深夜のお出かけ1
別名、レイヴンといっしょ。
レイヴンはわりと天然ボーイです。幼馴染トリオに比べればピュアっ子。
真っ白な褥に体を横たえると、魔石のランプの光を調整したアンナがこちらを向いた。
少しだけ毛布を引き上げ、しっかりと顎の下付近まで持ち上げる。シーツのしわや枕の上に広がった黒髪を整えるとこちらにわたくしを見た。
茶色の瞳は優しく細められ、静かで落ち着いた声が下りる。
アンナの笑顔が好き。優しくて、安心する。お父様とは少し違う。ラティお義母様に少し似てて、キシュタリアやジュリアスにも少し似た温かさ。
「おやすみなさいませ、アルベル様」
「ええ、おやすみなさい。今日もありがとう、アンナ」
「勿体ないお言葉です。良くお休みになられてください」
一礼したアンナが退室する。そして、その足音が遠ざかっていった。
結界魔法の応用でだいたいの位置は把握できる。良く響く呼び鈴が聞こえる隣室にはメイドが何人か待機している。世間話に花が咲いているようだ。
うーん、この様子だとちょっとした音だと気づかないわね。
「レイヴン、いるかしら?」
小声で言うと、いちおうは魔力で感知したあたりからするりと暗闇に浮き上がる長身の青年。うーん、もう少年とは言えないほどの外見。
本当に、以前の小ぢんまりと愛らしいサイズから雨季のタケノコも真っ青な育ちっぷりですわ……またちょっと伸びた?
手招きすると猫みたいに静かな足取りで近づいてくる。
足音も気配も薄く、その真っ黒な姿もあって暗闇や影が動いているよう。
「遺跡に行くわ。護衛をして」
「お休みください」
「一時間だけよ」
「最近の姫様は夜更かしが多いです」
「四十五分」
「社交はしていませんが、公務の一環で色々な方に手紙を認めて呼びかけなさっておりますよね」
「同じ文章よ? 手書きではありますが……三十分!」
「……そのあと、部屋で夜更かしするのでしょう」
読まれていましたわ。もう、どうしてそんな疑り深い性格になってしまいましたの。レイヴンったら。
「解ったわ。今日はすぐ寝ます。それで手を打ちましょう」
心なし肩を落としたレイヴンは頷いた。というより、項垂れた?
可愛いレイヴンに迷惑をかけてしまうのは心が痛みます。我儘を言って申し訳ない。
じっくり二十秒ほど黙った後「……解りました」と了承してくださいました。レイヴンから疑いの眼差しが刺さっているのは気のせいですわ。
粘り勝ちですわ。
「ありがとう、レイヴン」
「皆が心配しておりますので、何か変調がありましたら部屋に戻ります」
そこはきっちり釘を刺されてしまいましたわ。
てきぱきとクローゼットから暖かそうなガウンコートとブーツを持ってくる
「カーディガンとスリッパでよくなくて?」
誰もいないのですから、そこまできっちりしなくてもと思いましたがレイヴンは頑なに首を縦に振ってくれません。
「カーディガンは薄すぎます。スリッパは転倒の恐れがあるので却下です」
きっぱりと言い切るレイヴンに迷いはない。これはまた手厳しいですわ。
わたくし、そんなに信用できないのかしら?
その、ちょっと体力や運動神経に自身はないですし? ちょっと疲れるとすぐ寝込んじゃうような気がしますが……
何とかレイヴンと一緒に宮殿の地下にある遺跡部分まで潜ります。
手元の魔石ランタン以外には明かりはなく、陰鬱で冷えた空気が漂っています。何か心霊的なものが出てきそうな気がしますわね。
渡り人以外でヴァニア卿をはじめとした王宮魔術師たちを釣れるような素敵な人参を探さなくては。その人参でキリキリ働いていただくのですわ!
わたくしが有効利用できなくてもジュリアスが上手く役立ててくれるかもしれません。
あの後、周りからあまり問い詰められはしませんが、わたくしの隠し通路からの遺跡探索は心配性な周りから禁止令が出てしまえば出入りも難しくなってしまいます。
ヴァニア卿は古文書をできるだけ独り占めしたそうにしているので、口は堅いでしょう。本来の『キミコイ』ではカイン・ドルイットのライバルキャラでしたが味方であれば心強いです。
カインルート以外では問題児ではない方なので、カインがヒロインと結ばれて魔法使いとして活躍し、成長しない呪いが解けなければ劣等感もないはずです。
正規ルートではヒール役同士共闘というのは、わたくしがモブだったら胸熱展開でしょう。ですが当事者としては結構綱渡りの気分ですわ。
そういえば、レナリア……いえ、あの転生者? 憑依者かしら? 指名手配されていると聞いてはいますが、どうなったのでしょう。
逃げ出してからの行方は知れていない。
悪役令嬢の『アルベルティーナ』ですと最後の最期までヒロイン絶対殺すヒールをやめないのですよね。
でも『アルベルティーナ』と違ってレナリアは財力も後ろ盾も人脈も心もとないはず……わたくしをまだ狙っているなんてことはない、はずですわよね?
そこがあの少女の分からないところですわ。
脱獄できたというのに、態々わたくしのいるラティッチェ本邸に賊を引き連れてやってきたトチ狂った娘である。
あの場にお父様がいたら、視界に入った瞬間に首を刎ねたか跡形もなく消し炭にしていたでしょう。
まだ狙っているという説が捨てきれないのが怖いところだ。
謁見の間にあのような悍ましい魔物をけしかけたのです。わたくしを殺すために、王や王妃や王子までいたあの場所に、だ。
この国の元首と重鎮揃い踏みの場所に、態々あのような化け物となったカインを仕向けるなんて国を敵に回しているようなものです。
「アルベル様、お時間です」
考えながら作業をしていたのであっという間でした。
持っていけそうな本を持ち帰ろうとすると、隣から伸びたレイヴンの手がてきぱきと大きな箱に入れて布を被せ、荷崩れしない様にひもで縛るとリュックのように背負った。
結構な量だったけれどあっと言う間の荷づくりでした。
レイヴンはわたくしに早く寝室に戻って欲しいらしく、その状態でさらにわたくしを薄手のブランケットに包んで抱きかかえるとスタコラと淀みない足取りで戻ってしまいました。
一瞬の早業でした……
「わたくし歩けますわ」
「なりません。夜は床の石から冷えています」
ブーツを履いておりますのに、と反抗するように足を揺らしますが黙殺されました。
部屋に着くと漸く下ろしてくださいました。
「荷物はいかがいたしましょう?」
「クローゼットに」
「他の侍女にもばれてしまいます。アンナ様は以外には目に触れさせないほうがいいかと存じます。
姫様は御衣裳を新調も少なく、増やすことがないので些細な変化でも目立ちます」
レイヴンがやんわりと否定する。
でも、わたくしはお茶会や夜会をすることもなければ、改まった儀式や行事に参加することもありません。
意識高い系貴族と称して一度着たドレスや宝石はお気に入り以外二度と身に付けないなんて方もいるようですが……うちの王族ではそういうのがいないといいのですが。
何はともあれ、わたくしの衣装棚は喪中の黒ドレスばかり。シルバーや紺の大人しい色愛の物は何着かあります。晴れ着として切れそうなのもありますわ。
ドレスといえば会ったこともないどこかの御令息たちからドレスや宝石が贈られてきたこともありますわ。恐ろしくなってアンナやベラにお返しするようにしましたが。
そういえば、ヴァンからもありましたわね。下品なほど真っ赤なヴィヴィットレッドや安っぽいくらい真っ青なネオンブルーのドレス。握り拳ほどありそうなごろごろと品のないカットと大きさばかりでぱっとしない輝きのネックレスやブローチ。
しかもドレスは首や肩は剥き出し、胸元は半ばまで出ているような大変破廉恥な品が……赤いドレスの方は足の付け根までありそうなスリットがありました。
やたら体の線を強調するデザインで際どい露出に、シュミーズのように薄っぺらい生地。
一瞬だけしか見ていませんでしたが、あれはわたくしだけでなくメイドや護衛たちすら戦慄して凍り付きましたわ。
思わず「わたくし、いつ娼婦になったのかしら」と呟いてしまえば、今まで見たことのないほど機敏な動きでメイドたちが動きました。特にフィルレイアが箱のふたを衣装の上に叩きつけ、凄い速度で包装リボンを荷づくり紐にしてぎゅうぎゅうに縛り窓から投げていました。
可愛いだけの仕事ができないメイドといわれていたフィルレイアでしたが、あの時ばかりは英雄張りに拍手喝采されていました。
同時にあのような衣装を送り付けてきたヴァンには「ふざけんな死ね!」という空気が流れていました。
ちなみにアンナは火打石を持っていました。
もちろんドレスは返品……というより、時期的にあれはわたくしの事業資金であんなものを買っていましたの? 頭も趣味も悪くてよ。
読んでいただきありがとうございました。
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