7月9日、東京から奄美大島へ向かった。

 

個人で申請したノネコの譲渡対象者の認定講習へ参加するためであり、と同時に、「奄美のノネコ問題」を現地に赴いて感じたい、という目的もあった。

 

 

まず「ノネコ問題」を整理する

 

「ノネコ」とは、人里を離れて山の中で、固有種・希少種を含む野生生物を襲い被害を及ぼすおそれがあると問題視されている猫のこと。イリオモテヤマネコやツシマヤマネコなどの野生の猫科動物ではなく、生物学上、飼い猫と同じイエネコFelis silvestris catusのことである。奄美大島では、2018年7月に始まった「奄美大島における生態系保全のためのノネコ管理計画」に基づいて環境省がノネコを捕獲し、奄美大島5市町村で構成する「奄美大島ねこ対策協議会」が「奄美ノネコセンター」で一時収容している。捕獲されたノネコは、原則1週間の期限をもって殺処分が認められているが、島外の認定団体らによる献身的な引き出しによって、現時点では実行されていない。

 

2017年には国内の飼育頭数が犬を超え(一般社団法人ペットフード協会調べ)、今や「最も身近なペット」となった猫。ネット上にも猫の動画と画像が溢れている。多くの人が特別な愛着を抱く動物が、生態系に影響を与える外来種として処分される可能性がある。センセーショナルに取り上げた記事の影響も大きく、猫と希少種それぞれを守りたい立場の人から意見が上がることになった。

 

 

「奄美のノネコ問題」が抱える複雑さ

 

計画に反対する声は多く、そのほとんどは猫の命を守りたい立場の人たちだ。反対署名は5万筆を超えた。しかし、猫派=反対、希少種派=賛成、といった簡単な図式ではない。全面的な見直しを求める声もあがる一方、猫を想うすべての人が反対しているわけでもないのだ。

 

世界で行われているノネコ対策を見渡せば、“侵略的外来種”であるノネコは即処分の対象とされている。足罠と狩猟が用いられることが多く、次に毒餌が続く(『奄美のノネコ』参考)。愛猫家にとって心をえぐられるようなこれらの対策と比較し、奄美のノネコ管理計画は、危険の多い山から猫を連れ出すことにもなり、譲渡先を探す猶予がある点から、愛玩動物として広く親しまれる猫への配慮があるという見方もある。

 

反対派の発信に対して唱えられる異議も、ノネコの処分を望む声ばかりではない。生態系保全のためには処分やむなしという考え方はあるが、冷静な議論を呼びかけるものも多い。近い立場でも、想いやベースとする知識や価値認識の違いがある。新たな情報が上がっては衝突が起き、先行きが見えなくなる、ということを繰り返している。

 

このなんともややこしい問題全体を俯瞰して冷静に見つめるためには、都市部との違い、国内でのこれまでのノネコ対策、世界のノネコ対策でも例がない面積の広さ、欧米とは異なる日本の動物観、猫と人との歴史的な関わり方、感染症やロードキルの問題など……あらゆる角度からの観察が必要で、手にとらなければならない資料も多い。

 

これは非常に大変で、私がノネコ問題に関わろうとすることを動物保護に関心がある身近な人たちに伝えると、「気になってはいるけど、情報を追いきれない」「正解がわからない」「そこにも入ってくんですか」「勇気あるね」といった声が返ってくる。ノネコ問題はどんどん立ち入りにくく、関心を持つことも、持ち続けることも難しくなってきているように思う。

 

*多様な意見の例は、漫画『しっぽの声』の「黒兎島編」で表現されているので、ぜひ読んでいただきたい。まだ未発売の6集に収録予定。朝日新聞sippoで掲載した、原作者・夏緑さんのインタビューはこちら→「奄美のノネコ問題」解決の道は 漫画原作者・夏緑さんに聞く」

 

 

奄美大島へ

 

都会的な環境との違いを確認したく、現地でできるだけ観察と情報収拾をしたかったが、幼児の息子と生後初めて夜に離れて過ごす不安もあり、奄美大島の滞在は1泊だけとした。

 

現地の観察で印象的だったこと。想像はしていたが、まず、人の生活圏と山が近い。空港からノネコセンターへ向かう間も、海岸沿いの道のそばまで雄大な山々が迫る。奄美大島は北方領土を除くと日本で沖縄本島、佐渡島に続いて3番目に広い(周囲461km、面積712平方km)島でもあるが、島民の方から聞いた話でも、陸地全体、内海を埋め立てた市街地や海沿いの道路を除けば、ほぼ山か畑が埋め尽くすそうだ。

 

これまでに、ノラ猫や外飼い猫が多い国内の離島をいくつか回ったが、ほとんどは漁業で栄えた島で、猫たちはおもには漁師や釣り客からおこぼれやペットフードをもらい、港の付近で餌場を確保していた。オス猫が”自分探しの旅”で住処を離れるエクスカーションによって山へ入る例も研究者から聞いたことがあるが、こうした小さな島々と比べても、山が沿岸近くまで迫る奄美大島は少し事情が異なるのかもしれない、と感じた。

 

 

道路脇に山が続く

 

 

民家のすぐ裏まで山

 

現地の自然観察で見聞きしたことから

 

訪問日の夜は、自然観察のナイトツアーに参加。アマミノクロウサギの生息密度が高いという山の入り口に差しかかろうとしたころ、民家のあたりから1匹の猫が登場した。ノラ猫か外飼いの猫かはわからない。ツアーで巡る林道では、雨が降っていなければたいてい猫がのぼってきて、どこかにいるそうだ。山をゆっくり車を進めながら、「さすがにここまでは、猫来ないですよね?」「いや、ここでもよく見るよ」を繰り返し、舗装されていない山奥まで来てしまった。見かける個体は1匹ではなく、複数匹だという。猫の行動圏の広さは、性別や不妊・去勢済みかにもよって差があるとされるが、いずれにしても山深くまで移動しているのには驚きがあった。

 

ガイドの方の説明をそのまま書くなら、アマミノクロウサギは、日没とともに林道に姿を現すそうだ。無防備になる排泄中に外敵に襲われないように、視界が遮られない場所を求めて崖から林道へ降りてくる。そのタイミングを狙って、待ち伏せ型の狩猟スタイルをもつ猫が襲う、というものだった。室内飼いの猫なら人の生活リズムの影響を受けるが、外で暮らし、猫本来の薄明薄暮性を保っているのであれば活動時間も重なってくるだろう。

 

「生きた化石」アマミノクロウサギ。愛玩動物飼養管理士の教本にも名前が登場する

 

林道に散らばるアマミノクロウサギの糞

 

レンタカーも通ることができる道。ガイドの方からは、交通事故で命を落としたクロウサギの写真も見せてもらった

 

イエネコの狩猟本能

 

動物行動学の視点でいえば、現在の猫たちも狩猟本能は健在だ。室内飼いであっても、もともとの単独行動の性質から気分をコロコロと切り替え、子猫のように甘えたり、安心しきった無防備な姿を見せる一方で、突然、野性スイッチをオンにする。おもちゃで遊ぶときも規則的な動きよりも獲物らしい動きを好み、最後はしっかりおもちゃを捕まえさせてあげることで満足する。通常、飼い猫が室内でもいきいき暮らせるためのアドバイスは、このような狩猟本能に沿ってされている。

 

人からフードをもらっている猫の場合、捕食目的ではなくても獲物を追うことがある。よくあるのは、鳥や虫、爬虫類を捕まえて、飼い主のもとへ”お土産”として持ち帰る例だ。私も田んぼの近くで生活していたときは、完全室内飼いにもかかわらず、自宅に侵入したヘビを愛猫がいたぶる姿に驚愕した経験がある。ネズミを捕まえるのが得意な猫は「ネコ」、ヘビを捕まえるなら「ヘコ」、鳥を捕まえるなら「トコ」という云われもあるが、これらの獲物はいずれも奄美大島に生きる希少種でもある。徳之島で行われた安定同位体比分析による調査結果からは、ペットフードを食べている猫が希少種を捕食していることがわかっているという。

 

ぴょんぴょん跳ねるアマミトゲネズミ。この日、8匹ほど観察できた

 

アマミヤマシギ。ライトを当てても逃げない

 

守りたい命の先の、別の命

 

ツアー中ガイドの方が、前日に見かけたアマミノクロウサギやアカショウビンを何とか見つけて、「ああ!よかった! 今日は無事だった…」と安堵する場面があった。私以上に大喜びする様子にはつい笑ってしまったが、「無事」という言葉を反芻しながら、居た堪れなさも感じてしまった。負傷し、翌日からそのまま姿を見せなくなった個体も見てきたそうだ。

 

猫vsアマミノクロウサギばかりの問題とは考えていなかったものの、猫vs希少種といった大雑把な構図で捉えていたことを実感し、反省した。私にとって、猫という生き物は、かけがえのない愛すべき存在であり、日本で殺処分によって失われる猫の命を「1匹でも多く」減らしたいと思っている。同じように、それぞれの希少種の「1匹・1羽でも多く」の命を救いたいと願う人も、自分たちの代で絶えさせてはいけないという使命感をもつ人も確かにいるということは、しっかりと胸に刻んでおきたい。

 

リュウキュウアカガエル。逃げる様子もなくロードキルが心配だったので、おしりを押してあげた

 

穴からひょっこり、イシカワガエル

 

命を脅かす存在・ハブと猫の関係

 

奄美大島のノラ猫の生息数は議論になっている部分ではっきりとしないが、市街地ではあちこちで猫の姿を見かけた。そのすべては、TNRを施した証である耳先のカット済みだった。

 

もともと外に猫が多い理由は、年間最大4回繁殖が可能だともいう温暖な気候と、やはりそもそも外飼いが多いことは関係しているだろう。島民の方から「東京では、マンションで猫を飼えるんですか?」と尋ねられたのも印象的だった。

 

市街地の飲食店そばのさくら猫

 

複数の方から聞いたのは、ハブから人の命を守る “益獣”としての考え方だ。古くから残るトタン屋根の平屋は隙間が多くハブが室内に侵入しやすいという。「知人はトイレでおしりを噛まれた」というエピソードもあった。ハブはネズミを捕食するため、猫を放し飼いにしておくことでネズミを遠ざけ、その結果ハブをも遠ざけることができる。高齢者を中心に、こうした考えは根強く残っているという。

 

奄美市では「飼い猫条例(奄美市飼い猫の適正な飼養及び管理に関する条例)」によって猫の登録やマイクロチップの装着が定められているが、飼育場所については「飼い猫を室内で飼養するようにつとめてください。やむを得ず屋外飼養する場合には、不妊・去勢手術を必ず行ってください」となっている。現地では、「隙間がある家で室内飼いができるか」「猫を放し飼いにできないならハブからどう身を守ったらいいか」という声もあった。その地で育まれてきた猫の文化の中で、飼い猫の適正飼養をどう根付かせていくかは、大きな課題だろう。

 

市街地に咲くサガリバナ。一夜だけ咲く幻の花。「遅い時間のほうがきれいですよ」と通りすがりの方が教えてくれた

 

2つの法律の狭間で

 

外飼いの猫やノラ猫は、ノネコ(人間の生活圏に依存しない野生化した猫)ではなく、法律も分かれている。外で暮らす猫がもたらす生態系へのリスクを考える一方で、すべての外猫を保護し切れない現状も考えなくてはならない。

 

たとえば、保護できない猫に不妊・去勢手術を施して地域で見守る「地域猫活動」は、行政施設へ収容される猫の数を減らす取り組みとして、環境省動物愛護管理室による「人と動物が幸せに暮らす社会の実現プラン」によって推進を目標とされている活動でもある。同じイエネコが「動物の愛護及び管理に関する法律」にも「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」にも属し、守るべき愛玩動物か、狩猟鳥獣かにわかれる。この境界をめぐっては幅広く意見が出ているところでもあり、慎重に考えなくてはならない。

 

翌朝、金作原の原生林へ。マングース対策の罠の位置を示す目印

 

19年2月27日からの新しい利用ルールとして、金作原のツアーには認定ガイドの利用が必要に

 

それでも猫を生かす道を探りたい

 

ここ数年を振り返っても、猫を取り巻く環境は、徐々に変わってきている。2018年度、東京都では「(譲渡可能な犬猫の)殺処分ゼロ」を達成した。行政による終生飼養の啓発や、何より、民間団体や個人ボランティアの引き出しとTNR、保護・譲渡活動の結果だ。愛玩動物を取り巻く環境が改善へと向かっていく象徴のようで、大変喜ばしい出来事だと思う。ただその一方で、行政が殺処分を減らすために引き取りを拒否した猫たちがノラ猫として放たれたり、室内で人知れず多頭飼育崩壊に陥るケースなども出てきている。こうした新たな問題、「殺処分ゼロのその先」を考えなくてはいけないターンに入っている。

 

都市からは遠く離れた奄美のノネコ問題も、「生物多様性の保全」と「動物愛護」が交差する、今とこれからの問題という捉え方もできる。ふだん生活をともにしない自然の中の生き物のことは忘れがちだが、「国連生物多様性の10年」などにも象徴されるように生物多様性は世界的な目標でもある。猫の問題は人為的な問題でもあるからこそ、この世界的な枠組みの中から猫だけを切り離して考えるのは、これからさらに難しくなっていくような気がしている。

 

しかし、そうした枠組みの中でも、人と暮らすことができ、心に潤いを与えてくれる愛すべき猫を、生かしていく道を見つけたい。そのためにはノネコの譲渡は、進めていかなければならない。冒頭に書いた、個人でノネコ譲渡に申し込みをしたのもこうした想いがあった。これを書いている今日、奄美大島ねこ対策協議会から譲渡認定証が届いた。高齢猫が暮らすわが家に「家族」として迎えられるかはまだわからない。譲渡に関する詳細は本稿では公開の許可をとっていないので省くが、この先、進展があればまたレポートしたい。

 

 

議論に冷静さを取り戻し、折り合いをつける

 

これまで猫に関する取材を重ねながら、行政と民間、人と人との対立の狭間で、猫が犠牲になる姿を見たこともあった。奄美のノネコ管理計画も、より複雑さが増すことで、狭間で身動きできずに犠牲になるのは猫ではないか、という不安がある。きれいごとばかり書くようだが、猫が争いの種になることをできる限り回避したい。猫の性質を改めて理解し、幅広い知識と価値観をすり寄せながら、現在の熱を帯びた議論に冷静さを取り戻す必要はあるだろう。慎重な議論によって全体の構造を整理しながら折り合いをつけ、行政と民間の「協働」によって猫を生かす術を強化していく。

 

動物愛護に関わる話題は内部で加熱していたとしても、一歩外に出れば、たいして認知されていないということもよくある。言ってしまえば、「ノネコとノラ猫って何が違うの?」「ノネコって、野生のネコ科動物のこと?」という感覚のほうが一般的ではとも思っている。複雑さと近寄りがたさを解消しながら、たくさんの人が関わりやすいように間口を開くことも必要だと思う。関心と理解の輪を広げることで、猫と希少種たちがともに生きる道が切り開かれていく未来を見たい。

 

(文・撮影/本木文恵

取材日:2019年7月9日,10日

 

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