寒い時期、やっぱり似合うのは鍋だろう。30年ほど前、外食産業の担当記者だったこともあり、ちゃんこ鍋、しょっつる鍋はもちろん、トマト鍋、カルボナーラ鍋など風変わり鍋の「奉行」を自任してきた。だがネットを検索するうち、たまたま発見したのが「僧兵鍋」だ。武家政権の時代、僧兵を擁した寺社がある滋賀、和歌山、三重県などに存在するらしい。
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まず思い浮かんだのが、僧兵のような丸刈り頭の三重県在住の知人。電話すると「有馬温泉(兵庫県)と並び、かつて関西・中京の奥座敷と呼ばれた菰野(こもの)町の湯の山温泉が面白い取り組みをしていますよ」。2月上旬、数日間の“鍋絶ち”の後、雪の舞う当地へ赴いた。
昨年の伊勢志摩サミットで一躍、脚光を浴びた三重県。ところが鈴鹿山脈の主峰・御在所岳(1212メートル)の東麓で、開泉1300年の歴史を持つ湯の山温泉は、ピーク時に20~30あった旅館・ホテル数が現在11(同温泉協会加入)と衰退が目立つ。そこで改めて浮上したのが僧兵鍋。猪(イノシシ)、鹿、地鶏などのジビエとふんだんな地場野菜、味噌仕立てのダシというスタミナ感が売り物だ。
御在所岳の麓にあった天台宗三嶽寺には戦国時代、武装した300人余りの僧兵がいたという。荒法師の勇気、正義感をたたえ、毎年10月上旬の2日間、僧兵に扮(ふん)した住民等が「火炎みこし」で温泉街を練り歩く勇壮な「僧兵まつり」が繰り広げられる。
老舗旅館、寿亭を訪れ、大橋義信総料理長(60)に僧兵鍋のルーツについて話を聞いた。「三重県は海の幸、山の幸が豊富で牛肉も有名なので、以前は各旅館がそれぞれに僧兵鍋を創作し、魚介類を入れたり、寄せ鍋風・すまし汁風があったりと、具材もダシもバラバラでした」
温泉街の集客に陰りが見えてきた30年ほど前、地元調理師の親睦会で「鍋のコンセプトを統一しよう」との話が持ち上がった。「当初は僧兵も甘酒を飲んだだろうと甘酒ベースの鍋にしたら、甘ったるくて大失敗した」と大橋さん。以来、「野性味がほしい」「僧兵っぽくない」と議論と試行錯誤を重ね、若い調理師の意見も取り込んで、3年ほど前にようやく現在のレシピにたどりついたという。
大橋さんが見せてくれた「僧兵鍋のおきて」という紙を読み、思わず噴き出した。「味噌仕立ての鍋とすること」「猪、鹿、山鳥を使ったスタミナ鍋とすること」「菰野ばんこの鍋や器で食すこと」まではいい。最後は「僧兵鍋を食すとき信長の話はせぬこと」。