実際の事件を取材した記者が「映画、面白かった」と

罪の声』は、大手食品会社の社長誘拐事件に始まり「食品に青酸カリを混入した」と警察やメディア各社に脅迫状が送りつけられるなど、昭和をゆるがした未解決事件がモデルとなった作品だ。70万部を超えた原作は544ページというボリュームながら、単行本発売当初から絶大なる人気を博し、山田風太郎賞を受賞、ミステリーランキングの1位にも選ばれた。本当に事件の真相はこうだったのではないかと思わせるようなリアリティ溢れる作品となっており、それをどのように映画化するのかも注目されていた。

野木 小説には、物凄い情報量と熱量が注がれていて、3年前に初めて読んだとき、「これは大変な仕事を引き受けてしまった」と後悔しました(笑)。 2回目に読んだときに登場人物を全部書き出して、その人の情報が何ページに書かれているかも書いて。関係図を細かく作っていきました。普段はそこまでしないんですけど、今回ばかりはそうしないとえらいことになるなと。塩田先生は相関図を作らなかったんですか?

塩田 作りませんでした。登場人物のことは全て頭に入れてから書き始めたつもりだったので。でも、途中でやっぱり忘れるので、その時は資料を読み直す。書く前に、犯人だと思しき人物の職業や背景、新聞や雑誌 の記事を全部時系列で整理したものをまとめておいたんです。事件の現場取材に行くときには当時の住宅地図も用意しました。とにかく膨大な資料があったので、登場人物のイメージが薄れる たびにそれを読み返しました。すべての情報を集約するまでにものすごく時間がかかった分、一応頭には入っているので、読み直せば思い出すんですけど。

野木 いい意味で、フィクションとノンフィクションの境目が曖昧な小説ですよね。現実にあったこととして世の中に明らかになっていることと、塩田先生が調べた中で、「きっとこうなんだろうな」と確信されたであろう部分と。その他にも、本には載っていないけど、塩田先生だけが掴んだ何かも必ずあるんだろうなと。
取材の臨場感が伝わるエピソードや描写がどれも面白いのに、全体を考えると落とさざるを得ないところがたくさんあって、かなり葛藤しました。

塩田 映画化として考えたら、この脚本しかなかったと思います。決定稿を読んだとき、これが映像になったらどうなるのか、すごくワクワクしました。映画を観たときも、「なんて運の強い原作だ」と思いましたし、野木さんはじめ、演者の方々、制作チームの方々には、本当に感謝しています。

実際の未解決事件を当時から担当されていた加藤譲さんという元読売新聞の記者の方がいらっしゃって、小説を書くにあたり私も大変お世話になったんです。新聞記者を引退した今も、事件を追いかけている方です。その加藤さんから、映画公開初日に「無茶苦茶面白かった!」ってメールが来ました。
実は、去年から今年にかけて、モチーフになった事件の捜査関係者の方々が相次いでお亡くなりになっているらしく、 加藤さんがお葬式に行くと記者は 自分一人、みたいなこともあるそうです。事件の風化を目の当たりにされているだろう加藤さんが、この映画を観て喜んでくださったことは、私も感無量でした。

『罪の声』撮影現場で、小栗旬さんと星野源さんに囲まれる土井監督 (c)2020 映画「罪の声」製作委員会