出来るには出来るのだ。要するに想起を使えばそれを引き出せる。
だが、そこまでいくとなれば間違いなく奴隷だった時代を通ることになる。

例えば「お空が大事な人を殺めた」などであった場合にそれをお空が思いだして、
苦しませてしまってはトラウマが再発してしまう。元の木阿弥になってしまっては意味が無い。

罪悪感というのは大抵、加害者が受けるものであるから。
だから想起で引き出すこともままならない。
それを使うよりは、時間がかかってでも自力で思い出してもらわないとデメリットが大きい。


この想起をやるのならば・・・最後の最後。そして、ある状況が出来てからだ。

それ以外、手だけなら一応はある。だが、都合により出来ないのだ。
お空自体がそれを拒んだのだから。
私の権限でその手段を使うことは出来る、が、それを使ったところで本当の解決にはならない。
私自身がまずお空から嫌悪をかいくぐりながら、性的トラウマを打ち破らなければならない。



やる事は本当に多い。


──


昼は家の手伝いや勉強、
夜は抱きしめたり、昔の記憶を引き抜いたり、
このような日常を重ねる。
お空自身が強くなってもらうために、育てていっている。
その下地を作らないと、大きなヤマは片づけられない。


私は合間合間でお燐に報告もしていってる。
寂しがってる様子はとりあえず無いようだが、やはり本心の心配さは隠せてない。
早いところ合流させてあげたいが、お燐の存在はお空にとっての切り札なのだ。ボムだ。
一つの問題を解決出来るが、それ以降に進展を望むのが難しくなってしまう。




大広間。

気分を変えて今ここにいる。
やたら広い天井は、これから起こる問題の大きさをそのまま表してるようだった。


「あっ・・・さとり様」

お空が、偶然通りかかった。



招いて会話したかった。別に理由は無い。



「「主と会う」じゃなくてね」
「はい」

今はホットミルクじゃなくて紅茶。なんとなく、夜用という気がして。


お空に緊張はほとんど見られなくなっている。
しかし、それでも私、すなわち「主」と対峙する時は多少の固まりがある。


「「一緒に遊ぶ」って思ってみて」


「遊ぶ」という言葉に多少怖がるかも知れない。けど「一緒」という言葉を付け足したことで、
それを身近なものへと変貌させる。

「え、でもさとり様は上ですし」(私達ペット、だし)
「あなた達を雇った訳じゃないもの。だから、別に「その分働け」なんて言うつもりはないわ」


給料を払ってる訳ではない。だから、強制的に働かせるつもりもない。
お小遣いぐらいならあげるが。

「むしろ、もっと遊びに来てほしいぐらい」

遊ぶという言葉に恐怖は無かった。
お空の方は最初から深く捉えてないのかも知れない。

「ん・・・」(なんか難しい)


「肌触れ合うのは好き。でも・・・」

「さとり様に、申し訳なくて・・・」
「そんなこと無いわよ」

「一緒に居てて楽しいもの」



「それと・・・最近、ご飯ちゃんと食べてる?」


一時期、お腹いっぱいになるまで食べていたようだが
最近どうも、トラウマが発覚してからというもの、食が細くなってる気がするのだ。
どうにも俯いて食べてて気が沈んでいる。


「大丈夫ですよ」(食べてると、なんか悪い気がする)
「「なんか悪い気がする」?」


はて、どういうことだ。
意識して嘘をついてるという風ではない。

「・・・分からないんです」(なんでそう思ったんだろ)

お空自身にも分からない。
だが今はっきりと罪悪感だと言い切った。
トラウマの発覚と同時に、この現象が始まったと仮定すれば
この辺りが、嫌悪を解くキーワードになるのだろうか。




お空との夜。
裸になって一緒にベッドに乗っている。


身体を触れられるのは怖い、けどキスや自分から奉仕したりはしてくれる。
とても申し訳なさそうにしているけれど、
「それは病気で不可抗力なのだ。気にすることはない」と伝えているが
お空はやはり納得はしていない。



今日は少し、違うことを試みようと思う。

「ねえお空、自慰って・・・出来る?」
「じい?」(G?)


他人の手によって気持ちよくさせられるのが怖いのであれば、
自分の手でする分にはどうだろうか、と考え付いた。
これでもし出来なかったら、性的なことそのものに嫌悪を抱いてることになる。


「自分で指を挿れて、気持ち良くなること」
「いえ」(やったこと・・・ない)


意外だ。
お燐がそれを見世物にされてたからお空も当然、と思ってたのだが。

あの環境では自発的に自慰を覚える暇すら無かったのだろう。
そんなことをするより先に暴力が振るわれるのだから。



「もしかして・・・イったこと無い?」
「あ、ありますけど」(お燐に)
「それ以外」
「覚えてないです」

布団の上で少しだけ涙目だろうか。苦しい記憶がかすかによぎっている。

「痛いことしか・・・なかったから」

そうか、お空は自分を切り離していたのだしそれをやる前もきっと・・・前戯などなかっただろう。
「遊ぶ」ものに前置きなんて、必要無いから。


盲点だった。
心許せる親友以外に絶頂を感じたことが無いとは。
まあもしも、本当に気持ちが良いことがあったとしても、忘れてる可能性はある。
少なくともお空の頭の中にその記憶は無い。

もし私がここできちんとした快感を教えていけば、恐怖心は少しは薄れるのではないだろうか。


「そういうのって、変な感じが・・・」(自分でする、っていうの)

されるがままだったお空にとって自分でいじるというのは違和感がある行動のようだ。
恥ずかしい、という感覚よりは未知の行為への戸惑いが湧いている。

「大丈夫、ちゃんと教えてあげるから」

性的恐怖を消すのに必要なことは、まず全幅の信頼感。
そして、力を意識させないこと。
感じるより温めるように。

「自分で気持ちいいところを探せるし、好きな時に強く出来る」
「痛くなっても、怖くなっても、それは自分自身で止められる」

自分の手が暴力を振るうことなどない。
私も振るいやしないが、思い通りにとっさに動く訳ではない。

「それに・・・誰にも迷惑はかからない」

外でやってもらったりしては困る、が。
100%の安心を保証出来る。人の手が決してかからない。


「教えてあげるから、やってみなさい」
「う、うん。やってみる」


まずは、口づけする。
自分でさせるとは言えど気分が乗ってこなければならないだろう
だから、まずは火をつける。お空が拒まない程度に。

今度はしっかりと、舌を受け入れてくれた。
なぞっては絡めてきちんと交換しあう。口の奥でしっかりとした交流。
言ってることを、今度はちゃんと覚えてくれていた。



背中に回り込む。
肩を指先で押し込む、身体の血の流れを良くするために。


「教えてください」
「ええ」

お空のお腹をなぞる。曲線に沿わすように。
前に風呂の中で身体を洗った時は、少し骨ばり浮いてたけど、

「くすっ、ぐったいっです・・・」
「それぐらいでいいのよ」

今はもうその感触が無い。しっかり肉がついてきてるようだ。
柔い肉に少し指をかけ、上下に刺激を与える。


「あっ、ふあぁ・・・」

腰の下へと手を伸ばす。

閉じてた両足を手で促し、軽く足を開かせる。
太股の表から裏から手のひらで擦る。
程良く弾力のある感触、跳ね返ってくる。
閉じようとする一瞬に押さえて閉じさせない。

一番反応する箇所には触れないように、少しずつ。



「あの、なんか、恥ずかしい感じ・・・」(じんわりする)


多少の抵抗を受ける。でも、それはいい傾向だ。
人形のような感覚からすれば人間味が戻ってきてる証拠である。

「ほん、と?」(恥ずかしい、って、いいの?)

「もっとそう思って大丈夫」と伝えると、
お空は少しほぐれた顔でこちらに振り向いた。
自分の思った感情を肯定されたことが嬉しかったようだ。


下ごしらえはこれぐらいでいいだろうか。
理性をある程度、失わせておきたいのだ。
何も考えさせないように。

いよいよ、お空自身の手でいじってもらう。
「さあ、」とそれを伝えて、手を重ねた。持っていってあげる。


「まず、そうね・・・胸、持ってみて」


お空の手を私が動かす、そんな構図。
動きは私だが、感触はお空自身。不思議な感覚を味わっているようだ。

柔らかい塊が、ゆっくりと上下に揺り動かされる。
指が肉に入り込み、その形を変える。
「こんなにあったんだ」と、改めて自分の手との大きさの比較で戸惑っているようだ。


「そう、そのまま続ける」
「んぅ・・・ん・・・」

目がかすかに閉じられる。
まだ性的快感ではない、マッサージされてるような気持ちよさ。

一緒に手を動かし続ける。


「息を大きく吸って、ゆっくり大きく吐いて」
「はぁ・・・」(体、熱く・・・)

熱を持った吐息が出る。


「なんか、気持ちいい・・・」

思ったことを素直に声に出してくれる。
少しずつ熱が帯びる。


視線を下へとやる。
下半身を覆い隠すほどの胸が目に入る。後ろから見ても迫力持って存在している。

お空の掌を上にしてたぷんたぷんと揺らし上げる。
たん、と心臓が動いた。

「んはぁ・・・」


大きく揺れ動く乳房。
掬うように、まだ真ん中には触れない。あくまでも、柔らかい感触を楽しむ。
押し込んだり、軽く引いたりして揺さぶる。


「あっ・・・!」(こわい)


嫌な思考が入る。
まだ無意識に出た範疇だ、だが続ければきっと表に出てくる。
どうしたものか。ここで止めても訳分からないだろう。もう少しだけ、続けてみる。

「まだよ」
「あ、は・・・いぃ」

ほぐれていくような気持ちよさが湧いているようだ。
息をつくペースが早くなり、気分も上がってきている。
けれど、まだだ。まだ強い部分には触らせない。



「大丈夫?先っぽ、触れる?」


お空を後ろから強く抱きしめる。ただひたすら強く。
ここからだ。ここから拒否が起こるかも知れない。
私の手ではダメだった強い快感を、自分の手で引き起こせるか。

「はい・・・」(やっと、触れるんだ)

お空だって、同様だ。
だけど今は、入念な準備で理性がだいぶ弱まっている。
この状態なら、いける。そう思う。


お空がきゅっと摘む。自らに飛び出た胸の先端。


「んんっ!」


親指と人差し指の二つで摘む。
牛のミルクを絞るような手つき。
頭がふっと下がって、声が小さく破裂した。

「ふあっ・・・!」

反対側もつまませる。今度は少しだけのけぞった。
のけぞることで、より強く引っ張られてまた声を漏らす。

二度、三度と指を動かす。指先で先を走らせるように。
そのたびに気持ち良さげな心情が入ってくる

「だいじょぶ、かも・・・」

振り向いて私の顔を見てそう伝える。少し無邪気げでちょっとだけ赤い顔。
安心してほしいと、そんな言葉。


腕の力を強める。それでもまだ怖がってるお空をせき止めるように。
その言葉の裏に少しだけ恐怖感が出てきているから。
大丈夫、ここにいる、と。

「苦しかったら、寄っかかってもいいから」

「さと、り、さま」(おっぱい、いい・・・)

太ももの先が少し開いていく。
下半身が求め始めている、それ以上の感覚を。

「大丈夫、変じゃないわ」
「はふ・・・」


太ももの内側だけをまずなぞらせる。
秘部にはまだ触れさせない。準備は、多くて多すぎることはない。
急がせない。心まで溶かしていく。

両手とも下半身に行かせる。
まだ太ももの内側だけ。両方とも、私の手で動きを制限させる。
傍目で見れば完全に自慰の体勢だけれども、実際はまだ触れていない。

「そろそろ・・・」(気持ちよくなれるかな・・・)
「そう?」

お空が昂ぶってきたのも分かる。けど理解してないふりをした。
まだ足りないと思っている。理性があるうちはまだ足りない。

今までにないような感情を与える。
即座に快感を与えるのではなく、もっとやさしく、自分から求めていくように。

もう少しずつ、もう少しずつ太腿を。
内側から全体的へと。


お空が、下半身を布団に擦り付けてるのが分かる。
太ももの先をなぞる時にひっそりと。無意識か意識的かは分からない。
けれどひっそりと刺激を与えている。秘部に。



少しの間だけ片方を自由にさせる。
代わりに、私自身の手はお空の唇へ。
指でなぞる。唾液で滑りのよくなった唇に、人差し指を這わせる。

「んんっ・・・んっ!」(なんか、それっ、いいっ・・・!)

早すぎずに遅すぎずに。
鼻孔から出る息がくすぐったい。
何か言おうにも口が開けられなくて、何かを訴えられなくて目をこちらに向けてくる。
その姿が、とってもいじらしくて背筋がしびれてくる。



指を離す。力が抜けていく。
自分の身体を弄りながら、そのまま崩れていく。
寄りかかってくれる、私のところへと。汗ばんだ身体がぴったりとくっつく。



「さとり、さまぁ・・・」(もう十分ですよぉ・・・)


目がぼんやりしてきて、私を呼ぶ声も甘ったるい。
完全に出来上がっているとみていいだろう。


「もう、切なく、てっ・・・いいです、か」


お空が、自分でそれを望む言葉を口にした。
怖がっていたお空が自ら希望している。兆しが見え始める。
今はまだ、本人はそれに気付いていない。


「何を、どうしたい?」

あと少しだけ引き付ける。
きちんと自覚させて「訳分からない状況だった」なんて思わせないように。

「なに、なにってぇ・・・」(早く・・・)
「中に指を挿れて掻き回したいの?」

鮮明に光景をイメージさせる。これからお空は何をしたいのか。

「な、なかで、ゆび、ぐちゃぐちゃにしたい、です」


お空の頭の中には、羞恥というよりワクワクする感情が思い浮かんでいる。これから得られる気持ち良さへの。
恐怖心はいま感じていない。理性が無くて本能に従っている。


「ええ、やってみて」


私は身を乗り出す。肩越しにお空の横へ顔を出すように。
お空の望み通りにお空自身の指を持っていくために。



さほどの抵抗無く、お空は自分の指を挿入していった。


「んんんっ!」


瞬間、電気のようにお空の身体が跳ね上がった。
長らく待ち望んだ刺激を受け取った、その喜び。
ぎゅっと抱いてしっかり受け止める。


「ああ、や、らぁっ・・・!」


挿れた瞬間から、遠慮が無い。
細かい指の動きはもはや私は操作していない。
おあずけされた子が一気に貪るようにお空は掻き回していく。


指一本から二本へと増やさせる。
お空は逆らうこともなく自然と、中へともう一本侵入させる。


(さとりさまの、顔・・・)


お空が私の顔を横目に見る。
動きが少し激しくなっただろうか。





「あっ・・・」(私は)

思い出してしまいそうになる。
ふとしたノイズ。こびりついていた、人の事。


「ダメよ」


私は、お空の前に周り込んで、顔を出す。
頬を片方掴んで、私の方に視界を向けさせる。

「私の事だけ考えなさい」

命令のように言って、眼前を包み込みながら支配していく。
お空の頭をいっぱいにしていくように。
浮かんできた記憶をかき消すように、上書きしていく。辛い記憶ともに。


「はい・・・」(ふわふわする・・・)

私達は視線を外さない。
お空の黒目がじっと向けられる。
命令に従うような建前で、私の顔に夢中になっている。



両方の手を解放してあげる。
指は止まらない。お空自身が動かしている。
自分の感じる場所を的確に、自分の好みの強さで。
私に見られながら、だけど快感を貪っていく。

「さとりさまぁ・・・」(私、変なんじゃ・・・)

ぼんやりと、潤んだ目でこちらを見てくる。
快感に包まれながら、今は不安を抱いている。失望されてやしないかと。

「いい子よ」

頭をくしゃくしゃと撫でる。
思うがままに受け入れてあげる。「おかしい子なんかじゃない」とその不安をきっちり打ち消すように。


「ちりちりして、きて・・・っ」(頭、白く、なっちゃうっ・・・!)


「ええ」


肯定の言葉一つだけ。
それだけで十分だった、お空を認めてあげるには。


「さとりさま・・・」

両手は止まらない。
そして、私に許しを求めている。何が、というものではない。

「呼びなさい」

私に委ねているのだ。
自分がこのままいていいのかという許可を。
未知の感覚に不安で、進んでいいのかという心境を。

「私のことを」

顎を持ち上げる。前を向かせる。
道しるべは私だと、そう教える。


「さとりさま・・・さとりさまぁっ!」(好き、好きぃ!)


ちゃんと受け止めてくれたことが、嬉しくて、急上昇する。動きが早くなる。

私の名前を呼んでくれている。指はもう自分をめちゃくちゃにしている。
乳首は挟まれ、お空の秘部は二本、そしていつの間にかの三本で
ひたすらがむしゃらに掻き回す。





最後に、止まって、大きく突いた。そして、来る。



「んうっ、ふうううぅぅぅ!」



口を食いしばったまま、お空は絶頂した。


私の事だけを思いながら。
ほんの少しの気恥ずかしさから顔を下に向けている。
びくん、びくんと身体が揺れる、胸も振り回されたように揺れる。


「はぁ、はぁ・・・」(これが・・・)

秘部から指が抜かれる。

少しだけ前に出て脱力しきったお空の身体を支える。
全体重を預けてくれている。お空の肩が呼吸のたびに上下している。


「いい顔ね」


お互いの頬をくっつける。
私から顔は見えないけど、お空のほうもちゃんとくっついてくれている。

「気持ち良かった、です」(でも・・・)
「お疲れ様」


枕を敷いて、布団に寝かせる。
汗ばんだお空の額を拭ってそっと髪をなぞる。
子供らしい顔立ちに艶っぽい表情が表れている。少しだけ成長したような、そんな顔。


「次、も・・・」(まだ、怖い、どこかが)

そこで、言葉は途切れる。
次をお願いしたいが、どこかで遮られたようだ。
無理はさせない。黙って、頭を撫でてあげた。




(ああそっか・・・自分で気持ちよくなればいいんだ)
(これならきっと・・・許してくれるかな)



まだまだ、解決には至らない。

けれど、堤防を打ち破るきっかけにはなるはずだ。
少なくとも今ので、多少の抵抗は消えた。「全部が怖い」からは進んだはずだ。
真っ暗なところを歩かせるより、少しは灯りが出来ただろう。



(ごめん、私・・・我慢出来なかった)


(・・・お燐)






「9X6は10から1引いたものを6個で・・・、60ー6・・・・54!

 あ、じゃあ8X7は10から2引いたものを7個だから、70引く、2が7個の14で、・・・56!」



止めたほうがいいのだろうか。
でもこのよく分からない過程を潰すのは多少惜しい気がする。



──

「気分はどう?」


お空が初めて快感を覚えてから、少しだけ日が空いた夜。
しばらくは身体に触れるのはそっとしておいた。まだ抵抗を感じている。
自慰することに関しては、すでに壁は無いようだけれど。
ただ、「私の顔を見ながらでないとイケない」と相談された事はどうしようかと悩んではいる。


「ご迷惑じゃ、ないですか?」(私、やっぱり変なのかな)
「少しずつ変えていけばいいわ。今やることじゃない」

優先事項は別にあるのだ。
それに、私を嫌ってるという症状ではないから今すぐ手を付ける必要もない。

「初めて、なんです。こんな気持ち・・・」(「初めて」・・・?)




ふ、っと漏らした言葉。
私から顔を背ける。抵抗の印だ、口にすることをはばかられるという表明。

「話し、づらいのね」


自分の身体を握り締めている。

(さとり様・・・っ)
(怖いよ・・・怖い)



お空自身も話すのを躊躇っている。
「こんなもの聞かせて大丈夫か」という意味で。
いつもだったら、大丈夫

「お空っ!」


じゃない。まずい。とっさに駆け出す。
読んでしまった。これ以上思い出させるのは危険だ。
横槍を入れるより、はるかに思い出すスピードが早い。

「あ・・・」

(私の、一番最初、は・・・!)





部屋の一室。


ベッドの上、天井から縄に絡めとられたお空の身体がぶら下がる。

両膝を折り畳むように縛られて、棒を膝裏に挟むように通されて閉じれないように固定されている。
Wの字、と表したほうがいいか。
その下には重ねられるようにお燐が横たえられている。ちょうど、お空の秘部の下辺りに頭が来るように。
口に布を詰め込まれて、固定されてて首が動かせないようになっている。

前の主がいる。
そして、お燐とお空以外にも裸の女が何人かいる。二人と同じ奴隷だろう。
じっと正座させられ二人の姿に目を向けさせられる。
部下だろうか、それが目を見張らせており目を逸らすことを許さない。


ここから先、二人で絡めと言われればまだ幸せだっただろう。
肉棒で散らされてもまだ良かった。
張り型でも、まあ良いとしただろう。


前の主は布を巻きつける。自らの右手に。
拳を作りながら、きつくきつく。やがて一つの塊が出来る。
その後、空いた手でお空の身体を掴む。
意図を察したお燐が喚く、当然聞き入れられるはずもない。殴られる。



挿入されていく、右手が。強引に。



全て秘部へとねじこまれていっている。
泣いても、喚いても、強引に押し進められていく。

血が溢れ出てくる。破瓜の血と何もかもがぶち切られた傷口の血が。
下に敷かれたお燐の顔を赤に染めていく。
目の前で行われる光景とその生温かい液体の感触に唖然以外の表情が出てきてない。

血に、涙に、全ての液体が染まっていく。




一番最初に絶大な恐怖を刻みつける。支配という意味なら、よくやる手口。
お空は、その生け贄として使われた。
残酷に恐怖心を与えるための供物として。




「やああああああああっ!」

遅かった。
動き出した頃にはすでにスイッチが入っていた。

「やだ、やだ・・・!」

お空の大きく悲痛な叫び声が飛び出た。
目が見開かれて下腹部を押さえて布団の上で悶えている。


「痛い、痛いよぉ・・・」


ただならぬ様子。私は、急いでお空に手をつける。
まずいことになった。
あまりに痛烈で、大きな大きなフラッシュバックが表れたのだ。
完全に思い出してしまったのだ。



今までお空は自分を切り離してその凌辱を受けていた。

けれど、今、こうして再び意識を通じさせたことで、自分を取り戻していったことで、
その切り離してきた行為の記憶に改めて苦痛を感じるようになってしまったのだ。
凍傷で固まっていた指先が暖かいところに降りてきたことで血が出始めたように。
感覚を取り戻しつつあることが仇になった。


「いたい・・・おなか、いたい」


想像の中の右手が、下腹部の中を凶悪に暴れているのだ。無慈悲に残虐に。
女の腕や玩具よりはるかに太い右手がお空を蹂躙している。
過去の記憶が現実の身体に影響を与えている、それが今ここで、生々しく。



「うっ・・・!」


お空の口から、胃液と血の入り交じったものが遡り吐き出される。
どこで庇えるわけもなくシーツへと染みを作る。
内臓をねじり回される感触なのだ、当然、そんなのだって沸き上がる。


「ご、ごめん、な、さ・・・」(シーツ・・・)
「いいから」

そんなものは洗えばいい。
今は、このただならない方のお空のほうをどうにかしなければならない。

「服も・・・」(掃除・・・)
「いいから」

ちらりと横目で見られる、私のことばかりを考えている。
後始末は自分でやらないといけない、そんな強迫。
主が何をしようがその片付けは奴隷がやる、そう過去の記憶が語っている。

シーツの別の部分を口に当てて、口周りを拭う。
お空はまだベッドにくず折れてのた打って苦しんでいる。右手首がまだ蹂躙し続けている。


「ぎぅっ!」

突如、体勢が崩れた。
短い悲鳴のあと、横に倒れてひっくり返る。
一刻だけ横に倒れて、そのあと私の方を見る。頭を覆って目を閉じる。


「ごめんなさい、ごめん、なさい・・・許して、ください・・・」(ぶたない、で・・・)


想像で、殴られたのだ。おそらく、顔を。
涙がすでに溢れ出るばかりでめちゃくちゃになっている。
下腹部だってまだ痛んでいる、顔の痛みもそこに被せられた。

「いぅっ!」
「やぁっ!」
「っ!」


そのすぐ刹那、四度五度と、ベッドの上で跳ね回る。身体が縮こまる。
殴られて、蹴られている。追い打ちをかけて、さらに従属させるように。

「うぅ・・・」(やだ・・・やだよぉ・・・)

倒れ伏したまま動かない。顔もベッドに吸い込ませたまま浮き上がらない。
泣いてること、それだけは伝わってくる。

「お空・・・?」

近くに手を置いて、覗き込む。肩を使って強引に起き上がらせる訳にもいかない。これが、精一杯だ。

やがて、目を覚ましたかのように顔が上がる。
私の方を見て、小さく声を上げてまた後ずさる。距離を取って、体ごとこちらに向ける。


「きもち、いいです、きもちいいですからぁっ!」(きもちいい、きもちいいんだ、きもちいい)


泣いた顔にそぐわない言葉。
言い聞かせてる、言い聞かせてるんだ。自分自身に。
そうしないと、耐えられないから。防衛策。声に出して言い聞かせることで、苦痛を変えようとしている。


動きが止まった。私、いや、目の前にいる人物の次の動きを待っているのだ。落ち着かせるには、ここしかない。
肩を押さえる。

「ひっ!」

お空は思わず目を後ろにやる、何があるかを確認しているのだ。
この後に来るのは押し倒されるか突き飛ばされるかだろうから。

「羽根は・・・やだ、羽根は・・・お願いだから・・・っ」(刺さないで・・・、ナイフ、やだ・・・)


完全にパニックになっている。
記憶が混ぜこぜで、何をしても過去のことと重ね合わせてしまう。
私の姿が私に見えてない。


正気に戻すには・・・どうする?
催眠術で強引に眠らせるべきか?
けどそれは脳が不安定なまま電線を引っこ抜くようなものだ。
次に目覚めた時どうなるか分からない。出来る限りやりたくない。


目に入る。クローゼット、何でも良かった。三、四着まとめて取り出す。

思いっきりお空の頭に、被せる。





「えっ!?」(なに!?)


覆う。何でもいい。一時的に落ち着かせるために。
何であれ視界が塞がれれば少しは頭が整理されるはずだ。

「やめて・・・お願い・・・」(なに、なにするの・・・?)

震えている。このまま、何かされるのではないかと不安に潰されている、
見えないところから殴打されたり、どこかに連れていかれたり。
全方位で何が来るか、分からない。

「私だけに、してください・・・おねがい・・・」(お燐を呼びにいったんじゃ・・・)

何もしない。待つ。
殴りなんて当然しないし、触れることもしない。
余計な刺激を与えてはならない、きちんと落ち着くまで、待つ。待っててあげる。



「・・・あ・・・れ?」(匂いが・・・違う?)


時間にすれば二分ぐらい。
何も来ないことに不安になってきている。
それでもまだ待つ。

さらに一分。
おそるおそる、お空がかけられた外套を自分で剥がしていく。
「命令違反させるための罠」に怯えていたが、長い放置に耐えられず顔を出した。



「・・・さとり、さま?」


私の姿をじっと見つめてくる。
いまだに信じられない、といったそんな表情。

「ええ」

呆然と固まったままの顔から、一滴の涙が落ちる。
その心に広がるのは、大きな安堵。


「さとり、さまああぁぁぁ・・・」(いてくれた・・・)
「こわかった・・・こわかったよぉ・・・」(夢で、良かった・・・夢で・・・)

親を見つけた子供のように、その場でひたすら泣き出した。
こぼれるままにたくさん涙を拭っている。
いつまでも、溢れて溢れてとまらない。


「そう、悪い夢・・・、悪い、夢」


思わず、抱きしめてしまう。
怖くなって、当然だ。
最初にこんなことされて、誰が悦楽を感じられるというんだ。
胸で泣いてるお空に、これ以上にかける言葉が見つからない。
適切な言葉だって意味がない。こうして、伝えるしかない。
優しい人だっているんだ、って思わせるにはこうしかない。



「もう・・・・大丈夫です」


小康状態になったようだ。お空が大きく息をつく。
額に手をやる。熱にうなされる子にやるように。


「汚い、ですよ」(服・・・)
「大丈夫、だから」


塗炭にまみれた過去を見れば、こんなこと何てことない。
私はお空に償わなければいけない。苦しめさせてしまったことを。
後悔してもし足りない。お空に感覚を与える前にこれを引き出せなかったことを。
予感ならあったはずなのに。何らかの違和感を持ってたはずなのに。


「・・・そばに、いてください」
「ええ」


お空は、スカートの裾を掴んで離さない。怖くて怖くてしょうがないから。
一緒にいながら、しっかりと見守っていててあげよう。


「・・・さとり様」(泣いてる・・・)
「私が・・・?」

気が付いたら、私自身が涙していたようだった。
罪悪感、苦痛、お空に対する申し訳なさが溢れてどうしようもなかった。

「・・・ごめんなさいね」

本当は大泣きぐらいはしたかった。けど、お空の前でそれは出来ない。
私は支えなきゃならない。この子を。

「いえ・・・」(助けてくれたから)


もっと話したかった。反省したかった。けど、これ以上のやりとりはお空に心配をかける。
私が、ネガティブになってどうする。



──



「私・・・良くなるかな」

枕の隣でお空がふと呟く。

「大丈夫」

目を見ながら、しっかりと頭を撫でる。
得てして本人が一番不安なのだ、それはよく分かる。

「治す意志があるのはいいことなの。だから、焦らないで」
「さとり様のこと、早く怖がらないようにしたい・・・」(お燐を長引かせちゃってる・・・)
「心配、なのね」



お空はどこか察している。
お燐の病状はすでに治まってるのではないかと。それが嘘だったかまでは気付いてないようだが。
自分が「強くなるまで」とわがまま言ったから、あえて会わせていないで延ばしてるのではないかと。
根拠は一つも無い。言ってしまえば妄想だが・・・どこか確信めいている。
あえて根拠を挙げるとするなら「日が経ちすぎてる」「私から報告が一切無い」辺りだろうか。




「早く、色んな手伝いを覚えたいです」
「「お燐に並びたいから」?」


もしかしたら、最初に倒れた時、本当の病気じゃないと感じ取っていたのかも知れない。
長年通じ合ってた優位性は、私には計り知れない。覚であっても、だ。



「うん、それでね、今度はちゃんと二人で一緒にお手伝いしたい」(今までずっとお燐に任せっぱなしだったから)
「焦ることはないわ。一つずつ丁寧に覚えていきなさいね」
「でも、さとり様も早く三人揃いたいですよね?」
「まあ・・それはそうね」


私としても早く仲睦まじい様子を見たいものだ。
あとほんの少し、一押しがあればもう十分だと思っている。このお空の性格ならそれはもう見てびっくりするだろう。


「前よりずっと気分がいいんです。歩いてるのが軽い」
「いろんな悪いものが抜けてきてる証拠よ」



「もう少しだから、ね、頑張りましょう」


お空はだいぶ成長した。
一番大きく辛い記憶を吐露してくれたことが、どうにかこうにか良い方向に向かっている。
・・・代償は、とてつもなく大きかったが。


「お燐はどうしても「休む」ってことが苦手みたいだったからね」

いつだって、働く姿を見ていた。
部屋に戻って休んでたのだろうけど、外ではそうだった。


「この機会だし、少し休ませてあげようって思ってるの」


慰めるつもりの言葉だった。
お空に時間の猶予を感じさせるように。
「お燐を今後も悪いようには扱わない」と伝えるために。

「・・・うん!」(ちゃんと休ませてあげなきゃ)


そのあと、二言三言かわして、ベッドに横になった。


あと少しで・・・性的トラウマも解消へと向かえさせられる。そうすればお燐に会わせられる。そのスケジュールを頭に浮かべる。
お空に時間の猶予を感じさせてても、私側としてはそれほど無い。
あまり長く引き離すのも問題だから。


これが、引き金になるなんて。
私はこの時点で全く気付かなかったのだ。
言葉の刃が時間をかけてじわじわと傷口を押し広げていったから。



「病気は治りかける時が一番怖い」
私は、それを常々実感することになってしまったのだ。



(ごめ
          さ  ま  ・・・)




強烈な意識に目が覚める。
何かとんでもない決意をしたような、そんな強い思い。


隣にいたお空の感触が無い。


トイレにでも行ったのだろうか。
だが、私は叩き起こされたのだ。強烈な思いに。
その思いの主、間違いなくお空しかいない。ベッドの下にでも誰かがいない限り。

普段なら寝てしまってもいい。
だが嫌な予感がする。何を思ったのかは眠りかけてた私は覚えてない。




体を起こしてベッドから足を下ろす。
スリッパを足にはめて、部屋から出る。
どこから行くべきか。起き抜けの脳はなかなか動かない。
まず顔でも洗っておくべきか、そう思ってまずは洗面所へと向かう。



途中で気付く。

妙に生暖かい風がある。
辿ってみると、暖炉にたどり着いた。


火が入っている。
誰が入れたのだろうか、私は確実に消したのに。



火かき棒が無い。

火かき棒、暖炉の火に酸素を入れるためにかき回す棒。
鉄製でそれなりの長さ、いつも側に置いてあるはずなのに。


つまり、誰かが使ったのだ。この暖炉を。



片隅に、嫌な予感が湧き上がる。
目も冴えてくる、頭が回り始める。


もしも、お空がここを使ったとしよう。

しかし、暖炉の火のところにいない。
いや、すでにここでの用を済ませたのかも知れない。
そして火かき棒を持っていった。
何をしたのかは分からない。正直、想像したくはない。暖を取る以外にやる事なんてそう多くはない。


どこに行った?



火が欲しかった? ・・・この温度では満足しなかったのだろうか? この火より熱い場所、それはどこだ?



一つ思いつく。最悪の想像箇所。



この地霊殿が立てられた理由、中庭に一つだけある蓋。
前に一度説明した事がある。お空の薪割りの場所を教えた時に「近くにある」と。
特に施錠はしていない、普通だったら入ろうともしないから。






灼熱地獄。







私は走る。ひたすらに中庭へ。
間違いであってほしい、手遅れである前に。
いやすでに手遅れかも知れない。
ただひたすら走った。




中庭の蓋が開いている。
やっぱり誰かが通った、いや、誰かなんて決まっている。
一人しか考えられない。


道すがらはびこる怨霊達から話を読む。
「カラスの女の子が何処此処を通った」 そんな話。
熱と煙の中をかいくぐる。全てが赤い場所なのに目立つはずの黒がいない。
どこにいる、耳を澄ませろ、
よく考えろ、お空の目的は一番熱いところだ。下だ、とにかく下のほうへ。



「お空!」


身を屈めてうずくまって、赤く流れる溶岩の前にいた。
片手に赤くなった火かき棒を持って。


「さとり様・・・!?」(何で、ここに?)


私が来るのは予定外だったようだ。
背筋が一つビクンと跳ねて金縛られて止まる。
やがて、金属棒がからんからんと音を立てて転がっていく。


「あはは・・・」(バレちゃいましたね)


振り向いて、胸が揺れる。
一仕事、終えたようなすっきりした顔をしてる。


遅かった。


お空は上着のボタンを外していた。
はるかに目立つところに、変化が見えた。




真ん中に、爛れた火傷の痕がある。




心臓の位置。
真っ赤に焼けた皮膚、まだ煙がくすぶっている。

「さとり様」(私にも出来ましたよ)

胸に当てたのだ。溶岩に浸して溶けた鉄の先端を。
自虐的な笑みを浮かべて、涙も浮かぶ。


「もう、怖くなんて、無いよ!こんなに、耐えられたよ!」


言葉が出ない。何を言えばいいのか分からない。
傷を心配するべきか、この理由を聞くべきか、それとも最初に叱るべきか。
あらゆる感情がごちゃごちゃに出てくる。お空もお空で、全ての感情がまた混ざっている。
お空はいったい何を見ているのだろうか。

「私が早く治らない、から・・・!」(お燐をずっと働かせてたのは、私のせいだから)



お空は急いでいた。

私の言葉に、焦りを感じ取った。満たされない自分を、トラウマに苦しむ自分を、自分で戒めた。
加えて、「何かに耐える」ことで強さへの証明だと思い込んだ。
身代わりとして叩かれる事が自分のあり方だった事を思い出して。
「もっと痛い目にあえば、もっと強くなる」と結論付けて。


「暖炉じゃダメだったの。全然温かくならないの」(私が、変わらないといけないから・・・)



やりきった顔から、一転して表情が落ち込み始める。
興奮物質を出していた脳が静まったのだろう。


「だから、こうして・・・熱いの使った」(悔しかった・・・)


両手が自分の火傷の痕を押さえる。
嬉しいはずがない、辛くないはずがない。



侮っていた。過小に見すぎてた、お空の圧倒的孤独を。


誰もいないのだ。お燐以外。いや、ともすればお燐も・・・
「主」と「半身」がいる。けど気楽に話せる「友」がいない。
私の期待に応えられなくて、焦って、相談出来ずに走ってしまった。愚直に、一生懸命に。
一番苦しい方法で。


「優しくしてくれてたのに、ごめんなさい・・・」(私が動いてなかったから、たくさんお燐を疲れさせた)



SOS信号だ。
苦痛の記憶に苛まれて、もどかしい自分に気付いてほしいと。
「強くなりたい」「早く治したい」「早く治らない」「お燐にずっと迷惑かけてた」
恐怖に打ち勝てない、追いつかない身体、そんな自分への腹立たしさが、この凶行へと駆り立てた。全てを清算するために。







「・・・ええ、そう、ね」



私の言葉を待っている。否定なんて、したらダメだ。
だけど肯定してもダメだ。やってしまったものをしょうがないにしても、続けさせてはいけない。


「熱かったでしょう 大丈夫?」
「大丈・・・夫」(助けて・・・)


お空自身にも、この行動がよく分かってない。
よく分からないままに自分自身を傷つけていた。


だから私にこうして、助けを求めている。


「なんで、だろ・・分からない、分からないよお・・・」(読んで・・・よぉ)


感情が涙に変わって、溢れ出してきて止まらない。
お空自身が、こんなことをした理由を掴めてないのだ。




視線をしっかり合わせる。
私を頼ってくれる、それは嬉しい。けれど、


「読めないわよ あなたの心は読めない」

私がいかに理解したとしても、
それをお空自身が理解していなければ意味が無い。話が進むことはない。


「・・・!」(やっぱり見捨てられて)
「違う」


「あなたの心がドロドロで読めない。地震の後の動物達みたい」


何一つ落ち着いてない。感情に押し流されて読めない。


「教えて」 

お空本人がまず整理してくれないとダメなのだ。



「・・・いえ、一緒に探しましょ」


その手伝いならいくらもでする。
行動には必ず理由がある。その理由を掴ませるために。



お空を座らせる、私も座る。
岩盤はひたすらに熱い、お空はそのまま座ったけれど、私は膝立ちでどうにか対処する。
言葉をまともに話せるまで、しばし落ち着かせる。



「最初に起きて、どうしたの」
「また、身体が痛かった」(背中とか、たくさん刺される痛さがあった)


振り返らせてみる。最初から、ここに至るまで。
その過程を少しずつ。


「私を、起こさなかったの?」 
「・・・悪い気がして」 


少しだけ躊躇いがちの顔。
またこの言葉が出てきた、今は少し後回し。


「暖炉、使った?」
「うん、明るいとこ・・・行きたかった」
「電灯は?」 
「なんか・・・使えなかった」(使いたく、なかった)


火を見る方が落ち着くのかも知れない
しかし「使いたくなかった」のほうは・・・これは今までにはない反応だ。



「暖炉、で・・・そこからは?」 
「寒気が止まらなかった」


トラウマは、恐怖だ。寒気とは意味が違う。
温めて解決するとは限らない。それは仕方ない。


「もっと熱いとこ、行きたかった」(教えられたから)


それで、ここに来たということか。
経緯は分かった、けれどまだ重要なことが残っている。


「火かき棒は?」 
「なんか・・・持ってた」 


きっと、大した理由はないのだろう。
そんなに重くないなら、持っていってもおかしくはない。
置いていく理由が無いのなら。


「それでね・・・大きい火を見てたら、寂しく・・・なった」


「だから」(火を)
「待って」


さえぎる、このまま押し通そうとしたけど、そうはさせられない。

「その間が大事」

空白が発生している。


「寂しくなってきてなんでこうしたのかって、こと」

なにか、言いたくないことのようだ。無意識の中でその部分を避けた。
だけど大事なところはここなのだ。



少しだけ沈黙になる。
待つ。煮立つ音がふつふつと六度七度と発生したとき、口が開かれた。



「火が大きくて・・・私が小さい気がして、誰かに会いたくなったの」



「そこから」
「・・・分からない」


寂しさの感情が湧いてきたのは分かった。だけど、まだ繋がってこない。




少し切り口を変えてみる。


「会いたくなった、って、そうね・・・例えば誰?」
「人の声が聞きたかった」

広いところで自分一人だけ、ならその気持ちは分かる。

「そばに誰がいてほしい、って思ったのね。・・・誰でも良かった?」
「・・・えっと」 (言ってもいいのかな)
「いいの、素直に」


「お燐か、さとり様」

本当はお燐だ。機嫌を損ねないように、私の名前を付け足した。けどそれは、責めない。
今はそんな状況じゃない。


「お燐にそばにいてほしかった?」
「・・・うん」(ごめんなさい)
「いいの、ずっと離れてるんだものね」


「そして、そばにいてほしいって思って?」

そこからだ。まだ火傷への道が遠い。


「会いたくなって、早く治ろうって思って・・・」(気持ち悪くなるのを早く治したくて)


治療をしてても、なおやきもきしてたのだ。
「ずっと離れてる」の「ずっと」は・・・お空にとっては私よりはるかに「ずっと」なのだ。


「焼けば、治るんじゃないか、って」
「どういう・・・こと?」
「さとり様の手、温かかったから・・・」(震えた時、さとり様の手が温かかったから)



「もっと、熱いといいかな、って」



それで、ここに来た。そういうことか。
「暖炉じゃダメだった」は寒気が止まらないことじゃなくて・・・こっちだったのだ。

よく見てみる。お空は・・・二度焼いた。自分の身体を。
熱に強い種族では、暖炉の火ではダメだった。そしてここの火をもう一度押し当てた。




「痛くて・・・苦しかったでしょう」
「そう、です・・・」(頑張りたかった・・・)
「「頑張りたかった」?」

「なんで、「頑張りたかった」って?」
「・・・あ」(そう、だ・・・)


お空の言葉が、止まる。
自分が思い描いてた一番の目的に、気付いてしまった。
この地獄をくぐり抜けてきた理由。


(私・・・ろくでもないこと・・・)
「違うわ」


私も、分かってしまった。
お空が考えて、お空がやってほしかった、一番のこと。


「私・・・」(さとり様に・・・)


少しだけ、後ろに下がる。
距離感、私へと。罪悪感に包まれて距離を置く。


(褒められたかったんだ)


自分で治して、そして私に褒められたかった。
「頑張った」って言ってほしいために。

「あ・・・」

けれど、自分の火傷を手で覆って私に背を向けた。
隠すように、これを自分の恥だと思ってしまって。



(でもこれじゃ・・・さとり様は 喜んでくれないんだ)


気づいてしまった。大きな後悔だった。
自分のやってしまったことに、私が怪我することを望んでなかったことに。
表情は伺い知れない。けれど絶望している。


(怪我しちゃダメって言われてたのに・・・)
(自分勝手で・・・馬鹿 「違う」


振り向いて塞ぎこんでしまったお空の上から声をかける。
今度は、ちゃんと間に合った。


「違うわよ」


私が思った事は違う。


「「自分勝手」なんかじゃないわ」


お空が思うよりもう少しポジティブで、それでいてまだ望みのある考え方。
怒ってないってことと、希望を表すために、きちんと笑顔で伝えなきゃならない。
私の考え方は違う。


「自立しよう、って思った結果よ」


私を頼らず、治そうと頑張ったのだ。

悪いと思った、という建前ではなくて、私に頼りたくなかった。いつも頼りっぱなしだったから。
電灯を使わなかったのは、薪を使いたかったから。
薪は・・・お空が自分で割って作り出したものだ。自分の仕事で手に入れたものだ。
それを使うことで、自分がこの家から独立しようと思ったのだ。


「自立・・・、って私、が?」

信じられない、といった言葉。
絶対に失望されると思ってた、その矢先の、この言葉。


「ほら、顔見せて」


まだしゃがみこんだままのお空の前に回りこむ。
今までのとは少し違う。わずかに光が射しているような明るさが出ている、泣き顔。
胸の痕を隠そうと両手で覆うが、隙間からはかすかに赤い痕が見える。


「残念な怪我じゃないわよ」
 
手に手を重ねる。少しだけ濡れてて震えている。


「前向きに歩いて転んで、少し怪我しただけ」


自分で治療法を考えて、自分で実行した。不正解であったとしても。
今までのお空からは考えられなかった変化だ。


「だから私は、あなたを責めない」

髪を梳かして両手で顔を包む。きちんと認めてあげるように。
涙で濡れた目が私を見つめる、不安でしょうがなくて少しだけ目を逸らそうとしてて。

「むしろ褒める」
「さとり・・・さま」(それでも・・・私は自分が)




少しだけ距離を離す。付属した半人前じゃなくて、一人前のきちんとした個体として扱うために。



「強くなったじゃない、一人で、頑張れたじゃない」
「違う、そんなこと・・・」
「自立しようとしたのよ。あなたはもう十分に強い」


誰かに頼らなきゃ生きていけない、そんな自分が憎たらしくて、
最後には傷つくことすら厭わずに自分の身を投げ出して。

そんなお空が、今初めて前に進もうとした。転んでしまったけれど、それでもいい。歩き出したことがまず正解だから。





「・・・ごめんな、さい」
「どうしたの?」


お空が立ち上がって、距離を取った。

謝らなければならないことが思い浮かんでいる。
何かに思い当たってしまったようだ。
褒められた直後に、ブレーキをかけるように。見損なわれるなら、早いほうがいいという考え方から。


(きっと、許してくれない・・・)

揺らめくお空の姿。
私よりはるかに大きい体なのに、小さい。
儚くて不安定で、その根っこはまだおぼつかない。

「許してあげられるから」
伝わっているのだ。言うかどうかはお空に
私からは引き出せない。私自身のことであるから。けど、話しやすい振る舞いは出来る。
少しだけ視線を切る、正面から身を外す、斜めから近づいていく。


(さとり様に・・・)



「さとり様に・・・構ってもらいたかった・・・」



涙が落ちて、床で蒸発する。



「お燐が帰ってきたら、また、一人ぼっちになるから・・・
 お燐のほうが、さとり様の役に立つから・・・!」



「私・・・馬鹿だ」

あまりにも純粋で、悲しい感情だった。


「友達なのに・・・、友達、なのに・・・!」


欲しがってたものがやっと手に入ってきているのに、また奪われそうになっている。
しかも相手は親友で、一番自分のことを思ってくれてた人。
帰ってくることは嬉しい。けれど、優秀だということを何よりも知っている。
目の前にいる主と一気に距離を近づけてしまうかも知れない、
そしてそれを、片隅でも思った自分に嫌悪して。

もちろん、それが全部じゃない。一因だけに過ぎない。
けれど心の深部ではそれは確実にあった。


「寂しいよ・・・、寂しい・・・」(さとり様に嫌われる、お燐にも、嫌われる・・・)

自分が浅ましいと思っている。
溢れ出てきている色々な欲に戸惑っている。今まで、感じてきたことがないのだから。
自分を捨てて、生きてきていたのだから。



「お空」

一つ歩いて距離を詰める。

「あなたを一人ぼっちになんてしないわ」

お空は下がらない。不安げに私を見つめる。

「あなたにしか出来ないことがある。あなたには出来ないこともある」

適材適所。私はそれを大事にしている。
無理に苦手な仕事をやらせる必要はない。
どうしてもやらせるのであればもう少し単純に仕事を分割させる。



「力仕事を推薦したのは、お燐そのものよ」

薪割りは私が割り当てた仕事だが、そこに至るまでを教えてくれたのはお燐だ。


「自分には難しいから、って私に推薦してくれたの」

お空のほうが力がある、自分はそれが無い。
そう特徴をしっかり掴んでいた。

「認めてくれてるのよ、最初から。誰より早く」


私がどうするかと考えるより早くそこに至った。
仕事を与えることで気を紛らわせることと、早く新しい家の輪に入れられるように。
長年思ってきていた証拠だ。


「だから、二人とも私にとっては必要なの
 どっちが優秀とか賢いとかそんなの無いわ」


二人、ではなくここに住んでるみんなにそう思っている。
優秀でないから出ていけなんて、そんなことは言わない。


「仕事場の都合上、距離としては離れてしまうかも知れない。
 けど、私はあなたを決して離さない。あなたが離れていかない限り」

私が避けられて出ていくのはしょうがないけれど、私からは追い出すことはしない。


いろんなものに嫌われた存在が集う場所。
それが地霊殿という場所で、私の管轄する家なのだから。



お空はじっと耳を傾けてくれている。
自分が今からやることが正しいのかを、考えている。


「あなたが一人で頑張ろうって思ったのなら、ちゃんとそばにいてあげるから」
「あっ・・・」


火傷の痕に指を置く。水っぽい感触が粘ついて指にひっつく。
少し痛みが走ったらしく身じろぎする。


「でも、こんな・・・」(火傷・・・)

自分の火傷に、悔いを残している。
認められたとしても、自分でつけてしまったことに変わりは無い。
治ったとしても、私に心配をかけたということは残ってしまうかも知れない。だから、

「それは、あなたの勲章」
「私の・・・?」
「あなたは強くなったって、自分でちゃんと認められたの」


お空は自分から動いたのだ。勇気を出して自分で行動したのだ。


「今はもう、弱いあなたじゃない」
「強く、なれた・・・?」
「そうよ・・・怖がってたあなたはもういなくなったの」


お空は殻を自分で破った。
犠牲を払って、痛みを伴って、破りたかった自分を破った。

「そばに、いてくれる・・・?」(自立、しても)
「ええ、ちゃんといてあげる」



「だから、何も気に病まないで。あなたが、あなたに認めた証なんだから」



──



「・・・さとり様」(手、貸してください)


自分の火傷をしばらく見ていた。両手で包み込んでいた。

意を決したように声をかけられた。
ほんの少し、声の出る位置が高くなった気がする。

「もう大丈夫です」なんて、しっかりと言葉に出来ている
強くなった、本当に、強くなった。大きな代償、大きな報酬。



お空の手が、私の手を取る。
それを自分の胸へと当てた。
ぐしゃっと、汗の染み込んだ寝巻きを通して肌の感触が伝わる。

そのままお空の手のままに引き回される、
胸を撫で回している。確認している。


「怖いの、なくなった」

お空は、私に微笑みかけてくれている。
一時的な興奮状態だから、治ったなんて断定は出来ない。
けれど本人の心持ちが変わったのは、確かだ。


「今、なら・・・」

しなだれかかってくる。そのまま、上目遣いで私の顔を見上げてくる。お空の顔がすごく近い。
一指しで汗を掬ってお空の前髪を掻き分ける。
外気か興奮か、すでに熱に包まれたような肌の感触。


「さとり、様・・・」(いい、ですか?)
「ええ」


意図が分かる。

ゆっくりとお空がパジャマのズボンを下ろす。
汗に浸食された下半身が目に入る。
必死な形相を浮かべている。
乗り越えようとして、あと一歩踏み出そうとしている勇気の顔。

指を、二度、三度、動かす。
お空は火傷に手をやっている。支えにしている。


(うん、怖くない。怖く、ない)


お空の心に自信が宿っていく。
一度だけなら勢いかも知れない、けど、二度、三度で大丈夫なら
それはもう偶然でも何でもない。

お空の目を見ながら、近づいていく。
私が近づいても怖がらない。堂々とした立ち姿で迎え入れてくれる。




自分の中に、異物が入っていくこと。
それを今やっと・・・お空は受け入れられることが出来た。





「さとり様」(何か・・・)
「ええ」


お空の身体を力いっぱい抱きしめた。
大きな、大きなトラウマを自分自身の手で、払拭していった。
整備不良、遠回り、悪路、自損、全てを乗り越えて・・・ようやくお空はたどり着くことが出来た。



(これで、やっと・・・さとり様に・・・)
「ええ」




「あ・・・」(でも・・・)

(せめて、このまま一度だけ・・・)

一度なんて、そんなことはしない。
これから何度でも与えてあげなければならない。
ようやく元気になった、お空へと。



「さとり様・・・」(口・・・)

私の、顔の高さまで降りてくる。
要望が心に入る。



行ったのは、キス。

お空はまた、私を制圧するように押し込んできた。
全てを味わい尽くすように舌をからめて、
これ一度きりにする、と言わんばかりの勢いで。


「お空」

私は距離を詰めたい。
けれど。お空は離れていく。少し儚げに笑いながら。



「ダメ、です」


「ダメ、なんです・・・」



否定の言葉。
けど、前のようなトラウマが蘇ってきてる訳ではない。
身を引くような・・・そんな感情の入った言葉。


「お空?」
「好きになったら・・・ダメなんです」


離れていく。お空の、身体が。
手を伸ばしても届かない。それぐらいの距離にまで。


「お燐がさとり様のこと、好きだから」


(私のせいでたくさん不幸になった
 だから、一番幸せになってほしい)



「私まだ・・・何も謝れてないから」



餞別を受け取ったように。最後の別れとしてせめて、そんな感覚だったのだろう。
これ一回きりにしよう、と。後は親友と付き合ってもらいたいから、これ以上はダメだと。



「さとり様」



「お燐に・・・会います」




炎の中に佇んでいたお空の姿は小さかった。
また、お空は悩んでいる。人と人との扱いを。


「・・・分かった」



私は、これ以上は何も言えない。
何を言ってもお空は曲がらないだろう。残りは・・・当人同士で話し合ってもらうしかない。


そしてその時期が、ようやく来たのだ。


──



相当に待たせてしまった。

お世話になった一つ屋根の下の人達に挨拶回り。
ずいぶん長く、ここにいさせてしまった。



「本当にごめんなさい」
「いや、いいんですよ」

間接的にでもお空を傷つけた。預かっている立場であるのに。
対処のやり方なんか、いくらでもあったはずなのに。それを防げなかった。
その点は私の落ち度でしかない。



「あたいら火傷なんてよくありましたし」

「お空のやること、あたいにもたまに読めないですし」




「それにしてもお空があんなに、ねぇ」(たくさん不幸に、かぁ・・・)

お燐もまた色んな"不幸"のことを振り返っている。
お空より受け止めていられるのは、踏んだ場数・・・というより立場の違いだろうか。
「背負おうとした」と「背負わされた」の差もあるだろう。


「そりゃあ、さとり様のことは好きですよ。でも」
「待って」


先んじて言葉を遮る。
色んなことを話したいのだろう、けど

「そこから先を聞くのは、私じゃない」


次の台詞を聞くべきはお空だ。
そしてそれこそが、何よりお空の最後に残った「罪悪感」に対する鍵となる。


「お空は・・・まだ完治自体はしてないのよ」
「えっ・・・」

自分が呼び出されるから、終わったものだと思っていた。
けれどまだ、終わりじゃない。

「最後に、あなたの力が必要になる」


「なにより辛いことになるかも知れない。それでも、いい?」





「・・・考えが一つあるの」



最終段階の、開始だ。


───



「もうすぐ、会えるわよ」
「うん!」

今のお空には自信がある。成長したということが、ようやく芽を出した。
別れの宣言をしたけれど、お空の付き合い方は特に変わっていない。
よそよそしくなった訳でもないし今まで通り過ぎて、何も無かったみたいになっている。


お空は「あの時はおかしかったんだ」と括って心の片隅に放り込んでしまったようだ。
けれど完全に放棄されてるわけではない。それを抱えることは、毒にしかならない。



「ねえ、お空」


強くなったあなたなら、きっと最後も受け止められるはず。
揺らがなく、揺るぎない心を持ち始めたあなたへ、最後の試し事。




「本当に、お燐に会いたい?」



「・・・え?」




「ねえ、お燐」


こちら側にも伝えなければならない。


「お空の、隠し事」




「本当に、お燐に会いたい?」の逆。つまり、その本当の答。



「私が言うべきじゃない。けど・・・」

冷静に対処してほしい。だから前もって、言っておかなければならない。
お空だって、悪いと思っているから。



───



「お空ー!」
「お燐!」


「久しぶりだねえもう」
「うん、お燐の顔久しぶりー」
「なんか少しでかくなったんじゃないのかい」
「お燐もなんか・・・大きくなった」
「あんたと比べたらどうしようもないよ」


久しぶりの再会。
ベッドに飛び込んでいって、しばらく抱きしめあってた。
分かれた二つのパーツが、ぴったり一つに当てはまるかのような密着っぷり。


「元気してた?」
「お燐は?」
「そりゃもう寝てたさ 寝て起きたら今だった」(嘘なんだけどさ)
「そっかー」


きゃいきゃいと二人はベッドの上ではしゃいだ。
言葉でも身体でもいくらでも伝えあっていた。





「二人とも」



落ち着いたところで切り出す。
前もって、二人に話をしておいたこと。


改めて姿勢が正される。どちらも一転して、緊張の色を隠せない。
私の前もって話しておいたことは、それほど重要なことだから。



「お空は「強くなるまで会えない」と言ってたの」
「ええ」(それは・・・ずいぶん前に聞いた)


「でも、本当は違う」


お空の目が開かれて、肩がびくりとなる。
私に話していたとは言えど本人に聞かれることは、やはり怖いのだ。



「「会いたくなかった」」



顔も見たくない、というわけではない。少し、距離を置きたかった程度の言い方。
言葉を少し尖らせすぎたかも知れない。
けど、偽りなく真実ではあるのだ。無意識下ではあるけれど。

「ええ」(さっき聞かされたことだ)
「・・・はい」(怒ったり、してるかな・・・)


このことは、会う少し前のお燐にも伝えた。

驚いていた、けど、すぐさま持ち直した。
「あいつもそんな時期かねえ」などと言って茶化していた。
二人の強固な根っこはこれぐらいでは揺るいでなかった。






「・・・大丈夫ね?」

そして、改めて聞く。


二人に、私は提案した。


お空の罪悪感を探り当てる旅。


私の使える想起。それを、お空に使う。
お燐に対する何らかの罪悪感、記憶を探ってそれを白状してもらうために。
判断を下すのは私ではなく、お燐。
二人が平等に親友でいるために。

辛い旅になる。
たくさんの記憶が想起されるだろう。
奴隷時代のことをたくさん思い出すだろう。
必須なのだ。記憶を共にしてきた親友が。
その時その時に対してしっかりと慰められる存在が。

「何が出るかは分からないわ。それでも・・・」

何度だって、確認を取る。
もし、仮にお空に、ひっそりとしたお燐に対する殺意があったとなっても、私にはどうしようも出来ない。
最悪のケース、仲が引き裂かれる可能性だってある。
ネガティブ過ぎる考えだろうか。

「大丈夫です、あたいは何が起きたって受け止めますよ」

お空は、不安の顔を隠せない。
自分が何を思ってるのか分からないのだ。
加害者の方がいつだって記憶に残り続けるのだから。

「お空は・・・私と、お燐を信用出来る?」
「信用・・・、する。うん、信用する」

特に、お燐を信用してもらわなければいけない。
全てを引きずり出された後の拠り所として。
そこでもし不信感が生じれば、私のネガティブは現実の物になってしまう。




深呼吸を一つする。



今まで「想起」なんてあるだけ引き出せばいいと思ってた。
だが今回は違う、私だって、初めてなのだ。こんな調整をすることなど。

「どんなに何かが起こってても、最後まで聞いてあげてね」

口を挟まないように、とお燐に。
何かを伝えたい時には全てを話し終えてから。



何度も言うが未来にどうなるかなんて分からない。
コイントスをするのは分かっても表が出るか裏が出るかは分からない。

お燐とお空が、手を重ねる。
自然に重なっていた、離さないようにと。



想起が始まった。





第三の目から、赤い光が放たれる。


お空の頭が規則的に揺れ動き始める。
自然に、催眠状態に入った表れだ。



キーワードは「罪悪感 お燐」
お空が「お燐に悪い事したな」と思った時の出来事。
ビジョンが入る。言葉が入る。お空の中へ、ひたすら潜る。



「私は・・・」


話は、つい最近のことから始まる。



つい最近。
お燐を片隅でも「戻ってこないで」なんて思ったこと。
このままでいれば私が自分の事を見てくれると。
その後にとんでもないことを考えていた自分に自己嫌悪して、ベッドにもぐりこんだ。



「すごい大変な事させてた・・・」

場面は移る。自分で仕事をしてみて初めて分かった。
どんなに大変な作業で丁寧なことをしなきゃならないかということ。
お燐に働かせてて何も出来ない自分。
一人部屋の中でじっとして、劣等感にひたすら悩む。



「お燐の怪我を望んだんだ・・・」

階段。
これは、誤解ということで解決した。
けれど残った。また身代わりになって役に立てるんじゃないか、って。



「私がいなければ」

地霊殿に来る前。どっちか一人、と言われた時。
一緒に、と言われた時は嬉しかった。けど、同時に罪悪感も出た。
自分がいなければ、お燐がこの家にいられたのにと。



「お燐はいつだって庇ってくれた」

自分が失敗した時、前に出て一緒に殴られた。
二人で競争させられた時、お燐が手加減して酷い目を代わりに受けてくれた。
当然、って顔が眩しくて辛かった。



「それなのに・・・」


「私、お燐にひどいことし続けた」

肌に釘を打ち付けたこと。
挿入されてる中のお燐の首を絞めたこと。
鞭を打たせられたり、見世物にされてるお燐に張り型を挿れたり。
全部、脅されてやったことだ。けど、お空の脆い心には常に残り続けた。



「お燐をたくさん巻きこんだ」

身代わりになってた時の話。
自分だけで背負っていくつもりだった。
だけど、お燐が一緒に被害を受けるようになった。
そのたびに強烈な罪に押し潰される。加害者になる、被害を受けているのに加害者になる。
泣いてもお燐は真に理解してくれない。受けている自分が罪人であることを知らない。
諸悪の根源であることを知らない。
言えば、嫌われるだろうから。



お空は、人よりはるかに優しい。
それゆえに数多くを抱え込んでいた。私が思うよりもっと多く。



「最初・・・」


ここで止まる。罪の根本。
最初の一言。光景は、かなりの昔。二人が出会って、外で暮らしていた時のこと。

拾い上げる。大きな塊。



「一番、最初・・・」



「食べるの、配ってた・・・場所」




「ねえお燐、あそこでご飯食べられるみたいだよ」
「へえ炊き出しってやつかい、珍しい」
「ちょっと遠いけどさ、行ってみようよ」
「でも怪しくない?こんなところでなんて」
「えー、でもさぁ、あんないい匂いしてるのに」
「そうだねえ、どのみち逃せば後悔するか。いざとなれば逃げればいいんだし」






「私が、私があの時お燐に言わなかったら・・・!」





「強引に引っ張らなかったら・・・!」
「見つけてさえ来なかったら・・・!」



全ての始まりは、自分だった。


お空は何十年間悔やんでいた。
自分の軽はずみでお燐を長く傷つけ続けたこと。
もっとも酷い環境へと、お燐を引き込んでしまったこと。
悔やんでいて、悔やんでいてしょうがなかった。

「ごめん、ごめん・・・」

泣く。ただひたすら。
お燐に許しを乞う。心の底から。罪悪感を引っ張り出されて。



「知り合わなかったら・・・ふつうに暮らせてたはずなのに・・・
 ごめん・・・ごめんな、さい・・・!」





私は、顔を上げる。
全ての札は場に出された。ここから先は、私だけではどうしようもならない。合図する。託すしか、ない。



「全く・・・さぁ」


どさり、と音がする。

お燐が、お空を押し倒す。最悪の事態を覚悟する。
始まってしまったら?しょうがない、催眠術でも使って眠らせるでもするしかない。



「まだそんなこと気にしてたのかい!」


お燐の叫ぶような声。
半分は怒ってる、けど、もう半分は悲しんでいる。
慟哭に近い、深い叫び。


「何度も聞いた!」

「何っっっ度も聞いた!」

「そのたびに許すって言ったじゃんか!」


「なんでまだ 「お燐」




押し倒したお燐に手を置く。
息が荒い。とりあえず、なだめなければならない。
この一気呵成では一方通行、話が進まない。




「何て言ったらいいのか分からないんだけどね」

いきなりの剣幕だったのでまとまってない。想起明けでフラフラする。
私の中で形にはなってるのだ。言葉としてどう形にすればいいかだけで。



「二人同士じゃ、解決しない話なのよ」



当人だけだと表面だけで取り繕って終わってしまう。
よくある話だ。
「大丈夫」って言ってても、大丈夫じゃないケースなんて山ほどある。
今みたいに間に誰かを挟んで調停してもらって、ようやく落ち着く話。


その機会が何十年もなくて、ここまで膨れ上がっていった。性格に影響を及ぼすまで。



そして、お燐が覚えてなかったのは「解決済み」だったからだ。
何度も謝罪されて赦しも与えて終わった話なのだ。
私が想起をしてみてもおそらく引っかからず終わってしまっただろう。





この調停は、このタイミングでなきゃダメだった。
最初の状態ではお燐に泣いて終わってしまう。
それを開けてもお燐に謝って終わってしまう。
全ての悪性を取り除いて、空になって、私がいて今この瞬間。




「顔」


視線を下にやる。
その一言で、お燐が少しだけ落ち着きを取り戻す。

「あっ・・・」


顔を見て、はっと気づいた。



「ごめん・・・ごめんね・・・」


お空が泣いている。
罪悪感全てを引きずり出され今、脆弱なのだ。支えがなくてボロボロで。
全部を覚悟していた。嫌われることもそっぽ向かれることも。


お空の泣き顔が突き刺さっていく。
悪くない、と伝えているはずなのに、悪いと思わせてしまっている。

無二だったはずの親友を泣かしていた。支えていたつもりが押さえつけていた。
守っていたのに怖がらせた。


「お空」


その事実が今、お燐の胸に突き刺さっている。対処法は分かっている、長年の付き合いから。
両手で頬を包み込む。声が穏やかに変わる。
泣かせた子をなだめるように。

「ごめん、大声出して・・・」


「あたいだって最後には行こうって言ったじゃん・・・だから、お空だけが悪いんじゃないんだよ」

「しょうがなかったんだよ、どっちにしろあたいら飢え死にだった」
「お燐は、私よりずっと少なかった・・・くれてた」


「いつもみたいに狩りしようとして、失敗した、罠にかかった。それぐらいでいいじゃないさ」
「私、長く、ずっと・・・」
「いつ死ぬかだけで考えたらさ、酷い環境でもどうにか生きてこれたじゃないか」





「それに、最後にさとり様に会えたじゃないか。だから、いいんだよ」


「お空が言わなかったらこうして会えなかった」
「でも、ここに来るまで」
「お空のほうがはるかに辛い目にあってきたって聞いた」
「それは、お燐だって」
「お空がいたからあたいは生き延びれた。忘れたとは言わせない」
「・・・あ」
「それに、釘刺した時だって、脅されてやってただけじゃんさ。あたいだって・・・お空の背中に爪を立てさせられたりした。忘れたかい?」
「そうだった、っけ・・・」

垂れた前髪を横へとずらす。
瞳二つをよく合わせられるように。


「幸せだろう?今。温かいところにいられて」
「・・・うん」



「だから、いいんだよ」



「いいんだよもう。お空は何も気にしなくていい」


「あ・・・」

お空の心が、解放されていく。
ぼろぼろの涙でぐしゃぐしゃの顔が浮かんでくる。


「だから・・・一緒にいようよ」





「お空」


少しだけ口を挟む。
お空の心が揺れた。ほんの僅かに顔を覗かせた。その隙は、逃さない。


「嘘をつかないで」


長い時間かけて、ようやく扉まで辿り着いた。


「消さないで、一番最初に思ったことを」


お燐が最後の扉を開けた。
固くこびりついていた殻の中からようやく引き出したのだ。
自分への嘘で再び埋めようとしていたからすぐさま言葉で制止した。



「言ってみて、最初の言葉を」


お燐の言葉の最後、ふっと浮かんだ言葉。表に出させる。
そして、それをもう伝えられずに黙り込んでしまうほど、お空は弱くない。
強くなった。




「・・・「いいのかな」って」



自分を受け入れようとする心。
芽生えた。お空の中に。
お燐の顔が輝いて、改めてお空の身体をぎゅっと抱きしめる。


「いいに決まってるじゃないさ。何やったっていいんだよ」



ようやく開けたお空の心。親友がようやく自分に見せてくれた。
押さえつけてしまっていた。やっと、本音が一つ出た。


「さとり様は受け入れてくれるし、あたいだってたくさん応援するさ、やりたいこと」
「私のやりたいこと・・・」


「何だっていい、今思った事でいいんだよ」



「・・・みんなと、いたい」


「あたいもそうだよ」


「離れてみてよく分かった。やっぱりあたいはここにいたい。あたいの家は、ここだよ」
「私も・・・ここ、好き」
「じゃあさ、やっぱり」


後はもう、何も言わなかった。
分かっているのだ。このあと続く言葉など。




「聞いたよ、お空」

お燐がちょっとだけ、話題をずらしていく。
まだ話を終わらせてはならない、もう一つやらなきゃならないことがある。ついでにやってしまうようだ。



「あたいにさとり様譲りたいとか、そんな話」
「え、あ・・・うん」


お空が下向きになって、返事が終わるや否やお空の両頬がぐにーと引っ張られる。
涙目が浮かぶ。純粋な痛みによって。



「馬鹿言ってるんじゃあないよ」
「な、なんで・・・」



「お空もさとり様のこと好きなんだろう?」



「あたい以外であんなにお話いっぱいしてたじゃないか、嫌いだなんて思ってはいないんだろう?」
「えっと・・・」
「柄にもなく深く考えなくていいんだよ、好き?」
「う、うん・・・」



「でもお燐に、さとり様と・・・」

お空の視線が逸れる。嘘をつく、本音を隠す時の癖だ。


「お燐を置いて幸せになるなんて・・・」(出来ないって・・・)
「ほう」


つまんだ頬を離して、もう一度両手で挟む。
ぐ、っと近づく。二人の顔の距離。


「お空」

近い。額が触れるほどに。


「あたいの許可を求めるな」
「あたいを幸せにしたいのならお空が幸せになれ」 
「あんたの世話してるのは楽しいの」
「あたいが幸せであんたが不幸になる道なんて、選ぶ気はない」

少しだけ厳しい言葉。
でもこれは、自立のために送る言葉だった。少し甘やかしてる要素があるけれど。



「それに・・・今度はあたいに身代わりさせる気かい?」
「・・・え?」(身代わり?)



予想外の言葉に困惑している。
自分が今まで拠り所にしてた言葉が、ここで出てきたのだ。


「幸せの身代わり。あんたの代わりに幸せに、なんて、あたいはしたくない」

手が握られる。二人の距離がさらに近づく。

「一緒に、って言ったじゃないか」

不幸も幸せも一緒に。
今更どちらかが偏るなんて、お燐の頭には無いのだ。


「でも、さとり様は一人しかいないから」
「それを考えればいいんだよ。これから」

「でもどうすればいい?」と考える。
お燐も「そう言われても」と考える。
ここで踏み込まれるとは思ってなかったようだ。

しばしのあと、お燐の頭で手が一つ打たれる。



「これからお空が頭良くなって考えつけばいいんだ。
 二人とも幸せになるようなやり方」



「私が・・・?」
「そう、お空が延々考えてるんだから」


お空に仕事が押し付けられる。
「謝りたい」をクリアして宙ぶらりんなお空への次なる仕事。新たなる目標。



「・・・うん。そう、だね」



お空が頷いた。

輪の中に入っていく感覚が、お空の中に広がっていく。
自分は輪の外だと思っていたのに、お燐が手を引いて、ここにいるための目標を作ってくれた。
また、涙が出てくる。




「お燐がどこかに行っちゃう気がしてた」



自分が、結ばせようとした理由。
離れていたことが存在の大きさを、際立たせた。

「もう大丈夫、って言われるのが怖かった」
「何も返せてないのに離れていくんじゃないかって」


だから、最大限のものを贈りたかったのだと。
打算云々じゃなくて本心の感謝から。
自立の心が芽生えたからこそ、別離の可能性が出てきたからこそ。



自分の気持ちを「罪」の形で押し殺してまで。





「私もね、いてほしいのよ」


そろそろ口を出すべきか。
この譲り合いには、決定的なものが欠けているのだから。


「あのね」


前提条件。


「どっちと付き合うとか付き合わないとか、
 今はまだ何も分からないわ」


そもそも私の心情を一切考えてないのだ。確かに嫌いではないけれど。
どっちかを選ぶなんてことは今は出来やしない。
心の中で「ああそっか」って、二人とも全くそこに思い至ってなかったようだ。


「でも"これから"はどうなるか分からない」


されど絶望させないように。繰り返すが、嫌いではないのだから。



「仕事が忙しくなくなったら、考えるでしょうけどね」


遠回しな謎かけ。"これから"にたどり着くための問題。
二人に出した大きな目標。



「そしてお空」

お空の正面へと顔を近づける。
少しだけ二人に割って入る。私をめぐって話し合ってたのだ、これぐらいやってもいいだろう。



「あなたにまだ勉強を教え足りてない」

「掃除だってまだ埃が残ってる」

「あなた自身がイヤだと言うのならしょうがない
 でも、私はあなたにまだやり残しがたくさんある」




「だから、いてほしい」




しゃがんで、手を重ねる。
心でも、立場でも、鎖を繋ぐ。
今度はちゃんと希望のあるところへ。


「私と、一緒にいるのは辛い?」



お空は少し躊躇している。答えはすでに出ているけれど、少しだけ気恥ずかしい。
「恥ずかしい」と考えられるまでにお空は成長してきたのだ。



「辛く、ない・・・」


あとは、一押しあればいい。



お空の口が開かれそうになる。
お燐が回り込む、肩に手をおいて背中を前へと押し出す。

「好きに・・・なってもいいの?」

繋ぐ、足場を。

「誰も怒らない」

お燐の言葉。
飛べる場所まで誘導する。
片足が踏み出される。

「さとり様もお燐も好きだって思っていいの?」
「誰も怒らない」





「・・・大好きだ、って言っても?」
「誰も怒らない!」


──




「一緒に・・・」




(必要、温かい、幸せ、気持ちいい)

一つだけ、そうつぶやいてお空の目が深く閉じられる。
肩の力がすっぽり抜けて首が据わらなくなり、そのままガクリと下を向く。
身体は膝立ちのまま崩れてない。


「お空・・・?」
(かぞく、ははおや、温もり、幸せ、)

いきなり停止したお空の様子に、お燐が疑念に包まれる。
顔を覗き込む、掴んで揺さぶる、いずれも効果が表れない。


「(大丈夫、だから)」

制止させる。今、ショックを与えてはよくない。
お燐にひっそりと伝えた。これは・・・良い傾向なのだ。


(明るい、きれい、落ち着く、広い)


目を閉じたまま、お空は頭の中で反芻し続ける。
今まで受けられなかった言葉を、幸せで明るい言葉を。
自分を肯定し続ける。

親友の殻に守られて、広くて明るい場所を見つけて

(食べ物、お風呂、優しさ、怒られない)

まだ目は開かない。けど、涙は溢れてくる。
卵にひびが入ったように。

(理不尽じゃない、柔らかい、元気でいられる)


(受け入れてくれた、優しくしてくれた、温かくしてくれた、みんな優しかった)

やがて溢れる。感情。


「っく、うっく・・・」





「欲しかったもの、いっぱいあった・・・」

ガラス越しに見てたもの、すれ違った人が持ってたもの、
見ては記憶から消し去っていった。手が届かないと分かるから。





「あは・・・」

一言だけ笑ったような、漏れた息が出る。
もっと深く首が下がり、真下になる。前のめって自分の両手で支えられる。


「・・・お空?」

お燐の口に指先を当てる。まだ、刺激を与えてはならない。
私とお空にしか共有出来てないのは少し気の毒だが、
それを伝える時間は今無い。

「手、握ってあげてて」

(思い出がある、お燐と、あの時)

お空の指が鼓を打つ。この動きは、まるで逆、押し込んでいくかのように。
羊水に浸るように、言葉を繰り返す。


──

くらい まっくら ここは そと
めのまえにいるのは なまえ そうだ おりん

いっしょだった いつあったのかおぼえてない わすれた

わたしのせいだ わたしのせいで ひどいめにあわせちゃったんだ


わたしが、さいしょにみつけたからだ
─違うよ、いつもみたいに歩いてたらさ、一緒に見つけたんだよ


ごめん、わたしのせいでおりんがまきこまれた

─お空はお空なりに人を守ろうとしたんだろう?
─それにあたいだって助けられた
─だからもうそれは、それでいいじゃないか

わたしね、よびだされたの。だから、いかなきゃ

─待った
─そっちじゃあない

いつものへやじゃないの?
─違うよ。今はもう、そっちの紫色のほう

でもわたし、そっちにいかないと
─とにかく、ダメだ。この部屋にはあたいが通さない

こっちでいいのかな。
なんか、いごこちがよくて、不安になってくる。
私、こっちでいいのかな

「ああ、来たのね」

だれの声?女の人?

「もう忘れたの?」

私、知らない。おぼえて・・・ない。

「思い出しなさい。それが、今のあなたなら出来る」

・・・私には、何も。 ・・・何も?
無い? ・・・無くない、からっぽじゃ、無い。



そうだ 私は




「おいで」





「空」



──


「私、私は」




たどたどしくて、でもゆっくりと口が開かれる。

お空の心の最後の旅。間違ってきた道の、全てを率いて戻ってきた。
幾度も幾度もお空は失敗を繰り返してきた、致命的なまでに。
今までは何のフォローも無かった。けど、今は違う。
作り上げた強い心、信頼出来る親友、全てを携えて今ここで、打ち破った。



数多くの悪意を詰め込まれ、蓋を締められ吐き出せずにいて、大切な存在に迷惑をかけ続ける。
お空が受けてたのは三重苦。


「お空!」
「お燐・・・!」


強引に開けて、悪意を吐き出して、親友から改めて居場所を求められ、最後に新しい光を詰めた。

「お燐の声聞こえた」
「さとり様が教えてくれた」



「暖かい」



「悪い子」なんていなかった。「良い子」が周りにそそのかされて悪い子役を演じてた。ただ、それだけだ。





(そっか・・・)

やがて、目が開く。目覚めの、瞬間。

「私、こんなに」

果てに、笑顔で、こう告げた。





「幸せだったんだ」


──



「二人とも大丈夫?」



お空は目を覚ました。お燐はようやく落ち着いた。

「ええ、もう大丈夫です」
「やっと・・・すっきりした」

二人ともしばし状況が把握出来ずにいたけれど、これから互いに聞けばいい。積もる話も山ほどあるだろう。


やっと、全てにケリがついた。
色々な後処理が残るだろうが・・・今やる必要も特にない。
今日でも明日でも日はいくらでも、もうある。



「明日は何もしなくていいから、ゆっくり休んでなさい」


昼でも夜でも好きな時に起きてくればいい。
久々の再会なのだから。


「あ、あのー」


扉を開けて去ろうとした。お燐に呼び止められた。

呼び止められて振り返る。

「えっとですね」

お空に何やら耳打ちしている。
ちょっと驚いてお空の顔が赤くなる。私も驚いている。
次の一言、大胆過ぎた。



「お空を、抱いてやってください」



抱く、はまあ要するに言葉通りのことではなく、まあそういうことのようだ。
いきなり親友を、私にと促してきた。


「私ね、その、さとり様にしてもらった時のこと、ほとんど覚えてなくて」


お空が補足で説明を重ねる。
よくよく考えれば覚えてないどころか、してない。
お風呂、トラウマ発露、自慰、灼熱地獄、全部訳ありだった。


「久々の二人なのに」
「あたい達はいつだって会えますから。それより」


(お空はその・・・初体験が酷かったので)


何度も、それは痛感した。
大きく抉られたあの日から、お空は快感を感じられなくなった。
今までだって苦しんでた。

「だから、さとり様に・・・」

お空の背中をずいと押す。差し出す、といった表現がほど近い。
本人が動かないからそうしたようだ。


「私でいいの?」


一応の確認。


「やっぱりその・・・あたいだけ、ってのも」(お空にも知ってほしいし)


骨の髄まで一緒でいたいようだ、この二人は。
倒錯・・・いや、何も体験してない私が安易にそういう表現はしてはダメだろう。

「お空は?」

「ダメ、ですか?」

上目遣い。不安げ。涙目。
あれ、素のお空ってこんなのだったっけ。


「いえ、全く」

私からすれば拒む理由は全く無い。
ただ、唐突だっただけで。

「たくさん好きだって伝えてあげてください」

大きな役目を仰せつかってしまった。

「二度と「いらない」なんて思えないぐらい、たくさん」


人化したペット達が最初を、という要望はあったけれど他から薦められるというのは初めてだ。


「部屋、移しましょうか」
「・・・はい」(受けてくれた・・・)


お空に告げる。
ここでやるわけには流石にいかない。


「じゃあお空、また後で」


一度だけ手を握りあって、一時の別れを告げあった。
送り出したお燐の顔に憂いは無い。
もう傷なんて、つかないと知っているから。




「ねえ、さとり様」


腕に組み付いてきた。胸に包まれる。
黒く長い髪がさらさらくすぐったい。


「色々なことあったけど」

「やっぱり私、さとり様のこと好きです」(お燐に、負けないぐらい)
「そう」

どうなるかなんてまだまだ分からないけど、
そう思ってもらえるのならば十分だ。
時間はこれから、山ほどあるのだから。

「さとり様の色んなもの、欲しいです」

食事や仕事、身体、そういった意味での色んなもの、だそうだ。

「だから私の全部受け取ってください」

そしてその対価。
心の底から掲げられてきた言葉。

「ありがとう」


お空が少し抜け出そうとした。
成長は、今からもう始まっているのだ。

──


「んっと・・・」

「じゃあ、よろしくお願いします。・・・さとり様」

小さい子供の挨拶のようにペコリと頭を下げるお空。
本当のこの子を、垣間見た気がした。

薄く閉じていた目は今や私のほうをしっかり見つめている。
ぱっちりとした、大きな円い瞳で不安そうにこちらを見つめる様はまるで処女だ。

本当の意味で「初めて」と言ってもいいのかも知れない。
心が入ったこの状況では。

「怖くない?」
「今はもう、全部大丈夫」


ベッドの上で朗らかに笑っている。
憂いが全て無くなった。性的嫌悪も罪悪感も全て消えていった。
お空の、本当の笑み。


スルリとお空の服を脱がしていく。
ボタンを外して上をはだけさせてその後、下も。
お空の身体は何度となく見てきたつもりだが、そのたびに格が違うとそう思う。思わされる。

「なんか、恥ずかしい」

「どこへ出したって、恥ずかしくないわよ」

どこへも出す気は無いけれど。

こうやって、まじまじと見られるのにはどうやら恥ずかしさが出ているようだ。
今まで四つん這いだったり、背中に回り込んだりだったから。
いや、でも自慰の時は顔を思いっきり見ていたか。


右手の平を額に乗せて、前髪を梳いて撫でつける。鳥の頭を撫でる時と同じ手つき。多少大きな体だが。
その感触を目を細め、口に微笑を浮かべて受け入れてくれる。
頭に手を伸ばす、これ一つだけでも数多くのトラウマがあったものだ。

「私、なんで怖かったんだろ・・・」(こんなに気持ちいいこと)
「怖いことしかされなかったからよ」




ぽす、とお空はベッドに横になっている。

両手はシーツの上にある。
汗ばんだ身体に光が反射する。照明の返しが白みを強く際立たせる。
黒い羽根はしっかりと開かれてて、視界の邪魔をしてこない。
お空の身体は満遍なく私の前に広げられる。


「お願い、します」(ドキドキしてる、なんか、初めて・・・)


濡れた髪、流れ続ける汗、お空の顔がまぶしい。
上気の顔に覚悟が混ざり不安の一つも宿している。

「お空」

髪をくしゃりくしゃり撫でる。
心の隅の不安を紛らわせるように。
目を閉じて、それを受け入れてくれている。

少しだけ震えて汗ばんでいる身体。
拭うように手を這わす。起伏ある身体に上下させられる。
胸についた赤い火傷の痕がまだ痛々しく目に入る。
少しだけ小さくなっただろうか。
一度だけ、口づけを落とす。お空の証を認めるように。


お空の心にもはや抵抗はない。むしろ早くしてほしいと、そう願っている。結果を求めている。



そのまま、重ねる。互いの唇を。

舌先が触れる。今度は、きちんと絡めあう。
どちらかに奉仕するとか別れる前の餞別とかそんなのじゃない。
互いに互いを認めるようなしっかりとした交流。
どこがいい、どこが当たる、そんなことの語り合い。

「んはぁっ・・・」

一頻りの後、お空の中から言葉が漏れる。垂れた糸を指で絡めてお空の頬へと触れる。


お空の目がとろけている。
キスだけで、ここまでなってしまっているようだ。
考えればお空は今「初めて」なのだ。そう考えるべきだろう。


視線を下へ。

目の前に広がるふたつの胸。今は少し上下している。
母性というにはあまりに迫力のある、それぐらい実りある乳房。
汗が瑞々しく、すでに赤く熟れている。
そのまま目の前に迫っ

「ぐっ・・・!?」


お空に、抱きしめられた。
二の腕の感触と柔らかい胸の感触に挟まれる。
息苦しい、ふわふわする。天国と地獄の境目が今ここにある。


(さとりさま・・・こんなに、暖かい)

離してくれない。抵抗は諦める。
しばらく動くまで待つ。お空の好きにさせてみる。
押し込められてもっと埋まる。

頭を撫でられている。
お空の手、癖だらけの私の髪に絡んでくる。

(あれ、うまく通らない・・・)

ずいぶん難儀しているようだ。
櫛を通してみたいようだが生憎それが出来やしない。

ふと、何かよぎる。
優しい感覚。母の記憶なんてない、けれど誰かがここにいる。
身を預けたくなるような大きな感覚。
なるほど、ペットってこんな気分だったのか。


「どうしたの?」

少しだけなすがままだったけど、もがいてようやく上に来れた。柔肉に包まれたまま、聞いてみる。

「こうして、みたかったんです」(いつも、こうしてくれてたから)

曇りなく笑顔でそう答えが出てきた。
愛おしくてしょうがない、そんな考えも、どこかで浮かんでいる。
それこそ、子供を見守る母親のように。


母性の海から顔を離す。そこに今度は手を伸ばす。
しっかり掴んで上下に左右に。

「んんっ・・・ふぅ・・・」(胸、握られるの、いい・・・)

少しだけ突き出すようにして揉みやすいようにしてくれている。
柔い刺激だけではない。時々に指を埋めては強い刺激、爪を立てては弱く削ぐ。

「んんんっ!」(カリッってされるの・・・)

お空は刺激を受け入れる。

「暖かい・・・」

ぼんやりと呟いた。お空の心に火が入る。



いよいよ乳首に手をつける。

「あはぁ・・・」

含む。口の中へと。
お空の腰に両手を回して引かせないように。
聞こえるように、あえて少しずつ空気を含んで吸い上げる。
じゅずっ、と音が響く、お空が「吸われてる」と認識してる。

「いぃっ・・・です!」(すごく・・・)


つんとなってる乳首を口に含む。どろっどろの外側に確固な感触の肉々しい味。
舌一なぞり、二なぞりにお空が反応を返してくれる。

「それ、い・・・いっ」(吸われるの、好き・・・!)

片方に空いた手の外、小指の外側でもう一方も弄ぶ。
お空が思わず指をくわえて声を抑えている。
もっと、さらに、吸い上げる。

「ん、はぁっ!」

声が大きくあがって。耐えられなくなったみたいだ。
ぐにりぐにりと強く、つねる。
「やあ、ああ、ああっ」

少し痛いぐらいの強さ。勢いに乗せていく。
私の舌と指、一つ一つに小さく声があがる。


「さとり、さま・・・」(気持ちいいです)

少しの間、手を止める。
お空が荒く息をつく。

私の顔をじっと見る。いつの間にか、手を背中に回して布団の中に沈めている。動かさないように。
強いて言うのならば、服従の意とでも言うのだろうか。
「身を任せる」という表明。



下半身に手を伸ばしていく。
私から強制することもなく、自分から足を開いて私にその秘部を託してくれる。

「あら、もうこんなに?」
「うっ・・・」(そんなの・・・)

すでにびしゃびしゃに溢れてて止めどがない。
太股にまで一筋が垂れてきて、お空の顔に羞恥が浮かぶ。
目を逸らす、その有様は実にそそる。

「うん・・・、なんか、おっぱい、気持ち良かったから・・・」(ダメなのかな・・・)
「いいことよ」

瞳だけ、こちらに向けてこの一言。
素直に快感の言葉を口にしてくれる。大きい身体なのに、なんだか子供のような仕草。
微笑ましい満足感がどこかに沸き上がる。この子がこの顔を浮かべさせられるようになって良かった。


入り口をそっと指でなぞる。
汗か愛液か、あるいは両方か、すでに指の感触に、何らの引っかかりがない。

「にぅっん・・・」

身体が小さく反応する。
心臓の音が少し激しくなっている。次への期待を感じている。

良いとみなして幾度なく擦る。入り口だけをゆっくりと。
まだ挿入はしない、お空の顔を眺める。
潤んだ瞳がこちらを見る、じれったいとそう思っている。
それでも自分から腰を動かそうとはしない。任せたままに任せっきり。
少しだけ堪能する。ゆっくりとろ火でいたぶる。

「さとりさまぁ・・・」(おねがいします・・・)
「なに?」
「中に、ほしいです・・・」


溶けた声が耳に入る。満足。


「あっ・・・」(入って、きた・・・)

秘部へと指を侵入させた。
まずは、人差し指。何一つの抵抗は無かった。心にも頭にももう一片の恐怖も無い。


お空の空いた手が伸びて、自分の胸の火傷に触れる。
気持ちよさが入ってきてそこに自分が飛ばされないように。


「なんか・・・ぼんやりする」(さとり様、暖かい)

口元から笑みを出して、穏やかな瞳が私を見つめる。
長くて、暗いトンネルから、ようやく出てこれた喜び。
自分の証、しっかりと握りしめる。


「やぁ、ああっ、あぁっ!?」(さとり、さまっ!)


けど、そんなお空を嬲る。

溢れ尽くしたその下半身を指で開拓する、秘部の中を。
もう一本、押し込む。今度は中指。
秘部の中を抉りつける。

「さと、りっ、さまっ、そこ・・・!」
どこが感じるか、どこでも感じさせるほど。
飛ばされないようにした理性を無くすように。

感情を大いに発露させる。

「なんか、いい、そこっ、いいっです!」


第二関節までしっかりと、お空は迎え入れている。

指二つ、押し付けては引き出す。
手首を返してもう一度挿れる、一番感じていた場所へ。
集中的に攻めあげる。
繰り返す、何度も。無限に引き連れていく。





「お空」

攻めを中断。

「はぁ、はぁ・・・、・・・はい」(なんで、あと少し・・・)

手を握って、引き起こす。
お空は少し躊躇したけど、逆らうことなく起きあがる。


一度、唇を重ねて向き直らせる。
少し粘度の高くなったお空の口から、垂れる。

「あなたはたくさん強くなってきた」
「んん・・・」



ぼんやりとした返事、もうすでに判断力は低い。
興奮状態に包まれている。暖かく熱い身体を抱いている。



「やっ・・・ぁ・・・」

攻めを再開。

挿れた指は二本、中を削ぐように乱していく。
お空の中はもう外気より熱い。ぐちゃりぐちゃりと音を鳴らす。
汗もじっとり出てきてて、
すでにもう何の液体が出ているのかが分からないほどに。


「さとり、さま・・・!」(なにか、きそう)


お空の身体はすでに高熱を帯びていて、
お互いの境目なんて、何一つ無くなってるようなそんな感覚になってくる。
全てを水に包まれたような濃くてふわふわした感覚。


私の首にお空が両腕を巻き付ける。
高めていく、強めていく、二つの指。抜き差しして奥まで突いて、
親指の腹で尖りを擦ってさらにびくりと跳ねる。

「くる、くるよぉ!」


心の底から声が出る。けど隅に、ほんの少しの不安な気分。
お空の腕がさらに強くなる。
離れていかないようにと、ここにいる私に身を預けてくれる。
きつくきつく抱きしめる。夢心地へと放り込む。


「お空」
密着状態、今一度思いっきり顔を近づける。頬に触れて顔をこちらへと。
私しか目に入れさせない。それ以外のものなど何一つ目に入れさせないように。 


「私のペットに、なってくれる?」
「え・・・!?」


問いかける。
地霊殿の一員として、しっかりとした形で。
既に受け入れてくれている。でもしっかりと聞いておきたい。



「さとり、さま・・・っ!」(やっと、許してくれたんだ・・・!)


お空に歓喜の表情が浮かぶ。
待ち望んでいたような言葉がようやくかけられたと。


私が許さなかった記憶はない。
お空は、自分が自分に許したのだ。
劣ってるって思ってた自分は、この家にいていいのかと。
今、私のこの言葉でようやくその霧から抜け出したのだ。



籠の中にいた烏、一人ぼっちで見えなくて、やっと出れたと思っても
何が敵かが分からない。全てが敵に見えていた。
居場所を見つけて、止まり木を見つけて、やっと自分が落ち着けて。


「うん、いる・・・!ここに、いるっ!」

お空の心に安寧が広がっていく。
自分はここにいていい。自分は怖がらなくていい。


「ありがとう」
「うん、わたし、わたしっもっ・・・!」


速まる、鼓動。水音が強くなる。
一突き二突きごとに強まる。 そして最後


「あ、ああっ、あああああっ!」


お空の身体が大きく揺れた。
すべての四肢が伸びていく。
何もかもから飛び去っていくかのように声をあげてのけぞった。

「さとり、さまぁ・・・」





私に、最高の感情が、幸福が流れ込んでくる。
伝えきってくれた。空に、なるまで。






全ての身体の力が抜けていく。
けれどもその中で、お空は一歩膝を動かして私を抱きしめる。
お空の勢いに押されてベッドの板に寄りかかる。
咎めはしない、お空の意志だ。


「もっと、もっとして・・・ください」

泣いている。笑顔も浮かべている。
染まっていく、この空に。雰囲気、空間に。


「不安なの、すごく不安なの」


今までの分、取り戻すように。
なおも主張し続ける、どこかにある怖れ。


(さとり様も、夢の中にいる気がして)
(あと一回、寝て起きたらいなくなる・・・ような気がして)
(幸せすぎるから・・・)


「夢にならないで・・・!」

「消えて、失くならないでよぉ・・・!」

新しく生まれた恐怖。感じたことのない、ここまで来たから生まれた感情。
けれど、それは問題無い。

「大丈夫、ここに、いるから」

自分の存在を伝えるように抱きしめる。
私は、夢じゃないと。

はっ、と落ち着く。「助けられた」とまた思っている。


「さとりさま」

「なんかね、暖かい」

ひしと抱きついてくる。
もう一度顔を眺める。笑顔と、涙と両方浮かべて私を見ている。


「胸がぼーっとしてて、暖かい」



息を吸った瞬間、キスして口をふさぐ。
少しパニック、けど目を閉じてすぐ受け入れる。
今回は、私に任せてくれるようだ。

「苦しい、けど、幸せ・・・です」



もっと与えてやる。埋めてあげる。
溢れ出るほどに気持ちいい感情を。
なんにも考えなくていい、なんにも背負わなくていい。

「こんなに・・・」(幸せで、いいのかな)

もう一度、始めていく。
口づけから、胸に触れて、かき回して。

「いいのよ」
「ひぁっ!?」

羽根を撫ぜつける。黒くて柔らかい羽根。
お空は知らない、ここも触ればきちんと気持ちいいってこと。


「あなたは人の何十倍も不幸を背負ってきた」
「だから、何十倍も幸せになっていい」

最初よりはるかに上り詰めるのが早い。
満たされてるから、精神が。たくさん詰め込んでもらえたから。

「その権利がある」


「さとり様」

いつの間にかたくさん泣いていた。
それより多く笑顔になった。嬉しい涙だった。変えて、あげられた。



「好きです!」

「大好きです!」



お空の中にたくさん入って、出ていく。感情。
喜んでくれている。ずっとずっと素直に。
まっすぐに、今まで遮られてた分、全てに。



──



「どうする?休憩する?」



二回連続、息をつかせるほどにもなくイかせた。
さすがに少しバテたと思って聞いておく。

「もっと・・・もっとください・・・」(いっぱい欲しい・・・、たくさん、さとり様といたい・・・)

ふらついたけど、ここでも立ってくる。

「私も、さとり様にしたいです」(気持ち良くしてもらって、ばっかりだから)


一方通行はイヤだ、と。
同じようにしてあげたいのだと。


「いいの、今はあなたが幸せになる番」

言い伏せたけど、多少に辛い。想起で結構消耗しているのだ。
お空も結構体力を使っているはずなのだが「頑丈」と評判されるのは伊達じゃないということだろうか。

「・・・じゃあ、お願いします」(いっぱいくれる、さとり様は)

悟られなくて良かった。無邪気に、また笑いかけてくれている。


「何も考えられないぐらいにはしてあげるわ」







視界にも頭にも白い霧が立ちこめている。気だるい。体が起こせない。





何も考えられない。

お空がイくと私にも入ってくるから、結果的に私は頭と体の刺激で二回イくのだ。
数度なら耐えられるが、全てをぶつけてくれたお空の体力が尽きるまでの二桁は流石にきつかった。
攻受の都合上、平等に体力を使う訳ではないがそれでも今回は疲れきった。

指、口、足、全部使った。
最後には私が指を差し出してその上でお空が動いているような状況だった。
寝てしまえばお空が寂しがる。意地で乗り切った。


ノックする音がした、思考で誰かは把握した。許可を出す。



「さとり様ー、・・・ありゃ」(思った通り)


ドアを開けて入ってきたお燐が苦笑している。
まさかお燐はこれにずっと付き合ってたのだろうか。おくびにも出さなかったが。
獣系の体力が段違いであると改めて知らされた。


「何回ぐらいです?」
「・・・13から先から数えてないわね」
「え、あたいの時5回ぐらいですけど」

そうか、そんなに差があったのか。
5回でも相当な状態だったけど。

「それだけ遠慮なくなったって事じゃないんですか?」

まあ、嬉しいということだろうか。
たまったものではないが。


「お燐、私の代わりにみんなに食事を・・・」
「あはは、やっておきます」


私はもう指すら動かせない。お燐が手伝ってくれてて助かった。
ここまで疲れ果てるというのは数十年無かったことだ。
今度、張り型でも買って与えておこう。
長らく溜まってた感情をぶつけられた結果だから、今回ほど多くはならないだろうが
私とでは基礎体力が違う。最初に少し削っておかなければ。



「んー・・・」

当の本人はすやすや寝息を立てている。
幸せそうな顔だ。


お燐に任せてもう少しだけ眠ることにした。どのみち動かせない。




夕方ぐらいになった頃か。


妙に暑いと思ったらお空に巻き付かれてた。
からりと晴れた満面の笑みだ。闇属性が溶けそうなほどに。
心の中が太陽を直視するように、眩しい。


「さとり様」

子犬がじゃれるように私の名前を呼ぶ。


「大好きです」

もう一度、夢じゃないと確認するために。
しっかりと私へ言葉を向けてくれた。


表情に少しだけ影が差す。



「怖い夢を・・・見てました」
「長くて、痛くて、苦しい夢」

理不尽に怒鳴られて、暴力を振るわれて、お燐も傷に襲われる。
そんな夢。

「そう」

お空の自身の落としどころはきっとそこなのだろう。
本当に夢を見てたなんて思ってるわけではない、夢だと思い込みたいぐらいの辛い記憶。


お空の胸元へと頭を手向ける。変に言葉を被せるべきではない。
聞き流すぐらいがちょうどいい。




瓶に三層。
蓋が身代わり、真ん中に大きく占めてたのが暴力、
そして最後に、底に眠って凝り固まっていたのは罪悪感・劣等感。
全てが作用してお空を蝕んでいた。



「なんだったっけ・・・」(思い出さないといけない気がする)

夢の話。

「いっぺんに思い出さないで」

でも、あくまでも一時的な処置だ。

「少しずつしまっていけばいいわ」


夢の中に、全てを切り離すことなんて出来ない、そのうち現実世界に出てくるだろう。
けれど、お空はずっと強くなった。もう、ふさぎ込むなんてことは無い。





「悪い夢はもうおしまい」


ここに家庭がある、友がいる、私がいる。
全部で対応してけばいいのだ。どこにも敵はいないのだから。



──


「私、一番強くなります」

ベッドから起きあがる。
持ってきた食べ物をつまんでしばらく後、お空が宣言した。


「私は頑丈ですから、さとり様を守れるように」


お燐には家事では敵わないから、と。
自分が出来そうなことを探した結果。



「地底で一番強くなりますよ」(鬼のお姉さんにも勝てるように)
「・・・無理だけはしないようにね」



夢は大きくあっていい。足りなければ埋めればいい。
焦らなくていい。時間はある。ここにいたいと思う限り。
困った時があったら少しずつ教えていけばいい。
知識も、技術も、思い出も、愛情も、お空にはその器がある。
全てを受け入れられるほどに大きな器が。





たくさん持っていけばいい。

あなたは大きな「空」だから。

























────




誰もいない。地霊殿の離れ小屋。

ここには誰も寄ってこない。動物達も怨霊達も。
事実、今の私に一切の声は聞こえない。
私だって滅多に来やしない。




思いっきり壁を叩く。




小指の付け根に痛みが走るが、正直どうでもいい。
胸糞悪い。



彼女らがなにをしたというんだ。
家族がいない、ただそれだけで。
二人の体と心をめちゃくちゃに壊して、
今の今まで後を引かせるような大きな深い傷をつけて。



こいし、「見つけ次第」と言ったけど
出来れば見つけないでいて。



私、何をするか分からない。
「悪い子」というのは保護者が見捨てた瞬間から「悪い子」に確定してしまうものです。


分量的には空(前)+空(後)の一挙2話放送、って感じですね。
ただ分けようにも前編のほうにエロがほとんど無いので、はい。一挙という形で。
その結果がこの長さ。


お空の"馬鹿"というのは「出力がうまくいかない」というタイプだと思います。
すっごくごちゃごちゃ考えることが出来るんだけどそれを伝えるのが出来ない感じ。
授業とかで当てられるとパニックになっちゃう、でも宿題として持って帰らせるとちゃんとやる。忘れてなければ。

でも社会には速攻性というのは必要になってきて、
色々考えるんだけども伝えられなくて結局、単純に考えるようになってしまって
名実ともに「馬鹿」になってしまう、という悪循環。


地本編にてお空が神の力を受け取ったのは「焦った」結果ではないでしょうか
「早く役に立ちたい」という一心不乱さはお空自身の武器です。
しかし、身体や頭がそれについてくるとは限りません。
家庭の手伝いにおいてはお空にはその才能が低かった。
どうしたって日頃から出てきてしまうわけです。

「力を使いたい」というのは裏を返せば常に「力不足」と感じているのです。
「満足していた。けど・・・」のような。



メインとしてはこれで終了となりますが
デザートとコーヒーがセットでついてまいります。
もうしばらく、お付き合いください。

>1様
長文歓迎です、ありがとうございます。トラウマの箇所はやりすぎたかなぐらいに思いましたが生々しさの方を優先しました。
該当個所のは確かに見難いかもですね、とりあえず半角スペースを入れてみました。竿の下りはもうちょっと納得いく形に変えました
>2様
ありがとうございます。次回、総決算致しましょう。 
>3様
ありがとうございます。さあ、どうなってしまうことでしょうか、次回ご期待ください
>4様
ありがとうございます。ティッシュがまたお役に立てたようで幸いです。実はコーヒーのほうが進みが早いというのは秘密
>5様
ありがとうございます。自分としてもどこかで切りたかったのですがお空の症状だと最初にエロを入れることが出来なかったもので・・・。お空に言った言葉は他の人が聞いても役立てるところは結構あると思います
>6様
ありがとうございます。よし、つまり一ヶ月は空けても大丈b(ry 頑張ります
>7様
ありがとうございます。燐編の時点でこのパートを入れるかどうかが決定されるので悩みました。7名の方は燐空の「8」「9」から察することが出来る人がいたかも、いないかも 
>8様
ありがとうございます。お空には強かさが無かった、といったところですね。優しさだけでは、生きるのに辛すぎた。
>9様
ありがとうございます。心は読めてもそれをどうすればいいか、という点だとさとりもまた完璧じゃないでしょうね。何度も出ましたが「未来は読めない」に翻弄されながら苦労致しました。
>10様
ありがとうございます。かなりお待たせしましたがそれなりのものは出来たとは思います、はい。やるからには最後まで濃厚にやっていきたい所存です。
>11様
ありがとうございます。メインのことが記憶から消えない内にはやりたいところです
>12様
ありがとうございます。お空への苦労は長さがそっくり証明となっております。
>13様
ありがとうございます。お空の心情をよく読み取ってもらえたようで本望に尽きます。
>14様
ありがとうございます。人の心を読めるものは魔王よりはるかに恐ろしいものになるかも知れませんね。
>15様
ありがとうございます。前半の試行錯誤さはもう少し方法があったかもですね。動物に触れ合いは一番効果的な方法ですし。最後は、さてどうなるでしょうか
ハイK
https://twitter.com/Highkaru
コメント




1.名前が無い程度の能力削除
先に、超長文コメント失礼。

待った・・・甲斐がありました!
ボリュームも相当なもので、結構間が空いたのも納得です。

読み進めては泣いて、を繰り返しながら読んでました。特にトラウマを思い出しちゃう所はお空がかわいそうで・・・(/_;)
泣きながら読んでたので、見逃した所があるかもしれませんので時を改めて読み返そうと思います。
この3作目のエンディングをもって「晴れ晴れとした」気持ちになりました。次回は「すっきり」するのかな?さとり様には頑張って貰いたいですw


それでは感想以外のところで
>「なんでまだ「お燐」
このシーン、間髪入れずに言い放ったという演出ですが、見にくい気がしないでもないので、全角もしくは半角スペースで空けるなどした方がいいのかな?と思いました。この演出してる部分は2カ所あったと思います。
それと、「流れに棹さす」が正しい意味で分かっておられるか気になりました。文中では会話に棹を「突き刺す」とあったので大丈夫かなとは思いましたが・・・。余計なお世話でしたら本当にすいません;;
2.名前が無い程度の能力削除
待ってました!
感動しすぎて涙腺が崩壊してました(;_;)
お空と、お燐にトラウマを付けた前の主をボコボコにしてやりたくなりましたw
次回楽しみに待ってます!
3.フライゴン削除
待ってました! いやー2人が元気になって本当によかった!・・・ところでもしこいしちゃんが前の主を見つけたら、やっぱりコロコロしてしまうのでしょうか?それともお燐やお空の様な性的なトラウマをつけてしまう(個人的にはこっちが見たい)のか?・・・もしくは、あまりすっきりはしませんが全てを許す(お燐たちがもういいとか言ったりする)様な展開が・・・いや、ないかww そんなことを考えながら次回作を楽しみに待っています。 長文失礼しました。 
4.(ry削除
待ってましたー!
前々、前作からずっとまってました
そして待ったかいがありましたw

変わらずの引き込まれる文章力で
夜伽用のティッシュで涙を拭きました。

デザートとコーヒー楽しみにしてますw
素敵な作品ありがとうございました!
5.すがいむ削除
待ってました、あなたのこの作品を読むべく。時間の都合上二回に分けて読ませていただきましたが、長さを感じさせない、読むことが苦にならない、それだけの稀代の良作だと思います。読み終えて自分の悩みが幾分か和らぎました。お礼、言わなきゃです。
6.絶望を司る程度の能力削除
おっしゃ来たー!!これで一ヶ月は戦える!お空も元気になったことだし、さとり達とも仲良くなってほしいですね!


前の主人を始末しに行く?いっちゃいます?
7.名前が無い程度の能力削除
なるほどー、おりんたちより前の七人と前の主人をこいしは探してたのか。
8.名前が無い程度の能力削除
(´;ω;`)ブワッ お空は誰よりも優しいが故に苦労してきたのですね…


最後さとり様殺る満々じゃないですかー
9.名前が無い程度の能力削除
毎日続きが来てないかと夜伽のトップを見る日々でした
待ってて良かったというか、良いお話を読めて幸せです
ありがとうございます
自分の行為が合ってるのか間違ってるのか悩み、苦しみながらもペットの幸せのために奔走するさとり様が人間くさく(妖怪ですが)、優しく、そして美しかったです

さて、残りは二人を苦しめた前の主でしょうか
さとり様におかれましては、やはりじっとりねっとりと、エロくしかし苛烈になぶり尽くしてから殺して頂きたいものですw
10.名前が無い程度の能力削除
こんなに熱心に新着で来てないか夜伽を確認したのは初めてかもしれない。
お燐よりはるかに深い闇を秘めたお空の心、読みごたえがありました。

きっととびきり甘いデザートと、苦いったらないコーヒーになるんだろうなぁ…お待ちしてます。
11.名前が無い程度の能力削除
デザートとコーヒー、何日待つのも苦にならないです
12.名前が無い程度の能力削除
うおおぉぉぉぉおん!おぐゔぢゃあ゙ああ゙あん!よがったね゙え゙えぇぇぇえ!!

いや~、こういう作品が読めるから夜伽はやめられないんですよね、氏のパワーに敬礼!!(OwO)ゞ
13.名前が無い程度の能力削除
同じく、新作が楽しみで、yotogiちょくちょくチェックしてた、クチです。

お燐への罪悪感に苦しみ、自分の不器用さに苦しみ、他の使用人の罰を負い、それを親友に追わせることで引き裂かれていたお空に何度も何度も呼びかけるさとりの姿に、胸が一杯になりました。

デザートとコーヒーも楽しみに待っています、素敵な作品をありがとう!
14.名前が無い程度の能力削除
うひゃあ、お空ちゃんよかったよおおおおおお!
そしてさとり様が魔王化してしまいそう……(ドキドキするけど期待)
こりゃあデザートとコーヒーも楽しむしかない! うおォン!
15.名前が無い程度の能力削除
あーもうじれったいじれったいじれったいお空かわいいさとり様かわいいお燐かわいい。
大抵はさとり様の幸せなハグで終了 というお話が多いだけに過程にすっごいハラハラする。だからこそ報われた時がたまらない。
しかしこのラストは・・・いい人ほどキレた時のギャップが怖いからなぁ

次回は憎しみで闇堕ちのさとりんを二人の「恩返し」で取り戻すお話ですね?(何