英国で急増する新型コロナ変異ウイルスは何が怖いのか
感染力は最大1.7倍、重症化や死亡リスクへの影響は不明
大西淳子=医学ジャーナリスト
クリスマス休暇を目前にした英国で、新型コロナウイルスの変異株の感染者が急増し、警戒感が一気に高まっています。既に、英国との人の往来を制限する国が続出しています。
日本にもこの変異ウイルスに感染した人が現れる可能性は十分にあります。この変異ウイルスについて現時点で得られている基本的な情報を以下にまとめました。
短期間で生じた29カ所もの変異に専門家も驚く
英国で変異ウイルスの流行に関する情報が広がるきっかけは、英国の保健相Matt Hancock氏の、2020年12月14日の英国議会下院での報告でした。Hancock氏は議会で、イングランドの南東部で、変異ウイルスの感染が急激に増えたことを明らかにしました。
この変異ウイルスは、ロンドンの南東に位置するケント州で2020年9月20日に初めて検出され、その後、感染者が急増するとともに、感染地域も拡大しました。海外から持ち込まれたことを示唆するデータはないため、英国内で発生したと考えられています。また、これまでのところ、感染者の多くは60歳未満の人々でした。
変異ウイルス株は「SARS-CoV-2 VUI 202012/01」(2020年12月に調査中の変異株01)と名付けられました。このウイルスのゲノム配列を、中国の武漢市で最初に分離されたウイルスと比較すると、29個のヌクレオチド(*3)が変化していました。29カ所のうち、ゲノムにコードされるアミノ酸に変化が生じていた(アミノ酸置換が起きていた)のは17カ所でした。
専門家は、変異が29カ所もあったことに驚きました。新型コロナウイルスの変異の速度は、平均すると1カ月に2カ所と推定されています。しかし、英国における最初の検出が9月であったことを考えると、この変異ウイルスの変異の速度は通常より速いと考えられます。どのような原因で変異が加速されたのかは不明です。
ここからはやや専門的になりますが、ウイルスゲノムの変異のなかで、人への感染の影響が最も懸念されるのは、ウイルスの表面を覆っているスパイク蛋白質をコードする遺伝子に生じたアミノ酸置換です。この変異ウイルスのスパイク蛋白質のアミノ酸配列には、8カ所(69-70の欠失、144の欠失、N501Y、A570D、P681H、T716I、S982A、D1118H)に置換が認められました。
それらのうち、N501Y は、スパイク蛋白質が人の細胞の表面にある受容体に結合する際に重要な部位に存在しており、この変異があると、ウイルスと受容体の結合親和性が高まる(ウイルスと受容体が結合しやすくなる)ことが示されています。また、P681Hという変異は、気道上皮細胞へのウイルスの侵入を容易にする部位に存在する変異であるため、感染しやすさに影響する可能性が示されています。実はこれまで、これら2つの変異が同時に生じているウイルスは見つかっておらず、両方の変異を持つウイルスがどのような特性を持つのかは不明です。
それでも、英国南東部において、短期間のうちにこの変異ウイルスが、それまで流行していたウイルスに置き換わったことは、感染において有利な特性を持つことを示唆します。
*2 ECDC. Rapid increase of a SARS-CoV-2 variant with multiple spike protein mutations observed in the United Kingdom. Dec 20, 2020.
*3 ヌクレオチド:糖・リン酸・塩基で構成される化合物で、DNAやRNAの基本単位。
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