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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

自分を落ちこぼれだと信じてやまないおっさん、異次元のレベルアップと天衣無縫の肉体で無双する~落第冒険者の無自覚無双~

作者:月島 秀一

 飛龍(ひりゅう)山脈の中腹(ちゅうふく)


「そら、よっと!」


「ギュラァアアアア……ッ」


 俺は長刀絶影(ぜつえい)を振るい、剛龍(ごうりゅう)レオルギウスを仕留めた。


「さてさてレベルは……っと」


 鑑定術式の刻まれた羊皮紙へ手をかざせば、そこに現在のステータスが浮かび上がる。


名前:ルド・ファルス

LV:9837

体力:475000

魔力:0

筋力:258000

耐久:180000

敏捷:240000

器用:190000


「おっ、中々いい感じじゃねぇか」


 昨日確認したときは9835レベルだったから、2レベも上がったようだ。


「さて、と……気持ちよくレベルアップも済ませたところで、肉が傷まねぇうちにさっさと解体(バラ)して優勝を……んぁ?」


 前方300メートルほど先、何やら内輪揉めしている5人組のパーティを見つけた。

 その後ろを猛追するのは、体長5メートルほどの小さなオーガ。


 どうやら、追われているようだ。


「――はぁはぁ……ッ。てぃ、ティタ! お前が囮になれ!」


「えっ、どうしてですか!?」


「見りゃわかんだろう! このままじゃ、俺たちは全滅なんだよ!」


「てめぇみたいな役立たずを今までパーティに置いてやったんだ。せめて最後ぐらい役に立ちやがれ!」


「そもそもの話、お前なんか本当の仲間じゃねぇんだ、よッ!」


「きゃぁ!?」


 金髪の少女は突き飛ばされ、オーガの正面へ放り出された。

 彼女を囮にして、残りの奴等はトンズラこくつもりらしい。

 まったく、ひでぇことをするもんだ。


(さて、どうすっかな……)


 別に助けてやる義理もねぇんだが……。

 このまま死なれちゃ、なんか寝覚めが悪い。


 仕方ない、加勢してやるか。


「おーい、大丈夫か?」


「っ! 冒険者の方で――あっ」


 希望に目を輝かせた少女は、ハッと息を呑んだ。


 気付いてしまったのだろう、俺の体に魔力が流れていないことに。


 絶体絶命のピンチに現れたのは、冴えない落第冒険者。

 そりゃがっかりするわな。


「――一般の方ですね? もう大丈夫。ここは私に任せて、あなたは逃げてください!」


「……は?」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


(いや、お前もうボロボロじゃねぇか……)


 気丈に振舞っているが、彼女の足は小さくカタカタと震えている。


(俺みたいな見ず知らずの男を守って、いったいなんの得があるってんだ?)


 頭から尻まで、まったく筋が通らねぇ。


「ぷっ、くくく……っ。あんた、おもしれぇな! わかるぜ、いつも損するタイプだろ?」


 底抜けの善人。

 こんな奴、本当にいるんだな。


「な、何を笑っているんですか!? 今のうちに早く逃げて――危ない! 後ろッ!?」


 少女は顔を真っ青に染めながら、必死に大声を張り上げた。


「あー、気にすんな。もう(・・)死んで(・・・)っから(・・・)


 直後、俺の背後に回っていたオーガは、


「ぉ、ご……?」


 右腕を高く振り上げた体勢のまま、ゆっくりと崩れ落ちた。

 この様子じゃ、斬られたことにさえ気付いていないだろう。


「う、そ……っ」


 呆然と立ち(すく)む少女。

 俺は左手の曲刀偃月(えんげつ)を軽く二・三度振るい、刀身に付着したオーガの血を払う。


「よぉ、大丈夫か?」


「ぇ、あ、はい……ありがとう、ございます(難度100超えのオーガを一瞬で倒した!? というか、いつ剣を抜いたの!? 動きの起こりから終わりまで、まったく何も見えなかった……っ)」


 彼女は目をシパシパとさせながら、たどたどしく頭を下げた。


「あー、気にすんな。たまたま通り掛かっただけだ」


 俺は軽くそう返しつつ、今しがた仕留めた獲物に目を向ける。


「うげ……っ。黒角二本に青い舌……よく見りゃこいつ、ヴェノムオーガじゃねぇか」


 ヴェノムオーガの肉には致死性の猛毒が含まれており、食用には用いられない。

 酷く酔っぱらっていたとき、うっかり何度か食ったことはあるが……苦みが強烈で、糞マズかったのを覚えている。


「あ、あの……あなたはいったい何者なんですか……?」


「俺はルド・ファル……いや、自己紹介は後でいいか。確かティタとか呼ばれていたよな? 向こうの方にいい肉があるんだ。せっかくだし、あんたも一緒にどうだ?」


「え? あっ、は、はい、いただきます」


 俺は彼女を連れて、さっき斬った剛龍レオルギウスのもとへ向かう。


「れ、レオルギウス……ッ!? これをルドさんが、お一人で……!?」


「まぁな。こいつの肉は脂が載っててうまい。そんでもって経験値も悪くねぇから、ときたま狩るようにしてんだ」


「難度300超えのモンスターを単独討伐……っ」


 呆然とするティタを横目にしながら、レオルギウスの肉を素早く解体(バラ)していく。


「おぉーっ、こいつは綺麗なサシだな!」


 これなら、今日も気持ちよく優勝できそうだ。


「さて、後は……」


 俺はポケットをガザゴソと漁り、小さな青いスライムを取り出す。


「おーいスラキチ、肉焼きセットを頼む」


『わかったー』


 スラキチから返事があり、空間術式が展開された。

 俺はそこから、肉焼きセットやら割り箸やらを取り出していく。


「す、スライム……っ。ルドさんは召喚士だったのですか?」


「いいや、召喚術式には魔力がいるからな。俺の場合は、モンスターと個別契約を結んで一緒に旅をしているんだ」


「なるほど……」


 スラキチは、スライムの中でもけっこうな上位種。

 人語を解せるほか、非常に便利な空間術式を展開できる。

 長刀絶影(ぜつえい)や曲刀偃月(えんげつ)などの武器・食いきれなかった肉や野菜・肉焼きセットや小皿などなど、いろんなものを保管してもらっているのだ。


 ちなみに……こいつとの契約条件は、月に一度うまい肉と酒を提供することである。


『ティタ、よろしくねー』


 スラキチはそう言って、青い触手をピロピロと伸ばした。


「はい、よろしくお願いします」


 彼女はそれを優しく握り、ニッコリと微笑む。


「スラキチ、お前も食ってくか?」


『今日は眠いからいいやー。また今度食べるー』


「そうか、おやすみ」


『うん、おやすみぃ……』


 俺はポケットにスラキチを突っ込み、飯の準備に取り掛かる。


「よっこらせっと」


 簡易式の肉焼きセットをパパッと組み立て、そこらに落ちてある乾燥した枝葉(えだは)を集め、携帯用の火打石(ひうちいし)で着火。


「――うし、いい感じに温まってきたな」


 鉄網(てつあみ)にしっかりと熱が通ったことを確認してから、先ほど斬り分けたレオルギウスの霜降り肉を投入。

 その瞬間、肉と鉄網が化学反応を起こし、ジュウジュウというたまらない音をかき鳴らす。

 肉の脂がメラメラと焼け、芳ばしい匂いがあたり一帯に充満していった。


「毎度ながら、この音と匂いはたまらねぇもんがあるな!」


「……っ」


 腹が減っていたのか、ティタもゴクリと生唾を呑む。


 それから俺は、割箸と紙の皿を二人分準備。


「――ほれ、あんたの分だ」


 スラキチの空間術式から、キンッキンッに冷えた缶ビールを二本取り出し、ティタに一本くれてやった。

 空間術式の内部は、時間の流れが極端に遅い。

 そのため生肉や冷やしたビールなんかを完璧な状態で保管できるのだ。


「あっ、ありがとうございま――ってこれ、お酒ですか?」


「おぅ、『ハイパードライ』よ。肉といえば、やっぱりこいつだろ?」


 脂の載ったうまい肉に辛口の生ビール。

 この組み合わせは犯罪だ。

 多分、懲役百年は固い。


「お気持ちは嬉しいのですが……。私は未成年なので、お酒はちょっと飲めません」


「お堅いねぇ」


 仕方がないので、ハイパードライの代わりに、よく冷えた水を渡してやった。


「そんじゃ、いただきます!」


「い、いただきます」


 脂の載った極上の肉を箸で摘まみ、熱々のうちにサッと口へ運ぶ。


 その瞬間、口の中で肉のうまみが弾けた。


 甘く芳ばしく、そして――濃厚。


 そこへすかさずハイパードライを流し、一気に胃袋へ落とし込む。


「かぁ~~ッ。たまんねぇ! こりゃ今日も優勝だな!」


「優勝?」


「あぁ、『最高にうめぇ』ってことだ」


「なるほど、確かにこれは……優勝かもしれませんね」


 ティタはそう言って、幸せそうにお肉を頬張った。


 それからしばらくの間、レオルギウスの肉に舌鼓を打つ。


「っふぅー。食った食った、腹いっぱいだ。ごちそうさん」


「ごちそうさまでした」


 完食。

 後片付けをサッと済ませ、新しいハイパードライをカシュッと開けたところで―――ティタが深々と頭を下げてきた。


「先ほどは危ないところを助けていただき、ありがとうございました。改めまして、私はティタ・トリアーデと申します。冒険者見習いの召喚士です」


 ティタ・トリアーデ。

 背中まで伸びた、プラチナブロンドの美しい髪。

 身長はだいたい160センチ、年齢は15か16ぐらいだろう。

 クルンとした紺碧の瞳・柔和で優し気な口元・血色のいい肌、非常に整った顔立ちをしている。

 ほどよく豊かな胸・くびれた腰つき・スラリと伸びた細い手足――百人が百人とも振り返るような美少女だ。

 清廉な白いブラウスの上から茶色の外套(がいとう)を羽織り、青のスカートを穿()いた彼女は、礼儀正しく自己紹介をしてきた。


「俺はルド・ファルス。どこにでもいる三流冒険者だ」


「ルド・ファルス……? もしかして、あの(・・)ファルス家の方ですか!?」


「そう。あのファルス家の――『落ちこぼれ』だ」


「落ちこぼれ……?」


 不思議そうな顔をするティタ。

 俺は苦笑しつつ、話を進めた。


「見ての通り、この体にはまったく魔力がねぇ。『ファルスにあらずは魔術師にあらず、魔術師にあらずは人にあらず』。才能至上主義のファルス家にとっちゃ、俺なんかゴミみてぇなもんでよ。散々罵声を浴びせられた挙句、無一文のまま家を追い出された」


「ひ、ひどい……っ」


「まぁ実際のところ、俺はどうしようもねぇ落ちこぼれだからな……。ファルス家秘伝の術式をなんにも引き継がなかったうえ、魔力ゼロで生まれてきちまった。所謂(いわゆる)『一族の恥晒し』ってやつさ」


 手元のハイパードライをゴクゴクと呑み干したところで、なんか空気が重くなっていることに気付いた。


「あ゛ー、悪い。酒が入ってたせいか、つまんねぇ話をしちまったな」


「いえ、そんなことはありません」


 彼女はそう言って、ブンブンと首を横へ振った。


「まぁあれだ。俺なんかとは違って、ティタにはちゃんと『魔力』がある。仲間を囮にするような糞以下のパーティなんざとっとと抜けて、いい仲間を見つけて頑張れよ」


 重たい腰を上げ、グッと体を伸ばす。

 さて、今度はどこへ行って何を食おうか。


 次の行く先と晩飯のメニューを考えていると、


「あ、あの……ルドさん、ちょっといいですか?」


 恐る恐ると言った風にティタが声を掛けてきた。


「ん、どうした?」


「なんというか、その……今日一日だけ、私のお(うち)に寄っていただけませんか? せめて命を救ってもらったお礼をさせてほしいんです」


「いや、遠慮しとくわ」


 これぐらいの歳になれば、一人の方がいろいろと気楽なもんだ。


「……私のお母さん、けっこうな酒豪(しゅごう)なので、珍しいお酒とか呑めるかもしれませんよ?」


「ティタの家はどこだ?」


「えへへ、こっちです」



 珍しい酒に一本釣りをかまされた俺は、ティタの案内を受けて、彼女の家に向かった。


「お母さん、ただいま」


「おかえり、ティタ……って、あら? その人はどちら様?」


 玄関口で出迎えてくれたのは、ティタの母親だ。

 目元のあたりが、とてもよく似ている。


「こちらはルド・ファルスさん。私がモンスターに襲われていたところを助けてくれたんです」


「モンスターに襲われたって、大丈夫なの!? もしかして、あなたまた高難度のクエストを受けたんじゃ……っ」


 ティタの母親は、血相を変えて駆け寄った。


「私は大丈夫、全然なんともないよ」


「そう、それはよかった……」


 彼女はホッと安堵の息をはき、こちらに向き直る。


「私はこの子の母、ライム・トリアーデです。ルドさん、娘を――ティタを助けていただき、本当にありがとうございました」


 ライムさんはそう言って、深々と頭を下げた。


 ライム・トリアーデ。

 後ろ手に(くく)られた長い金髪。

 身長はだいたい170センチ。かなり若々しい見た目をしており、一見すると二十代半ばにも見えるが……。ティタの年齢から逆算して、実年齢は35歳ぐらいだろう。


「いえ、お気になさらないでください。今回の件は、本当にたまたまですから。っと、申し遅れました、自分はルド・ファルスです」


 俺は挨拶を述べ、軽く一礼。

 すると、何やら妙な視線を感じたので、ティタの方へ目を向ければ――彼女は不思議そうな顔で、ジッとこちらを見上げていた。


「どうした? 俺の顔になんか付いてんのか?」


「いえ……ちょっと意外でした。まさか敬語が使えるなんて……。それに物腰もとても柔らかい」


「お前、俺のこと馬鹿だと思ってないか?」


「い、いえ! 決してそんなことはありません! ただちょっと『意外だなぁ』って思っただけです」


「……まぁこれでも一応、ファルス家の()だからな。礼儀作法一式は、ガキの時分(じぶん)に叩き込まれてんだよ」


「なるほど、英才教育というやつですか……なんか格好いいですね」


「そりゃどーも」


 軽く生返事をすると、ライムさんがひょいひょいとティタを手招きした。


「お母さん? どうしまし――」


「――ちょっとちょっと! ルドさん、かっこいい人じゃない! ワイルドな雰囲気と品のある所作(しょさ)が合わさって、なんだかとてもいい感じ! けど、ちょっと意外だったわ。ティタ、あなた年上が好みだったのね?」


「お、お母さん!? いったい何を言っているんですか!? ルドさんは確かにかっこいいですけど、別にそういうことじゃなくてですね……っ」


「あらあら、顔を真っ赤にしちゃって、本当にわかりやすい子ね」


「も、もう……! 茶化さないでください!」


「ふふっ、冗談冗談。そんなに怒らないでよ」


 ティタとライムさんは、何やら小声で楽しそうに話し合っていた。

 この様子だと、家族仲はかなり良好なようだ。


「そうだ、ルドさん。せっかくなので、今日はうちに泊まっていかれませんか? 娘を助けていただいた、せめてものお礼がしたいんです」


「そう、ですね……。ご迷惑でないのなら、お言葉に甘えさせていただきます」


 一泊するつもりはなかったんだが……。

 善意100%の申し出、すげなく断るのもどうかと思われたので、一晩だけ泊めさせてもらうことにした。


「それじゃ、今日は御馳走にしましょう! ねぇルドさん、うちには地方の珍しいビールやワインなんかがあるんですけれど、苦手だったりはしませんか?」


「お酒はなんでもいけます。後、めちゃくちゃ呑みます」


「あらっ、それは楽しみ。実は私も、けっこう呑む方なんですよ?」


「ははっ、それはいいですね」


 その晩、俺はトリアーデ家のご相伴(しょうばん)に預かった。


 ティタとライムさんの手料理は、なんか温かい感じがして、めちゃくちゃうまかった。

 お目当ての珍しい酒も、独特な風味があってかなり楽しめた。


 これは違いなく、完全優勝と言っていいだろう。


 ちなみに……ライムさんはかなり酒に強く、結局この日は夜遅くまで呑み明かしたのだった。



 あれから数日間、俺はティタと行動を共にした。


「俺と一緒にいたら、魔術協会やらなんやらから、目をつけられちまうぞ?」


 何度もそう忠告したのだが……。


「ルドさんが嫌じゃないのなら、一緒にいたいです」


 ティタはそう言って、離れようとしなかった。

 二人でいろんなところへ行って、一つわかったことがある。


 なんつーか……あれだ。ティタは糞弱かった。


 魔術の素養はあるから、いずれ俺よりも強くなるとは思うが……現時点では、そりゃまぁ酷いもんだ。


「あっ、ルドさん。あんなところに、おいしそうな木の実がなっていますよ。私、採ってきますね!」


「おぅ……っておい、待て!? その実は、ジャイアント・フロッグの罠だ!」


「え……? き、きゃぁああああ!?」


「ったく、綺麗にすっぽりと丸呑みにされやがって……。ちょっと待ってろ、下手に動くんじゃねぇ、ぞッ!」


「う、うぅ……助けていただき、ありがとうございました……っ」


「おぅ、怪我はねぇか?」


「怪我はありませんが……。私、汚されちゃいました……」


「馬鹿なことで言ってねぇで、さっさとその粘液まみれの体を洗ってこい」


 ここ数日は、こんなトラブル続きだ。

 仕方ねぇから、『冒険者のいろは』的なやつを教えてやると、彼女は興味深そうに耳を傾けた。

 もとが素直だからか、学習速度はかなり速い。


 この調子で頑張れば、すぐに立派な冒険者になれると思うんだが……。


 ティタはおっちょこちょいで、警戒心がとても薄い。「こんなんで本当に、冒険者をやっていけんのか?」と心のどこかで不安に思っちまう。


 ただその反面、優しくて、純粋で、生真面目で、よく笑って――なんというか太陽のように暖かい奴だ。

 そして何より、めちゃくちゃうまそうに飯を食う。


「はむはむ……っ。あぁ~、おいしぃ。いいお肉を食べると、幸せな気持ちになりますね!」


「そこにビールがありゃ、完全に優勝ものだな」


「永久凍土のかき氷、甘くておいしいけど、とっても冷たいです。頭のここのところが、キーンってします……ッ」


「ははっ、ゆっくり食え」


「はふはふ……んーっ。この爆弾お芋、とってもほくほくしていて、おいしいです! 体の芯からフワーッて温まります!」


百年(ひゃくねん)(うし)のバターを溶かせば、格別にうまくなるぞ?」


 ティタの反応が新鮮で、なんか面白くて、いろんなものを食わせたくなっちまう。


 俺はいつも通り、レベルアップして、飯と酒で優勝する。

 ティタはその隣で、冒険者の腕を磨きながら、幸せそうに飯を食う。


 そんな穏やかな時間が、柄にもなく、『悪くねぇ』と思っちまった。



 ――だいたいいつも、こういうときなんだよな。


 ――幸せってのが、壊れちまうのは。




「……遅ぇな」


 今日は千夜湖(せんやこ)の前で、待ち合わせのはずなんだが……。


 俺の記憶違いか? 

 それともティタのやつ、腹でも下したか?


 とりあえず、ライムさんとこに顔を出してみるか。


 二人の家に向かおうとした次の瞬間、不審な魔力がゆっくりとこちらに近付いてきた。


 この胡散くせぇのは……アイツ(・・・)だな。


「――おぃオルタ、それで隠れてるつもりか?」


「ん……? おや、ルドじゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だね。元気にしてたかい?」


 わざとらしく微笑んだ女は、オルタ。

 黒い髪紐(かみひも)()われた、白銀の長い髪。

 身長は170センチ。年齢は、俺と同じ28。

 ちょっと前に「もうアラサーだな」って言ったら、珍しくぶちぎれていたっけか。

 切れ長の目・翡翠(ひすい)の瞳・新雪のように白い肌。

 出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んだ、完璧なプロポーション。

 間違っても本人には言わねぇが、どこに出しても通用する美女だ。

 夜闇(よやみ)のように黒いドレスを纏った彼女は、パタパタと手を左右に振りながら、こちらに向かって歩いてきた。


 ちなみに、この『オルタ』という名前は偽名だ。

 自己紹介の際に堂々と『偽名だよ』と宣言しており、本名を名乗る気は絶対にないらしい。

 付け加えるならば、一人称は『僕』だが、普通に女である。


「相変わらず、嘘くせぇ奴だな……。隠匿術式で忍び寄っておいて、どの口が『奇遇だね』なんてほざきやがる」


「……さすがだね。僕の術式をこうも容易く見破れるのは、世界広しといえども君ぐらいのものだよ」


「なんか匂うんだよ。てめぇの魔力は」


「むっ……相変わらず、デリカシーの欠片もない男だね。女性に『匂う』なんて言ったら、嫌われちゃうよ? さすがの僕も、今のはちょっと傷付いた」


 オルタは口を一文字に結び、ジト目でこちらを見つめた。

 しかし、そんなことじゃ(ひる)まない。


「んなこと、知るかよ。こっちは『例の一件』、まだ水に流しちゃいねぇからな?」


 オルタにはこれまで何度も面倒事に巻き込まれてきたが……。

 先日の一件、あれについては、まだ清算し切れていない。


「うっ……。あ、あの件については、なんというかその……本当に申し訳なく思っているよ。だから、今回はそのお詫びも兼ねて、無料(ただ)でいい情報を持ってきたんだ。ルドには嫌われたくないからね」


「あぁ? 今知りてぇことは、特になんもねぇぞ?」


「最近、君がよく連れている女の子――ティタ・トリアーデちゃん。彼女、(さら)われちゃったよ」


「……はぁ?」


 突然過ぎる報告、思わず()頓狂(とんきょう)な声が出た。


「実はトリアーデ家には、多額の借金があってね。その『(かた)』として、ティタが取られちゃったんだ」


「借金って……」


「あぁ、ティタちゃんとライムさんのものじゃないよ? ティタちゃんの父親が残した負債だ。正直、僕がドン引きするほどのクズ男でね。ギャンブルでたんまりと借金をこさえた挙句、その後始末を娘と妻に丸投げして蒸発。二人はもうとっくに元本(がんぽん)と多額の利息を返済しているんだけれど、無茶苦茶な暴利でやられているみたいだね」


 そいつはまた、胸糞悪い話だ。


「……ライムさんはどうしてる?」


「今は街の病院で入院中。命に別状はないけれど……多分、ティタちゃんを守ろうと凄く抵抗したんだろうね。僕が着いた頃には、酷い状態だったよ」


「…………あれだ、魔術協会に通報しとけ。それだけ派手に暴れたなら、犯人の毛とか魔力の痕跡だとか、証拠がたんまりと残ってるだろ?」


 魔術協会は『魔術の探求』だけでなく、治安維持や犯罪捜査なんかも担当している。


 餅は餅屋。

 こういうのは、協会の『捜査一課』に任せんのが一番だ。


「残念ながら、今回の件に魔術協会はノータッチだよ」


「あ゛ぁ? なんでだ?」


「この件には、ダムド・ノルマという『闇オークションの王』が絡んでいてね。この老人の首には、『5億の懸賞金』がかけられているんだけど……厄介なことに、魔術協会の上層部と太いパイプがある。だから、現場の魔術師たちが動きたくても、上からの出動許可が降りないのさ」


「はっ、相変わらず腐り切った組織だな。あのとき抜けて正解だったぜ」


「ふふっ。魔術協会をあんな風に抜けておきながら、五体満足で自由にやっていられるのは、君のように『本当に強い人』だけだよ」


「てめぇは俺を買いかぶり過ぎだ」


「ルドはもうちょっと自分の強さを自覚した方がいいと思うけどね。……と言ってもまぁ、君の場合は育った(・・・)環境が(・・・)あまりにも(・・・・・)悪過ぎた(・・・・)からね。自己評価が低くなるのも、無理のない話か……」


 オルタは複雑な表情で、何事かをぶつくさ言った後、真剣な瞳をこちらへ向けた。


「オークションの開催時刻は今夜0時。場所はオズモンド劇場の地下一階。入場に必要な合言葉は――」


「――おいおい、待て待て。お前、何か勘違いしてねぇか? 俺は助けになんざ行かねぇぞ?」


「おや、そうなのかい? てっきり僕は、単身乗り込むものだと思っていたよ」


「悪ぃが、面倒事にゃ首を突っ込まねぇ主義だ。もうけっこう長ぇ付き合いなんだから、それぐらいは知ってんだろ?」


「あぁ、もちろん知っているとも。君が面倒臭がりのろくでなしってことはね」


「うるせぇ」


「それでいて底抜けの善人、いつも損するタイプだってことも、ちゃんと知ってるよ」


「……うるせぇ」


 俺がそっぽを向くと、オルタは何故か嬉しそうに微笑んだ。

 なんてムカつく顔で笑いやがるんだ、こいつは。


「とにかく、俺はあんな小娘のことなんざ知らん」


「そうかい、変な気を回してすまなかったね。あー、それから最後に一つ……」


「まだなんかあんのか?」


「入場に必要な合言葉は、『七眼(なつめ)(がらす)』だ。健闘を祈っているよ?」


「だから、行かねぇっつってんだろ!」


 俺が声を荒げたら、オルタは「おー、怖い怖いっ」とだけ言い残し、空間術式を展開して逃げたのだった。



 俺はその後、無性にクサクサした思いを抱えながら、飛龍(ひりゅう)山脈の頂上に向かう。


「そぉらッ!」


「グォオオオオ……ッ」


 この森に巣食う邪悪な龍共を粗方狩り尽くしたところで、ようやく気持ちが落ち着いてきた。


「ふぅー。さてさてレベルは……っと」


 いつもの羊皮紙に手をかざし、現在のレベルとステータスを確認する。


名前:ルド・ファルス

LV:9840

体力:475270

魔力:0

筋力:260150

耐久:180120

敏捷:240130

器用:190100


「おっ、かなりいい感じだな」


 何匹か強い龍を狩ったためか、レベルが3つも上がっていた。


「レベ上げも済んだし、いい感じの肉も手に入った。今日は……そうだな、『一番ホップ』でいくか!」


 スラキチに空間術式を展開してもらい、肉焼きセット・一番ホップ・取り皿などを取り出した。

 いつもの手順で準備を済ませ、鉄網に肉を並べていき、両手をパンと合わせる。


「――いただきます」


 まずはさっき狩ったばかりの嵐龍(らんりゅう)ラードクルスの肉。


 こいつはサラッとした舌触りが特徴の赤身肉(あかみにく)だ。

 ほどよい歯ごたえがあるため、肉の旨味(うまみ)をしっかり味わうことができる。

 肉の上に巌龍(がんりゅう)ファルムの塩をまぶしてから、強火でサッと火を通し――ほどよく焼けたところで一気に口へ運ぶ。


「くぅー……っ! たっまんねぇな!」


『……っ! おいしい……こんなにおいしいお肉を食べたのは、生まれてはじめてです! ありがとうございます、ルドさん』


「そんでもって、ここで一番ホップを流し込む。かぁ~~うんめぇ!」


『ぶぁっはっはっはっはっ! ライムさん、あんたけっこう活ける口だな!』


『あっはっはっはっはっ! ルドさんも中々のウワバミじゃないか! 久々に呑みごたえがあって楽しいよ!』


『ルドさん! お母さんも! 二人して呑み過ぎです!』


「……んー、うめぇ! やっぱり肉と酒の組み合わせは、たまんねぇな!」


『ふふっ』


『おいティタ、何を一人で笑ってんだ?』


『いえ、みんなで食べるごはんは、とってもおいしいなって、思っていたんです』


「あ゛ー……畜生、糞不味(まじ)ぃ。なんだこれ、『初戦敗退』レベルじゃねぇか……」


 肉はゴムみてぇに味がしねぇし、酒はただただ苦いだけ。

 せっかくの肉と酒が、自分でもびっくりするほど不味かった。

 こんなんじゃ、優勝なんて夢のまた夢だ。


「はぁ……闇オークションの王ダムド・ノルマ、だっけか? 俺から優勝を奪うったぁ、とんでもねぇ極悪人だな」



 深夜0時、オズモンド劇場の地下一階。

 そこでは、月に一度『闇オークション』が開かれていた。


 この場を取り仕切るのは、闇オークションの王ダムド・ノルマ。

 ここに出品されるものは、生きた人間・希少なモンスター・非合法の魔術道具・禁止された薬物などなど、市場には流通しない『裏モノ』ばかりだ。


 一夜にしてとてつもない金額の動く闇オークション、当然ながら参加者もまた錚々(そうそう)たる面子が揃っている。

 大規模犯罪組織の首領・暗殺者集団の幹部・暗夜連合の構成員、陽の当たらない裏社会を生きる者たちの巣窟だ。


「さぁて、お次の商品は――『カタログ番号0018:ティタ・トリアーデ』!」


 司会者の口上(こうじょう)の後、舞台の中央に照明が集められた。

 そこに立たされていたのは、恥辱に顔を伏せるティタ・トリアーデ。


「……っ」


 彼女は現在、白い薄布一枚を着せられ、奴隷の首輪を()められていた。

 かろうじて胸などは隠されているが、それでも恥ずかしい衣装であることに違いはない。


「「「おぉーっ!?」」」


 男たちの欲望に濡れた視線が、ティタの美しい肢体に注がれる。


「ティタ・トリアーデは、借金の形として回収された生娘(きむすめ)でございます! 遠目からでもおわかりいただけるでしょう! この美貌! 豊かな胸! 溢れ出る瑞々(みずみず)しさ! 私からはこれ以上、多くを語りません。後はご自身の手で、存分に堪能してください! さぁそれでは100万から、スタート!」


 司会者が小槌をカンッと打ち鳴らし、()りが始まった。


「120万!」


「150万!」


「300出そう!」


「ならば700だ!」


「910!」


「1200!」


 入札金額はどんどん吊り上がり、その額はついに四桁を超え、今なお伸びていく。


「――さぁさぁ、4500万! 4500万! これ以上はありませんかぁ!?」


 司会者の白熱した声が、会場内に響く。

 予想を遥かに超える高値が付き、興奮を抑えられない様子だ。


「「「……っ」」」


 4500万もの大金となれば、さすがにそう易々と手が挙がらない。


「ぐっ、4550……!」


 違法魔具のバイヤーが、最後の粘りを見せたものの……。


「ぐふふっ、5000万!」


 大富豪の御曹司ヌルク=チョルクの資金力に押し潰された。


「くそっ、『好色家(こうしょくか)のヌルク』め……! まさか女一人に5000万も積んでくるとは……ッ」


「あーぁ……。ティタちゃん、狙っていたんだけどなぁ」


「あんの糞デブ……。どうせすぐに壊すんだから、綺麗な女ばっかり買い漁んじゃねぇよ……っ」


 他の参加者から、嫉妬と苛立ちの混じった声がこぼれた。

 締めの空気を察した司会者は、天高く右手を振り上げる。


「はいそれでは、ティタ・トリアーデは5000万で(らく)さ――」


 落札の小槌が振り下ろされようとしたそのとき、一人の男がゆっくりと手をあげる。


「――5億だ」


 無精ひげを生やした目付きの悪い黒髪の男は、埒外(らちがい)の大金をコールした。


「「「ご、5億……!?」」」


 オークション会場は、水を打ったかのように静まり返り――ティタはその目を疑った。


(う、そ……っ)


 桁外れのコールをした男の名は――ルド・ファルス。

 名門魔術家を追放された、落ちこぼれの冒険者だ。



「いくら美しい生娘とはいえ……女一人を買うのに5億だと!?」


「あの男、いったい何者なのだ?」


「落ち着け、ただの冷やかしだろう」


 客席が騒然となる中、司会の男がゴホンと咳払いをする。


「――お客様。ご存じかと思われますが、うちのお支払いは『現生(げんなま)即金(そっきん)』でお願いしております。失礼ですが、お手持ちはどちらに……?」


「ほら、そこにあんだろう?」


 俺は顎をしゃくり、この趣味の悪いオークションを取り仕切る老人を指した。


「闇オークションの王ダムド・ノルマ。聞けばあんたの首は、5億で売れるそうじゃねぇか」


「ほっほっほっ、儂の首を取るとな?」


「そりゃあんた次第だ。その首を()ねられて、5億に換金されるか。大人しくその女を引き渡して、静かに余生を暮らすか。好きな方を選びな」


「く、くくく……っ、若いのぅ。――おい、今日の商品リストに『男の生首』を加えておけ」


 ダムドがそう命じた次の瞬間、背後から二人の黒服が襲い掛かってきた。


「「死ね!」」


 俺の首筋へ放たれた二閃(にせん)の斬撃は、


「――なぁ、どこ見てんだ?」


 虚しくも宙を斬った。


「「消え、た!?」」


 隙だらけの首元へ手刀を見舞う。


「ぁ、ぐ……ッ」


「いつの間、に……?」


 二人はそのまま、グラリと崩れ落ちた。

 今の動きにも付いて来れねぇなんて、ド三流もいいところだな。


「ほぅ……少しはやるようじゃな」


 ダムドが指をパチンと鳴らせば、舞台裏から黒服の集団が現れた。


「おーおー、ぞろぞろとまぁ虫のように湧いてくるじゃねぇか」


 ひー、ふー、みー、よー……百人ちょいか?

 しかも全員、魔術師だ。


 奴等はジッとこちらを見つめたまま、何やら小声で話し始める。


「……気を付けろ。さっきのあの動き、素人じゃないぞ」


「おそらくは肉体強化系の魔術師。それもかなりの実力者だな」


「まずは遠距離から削りを入れるか?」


 すると――一人の巨漢がズイッと前に出た。


「ここは俺に任せな」


「「「ぼ、ボランさん……!」」」


 えらく恰幅(かっぷく)のいい大男だ。

 身長は3メートルちょい、体重は軽く200キロを超えているだろう。


「ふぅー……血鬼(けっき)波紋(はもん)!」


 ボランと呼ばれた男の全身に、赤黒い紋様が浮かび上がった。


「血鬼波紋――ロブレス家の秘術で、長い年月を掛けて自らの血と魔力を同化させていき、術式展開と同時に血流を超加速。身体能力を大幅に向上させる肉体強化の術式……だったか?」


「ほぅ、よく知っているな」


「まぁいろいろあってな。むかーし昔に、死ぬほどお勉強させられたんだよ」


「そうか。ならば、わかるだろう? 俺と貴様では、『魔術師としての格』が違うのだと、なぁッ!」


 ボランは床を力強く蹴り、その巨体をもって激突してきた。

 その直後、奴は顔を真っ青に染める。


「――魔術師としての格が、なんだって?」


「馬鹿、な……ッ!?」


 それもそのはず、ボランのぶちかましを受けた俺は、その場から微動だにしていないのだ。


「ま、まだだ……! 血鬼(けっき)波紋(はもん)爆裂(ばくれつ)血掌(けっしょう)ッ!」


 赤黒い魔力を纏った張り手が、胸のあたりを直撃したのだが……。

 俺は依然として、一ミリも動かない。


「あ、あり得ん……っ(まるで広大な大地を打ったかのように、ただただ虚しい感触。なんなんだこの男は、いったいどこから湧いて出たというのだ!? こんな化物、勝てるわけがないだろう……ッ)」


「おいおい、勘弁してくれ……。男にベタベタ触られる趣味はねぇんだ、よっと」


「ぉご!?」


 軽い膝蹴りを鳩尾(みぞおち)にかましてやれば、ボランの巨体が宙を舞い、天井と激しく激突。上半身を(うず)めたまま、ピクリとも動かなくなった。


「あのボランさんが……接近戦で負けた……?」


 シンと静まり返る中、ダムドの怒声が響く。


「な、何をやっておるのだ! ささっとその男を殺せ!」


 その声を合図にして、黒服たちは一斉に動き出した。


「――スラキチ、武器を出してくれ」


『はーい』


 空間術式を展開。

 右手に長刀絶影(ぜつえい)

 左手に曲刀偃月(えんげつ)


 二本の愛刀を握り締めた次の瞬間、


雷雷(らいらい)飛鳥(ひちょう)ッ!」


赫灼(かくしゃく)華鏡(げきょう)ッ!」


霊獣(れいじゅう)操術(そうじゅつ)水角(すいかく)ッ!」


 黒服たちが数多の術式を展開、総攻撃を仕掛けてきた。


「はっ、甘ぇよ!」


 俺は迫り来る魔術へ突撃し、絶影(ぜつえい)偃月(えんげつ)をもって、その全てを斬り捨てた。


「ま、魔術を、斬った!?」


「それよりも、早過ぎるぞ!?」


「ぐっ、狙いが定まらん。なんて速度だ……ッ」


 驚愕に目を見開く黒服の集団。


「おいおい、戦闘中だぞ? ボーッとすんじゃねぇよ」


「「「しまっ!?」」」


 刹那(せつな)、長刀と曲刀が弧を描き、十人の黒服が床に転がった。

 その直後、オークション会場全体を覆う、広大な結界が展開される。


「へへっ、どうだ? こいつは、キルクス家秘伝の禁呪結界! この結界内において、俺の指定した単一術式は全て無効化される! これでもはや貴様の肉体強化の術式は――へぶ!?」


「あ゛ー、なんかしたか?」


 あまりにも隙だらけだったもんで、ついつい蹴り飛ばしちまった。


「な、何故だ……? この男、さっきよりも格段に速くなっているぞ!? キルクスの禁呪結界が効いていないのか!?」


「いや、違う……よく見ろ! 奴の体、まったく魔力が流れていない!」


「冗談、だろ? まさかこの速度と腕力で、『生身』だというのか!?」


 黒服たちは唖然(あぜん)とした表情で、一歩後ろへたじろいだ。


(ベースとなるのは天衣無縫(てんいむほう)の肉体、おそらくそこへレベルアップによる暴力的なステータスが加わり、あの人間離れした身体能力を実現しているんだ……ッ)


 奴等が血相を変える中、俺は冷静に敵の戦力を分析する。


(……こいつら、あんまり大したことねぇな)


 闇オークションの王ダムド・ノルマの護衛。

 最低でもB級以上の魔術師で、固めていると思ったが……どうやら、アテが外れたみてぇだ。


(あーぁ、全部(・・)無駄に(・・・)なっち(・・・)まったな(・・・・)


 俺は自分の実力をちゃんと(わきま)えているつもりだ。

 だから、ティタを救うにあたって、入念な『下準備』を行った。

 あらかじめ会場に様々な仕込みを施し、脱出ルートも複数確保して、糞高ぇ魔具もしこたま持ってきた。

 あの手この手と百計ぐらい考え、様々なイレギュラーパターンを想定し、何があっても大丈夫なように万全の体勢で臨んだのだが……。


 この分じゃ、余計な苦労だったみてぇだ。


「さて、そろそろ終わらせっか」


 俺は首をゴキッと鳴らし、黒服の集団へ襲い掛かった。



 三分後、


「……っふー、まぁこんなところか」


 百人以上の黒服たちは、全員床を這いつくばっていた。


「スラキチ、こいつら呑んでくれ」


『食べていいー?』


「食べちゃダメー」


『……わかったー。我慢するー』


 空間術式が広範囲に展開され、黒服たちを次から次へと呑み込んでいく。

 これ以上悪さをしないよう、こいつらは後で魔術協会に引き渡すつもりだ。


「ば、馬鹿、な……っ。()りすぐりの魔術師部隊が、こんなわけのわからぬ、魔力すら持たぬ男に……ッ!?」


 ダムドは泡を吹きながら、腰を抜かしていた。


 すると――。


「ルドさん、どうしてここに……!?」


 舞台の真ん中に立っていたティタが、大急ぎでこちらへ駆け寄ってきた。


「別に深い意味はねぇよ。なんつーか……あれだ。たまたまだ」


 俺はそっぽを向きながら、愛想なくそう答えた。


「……! ふふっ、たまたまですか。偶然二度も助けていただき、本当にありがとうございます」


 適当な返事をしたのにもかかわらず、彼女は何故かとても嬉しそうに微笑んだ。


「あー……その、なんだ……。目に悪ぃから、これでも着てろ」


 空間術式から黒い外套(がいとう)を取り出し、ティタの頭にポスリとかぶせてやった。

 彼女の綺麗な肌やら白い下着やらが、さっきからチラチラと目に入っちまう。


「『目に悪い』……? あっ!? す、すみません……大変お見苦しいものをお見せしました……っ」


 彼女は頬を真っ赤に染めながら、そそくさと外套を羽織り、恥ずかしそうに顔を伏せた。


「ティタの服は、舞台裏の倉庫にしまってあるはずだ。あっちにゃ誰もいねぇから、ゆっくり着替えてきな」


「は、はい……失礼します……っ」


 彼女はそう言って、トテテテと走り出す。


(……よし、行ったな)


 ここから先は、ティタの目に(・・・・・・)悪い(・・)

 あいつが着替えている間に、パッと済ませちまおう。


「よぉ、ダムドの爺さん。首を()ねられっか、大人しく女を引き渡すか――決まった?」


「こ、この儂に指一本でも触れてみろ! 貴様の親族郎党、皆殺しにしてやるからな!」


 彼は杖に仕込んでいた刀を抜き、必死の虚勢を張った。


「はぁ……おいおい、なんか勘違いしてねぇか?」


 その寝ぼけた頭を覚ましてやるため、年季の入った(しわ)くちゃの右手に短刀を突き立ててやった。


「あ、ぐ、がぁああああ!?」


 鮮血が飛び散り、聞き苦しい悲鳴が木霊する。


「あんたの命は今、俺の手のひらの上なんだ。言葉遣いには気を付けてくれよ……。うっかり刺しちまったじゃねぇか。なぁ?」


「わ、わかった……ッ。要求はなんだ……!?(恐ろしく冷たい目……こやつは頭のネジが飛んでおる……っ。殺ると言ったら、本当になんの躊躇(ちゅうちょ)もなく殺る男だ……ッ)」


「おぅ、話が早くて助かるよ」


 俺は懐から契約術式の刻まれた羊皮紙を取り出し、それをパンパンと手の甲で叩く。


「そんじゃ契約を結ぶぞ。あの子に関わったら殺す。あの子の母親に手を出したら殺す。くだらねぇ企みをしたら殺す。――わかったか?」


 これは魂を縛る強力な契約術式。

 ここで取り交わした(ちぎ)りは、一部の特殊な手段を除き、決して違えることはできない。


「あ、あぁ、わかった……ッ。もう二度とあんたらには、関わらんと誓う! だから、命だけは助けてくれ……!」


「よし、契約成立だな。それじゃ余生は、(おり)ん中で冷飯(ひやめし)でも食っときな」


「ぐ、が……っ」


 ダムドの頭を強打し、意識を飛ばした状態のまま、拘束させてもらった。



 ダムド・ノルマを魔術協会クオリア支部へ引き渡し、そのまますぐに退散――といきたかったのだが……。

 面倒な奴に見つかっちまった。


「久しぶりだな、ルド」


「アインズのおっさんか……」


 魔術協会クオリア支部の支部長、アインズ=グラール。

 黒い短髪。身長はだいたい二メートル。今年で確か35歳を迎えたはずだ。

 黒よりも黒いサングラス・整えられた立派な口髭・出歩くたびに通報される筋骨隆々の強面だ。


 その後ろには、大勢の魔術師たちが、警戒の視線をこちらに向けている。


「おーおー、そう睨んでくれるな。今日は別に、そういう(・・・・)用事(・・)で来たわけじゃねぇんだからよ」


 俺の言葉を耳にした魔術師たちは、より一層警戒を強めた。

 ……なんで?


「『闇オークションの王』ダムド・ノルマを捕らえたのか。こいつの周りには、強力な魔術師部隊がいたはずだが……?」


 その言葉を聞いて、脳裏に電撃が走った。


「……あっ、忘れてたわ」


 あまりにも手ごたえがなさ過ぎて、その存在をすっかり忘れ去っていた。


「スラキチ、さっきの黒い奴等を出してくれ」


『わかったー』


 空間術式が展開され、そこからボトボトと黒服たちが落下する。


 すると――それを見た魔術協会の奴等が、何やら急に騒ぎ始めた。


「こ、こいつ……A級魔術師のボラン・ロブレスだぞ!? ダムド・ノルマと繋がっていたのか!?」


「こっちの男は、高額賞金首のケルヒー・キルクス、強力な禁呪結界の使い手だ。他にも、有名どころだらけだぞ……っ」


「これを全部、たった一人でやったってのか……ッ!?」


 周囲が騒然となる中、


「ふぅー……さすがだな。相変わらず、化物染みた強さをしていやがる……」


 アインズのおっさんは、煙草(たばこ)を揺らしながら、しみじみとそう呟いた。


「なぁ、帰っていいか?」


「まぁ待て、久しぶりに会ったんだ。世間話ぐらい聞いていけ」


「はぁ……手短に頼むぞ」


あの後(・・・)、何度か上に掛け合ってみたが……やはり魔術協会は、ルド・ファルスを認めねぇそうだ」


「そりゃそうだろ……。てか、俺のことを勝手に掛け合ってんじゃねぇよ」


 魔術協会では、ファルス家を含めた『御三家』が絶大な権力を握っている。

 ファルス家を追放された俺が、そこで認められるはずがない。


「立場上、俺とルドは依然として敵同士だが……。我々には手の出せなかったダムド・ノルマ、この巨悪を捕らえてくれたことについては本当に感謝している。――ありがとう」


 アインズのおっさんはそう言って、深く頭を下げた。


「おいおい、やめとけやめとけ。俺に頭を下げてる姿なんか見られたら、また『上』にドヤされっぞ?」


「上層部なぞ関係ない。俺は今、この街に住む一人の男として、お前に感謝しているんだ」


「はぁ……勝手にしてろ」


 相変わらずというかなんというか、曲がったことが大嫌いなのは、昔から全然変わってねぇ。

 こんなことばっかしてっから、実力はあるのに、中々出世できねぇんだろうな。


 まぁ……おっさんのこういうところは、別に嫌いじゃねぇけどよ。


「そんじゃ、もう行くぞ?」


「あぁ」


 味気ない言葉で別れ、魔術協会を後にした。


 ちなみに……ダムドにかけられていた懸賞金5億については、後日ちゃんと支払われるらしい。

 そんな馬鹿みてぇな大金、俺なんかが持っていても酒代やらなんやらで消えるだけだ。

 最低限必要な分だけ頂戴して、残りは信頼のおける募金団体へぶち込んでおくとするか。



 魔術協会クオリア支部を後にした俺は、すぐにティタと合流した。

 万が一やり合うことになった場合に備えて、少し離れたところで待ってもらっていたのだ。


「ルドさん、大丈夫でしたか?」


強面(こわもて)のサングラスと遭遇しちまったが、まぁ問題なかった」


「強面のサングラス……?」


 その後、俺とティタはライムさんの入院している病院へ向かった。

 受付で軽く手続きを済ませ、彼女の眠っている病室の前に立つ。


「ティタ、大丈夫か?」


「……はい、ありがとうございます」


 彼女は手をわずかに震わせながら、小さくコクリと頷いた。


 命に別状はないものの、ライムさんはかなり酷い状態である。

 この病院への道すがら、そのことを前もって説明しておいた。

 正直、話すかどうかは、かなり迷ったんだが……。

 どうやったって、隠し通せるものじゃない。


 それならば、心の準備ができるよう、早いうちに伝えた方がいいと判断したのだ。


 ティタが勇気を振り絞り、コンコンコンとノックをした次の瞬間――勢いよく扉が開かれた。


「ティタ!?」


「お、お母さん!?」


 そこから飛び出して来たのは、まったくいつも通りのライムさんだ。


「よかった、あなたが無事で……本当に、本当によかった……っ」


 彼女はティタをギュッと抱き締め、ポロポロと涙をこぼしながら、ホッと安堵の息を吐き出した。


「お母さん、どうして……? 怪我は大丈夫なの? 酷い状態だって、聞いていたんだけど……」


「銀髪の綺麗な女性が、凄い回復術師の先生を連れて来てくれて、私の怪我を一瞬で治してくれたの」


 銀髪の綺麗な女性……オルタか?


「すみません、ライムさん。その銀髪の女性は、何か言っていませんでしたか?」


「そのときはまだ意識が朦朧(もうろう)としていたので、はっきりとは覚えていないんですが……。確か、『娘さんはすぐに帰ってきますよ。鬼のように強い化物が、それはもうカンカンに怒っていましたから』って、言ってくれたような気がします」


「なるほど」


 鼻に意識を集中させれば――病室の花瓶の裏に、ほんのりと魔力の残り香があった。

 そのあたりを軽く探ってみると、手書きのメモが見つかった。


「ルドへ。ちょっとした『アフターサービス』だよ。頼むからこれで、例の一件はチャラにしておくれ」

やはりオルタの奴が、腕のいい回復術師を連れて、ライムさんを治してくれたみたいだ。


(ったく、仕方ねぇな)


 あの件は、これで水に流すとしよう。

 また今度会ったときにでも、軽く礼ぐらいは言っておくか。



 今日と明日、ライムさんは大事を取って入院するそうだ。

 もう夜も遅かったため、俺はティタを病院から家まで送り届ける。


「ルドさん、今日は本当にありがとうございました」


 玄関口に立った彼女は、クルリとこちらを振り返り、礼儀正しくお礼を言った。


「気にすんな。何度も言ってるが――」


「――『たまたま』、なんですよね?」


「おぅ、ちゃんとわかってんじゃねぇか」


「えへへ、たまたまでも嬉しいです」


 ティタは頬を赤く染めながら、嬉しそうに微笑んだ。


「それじゃ、元気でな」


 別れの言葉を告げ、サッと(きびす)を返す。


「あ、あの……!」


「どうした?」


「ルドさん……正式に、私とパーティを組んでいただけませんか?」


「危ねぇからやめとけ」


 俺には敵が多い。

 ティタの安全を考えるならば、この辺りで別れておいた方がいい。


「私、強くなりたいんです……! たくさん勉強して、いっぱい修業して、ルドさんみたいな強くて立派な冒険者になりたいんです! だから、どうかお願いします。これからも私に、いろいろなことを教えてください……ッ」


 彼女はそう言って、深く頭を下げた。


「俺なんかより優れた冒険者は、それこそ掃いて捨てるほどいる。悪いが、他をあたれ」


 こんだけ強く突っぱねりゃ、さすがに諦めんだろ。

 そう思ったんだが……。


 ティタにしては珍しく、さらにもう一歩踏み込んできた。


「あ、あなたじゃないと駄目なんです……!」


「どうしてだ?」


「……すみません、今はまだこの気持ちをうまく言い表せないんですが……。ルドさんとの冒険は、本当に……本当に楽しかった。未知のモンスターと戦って、とってもおいしいごはんを食べて、凄く綺麗な景色を見て、世界はこんなにも広いんだって感動しました。これからもあなたと一緒に……なんというかその、『優勝』したいです。……駄目、ですか……?」


 ティタは瞳の奥を揺らしながら、必死に言葉を紡いだ。

 その目は真剣そのものであり、強い覚悟が宿っていた。


「…………はぁ、好きにしろ」


「……! はい、ありがとうございます!」


 これは自分を落ちこぼれだと信じてやまない一般男性が、日々レベルアップを続けながら、ダンジョン飯で優勝しつつ、圧倒的な身体能力で無自覚に無双していく物語――そのほんの序章である。

【※読者の皆様へ、とても大切なお願い】


こちらは『連載候補』のお話の『序章』です。

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