外伝3 クマさん、フィナを預かる
マイホームで待っていると、ドアが開き、二人のプレイヤーが入ってくる。
一人は薄黒の髪をした女性剣士。わたしの数少ないフレンドのティルミナさん。
その隣に10歳ぐらいの初心者防具を装備した女の子がいる。娘さんかな?
「お待たせ…………」
ティルミナさんの視線がわたしに止まる。
視線が上から下に下がり、下から上に上がる。
そして、頬がヒクヒクと動いている。笑いたいのを我慢している。
その隣の娘さんはわたしをジッと見ている。
「クマさん?」
首を傾げる娘。
「ユ、ユナちゃん、その格好はなに?」
笑いを堪える母親。
「説明するから、笑わないでもらえますか。凹みますから」
わたしは一周年キャンペーンで手に入れたこと。装備能力のこと。装備をしたら、外れないこと。運営会社に連絡をしても駄目なこと。全て話した。
「でも、凄いチート防具ね」
「でも、見た目が」
「別にいいんじゃない。もし、ユナちゃんが男だったら、アウトだけど。ユナちゃんのアバター可愛いし、なにも問題はないんじゃない」
「人事と思って」
「クマさん、可愛いよ」
フィナが口を開く。
今更ながら気付くが子供のアバター?
たしか、14歳以上じゃないとこのゲームはできなかったはず。
「ティルミナさん」
「なに?」
「どうして、お子さんがゲームに参加しているんですか。確か対象年齢14歳以上ですよね」
「ユナちゃん、知らないの? 今回のアップデードで、対象年齢が引き下がったこと」
ティルミナさんの話では今回のアップデートによってかなりの変更点があったらしい。
一応、変更点を読んだつもりでいたけど、自分に関係無いことは読み飛ばしたみたいだ。
その変更点の一つが対象年齢らしい。
14歳から10歳に年齢が下がったのことだ。
「あと、やっぱり。ユナちゃん、身長高く見積もっていたわね」
「……?」
「身長、低くなっているよ」
その言葉で、再度鏡の前に行く。
確かに低くなっている。
このゲームの世界では実際の身長よりも±10cmまで変更が可能だ。
実際の身長はゲーム開始時に足首、手首、首にセンサーを取り付けることによって、ある程度の身長、体重などの身体の登録が行われる。
あまりにも現実と違うアバターにすると、現実で問題が起きるから、変動幅は±10cmとなっていた。
わたしは現実の身長が平均よりも低かったため、ゲーム内では+10cmと増やしていた。
「VRの世界で身長の誤差がでると、現実世界に少しながら影響が出ることが分かったから、身長は現実世界の身長に合わせることになったのよ」
そうなのか。さよなら10cm。数年後に会おう10cm。
心の中で身長と別れを告げる。
「ユナちゃんは低い方が可愛いよ」
そんな、嘘はいい。
「それで、ティルミナさんの用事ってなんですか?」
早く、用件を聞いて、今日はログアウトして、ふて寝したい気分だ。
「この子の面倒を見てもらおうと思ってね」
ティルミナさんは娘の頭の上に手を乗せる。
いきなり、とんでもないことを言い出す。
もしかして、フレンドが少ないわたしに押し付けようとしているのかな。
「どうしてわたしなんですか? ティルミナさんのギルドに入れて面倒を見ればいいじゃないですか」
「知っていると思うけど、一応わたしたちのギルドの規則が合ってね。主婦限定なのよ。それにゲームまで親と一緒じゃ、楽しめないでしょう。それにユナちゃんなら年も離れてないし」
一応、5つ離れてます。
「でも、それなら、同年代の子と遊んだ方がいいんじゃ」
「それは、親心よ。子供たちだけじゃ、変なギルドに絡まれても困るし。その点、ユナちゃんのことは良く知っているから、娘を預けることができるわ」
ティルミナさんの頼みだから、本当なら引き受けてもいいんだけど。わたしの格好がクマじゃなければ。
「それにレベルに差があるから、一緒に遊べない……」
「レベルダウンシステムがあるでしょう」
レベルダウンシステム。
自分のレベルを下げることができるシステム。自分のレベル以下なら、どのレベルでも設定が可能だ。
新人プレイヤーと一緒に遊べるシステムだ。
まあ、基本。このシステムはリアル友人が後発で始めて、その手伝いにために主に使われる。
リアルに友人がいないわたしは一度も、そんなシステムは使ったことは無い。
本来、経験値の配分はレベルによって決まる。
レベル99とレベル1のプレイヤーがパーティを組んで魔物を倒せば。レベル99のプレイヤーが魔物経験値を99%得ることができ、レベル1のプレイヤーは1%分しか得ることができない。
これを同じレベルにすることによって経験値を50%ずつ分けることができる。
さらに自分のレベルを下げて戦うことで、相手に多くの経験値を与えることも可能だ。
「ご迷惑ですか?」
フィナが心配そうにわたしを見る。
そんな純粋な目で汚れているわたしを見ないで。
「それにこんな格好のわたしと一緒にいたら、悪目立ちするよ」
「好都合ね。ユナちゃんに喧嘩を売るバカはそんなに多くないでしょう。デボラネぐらい?」
あのバカか。
何度かケンカを売って来たのでボコったプレイヤーの一人だ。
無駄に筋肉が多い馬鹿だ。
噂によると、大学でラクビーをしていたらしい。だから、あんなに筋肉が凄かったと後で知った。
「始めに言っておくけど、いつまで続けるか分からないよ」
クマの格好のままゲームを続ける気力は残っていない。
「そのときはそのときに考えるわ。それじゃ、ユナちゃん、娘をお願いね」
ティルミナさんは娘のフィナをわたしに預けるとソファーから立ち上がる。
「ティルミナさん、わたしのこと誰にも言わないでくださいね」
「別にいいじゃない。どうせ御披露目するんだから、早いか遅いかの差でしょう」
「それでもです」
ティルミナさんは笑いながら部屋から出ていった。
わたしとフィナは出て行くティルミナさんを見送る。
残されたわたしたちは顔を見合わせる。
「あのう、ご迷惑でしたか?」
「こんな状況じゃなければね」
改めて自分のおかれている状況を確認する。
装備が外れないクマ。
目の前には10歳の女の子を預かった。
つまり、この格好でこの子と一緒に行動しないといけない。
「確認するけど。わたし、こんな格好だよ。さっき、説明したけど、このクマ脱げないから、こんな格好のわたしと一緒に行動するんだよ」
「大丈夫です。わたし、クマ好きです」
「そんなことを言ってるわけじゃななくて、このゲームの世界ではこんな着ぐるみを着ているプレイヤーはいないから目立つのよ」
「大丈夫です。気にしません」
ここまで言うなら仕方ない。
改めて自己紹介をする。
「聞いているかも知れないけど、名前はユナよ。職業は魔法剣士だったけど。今はクマよ」
「クマ?」
「この防具を着けたら職業が変わったのよ、ちなみにサブ職もクマだから」
「わたしは魔法使いです。サブ職は薬師です」
「魔法使いね。ちょっと待ってね」
わたしは着替え部屋に行き、ランクが低い魔法使いの装備を探し出す。
このゲームは装備の譲渡は基本は可能だ。たまに不可のものもあるが、90%以上の防具、武器、アイテムは譲渡、売買はできる。
それで、どうして、ランクが低い装備を捜していると言えば、譲渡、売買に契約があるからだ。
その者が地域開放をしていないと高ランク地域の譲渡ができないようになっている。
ダンジョンで説明をすれば、ダンジョンを5階までしか開放してないと、5階までにしか出現しないアイテムしか受け取れないシステムになっている。
いきなり、高ランクアイテムをゲットできないようになっている。
そのため、今日から始めたフィナは一番始めの街で手に入るアイテムしか受け取れないし、買うこともできないようになっている。
高ランクアイテム(防具)を受け取りたかったら、クエストをこなして、行ける場所を開放しないといけない。行ける場所が増えれば、必然的に、その地域で手に入るアイテム、防具も譲渡できるようになる。
そんなわけでゲームをやり始めたときの防具を探す。
あった。
魔法使いの服とマント、ブーツ、杖など一式を発見する。
「フィナ、これあげるから、着替えて」
着替える場所はマイホームか、フレンドの部屋、またはギルドホームでもできる。
フィナとは先ほどフレンド登録をしたから、わたしの部屋でも着替えはできる。
「いいの?」
「いいよ。もう、使わないし、二度と着れないし……」
クマ脱げないし。
「ごめんなさい」
「別にいいよ。元から、そんなランクが低い防具は着ないから」
「ありがとうございます」
フィナは受け取り、装備ボタンを押す。
すると、一瞬で魔法使いの格好になる。
「一応、この地域は強い部類の防具になると思うから、楽に戦えると思うよ」
「ありがとうございます。お礼はきっと、します」
「お礼はティルミナさんの弱点でいいよ」
「お母さんのですか?」
「そう、ティルミナさんにいつか、仕返ししたいからね」
「お母さん、ゴキブリが嫌いです」
「ゴキブリって、みんな嫌いだよ。まあ、いいか。それじゃ、準備もできたし、外に行こうか。行きたくないけど」
こんな格好で外を歩くと思うと、憂鬱でしかない。
「もう、ですか?」
「とりあえず、戦闘方法をおしえておけば、わたしがいなくてもレベル上げができるでしょう。レベルが低いとなにもできないゲームだからね」
「わかりました。ユナお姉ちゃん、お願いします」
「ユナお姉ちゃん?」
「駄目ですか。わたし、妹はいるけど、お姉ちゃんはいないから」
「別にいいよ」
「ありがとうございます」
嬉しそうにお礼を言うフィナ。
それじゃ、レベルを下げないとダメだね。
わたしはウィンドウ画面を出し、レベルを下げようとする。
あれ?
これって、レベルを下げたらクマ装備、ゴミじゃない?
一文がある。
『使い手のレベルによって威力アップ』
これは早まったかもしれない。
でも、引き受けてしまったものを今さら断ることは出来ない。
わたしは渋々、レベルを1に下げてマイルームを出ることにした。
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