2020年5月号

DXで見る新事業 100選

MaaS版沿線まちづくりを実現へ アート旅の移動を便利にする新サービス

嶂南 達貴(scheme verge 代表取締役 / CEO)

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モビリティ業界においても、DX(デジタル変革)が進んでいる。その1つがMaaSだ。スタートアップ企業のscheme vergeは、瀬戸内のアート旅をサポートするMaaSアプリを提供。観光まちづくりのあり方を変え、地域の新たなキャッシュポイント創出を目指している。

嶂南 達貴(scheme verge 代表取締役 / CEO)

MaaSアプリで
瀬戸内のアート旅をサポート

世界中で社会実装が進められているMaaS(Mobility as a Service、移動に関するサービス)だが、日本の瀬戸内エリアでも新たな試みが始まっている。2018年7月に設立されたスタートアップ、scheme verge(スキームヴァージ)が開発した「Horai」は、瀬戸内のアート旅をサポートするMaaSアプリだ。観たいアート作品の写真を選ぶだけで、最適なスケジュールや陸海空のルートが提案され、海上タクシー、フェリー、リムジンバスなどの移動手段や美術館のチケットを一括で予約し、決済することができる。

「Horai」は、観たいアート作品の写真を選ぶだけで、最適なスケジュールや陸海空のルートが提案され、海上タクシー、フェリー、リムジンバスなどの移動手段や美術館のチケットを一括で予約、決済できる

2010年から3年に1度開催されている瀬戸内国際芸術祭は、多くの来場者を集める人気イベントだが、12の島々と高松港、岡山県の宇野港が舞台となっており、交通の不便さが大きな課題だ。主な移動手段であるフェリーと高速艇は行き先も便数も限られているため、すぐに満員となってしまう。それを補うのが海上タクシーだが、個々のルートや事業者を調べるのに手間がかかり、また少人数では割高になるなど、旅行者にとってハードルが高い。

「Horai」は、同じ時間帯に移動する客をマッチングし、乗り合いで運航するので、海上タクシーの利用料が安く抑えられるというメリットもある。こうした利便性が口コミで広がり、利用者は数千人に達しているという。

全国の芸術祭でMaaSを実現

scheme vergeの嶂南(やまなみ)達貴CEOは、東京大学大学院において、自動運転など先端技術を活用した都市計画を研究。2016年には内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP-adus)、自動運転に関する社会受容性調査にも参画した。この内閣府SIP-adusに集まった東京大学の学生が中心となり、設立されたのがscheme vergeだ。

嶂南CEOは東大発のイノベーション教育プログラム「i.school」にも参加しており、i.schoolのワークショップで香川県に滞在したことがきっかけで、瀬戸内とのつながりを深めていった。scheme vergeの設立時の出資者には、ソフトバンク子会社のAI特化型VC、ディープコアとともに、高松琴平電気鉄道(琴電)の真鍋康正社長も名を連ねている。

MaaSを実現するためには、地域の事業者や観光協会と連携し、個々に提供されていた航路や運航時刻、寄港地などの情報を集約して、異なるセクターをつなぐことが必要になる。scheme vergeでは、創業メンバーの1人が瀬戸内に移住している。

「やはり『現地に住む』というコミットメントは大きいと思います。また、香川大生など現地の人材の採用も増やしており、東京だけでなく、高松と広島にもオフィスを開設しています」

scheme vergeは2019年4月、「Horai」をリリース。さらに、scheme vergeが事務局となって、産官学による組織「瀬戸内洋上都市ビジョン協議会」を設立した。同協議会は、国土交通省の新モビリティサービス推進事業「先行モデル事業」に採択されており、各種の実証実験を進めている。scheme vergeは香川大学・群馬大学・明治大学と連携し、小豆島で自動運転の公道実験も行っている。

瀬戸内洋上都市ビジョン協議会(事務局:scheme verge)は今年2月17日、観光MaaSの体験イベントを香川県・小豆島で開催。参加者は、美術館やリムジンバスでのオンライン決済、「Horai」の利用などを体験した

嶂南CEOは瀬戸内での成果に手応えを感じており、すでに全国の他の芸術祭・トリエンナーレでも「Horai」を提供することが決まっている。

「全国の芸術祭や美術館を巡るアート好きの人たちは、一定数存在します。また、アート旅というマーケットは、大企業が目を向けない領域でもあります。今後、Horaiの機能をより拡充させて、ローカルな美術館やアートホテルの手配も可能にするなど、アート旅をする人にとって必須のアプリにしていきます。さらに、芸術祭はアジア各地で開催されていますから、将来的には海外進出も視野に入れています」

観光データでニーズを把握、
都市開発のプロセスが変わる

MaaSアプリは地域の事業者や自治体にとって、観光客がいつどのように移動し、何を観ているのか、データを収集するためのツールになる。

「今まではデータが無かったので、例えばその観光スポットにおいて、何時に何台のタクシーを配備するのが適当なのかも判断できませんでした。移動のデータを集約・蓄積することで、どのような対策を打つべきか、今まで存在していなかった選択肢を考えることができます。そして、データ連携を基に、交通・観光事業者のリアルなオペレーションを連携させていくことが重要になります」

嶂南CEOが「Horai」の先に見据えるのは、「MaaS版の沿線まちづくり」だ。

「MaaSで交通アクセスが便利になれば、今までは行かなかったところに足を延ばしたり、泊まったりする旅行者も増えるでしょう。移動を変えることで、地域に新しいキャッシュポイントが創出されます。鉄道会社は沿線まちづくりで収益を拡大しましたが、MaaSは旅の幅を広げ、多くの場所を"鉄道沿線"にすることができます」

MaaSのデータによって、どこにどのような観光コンテンツが必要なのかを判断することができる。そのデータの蓄積は、まちづくりや都市開発のあり方を変えていく可能性を秘める。

「まちづくりや都市開発のプロセス自体が変わり、データを基に何が必要かを分析し、アジャイルにトライ&エラーを繰り返しながら進めるものに変わっていくでしょう。今後、『データを基にした都市設計のマネジメント』という新たな市場が拡大すると考えています」

scheme vergeはアート旅を軸としながら領域を広げ、国や自治体のスマートシティプロジェクトとも連携して、事業拡大を目指している。

 

嶂南 達貴(やまなみ・たつき)
scheme verge 代表取締役 / CEO

 

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