156.乙女デュポーン
朝の王宮、食堂の中。
俺は一人で、大量の飯をかっ込んでいた。
巨大な食卓の上に並べられたのは優に五人前はあろうかという量の様々な料理。
肉、魚、野菜、穀物――。
なんでもありな献立だ。
それを俺はひたすら胃袋の中にかっ込み続けている。
普通に消化して、余った分は魔法で消化して魔力にする。
その魔法のおかげで、今の俺は「いくら食べても太らない」という、一部の人間が泣いてうらやましがる体質――じゃないか、能力を持っていた。
とは言え、この魔法の肝は「消化」だ。
消化しきるまでは胃袋の中にとどまっているから、無制限に食べ続けられる訳じゃなかった。
そのための五人前、胃袋に入るギリギリの量だ。
今朝も、その五人前をぺろりと平らげた。
「はわぁ……」
そんな俺の食事を、最初から最後まで給仕をしてくれたエルフメイドのシシリーという子が、上気した顔に吐息を漏らしながら見つめていた。
「どうした、シシリー」
「ご主人様、素敵だって思って」
「素敵?」
「はい! 私、よく食べる人が好きなんです。だからご主人様の給仕係を買って出たんです」
「なるほど。でもこの量だとさすがに見てていやにならないか?」
「そんな事ないです!!」
シシリーは身を乗り出すほどの勢いで力説した。
「ご主人様、最初から最後まですごく綺麗に食べます! すごく物静かですし。食べてる最中も、口のまわりがまったく汚れません。それもすごく素敵です!」
「口のまわり……ああ」
それは意識してなかったな。
軽くふきんで口元を拭いてみると、シシリーのいうとおり食べかすといった汚れがついてなかった。
「ご主人様の給仕係になってよかったです……」
うっとりするシシリー。
めちゃくちゃ嬉しそうだ。
「ごちそうさま。昼も頼むよ」
「はい!」
俺は席を立って、さて街の見回りでもいってこようか――と思ったその時。
部屋の外が騒がしかった。
ただ騒がしいだけじゃなくて、その騒ぎが徐々に近づいてくる。
やがてパン! とドアが乱暴に開け放たれて、数人の女の子がはいってきた。
「だから! あたしはこういうの似合わないっていってるでしょ」
「そんな事ないって、すごく可愛いって」
「からかわないで! 殺すよ?」
「すごまないすごまない。あっ、リアムだ」
女の子の内の一人、アスナが俺に気づいた。
そのアスナと話していたのがデュポーンだが――彼女はフリフリな、少女趣味全開なドレスを着せられている。
「だ、ダーリン……」
こちらは俺に気づいて、恥ずかしそうに身をよじって、顔を赤くして背けてしまった。
「どうしたんだ一体」
俺はアスナに聞いてみた。
「あのね、デュポーンちゃんに着替えをさせてたの」
「着替え」
「ほら、デュポーンちゃんってすごく可愛いじゃない? なのに着てる服全然可愛くないからさ。それで色々着せてみたの」
「へえ……それ、誰が作ったの?」
「私ですよ」
二人の後ろから名乗り出たのはジョディ。
年上らしく――
「リアムくん、その先の事は考えない方が身のためよ」
「う、うん……」
俺は慌てて頷いた。
ヤバいところで思考を読まれてしまった。
「そ、それより。ジョディさん服作れたんですね」
「ええ、ただ作ってるだけじゃなくて、みんなにも教えているわ」
「みんな?」
「この街には素材がいい子がたくさんいるじゃない。なのにみんな変わり映えのない格好をするから」
「ああ……」
言われてみればそうだった。
人狼やエルフなど、確かに素で綺麗な子が多いが、皆が魔物だからか、おしゃれとかする子は少ない。
「なるほど、それを見かねてジョディさんが、って事か」
「ええ」
「そして――」
言いかけて、デュポーンを見る。
「彼女にも着せてみた、と」
ようやく、ことのあらましが理解できた。
俺達が話している間も、デュポーンは恥ずかしそうにしていた。
そんなに恥ずかしがることはないんだけどな。
普通に似合ってて、可愛いし。
「ほらほら、可愛いって言ってあげて」
「え? ああ……」
アスナにせっつかれて、俺はデュポーンの方を向いた。
「デュポーン」
「な、何よ。分かってるわよ、あたしにこういうの似合わないってことは――」
「かわいいよ」
「――ふぇ!?」
デュポーンは素っ頓狂な顔をした。
「い、いま、なんて言ったの?」
「かわいいよって」
「え? ……そ、それって、本当に?」
「ああ」
俺ははっきりと頷いた。
元々思っていた事で、アスナに「口に出して言え」って言われた事もあって、ちゃんということにした。
すると、デュポーンはますます顔を赤くして、もじもじしだした。
「ほら、だからいったでしょう。すごくかわいいって」
「そうよ、ちゃんと可愛いのだから、もっと自信をもつといいわよ」
アスナとジョディもここぞとばかりにデュポーンを褒めちぎった。
「う、うん……」
デュポーンは赤くなりながら、もじもじして、俺に聞いてきた。
「だ、ダーリンはあたしがこういう格好してたら、嬉しい?」
「可愛いのを見るのは嬉しいよ」
「そう……」
嬉しそうにはにかむデュポーン。
まるで乙女のようだ。
俺の言葉でそこまで嬉しくなってくれるのはこっちも嬉しいけど……。
「アスナに言えって言われたの聞いてるよな……?」
それが不思議だった。
アスナに言われた
いや……まいっか。
喜んでくれるんなら、それ以上野暮なツッコミをする必要もないか。
「さあ、デュポーンちゃん。もっと色々着てみようよ」
「う、うん。あたしに似合うの……あるかな」
「あるある。というかなんだって似合うよ」
「ええ。でもなんでも似合う子でも、一番魅力を引き出せる格好ってあるから、色々ためしてみましょう」
「う、うん……わかった」
俺に言われてから、デュポーンは完全に二人のペースにはまっていった。
まあ、見た感じ普通にかわいい格好をさせるだけなんだから、誰かが損する訳でもなし、好きなようにさせよう。
そんな時、ズンズンズンズン――と、地響きかと勘違いしそうな足音とともに、ガイが部屋に入ってきた。
「おお、主よここにいたでござったか」
足音同様、豪快な口調とともに部屋に入ってきたガイ。
すぐさま、デュポーン達に気づく。
「むむ? もしや……竜殿ではござらぬか?」
「え? ええ」
それが何か? って顔をするデュポーン。
「いやはや、見違えたでござるよその格好」
「ふーん」
感心するガイだが、デュポーンは俺に言われたときと違って、まったく興味なさそうな、生返事をした。
俺以外にいわれても嬉しくないってことなのかな、なんて、そんな事を思っていると――事態が急変した。
「こういうのなんでござったかな……そうだ! 馬子にも衣装――」
ガイがポン、と手を叩いた瞬間、デュポーンの姿が消えた。
直後にババババババ――と無数の打撃音がして、気がついたらガイがボコボコになって沈んでいた。
まるでボロ雑巾のようにたたきのめされ、倒れてビクンビクンとけいれんしているガイ。
その横に、デュポーンが冷ややかな目で見下ろしながら立っていた。
「……ふん」
彼女は鼻をならして、不機嫌な様子で立ち去った。
「もう! バカね」
「そのまま少し反省してなさい」
アスナとジョディはそう言い残して、デュポーンの後を追いかけていった。
俺はため息ついて、ガイのそばでしゃがんで、軽く回復魔法をかけてやった。
「今のはお前が悪い」
さすがにそれは俺にも分かる。
というか、馬子にも衣装なんて――こんな使えない言葉を作ったのはだれなんだ? とちょっと呆れながら思った。