OVERLORD -the gold in the darkness- 作:裁縫箱
以下、前回から間が空いているので、簡単なあらすじを書いておきます。
1、100年前に、■■■■がナザリックと共に大陸中央トロールの国へ転移。
2、そこで助けた人間の子供に何となく情がわいて、トロールをボコす。
3、一方、主人の関心がどこを向いているか分からないナザリックのメンツの動きが
ちょっと不穏…。
こんな感じです。
今回は、前回辺りでちょっとだけ触れたお祭りと、ナザリックの動向に関する解説をメインとした話です。
ちょっと長い……かな?
雲一つない晴天に、一点の黒い染みがある。それは、鳥だった。
羽音一つ発さずに、その鳥は宙を舞っていた。
鳥の視界一面に広がる緑色。目が覚めるような鮮やかな緑が、延々と地平線の彼方まで続いていた。
ここは、大陸中央より少し外れたトロールの国・・・の一部だった大森林。そして今は、この時代に降臨した超越者の支配下にある、箱庭(実験場)である。
超越者の手の者によって、人間たちの脅威となるトロールたちは一掃されており、残る魔獣たちも、人間の生息エリアを侵さないように厳重に管理されていた。
安全な場所で力を蓄えた人類は、やがてこの森林を越えて、更なる世界まで到達する。これはそんな育成ゲームじみた遊びだ。
魔獣を強さごとに分けて段階的に配置しているのも、
効率的な職業編成をわざわざ教え込んでいるのも、
現地の素材を研究して装備を整えてあげているのも、
基礎的な武術や魔法、探索技術などを指導しているのも、
全ては超越者の酔狂。
ひとえに自らの好奇心を満たすための、児戯だ。
しかし、そんなことを微塵も気にしないその鳥は、冷静に務めを全うすべく、今日も今日とて命じられた範囲を周回する。
鳥に感情はない。そもそも、思考する脳がない。
鳥は異形の王から湧き出た幻影であり、自我を持たないまま、主人の命を忠実に果たす。
鳥は、主人の為に生まれた。主人がいらないと思えば、それで消えるだけの存在。
なんの為に生まれてきたか、分からないまま生きる凡俗の生命体とは違い、鳥は生まれながらに主人に尽くすことだけを与えられる。とても幸せなことだ。
なぜならば鳥には迷いがない。
主人の言うことが絶対であり、それ以外に必要なことはない。
仮に主人が間違えたとしても、鳥に責はない。
そして、たとえ鳥が消滅したとしても、悲しむ者は誰もいない。
真に孤独であるがゆえに、鳥は生きている中で味わう苦しみを、全て回避する事が出来る。
鳥が今やっていることも、主人の指示であり、そこに鳥の意思は存在しない。
広く深い大森林内に存在する者たちの情報を、全て観察し、記録。得られた情報を主人に渡して、鳥の仕事は終わる。
普段ならそれなりに時間がかかるところだが、今日はとある事情で森に出ている人間の数が少ないため、早々に蹴りが付くと主人は見込んでいた。
そしてその予想通り、鳥の作業は普段より早く終わった。観察対象の情報を、最新のものに更新し直したことが確認され、鳥は主人の許へと向かう。
主人と同じように、実体のない黒い翼を揺らめかせながら。
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ガキィィィィンと耳障りな金属音が響く。
続いて、空気が微細に揺れる、妙に耳に残る音が鳴った。先の金属音の付属だ。
そしてそれらの音を区切りとして、先ほどからの闘争の音は、ピタリと止む。聞こえるのは、人が吐く荒い息。眼は見えずとも、聞く人の脳裏に、激闘の様子を浮かび上がらせる音だ。
これらの音を発しているのは、二人の男と、彼らが手に持つ金属製の武器。一人は片手剣と円形の盾。もう一人は両刃を備えた二メートル弱ほどの槍を構えている。そのどれもが、装飾のないシンプルな得物だが、一つ特徴を挙げるとするならば、それらが真剣ではなく、模擬戦用のものであることであった。
また、彼らが戦う舞台も、白い石造りの何処か神聖な気配を感じさせる闘技場であり、血生臭い実戦の雰囲気はない。
ただ、周囲の環境ゆえにこれが実戦ではないとは分かるものの、もし彼らだけを見たのならば、そこに強い闘志ーー実戦さながらの熱気を感じただろう。それほどに彼らは、この一瞬の競り合いに命を燃やしていた。
今は相手と距離をとり、お互いの出方を窺っているところだが、ただのにらみ合いにかける眼光の鋭さではなく、視線で人を殺しかねないほどの圧力を発している。
そしてーーー
「ハアアアアアッ。」
「フンッ。」
互いの呼吸を読んだかのように全く同じタイミングで、再び両者は接近する。
槍使いの足が石畳を踏みしめて、突進。
一息で目の前に迫った相手に、足から腰、手までの筋肉をねじった刺突を放つ。
しかし、それを読んでいた相手は、盾を器用に動かしてその一撃をいなす。それと同時に、足を動かして槍使いの横に回り込んだ。
側面をさらす形となった槍使いだったが、顔に焦りは見えない。瞬時に状況を判断すると、回避を選択。前のめりになった態勢を、さらに屈めて地面に手を着き、自由になった足で盾使いの顎をめがけて蹴りをいれながら前転。
盾使いは鍛え上げた背筋で蹴りを躱したものの、攻撃の機会を失って顔をしかめる。
一方転がりながら距離を取った槍使いは、剣の間合いの外ギリギリで体を起こし、振り向きざまに槍を横なぎに払った。
直前に態勢を立て直していた盾使いは、そのまま盾で槍を弾き、残る片手に握った剣で、斜めに剣閃を放つ。
瞬時に槍を戻してその剣戟を防ぐ槍使い。剣を巻き取るように槍を動かすが、それを防ぐために盾が鈍器として槍使いの顔面に迫ってくる。
そして、それを受ける形となった槍使いと、近接戦でじわじわと距離を詰める盾使いの間で、幾度となく刃が交えられた。
確かな技術と身体能力に裏打ちされた戦い。それは、戦闘の野蛮な空気を感じさせず、むしろ、激しい舞踊のような、人を引き付ける魅力を含んでいた。
だが、見ているうちにそんな調和は崩れていき、段々と一方的なものになっていく。それは、相性の差。短めの剣と、盾を持った相手に対して、槍一本で超近距離で戦うのは、槍使いにとって不利なものがあった。少しずつ、表情が歪んでいるところを見ると、彼もそのことは分かっているのだろう。
そして、このまま相手の間合いで戦うのは不利と悟った槍使いは、バク転。警戒に距離を取って、相手の出方を窺った。
長物を扱う彼の近接戦闘能力は、盾を構えた相手には劣る。槍の中でも比較的短い柄なので、近接が苦手というわけではないが、彼と同等の技量を持った本職には、やや押されてしまう。そのために、盾使いを相手にするには、強みである一撃の重さを活かして、ヒット&アウェイを軸にするのが、彼の基本戦術だ。
一方で、両手に持った武器で堅実に戦う盾使い。彼の場合は、むやみに前に出ると、自分の攻撃が届くより先に、速度に勝る槍使いの刺突が届く恐れがあるので、必然的に博打には出ない。彼の武器の性質もそうだが、何よりも、彼の慎重な性格がそうさせていた。
再びにらみ合いになり、場の空気は固着する。
達人同士の試合。刹那の攻防であっても、人は息を呑んでそれを見守る。
激闘は、未だ終わる気配がなかった。
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「白熱してるね~。これも君の指導の賜物ってことなのかな、コキュートス。」
「イエ、私ノ指導ナドタイシタモノデハアリマセン。コレモ、ヒトエニアイテムヤ加護ヲ授ケテ下サッタ御方ノ御陰デ御座イマス。」
彼がこの世界に転移して二年。人間たちを助け出してから一年。
順調に強化されていった人間たちの成長を祝う為に催された武術大会が、ナザリックが新たに建設した大森林内の闘技場で行われていた。
デザインは、ナザリック地下大墳墓第六階層にあるものを踏襲しているが、建材として使われている白亜の岩石の色合いもあって、神聖な雰囲気を感じさせる。
一応、余りにも過剰な技術を投入するのはないだろうと、建設費用は事前に抑えておいたので、ナザリックからすれば大した事のないレベルだが、それでも、現地の人間たちにとっては、破格の建物だ。いや、比較対象がトロールの粗雑なあばら家では、これに驚くなというほうが酷かもしれないが。
そしてそんな闘技場の最上階に、彼はいた。周囲には、ライトブルーの外骨格を持った武人であるコキュートスと、同じく守護者の一人である、長い耳に浅黒い肌をした少女(のように見える少年)が控えている。
昨今の事情を考えると、ナザリック最高レベルである彼らを二人も動員する必要はない。実際、当初の予定では同行者はコキュートス一人のはずだった。ただ、別に動員してはいけない理由もないそのため、『こういうのは皆で見たほうがいいよね。』という主人の意を酌んだ形で、少年ーーーマーレもこの場に来ることになったのだ。
本当は彼の姉も呼びたかったと、少年の横顔を窺うと、嬉しそうな表情が返ってくる。気にかけてくれることにNPCたちが強い喜びを感じることは、既に分かっているので、そういった態度に疑問はない。
むしろ、此方が見ていることに気づく前に浮かべていた、底知れない虚ろな瞳のほうが、遥かに恐ろしかった。視線の先にいた人間たちには気の毒というほかない。ナザリック以外というだけでマーレからは関心を持たれないのだから。
(僕も歪んでいることは自覚しているけど、マーレのそれは無自覚だからなー。いや、そもそもナザリックの面々で彼のおかしさを悟れるのって、いないような気が・・・。ハアー、
部下が面白いのはいいんだけど、優先順位がごちゃごちゃになるよー。)
無限の好奇心を有す彼だが、好き嫌いなどによって興味の順番というものは一応存在する。なりふり構わなければ別に順番などつけなくてもいいのだが、あくまでスマートな自分を演じたい彼は、その仮面を維持するのに色々と考える必要があるのだ。
少しだけ、気づかれぬ程度に疲れたような表情を浮かべた彼だが、幸いなことにそれに気づいた者はいなかった。
この部屋にいるのは、彼と二人の守護者。そして潜伏している護衛たちだが、客席に座っているのは彼一人。それ以外の存在は室内にいない。
なざならば、入室はもちろんのこと、この階に上がることすら、ただの人間には許されていないのだ。この階に設置された美麗な調度品の数々を見ればわかることだが、ここには、地上の人間たちとは違う圧倒的な格の差が存在する。いや、存在するようになっている。
『愚昧な民衆に御方が直々に会う必要などございません。至高の御方々の品位を考えれば、ごく当然のことでしょう。』
とは、とある紅い悪魔の言だが、その言葉通り、彼はナザリックに所属しない面々には極力接しないように努めていた。というのも、頭が悪すぎて尋問内容すらまともに理解できないトロールたちから何とか引き出した情報によると、彼の知るプレイヤーらしき存在の足跡が、伝説として歴史に残っているらしいのだ。
それを踏まえると、ゲーム時代とは違い、この世界では、プレイヤーの力は相当なものであると考えられる。少なくとも、英雄或いは厄災として、歴史を左右する程度の影響力を持ってしまっていることは間違いないだろう。
だが、ここで一つ疑問が生まれる。なぜそこまで強力な力を持つプレイヤーの大半が、命を落としているのだろうかと。
400年前、トロールの国を始めとした大陸中央にまで勢力を伸ばし、世界をその手に収めた史上最悪の八体の王を主にして、伝説上その強力な力を振るった彼らは、悉く死に絶えている。つまりは、そんな彼らですら滅びうる何らかの原因があったということだ。
確かに生きている限り、死が訪れることは必然ではある。
寿命などというものが、ゲームのキャラクターという異質な存在にまで有り得るのかということは疑問ではあるが、そういった形での死は、まだ納得できるものだ。
しかし、トロールだけでなく、ナザリックが探し当てた他種族の知識によると、プレイヤーが寿命ではなく、他の存在から滅ぼされたケースもあるというのだ。
最も近い年代で言うと、彼がこの地に来る100年ほど前に出現した英雄たち。
正確な数は不明だが、大陸中を震撼させた魔神たちを討伐するという、まさしく英雄そのものの活躍をした彼らも、最後は謎の竜を前にして半壊している。これは、その時代を生き、直接彼らを見たものの証言なので、信憑性は高い。
そして興味深いことに、英雄たちを率いた存在の発言内容は、彼の元居た世界の知識と合致している。『れべるあっぷ』などという言葉を音として使うのは、この世界の住人ではまず不可能だ。
十中八九、その存在はプレイヤーだろう。
だが、そんな存在ですら滅び、そして復活することはなかった。
これは重要な情報だ。プレイヤーは、死んだのち蘇らないという可能性が浮上した。
加えて、その事実は、プレイヤーを殺すことのできる存在が、この世界で待ち構えているということをも暗示している。
この推測に思い至ったとき、彼は真っ先に自分たちの存在に関する情報を封鎖することにした。
幸いなことに、彼を含めナザリックの存在が表立って動いたのは、今回のトロールの一件のみ。そして、トロールの国以外に、彼が保護した人間たちの情報を持っている勢力は存在しない。後はもう、トロールの国を掌握してしまえば、事は済む。
彼の命を受けた極秘部隊がトロール上層部を襲撃・洗脳。他国に流れる情報を全てカットすることで、ナザリックの存在は隠蔽された。
また、畜産物として人間を食べていたトロールたちには、人間たちの間で疫病が発生し、安全性に関しての保証ができないので、しばらくは輸入で我慢するようにと伝えてある。
それで解決することはできないが、次の手を打つまでの時間稼ぎだ。
同様に、人間たちと過度な接触をするのも、将来的に彼らが他の種族と交流する際に備えて、控えることとしたのだ。
人間たちには、彼の存在に関して、確固としたイメージを持たず、曖昧なままでいてくれることが望ましい。それは、下手に情報が漏れないための対策であり、今後の状況に応じて方針を変えることができるようにするための布石でもある。その他にも彼の個人的な目的がないわけではないが、それは今は置いておく。
ともかくも、彼の行動方針は、基本的に情報を流さず、現状把握に努めるというものになった。そのために配下を方々へと派遣し、情報収集に注力している。彼自身も、本体が動くことはないとは言え、分身体や眷族に意識を移して、正体を隠した状態で色々と動いてはいる。魂に直接働きかけることのできる能力を持つ彼は、正確な情報を集めるということに関しては、現在のナザリックにおいて随一の能力を持っているのだ。
その力をこの非常事態に使わない理由はなく、長寿の種族や、特殊な技術を持った種族などに接触を図り、この世界の神秘を探求していた。面倒なことになったときは、記憶を消して対応しているので、問題はない。
(あの時はちょっと焦ったなー。まあ、いい体験でもあったから今更どうということもないんだけどさ。)
脳裏に、最近会った金色の髪に赤い眼を持つ少女の姿がよぎった彼は、フフッと笑った。
彼女から得られた情報は膨大で多岐にわたっており、このふざけた世界に関する考察も随分と深まった。そのため、彼女の知る竜王や、生き残った英雄たちとも会って話をしたいと思い、目下接触に向け準備中だ。
集めた情報を分析させてみたところ、現段階でナザリックを脅かしうる存在は見当たらないが、それでも力にものを言わせて活動するのはよろしくない。前述の八体の王のように、身勝手な行動が破滅を招いた例にはこと欠かないのだ。
ファーストコンタクトでは、紳士的で友好的な、礼儀を弁えた態度を取らなければという個人的なモットーを持つ彼としては当然のことだが、彼の配下たちはそういった常識が抜けているところがあるので、彼らを説得するのにも色々と手間はかかってしまう。
(面倒な作業なんだけど、その面倒な感覚が、僕に生を実感させてくれる。何とも因果な体質だよね~。まあ、多分一生この性格だろうから、考察する時間だけはあるのが幸いか。)
自らの自制心と好奇心に関する考察のため、少しの間飛んでいた意識を戻し、彼は再び、眼下の人間たちに視線を向ける。
そこでは、相変わらず槍と盾による戦いが続いていた。
一年前の彼らを知っているものからすれば、驚くほどの成長だろう。それほどに彼らは強くなっている。
彼らの成長を阻害していた要因が取り除かれているといっても、到底困難な速度だ。
なにせ彼らは、ユグドラシルの基準でレベル20前後。現地の人間としては、国内有数の精鋭に匹敵する実力を保有しているのだ。流石に人間の限界と言われる英雄級にまでは届いていないが、それでも、たった一年で手に入れていい力ではない。常人が、数年を鍛錬に捧げても、精々が十レベル代に留まる程度の成長しか見込めないほど、この世界での成長スピードは遅いのだから。
では一体どうやって人間たちはそこまでの力を獲得するに至ったか。
その答えは、彼が持っている【権能】に由来する。
世界級アイテムと接続することで、並のプレイヤーを凌駕する力を保有する彼は、彼には及ばないとしても、世界級アイテムへのアクセス権を他者に付与する事が出来る。それがいわゆる【加護】というものだ。
ユグドラシルでは、もともとの成長速度が遅くはないため、はっきり言ってあまり必要とされなかった力だが、この世界では、加護を与えられた相手は、基礎的な能力や成長速度が増大するという恩恵を受けられ、通常よりも遥かに強くなることが可能となった。(その他にも、一部の優秀なものにはアイテムを与えたり、格上との対戦など、色々と原因はあるが、最も大きなものはやはり、【加護】の存在だろう。)
ただし、そんな【加護】ではあるが、当然のことながらデメリットは存在する。
まず、今後レベルアップしていく際に取得できる職業の選択肢が、加護に影響されて狭まってしまう。一人二人ならまだいいだろうが、大人数に加護を与えた場合、応用の利かない集団が生まれてしまう恐れがあった。
次に、これは彼にとってのデメリットではないが、加護を与えられたものは、彼に生死を握られる。具体的に言うと、彼がいらないと思えば、世界級アイテムとの接続時に送られてくるエネルギーを暴走させられ、体の許容量がオーバーすることで死に至る。その際は、骨も残らず塵になるまで体が燃える酷い有様になるだろう。
そして最後にーーーー。
「そういえば、彼らは何歳まで生きられるんだろう。」
延々と続く試合に冷たい微笑を向けて、彼はそう言った。
それを聞きつけた配下たちが質問する。
「ソレハ一体ドウイッタ意味でショウカ。」
「うん。まあ僕の体感的な比較なんだけどね。人間たちに宿っている炎の量と、トロールたちを殺した炎の量はそう大差がないんだ。違いは炎が攻撃の意図で使われているかいないかなんだけど、継続ダメージを考えるとかなり体に負荷がかかっていてもおかしくはない。もしかしたら、気づいていないだけで、彼らの人としての体が限界に近付いているのかもしれないという推測さ。」
「え、えっと。じゃあ、あの人間たちはあまり長く生きられないってことですか?」
「その可能性もあるよってこと。まあ、そもそも彼らが自分たちの種族の正確な寿命を知っているかどうかは怪しいところだけれどね。若いほうが美味しいからって、高齢になる前に食べられていたみたいだから。」
もっとも、人間たちの寿命が、彼の知るものと同じなのかどうかという点については、まだ疑問の余地がある。外見だけであれば人間だが、魔法や特殊技術といった力を扱える時点で、彼の元居た世界の住人たちとは、異質の存在と考えたほうがいいだろう。トロールたちの記憶なので信憑性は低いが、女性の妊娠期間にも差が出ているようだし、あまり思い込みすぎないほうが今後のためにもなるはずだ。
(下手に知識を持っている方が足を掬われやすい。慎重な行動を心掛けているとはいえ、何処かで何かを誤解している可能性は、常に存在する。厄介なことだよ全く。)
この世界を仮に誰かが造ったとしたら、そいつの性格はかなり悪いだろうと彼は思った。あらゆることが中途半端で、不自然だ。
(まあ、人が造ったものなんて所詮自然の真似事。幾千幾万、幾億の歳月をかけて素晴らしい作品を形にする無心の芸術家に敵うものなど、そういるわけがない。もし、そんな存在がいるならば、それはもう、この世の理から外れた化け物だ。)
目指すべきものを見据え、彼はまた、口角を上げた。
そして唐突に、背後を振り返る。
「人間たちのことはもういいかな。これ以上見ていても、あまり愉しいことはなさそうだし、僕は一旦ナザリックへ戻るよ。一応コキュートスはここに残って、全ての試合が終わったら、彼らに誉め言葉でも言っておいてあげて。マーレは・・・僕と一緒に帰ろうか。」
人間たちを救ってから初めての催し物ということで、わざわざ現地に足を運んでまで様子を見ていたが、そろそろ飽きてきた。なら、もうここにいる理由はない。彼とて、暇ではないのだ。
ナザリック内で彼にしか使えない能力や魔法は多いので、それらに関する実験や、考察。延々と送られてくる報告書。各方面への視察。配下のメンタルケア。今後に関するプランニング。
最高指導者のやることは(まともにやろうとすれば)多い。
「承知イタシマシタ。」
「はっ、はい。分かりました。」
「あっ、それとコキュートス。人間たちの戦闘技術に関する君の意見を、後で聞きたいから、それの準備をしておいてね。映像を使ってやるつもりだから、そのつもりで。」
「ハッ。万全ノ準備ヲサセテ頂キマス。」
配下の気合を入れた返事に微笑むと、彼は転移するべく魔法を唱える。
「〈葉渉り〉」
紡がれた言葉と共に、黒い花弁が吹雪のように辺りに舞い散ると、その陰に隠れて、彼と彼のそばいたマーレの姿が見えなくなる。
(そういえば、デミウルゴスが蒔いた種の回収はもうすぐだったかな。っと。)
大量の花弁に視界を遮られながらも、考えることをやめない彼だったが、体を無理やり引っ張られるような感覚に、思考を遮られる。
設置しておいた葉との距離や、その場所に仕掛けられている魔法的防御によって変わりはするが、転移する度に生じるこの不快感には、慣れようがない。体へではなく、精神に作用するために、対処の仕様がないのだ。
(転移に失敗することがないから、受け入れるべき対価なんだろうけどね~。)
そうこうしているうちに魔法は完全に発動され、彼の姿はそこから掻き消えた。同じく魔法の対象に入っていたマーレや、大量の花弁と共に。
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「やはり調査するべきかな。時期的なものもそうだが、これほど頻繁に世界が悲鳴をあげているとなると、今回も来ている可能性が高い・・・か。」
■■■■のいる大陸中央部から、遥か彼方の、大陸北西部。
そこで、世界の守護者を自任する孤独な竜が、一人呟いた。
裁縫箱は、何か含んでいる系のキャラクターが好きです。
次回は、多分派手な回になるけど、そういう派手さの中でも、
「こいつなんか不気味じゃね」って思われるキャラを描写したい。