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この作品「Until Death Do Us Part」は「腐術廻戦」「五悠」等のタグがつけられた作品です。
Until Death Do Us Part/一片の小説

Until Death Do Us Part

15,619 文字(読了目安: 31分)

高専卒業後に再び秘匿死刑を告げられた虎が、欲しいものを聞かれて「恋人」と答えると何故か五が恋人になった話。
ノリが合う二人がお別れの日までの期間限定の恋人として楽しく過ごします。

(追記)その後の話を追加しました

表紙をお借りしました(illust/83725141)
ありがとうございます。

2020年11月21日 16:39
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 ◇

 日曜の昼下がり。インターホンを鳴らしたのは担任の──今は卒業しているので"元"だが──五条だった。いつもと変わらない様子で「や」と軽く手を上げる。ドアを開いてパチクリと瞬きをした虎杖は「先生!久しぶり」と笑顔になった。

「元気してた?」
「超元気だよ」
「そっか。まぁ先生だもんな」
「うん。で、今日は話があって来たんだけど」
「話?」

 招き入れて振り返る。玄関に立った五条は相変わらず背が高くて、家賃が安いだけが売りの虎杖家のアパートは窮屈そうに見えた。

「──悠仁の秘匿死刑が決まった」
「…マジ?」
「マジ」

 こくりと一つ頷かれる。スリッパを出して「マジかぁ」と頭を掻いた。脳裏を過ったのは分割払いしている大型テレビの支払いだ。死が確定してる場合、残金ってどうなるんだろう。一括で払えって言われんのかな。

「前にさー」
「うん」
「テレビ買ったんだよ。超デカイやつ。あ、ちょうど良いや。こっちこっち」
「…うん?」

 ちょいちょいと手招きしてリビングを牛耳る大型テレビを見せる。まだ新しいそれを撫でながら口を開いた。

「これ分割払いしてっからまだ残金あるんだよな…」
「へぇ」
「支払い免除になったりしないかな。そもそも死刑になるんですけどって申告するべき?」
「うーん」

 顎に手を当てた五条はそう言ったきり黙ってしまった。先生?首を傾げて目の前で手を振る。五条は「いやー」とのんびり言った。

「思ってた反応と違ったからどうしようかなって思って」
「泣くかと思った?」
「いいや。悠仁は泣かないでしょ。無理して笑うとか、そう言う感じ」
「あー。まぁ、うん。ちょっと嫌だけど仕方ねぇよ。決まってたことだし、そろそろかなぁとは思ってたし」

 腹を撫でて視線を落とす。二十本。長いようで短い道のりだった。あと一本がどうしても見つからなかったのだが、先日ようやく手に入れることが出来た。最近の生得領域の宿儺はめちゃくちゃテンションが高い。早く死ね早く代われと手をわきわきさせていて、ぶっちゃけ引く。年齢に換算すればお前いくつだよ。ガキみたいに喜んでんじゃねぇよと唾を吐いて夢の中で大喧嘩した。こちらの完敗だった。次は絶対落とす。
 五条は何とも微妙な顔をした。

「…もしかしてこの家に異常に物が少ないことって関係ある?」
「うん。めっちゃ減らした」

 部屋の中をぐるりと見渡す。テレビがデカい。でもそれだけだ。テーブルもソファも全部メルカリやジモティーで手放した。近頃は台所で立ったまま食事を済ませるのが常だ。ベッドも解体して業者に引き取ってもらったので、ペラペラの煎餅布団をお供にしている。だって持ってたってしょうがない。後から邪魔になるならはじめから無い方が良い。何てことはないように言う虎杖を見て五条はわざとらしくため息をついた。

「それ恵に言ったことある?」
「無いけど」
「絶対言わない方が良いよ」
「? 何で」
「恵は強火悠仁担だから。あれはほとんど業火だね。同担拒否じゃ無いことがせめてもの救いかな…あと葵もか」
「先生何言ってんの」
「無自覚怖ぁ」

 ぶるっと体を震わせた五条が辺りを見て適当に腰を下ろした。地べたに座る百九十センチ超え、面白いな。長い足を折りたたんで三角形になった男は悠仁を見上げた。

「でさ。何かしたいこととか欲しいものとかない?」
「へ?何で急に」
「ストレートに言うと負い目かな。悠仁をこの世界に引き込んだのは僕だから」

 静かな声が耳朶を打つ。今度は虎杖が微妙な顔になった。

「それは違う。俺は自分の意思で全部決めたよ。きっかけは偶然でも今の状況を誰かのせいにするつもりはない」
「うん。分かってる。だからこれはエゴだ。置いていかれる人間への置き土産だと思って一つ頼むよ」
「…」
「お金で解決出来るものなら何でも良いよ」
「最低じゃん」
「あはは」

 ヘラヘラ笑っているが五条の目は本気だ。勢いに押されて押し黙る。欲しいもの、したいことねぇ。うーん。

「あ、」
「テレビの支払いはしないからね」
「何で分かったの!?」
「今の流れだとそうなるでしょ。自分で買ったものは最後まで責任持ちなさい」
「ペットの面倒見るの嫌だって言った子供を叱るママみたいなこと言う」
「誰がママだ」

 立ち上がった五条にビシッとデコピンを当てられる。痛い。絶対赤くなった額をさすりながら正面に立つ五条を見上げる。唐突に欲しいもの、したいことが降って来た。

「恋人」
「はい?」
「だから恋人が欲しい。今まで居たことねぇもん」
「悠仁今いくつだっけ」
「二十二。…先生、失礼なこと考えてるだろ。言っとくけど童貞じゃねぇからな」
「素人童貞?」
「ほんっとに失礼だな!違ぇよ!」

 今度は虎杖が五条の頭を叩く。だがひょいと避けられてしまった。近くはなったが越えることは出来なかった身長差が憎い。ぶすくれて唇を突き出すと五条は楽しそうに笑った。

「いや、ごめんごめん。ちょっとびっくりしたから」
「だって中に宿儺が居るんだぞ。本気で付き合ってもしものことがあったら嫌じゃん」
「そっか。そうだね」
「だからさー、恋人が欲しい。本気で恋したい。相手の子が傷付かない恋が良い」
「プロ彼女的な?」
「何それ」
「デートとか軽めの接触ならオッケーの女の子のこと。男の子も居るのかな。ビジネスだよ」
「へー。そんな仕事あるんだ」
「でもセックスは絶対NGだったはず」
「それはどっちでも良いかな」
「うーん。恋人、恋人ねぇ…」

 ふむ。五条が考え込む。虎杖は台所に向かった。冷蔵庫を開けてオレンジジュースを取り出す。甘党は変わっていないはずだ。紙コップ二つにとくとくと注ぎ込むと五条がぽんと手を叩いた。

「僕がやろうか?恋人役」
「ぶっっっ」
「うわきったな」

 飲みかけていたジュースを吹き出す。けほけほ空咳を繰り返し、濡れた口元を拭きながら信じられないものを見る目で元担任に目を向けた。

「せ、先生正気?何かヤベェもんでも食った?」
「失礼だな。正気だよ」
「じゃあ元からイカれてるんだ…いでででで」
「可愛くない口はこの口かな?」

 ぎゅうっと容赦無く口を掴まれて「ギブ!ギブ!」と叫ぶ。パッと手を離した五条は痛がる虎杖を鼻であしらって腕を組んだ。

「僕が悠仁の恋人になってあげよう。期間は悠仁が処刑されるまでの間」
「嫌な期間限定だなぁ。ちなみにどれくらいあんの?」
「処刑は三日後」
「はっ!?もっと早く言えよ!」
「ちょっと上と揉めてたら遅くなっちゃった」
「遅くなっちゃったって…はぁ…いや良いけどさ…」
「良いんだ。で、どうする?ちなみに僕と居る間、悠仁は財布を開く必要がなくなります」
「いつから付き合う?今から?俺はいつでもオッケーっすよ」
「変わり身早っ。て言うかテレビの分割支払いの時から気になってたんだけどそんなにお金無いの?ちゃんと給金振り込まれてるよね?」
「えへ。パチですぐスッちまうんだよね」
「ギャンブル貧乏か…何だか悲しくなって来たな…」

 演技っぽく手で顔を覆う五条に「宵越しの金は持たない主義なんで」と親指を立てると身を乗り出して口を開いた。

「で、いつから付き合う?明日?明後日?」
「今からだよ」
「へ」

 恭しく顎に指が掛けられる。唇が触れそうな距離まで近付いてきた顔に、思わず「ふふっ」と笑ってしまった。五条が眉を顰める。

「僕の美顔を間近で見て笑った人間は悠仁が初めてだよ」
「美顔って自分で言ってる人間見たの先生が初めてだよ」
「これは先が思いやられるなぁ…取り敢えず荷物まとめて僕ん家おいで」
「え?」
「恋人と言えば同棲でしょ。ほらほら早く。三分無くても用意出来るでしょ。こんなに物がない小屋…お家なんだから」
「今、小屋って言った?名誉毀損だ。破局破局」
「復縁を希望します」
「早っ」

 背中を押されて笑う。五条も可笑しそうに笑っている。
 
 ──こうして虎杖と五条の、期間限定の奇妙な交際はスタートしたのだった。


 ◇


 少ない荷物をまとめた五条は虎杖を自宅へ招いた。外観を見て「お、おお…」とビビった。テレビでしか見たことがないような、上が見えないマンションだった。しかも都内にあと数部屋持っているらしい。金持ち怖。確かにこれと比べると自分の部屋は小屋だ。うんうん頷くと荷物を取られ、玄関から投げ入れると「さて。デートしようか」と笑顔を向けられキョトンとした。

「デート?」
「悠仁が死ぬのは三日後だよ?巻いていかないと。どこ行きたい?」
「ええ…俺付き合ったことないんだってば。いきなりハードル高ぇよ」
「取り敢えずディナーは予約しとくね」

 シュシュッとスマホを弄る五条を横目にうんうん唸る。デートか。

「ドライブデートとか?ほらドラマでよくあるじゃん。埠頭で車止めてさ…」
「それって大抵別れ話するシーンじゃない?」
「あ、そうか」
「しかも僕車持ってないし。悠仁もでしょ。あのヘッポコ原チャしか…ふふっ」
「ヘッポコ言うな」

 中古で買った原チャがエンジンの状態最悪で、酷い異音を立てていたことを持ち出されてちょっと怒った。あらゆる場所に連れて行ってもらったし、良いやつだったんだ。もう処分しちゃったけど。

「先生金持ちだからアホみたいに車持ってると思ってた」
「そもそも免許持ってないもん」
「うそぉ!?」
「本当だよ」
「ええ…ピッコロさんも持ってるのに…」
「厳密に言うとピッコロは教習所には通ったけど免許は取れてない」
「豆知識あざす。無知を恥じます」
「よろしい」

 ふとこちらを見た五条が「取り敢えず映画でも行っとく?」と聞いた。パッと表情を明るくさせて頷く。手を出されたので反射的に重ねると「お手じゃねーよ」と指を絡められた。うわ。これは。

「…あのー…ちょっと恥ずかしいんだけど」
「何で?付き合ってんだから当たり前じゃん」
「そうなのか?」
「そうそう」

 軽く腕を振られてそうなのかなと思い直す。街に出るとそれなりに通行人に振り返られたが、堂々としていればそれ以上のことは起きなかった。


 映画は話題のアクションシリーズの最新作を見た。エンドロール後に次作の伏線が張られていてワクワクしたけど、あ、再来年公開だったらもう観れないじゃんと気付いてちょっとしょんぼりした。映画代からポップコーン代まで出した男は「悠仁が死んだらBlu-rayをお供えしてあげるよ」とよく分からない慰めをくれた。

「そりゃどうも。爺ちゃんの墓綺麗にしとかなきゃなぁ」
「僕が毎年ちゃんと参るよ。でも悠仁はあそこには入れない」
「え?何で」
「悠仁の身体は死んでも特級呪物の器には違いない。普通に焼いたり骨にしたりは出来ない。塵にする」
「その言い方だと俺を殺すのって」
「僕だよ」

 五条がにっこり笑う。マジか。何度目になるか分からない驚きの声を上げる。でもそりゃそうだよなと納得した。最強と呼ばれている術師は相も変わらず五条のままだ。呪術界最悪と呼ばれる呪いを祓うとなると彼が駆り出されるのは当然だろう。嫌な役目を押し付けちゃうなと視線を落とすと上から頭を撫でられた。

「悠仁はマジで優しいね。自分を殺すやつのことなんて気にしなくて良いんだよ」
「でもさー…先生優しいから引き摺ったりしない?」
「まさか。親友も僕の手で殺したけど引き摺らなかったよ。死にそうなくらい悲しくはあったけど」
「え」
「そろそろ良い時間だね。ちょっとこっち来て」

 とんでもない爆弾を落としたまま五条が腕を引く。夕暮れ時。誰そ彼時とも言うんだったか。空は静かに闇に飲まれている。だが端っこは赤いままだ。人通りの少ない路地裏に入った男はしーっと口に指を当てると虎杖の両手を引いた。

「う、わっ!」
「お空デート。ハウルみたいでしょ」
「ひ、ぇっ、ちょっ、待ってこれ浮いてる!?」
「落ちないよ。でも僕の手は離さないで」

 道を歩くようにすたすた空を散歩する五条はどう見てもヤベェ人だった。いくら最初は物影に隠れていたからと言っても今誰かが上を見たら絶対バレる。どう言い訳するんだろう。

「バレたらヤバくね?」
「ヤバイね。始末書めっちゃ書かなきゃいけなくなる」
「始末書で済むんだ…」
「どうせみんな上なんか見ないよ。ほら、下見てごらん」

 恐る恐る視線を下にやると地上は随分遠いところにあった。わ、と声を上げる。人が、建物が、どんどんちっぽけになっていく。空がこんなにも近い。綺麗だ。こんな景色、初めて見た。ちょっとだけ視界の端が滲んだのは、多分風が強かっただけじゃない。

「先生」
「ん?」
「ありがと。めっちゃ嬉しい」
「それは良かった」

 ふ、と笑みを零した五条が虎杖の頬に手を当てる。至近距離で見つめ合う。伏し目になったタイミングで、帰宅途中らしいカラスがやって来てギョッとした表情を浮かべてまたどこかへ飛んで行った。二人で顔を見合わせて笑う。手を繋ぐことに羞恥や躊躇いはもう無かった。


 ディナーは作法が分からないようなコース料理、ではなくて、完全プライベートの小さな居酒屋だった。どうやら会員制らしい。酒を飲まない五条に合わせて虎杖も飲酒を控えた。料理は最高だった。何これうんまぁ!を繰り返す虎杖を五条は楽しげに見つめていた。日本料理、最高。

 帰ってからはベッドについて一悶着あった。

「だから、他人がベッドに乗るの無理なんだって。においがつくじゃん」
「俺臭くねぇよ!?そもそも廊下かリビングに転がって寝ろって言うのはちょっと横暴過ぎませんか!?先生は恋人を何だと思ってんの!?」
「だって恋人を家にあげたことないんだもん」
「俺はここで寝る!」
「ああっ!僕のベッド!」

 五条の悲痛な叫びを無視してベッドに転がる。風呂から上がって乾かしていない髪から水滴が落ちたが、わざと枕に頭を擦り付けて湿らせた。声にならない叫びを上げた五条が虎杖の上に乗り上げて「最低!最低!」とポコスカ殴ってきたので笑いながら受け止めた。
 五条はしばらく機嫌が悪かったが、眠る頃には「明日早起きだから目覚ましよろしくね」と額にキスを落としてきた。子供っぽい大人の言動に笑いを噛み殺していた虎杖は、そのギャップに悶絶した。

「…先生…ドキドキします…」
「悠仁ってマジで耐性無くて見てて面白い」
「…」
「痛い痛い。痛いって」

 布団の上からポコスカ殴る。振り返った五条に腕を引っ張られ彼の胸に飛び込む形になる。逃げ出す前にガッチリ抱き締められて耳元で「おやすみ」と囁かれると虎杖は文字通りぷしゅりと音を立てて処理落ちした。五条はずっと笑っていた。


 ◇


 ふわ、とあくびを落とす。もぞりと動くと隣では五条がすぴすぴ可愛らしい寝息を立てていた。少し笑う。起き上がってもう一度あくびをした。

「先生」
「うんむ」
「早起きしろって言ったの先生だろ?なぁ、起きろよー」
「むむむ」

 寝汚い五条の頬を突っついて覚醒を促す。だがちっとも起きやしない。ため息をついて顔の上あたりで思いきり手を叩いた。ばっちり目を覚ました男は、バサリと布団を投げて起き上がった。

「っ何事!?」
「うわびっくりしたー。起きた?冷蔵庫と台所勝手に使ったけど良かった?」
「な、ゆ、悠仁…びっくりしたぁ…知らない間に部屋知られてて帳下ろされて六眼抑えられた状態で頭の上で呪力が爆発したのかと思った…」
「起きたばっかで良くそんなに頭回るね。顔洗ってきたら?」
「そうします…」

 のそのそと熊のように移動する後ろ姿を見て口を押さえる。聞こえないように出来るだけ小さく軽く咳き込んだ。──小僧。頭の中で響くニタニタした笑い声を無視して寝室を出た。


「京都?」
「うん。行ったことある?」
「ない!行きたい!」

 パァッと目を輝かせる。指についた食パンの粉を舐めた五条は「じゃあ決まりだね」と言った。
 今日は京都に旅行に行くらしい。一泊二日。もう宿も押さえてあるなんてスマート過ぎる。新幹線も楽しみだ。るんるんとお茶を飲むと「そんなに嬉しいの?」と五条が意外そうに言った。

「うん。あんまし旅行とか行ったことないから」
「へー。そっか」
「任務もやけに東京近辺ばっかりだったしさ。東堂なんか海外に行ってたのに」
「仕方ないよ。器を手元に置いて安心したいおじいちゃん達の歪んだ愛ってやつ」
「キモッ」
「間違いない」

 鼻でせせら笑って五条が立ち上がる。着替えて用意が出来たら東京駅だ。弾む心に表情が緩む。五条はやはり外に出ると虎杖と手を繋いだ。何でと聞くと恋人だからと答えられた。そんなもんかね。





「えっ。京都って鹿居ねぇの」
「それは奈良」
「じゃあ大仏は?」
「それも奈良。ごちゃごちゃになってるね」

 観光客にぶつからないように進みながらショックを受ける。右手はグリーンティーを持ち、左手は虎杖と手を繋ぎながら歩く五条に色んな人が振り返った。そりゃそうだ。背は人より頭一つ抜けてるから目立つし、顔も綺麗だし。何せ目が良い、と虎杖は思っていた。光に当たると様々な色に変わる瞳を見ていると吸い込まれそうになる。呪術界には欠かせない稀有な瞳の能力も、一般人に紛れてしまえばただの美しい瞳になった。

「先生はさ」
「ん?」
「綺麗だよな」
「まぁね。鼻筋通ってるし」
「鼻は気にしたことないかな」
「僕の一番の自慢箇所を気にしたことないってどういう事?見て。よく見て」
「近い近い近い」

 鼻先が触れ合うほど近く顔を寄せられて仰反る。すれ違った人にきゃーと言われて赤面した。

「いやほんと近いし恥ずかしいしやめてください」
「恋人だからこれくらい普通だよ。ほら。あの人達なんてキスしてるよ」

 橋の欄干に寄り掛かって熱いキスを交わす外国人のカップルを見て「いやあれは…」と口籠る。外国とは文化が違うし。て言うかあの場所って幕末に起きた騒動の刀傷が残ってる有名な場所だよな。侍達もまさか異人が口付けをしながらカメラを構える観光場所になるとは思っていなかっただろうな…と遠い目になった。

「どうしたの。勃った?」
「…勃たねぇよ!先生は俺を小学生だと思ってる?」
「ちょっとだけ思ってる」
「成人してるのに…」
「悠仁って童顔だし言われないと分かんないよ。コンビニで年確されたことあるでしょ」
「…」
「あっはっはっ」
「うるせぇ。先生の方が童顔だろ」
「マジ?あざーっす。…って言える方が大人ですよ悠仁くん」
「うるせぇ」

 今年三十六歳になると言うのに尚も若い頃のままの美貌を保つ男に蹴りを繰り出す。嫌味で「美容のために術式使ってるってほんと?」と耳元で囁くと「周りには使ってないって言ってるけど本当はちょっと使ってる。内緒だよ」と囁き返され爆笑した。しゃがみこんでひいひい言って周りの人に変な目で見られたがどうでもいい。この秘密は墓まで持って行こう。あ、でも俺って墓まで行けないんだっけ。


 ◇


「楽しかったなぁ」
「ね。それにご飯…美味しくない?」
「美味い…分かる…」

 旅館でたらふく食べた後、だらしなく腹を出しながら畳の上に寝そべった。観光地巡りは楽しかったし美味かった。八つ橋を業者並みに買って「これは全部僕の家に送る。僕が消費するので」と曇りなき眼で言い切った五条や、「結界えげつなっ。さすが本場」と鬱陶しそうにする五条や、「見て見て大吉!」と子供のようにはしゃぐ五条、色んな顔が見られて楽しかった。

 ふとスマホを弄る五条を見つめる。視線を感じて「ん?」と顔を上げた男に、一瞬躊躇ってから口を開いた。

「この後さ、…セ…セックスする?」
「えっ」
「お泊まりデートの醍醐味ってそれじゃね?俺は知らんけど…」

 ゴニョゴニョと口の中で言葉が絡まる。起き上がって座り直すとキョトンとした五条が「ふっ」と吹き出し、次いで爆笑した。

「あっはっはっ!」
「…何で笑うんだよ」
「だって悠仁顔めっちゃ赤いもん!もしかしてお風呂入った後から妙にソワソワしてたのってそのせい?」
「うっ…だって先生が恋人恋人言うから…」
「あはっ、うっ、お腹痛い…食べ過ぎたのに笑い過ぎた…」
「…」

 腹を押さえて蹲ってしまった五条を軽く睨む。意識していた俺が馬鹿みたいだ。すっくと立ち上がって歯を磨きに行く。だが磨き終えて戻ってきた後も五条は蹲っていた。さすがに心配になって「先生?大丈夫?」と近寄る。途端、起き上がった五条に押し倒された。いきなり見えた天井と五条のしてやったり顔に目を白黒させる。

「…ッ騙したな!」
「甘いねー悠仁。隙あり過ぎ」
「先生が居るのに何で気張らなきゃいけないんだよ」
「…そうだね。ふ、可愛い」
「かわっ」

 そんなこと言われ慣れてなくて思わず耳まで赤くなる。柔らかいタッチで耳朶を撫でた男はゆっくり顔を近付けてきた。髪が滑りサラリと頬に掛かった。

「悠仁が本当にしたいなら良いよ。僕は出来る」
「…それって俺が、その、される方なんだよな」
「僕をリード出来る?」
「出来ません」
「悠仁は可愛いと思うし、多分勃つ」
「…」
「どうする?」

 頬にスライドした手がスルリと首筋に移る。なぞるように肌を辿られて息を呑んだ。雰囲気の作り方が上手すぎる。もうこっちまで勃ちそうだ。浴衣の合わせに手が入りそうになったタイミングで不埒な手を止めた。

「…っしない!」
「ありゃ。何で?僕は上手い方だと思うけど」
「最期に思い出した時に笑えるような思い出だけにしたい。この勢いのまま先生とヤッたら、多分、俺はこの世から離れ難くなる」
「…」
「だから…」

 やめてほしい。消え入るような声で呟く。暫くの間黙っていた五条は、ポンと虎杖の頭を撫でた。「分かった」と敢えて軽く投げられた言葉に、ほ、と知らず詰めていた息を吐く。喉につっかえる感じがして咳き込んだ。

「げほっ、」
「大丈夫?水飲む?」
「いや、…大丈夫。咽せたかな」
「そ」

 喋りながら撫で撫でと悠仁の頭を撫でる手は止まらない。おずおず「あの」と見上げると五条は慈愛に満ちた表情をしていた。こちらが恥ずかしくなるほどに。

「せんせ、」
「キスならしてもいい?おやすみのキス」
「はい?」
「挨拶だよ、挨拶。ほら昼間のカップルもしてたじゃん。あれくらいなら良いでしょ。今の僕らってきっと歳の離れた友人くらいの関係だよ。先に進もう」
「えー…」
「別にお互い初キスでもないんだから良いじゃん。ほらあーん」
「いきなり深いやつ!?ちょ、待っ」

 ああああ…!と叫ぶ悲痛な声は、夜の闇に消えていった。


 結論。めちゃくちゃ気持ち良かった。うっかり勃ってトイレに駆け込む羽目になったこと、そして五条が「大丈夫?口で抜いてあげようか?」とドアの前でプレッシャーを掛けてきてマジ喧嘩になったことは、二人だけの秘密だ。


 ◇


「げほっ、げほっごほっ」
「風邪かなぁ。ちょっとだけ起きれる?そうそう」

 明け方、突然咳が止まらなくなった虎杖に目を覚ました五条が心配そうに背をさすった。少し離れた場所にあった冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを開封する。受け取ろうと腕を伸ばしたが、一際強い痛みが喉に走った。既に五条が手放していたペットボトルが水を散らして転がる。両手で口を押さえたが、間に合わなかった。

「っぐ、ぅ」
「悠仁!?」

 パタパタと赤黒い血が真っ白な布団に落ちる。ん、と唸って申し訳ないと思いながらも血の塊を吐き出すと呼吸が楽になった。呆然と膝をつく五条を見上げて「ごめん、汚しちゃった」と力無く笑った。

「…悠仁、これは」
「その前に口濯いでもいい?あとフロントの人に謝らなきゃ」
「謝るのは後でいい。立てる?」
「うん」

 ふらりと立ち上がって洗面所に向かう。鏡に映った自分は酷い顔色だった。う、と再び咳き込む。少量の血を吐いて綺麗に流した。後ろから五条からの視線を感じて振り返った。

「いつから?」
「一ヶ月くらい前から」
「…そう」

 近付いてきた男が腕を振り上げる。叩かれるかと思って目を瞑ったが、予想外に腰に回され瞠目した。そのまま抱き上げられそっと運ばれる。遅れて「えっ!?」と叫んだ。

「お姫様抱っこされたの初めて」
「感動するところそこ?よいしょ」

 腰を下ろした五条が、汚れていない布団を持って虎杖の体に巻きつけた。あやすように揺らされさすがに恥ずかしくなる。だが五条は「意地っ張りの罰です」と引かなかった。

「何でもっと早く相談してくれなかったの。硝子に言えば治すまでは無理でも、症状を和らげることだって出来たかもしれないのに」
「…うん。そうだな。何で言わなかったんだろ」
「気遣いの幅が広すぎなんだよ。それ宿儺の影響でしょ」
「…」

 図星を突かれて押し黙る。ピンと額を弾かれて痛みに悶絶した。

 咳き込むようになったのは最後の指を取り込んでからだ。血を吐くようになったのは言った通り一ヶ月くらい前から。いつも通りしていれば普通だし、空咳程度なのでバレることもない。だが頻度は確実に高くなっていた。猛毒と呼ばれる王を腹の中に飼っているのだから当たり前だ。最近では勝手に紋様が浮き出ることもあって、さすがにまずいとは思っていた。多忙を言い訳にして結局は誰にも心配をかけたくなかった。

 洗いざらい打ち明けると五条は一つため息をついてスマホを操作した。

「帰ろう」
「…俺まだ行きたいところが、」
「悠仁がこのまま宿儺と入れ替わったら戦闘になる。ここは古い結界だらけでやりにくいし、下手すりゃ別の何かを起こしちゃう可能性だってある」
「…」
「僕の家は結界張ってるから宿儺と本気で殴り合ったって問題ない。まぁ壁は飛ぶかもしれないけど。でも絶対ここよりマシだ」
「…」
「悠仁」

 困ったような目で五条が見てくる。居た堪れなくなって「分かった」と視線を逸らした。

 五条とはずっと手を繋いでいたが、駅でも新幹線の中でも会話は無かった。ただ流れ行く景色をぼんやり見て「もう二度と来れないのかぁ」とセンチメンタルになったりはした。


 ◇


 家に帰ってすぐ家の中を歩き回った五条は「これでよし」と満足げに頷いていた。どうやら結界をより強固にしたらしい。新居に引っ越したばかりの時にやるG対策みてぇと笑うと確かにと笑顔が返ってきた。

「お家デートになったね。映画とか観る?」
「いや、良い。先生の手料理食いたい」
「僕の…手料理を…?」

 信じられないと言う顔で振り返った五条は「任せなさい」と親指を立てた。椅子に座ってカウンター越しに五条を見る。

「…先生ってさ」
「んー?」
「何でも出来んのな」

 じーっと見ているが動きに無駄がなくて完璧だ。てっきり真っ黒に焼け過ぎた平べったい何かとか、米を洗剤で洗うとか、そう言うレベルだと思ってた。じゅうじゅうと良い音を立てるフライパンを揺らした五条は「失敬な」と唇を突き出した。

「僕は何でも出来るんです」
「でも先生が蹴った任務が全部流れてくるって伏黒が嘆いてたけど」
「愛のある鞭だよ」
「可哀想な伏黒」

 年々やつれていく同級生を思って十字を切る。今頃彼や釘崎はどこで何をしているんだろう。処刑が決まった日、真っ先に連絡を取ろうとしたが五条に首を振られた。曰く、処刑は文字通り秘匿死刑らしい。彼らには後から伝えられる。それって先生が言うの。うん、そうなるね。交わした会話を思い出して息をついた。嫌な役回りばかりだな。申し訳なくなる。

「はーい出来たよ」
「早っ美味っ」
「もう食べてんの」

 出来上がったチャーハンを一口食べて興奮する。この焦げと味の濃さの絶妙なバランス、まさに神。ぐっと親指を立てると五条が隣に座った。

「…美味っ!さすが僕」
「自分で自分褒めちゃうんだねぇ」
「今さら誰も褒めてくんないからねぇ」
「そっか。大人って大変だな」
「大人になりたい?」

 もぐもぐとチャーハンを咀嚼する。ごくんと飲み込んでからヘラリと笑った。

「なってみたいとは思うけど、別にいいや。今までめちゃくちゃ楽しかったし。しんどいこともあったけど」
「僕なら悠仁を逃してあげられるって言っても?」

 かちゃり。スプーンが高い音を立てる。ゆっくり隣を見る。五条は「美味いねこの肉」と関係ないことを呟いていた。

「先生」
「何?」
「それはダメだ。先生。絶対殺してくれよ。頼むから。約束して欲しい」
「今ここで?」
「今ここで」

 この災厄を連れて死ぬ。ずっとそう決めていた。それだけが、絶望の積み重ねに何度も折れそうになる心を支えていた。歩みを後押ししていた。仄暗い希望だ。虎杖の目が狂気を帯びる。圧倒された五条は驚きを隠しつつ、いつも通りの顔を取り繕った。

「──分かった。約束するよ。ちゃんと殺す」
「本当に?」
「疑り深いなぁ。指切りでもしとく?」

 冗談ぽく小指が立てられる。少し躊躇って同じ指を絡めた。ふ、と笑った男がよく知った謳い文句を連ねる。良かった。これで大丈夫だ。

「悠仁。こっち向いて」
「なに、」

 髪をかき上げられ唇にキスが落とされる。呆然と目を見開く。お互い唇は脂っこいし、息はチャーハン臭い。思わず吹き出すと五条も笑った。穏やかに時が流れていく。いっそこのまま同じ時を繰り返せたら、と、虎杖は叶わぬ夢を見て再び寄せられた顔に目を閉じた。


 ◇


 翌日。虎杖より早く目覚めた五条は目に見えてピリピリしていた。虎杖の口数も少なくなる。いつものように朝ごはんを食べて準備をした後、五条がリビングの真ん中で手招きした。高専生時代いつも見ていた真っ黒な服だ。喪服のようだなとぼんやり思った。

「調子はどう?」
「元気」
「そ。じゃあ行こうか」
「へ」

 手を取られた瞬間、体の内側からひっくり返されるような感覚があった。目を開けると辺りは真っ暗で、目隠しされていることが分かった。重苦しい空気に息が詰まりそうになる。手探りで五条を探した。

「先生?」
「ここだよ」

 手を繋がれて歩みを進める。歩くたびに脳内で宿儺が叫ぶのが分かった。頭が割れそうだ。激しく咳き込む。だが虎杖がどれだけ苦しそうにしても、血を吐いても、五条は歩みを止めなかった。

 ある場所でぴたりと立ち止まった五条は虎杖の向きを変えて後ろ手に手首を縛った。口元にも何やら噛まされる。気付けば心臓が嫌な鳴り方をしていた。

 ──いよいよ処刑されるのだ。だから宿儺が嫌がっている。

 望んでいたはずなのにいざ目の前で死が口を開くと恐怖が溢れた。虎杖はこの年齢になるまで、知っている顔も知らない顔もたくさん見送ってきた。彼らと同じ場所には恐らく行けないけれど、在り方はきっと一緒だったと信じている。
 世界が平和になりますようになんて大層なことは願わない。ただ身近な誰かや、見知らぬ誰かが、悪意に喰われないよう手を打ちたい。例えば順平のように。死ななくて良かった人間に生きていて欲しい。死んでしまったら選ぶ自由も奪われる。根こそぎ無かったことにされるのだ。自分が宿儺と共に死ねば悪いことが起きる可能性は減らせる。それは五条が断言してくれた。この世で一番信用している大人の言葉を反芻する。知らず落ちていた視線を上にあげた。

「ほ、これは厳重だな」
「まさか連れて逃げるのではとヒヤヒヤしたわ」
「斯様な化け物を連れて呑気に京都旅行とは」
「京都?まさか…」
「いやいや。さすがに大丈夫だろう」
「宿儺の器は具合が良いのか?まぁ"器"だものなぁ」

 下衆な囁き声が聞こえてくる。ぴくりと揺れた肩を軽く叩いた五条は、声の主達に向かって声を上げた。

「うるせぇな。ごちゃごちゃ喋んな。お前らに呪いが飛んでも知らねぇぞ」

 しわがれた声が止む。虎杖の前に跪いた男は縄の締め方を見るフリをしながら小さく囁いた。

「悠仁が死ぬところを自分の目で見ないと信じられないビビリのボケ老人達の戯言だ。聞かなくて良い」
「…」

 口枷で声が出なくて小さく頷いた。五条が頭を撫でる。笑っているのが見えなくても分かった。促されてその場に座す。不思議と気持ちは凪いでいた。笑みをこぼす。見えていないかもしれないけど。


 昨日の夜はたくさん喋った。今までのこと。新しく出てきた有望な後輩のこと。伏黒の昔の恥ずかしい話や、釘崎に届いた縁談の話など、他愛無い話をずっと続けた。

「先生にこんなことをさせるのは申し訳ないけど、でも正直嬉しい。最期は先生だと良いなって思ってた」
「ご指名ありがとうございまーす。一曲歌おうか?」
「何でだよ!要らねぇよ」
「僕歌も上手いのに…」
「完璧超人だな。恋人になってくれてありがとう」
「どういたしまして」


 最後のキスは食べかけのチョコアイスの味がした。口の中に蘇る。良かった。短い間だったけど、先生と恋人になれて良かった。だってこんなにも楽しい気持ちになっている。ベタベタと甘い言葉を言ってくれなかったのも良かった。セックスしなかったのは…ちょっとだけ後悔している。先生とならしておけばよかったかもしれない。
 最後の時間に伏黒や釘崎達に会えなかったのは残念だったが仕方ない。あの世で会えたらいっぱい謝ろう。

「では」
「仕切るんじゃねぇよクソジジイ」

 五条の指がちょうど心臓部分に当てられる。宿儺が断末魔のような叫び声を上げる。うるせぇな。恐らく五条の顔があるであろう場所を見上げる。微笑む。呪力が凝縮される。

 先生。あのさ。マジで好きになっちゃったかも。…なんて。

「悠仁、またね」

 先生の声はビックリするくらい優しくて、穏やかで、安心した。

 ──遠いどこかで扉が開く音が聞こえた。




 
【番外編-その後の話】

 ◇

 ふー…と長く息を吐いた釘崎がタバコを灰皿に押し付けた。隣に座っていた伏黒が手を出す。

「一本くれ」
「オメーは健康診断引っかかってんだろ。いい加減やめとけヘビースモーカー」
「じゃあ僕がもらおうかな」

 五条がニコニコ笑いながら手を上げる。面倒そうに舌打ちを落とした釘崎は、箱から一本取り出すとライターと一緒に渡した。

「これどうやって吸うの?」
「逆だ逆」
「ほうほう」
「…一気に吸いすぎだろ」
「凄い。舌が痛い」
「火傷してるんじゃないの」

 ぷわ、と紫煙を吐いた男を横目に釘崎が酒を煽る。伏黒はさっきからずっと枝豆を食べていた。山盛りとは書いてあったが一向に減らない。釘崎が横から手を出す。三人で黙々と食事を摂り続けた。

「…遺品は?虎杖の遺品。どうすんの」
「最低限の物しかなくてすぐ終わった。色々準備してたみたい」
「…」
「サヤ投げてんじゃねぇよ。こっちに飛んだだろうが」

 釘崎がイライラと飛んできた枝豆のサヤを伏黒に投げ返す。無言で皿に入れ直した男は深いため息をついた。

「何であいつは…クソ、こんなことなら任務なんて放って家に行っときゃ良かった」
「確かめたって本人がああなんだから仕方ないよ。ヘラっと笑われるのがオチ」
「腹立ってきたな。アンタも特級特権使って私達にこっそり伝えるとか出来たでしょ。何で事後報告なのよ」
「おい。お前もサヤ飛ばすな」
「"秘匿"死刑だからね。僕にも保険かけられてたの。事前に誰かに伝えたら首が飛ぶような保険」
「どっちの首?肉?立場?」
「どっちも」

 ヘラリと笑った男に「首くらい安いだろ」と言い捨てる。ひどい、とわざとらしい泣き声を上げた五条はまだ長さのあるタバコを術式で圧縮した。

「最期の瞬間、笑ってたよ。それだけ幸せだったってことでしょ。ほとんど君達のおかげじゃん。良かったね」
「…第三者に言われることほど腹が立つもんはねぇな」
「マジでそれな」
「言葉キッツイわー」
「──ねぇ。本当に殺したの?」

 静かに釘崎が問う。伏黒はじっと五条を見詰める。どんな取りこぼしも逃さない顔をしている。笑顔のまま止まった五条は、こくりと一つ頷いた。

「殺したよ」
「本当に?骨もないなんて可笑しいと思わない?」
「僕の術式知ってるよね?一瞬で塵。何なら上の連中みんな見学に来てたし、聞いたら答えてくれると思う。聞いた後の気分の良し悪しは保証出来ないけど」
「例えば、」

 伏黒が口を挟む。学生時代より幾分か低くなった声が落ち着きを持って言葉を紡いだ。

「死の直前、誰かが虎杖を拐いに来たとか」
「それ僕が悪者ってことにならない?さすがに傷付くんですけど」
「例えば本家本元の土地にわざわざ行ったのは旅行が目的じゃなかったとしたら?」
「ないよー。ないない。本当にただの旅行だって。八つ橋要る?いっぱいあるよ」
「俺達に何も言わなかったのは、下手に計画の邪魔をされたくなかったからだとしたら?」
「あっはっはっ。恵、必死だね」
「虎杖が処刑される前、上と揉めに揉めて謹慎処分食らってたアンタが何もしないとは思えないのよね」
「僕も丸くなったんだよ」

 何を投げてもひょいひょい投げられる。釘崎と伏黒は顔を見合わせた。そして諦めたように五条に顔を戻した。

「一度死んだはずの虎杖を匿ってたアンタのことだし。どうせ時が来たら教えてくれるんでしょ?」
「だからちゃんと殺したって。信用されてないなぁ僕」
「前科一犯だからな」

 指をさされ参ったなぁと頭を掻く。リンゴジュースが入ったコップを揺らして呟くように言った。

「…処刑の前の日に悠仁と約束したんだ。ちゃんと殺すって。大好きな子からのお願いだ。約束は違えないよ」
「わざとらしい」
「嘘くせぇ」
「酷くない!?」

 尚も疑いの目を向ける元教え子二人にワンワン泣く真似をする。何事かと振り返る店員に軽く手を振り、釘崎と伏黒はまた枝豆を剥き始めた。
 
 

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コメント

  • maruma
    12月16日
  • モモモモ

    12月10日
  • まつり

    何度も読んでいます。終わり方が特に大好きです…!!!切なくて涙が止まりませんでした。素敵な作品をありがとうございます!

    12月10日
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