小栗旬さんと星野源さんが新聞記者と未解決事件に幼少期かかわっていた当時の子どもという別の立場でその事件の謎に迫っていく映画『罪の声』(土井裕泰監督)。現在公開中の本作に出演している市川実日子さんは、映画での俳優たちの芝居を、「オーケストラが交響楽を演奏しているようだった」と独特の言い回しで表現した。出演するすべての俳優が、楽器でいうところの極上の音を鳴らしながら、悲しみや切なさ、苛立ちや苦しみ、束の間の幸せ、人の暖かさなど、いくつもの感情のグラデーションを、妙なる音色に変えている。

ただ、そのすばらしい映像が生まれる礎には、原作者である塩田武士さんの取材や執筆にかけた15年の歳月や、脚本を手掛けた野木亜紀子さんのプロデューサーや監督との修行のようにハードな打ち合わせなど、才能溢れた人たちが積み上げた熱量があった。
実は初めての対談だというおふたりは、何を語るのか。

(c)2020 映画「罪の声」製作委員会

風化した事件に日を当てることができる

この日、原作者の塩田さんとじっくり話すのは初めてだった野木さんは、脚本を書く際に読み込んだという、カバーを外した『罪の声』の単行本を持参した。

撮影/杉山和行

野木 すみません、カバーを外してしまっていて。カバーをしたままだと、持ち歩くのに邪魔なんです。折り目とか、書き込みとか、ひどい状態で人様にお見せできるようなものでもないんですけど。とにかく登場人物が多いので、読みながらまとめた人物相関図とか、メモまで貼ってあって。

塩田 そこまで読み込んでいただいて嬉しいです。登場人物については、私も書きながらちょっとわからなくなる時がありました(笑)。
『罪の声』は、フィクションですが、モチーフにしたのは、35年前に起きた昭和の未解決事件です。犯人グループは、関西弁の挑戦状をマスコミに送りつけ、街のあちこちに指示書を貼って身代金を運ばせた。史上初の劇場型犯罪でした。

撮影/杉山和行

野木 その事件を小説にしようと思ったのは、塩田先生が21歳のときだそうですね。犯人グループが身代金受け渡しの指示書代わりに、子供の声の入った録音テープを流したと知ったことがきっかけだそうですが、その時点でもう、『罪の声』の構想は固まっていたんですか?

塩田 いえ、全然(笑)。「事件に巻き込まれた、一説には3人とされる子供の人生を書きたいな」ぐらいです。ただ、その声の子供のうち最年少の未就学児と私は同世代だと知って、「 事件に関わった子どもと、どこかですれ違っているかもしれない」と思って鳥肌が立ちました。

小説のプロローグを思いついたのは、新聞記者時代です。映画で星野源さんに演じていただいた曽根俊也が、幼い頃の自分の声が録音されたテープを聞く場面がありますが、原作ではその中で風見しんごさんの 「僕笑っちゃいます」という歌を歌っています。あれはまさに私自身のエピソード。実家にそのテープが残っていて、「もしその後に、指示書を読む自分の声が流れたら? 」と想像したら、胸が苦しくなりました。

暮らしの延長線上で、突如として人がいなくなることって意外とあるんです。警察署に行けば、行方不明の人の写真がいっぱい貼ってありますよね。日本では、「神隠しにあった」みたいな言葉も使われますが、もしかしたら、何かの事件に利用されることだってあったかもしれない。