人類の宇宙活動の活性化には,地上から宇宙への打ち上げコストの大幅な低減が必要である.我が国のHII・イプシロンの打ち上げ単価は2~3万$/kgであり,他国のロケットでも桁が大きく変わることはない.一方,Space-XのFalcon-Heavyは,1段ブースターを再使用化することで単価を3千$/kg以下にする計画であり,再使用なしでも7千$/kgにできると言われている.Falcon-Heavyは大型化により単価を下げていると推察される.逆に,打ち上げ機を小型化すると,一般に1kgあたりの打ち上げ単価は上昇する.従来技術である化学推進ロケットの場合,現状の1/10までのコスト低減がせいぜいであろうと推察される.1/100〜1/1000の大幅なコスト低減を実現するには,根本的な技術革新が必要不可欠である.国際的な価格競争の激化が予想される状況で,ドラスティックなコスト低減技術を担保することは,大きな意義を持つと考えられる.その可能性の一つが「完全再使用」であるが,これが実現するのは,かなり大規模なシステムになるのでは無いかと推察される.
一方,近年小型衛星の実用性が高まり,超小型衛星打上げ機(Very Small Launch Vehicle, VSLV)の需要が高まっており,民間ベンチャーも立ち上がっている.ただし,従来技術で比推力・構造係数が大幅に改良するのは難しいため,VSLVは多段化するしかない.固体ロケットの場合,多段化により打ち上げ単価が増加する.VLSVの打ち上げ単価をドラスティックに引き下げるには,推進機の比推力を向上し,単段化することが最も有効である.
レーザー推進はこれを実現できる可能性がある.レーザー推進を用いるレーザーローンチシステム(LLS)は、水素を推進剤として用いることで、比推力を900s程度まで向上でき,従来の一桁高いペイロード比での単段打ち上げを実現できる.レーザー推進では,レーザーパワー1MWで約1kgのペイロードが打ち上げられると見積もられている.現在の世界最大出力のレーザー(ファイバーレーザー)は100kWで,レーザー装置の価格が約5億円とされていることから,1MW(約50億円)のレーザー設備が建設できれば,一回に1kgずつではあるが,高い頻度で打ち上げを行えることになる.50億円というのは,HIIロケットの一回の打ち上げ費用の約半分である.一方,この計算では,1tonの打ち上げに,1GW(約5兆円?)というレーザーが必要ということになり,大規模な打ち上げが実現するのは容易ではなさそうである.しかし,LLSが実現すれば,まずは1kg程度と少量ずつではあるが,低単価・高頻度打上げが実現できる.VSLV on demandが実現することで,超小型衛星の技術革新の誘引効果が期待でき,その市場拡大への貢献も期待できる.
Laser Launch System (LLS)として,液体水素を推進剤として用いる外部加熱型ロケット推進を考えている.化学推進の比推力は,推進剤の燃焼反応に固有のエンタルピーが上限を定める.一方,外部加熱型の場合,比推力の上限は推進機の耐熱温度によって上限が定められるが,使用する推進剤を自由に選ぶことができる.現在想定している設計では,図2に示すように,地上から伝送されるレーザー光が,ビークルの底部からエンジン内部に導入される.エンジン内部では,水素ガスがレーザー光により3000K程度まで加熱され,スパイクノズルから排気され,推力を発生する.比推力は900秒以上になる.推進機内部の作動流体の総温と比推力は,推進機の耐熱温度によって上限が定められるが,これは推進機の冷却設計と材料の耐熱性によって決定される.
LLSによる軌道投入を実現するには,高性能な推進機の実現に加え,地上から伝送されるレーザービームを,ビークル底部の光学窓に,正確に照射するビームポインティング技術の確立が鍵である.地上側でビークル位置を精密に把握し,ビーム方向を制御すると同時に,ビークル側で,ビーム位置を検知し,ビークルの位置制御を行う,協調制御の方法を確立する必要がある.さらに,大気の乱れによるレーザービーム位置の高周波変動(シンチレーション)への対策も必要である.高速に移動するビークルに伝送されるレーザービームに対してリアルタイムにシンチレーションを補正する技術は全くの未知である.一方,高度10km未満の低高度飛行ならばシンチレーションの影響を無視できる.そこで,低高度までで,また,ビームポインティングの協調制御を必要としない運動,つまり鉛直ビームに沿ったビークルの垂直上昇(Beam-riding flight)の実現を手始めとし,段階的に研究開発を進めることが現実的である.
本研究では,平成32年度までに屋外での飛行実証実験を行い,レーザー 推進の打ち上げ高度記録(71m)を大きく塗り替えるデモンストレーションを行うところを出口(ゴール)としている.まず,実際に飛ばすことが重要である.
レーザー推進のコンセプトは1970年代に初めて提案された.2000年代初頭,米国のミラボは,米軍の10kW級レーザーを用いてこれまで世界で唯一屋外打ち上げ実験を行い,高度71mまで到達した.この実験は世界に衝撃を与え,多くの研究機関でレーザー推進の研究が開始される契機となった.日本国内でも多くの研究者が基礎研究に従事した.しかし,従来の10kW程度のレーザーでは,軌道への打ち上げは不可能である.
今,日本で,民生用の100kWレーザーが利用可能である.これを使えば1kgの飛翔体を飛ばし,100g程度のペイロードを軌道に投入できる.1kgあれば水素タンクを搭載したロケット飛翔体が作れる.