真・東方夜伽話

魂魄妖夢の未熟者ばんざい!

2011/06/25 16:41:30
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魂魄妖夢の未熟者ばんざい!

ドールマスター

 早朝の白玉楼。
 空気が肌寒いのは、冬の寒気が残っているためだけでなない。
 新雪のまだ残っているかのような、白砂の敷き詰められた庭園に、孤影がひとつ。
 まだ幼い少女だ。
 その少女の放つ張り詰めた気配が、朝の静謐な空気を鋭いものにしている。
 鞘に収めた不似合いなほど長い長刀を背に担いだ少女の目前、三間ほどを隔てたところに、藁を巻きつけた真竹が立ててある。
 剣士がその修練に好んで使う据え物だ。
 少女はまだ構えてはいない。
 する、と氷上を滑るように、一足。
 二足目を踏み出したときにはすでに柄に右手がかかり、同時に左手が鞘の先端部……鐺(こじり)に添えられている。
 三足目――同時に抜刀。
 右手で刀を抜き放つと同時に、左手で鞘を引くことによって、長刀が遅滞なく抜刀される。
 「鞘引き」と呼ばれる術理である。
 引き抜かれた刀身が翻り、朝日を撥ねて水晶の輝きを散らす。
 転瞬、斬撃。
 ぱぁん、という高い音とともに、真竹は袈裟懸けに斬られ、どっと白砂の上に落ちた。
 見事、という他はない斬撃だった。しかし少女の表情には満足さは感じられない。
 ひょう、と刀身を翻して刀を納め、少女――白玉楼の庭師、魂魄妖夢は今しがた斬り落とした真竹を手に取る。
 一刀のもとに斬り落とされたそれを一瞥し、妖夢はため息をついた。
――お師様なら、三回は斬れている。
 魂魄妖忌。
 妖夢の手にする二刀、楼観剣と白楼剣を彼女に託して頓悟した、先代の庭師。
 その鬼神のごとき剣技に一日でも早く追いつこうと、妖夢は日々、修行に明け暮れている。
 だが……。
「遠い……」
 思わずそう口に出してしまうと、その一言が石のように重く妖夢の細い両肩に圧し掛かった。
 心、技、体……足りないことばかりだ。
 慢心しているつもりはない。自らを卑下しているつもりもない。しかし――師の背は、あまりにも遠い。
 鍛錬を重ねて行くほど、剣の道を知れば知るほどに、むしろその背中は遠ざかって見える。
 師だけではない。
 今まで渡り合ってきた、数々の人妖。
 そのどれもが、怖気を奮うほど、強かった。中にはそれこそ、次元の違うモノもいた。
 それらと己の力量を比較しようとするほど、妖夢は愚鈍ではない。
 しかし、それらと同じ力を求めてしまうほどに愚直ではあった。
 その愚直さは、時に重たい刃となって妖夢の矮躯を責めさいなむのだ。
 妖夢はもう一度、ため息をついた。
「妖夢、今日も精が出るわね」
 声のほうを振り返る前に、妖夢は白砂の上に片膝をつき頭を下げる。
 主に対する礼――それ以上に、顔を見られたくなかった。
「お眠りを妨げてしまいましたか……?」
 うつむいたままそう言ったのも、やはり顔を隠したいためだった。
「やーねぇ、大げさよぅ」
 今起きたのだろう、眠気の残る声はどことなく甘い。
 そこでようやく妖夢は顔を上げ、自らの使える主――西行寺幽々子の顔を見上げ……そして真っ赤になった。
 幽々子のいでたちは薄い襦袢一枚というものだった。
 夏にはまだ遠い季節だったが、亡霊である彼女には外気の影響はあまりない。
 その薄い襦袢はしどけなく着崩れており、幽々子が身じろぎするたびに、柔らかな曲線を描く豊かな胸や庭に敷き詰められた白砂よりもなお白い足が、危うく覗いてしまいそうになる。
 幽々子はあらわな肌を隠そうともしない。むしろ妖夢に見せ付けるようにして、ゆらりと縁側に腰を下ろす。
 真っ白な胸元が、妖夢の目を打った。
 顔を赤くする妖夢に、幽々子は目顔で「どうぞ、続けて?」と示す。
 妖夢は幽々子のあらわな細い肩からむりやり視線を引き剥がし、新しい据え物を用意する。
 先ほどと同じように三間ほどを隔てて立つ――が、幽々子の視線を背中に感じ、平静が取り戻せない。
 主の前で無様な業を見せるわけには行かない、そういう気持ちがさらに焦りを呼び、いつしか妖夢の小さな手のひらはじっとりと汗で濡れていた。
 無論、幽々子に席を外すよう言うことなどできるはずはない。
 呼吸をなんとか整え、一歩を踏み出す。
 二歩目を踏み出したところで、間合いを計りそこなった。
 無理な間合いでの抜刀と斬撃が成功するはずもなく、刀身は据え物を斬り落としきれず、中ほどで止まってしまう。
 悲鳴を上げそうだった。
 その場で刀を放り出したくなるのを、妖夢は必死にこらえた。幽々子に背を向けているのがせめてもの救いだった。
 努めて静かに、据え物に食い込んだ刀身を引き抜く。その手がかすかに震えていた。
 幽々子が声をかけずにいてくれたことに、ありがたいというより先に、ふがいないと感じてしまった。
 そのときにはもう、目じりに涙が浮かぶのを抑え切れなくなりそうになっていた。
「……すぐに朝食の準備をしますので」
 そう言った声が震えないようにするのが精一杯だった。
 妖夢は幽々子に一礼をするとその場から足早に去っていく。
 一人残された幽々子は、ふっと嘆息する。
「マジメなんだから……」





 夕食の時間になっても、妖夢はまだ朝のことを引きずっていた。
 胃の辺りが鉛を呑んだように重く、食事も砂を噛むように味がしない。
「妖夢、どしたの? 食欲ない?」
「あはは……そりゃ、幽々子様に比べたら」
 笑おうとして、ひどく歪んだ顔をしてしまった。妖夢はあわてて視線をそらす。
 ろくに会話もないまま夕食を終えた妖夢は、暗い表情で食器を洗っていた。
 きれいになっていく食器類とは裏腹に、妖夢の心は晴れない。
 自分の力量に未熟さなど自明だ。
 その未熟を打ち破る方法を、いまだ見つけることができないでいる。
 さらには、己の仕える主に気を遣わせてしまった。
 従者といえば聞こえはいいが、実際のところ自分は幽々子を守っているのではない。守らせてもらっているのだ。
 そういうことにばかり気づく自分の賢しさに、妖夢は今日何度ついたのかも分からないため息をついた。
 全身が重い。
 自分がこの世界で、一番弱くいちばん卑しい存在なのだという妄想が、足元から忍び寄ってくる。
 迷いを断ち切る白楼剣を託されていながら、自分はこうして迷いにとらわれ続けている――。
「妖夢」
「はいっ!?」
 突然の呼びかけに、妖夢は飛びあがる。
 振り向くと、幽々子が立っている。
「え……と、何か……?」
 さっきの顔を見られなかっただろうか――そんなことを最初に考えてしまう自分の浅ましさに激しい自己嫌悪を覚えながら、妖夢はばつのわるそうな顔をする。
 幽々子はその顔がおかしかったのか、くすりと笑みを漏らして言った。
「洗い物が終わったら、わたしの部屋においでなさいな」
 それだけ言うと、幽々子はもう一度笑みをこぼして去っていった。
 一人取り残された妖夢は、機械のように洗い物を済ませ、妖夢が向かったのは幽々子の部屋ではなく……自室だった。
 どさりと布団に倒れこむ。
 主に呼ばれたのだから、選択の余地はない。
 しかし……。
――こんな顔、見せたくない。
――どうして?
――幽々子さまが、心配するから。
「……違う」
 頭の中に勝手に渦巻き始める疑問に、妖夢はつぶれた声で答えた。
 そう。わかっているのだ。
 そんなことは建前でしかない。
「自分がみっともないやつだって、他人に見せたくないだけだ……」
 体中がずしりと重い。
 このまま石にでもなってしまえれば、どれほど楽だろうか。
 そんな考えすら浮かんでくる。
 妖夢がこうした思いにとらわれるのは、これが初めてではなかった。
 偉大すぎる師に対する遠さ、自身の未熟な技量に対するふがいなさ……そういった感情が、こうして重油のようにまとわりついてくることは、いくらでもあった。
 むしろ、こうした迷いや劣等感と戦うことこそが、どんなに強大な敵と刃を交えることよりも、妖夢にとっては最大の試練だったと言っていいだろう。
 そして……妖夢はそれに、一度も勝利したことはない。
 今日のこれもそうだ。
 結局自分は、解決策を見出そうとすらしていない。
 未熟な自分を、守ろうとしているだけだ。
 胸の内に抱え込んだ重いしこりは、瞬く間に爆発的に膨れ上がり、巨大な、得体の知れない怪物へと変貌する。
 それを妖夢は、押さえ込むのがやっとだった。
 正直なところ、今は誰の顔も見たくはなかった。いや……誰にも顔を見られたくなかった。
 しかし、主の命の逆らうわけには行かない。
 重い体を引きずるように起こし、妖夢は幽々子の部屋へと向かう。
 夜の帳の下りた薄暗い廊下が、無限に続いていればいいのに……そんなことを思いながら、妖夢は幽々子の部屋のふすまをそっと開ける。
「参りました、幽々子さま」
 そういった自分の声に、もう落ち込んだ気分がにじんでいた。視線を上げられない。
 畳の目を見つめながら、幽々子の言葉を待つ。
 衣擦れの音。
「こぉら。いつまで暗い顔してるの?」
 気が付くのと目の前に幽々子の顔。
 いつもののんき顔で幽々子は笑って、妖夢の鼻先をつつく。
「みょっ」
 あっけに取られる妖夢。
 そのときにはもう、幽々子の胸の中に抱きすくめられていた。
「ゆ、幽々子さま……」
 柔らかな胸元に埋もれながら、妖夢は幽々子を見上げる。
 幽々子は、緩い笑みを浮かべて妖夢の髪をなでている。
「ねえ、妖夢」
「……?」
「自分の未熟さが、つらい?」
「っ!」
 びくん、と、妖夢の細い肩が跳ねた。
 見透かされていなかったとは、思ってはいない。しかし、はっきりと言葉で言われて、妖夢は動揺を隠せなかった。
 それこそ、心臓を刃で貫かれた思いだった。
 今すぐこの場から逃げ出してしまいたい衝動と、このまま幽々子の胸に抱かれて子供のように泣きじゃくりたいという衝動とが、噛みあう刃のように妖夢の胸中で火花を散らした。
 しかし、妖夢が何かをする前に、幽々子は業の枕を押さえるような見事な呼吸で、妖夢の額に口づけた。
「な、なっ!?」
 妖夢の顔が一気に真っ赤になる。
 それを見て幽々子は、色っぽく笑ってみせる。
「んふぅ♪ 妖夢ったら、可愛いんだからぁ」
「ゆ、幽々子さま……」
「ねぇ、妖夢……」
 目を白黒させる妖夢に、幽々子はやさしく微笑みかける。
「あなたが常に妖忌の背中を追いかけてるのは知ってるわ。そのために、どれだけ努力してるのかも」
「……っ!」
 幽々子に自分ごときの心根を見透かされていなかったと思ってなどいない。しかし、改めて言葉にされると、妖夢はそのことに恥じ入ってしまった。
 自分の努力を認めてくれていてうれしいという気持ちを、自分のあがいている姿を見られていたのだという羞恥が上回っていた。
 妖夢は幽々子の抱擁から逃れようとするように身じろぎする。しかし、幽々子の胸の柔らかさが、暖かさがそれを許さない。
「妖夢。妖夢、こっち見て?」
 やさしく呼びかけながら、幽々子は妖夢の頬を撫でる。その指先にとらわれて……あるいは、惑乱されて、妖夢は動けない。
 妖夢は恐る恐る顔を上げる。幽々子は柔らかな笑顔でそれを迎えた。
「確かに、妖夢はまだまだ未熟者だわ。妖忌には、遠い」
「……」
 神妙な面持ちで、妖夢は幽々子の言葉に耳を傾けている。
「ねえ妖夢、あなたもしかして、妖忌が最初からあんなに強かったとか思ってなぁい?」
「え……」
 きょとんとする妖夢。幽々子はさもおかしそうに笑って、妖夢の頬をつついた。
「や~っぱりぃ~。んもー、妖夢ったらほーんと未熟者なんだからぁ。うりうり」
「むにゅむにゅむにゅ」
「私ねぇ、一回だけ、見たことあるのよ」
「見た……って、何をです?」
「妖忌が泣いてるとこ」
「え……!?」
 目を丸くする妖夢。
 妖忌が、あの偉大な師が、泣いていた?
 ありえない。考えられない。想像もできない。そんなばかな……。
「信じられないでしょ? 私だってそうだったわよぉ」
「そんな……そんなことって……幽々子さま、お師様はどうして!?」
 食いつくような勢いでたずねる妖夢。
 信じられるはずがない。あの妖忌が、いったいどんな理由があって、泣くなどということを?
「あなたとおんなじよ。悔しかったの」
「わたしと……同じ……?」
 それこそ信じられなかった。
 だが、幽々子の口から出た言葉でなかったら、一笑に付していたであろうその言葉は、だからこそじかにその光景を見る以上の、身を切るような真実味を帯びていた。
「妖忌も、同じなのよ、あなたと。弱い自分に、迷って、憤って、どうしようもなくて、悔しくて……最初から強かったわけじゃないの」
 幼い子供に言い聞かせるような幽々子の言葉が、じわりと妖夢の心の奥底に染み込んでいく。
「だからね妖夢……弱い自分を、未熟な自分を……受け入れてあげて」
 幽々子の声は、ただ、優しい。
 だが……否、だからこそ妖夢は幽々子の言葉を受け入れることに激しい抵抗を覚えた。
 なるほど確かに、生まれたときから剣豪だった剣豪などいまい。
 肉の骨から削げ落ちるような修練の後に、剣の聖が宿るということには何の疑問もない。
 しかし、妖夢にはそれが、どうしても、己の未熟を認めていい理由として受け入れることができなかった。
 せめぎあう。
 妖夢の小さな胸の奥で、大きく大きく膨れ上がった迷いが、幽々子の言葉を受け入れることを拒んでいた。
 幽々子の目を見ていられなくなった妖夢は、思わず目をそらしてしまう。
 それでも、問いかけずにはられなかった
「……いいん、でしょうか……未熟者で、いても」
 幽々子はため息で、それに答えた。
 それを失望ととったのか、妖夢の表情がゆがんだ。鼻の奥がつーんと痛くなったと思ったときには、すぐ近くの幽々子の顔がにじんで見えなくなっていた。
 そんな妖夢を見て、幽々子はもう一度、ため息をついた。
「もお、ガンコ者っ」
 言うが早いか、妖夢の頬を両手で捉える。妖夢は応じられない。
 気がついたときには、もう口付けられていた。
 漏れ出しそうだった泣き声だとか泣き言だとかは、ぜんぶのどの奥に押し込められて、何も言えなくなっていた。
 かすかに抵抗を試みて幽々子を反射的に押しのけようとした妖夢の手は、すでに幽々子に絡めとられていた。
 ようやく幽々子が唇を離したときには、妖夢は酔っ払ったように顔を赤くしていた。
「ゆ、幽々子さま、何を……」
 それだけ言うのがやっとだった。唇にはっきり残った幽々子の感触が、今もなお妖夢を攻め立て続けている。
 妖夢は柔らかな胸に捕らえられたまま、幽々子を見上げる。灯明が揺らいで、やさしげな微笑が一瞬、とてつもなく艶めいて見えた。
「だぁってぇ、妖夢ったらせっかく私がちゅーしてあげたのに、まーだ暗い顔してるんだもん」
「で、ですが……」
「きこえなーい」
 気楽な口調でそう言って、幽々子は抱きしめていた妖夢の体をくるりとひっくり返した。妖夢は幽々子に背中を向ける形になる。
「ゆ、幽々子さま? ひゃあう!?」
 素っ頓狂な悲鳴を上げる妖夢。
 幽々子のいたずらっぽい笑みを浮かべた唇が、妖夢の細い首筋に触れている。
「んふふぅ♪ ご主人様の言うこと聞かない悪い子はぁ……」
 その言葉の続きは、妖夢のすぐ耳元で聞こえた。
「おしおき、しちゃうぞぉ……♪」
「な、なに言って……きゃあん!」
 妖夢の肩がびくっと跳ねる。幽々子の細い指先が、妖夢のシャツにもぐりこんでいる。
「ここもまだまだ未熟者ね、ちっちゃーい」
「ちょ、幽々子さま、どこ触って……っ!」
「んふふ、スキンシップよ、スキンシップ。それに、こうでもしないと妖夢ってば落ち込んだまんまなんだだもん」
「ゆ、幽々子さまぁ……はぅんっ、ん、あ……」
 妖夢の声は、すでに熱を帯び始めていた。幽々子がかすかに指先を動かすだけで、妖夢の小さい体は面白いように震える。
「ねえ、妖夢はもすこし、甘えていいと思うのね」
「で、でもぉ……」
「でも、なぁに?」
「……でも、こわい、です」
「怖くないわよぅ。みんなしてることなんだし」
「ふぇ……?」
「紫とか」
「紫さまが……?」
「ほら、紫ってときどきろくでもないいたずらして霊夢とか藍に怒られてるでしょ」
「……」
「甘えてるのよ、あれって」
 黙ってしまった妖夢の頭を子供をあやすようになでながら、幽々子はくすりと笑みを漏らした。
「紫がそんなことしてるなんて、思ったこともなかったでしょ? 紫はなんでもできて、他人に甘えたりすることなんて絶対になないって思ってたでしょ?」
「……」
 妖夢は黙ったままだった。まさにそのとおりだったからだ。
 妖忌も紫も、自分とは違う存在だと思っていた。自分の抱くような迷いや悩みとは、無縁の存在だと思っていた。
「だから、あなたも甘えていいのよ、妖夢。ね?」
「いいん……ですか……?」
「うん♪ いーっぱい、甘えてほしいな」
 はぁ……っと息をつくと、少しだけ体が軽くなったような気がした。
 幽々子はもう一度くすりと笑って、妖夢のシャツの中にもぐりこませた指先を動かした。
「ひぁ……」
「くす、ちっちゃいけど、やわらかーい♪」
「はぅ……幽々子、さまぁ……あんまりいじっちゃ、だめ、ですぅ……」
 幽々子の手のひらに伝わる妖夢の体温は、じわりと熱くなっていた。
 ささやかなふくらみを伝って、指先がその先端に触れると、妖夢の声色が羞恥に染まった。
「やぁぁ……! そこ、そこ、だめですぅぅ……!」
 ふるふるっと妖夢の体が震え、くたりと幽々子にもたれかかってくる。
 妖夢はしきりにあえぎながら、白いのどをさらしていた。
「んふ……おっぱい触られるの、きもちいい? 妖夢……」
 意地悪く問いかけられて、妖夢は視線をそらそうとして、唇をふさがれた。
「ん、む……ちゅ、んふぅ……ふふ……♪」
 幽々子の唇の感触の底知れない甘やかさに、かすかに残っていた妖夢のためらいは、たやすく溶けてなくなってしまっていた。
 口付けながら幽々子は、妖夢の口内にするりと舌を差し入れてきた。
 舌先が触れただけで、妖夢は頭の奥がしびれるような感覚に襲われる。
 すべてを――すべてを委ねてしまいたい。そう、身も、心も――。
 そう思ったときには、師の剣が意を発する前に斬れる剣であったように、もうそうしてしまっていた。
 自分から、思い通りに動かない舌をどうにか動かして、幽々子の舌に触れ合わせる。それだけで妖夢は、言いようのない幸福感に襲われた。
 今まで胸の奥に巣食っていた迷いの病巣が、霧のように消えてなくなるのがはっきり分かった。
「ん、る、ちゅ……んん……」
 自分の漏らす声が、信じられないほど甘く、とろけている。
 とろけているのは声だけではない。
 自分の手足の輪郭が分からないほど、全身から力が抜けていた。
 ただ、幽々子と触れ合っている背中や、いつの間にかつないでいてくれていた手や、そして絡み合わせた舌の感触は、極限まで集中した剣士が切っ先の感触をはっきりと知覚するように、研ぎ澄まされたように明瞭だった。
 背中が触れている幽々子の胸の柔らかさ、絡み合わせた指のかすかな動き、自分のそれを追うような幽々子の舌の感触……それらが妖夢に、沁みるような安堵をもたらしていた。
「ん……はぁっ。うふ……妖夢ったらぁ、きもちよさそ♪ わたしとちゅーするの、そんなにきもちよかったのぉ?」
 唇を離した幽々子の問いに、妖夢は少しためらってから、小さな声で「はい」と答えた。
「うふふっ、正直な妖夢にはぁ、ごほうびあげちゃう♪ んーちゅっ♪」
 再び唇を重ねる幽々子。
 妖夢はもう抵抗しなかった。幽々子の指先がするすると自分のシャツをはだけていくのにも、羞恥以上の奇妙な安心感を覚えていた。
 ほんのり色づいた自分のむき出しの肌に、幽々子の指がそっとあてがわれるのを、妖夢はぼんやりと見ていた。
「あ、は……」
 つぅ……と幽々子の指先がおなかの辺りを伝うと、妖夢はきゅっと体をちぢこめた。
 その様子に幽々子はくすくす笑い、いとおしげに妖夢の髪をなでた。
 指先が上に上がっていき、妖夢の胸のふくらみの先端に触れる。
「はゅうん……っ」
 甘い悲鳴を上げて、妖夢は身をよじる。
「つんって、かたぁくなってる……さきっぽ、きもちいい?」
「はぁ……い……きもちい、です……」
「うふふっ、かーわいいっ♪ ほぉら、くにゅくにゅってしてあげる……」
「は、わぁ……っ! あ、あうぅん……」
 幽々子は指の腹で、妖夢の乳首をくるくるといじってやる。そのたびに漏れる甘ったるい声が、妖夢をさらに行為に没入させていく。
 胸のふくらみをやさしく包んだ幽々子の手のひらに、妖夢はいつしか自分の手を重ねていた。
「幽々子さまぁ……ゆゆ、さまぁ……」
「うふふ、妖夢……」
 赤くなった妖夢の頬に、幽々子が口付けてくれた。妖夢はなんとなく、小さいころに始めて妖忌が自分の業をほめてくれたときのことを思い出して、ひどくうれしい気分になった。
「幽々子、さま……」
「なぁに、妖夢……」
 妖夢は少し考えてから、言った。
「甘えるのって……いいですね……」
「いいでしょー?」
 二人は顔を見合わせて、くすりと笑った。
 自然に顔を近づけて、口付ける。
 れる……と幽々子の舌が妖夢のそれに絡みつき、舐めあげる。
 少し唇を離してやると、妖夢は幽々子の唇を追うように舌を伸ばす。その舌を幽々子がくわえ込み、ちゅう……と吸い上げる。
 同時に幽々子の指先は、妖夢の未成熟なふくらみをやさしくまさぐり、指先でけなげに硬くなっている乳首をきゅっと摘み上げる。
 重ねられた唇からよだれが一筋こぼれ、桜色に染まった妖夢の裸の胸を伝って落ちていく。その感触にすら、妖夢は体を震わせた。
 妖夢の体が幽々子の腕の中で小刻みに震え、背中がぎゅっと反る。
「んぅ……っ! あ、はぅぅぅ……っ」
 かわいらしい声を上げて、妖夢はくたりと幽々子の胸にもたれかかる。
 幽々子が顔を近づけて、上気した妖夢の頬にそっとキスをした。
「妖夢、きもちよくなっちゃった?」
 はぁ、はぁと息をつきながら、妖夢は言葉を紡ぐこともできず、熱くとろけた視線だけを幽々子に向ける。
「やぁんもう♪ 妖夢ったらぁ、そぉんなうるうるお目々で見つめちゃってぇ。わたしのこと、ゆーわくしてるのぉ?」
「そ、そんなんじゃ……ないですよぅ……」
 弱々しくかぶりを振る妖夢を、幽々子はぎゅーっと抱きしめる。
 柔らかな胸に押し付けられて、妖夢はもぞもぞと身じろぎしていたが、やがて幽々子の胸に顔をうずめて抱きついた。
 子供じみた行動に妖夢は、ためらいよりも安らぎを感じた。
 ぎゅっと幽々子の胸に顔を押し付けると、柔らかな感触とともに甘いにおいに包まれた。
「ゆゆさま……」
 そうつぶやくと、妖夢は急に恥ずかしくなって顔を真っ赤にしてしまう。
 そんな妖夢を、幽々子はくすくす笑いながら見下ろしている。
「妖夢はぁ、わたしのおっぱい、好き?」
「……すき、です。おっきくて、やわらかいから……」
「んふふ♪ じゃあ……」
 幽々子が着物の合わせ目に手をかけてするりとはだけるの見ながら、妖夢はただ、きれいだな、と思った。
 灯明に照らされたその裸身は、名匠の打った刀が剣士を魅了するように、妖夢を一瞬のうちに虜にした。
 まろやかな曲線を描く乳房は、幽々子が身じろぎするたびに重たげに揺れる。
「今夜はぁ、妖夢のさせてほしいこと、なぁんでもさせてあげる♪」
 妖夢は吸い寄せられるように、ふらりと幽々子の裸の胸に倒れこんだ。
 じかに触れる幽々子の肌は滑らかで、妖夢は頬をすり寄せる。
「ほらぁ、妖夢ぅ……触っても、いいのよぉ?」
「え……と、じゃあ、さわり、ます……」
 恐る恐る片手を上げて、妖夢は幽々子の乳房に手を触れた。
 ずしりとした重さと、指が埋まってしまうほどの柔らかさに、妖夢は吐息を漏らした。
「どぉ? わたしのおっぱい」
「えと……やわらかい、です。たぷたぷで、おっきくて……」
 妖夢は両手で、乳房に触れる。
 幽々子の乳房は、触れているとじわりと暖かい。
 遠慮がちに指先に力をこめると、柔らかな乳房は、くにゅう……と形を変える。
「ん……っ」
 幽々子が声を漏らしたのを、妖夢は心配そうに見上げる。
 そんな妖夢の頬に、幽々子は身をかがめて口付けてやった。
「だいじょうぶ……妖夢に触られて、きもちよかっただけ……」
 幽々子がそう言ってやると、妖夢は安心したように照れ笑いを返す。
「ゆゆさまのおっぱい……好き、です……やぁらかい……いいにおい……」
 胸の谷間に顔をうずめながら、陶然とつぶやく妖夢。
 まるで赤ん坊にでも戻ってしまったような、不思議な気分になっていた。
 いつもとはまるで違う、自分の心。
 熱に浮かされたような気分のなかで、妖夢はこれこそが自分のむき出しの心なのだと、すんなりと認めていた。
 弱くて、未熟で、甘えん坊な、自分の心。
 ――けれど嘘偽りのない、自分の心。
「ゆゆさまぁ……」
 熱い吐息とともに自分の主の名前を呼ぶその声は、もう幼い子供のそれだった。
 だからもう妖夢には、抵抗がなかった。
 小さな唇を幽々子の乳房に寄せて、赤ん坊がそうするように口に含んだ。
「はぁむ……っ、ん、ちゅ、ちゅう、んむぅ……」
 口に含んだ幽々子の乳首を、妖夢は赤ん坊のように吸った。
 幽々子はそんな妖夢を、甘い目をして抱き寄せる。
「あらあら、うふふ……♪ よぉむの、甘えんぼ……」
 妖夢は上目遣いに幽々子を見上げながら、すがりつくように乳首を吸い続ける。
 快楽を与えるための愛撫というよりは、本当に幼い子供が母親に甘えるような、そんな行動だった。
「妖夢、おいしい? おっぱい、ちゅうちゅうするの、おいしい?」
「ふぁ……い、ゆゆさま……おっぱい、おいしいです、あまいです……すき、です……」
 そっと妖夢の背中を抱きかかえてやると、妖夢は体を丸めて幽々子に抱きついてきた。
 その安堵しきった表情を見て、幽々子もまた、不思議な安堵を覚えるのだった。
「かわいい、妖夢……わたしの、妖夢……」
 歌うような口調でそう言うと、妖夢の表情が目に見えてほころんだ。
 普段の何倍も幼い、それは妖夢の裸の表情だった。
 強くあろうとするあまり、心の奥底へと押しやられていた妖夢の弱くもろい本心が、花の開くようにあらわになっていた。
 幽々子の指先が上気した肌を這うたびに、妖夢はすでにかるく達していた。
「はう、はゅう……ん、ふぁう……さわって、くださ……い……ゆゆさま……いっぱい、さわって……」
 弱々しく袖をつかんで懇願すると、幽々子はやさしく微笑んで応じてくれた。
 するすると着衣が脱がされ、妖夢は見る間に生まれたままの姿になる。
 誰かに服を脱がしてもらうなんて、いつ以来だろう。
 そんなことをぼんやり考えながら、妖夢は幽々子の愛撫を受け入れていた。
 ちゅくん、とかすかな水音を立てて幽々子の指がそこへ沈んだときも、緊張やためらいを幸福感が上回っていた。
「どお、妖夢? いたくなぁい?」
 幽々子の問いに、妖夢はとろけた笑みを返した。
「だいじょぶ、です……きもちい、です……ゆゆさま……んむぅ……っ」
 妖夢の言葉が終わるのを待たず、幽々子が口付ける。
 口付けたまま、妖夢のそこにうずめた指先を動かしてやる。
 妖夢の小さなお尻が、ぴくんぴくんと跳ねる。
「ふやぁう……そこ、きゅんきゅん、しますぅぅ……っ!」
「妖夢……いっちゃいそ?」
「はい、はいぃ……ゆゆさまの、ゆび、で、きもちよく……なっちゃいま……あ、はぅぅ……んっ! ゆゆ、さまぁぁ……!」
 びくびくびくっ、と断続的な震えが、妖夢の全身を駆け抜けた。
 数秒間の硬直のあと、妖夢の体からくたりと力が抜けた。
 妖夢はそのまま、小さな寝息を立て始める。
 そんな妖夢の頭をひざの上に乗せ、幽々子はいとおしげに汗ばんだ髪をなで続けていた。





 早朝の白玉楼。
 妖夢はいつものように白砂の庭で、修練に励んでいた。
 規定の回数の素振りを終え、据え物を用意する。
 用意しながら、ふと昨日の朝の失敗が頭をよぎり……あっさり消えてなくなる。
 朝の澄んだ空気のなかで深呼吸をひとつしただけで、自分の中のそういう不浄なものがすっかり消えてしまった気がした。
 据え物を立て、三間ほどの間合いを隔ててその前に立つ。
 踏み出した最初の一歩が、明らかに軽い。
 二歩目。背中に背負った楼観剣の柄のほうから手を迎えてくれたように、まったく自然な呼吸で手がかかる。
 そして三歩目。
 するりと抜き放った長大な刃が、羽のように軽い。
 振り下ろすと、そうなることが決まっていたかのように巻きわらが袈裟懸けに両断され、宙に浮く。
 あ、もう一回くらいなら斬れるかも……。そう考える余裕すらあった。
 妖夢は楼観剣を振り抜いた勢いをそのまま使って体を回転させ、同時に空いた手で腰の白楼剣を抜いた。
 楼観剣とはまったく間合いの異なる白楼剣の切っ先が巻きわらを捕らえられる間合いが、当たり前のように分かった。
 ぱんっ、という小気味のいい音とともに、宙に浮いた巻きわらが逆袈裟に斬られ、白砂の上に転がった。
 ふ、と息をつき、刀を納めると、縁側のほうから気の抜けた拍手が聞こえた。
 振り向くと、いつもどおりのしどけない格好で幽々子が笑っている。
 幽々子は微笑むだけで、何も言わない。
 妖夢は少しためらってから、その微笑に導かれるように幽々子の前に歩いていく。
「すごいわぁ。妖夢」
 幽々子はそれだけ言うと、妖夢の頭をなでてやる。
 ともすれば小さな子供にするようなその行為が、妖夢にはどんなほめ言葉よりもうれしかった。
 もっと、ほめてほしい……。
 そんなことを思っていると、幽々子の顔が、桜色の唇が、目の前にあった。
 柔らかな感触。
「もっとごほうび、ほしい?」
 からかうような口調で言う幽々子。
 妖夢の頬に、もみじが散った。
というわけで予告どおりド甘いので送りしました。
自分の中ではゆゆ様はこのくらい甘ったるい口調でしゃべるイメージです。
萃・緋・非の妖夢は未熟ものっぷりが前面に出ててたいへんかわいらしい。
さーて次回のネタは

1、咲夜さんがはじめて魔理沙のうちに遊びに来たよ的サクマリ
2、早苗さんが思い切って霊夢に告白したら両思いだったよ的レイサナ

の2本でーす。
どっちを先に書くかはまったく未定なので、もしこっちを先に書けやゴルァとのリクがありましたらお気軽にどうぞ。


追記
皆さん感想ありがとうございます。
なお、リクの結果、次のネタはレイサナとなりました。
気長にお待ちください。
ドールマスター
doll_player@mail.goo.ne.jp
コメント




1.名前が無い程度の能力削除
甘い・・・甘ったるいって言ってもいいほど甘い・・・
俺もゆゆ様はこんな感じのしゃべり方のイメージがあったので、とても楽しめました。

2番を是非先に書いてほしいです。レイサナ大好きなので・・・
2.名前が無い程度の能力削除
すっごく感情移入しやすい、甘くてストレート?なお話、GJです!!
3.名前が無い程度の能力削除
こういうド甘いのを待ってたんだよぅ!
4.名前が無い程度の能力削除
俺もゆゆ様に甘やかされたいです
レイサナ希望で!
5.名前が無い程度の能力削除
あまぁぁぁェェェェェロイ(キリッ
もうなんていうかなんというかみょんと一緒にゆゆ様に甘やかされたいです!
リクはサクマリで!おどおどするどちらかがみれそうなのでw
6.名前が無い程度の能力削除
あ、もうね、最高だと思うの。
やっぱりゆゆ様はこう母性をたたえる感じじゃないと!
7.名前が無い程度の能力削除
力関係のあるもの同士の甘い話はすばらしいですね。
自分もレイサナで。
8.名前が無い程度の能力削除
夜伽のゆゆみょんSSで一番好きです。
起承転結がしっかりしてるのですごく読みやすいです。
特にオチがかわいくってすんばらしいです。