女性の人生は既婚か未婚かよりも子供のある無しで変わる!? 酒井順子×安倍昭恵

対談・鼎談

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子の無い人生

『子の無い人生』

著者
酒井 順子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784041015568
発売日
2016/02/27
価格
1,430円(税込)

書籍情報:openBD

女性の人生は既婚か未婚かよりも子供のある無しで変わる!? 〈刊行記念特別対談〉酒井順子『子の無い人生』×安倍昭恵

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「子どもがいない」という視点から、女性の生き方について切り込んだ本作『子の無い人生』を上梓した酒井順子さん。
 そんな酒井さんが一番会いたかったという人生の先輩・安倍昭恵さんとの特別対談が実現しました。

政治家の妻として
後継者を産む
プレッシャーはあった

酒井 私、二〇〇三年に『負け犬の遠吠え』という本を出版しまして。その本の中で、結婚していない女性たちのことを「負け犬」というふうに書いたのですが、読んだ方からけっこう言われたのが、「結婚していても子どもがいない人は、負け犬になるんですか?」ということ。私は自分が結婚していないこともあり、そういう立場の方たちのことをあまり考えたことがなかったんですね。

 今年で五十歳になりますが、この歳になると「結婚しているか」ということより「子どもがいるかいないか」ということのほうが、将来の暮らしに関わってくるように思います。そこで今回「子の無い人生」をテーマに本を書いたのですが、この先、もう子どもを産むことはないだろうという中で、「どういう気持ちで生きていくか」といったことも含め、昭恵さんにもいろいろ伺えたらと思います。いきなりプライバシーに踏み込んだ話になるかと思いますが、よろしくお願いいたします。

安倍 どうぞよろしくお願いいたします。

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酒井 まずは、やはり政治家の妻となると、後継者を産んでほしいというプレッシャーがあったのではないかと思うのですが……?

安倍 そうですね。もう、ずいぶん前のことですので遠い記憶ではあるのですが……。やはり言われることはありましたね。自分の親や主人の母といった近しい人からは何も言われませんでしたが、後援者の方々からは年がら年中、言われていました。

酒井 かなり直接的な感じでおっしゃるのでしょうか?

安倍 普段の生活の中では、「まだですか?」くらいの感じなんですが、酔っぱらったりすると「安倍家の嫁として失格だ」とか、「非国民!」などと言われることもあって……。「それはちょっと、どうなのだろう」と思うこともありましたね。

酒井 そういったプレッシャーには、どういった対処をなさったのでしょう。

安倍 落ち込んだり、逆に、言い返したりということもありましたが、ただ、政治家の妻はやることがたくさんありましたので、あまり気にしないようにしていましたね(笑)。

酒井 昭恵さんも不妊治療を経験なさったとか。長い期間続けていると、止めるタイミングがわからなくなる方も多いといいます。「せっかくここまでやったんだから、もう少しだけ……」と続けるケースもあるように思うのですが、昭恵さんはいかがでしたか?

安倍 私の場合、根が楽天家というか、「今日がよければいい」みたいなタイプなんですね。生きることにもあまり執着がなくて、病院もあまり行かないんです。主人が医療費を使わせていただいた分、私はお世話にならないでおこうと思っているところもありまして……。不妊治療にも三箇所ぐらいは通いましたが、どこも長続きしませんでしたね。

 元来、努力家ではなく、目標が定められない性格なんです。それがずっとコンプレックスでしたが、こと、子どもに関してはよかったのかもしれません。頑張れば妊娠できたのかもしれませんが、でもすごく真面目で努力家の友人が今月もダメ、翌月もダメでというのを繰り返すうちにうつ病になってしまったり、別の友人は不妊が原因で離婚してしまったりしたので、私は諦めてよかったのかもしれないと思ったりもしました。主人が「絶対に産んでくれ」と言わなかったことにも救われた気がします。

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酒井 安倍首相とは具体的な話はされなかったのですか?

安倍 そうですね。すごく真剣に「どうする?」という話はしていないですね。

酒井 政治家の家庭というと、そういったことを具体的に話しているというイメージがありました。

安倍 もちろん、安倍晋三の子どもはいないわけですが、主人には兄がいて、彼には男の子がいるんです。ですから、安倍家が途絶えることはない。そのことが大きなプレッシャーにつながらなかった理由かもしれませんね。もし男が主人一人で、何としても安倍家の後継を! 政治家の後継者を! ということでしたら二重のプレッシャーがあったと思います。

酒井 年齢的に少しずつ「もういいか」と思うようになったということはありますか。

安倍 それはありますね。三十代までは、プレッシャーがありましたが、四十歳を過ぎると周囲も「なんだかお気の毒」という感じで、何も言わなくなりました。何か言われても友だちと飲みに行けば気が晴れるという感じでした(笑)。

少子化問題の打開策は
早くパートナーを
見つけること

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酒井 続いて、少子化問題についてお聞きします。現在は微増傾向にありますけれど、まだまだ低い出生率ですね。政府としてもいろいろと手を打っているとは思うのですが、今後はどうしたら……?

安倍 そうですね……。少子化対策に関して言えば、やっぱり早く結婚することじゃないでしょうか。結婚している方のほうが、していない方よりも「子どもが欲しい」と考える機会が多い気がするので。もちろん、努力しても子どもに恵まれない夫婦もいらっしゃるわけですから、難しい問題ではありますが。でも、パートナーはいたほうがいいと思います。これまで私自身、「結婚制度って何なのだろう」とか、「なくてもいいんじゃないか」と思ったこともありました。けれど、いまはパートナーがいてくれて心からよかったと思っています。

酒井 以前、「来世でもまた夫(安倍首相)と結婚したいと思った」という記事を読ませていただきました。

安倍 まあ、あのときはまだ若かったのでしょうね(笑)。

酒井 ご結婚されたときは、おいくつだったのですか?

安倍 二十四歳の最後の日でした。

酒井 お若い! 当時でも早いほうだったのでしょうか。

安倍 そうですね、割と早かったですね。だから、同じ頃に結婚した友だちには、もう孫がいたりします。

酒井 結婚と同時に、広告代理店のお勤めも辞められたんですよね。

安倍 はい、結婚する前に辞めました。周囲も当然のように「辞めるでしょう」と。

酒井 「結婚、早すぎるんじゃない?」みたいな声はなかったんですか。

安倍 二年以上付き合っていたので、周囲も私自身も結婚をごく自然に感じていました。

酒井 みんながいい人と出会い、そういう風に感じられたらいいんですけどね(笑)。いま、三十代や四十代ぐらいの独身女性から結婚や出産について相談されることも多いのではないでしょうか?

安倍 みんな悩んでいますね。よく「仕事を辞めて専業主婦になりたい」という相談を受けます。私も一時期、専業主婦でしたし、専業主婦は立派な仕事だとは思うのですが、ずっと夫が元気でいてくれるかどうかはわかりませんよね。もし、急に具合が悪くなって入院するとか、亡くなってしまうとか、事故に遭うといったケースが考えられます。そのときに途方に暮れないように、一人で生きていく術を身に付けていたほうが安心なんじゃないかしら、という話はよくしています。

酒井 逆もそうですよ。男性もまったく家事ができなくて、一人になって途方に暮れる人が多い。これからは家事能力は男女を問わず必要になってきます。ところで、安倍首相は家事をなさるのでしょうか?

安倍 まあ、家事という家事はしないんですが、頂いたものをそのまま置いておくと片付けてくれたり、ゴミを整理して外に出しておいてくれたりします。私は片付けが苦手なもので(笑)。最初は「あれは、どこにやったの!」とか「勝手に片付けないでよ!」などと怒っていたんですが、「一生懸命やってくれたのに悪かったな」と思い、努めて「ありがとう」と言うようになってからは、張り切ってやってくれるようになりました。

酒井 優しいんですね。ご夫婦の仲のよさが伝わってくる話を聞くと、素敵だなと思います。

安倍 お互いに干渉し合わず、好き勝手にやっているのがいいんだと思います(笑)。

酒井 小泉首相が離婚され独身のまま首相でいらしたときも「日本は変わった」と思ったのですが、昭恵さんと安倍首相の、お子さんがいらっしゃらない首相カップルが誕生したときもまた「新しい日本になった」という感じがしました。いろいろな家族の形態というのがあるということを、政治家の方々が示してくださっているような気がしていて、それは私たちにとっても、生きやすい世の中につながっていくのではないかと思います。

安倍 そうですね。「政治家の妻はこうあるべき」とか、「総理夫人はこうあるべき」というものを私は取り払っていきたいと思っているんです。もうちょっとその枠から外れて「何をしても大丈夫なんだよ」と、いろいろなことをやっていけたらいいなと思っています。まあ、そのせいでいろいろと言われてしまうんですが(笑)。

自分の縁があるところで
できる範囲のことを
やるのが使命

酒井 最後に、女性たち、とくに子どものいない女性たちに何かメッセージがあればお願いいたします。

安倍 そうですね。「独身なら独身の人生」「子どもがいないなら子どものいない人生」というのが、今世で神様から与えられたその方の役割なのだと思うんです。その中で自分にとってできることを考えてみられたらよいのではないでしょうか。自分の子どもがいないからといって、次世代に対して無責任になるのではなく、次世代のためにできることがきっとあるはず。もちろん子どもがいる方も、自分の子どものことだけを考えるのではなく、次世代全体のことを考えてみてほしいですね。

酒井 子どもがいてもいなくても、何かしら役割を担っているはず、と。

安倍 そう思いますね。以前、『かみさまとのやくそく』という映画を観たのですが、小さな子どもたちが、映画の中で「どうやって生まれてきたか」ということを鮮明に覚えていて話すんですね。大きいスクリーンの中に女の人たちが映っていて、その中から「この人がいい!」といって自分の母親を選び、「滑り台みたいなものに乗って、ヒューッとママのお腹に入ったんだ」と。そういうことが本当にあるかどうかはわかりませんけれど、人には人生のミッション=使命というものがあると思うんです。

 よく「子は親を選べない」というけれど、決してそうではなくて、子どもはちゃんと親を選んで生まれてきていると思います。ですから私は、残念ながら今世では親として選ばれなかったけれど、「子どもがいなくてもしっかり生きていきなさい」という使命を与えられたのだと思います。

酒井 そのように悟られたのですね。

安倍 はい。そう悟るまでは、「子どもがいないんだから、空いた時間を世の中のために使わなくては」と焦っていたんです。子育てをしている友だちを見ても、キャリアを積んでいる友だちを見ても、自分はどっちつかずに思えて「この先の人生、どうしよう」と、もがいてばかりいました。けれどそれも含めて、ある時期から「神様に託そう」と思うようになりました。そうすると自分ができそうなことや、出会いたい方たちと縁ができるようになっていったんです。

酒井 具体的にいうと、どのような出会いがあったのでしょうか?

安倍 たとえば現在、二つの児童養護施設の後援をやらせていただいているんですね。一つは、主人の地元である下関の「なかべ学院」、もう一つは東京・広尾にある「福田会」です。「福田会」は十年以上前に、片岡鶴太郎さんの展覧会の後にうかがった懇親会で、目の前に座っていた方が福田会の当時の理事長さんだったんです。「一度、見学させてください」と言って施設にうかがって以来、ずっと携わらせていただいています。今は理事長さんも変わり、施設も建て替えられたのですが、残っている子どもたちは「昭恵さん、昭恵さん」と懐いてくれて、本当にかわいいです。公邸にその子たちを招いてバーベキューをしたこともありました。

酒井 私も三十代後半ぐらいになってから、子どもがいない代わりに、「誰かの役に立てたらいいな」とか、「他者の力になれたら」という気持ちが強くなってきました。本の中にも書いているのですが、無理せず、自分にできる支援を続けていけたらと思っています。

安倍 そうですね。無理しないで続けていくことが大切ですよね。自分の縁があるところで何かをやっていくというのがいいのかもしれません。私はミャンマーに学校を建てるなど教育支援をしているのですが、どの国を支援するか考えていたときに主人が「ミャンマーにしたら?」と言ってくれた言葉がきっかけになりました。決めた途端、ミャンマーに関係する方々が、どんどん集まってきてくださって、いろいろなことが一気に動き始めたんです。

酒井 それこそ、昭恵さんの運命であり、使命だったのかもしれませんね。

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安倍昭恵(あべ・あきえ)
1962年東京都生まれ。聖心女子専門学校英語科卒業。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科修了。電通を経て、87年、安倍晋三氏と結婚。2006年および12年、安倍氏の第90代、第96代内閣総理大臣就任に伴い、ファーストレディーに。近著に『「私」を生きる』などがある。

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酒井順子(さかい・じゅんこ)
1966年東京都生まれ。高校在学中より雑誌にコラムを執筆。立教大学社会学部を卒業後、広告代理店に就職。その後執筆業に専念。2004年、『負け犬の遠吠え』で第4回婦人公論文芸賞および第20回講談社エッセイ賞をダブル受賞。著書に『甘党ぶらぶら地図』『ほのエロ記』『下に見る人』など多数。

取材・文|高倉優子 撮影|鈴木愛子

KADOKAWA 本の旅人
2016年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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