外伝4 クマさん、絡まれる
フィナを連れ立ってマイホームを出る。
ギルドタワーを出ると初心者装備を付けている新人プレイヤーが多くいる。
これも、アップデートと新しいパッケージの発売のおかげだろう。
この街を拠点にして、クエストをこなして、行ける場所を増やして行く。行ける場所が増えると魔物の強さも変わり、手に入るアイテムも変わってくる。
わたしがそんな初心者プレイヤーの中を歩き出すと、周りから声が聴こえてくる
「なに、あれ?」
「くま?」
「クマさん?」
「着ぐるみ?」
「あんな装備もあるの?」
「かわいい」
「上位プレイヤーかな?」
「どこで手に入るんだ?」
などと、声が聞こえてくる。
周辺のプレイヤーの視線がわたしに向けられている。やっぱり、ゲームの中とはいえ、クマの着ぐるみは恥ずかしい。
隣ではフィナがニコニコと笑顔でいる。
こんなわたしの隣にいて、恥ずかしくないのかな?
ギルドタワーを出たわたしはフィナを街の案内をしようと思ったが、この視線を耐えられる精神は持ち合わせていない。この状態が続くとわたしの精神が崩壊する。間違いなく崩壊する。
知り合いに会おうとものなら逃げ出したくなる。
くまさんフードを深くかぶる。
その行動が意味がないことぐらい分かっている。プレイヤーに視線を合わせて、ウィンドウ画面を出せば、プレイヤー名、所属ギルド名は表示される。
さらに、同じギルドに所属したり、フレンドになればさらに詳しい情報が表示されることになる。
つまり、最低でも着ぐるみを着た人物が『ユナ』と名前の人物だということは知ることはできる。
そして、同じ名前を付けられないこのゲームでは『ユナ』と言う名は一部のプレイヤーには知られている。
せめての救いは上級プレイヤーはアップデートによって、新しく解放された地域に向かっていることだ。ここにいるのは初心者プレイヤーや交流を求めてやって来る者たちぐらいだ。
わたしのことを知っているプレイヤーはいない。
でも、恥ずかしいことは変わりない。
「フィナ、街の中を案内しようと思ったけど、先に戦闘練習でいい?」
「はい。街はユナお姉ちゃんのところに行く前に、お母さんに少し案内してもらったので大丈夫です」
なら、このまま外に行ってもいいかな。
「なにか、聞きたいことがあったら、聞いてね」
「はい!」
初めてのゲームが嬉しいのか、フィナは見るもの全て、ニコニコと笑顔で見渡している。
わたしは、なるべく知り合いに会わないように祈りながら歩いていると、十字路の交差点で会いたくない人物に出会ってしまった.
人は会いたく無いと思っているときこそ、出会ってしまうものだと、再認識された。
「おまえ、ユナか?」
目の前に筋肉質のプレイヤーがいる。
職業はモンク。もっとも会いたく無いプレイヤーの一人だ。
「デ、デボラネ……どうして、あんたがここに……」
上位プレイヤーのデボラネがどうしてこんなところにいるんだ。
アップデートで新しく開放された地域にいるはずでしょう。
凄く問い詰めたいのを我慢する。
「本当にユナか!? なんだ、その格好は」
デボラネは背が高いため、わたしのことを上から見下ろす。そして、口元が緩み、大きく口を開き、デボラネは笑い出す。
「クマ? おまえ、俺を笑う殺すつもりだな」
デボラネは笑いながらわたしに指をさす。
「汚いぞ。そんな方法で俺を殺しにかかるなんて」
デボラネの笑いは止まらない。
「い、いま、ここで殺してあげようか!」
クマさんパペットを強く握りしめる。
わたしの感情が伝わったのか、パペットの顔が怒りのクマさんパペットに変化する。
「ダメだ。笑いが収まらない。卑怯だぞ。俺を笑わせて、俺に攻撃をさせないつもりだな」
「今すぐ、殺してあげるから、対人戦、受けなさい!」
わたしはデボラネに向けて対人戦を申し込む。
対人戦とは1対1で戦う試合のこと。
設定によっては複数対1人も可能だ。
「デボラネさん。そのクマなんですか?」
デボラネの隣にいた、初心者装備をした剣士がデボラネに尋ねる。
名前を確認するとランズ。ギルドはデボラネと同じだ。
「ああ、こいつは、ソロで活動している魔法剣士だ?」
デボラネはわたしの職業を言うとき、少し悩みやがった。
たしかに今の職業は違うけど。
「しかも、上位プレイヤーのトップクラスにいる実力者だ」
「このクマがですか?」
疑うような目でランズはわたしを見る。
本当なら、格好いい防具に包まれた魔法剣士の姿があったのに、今はクマの着ぐるみを着たクマがいるだけだ。
泣きたくなってくる。
運営よ。わたしがなにをしたと言うんだ。
再度、運営にクレームのメールを送ることを誓う。
「どうして、その魔法剣士がクマの格好をしているんですか」
そのことを思い出したのかデボラネはわたしを見ると再度、笑い出す。
絶対に殺す。
「それで、なんで、おまえはそんな格好をしているんだ」
「別にいいでしょう。わたしがどんな格好をしようと」
「そんなことを言っていいのか。あること、ないこと掲示板に書くぞ」
絶対に殺す! 絶対に殺す!
「アップデートキャンペーンで当たったのよ」
わたしは渋々ながら、正直に答えた。
「ほ~ん。そんな防具が当たるのか。俺様はレア物のアックスだったけどな」
デボラネは自分の当選品を答える。
アックスか、いらないね。
クマはもっといらないけど。
「それで、なんで手に入れたからと言って、そんなクマを装備しているんだ。おまえ、魔法剣士だろ。まさか、その装備が魔法剣士の防具とは言わないだろ」
「それは……」
わたしが答えにくそうにしていると、横から口を挟む者がいる。
「わ、わたしがユナお姉ちゃんに頼んだんです」
フィナの小さい体がわたしとデボラネの間に入ってくる。
「なんだ。このちっさいのは」
「フィナです!」
フィナはデボラネ相手に怯むこともなく名を名乗る。
「もしかて、今回のアップデートか」
デボラネはちゃんとアップデートの内容を読んでいたみたいだ。
「ティルミナさんの娘よ。だから、扱いには気を付けた方がいいわよ」
「あの、ばばあ軍団の」
デボラネはティルミナさんの名前を聞いた瞬間、叫び声をあげる。
ばばあ軍団って、知られても知らないよ。
「今の言葉、ティルミナさんたちに伝えていい?」
伝えるけど。
「やめろ! あのギルドは強さに関係なく、面倒なギルドだ。関わりたくない。その娘がなんでおまえといるんだ」
「面倒を見て欲しいって、頼まれたのよ」
「それで、その娘に頼まれて…着ぐるみか。おまえも苦労しているんだな」
なんだ、その哀れみの目は。
わたしは何度も対人戦の申し込みをデボラネにする。
「うっとうしい、その対人戦の申し込みは引っ込めろ。俺はおまえと遊んでいる暇はないんだ。こいつを早く、レベル上げて、一人前にしないといけないんだからな」
そう言って、ランズの肩に手を乗せる。
「もしかして、新人?」
「ああ、今回のアップデートでパッケージが販売されただろ。その購入者だ。自己紹介しろ」
ランズの背中を叩くデボラネ。
「ランズだ。よろしく頼む、クマ」
殺す!
今度はランズに対人戦を申し込む。
「デボラネさん、このクマから、対戦を申し込まれた」
「だから、やめろ!」
「なら、そいつにわたしのことをクマと呼ばせないでよ」
「ああ、わかった。わかった。ちゃんと、言っておく。だからそんなに怒るな」
「次、言ったら、絶対に殺すから」
「ああ。それじゃ、俺たちは先に行く。またな、く・ま・さ・ん」
デボラネは笑いながらランズを連れて駆け出していく。
次に会ったら、絶対に殺す。必ず、殺す。
基本、対人戦で勝利しても、得られる物は少ない。
少ない経験値、お金。でも、リザルト表示には戦歴が残るため、相手を馬鹿にすることはできる。
ちなみにデボラネとの戦歴はわたしの方が多く勝ち越している。
また、録画機能もあるので、デボラネの負けた戦いを皆に見せることもできる。でも、それは同時に、わたしのクマの着ぐるみの姿まで、見せることになる。
いっそうのこと、デボラネがクマに負ける映像でも流してやろうかな。
そうすれば、少しは静かになるかもしれない。
よし、今度、会ったときは絶対に受けさせよう。と誓って、わたしたちもデボラネの後を追うように街の外に向かう。