虚実の時代、エンタメだから伝えられること

野木 硬質な小説をエンタテインメントにするというのは、つまり、伝えやすくすることだと私は思っていて。「ニュースやドキュメンタリーは見ない。本も読まない。でも映画やドラマなら観る」という方が、映画を観て、「原作も読んでみたい」と思うかもしれない。エンタメは、そうやって間口を広げ、人に伝わりやすくするという意味では有効なメディアかな、と思います。エンタテインメント性のある小説を、新聞記者出身の塩田さんのような方が精力的に書いていらっしゃるのは、とても心強いですね。硬派なことを、エンタメ側の人間がやると世間からは突っ込まれやすいので。

塩田 僕自身、ずっと考え続けていたことなんですが、なぜ今この映画を観ることに意味があるかというと、今後世界が、“虚実の時代”を迎えるからです。xR などの仮想空間技術が革新していくと、24時間のうちになりたい自分になれる時間が増えていきます。となると、今度は、リアルとの向き合い方を考える時代になる。だからこそ、“虚”の役割を明確にしたいと私は思っているんです。

私が書くのはリアリズム小説ですが、『罪の声』のような虚と実が入り混じって、どっちがどっちかわからない内容の物語は、最終的にはフィクションと明示するべきだと思っています。「フィクションだからこそ伝わる」をいかに実感してもらえるかが重要です 。

野木 エンタテインメント的な面白さが入り口になって、映画の発信するメッセージを自分の問題として考える、という有効性はある。一方で、「あ〜面白かった!」で終わってしまうことも多いんですよね。結局、“虚”の役割というのは、受け手の想像力を鍛えることだと思うんですが、他人事でなく自分ごととして考えられるような心の揺さぶりをどれだけ与えていけるか、という話でもあるのかもしれませんね。

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「いい作品」とは何か。「いいニュース」とはなにか。フェイクニュースがあふれる今だからこそ必要なエンタメの役割とはなにか。後編ではおふたりの率直な想いを伝えていく。

撮影/杉山和行

塩田武士(しおた・たけし)
1979年、兵庫県生まれ。関西学院大学卒業後、神戸新聞社に就職。2010年、『盤上のアルファ』で第5回小説現代新人賞を受賞し、作家デビュー。16年、『罪の声』で第7回山田風太郎賞受賞。同書は週刊文春ミステリーベスト10第1位、第14回本屋大賞3位に選出された。19年『歪んだ波紋』で第40回吉川英治文学新人賞を受賞。最新刊は『デルタの羊』。 

野木亜紀子(のぎ・あきこ)
1974年、東京都生まれ。日本映画学校卒業。映画『図書館戦争』シリーズ、『アイアムアヒーロー』、テレビドラマ『空飛ぶ広報室』『逃げるは恥だが役に立つ』の脚本を手掛ける。オリジナル作品としてテレビドラマ『アンナチュラル』『獣になれない私たち』『フェイクニュース』『コタキ兄弟と四苦八苦』『MIU404』など。

(c)2020 映画「罪の声」製作委員会

罪の声
35年前――。食品会社を標的に、誘拐や身代金要求、毒物混入など数々の犯罪を繰り返した企業脅迫事件があった。犯人グループは警察やマスコミを挑発し続け、長期にわたって世間の関心を集めた挙句、忽然と姿を消してしまう。未解決事件の深淵に潜む真実を追う新聞記者の阿久津(小栗旬)と、脅迫テープに声を使用され、知らないうちに事件と関わってしまった曽根俊也(星野源)を含む3人の子どもたち。35年の時を経て、それぞれの人生が交錯し、衝撃の真相が明らかに――。原作は、元新聞記者である塩田武士のベストセラー小説。監督は『いま、会いにゆきます』『麒麟の翼』『ビリギャル』などを手がけた土井裕泰。脚本は、『逃げるは恥だが役に立つ』『重版出来!』などで土井監督とタッグを組み、『アンナチュラル』や『MIU404』も手がけた野木亜紀子が担当。
10月30日(金)より全国のTOHOシネマズ他にてロードショー
小栗旬  星野源
松重豊 古館寛治  /  市川実日子 / 宇崎竜童 梶芽衣子
(古館さんの「館」の漢字は正しくは「舎+官」です)
(c)2020 映画「罪の声」製作委員会