4話: お隣さんに、まっかせなさーい!
※この物語はフィクションです。実在の人物や団体、法律などとは関係ありません。
ツッコミを入れた事で少し落ち着いた俺は、改めてクリスティーナを見やる。
見ると彼女も不思議そうに、そして少し怯えたようにこちらを見ていた。無理もない。急に連れて来られた異国で、訳分からん言語でペラペラ喋られたら不安にもなるだろう。
それを証明するように、クリスティーナの顔には疲労の色が浮かんでいた。
「はぁ………。後でいろいろと聞かせて貰うからな」
いつまでも放って置く訳にはいかないので、アンジーにそう言い残すと、俺はクリスティーナに歩み寄り話しかける。無論、ロシア語で。
『初めまして。俺の名前はイオリ・カガミだ。よろしく、チーナ』
チーナというのは、ロシアで一般的なクリスティーナの愛称だ(アメリカではクリス)。さらに、できるだけ真剣な表情を心がけ、決して頬を緩めたりしない。日本と違い、ロシアで作り笑いは不誠実な表情と受け取られるからだ。その点、仏頂面がデフォの俺は日本人相手より楽だ。
俺がロシア語を話したのを聞いて、チーナは心底驚いた様子を示した。と言ってもあまり表情には現れない。ロシア人はry………
少し戸惑った後、チーナは口を開いた。
「…………ヨリ?」
どうやら、俺の名前を確認したいみたいだが、まぁそうなるよな。"いおり"って、母音が連続するから外国人には難しい発音のはずだ。
『まぁ、そうだな。今はヨリで構わない。君とは同い歳だそうだ。日本へようこそ』
気を遣うのは柄じゃ無いのだが、何となくほうっておけない。
無意識のうちに、俺はそう感じていた。
『チーナ、伊織は隣の部屋に住んでて、通訳のバイトしながら高校に通ってるの。あなたも同じ高校に通うことになるから、困ったらじゃんじゃん伊織を頼んなさい』
『え、うちの学校くんの?』
そうよ……と、さも当然と言わんばかりのアンジー。
確かにアンジーの立場からすれば、ロシア語を話せる俺のそばにチーナを置いておきたいのは道理だろう。
『でも……3日後にはまた海外って………』
チーナが心配そうに声を上げた。そういやそんな事を言っていた。その間、チーナはどうするんだ?
『ごめんね、チーナ。無責任だけれど、さすがにあなたを海外引きずり回すことは出来ないから、日本にいて貰わないといけないの。ちゃんと学校には通わせて上げたいし……』
そうやって謝るアンジーは、とても辛そうな表情をしている。
そりゃそうだ。
里子とは言え、せっかくできた念願の我が子と一緒に居られないのは寂しいし、心も痛むはずだ。
それが分かっていて尚引き取ったのは、その方がまだこの子の為になると考えたからだろう。
ロシアには未だ孤児院が存在し、孤児院で子供が正しく扱われない事はままあると聞く。
アンジーの表情を見てチーナも察したのか、
小さくコクリと頷く。
小動物みたいで可愛らしい仕草に、少しドキドキッとしてしまったのは秘密だ。
その時、
プルルル!
っとアンジーのスマホがなった。
『学校の先生からだわ。ちょっと話してくるから、伊織、チーナをお願いね』
通知を見たアンジーは、そう言って慌ただしくリビングに出て行ってしまった。
バタリとドアが閉められる。
残された俺とチーナ。
気まずい!
やべえ何話したらいいか分からん!
言っちゃなんだが、俺はあまり同年代との世間話というのに慣れていない。
交流があるのは大体軍の大人たちと、せいぜいその家族のガキんちょたちだ。
『ヨリって、ロシア語上手いんだね』
何を話そうか必死に考えていると、意外にもチーナの方から声がかかった。
いかん、不安だらけで疲弊してる子に気を使わせてしまったらしい………。
『あ、あぁ、小さい頃から、よく親父に海外旅行に連れてって貰ってたからな。現地で会話が通じるのが嬉しくて語学もそれなりに勉強した…』
慌てて言葉のキャッチボールを返す。
これ以上彼女に負担を掛けるのは何か嫌だ。
ほんと、柄じゃないけど。
『その父は、3ヶ月前に事故で死んじまった』
『え………』
チーナが目を開いて驚く。
しまった。うっかり喋り過ぎた。
こんな話、同情を誘っているみたいで、惨めだ。
『ごめん、忘れて』
『あ、えっと………』
気まずい!!
下手なのか!?俺は会話が下手くそなのか!?
くそう!同情なんで要らない!同情するならコミュ力をくれ!
初対面同士の挨拶なんて何度も通訳してきたはずなのに!!
俺が自分の会話ベタさに絶望していると、再度チーナが声を掛けてきた。
『私も………、ひと月前に、両親が事故で亡くなったの』
自分の膝を抱きしめながら、小柄な体をさらに小さくして、チーナが漏らす。
そこには、隠しきれない寂しさが漏れ出ていた。
『………………そうか。………………つらいな』
きっとチーナは、父にも母にも愛されていたのだろう。
母や姉から疎まれている、俺とは違う。
その時、ドアがガチャりと開いてアンジーが帰ってきた。
『聞いて!チーナ、来週には高校に通えるようになるそうよ!』
嬉しそうにはしゃぐ30代のおかげで、今まで漂っていた陰鬱な雰囲気は吹っ飛ばされた。
ほんと、底抜けに明るい奴め。
助かったぞこの野郎!
『さあ2人とも!今から買い物よ!』
『俺も行くの?』
『私じゃ日本のハイスクールで必要なものとか分からないもの』
『………分かったよ』
それから3日間は、買い物をしたり、チーナに最低限の日本語を教えたりと、非常に慌ただしかった。
宜しければ、ブックマークや評価☆よろしくお願いします!
クリスティーナの状況について色々とツッコミ所はあると思われますが、日本在住アメリカ国籍の外国人が、ロシアの孤児を引き取るということ自体がもうわっけ分からん状況………
どの国の法律がどこまで適用されるのか不明なので、各国の里子の扱いをある程度調べてふんわりミックスしてます。
ちなみにクリスティーナのファミリーネームは、アンジーが気を使ってクルニコワのままにしています。
落ち着いたらレイクに変更するのかな?