確かに犯人は、フランスのギラロッシュ社の香水を着ていたラグランシャツやハンケチに振りかけていて、日本人離れした服装であることも鑑定結果と一致します。DNAはウソをつきません。しかし、動機という前提で考えると、ハーフ系の若者が宮沢家に出入りして、一家を惨殺する可能性とは、いったい何だったのでしょうか。
捜査本部は、世田谷区など事件現場に近い区役所にハーフがいないかという捜査をかけました。しかし、戸籍からヨーロッパ系ハーフを割り出す作業は簡単ではありません。 大体の場合、父系しか記載されていないので、なかなかそれらしき人物は浮上せず、偶然の聞き込みからフランス人のハーフ男性が浮上しました。
しかし、フランスと日本に犯人引き渡し条約はありません。やむなく、捜査班は密かに渡仏。捜査令状なしで「容疑者」の母親を尾行して、ごみ箱から母親のミトコンドリアDNAを入手しましたが、完全には一致しませんでした。その後この容疑者は、日本には帰国していないので、この捜査は進展していません。
しかし、可能性がまったくなくなったわけではありません。犯人のバッグの内側に赤系統の染料が付着し、これも原料がドイツにあるメーカーだとわかっています。何かの機会に欧州でこのDNAを持つ犯人が逮捕され、一家惨殺の謎が解き明かされるかもしれません。
事件を巡る危険な誤報の数々
飛び交う「アジア系犯人説」
一方、世田谷一家殺人事件では、極めて危険な誤報も発生しました。韓国人犯人説、中国人犯人説など、当時増加していた国内で働くアジア人系の犯人グループがいるという報道が盛り上がったのです。草思社が出版した『世田谷一家殺人』は韓国人などアジア系の住民の犯罪という説を断定的に書いて、ベストセラーになりました。
それ以前にも、文春以外の週刊誌が同じようなことを書き、文春の読者やテレビの情報番組も注目。公安関係者とか、警察庁関係者といった匿名の情報源を根拠にして書かれている本なので、我々も検証のしようがありません。「なぜ、文春はアジア系外国人犯人説を書かないのか」と周囲からは何度も聞かれる状態でしたが、森下記者からは「絶対そのような捜査結果は上がっていない」という報告がありました。