八雲紫が死んだ時、私はその亡骸を犯した。というより、私が紫を犯した時、紫の身体からは生体的な反応が失われていた、というほうが正しい。
夜の闇の中に、布団と二つの肉体が、奇妙に浮かび上がっている。二人とも裸身で、汗に濡れていた。肌に当たる空気は冷たい。
紫と肌を重ねるのは何のためか、私は覚えていなかった。忘れるほど前から、私が幼い頃から、重ねていた行為だった。私には抗う自由意志さえなかった。そのことを不幸だと思ったこともない。
行為が行われている間は、何もかもが過ぎ去っていくようだった。熱を持って交わっている肉体とは別のところで、私はどこか冷めて、その行為を見つめている。異物感もなく、違和感もなく、ただひたすらに安らかで、その安らかさこそが不確定な私自身を浮き彫りにさせた。紫と身体を重ねる安らかさというのは、紫が私の肉体を全て識っているように扱い、また、霊夢が私にしたいと思うとき、その思考も全て識っているように受け入れることだった。紫が私を愛撫して気を遣らせるとき、言葉と行為は私の快感にぴったりと寄り添って不快を味わうことはなかったし、私が紫に奉仕をするとき、私は完璧な満足感を味わうことができた。自分の指先で紫を心地よくさせることができたからだ。紫の感情に寄り添うこと以上に、心地よいことは存在しない。自分の意志で行えているという自負があるから、尚更。
紫が完璧であればあるほど、どこかに寂寥が付きまとった。紫は境界を操ることができるから、色んなことができる。その気になれば私の身体に指一つ触れずに絶頂に導くことだってできるだろう。それに、私は、子供が大人に感じるような絶対感を、紫に持っていた。境界を操る能力がなくても、私が紫に感じている劣等感は、絶対になくならなかっただろう。私はまだ幼かったし、何より、紫は絶対的な能力の持ち主だった。
踵に僅かな冷たさを感じている。寝乱れた夜具がそのままになっている。紫と私の身体の端が、まだらに夜気に触れている。身体の中心には未だ熱がある。珍しいこともあるものだと私は思った。紫が先に寝てしまっていることも、珍しいことの一つだった。紫の寝顔を、私は見たことがない。いつも疲れて先に眠るのは私のほうで、朝になると紫はどこかへ消えてしまっているからだ。隙のある紫、無防備な寝姿を見せる紫。私の知らない紫の姿。眠れる森の美女のような、清廉なイメージは、紫には重ならない。私の知っている紫は、錘で指先を傷付けただけで眠りにつくような、眠りに落ちてただ王子様が来るのを待っているような、柔な奴なんかじゃない。そもそも、紫がお姫様なんて柄じゃない。紫に似合うのは、醜い老いを美しく装い、自分で何でもやり遂げてしまう女王様か魔女のような役柄だ。
八雲紫に、静かな眠りは似合わない。無垢な処女性を示すのは、異常ささえ感じる。不意に、私は、自らの中に残る熱の温度に気が付いた。というより、温度こそが、私を突き動かしたという方が正しい。私の身体が動いてから、私はその動きをもたらしたもの、自らの熱、分泌される秘所の湿りに気付いた。布団の中で、膝と手のひらをついて、体重がかからないように、紫の上に乗った。ごく近くで紫の寝顔を見つめても、何の反応もなかった。むしろ、紫が静かで、隙だらけで、反応のない姿であればあるほど、私は昂ぶった。これまで、紫の手のひらの上で転がされていなかったことなどないのだ……この眠りが、紫の何かの策略で、それに後で気付いたとしても、今この昂ぶりを止める理由にはならない。私は手を伸ばし、紫の額に触れた。髪に触れ、頬に触れた時、違和感に気付いた。昂ぶりを止める理由にはならない。そのまま、口付けた。違和感はますます、私を勢い付かせた……触れる唇は全くの無反応で、そのことにさえ昂奮した。紫は息をしていない。頬に触れる温度は暖かく、唇は柔らかい。だけど息がない。紫は死んでいた。何の前触れもなく、紫は息絶えていた。
あ、と色づいた吐息が漏れた。自らの中に在る性的快感が抑え切れず、口の中からこぼれた。紫が死んでいる、と気付いた時、私の中で、どうしようもない快楽の一線を超えてしまった。何かのスイッチが入ってしまった。死体に触れる罪悪感や恐怖感なんて突き抜けてしまうほど、巨大な感情が隆起するのを感じている。
愛おしいひと、だけど、私にとって紫はずっと大きいひとで、いつも私は紫の手のひらの中だった。私が紫を包み込むことは絶対にできなかった。いま、八雲紫は無垢な死顔を晒して、私の前にいる。絶対に目覚めることのない、どこかへ行ってしまうことのない、まるで母親の子宮の中で眠る胎児のごとくに、目の前にいる。脳髄が痺れ、脊椎は震えた。紫を自儘にできる感動が、爪先から脳天、髪の先に至るまでに充ち満ちた。どこまでもエゴイスティックで、ナルシスティックな情動に違いない。だけど、私はこれまでにない快楽に打ち震えていたのだ。
寒い、と文句を言われることもないのだから、私は布団をはね除けてしまった。自分勝手に振る舞うことで、八雲紫の肢体は自らの支配下にあるのだ、という感覚が、身体の中で、快感とともに肥大した。私は誰憚ることなく、紫に触れた。かつておずおずと、恥ずかしげに、紫の視線に羞恥を感じながら求めていた頃のことなど忘れたように、触れることへの畏れはすでにない。私の中に宿る、神のごとき全能感がそうさせている。頬に触れる指には繊細さの欠片もなく、遠慮する余裕もない。頬を掌で挟み込むと、紫の身体は暖かかった。熱いほどだった。生ける肉人形のように、熱を持ち、反応は存在しなかった。唇を紫の唇に押しつけ、意地汚くむしゃぶりつき舐め回し、股を太股に押しつけたとき、私の陰唇は音を立てるほどにしずくをこぼしていた。喉が渇いて仕方なく、唾液で唇を湿らせながら、自分の欲望をぶつけた。紫を求めてはいなかった。自分の欲望と姦していた。一人でする時よりも余程、死体の紫を犯している方が昂ぶった。昂ぶるたび、陰部に触れることなく達して、紫の太股が私の愛液で濡れた。死体を犯していることで、私の身体は反応した。普段ならはね除けられるほど乱暴に紫の乳を鷲掴みにしても拒まれないことが、私をより昂奮させた。乳房の中に、指が食い込み、指に痛いほどの感触が返ってくる。指の中で、紫の乳の形が変わるほど、思うままに揉みしだいた。紫の身体を自由にしている、紫の身体を蹂躙している、と思うたび、脳はますます官能に痺れて、股はぼとぼとに濡れるのだった。これがもし、自分の手で紫を殺してしまったのだったら、どんなに良かっただろう、と思う。できるはずがない。できるはずがないことが、目の前で現実になっていることに、快楽を覚えている。自身の濡れた股に触れて、液体を紫の陰部に押しつけた。次々に濡れる膣に指を突っ込んで、指先を濡らして、紫の膣に擦り付けた。私は紫の身体から身体を離し、股を開かせた。
紫の女の部分が、つつじの花のように開いている。眠る顔は子供のように、そうでなければ聖者のように無垢なのに、下半身はどこまでも淫蕩に開かれている。誰彼なしに受け入れる淫乱の顔を、私に見せつけている。私にはつつじの花弁が、燃え盛る炎のように見えた。紫の女そのものが、私を受け入れようと開いている。
開いた性器に、私自身の性器を押しつけたとき、私は一際大きく、官能の吐息を漏らした。何かを吹っ切ったような達成感が脳の中に溢れて、情動のままに押しつけて快楽を貪った。
湿った音が部屋の中に響いた。昂奮は最高潮に達しながら、声を発することは無かった。荒い息遣いと、湿った音ばかりが部屋に響いた。濡れているのは私の陰部ばかりで、紫の身体が反応することは遂になかった。片足を上げさせて、その間に入るようにして、腰を押し出して陰部をぶつけるように擦りつけるたび、脳髄に烈しい快楽が走った。快楽を求めるたび、かくかくと腰は快楽に引かれて前後し、ますます濡れて、音は大きくなるばかりだった。キスがしたくなって、紫に顔を寄せた。はしたない獣のような姿をしているのは私ばかりで、紫は眠った胎児のような寝顔のままだった。紫の手と指を絡め、頬を撫でると、頬も手も愛液で汚れた。私は紫を汚している。他の誰にもできないことだ、という思いばかりが、私の中で充満した。腰は浅ましく快楽を求めるばかりで、紫の舌を求めて舌を絡めていた。紫の全ては私のものになったのだ、という、歪んだものが私の中に満ちた。
やがて、体力の限界が訪れて、何度達したのか分からないほど、濡れに濡れた身体を横たえた。冷たさが身体の中に這い上ってきて、私は布団を被った。隣にいる紫の身体にも、私は生きている時にしたことがないほど優しく、布団をかけた。紫は何かを考えることはない。動くこともなければ、何かを感じることもない。紫に向けていた愛情が、そのままそこに横たわっているようだった。紫と身体は別のもので、私は私のまま、紫に支配されることなく、愛することができるのだ。他の誰かに向かうことはなく、紫を、私のままで。私は、紫を超えることは考えられなかった。
これは夢だと私は思った。私は醒めない夢の中にいるのだ。私は紫によって作られたようなものだから、紫がいなくなれば、私は夢の中へと還るのだ、と。紫がいなくなれば? 紫が死んだ時、そのほかのことがどうなるのかなんて、考えもしなかった。
目が覚めたら、と私は思った。
目が覚めたら、アリスに紫の人形を作ってもらおう。犯す為の人形を。
肉と血でできた、暖かい人形を。
取り返しのつかなさがいいよね
冷たいだけかと思ったけれどそこの感情から霊夢の気持ちが読み取れて良かったです