143.税金ゼロ宣言
王宮の中、会議の間。
巨大な円卓に、主立ったメンツが集まった。
人間からはアスナ、ジョディ、スカーレット。
魔物側はガイ、クリス、レイナ、アルカード。
これが今この国の首脳陣だ。
会議が進み、レイナが報告をしていた。
「竜石と各種即席麺の安定生産が始まりました。こちらは生産次第順次ご主人様のお兄さんに引き渡して、その都度お金をいただいてます」
「ふむふむ」
「また、話によると人間にとって塩は重要なものらしいです、ご主人様、みんなが塩を作れるようにはできませんか?」
「塩か、分かった魔法を開発しておく。多分そんなには難しくないはずだ」
「塩はいいけど、何から作るの?」
アスナが手を上げて、質問をぶつけてきた。
「そりゃ海水だな。俺がパッと行ってパッと取ってくる。それでいいだろ。アイテムボックスと、契約召喚の俺を使えばなんの問題もない」
「それもリアムの手から離れるようにした方がよくない?」
「私もそう思うわ。国民の生業なら、できるだけリアムくんがタッチしない方がいいと思うの。国王がいちいちお仕事の手伝いをしてたらおかしいでしょう?」
「なるほど……」
ジョディさんの言うことも確かだった。
というか……そんなの見た事ない。
民の仕事をいちいち手伝いする国王……うん、ちょっとあり得ない。
「わかった、じゃあ海水の入手法も、魔法で出来るように考えておく」
「神竜様にお尋ねします」
今度はスカーレットが発言した。
『なんだ?』
俺とのやりとりの時と違って、ラードーンは若干冷たい口調で返事をする。
それは前からで、理由を聞くと「お前以外の人間には特に興味も無い」という返事が返ってきた。
思えば最初からそうだった、俺に興味をもって憑依してきたんだから。
「なんだ? って言ってる」
「この約束の地に塩水湖、あるいは岩塩が多量に採掘されそうな地層はありませんか」
『ふむ』
スカーレットの問いに、ラードーンは少しだけ口調が和らいだ。
『この街から南西に少し行ったところにあったような気がする』
「あったようなって、なんで?」
『そこにいつも野性の牛やひつじが集まっていたからだ』
「牛とひつじが集まっていた?」
それが理由になる理由が分からなかった――が。
「なるほど、それなら可能性は高そうですね」
俺がラードーンとのやりとりを、断片的にしか聞こえていないスカーレットは深く頷いた。
「どういう事なんだスカーレット」
「牛やひつじは特に岩塩をなめるのが好きです。乳牛などは、岩塩と水だけで乳を出せると言われているくらいです」
「そうなのか」
『ふふ、知らない事がまだまだ多いなあ』
ラードーンは一転、楽しげな口調でそう言った。
「神竜様、その場所を後ほど詳しく教えていただけませんでしょうか。まずは調査致します」
『よかろう。後でリアムネットの中に場所を記しておく』
「後でネットの中に場所を書くって」
「ありがとうございます」
スカーレットは深々と俺=ラードーンに頭を下げた。
元々この地に俺を連れて来たのはスカーレットだし、ラードーンの事を今でも神竜って呼んでるしで、彼女がこの街――この国で一番ラードーンに敬意を払っている。
会議は滞りなく進んでいった。
報告や討論など続いたが、俺の手から離れた案件も多く、またみんながものすごく優秀だったから、俺が口を挟む余地はほとんどない。
暇になった俺は、会議を半分くらい聞き流しながら、魔法のイメージ・開発をしていた。
岩塩次第でいらなくなるかもしれないが、ファミリアで使い魔契約した者達が、海水から塩を抽出出来るような魔法を考えた。
熱を加えて、火をおこして煮つめるのと同じやり方と
水と塩を分離して、塩を取る魔術的な方法。
この両方を考えた。
火をおこすやり方はものすごく簡単だ。
一方で水と塩の分離はかなり高度なものだ。
魔法を覚えた最初の頃、水の精霊――下級精霊でさえそれは難しいと言っていた。
使い魔達にも出来る魔法を考えると、若干難しい。
とは言え、煮詰める方法もなぁ。
煮詰めるやり方だと、間違いなく焦がしてしまう。
焦げてしまったら売り物にならない。
火力の調整をもっと細かく出来るようにするか。でもそれだと魔法を使うのと、使う人の経験と熟練度に依存しちゃうな。
うーん、どうしたもんか。
『風はどうだ?』
「風?」
俺が発言すると皆は一斉にこっちを見たが、ラードーンとの会話だってジェスチャーすると、スルーして会議を続けた。
「風って、どういうことだ?」
『見た事ないのか? 風に吹かれて水が蒸発していくのを』
「ああ……あるなあ」
そうか、そういえば風もあるか。
「――っ!」
『どうした』
「……」
俺は無言で、魔力を集めた。
そしてその魔力を具現化させた。
まるで、木の枝のように。
円卓の上に、俺の魔力でできた半透明の紙のようなものができた。
俺はアイテムボックスを呼び出し、塩を一つまみとりだして、紙に振りかけた。
紙は枝に付着した。
そして――枝の魔力を解く。
魔力の物質化は難しく、逆に解くのはものすごく簡単だ。
魔力の紙がなくなった後、付着していた塩はパラパラと円卓の上に落ちてきた。
「よし」
『なるほど、それの上に海水をかけて、風で乾かしてから解除する、ということか』
「ああ」
『よく思いついたものだな』
「子供の頃、外で遊んで泥水に突っ込むことがよくあるんだ。濡れてる時はどうしようもないけど、乾いたらはたけば結構落ちるってのを思い出してさ」
『ふふっ、なるほど。それを魔法に応用するとは、やはりお前は面白いな』
ラードーンは楽しそうに俺を褒めた。
大枠はこんな感じでいいだろう。
後は実際に海水を使うとなった場合に、細かいところを微調整していけばいい。
その微調整についても、考えようとした、その時。
「ご主人様、ちょっといいですか?」
「うん? どうしたレイナ」
「一つお聞きするのを忘れていた事があります」
「なんだ?」
「竜石と即席麺の売り上げの分配と、税金の事です」
「税金……」
「いくら取りますか?」
「いいんじゃない、別に」
「え?」
「だって、この国の運営に金かかってないし。魔晶石の分で事足りるし、税金なんて取る必要ないだろ」
「では、本当に無しで?」
「ああ」
俺は深く頷いた。
必要もないのに取る必要もない、そう思っただけなのだが。
「さすがです主様」
「うん?」
「租税のない国……歴史を紐解いても、1000年前に一つ存在したのみです。それが出来るとは……さすが主様でございます」
『ザラムの事だな。豊富な鉱石で潤ったがために税収はいらなかった小国だ』
「へえ」
そんなのがあったんだ。
「主様はやはりすごいです!」
スカーレットがそういい、会議に集まった他の皆も、感動した目で俺を見つめてしまうのだった。