出資金の返済遅延が発生している融資型クラウドファンディング(ソーシャルレンディング)の元事業者、「エーアイトラスト株式会社(現AI株式会社)」に対して、都内勤務の男性会社員が起こした本人訴訟において、東京地裁は原告の主張の大部分を認める判断を下しました。
今回の記事では、入手した判決文から双方の主張や争点、及び裁判所の下した判決について紹介していくことにします。
判決の主文
まず結論から紹介します。
東京地裁は2020年11月24日付けで、本件(出資金返還請求)に対して、以下の判決を出しました。
*以下、原告は都内勤務の男性会社員、被告はエーアイトラスト株式会社(現AI株式会社)を指します。
1.被告は原告に対し、60万円及びこれに対する令和元年11月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2.原告のその余の請求を棄却する。
3.訴訟費用は被告の負担とする。
4.この判決は仮に執行することができる。
以下でも紹介しますが、原告はトラストレンディングの6案件に対し、合計で60万円を出資しています。
今回の地裁判決はその全額に対しての返還請求を認めるもので、かつ仮執行宣言(例え今回の判決が控訴される場合でも、判決が確定する前にその判決に基づいた仮強制執行をする決定)が付いています。
実関関係
原告が出資を行った案件は以下の通り、6案件に対し合計60万円です。
- 債券担保付きローンファンド106号 10万円
- 債券担保付きローンファンド107号 10万円
- 債券担保付きローンファンド118号 10万円
- 債券担保付きローンファンド119号 10万円
- Trust Lendingセレクトファンド120号 10万円
- 債券担保付きローンファンド123号 10万円
各ファンドについて、募集時には以下のような概要の表示が行われていました。
- 借入人は東京都内の建設会社で、高速道路等のインフラ事業を行っている。
- 今回の工事は国土交通省及びNEXCOを発注者とし、借入人が元請け会社を経由して受注しているもの。
- 資金使途は、受注した工事の準備費用(材料費、労務費、外注費等)。
- 借入人の工事請負代金の債権が担保(譲渡担保)。
しかしその後、以下のような出来事が起きました。
- 平成31年2月22日、証券取引等監視委員会(以下、SESC)は、借入人について、工事の発注を受けた事実がないこと等を理由として、行政処分勧告を行った。
- これに基づいて関東財務局は、平成31年3月8日に被告に対し、第二種金融商品取引業者の登録を取り消す等の行政処分を行った。
このような状況に際して、被告及び原告は以下の行動を起こしました。
- 被告の行動(エーアイトラスト株式会社(現AI株式会社):
平成31年2月、東京地方裁判所に対し、借入人及び元請業者を被告とした共同不法行為による損害賠償請求を提起し、16億4000万円及び遅延損害金の支払を求めた。
- 原告の行動(都内勤務の男性会社員):
平成31年3月に東京簡易裁判所へ少額訴訟で提訴し、上記の匿名組合契約を取り消す意思表示を行った。
以上が背景の事実情報になります。
次に、それぞれの主張と争点について紹介します。
争点
原告、被告の主張による争点は以下の通りです。
(双方の主張を引用し、概略としています)
(原告の主張)
- 各ファンドの募集において、借入人が今回の工事を受注しているとの表示をしていたが、実際には受注の事実はなかった。
- 今回の工事の請負契約の存在は、各ファンドの根幹に関わるものである。原告は今回の工事を受注している事など、ファンドの説明を信じて契約を締結したものであり、受注の事実がなければ契約の申し込みはあり得なかった。
- 実際に受注の事実がなかったのに、受注しているとの表示をしていることは、消費者契約法第4条における「重要事項について事実と異なることを告げること」に相当する。
- よって消費者契約法第4条、及び民法96条(詐欺又は強迫)により契約の取り消しは可能であり、出資金の返還を求めることができる。
(被告の主張)
- 被告は今回の工事における請負契約書や印鑑証明を確認した上で募集を行っており、少なくとも募集の際には請負契約は成立していたと認められるべきで、事実と異なることを告げたことはない。
- ホームページの表示においても、「上記資料は当社がその正確性や真偽を保証するものではない」旨を明記している。
- 今回の工事については、募集後に請負契約が変更、解除される可能性もあり、借入人の返済原資は今回の工事に関する利益には限定されない。そのため返済は借入人の経営状況や信用状況などに依存するものであり、ファンドへの出資者はこれらの状況を総合した上で投資判断に至ったものである。
- このため今回の工事の請負契約の存在は、消費者契約法における重要事項に該当しない。また被告は上記の通り、今回の工事が存在する証拠を確認した上で募集をしたものであるから、被告側に投資家を騙す意図はなかったので、民法96条にも該当しない。
まとめると、今回の争点は
①消費者契約法第4条による、契約取り消しの可否について
②消費者契約法第4条による、重要事項に該当するか否かについて
③民法96条(詐欺)による契約取り消しの可否について
となります。
裁判所の判断
この訴えに対し、令和2年11月24日、東京地方裁判所は以下の判断を下しました。
①消費者契約法第4条による、契約取り消しの可否について
- 被告は本件ファンドの募集時点において、今回の工事の請負契約の存在が認められるべきと主張する。
- しかし被告は、借入人が今回の工事の発注を受けた事実がない等を理由として、第二種金融商品取引業の取消という重大な処分を受けている。
- また、被告自身も別件では請負契約が当初から存在しないことを認めており、それを前提に借入人等への訴訟を提起している。
- さらに、借入人等も請負契約の存在を主張していない。
→これより被告は、今回のファンド募集において、今回の工事の請負契約に関して事実と異なることを告げたと認められる。
また被告の「返済は借入人の経営状況や信用状況などに依存するものであり、ファンドへの出資者はこれらの状況を総合した上で投資判断に至ったもの」という主張は、独自の主張であり認められるものではない。
②消費者契約法第4条による、重要事項に該当するか否かについて
- ファンドの貸付先が今回の工事を受注していること、借入金の使途は工事関連費用であり、返済原資が工事代金であることは、ファンドの中核的内容である。
- ゆえに投資家にとっては、請負契約が存在することは当然の前提であり、その上で他の条件も含め投資判断をするのが通常なので、請負契約の有無は消費者契約法における重要事項に該当すると見なされる。
- 請負契約の存在は投資判断の基礎であるから、投資家がこの点を考慮せず、もしくは誤った理解により出資するとは考えられず、原告は請負契約が存在すると誤認したことで契約を行ったと認められる。
→よって本件は、消費者契約法第4条による重要事項に該当し、同法により契約を取り消すことができる。
③民法96条(詐欺)による契約取り消しの可否について
- 被告が本件ファンドの募集時点で、今回の工事に関する請負契約が存在しない、と認識していたとする十分な証拠はない。
→よって本件は、民法96条による欺罔(詐欺)行為に当たるとまでは言えない。
裁判所は今回の案件につき、民法による詐欺行為については「認めるに足りる十分な証拠がない」と判断しましたが、消費者契約法の重要事実に当たると判断し、同法により契約の取消しと出資金の返還を命じました。
まとめ
今回の判決について、原告の男性は以下のように述べています。
「エーアイ社の主張は、本人訴訟でも勝訴出来る余地は十分にあった。控訴される可能性もあるが、早く平穏な生活に戻れるよう戦い抜きたい」
ソーシャルレンディングにおいては、本件以外にもいくつかの訴訟が起こされていますが、本件は弁護士を立てない「本人訴訟」であったことが大きな特徴です。
今回の判決が他の訴訟に与える影響、そして他の訴訟がどのような結果となるか、一連の事件の決着の行方については、注視する必要があるでしょう。
一方で一連の事件は、ソーシャルレンディングの初期に起きたものであり、現在の環境はこの頃とは様変わりしているというのも重要な事実です。
現在のソーシャルレンディング(融資型クラウドファンディング)は、多くの案件で貸付先が実名化され、案件によってはその財務情報も開示されるなど、透明化が進んでいます。
また上場企業やその関係会社が、クラウドファンディングの運営者や貸付先になっている他、中には債務保証が付いた案件もあるなど、安全性が高まっているとみられます。
融資型だけではなく不動産投資型、株式投資型なども含め、クラウドファンディングが企業にとって新たな資金調達の方法として定着しつつある中、これからどのように発展していくかに注目が集まります。