九份の提灯は、二人を繋ぐ糸を赤く染め、僕らを再び出会わせた。
僕は、この運命すぎる再会に身体中の鳥肌を総動員させて骨の髄まで震わせたもんだが、
彼女はこのマンモス級の運命にも無自覚で、
「美味しいスイーツ、アルヨ」と僕の手を引いた。
彼女が連れてきてくれたのは、賢崎路の急な階段の途中にあった『阿柑姨芋円(アカンイウエンテン)』という関西弁(アカン言うてんねん!)みたいな名前のお店。
地元では名の知れた甘味屋さんらしく、
彼女は、「九份に来たならば、ココに寄らないとクソよ。そんな奴は、くたばればイイヨ」と言った。
▲【住所】NO.5,Shuqi Rd Ruifang Distorict,New Taipei City, 台湾224
この店の看板メニュー『芋圓(ユーユェン)』は、かき氷の上にタロイモの団子を載せたスイーツで、日本の『ぜんざい』のようなイメージ。

一口食べてみると、なるほど彼女の言うとおり。
九份に来ておきながら、ココに寄らない奴はクソで、くたばった方がイイのである。
かき氷の上にドッサリと載った小粒の芋団子(マンゴーのように見える黄色いやつも、芋。たぶん、サツマイモ)はモッチモチでプルンプルン。
噛めば跳ね返ってくるこの弾力は、もはやエンターテイメント。
全体的に甘さは控えめで、小豆とイモ本来の自然な甘さが際立っている。
トッピングで練乳もつけられるが、練乳ナシでも十分甘い。
かき氷の上にのせる具(イモや豆など)は、「あたたか~い」と「つめた~い」のどちらかを選ぶことができる。個人的には「あたたか~い」の方が好き。
量が結構あるので、友達やカップルと行かれる際は二人で1個でも十分だと思う。
店の奥には、九份の海側の景色を見下ろすことができる飲食スペースがある(昼間も見たかった!)。
中には、メニューを注文せず、ここからの景色を見るためだけに、この飲食スペースに来ていた人もいた。
トイレもあるので、九份で膀胱が破裂しそうになったら、ここに駆け込んでみるといいかも。
芋圓を食べながら、彼女が「ニシノは日本で何の仕事をシテル?」と訊いてきたので、
僕は「コメディアンだよ」と言った。
今、考えると、それがいけなかったのだ。
直後、彼女が言った言葉に耳を疑った。
「え~、コメディアンしてるの? 今度、フィアンセと日本に行った時に、ニシノのLIVE行きたいヨ」
――婚約していたんだ。
どうして気がつかなかったんだろう。
彼女の左手の薬指には婚約指輪が輝いていた。
正直に白状すると、
僕は「もしかしたら彼女は僕に好意を持っているのでは?」と思っていた。
全然、違うじゃないか。
彼女には婚約者がいて、
僕と彼女は、
「たまたま九份で再会した」
ただ、それだけの関係だった。
一人で舞い上がって何してんだよ。
まるでバカみたいじゃないか。

彼女は九份の夜景を見下ろしながら、フィアンセとの未来を語っていた。
霧がかかり、提灯の赤色が滲みだして、九份は、また一段と幻想的な雰囲気に包まれていた。
まるで夢の中にいるようで、
夢だったらいいのに、と思った。
ただ、涙は出なかった。
僕の幸せは、彼女が幸せであることで、
彼女の幸せは、フィアンセと一緒にいることだ。
僕は「お幸せに」と言うと、彼女はニッコリと笑った。
これでいい。これでいいんだ。

帰りも彼女と一緒だった。
台北行きのタクシーは長蛇の列で、バスの時間も読めない。
そんな時に、『相乗りワゴン』の客引きのオジサンが声をかけてきて、
彼女が「面白そうだし、乗っちゃおうヨ」と言ったのだ。
他の観光客との相乗り(7~8人)で、台北までは、日本円にして一人2000円ほどだったと思う。
日本人観光客もいて、90年代J-POPのイントロクイズ合戦で盛り上がった。
彼女が「ワカラナイヨー!」と叫ぶたびに、皆が笑った。
それが彼女との最後の思い出だ。
一人になった僕は夜市に行った。
地下鉄の「松山」という駅のすぐそばにあった饒河街(じょうががい)夜市。
夜10時を過ぎていたが、大変な賑わい。
聞けば、深夜1時頃まで、この調子だという。
夜市は『臭豆腐』の匂いで充満していた。
名前に『臭』が入っているのはダテじゃない。とにかく臭いのだ。
しかし、この『臭豆腐』こそが台北夜市名物というじゃないか。

喜劇王チャールズ・チャップリンがこんな言葉を残している。
「人生は、クローズアップで見ると悲劇、ロングショットで見ると喜劇」
つまり、その時、その瞬間ツライことも、後になって振り返った時に笑える、ということだ。
たしかに、旅はツライ経験の方が、笑える思い出として残る。
となると、「NO 臭豆腐、NO 夜市」である。
ここで引き下がるわけにはいかない。

ニオイはさておき、味はイケた。
むしろ、食べれば食べるほどクセになってくる。
いや、これはウマイぞ。
『臭豆腐』に対する警戒心は、すっかり取れて、今日一日のことを思い返しながら、
コンビニで買った台湾ビールを口に流し込んだ次の瞬間、
涙がポロポロと溢れてきた。
泣きながら、臭豆腐を食べ続けた。
一人になって、分かった。
「お幸せに」なんて嘘っぱちだ。
恥を隠すために、無理矢理作り出した感情だ。
僕は彼女のことが、こんなにも好きで、ずっと自分の隣にいて欲しいと思っていた。
フィアンセから奪いたい、とも思っていた。
でも、言えなかった。言えるわけがなかった。
フィアンセのことを語る彼女の横顔が、あまりにも綺麗だったから。
だけど、気持ちだけでも伝えるべきだった。
あの九份の甘味屋で、気持ちだけでも伝えていれば、
今、こうして涙することもなかっただろう。
夜市のド真ん中で泣きながら臭豆腐を食べるなんて、あまりにもみっともないじゃないか。
そう考えると、いてもたってもいられなくなって、
今さら、しかも、こんな場所から、
この声が彼女に届くはずもないのに、
それでも彼女に届くように、
僕は覚えたての中国語で、
「チン ゲイ ウォーファー ピャオ!(ずっと、あなたのことが好きでした!!)」
と涙声で叫んだ。
その言葉が、「領収証ください」という意味だと知ったのは二日後の話だ。
《SNSで感想を呟いてくださいな。連日、鬼のようなエゴサーチをしております。》
僕は、この運命すぎる再会に身体中の鳥肌を総動員させて骨の髄まで震わせたもんだが、
彼女はこのマンモス級の運命にも無自覚で、
「美味しいスイーツ、アルヨ」と僕の手を引いた。
彼女が連れてきてくれたのは、賢崎路の急な階段の途中にあった『阿柑姨芋円(アカンイウエンテン)』という関西弁(アカン言うてんねん!)みたいな名前のお店。
地元では名の知れた甘味屋さんらしく、
彼女は、「九份に来たならば、ココに寄らないとクソよ。そんな奴は、くたばればイイヨ」と言った。
▲【住所】NO.5,Shuqi Rd Ruifang Distorict,New Taipei City, 台湾224
この店の看板メニュー『芋圓(ユーユェン)』は、かき氷の上にタロイモの団子を載せたスイーツで、日本の『ぜんざい』のようなイメージ。
一口食べてみると、なるほど彼女の言うとおり。
九份に来ておきながら、ココに寄らない奴はクソで、くたばった方がイイのである。
かき氷の上にドッサリと載った小粒の芋団子(マンゴーのように見える黄色いやつも、芋。たぶん、サツマイモ)はモッチモチでプルンプルン。
噛めば跳ね返ってくるこの弾力は、もはやエンターテイメント。
全体的に甘さは控えめで、小豆とイモ本来の自然な甘さが際立っている。
トッピングで練乳もつけられるが、練乳ナシでも十分甘い。
かき氷の上にのせる具(イモや豆など)は、「あたたか~い」と「つめた~い」のどちらかを選ぶことができる。個人的には「あたたか~い」の方が好き。
量が結構あるので、友達やカップルと行かれる際は二人で1個でも十分だと思う。
店の奥には、九份の海側の景色を見下ろすことができる飲食スペースがある(昼間も見たかった!)。
中には、メニューを注文せず、ここからの景色を見るためだけに、この飲食スペースに来ていた人もいた。
トイレもあるので、九份で膀胱が破裂しそうになったら、ここに駆け込んでみるといいかも。
芋圓を食べながら、彼女が「ニシノは日本で何の仕事をシテル?」と訊いてきたので、
僕は「コメディアンだよ」と言った。
今、考えると、それがいけなかったのだ。
直後、彼女が言った言葉に耳を疑った。
「え~、コメディアンしてるの? 今度、フィアンセと日本に行った時に、ニシノのLIVE行きたいヨ」
――婚約していたんだ。
どうして気がつかなかったんだろう。
彼女の左手の薬指には婚約指輪が輝いていた。
正直に白状すると、
僕は「もしかしたら彼女は僕に好意を持っているのでは?」と思っていた。
全然、違うじゃないか。
彼女には婚約者がいて、
僕と彼女は、
「たまたま九份で再会した」
ただ、それだけの関係だった。
一人で舞い上がって何してんだよ。
まるでバカみたいじゃないか。
彼女は九份の夜景を見下ろしながら、フィアンセとの未来を語っていた。
霧がかかり、提灯の赤色が滲みだして、九份は、また一段と幻想的な雰囲気に包まれていた。
まるで夢の中にいるようで、
夢だったらいいのに、と思った。
ただ、涙は出なかった。
僕の幸せは、彼女が幸せであることで、
彼女の幸せは、フィアンセと一緒にいることだ。
僕は「お幸せに」と言うと、彼女はニッコリと笑った。
これでいい。これでいいんだ。
帰りも彼女と一緒だった。
台北行きのタクシーは長蛇の列で、バスの時間も読めない。
そんな時に、『相乗りワゴン』の客引きのオジサンが声をかけてきて、
彼女が「面白そうだし、乗っちゃおうヨ」と言ったのだ。
他の観光客との相乗り(7~8人)で、台北までは、日本円にして一人2000円ほどだったと思う。
日本人観光客もいて、90年代J-POPのイントロクイズ合戦で盛り上がった。
彼女が「ワカラナイヨー!」と叫ぶたびに、皆が笑った。
それが彼女との最後の思い出だ。
一人になった僕は夜市に行った。
地下鉄の「松山」という駅のすぐそばにあった饒河街(じょうががい)夜市。
夜10時を過ぎていたが、大変な賑わい。
聞けば、深夜1時頃まで、この調子だという。
夜市は『臭豆腐』の匂いで充満していた。
名前に『臭』が入っているのはダテじゃない。とにかく臭いのだ。
しかし、この『臭豆腐』こそが台北夜市名物というじゃないか。
喜劇王チャールズ・チャップリンがこんな言葉を残している。
「人生は、クローズアップで見ると悲劇、ロングショットで見ると喜劇」
つまり、その時、その瞬間ツライことも、後になって振り返った時に笑える、ということだ。
たしかに、旅はツライ経験の方が、笑える思い出として残る。
となると、「NO 臭豆腐、NO 夜市」である。
ここで引き下がるわけにはいかない。
ニオイはさておき、味はイケた。
むしろ、食べれば食べるほどクセになってくる。
いや、これはウマイぞ。
『臭豆腐』に対する警戒心は、すっかり取れて、今日一日のことを思い返しながら、
コンビニで買った台湾ビールを口に流し込んだ次の瞬間、
涙がポロポロと溢れてきた。
泣きながら、臭豆腐を食べ続けた。
一人になって、分かった。
「お幸せに」なんて嘘っぱちだ。
恥を隠すために、無理矢理作り出した感情だ。
僕は彼女のことが、こんなにも好きで、ずっと自分の隣にいて欲しいと思っていた。
フィアンセから奪いたい、とも思っていた。
でも、言えなかった。言えるわけがなかった。
フィアンセのことを語る彼女の横顔が、あまりにも綺麗だったから。
だけど、気持ちだけでも伝えるべきだった。
あの九份の甘味屋で、気持ちだけでも伝えていれば、
今、こうして涙することもなかっただろう。
夜市のド真ん中で泣きながら臭豆腐を食べるなんて、あまりにもみっともないじゃないか。
そう考えると、いてもたってもいられなくなって、
今さら、しかも、こんな場所から、
この声が彼女に届くはずもないのに、
それでも彼女に届くように、
僕は覚えたての中国語で、
「チン ゲイ ウォーファー ピャオ!(ずっと、あなたのことが好きでした!!)」
と涙声で叫んだ。
その言葉が、「領収証ください」という意味だと知ったのは二日後の話だ。
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