9話: 私をモールに連れてって
※この物語はフィクションです。実在の人物や団体、法律などとは関係ありません。
1限目はそのまま橘先生の古典の授業。
チーナにとってはもちろん無理ゲー。
そのため、先生がチーナに特別に頻出単語(現代語)のプリントを作ってくれていたようで、今彼女はその紙と奮闘している。
チラッと見てみると、日常でよく使う単語の横に、ロシア語で対応する単語が書いてある。
すごく丁寧に作ってある。結構苦労しただろう。
ただ、やはり翻訳機に頼ったようで、ところどころ若干意味合いの違う語句が対応させられてたりするので、授業の合間に見つけたところは指摘してやる。
そんなこんなで授業が終わり、10分休憩。
『ねぇヨリ、ここ教えて』
その途端、チーナが俺の席に自分の机を寄せ、色々と聞いてくる。
いくら許可を貰ったとはいえ、やはり授業中では遠慮があったのだろう。
特に日本の授業は、生徒の活気が他国に比べて低いと言われている。
要は静かなのだ。
そんな雰囲気では、俺に尋ね難いはずだ。
そして、理由はおそらくもうひとつ。
「ねぇねぇクリスちゃ…………あ」
「週末の話なんだけど…………あ」
そう、休み時間の度に訪れる来賓の方々避けだ。
真剣に勉強してる中、さすがに邪魔をしてくる奴はいないだろう。
"これで勝ったと思うなよおおお!"
っと言う心の声と共に敗走する外野ども。ざまぁ。
そして何より、勉強してるフリをしてれば、ロシア語で世間話しても…………バレない!
『結局、週末の話。チーナはどこまで理解してるんだ?』
先程の約束通り、チーナに話を振る。
まずは、彼女がどこまで把握しているか……だ。
『えっと、こんなもの渡されたんだけど』
そう言って、チーナは1枚のメモ用紙をこっそり俺に見せてきた。
そこに書いてあったのは、手書きのロシア語による文章。
無論、翻訳機頼りのへっぽこクオリティ。
理解するのに苦労したが、要約するとこう。
"今週日曜日に、クラスのメンバーでクリスちゃん歓迎海水浴をします!水着、日焼け止め等用意しといて下さい!現地でかかる費用は僕らは負担します!"
っとまぁ、あとは集合場所とか時間とか。
にしても、相手に拒否する選択肢を用意してないこの文面。
母国語じゃなくても、人間性って文に現れるんだなぁ。
『なるほど。じゃあチーナはなんだかんだ理解してるわけだ』
『うん。それで、"外は暑いから辛い"って日本語で言ったつもりだったんだけど、なんだっけ、"暑いカラコソウミ"?っとか誰かがいって、急に盛り上がられちゃって』
なるほど。
暑いからこそ海に行こうぜってか。
チーナはロシアでもそこそこ寒いところから来た。
海とか関係なく暑さは辛い。
そんなことも考えずに無理矢理誘った訳だ。
クソ野郎共め。
『それで、結局チーナは行きたいのか?』
とはいえ、俺は彼女の保護者でも何でもない。
最終的な決定権は彼女にある訳で、彼女が行きたいのに俺が勝手にふざけんなと断りを入れるのはお門違い。
だから、本人の意思をしっかり確認しておく必要がある。
『その………よく考えたら、ビーチで泳ぐっていう体験はしたことないから、さっきは断ろうとしたけど、今は少し興味がある。けどよく分からない人達と行くのは不安だし……』
おっと。予想外にちょっと乗り気だ。確認しといて良かった。
確かにロシアだと、ウラジオストクか黒海沿岸くらいしか海水浴は出来ないと聞いたことがある。
チーナが続ける。
『だから、ヨリも一緒に来てくれるなら………行ってみたいかな』
そうなるか……。
まぁ、チーナ1人で行かせる訳にもいかないし、行くなとも言いたくない。
この季節、クラゲも出始めているかもしれない。
正直、訓練で死ぬほど海で泳いでいるから、今更面白くも何ともないのだが、しゃーない。
ついてってやるかな。俺には声かかってないけど!
『分かった。ただ、暑さ対策はきっちりしろよ』
そう伝えると、チーナは少し嬉しそうに口角を上げた。
『うん、ありがとう。それと水着買うのも………手伝って欲しい』
『分かってるって………………………………なんだって?』
直後、爆弾を投下してきた。
『買い物を、手伝って欲しい。ショッピングモールの行き方とか分からないし』
『あぁ、買い物な。買い物。了解了解』
『特に水着ね』
『ぬーーんんんんんん』
まーーーー水着は必要だもんねええぇ。
『はぁ。じゃあ土曜日な』
『うん。よろしく』
そう約束してから、また膝を突き合わせて勉強に戻る。
2日目にして、そこそこ立ち回りが分かってきた気がする。
昼休みは多少絡まれたが、今日の学校生活は昨日に比べいささか過ごしやすかった。
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学校が終わり、バイトの時間。
今日は事務と将校の方々間の通訳を小一時間やった後、水中脱出の訓練に参加する。
水陸両用車が沈んだり、ヘリが墜落して水没してしまった際に脱出する訓練だ。
吊り下げられた機体の模型内に座り、それを水中に沈め、そこから脱出する。
特殊部隊だと、潜水艦レベルの水深から呼吸機材無しで水上を目指す訓練とかもするらしい。
今俺がやってるやつでも、慌てると普通にアウトな訓練なのに、人間やめてるわその部隊。
とか考えてたら、座ってた椅子の下から水が入ってきて、みるみる首まで浸かっていく。
あ、やべ。訓練始まった。
とりあえずいっぱい空気を吸って、止める。
頭まで水が浸かったら行動開始。
ベルトなど体を固定しているものを外し、次は小窓などを取り外す。
ドアは水圧や変形などによって水中では開かないか、相当開きにくい。
数秒の勝負の中、そんな不確かな方法は論外だ。
脱出口を確保したら、1人ずつ外へ出て浮上。
「ぷはっ!」
何事もなく脱出に成功。
最初の頃は酸素ボンベを装備したり、もっと簡単な模型を使ったりしていたのだが、俺も成長したものだ。
技術の向上に満足しつつ、次のグループに交代するために、訓練用プールを泳いでプールサイドに向かう。
ちなみに、普通に重い戦闘服を着たままだ。
もはや着衣泳なんて日常茶飯事である。
プールから上がると、次のグループを見学するためにサイドに腰掛ける。
『そういえば伊織、クリスティーナはどんな感じだ?』
同じグループだったリアムが隣に腰掛け尋ねてきた。
相変わらずの筋肉ダルマだなぁ。
『日曜に、クラスの連中と海水浴に行くんだとさ。俺も同行するけど。あと、前日はそれ用の買い物にも』
『なるほど、買い物か。そういや、なんだかんだで初デートなんじゃないか?おまえら』
その言われて、一瞬フリーズした。
え、これってデートになるんですかい?
確かによく考えたら、休日に男女が2人で買い物って、デート………かも。
いやいやいや!これから必需品の買い物等で、二人で出かける事はままあるはずだ。
いちいちデートなんて言って緊張していられるか!
『違うだろう。ただの買い物だよ。買い物』
そう。これが結論。これでいいのだ。
『はぁ………。お前本当そういうとこ固いよなぁ』
なんか、呆れられたんだが。
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クリスティーナの表情の変化度。
どのくらいかと言うと、まちカ〇まぞくのちよももくらいです。